なぜサヴァン症候群のダニエル・タメットは数字が風景に見えるのか

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ひとりひとりの脳がすばらしいのだ。…脳が単に変わった構造をしているから天才なのではない。天才とは、忍耐力や想像力、洞察力や愛情といった、混沌としてダイナミックな、人間の基本的資質が生み出したものなのだ。 (p3)

の言葉は、書籍「天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界」のまえがきに書かれている一節です。著者ダニエル・タメットがこの本に込めた結論と言って差し支えないでしょう。

ダニエル・タメットは、自閉症スペクトラム障害(ASD)アスペルガー症候群またサヴァン症候群であり、しかも共感覚の持ち主というたいへん変わった背景があります。彼は円周率を22000桁以上暗唱し、新しい言語をわずか一週間で話すことができます。

しかし何より彼を有名にしたのは「自分のことを正確に説明できる珍しいタイプのサヴァン症候群の人」であるということでした。ダニエル・タメットは本書を読んで分かる通り、知的で感性豊かで、人間味にあふれている“普通の人”です。

このエントリでは、サヴァン症候群の背景を持つ彼自身が、サヴァンやアスペルガーに対する偏見を打ち壊し、そのメカニズムを解き明かす書籍天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界をご紹介したいと思います。

▼2013/03/30追記
最近、ジョシュア・フォアの本を読んで、ダニエル・タメットに対し、批判的な意見があることを知りました。アスペルガー、ある意味でのサヴァンであることは確かだが、彼自身が主張するような能力はないのではないか、というものです。どちらが正しいか、あるいはその中間に答えがあるのかは分かりませんが、以下のサヴァンについての話は正確でない可能性があります。

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これはどんな本?

この本の主旨について、著者はこう噛み砕いています。

本書は脳について、その働きと力について書いた本である。…そもそもこの本を書こうと思ったのは、ぼくの(あるいはゲイツやカスパロフの)ような一風変わった働きをする脳はそれほど謎めいたものではなく、だれもがそこから学べることをわかってもらいたかったからだ。

そしてこの本で、サヴァンの能力に対する多くの誤解を解き、頭がいい、才能があるとはどういうことか、明確にすることができればと思っている。  (p3)

本書は10章仕立てになっていて、主に3つの部分に分けられます。

1-2章は人間の脳について最新の研究がまとめられています。

3-6章はこの本のハイライトで、ダニエル・タメットの経験から、サヴァン症候群について考察されています。考えぬかれた意見は発達障害に関わる人や当事者にとって示唆に富むものです。このエントリで紹介する部分です。

7-10章は情報化社会に対する彼の意見や、アドバイスが書かれています。興味深いのは確かですが、2番目の部分に比べるとインパクトと思慮深さに欠けるように思えます。

すばらしい点と、手抜かりに思える点が混在した本ですが、それもまたダニエル・タメットが、“普通の人”であることを示すのに役だっているのではないでしょうか。

ところで、この本の原題はEmbracing the Wide Sky A Tour Across the Horizons of the Mind(はるかな空を包み込むー思考の地平線を渡る旅)という詩的なものです。天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界という邦題は残念ですが、原題のままならわたしが手に取ることもなかったでしょうし、訳者としては致し方なかったのでしょう。

サヴァン症候群ーよくある誤解

サヴァン症候群や自閉症は、一般に以下のような誤解を受けてきました。

誤解:「典型的な」自閉症の人々は、障害があり、非社会的で、実際的でない細かなところにこだわる

ダニエルの意見:「典型的な」自閉症者など存在しない。自閉症者はひとりひとり違っている。自閉症の人々はさまざまな分野で活躍している。(p31)

誤解:サヴァンは聡明だが欠点があり、とてつもない才能があるのに差別される

ダニエルの意見:このイメージは、1988年の映画「レインマン」によって形作られた。しかし高機能自閉症のサヴァンは人間の複雑な感情を理解できるし、意味ある社会貢献もできる。(p31)

誤解:サヴァンの能力はコンピューターのようだ

ダニエルの意見:この見解は、アメリカの神経学者オリヴァー・サックスの説による。彼は、サヴァンの人をコンピューターにたとえ、見た光景を脳に写真のように写しとると述べたが、その説には多くの反証がある。(p33,39,77,164)

サヴァンの記憶力には限界があり、間違うこともある。何より、自閉症やアスペルガー、サヴァンの人は芸術や文学などに高い創造性を発揮するが、それはプログラムされたコンピューターにはできない。(p37,77,173,186,303)

このようにサヴァン症候群は長い間、誤解と偏見にさらされてきました。

ところで、この本では、多くの歴史上の偉人、たとえばニュートンやメンデル、アインシュタインが自閉症的傾向を持っていたのではないか、というハンス・アスペルガーマイケル・フィッツジェラルドの見解が引用されています。(p197,203)

わたしもその可能性はあるだろうと思い、ある人に話したところ、「まるで科学者や芸術家はみんな変な人だと言っているみたいだ」と言われました。確かに多くの人には自閉症=変人という偏見があり、自閉症の多様性や独創性は見逃されているように思えます。

もちろん自閉症スペクトラムには、生活を困難にする症状が現れる場合が多くあります。しかし、だからといって人間として欠陥があるかのように扱うのは手落ちであり、高い能力や内に秘めた暖かな感情を無視しています。

サヴァン症候群ー当事者が語るメカニズム

では、サヴァン症候群の驚異的な計算能力や言語能力が、コンピューターのようなものではないのであれば、どのようなメカニズムが根底にあるのでしょうか。

ダニエル・タメットはまず、そもそも「脳とコンピュータが基本的に似ていないことは、それぞれの長所と短所を比べてみれば分かる」と述べています。記憶のメカニズムからして明らかに違うのです。(p40-45,84)

代表的な例として人間は、コンピューターにはない言語能力を持っています。またたく間に何千もの単語を思い出し、文章の形に構築し、一を聞いて十を知る連想能力を発揮します。(p166)

ダニエルの意見によると、サヴァンの計算能力はこれと何ら変わりありません。こう述べています。

ぼくの類い稀な計算能力は、脳内の数字と言語をつかさどるふたつの領域のあいだで異常な混線が生じている結果だ、というのがぼくの仮説だ。 (p167)

本来、人間の脳には、“潜在抑制機能”というものが備わっています。脳の各領域を区別し、互いに無関係だと判断した情報を遮断する働きです。この機能のおかげで、わたしたちは、混沌とした奇妙な想像に悩まされなくてすみます。(p188)

しかしこの機能が低下していると脳は互いに“過剰結合”し、統合失調症やてんかんになります。無関係な事柄から幻覚や幻聴が生じ、記憶が氾濫します。てんかんに苦しめられたたヴァン・ゴッホはこれを「内なる嵐」と表現しました。ダニエル・タメット自身もてんかんがあり、父親は統合失調症です。(p167,187,189)

ところがほどよく“過剰結合”が生じた場合、つまり嵐にまで至らなかった場合、“共感覚”という能力が生じます。“共感覚”とはまったく異なる概念を結びつける能力のことです。たとえばシェイクスピアは高度な比喩を使いこなしました (p183)

ダニエル・タメットの場合、脳の中で互いに隣接している数字を扱う領域言語を扱う領域が“過剰結合”しているので、数字を言語のように扱う共感覚があるといいます。 (p167)

言葉を聞いてイメージするように数字が風景に見え、言葉を簡単な単語に分けられるように数字を因数分解でき、文法的に正しい文章をつくれるように複雑な計算式を組み替えて瞬時に計算できると述べています。(p167-174)

ですからダニエルの能力は、数字を言語として認識する脳の独特な配線によるものであり、バイリンガルが多国語を話すのと変わりはない、というわけです。哲学者ピーター・スレザクはこう述べました。

われわれ全員が、ある意味ではサヴァンであり…難しい言語を理解している。言語を使いこなす能力には極端に高いレベルの数学的複雑さがあり、その働きをわれわれはまったく理解していない…それにもかかわらずわれわれは、難なく、無意識に、本能的に、直感的に言語を操っている。 (p166)

このように考えると、自閉症スペクトラムや、てんかん、統合失調症の人に高い創造性が見られる理由が分かります。脳の中の“潜在抑制機能”が低下し、大多数の人とは別の領域が“過剰結合”しているため、多くの人がたやすくできるコミュニケーションや顔の識別が苦手で、代わりに多くの人ができない計算や創造が得意なのです。

ひとりひとりの脳が素晴らしい

ダニエル・タメットは、サヴァンの能力が、天才的なものではなく、脳の使い方の違いであることを説明した理由についてこう述べています。

ぼくは才能とはその語源の意味の通りだと思っている。つまり「talent」がラテン語の「talenta(重さ)」からきているように、人をある特別な方向へと押しやる重みが才能なのだと思う。だれもがある種の才能を持って生まれ、献身的に懸命に努力をすることでその才能が実を結ぶのだ。

…ひとりひとりに才能がなければ、ぼくたちはみな白紙のようなもので、生まれた環境に大きく左右されてしまう。しかし実際は、ぼくたちひとりひとりがこの世界に貢献できるかけがえのない美しいものを持っていることを知れば、だれもが自信を抱くことができる。 (p74)

脳をどのように使うかはひとりひとりの手に委ねられている。なによりも、脳があるからこそぼくたちはかけがえのない存在であり、さまざまな個性や才能を持つことができるのだ。…満ち足りた人生の定義がひとつではないのと同じように、使いこなされた脳の定義もひとつではない。 (p48)

サヴァンの人は確かに特徴的な能力を持っていますが、それと同じだけの才能をわたしたちひとりひとりも持っている、というのがダニエルの結論です。ただ表れ方が違うだけなのです。サヴァンもアスペルガーも温かみのある人間であり、「ひとりひとりの脳が素晴らしい」のです。

ダニエル・タメットは、本書天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界の前にぼくには数字が風景に見えるという自伝も書いています。いずれそちらも読んでみたいと思っています。

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