心身の過重労働による学校過労死

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重荷科学の進歩によって、虐待された子どもの問題は、単なる“こころの問題”ではなく、脳の“いやされない傷”であることが明らかになりました。

同じように、子どもの不登校もまた、その一部は小児慢性疲労症候群(CCFS)と呼べる深刻な病態であることが明らかになっています。

しかし両者の類似点はそれだけではありません。

この一連のエントリでは、いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳に基づいて、小児慢性疲労症候群(CCFS)の問題を社会的虐待という観点から考えています。

小児慢性疲労症候群の問題が社会的な虐待と呼ぶにふさわしいといえるのはなぜでしょうか。2番目のエントリでは、その点に注目したいと思います。

注記) これは医学的情報ではありません。個人的なコラムにすぎないことをお含みおきください。

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小児慢性疲労症候群(CCFS)は虐待といえるか

まず、いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳の推薦の序において、三池輝久先生が述べている点に注目してみましょう。

 

自らの生きる方向を模索する毎日を過ごしている子どもたちに最も大きな影響を与える生活環境の中で重要なのは、私たち大人や保護者を中心とした社会が提供する情報である。

…加害者である大人たちは気づいてさえいないが、実はさまざまな方向から知らぬうちに“子どものため”と称して日常的に虐待してしまっている事実を私たち大人は今こそ深く認識する必要がある。

この説明から読み取れるのは、「虐待」という言葉を、身体的・性的虐待に限らず、もっと広い観点で解釈していることです。

三池先生が言及した「大人たちは気づいてさえいない」虐待とは何でしょうか。書籍脳科学と学習・教育では、こう説明されています。

大人たちは著しい成長期にある子どもたちに休みのない心身への負荷を強制し、基本的人権の範疇だと考えられる「個人の睡眠時間」さえ十分に与えない生活環境を完成させた。

ただ大人たちはこのことを子育てに必要だと感じているようであり、例え子どもたちの過重な労働に気が付いていても気が付かない振り、あるいは無視している。

…脳自身の情報処理機能を保つために必要十分な休養(睡眠)を得ることができなかった結果、子どもたちの「脳機能が破綻した」状態が慢性疲労症候群と呼ばれる不登校として出現するのである。 (p71-72)

現在の睡眠不足を日常とする社会、過密な偏差値教育が、ある種の社会的虐待となっている可能性がある、ということです。その点についてはこのブログの過去の記事で取り上げたとおりです。

smallそれは体罰の問題ではないー背後にある「壮大な人体実験」とは何かはてなブックマーク - それは体罰の問題ではないー背後にある「壮大な人体実験」とは何か

三池先生は不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するにおいてこう語っています。

不登校外来―眠育から不登校病態を理解する[成長盛りの部活動におけるオーバー・トレーニングは]“小児の虐待”という意味で決して大げさではなく犯罪と変わりがないのである。

…このスポーツにおけるオーバー・トレーニングは学校の成績を上げるための“お勉強”にも同様に存在している。 (p119-120)

ここで部活動や教育における過剰な負荷は、“小児の虐待”に近いと説明されています。

白川修一郎先生の眠りで育つ子どもの力で紹介されている米国睡眠財団のガイドラインによると、11-17歳の学生に必要な睡眠時間は8時間半から9時間15分とされています。しかし、今の学校社会が、学生にそれだけの睡眠を確保させているとは到底思えません。

京都大学の若村智子教授は生体リズムと健康 [京大人気講義シリーズ]の中で、それを「異常な事態」と表現しています。

睡眠時間が6時間を切る、短時間睡眠者の割合が、2003年の調査で、日本の高校1年生で37%、高校3年生で43%に達し、異常な事態となっています。

「四当五落」(大学受験生は四時間睡眠で頑張れば合格するが、五時間眠ってしまうと不合格となる)などという言葉が生まれるほど、日本人には、「夜ふかしして寝る間を惜しんで頑張る」美学が根強くあるのかもしれません。 (p118-119)

国立精神・神経センターの三島和夫部長のグループも同様の点を指摘しています。

「寝る間を惜しんで」「不眠不休で」「4当5落」・・・、睡眠を犠牲にして勤勉であることが日本人の美徳であると考えられてきました。このようなライフスタイルが真に効率的で持続可能なのか考え直すべき時期にきていると思います。

スポーツにおいて、超回復を無視したオーバートレーニングは、良い訓練になるどころか、練習の効率が悪くなり、選手の身体機能を破壊するオーバートレーニング症候群につながります。

勉強においても、2006年の宮崎総一朗先生らの研究によると、記憶を定着させるレム睡眠が欠乏するなら、学んだ時間の50%近くが無駄になることが分かっています。

エビングハウスの忘却曲線に基づく研究によると、記憶を定着させるカギは、適度な休憩と定期的な復習にあります。休憩することにより、“初頭効果”や“親近効果”が生じるからです。休みを取らない学習では記憶力は枯渇します。

「夜ふかし」の脳科学―子どもの心と体を壊すもの (中公新書ラクレ) の中で、神山潤先生は、眠らなければ学校も塾も無駄になるというデータを掲げ、「寝ていない子に学べといっても無理である。まずは寝てもらうしかない」と結論しています。 (p118)

脳の機能を無視した、休みを取らない非科学的な学習の先に待っているのは、スポーツにおけるオーバートレーニング症候群と同等の深刻な病気、慢性疲労症候群(CFS)です。

マルトリートメント症候群と社会的虐待

以前のエントリで取り上げた通り、現代における虐待の定義は、何も意図的なものだけに縛られてはいません。近年、虐待の定義を広くしたチャイルド・マルトリートメントという考え方が注目されています。

いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によると、マルトリートメントとは、一般に悪意のある虐待を意味するアビューズとは異なり、意図的かどうかを問わない「不適切な養育」、すなわち子どもの身体的・精神的成長を阻害する可能性のある養育を意味しています。(p146)

例えば、体罰を与える親は、子どものためを考えてやっていると主張するかもしれません。しかし、実際には子どもの前頭前野の発達を妨げています。それゆえ「過度の体罰と虐待との境界は、非常に不明瞭である」と書かれています。 (p92)

虐待による「いやされない傷」と、小児慢性疲労症候群(CCFS)の問題は、このマルトリートメント症候群の概念を挟んで地続きになっているのではないかという印象を受けます。

従来からあったさまざまな形態の虐待に加え、睡眠不足を強いる競争社会という、一見わかりにくいタイプの虐待が現れ、一部の子どもたちが小児慢性疲労症候群(CCFS)という炭鉱のカナリアとして表面化しているのかもしれません。

化学物質・農薬・食品添加物・電磁波まみれの環境によって発症する子どもの環境病も、これと近い関係にあるように思えます。前述の生体リズムと健康 [京大人気講義シリーズ]でも、増加している概日リズム睡眠障害は、24時間の“光害”によるものだという見方が提供されていました。

しかし、小児慢性疲労症候群は、単なる光害によってのみ引き起こされるわけではありません。光害に加え、さらに人為的な心身の過重労働が関わっている学校過労死です。ですから環境病というより、何も知らない子どもに対する大人の虐待に近いと思うのです。

さて、小児慢性疲労症候群(CCFS)を社会的虐待という観点から考えるには、その“原因”だけでなく“結果”にも注目する必要があります。虐待による脳機能の変化と、CCFSの脳機能の変化には、似ている部分があります。

3番目のエントリでは、その点を4つの側面から考えてみたいと思います。

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