「愛情遮断症候群」―子どもは親を選べない、だからこそ

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子どもは親を選べない

の言葉から、どんな子どもを連想しますか? 親に愛されない可哀想な子どもでしょうか。 それとも、親に愛されて育つ幸せな子どもでしょうか。

これは書籍愛情遮断症候群 (角川oneテーマ21)の裏表紙に書かれている言葉です。確かにこの本のテーマである愛情遮断症候群は、虐待や不登校の問題と関わる、とても悲しい病気です。

しかし、この本が伝えるメッセージは決して悲しくも厳しくもありません。「子どもは親を選べない」。だからこそ、たっぷり愛情を注いであげよう、そんな心温まるメッセージが込められています。愛情に満ちた家族の大切さを訴える、わたしのお気に入りの一冊、愛情遮断症候群を紹介したいと思います。

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これはどんな本?

この本は、東大病院小児科に勤務しておられた三木裕子先生の著作です。前半は、愛情遮断症候群や愛着の問題を抱えた子どもの症例について書かれていて、後半は、三木先生ご自身の経験談となっています。

三木先生は、12歳のとき、Ⅰ型糖尿病を発症され、高校時代は病気ゆえのいじめや不登校も経験されました。 (p54,118,128)

「一生治らない病気なんておかしい」という切なる思いから、病気と闘いながら医者を目指し、小児科医として、また一人の母として、子どもを取り巻くさまざまな問題に向き合うようになりました。 (p122)

難病の子ども、不登校の子ども、そして親および医者の立場をすべて経験し、愛情の大切さについて書かれたこの本は、意外なほど朴訥で、気取ったところがどこにも感じられません。経験者が話す言葉だからこそ、自然と心に染み渡ります。

三木先生が、本書を執筆されてから数年後の2005年、多発性骨髄腫により50歳に満たない若さでお亡くなりになったことは、たいへん残念でなりません。

愛情遮断症候群とは

この本のテーマである「愛情遮断症候群」とは何でしょうか。三木先生はこう説明されています。

「愛情遮断症候群」とは「親からの母性愛や感情などが阻害されたり、不足したりすること、ホルモン分泌が正常に機能しなくなるなどして、行動の障害や無欲状態になるとともに成長障害が認められるもの」と定義されている病気を言います。 (p222)

愛情遮断症候群といっても、出てくる症状はさまざまです。ゆかりちゃんのように背が伸びない子もいれば、精神発達が遅れる子もいます。

また、親の対応も千差万別で、なかには最後まで自分たち親には全く問題はないと考えている親御さんもいます。

子供は親を選べないだけに、愛情遮断症候群になってしまった子供たちはほんとうに悲劇としかいいようがありません。(p29)

この説明に出てくるゆかりちゃんとは、この本の最初に登場する、小学校に上がる前の女の子です。両親は、ゆかりちゃんの身長が伸びないことを不思議に思い、小児科を受診しました。

ゆかりちゃんのよそよそしい様子から、三木先生は愛情遮断症候群の可能性を疑います。しかしゆかりちゃんは「お母さん大好きだよ」と言うばかりです。

それで試しにゆかりちゃんを何度か入院させ、家族から引き離してみます。すると入院しているときだけ背が伸び、退院すると伸びなくなる階段上の成長曲線が記録されたのです。

両親が話すには、ゆかりちゃんは、確かに愛情遮断症候群でした。お母さんはゆかりちゃんを虐待していたわけではありません。ただどうしても「可愛く思えないものは思えない」 ので優しくできなかったのです。お父さんも気づいていましたが、どうにもできませんでした。

「お母さん大好きだよ」、というゆかりちゃんの言葉はもっともっと愛情がほしいという気持ちの裏返しでした。「ゆかりはお母さんのこと好きだから、お母さんもゆかりのこと好きでいてね」という気持ちが込められていたのだろう、と三木先生はつづっています。(p10-29)

この本には、ほかにも、お母さんが働きに出るようになってから、寂しさのあまり過食になって太っていった女の子や、弟ができてから愛情が分散されたことを感じ取り、腹痛に悩まされるようになった男の子の話があります。(p38,48)

それとは逆に、子どもをロボットのように扱って親の理想を押し付けたり、溺愛したりする過干渉についても書かれています。お父さんが自分の母親とべったりなため、お母さんがストレスを感じ、それが子どもに影響したという話もあります。(p58,86)

「子供は親の姿を忠実に映し出す鏡」なのです。(p213)

不登校と愛情遮断症候群

愛情遮断症候群は不登校の子どもとも関係があります。小児慢性疲労症候群について書かれた学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)には愛情遮断症候群についてこう書かれています。

少なくとも自分で生きていく力のない子どもにとって、愛情をもって保護されることが成長の最低限の条件ということができる。

逆に「見捨てられる思い」は生命を育むことができないほどのマイナス要因となる。現代ではこの[愛情遮断]症候群と、急速に増加してきた被虐待児が表裏一体のものとして知られている。(p87)

次いで、不登校状態との類似点について、こう説明されています

不登校状態に陥った学生生徒が両親からも、友人たちからも、また学校社会からも見捨てられているという強い孤独感と不安感を抱えこんでいく実態は、ほとんど知られていないようである。

彼らを怠けであるとか、根性がないとか否定することにつながっているのであろうが、そのような中傷は彼らの傷口に塩を塗りこむ行為、いじめや虐待と動揺のものといってもよい。(p92)

この観点を踏まえて考えると、三木裕子先生が、ご自身の不登校の経験談の中で、家族の支えの大切さについて書いておられる理由がよくわかります。

三木先生のお母さんは子どもを滅多にほめず、過干渉ぎみだったようです。しかし三木先生が不登校になったときには「行きたくなければ行かなくていいわよ」と言ってくれました。そして不器用ながら、子どもの健康とずっと真摯に向き合い、子どもを応援し続けました。(p128)

三木先生はこう回想しています。

私がいちばん両親に感謝しているのは、「病気だから無理」と言って、医師になるという私の夢を諦めさせるようなことをしなかったこと…です。

…いろいろありながらも、大きく道を外れることなくここまで歩んでこられたのも、私が自分の夢を実現させることができたのも、父と母のそれぞれの愛情のおかげだと思っています。(p134)

あなたのことをとても愛している

愛情遮断症候群が伝えているのは、決して一日中子供とべったりしているように、という内容ではありません。そうではなく、愛情は言葉と態度で示さないなら、子供には伝わらないということです。

親の立場になったことがないわたしが、親の愛情について語ることはできません。しかし、不登校になった子どもの立場として、三木先生が書いておられることには、深い共感を感じます。

子どもが必要としているのは、“無条件”の愛情であって、順調なときだけ認めてもらえる“条件付き”の愛情ではありません。子どもたちは病気になったとき、問題を抱えたとき、不登校になったとき、それまで以上の愛情を必要とします。

三木先生は最後に、この本の目的をこう要約しています。

私がこの本で、みなさんにお話ししたかったことのひとつは、子育てをするにあたって、きちんと子供のほうを向いて「お母さん(お父さん)は、あなたのことをとても愛しているのよ」というメッセージを伝える努力を惜しまないで欲しいということです。

お母さんやお父さんの自分に対する愛情を確かめられれば、子供たちはそれだけで安心して、心も安定するのです。子供が安心して成長できることが、何にもまして大切なことではないでしょうか。(p194)

子供を育てていく基本は、子供のほうをきちんと向いて、「お前のことを愛しているよ」ということを、子供に対して具体的な言葉と態度で表現して伝えてあげることだと私は信じています。

例えば、子供を抱きしめて、「お母さんは、あなたのこと大好きなのよ」と言ってあげるのです。親がそっぽを向いていたらいい親子関係などできるはずもありません。(p213)

病気や不登校になった子どもは、親のちょっとした態度の変化に敏感です。親の失望や苛立ちを無意識のうちに感じ取るかもしれません。自分はもう、親の期待に添えない、周りのだれからも認めてもらえないと感じて自信を喪うかもしれません。

そんなとき、「わたしたちはあなたを愛している。どんなときでも、あなたを見捨てない」、とはっはり言ってもらえるなら、きっと力を得ることができるのです。

子どもは親を選べません。だからこそ、子どもにとって親はこの世で最も大切な存在であり、親にとって子どもは、何にもましてかけがえのないものです。 「子どもは親を選べない」からこそ、親子をつなぐ絆は、この世の他のどんなものより、強く結ぶ価値があるのです。

愛情遮断症候群は、春の日だまりのような家庭の温もりを感じさせてくれる、わたしのお気に入りの一冊です。ここで紹介できたのは、この本のほんの一部に過ぎません。不登校や病気の子どもをもつ親の方には、ぜひ手にとって読んでいただきたいと思います。

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