小児CFSの本「学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているか」(下)

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学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているか[5]登校は成人における慢性疲労症候群(CFS)と同様であり、「学校過労死」ともいえる状態である。医療技術の進歩は、不登校問題に対する新たな視点を提供しました。

学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているかに基づく前半のエントリでは、不登校が「生き方の選択」「学校嫌い」「怠け」「心の未熟さ」「能力の欠如」「根性が足りない」「親の育て方のせい」ではないことを確かめました。

過労死は、自分のせい、家庭のせいといえる問題ではなく、社会環境が深く関わっています。同様に、不登校状態も、子どもや家庭のせいではなく、子どもにとっての社会である学校のあり方や社会全体の価値観が深く関わっていると考えられます。

この後半のエントリでは、不登校が「学校過労死」といえるのはなぜかを解説します。

▼シリーズ記事「小児CFSの本」

小児CFSの本では、子どもの慢性疲労症候群に直接言及している本を紹介しています。

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不登校とは学校過労死である

不登校がある意味において「学校過労死」といえるのはなぜでしょうか。学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているかに示されているメカニズムを、いくつかの観点からみてみましょう。実際にはそれぞれの原因が絡みあって不登校につながるようです。

子どもの状態は一人ひとり違うので、これらすべてが当てはまり、慢性疲労症候群の診断を満たし、社会的引きこもりになりかねない重症の子どももいれば、一部だけが当てはまり、周囲の働きかけや時間の経過で自然と回復する、軽症の子どももいると思います。

過重な労働の結果である

前項のEさん、Fさん、Hさんたちの生活背景はまさに学校漬けであり、1日の大半を学校で過ごし、家での勉強も合わせると労働時間は12時間を超えてしまい、人によっては15-16時間になることが当り前のことになってしまいました。

高校生の夏休みは7日あればよいほうだとか、どうやら労働時間の短縮は大人たちの特権になったようです。 (p24)

現在の学校の状況は、教師にとって過酷な労働環境だと言われています。例えば、わたしの学校は、教師ですら赴任を恐れていたという話を聞いたことがあります。

教師でさえ過労が蓄積し“不登校”になることがあるとすれば、子どもにとってはもっと過酷な環境です。なぜなら、学校に行けなくなる最も重要な問題は「記憶力が保たれているにも関わらず、新しい知識を脳に蓄える力、記銘力が低下している」ことにあるからです。(p83)

教師がもし、学生の立場、つまりすでに知っていることを教えるのではなく、これまで知らなかった新しいことを学び試験を受ける立場になるとすれば、かなり多くの人が過労ゆえに体調を壊すのではないかと言われています。

不登校のさまざまな理由のうち、過重な労働で倒れ、学校生活ができなくなることは「医学的に最も納得できる原因」だと書かれています。

脳の処理能力の限界を越えた結果である

不登校状態に入る時点ですでに体調不良は存在していますが、私たちのデータから推測すれば、それは強い不安刺激が自律神経系の不安定をもたらし、さらに神経内分泌や睡眠覚醒リズムなどにも影響が及んでいくものと考えられます。(p26)

不登校のうち、なんとなく学校に行けなくなる、あるいはいじめなど醜いもめごとに巻き込まれて登校できなくなる場合、その原因は脳の処理能力の限界を超えることにあります。

学校では程度の差こそあれ、これまでの人生になかったさまざまな衝撃的な体験が押し寄せます。それは教師や集団行動に対する不安や、いじめという自分の存在さえも否定される情報、詰め込み教育による大量の情報への暴露かもしれません。

脳の情報処理能力が限界を超えると、不安を感じるニューロンの興奮が生じ、それが脳機能を占領します。脳は一度にひとつのことしか考えられないので、強い不安が脳機能を占領している状態では、新しいことを学べず、思考力が低下します。

さらにニューロンの興奮は覚醒中枢を刺激し、眠りに入る時間が遅くなっていきます。それなのに登校時間は変わらないので、睡眠欠乏状態に陥ります。

慢性的な時差ぼけにより、疲労が回復せずいつも疲れを感じるようになりますが、もし一週間でも休めば、周りに追いつくのは並大抵でないことを学生自身がよく知っています。

一度休んでしまえば二度と戻ることができない特急電車に乗っている自分たちを彼らは十分自覚していると思います。自分が乗っている電車から降りたが最後、おいてけぼりをく不安に押しつぶされそうだと感じているのです。

だからこそ、不調を押してでも必死にしがみつこうとして結局力尽き、振り落とされてしまうのです。これでは子供たちは昔の労働馬・牛とあまり変りがありません。 (p31)

疲れた体にむち打ち、我慢に我慢を重ねて登校しているとき、徐々にあるいは突然に「学校過労死」が襲うのです。それは単なる慢性疲労ではなく、医学的な重症状態である慢性疲労症候群(CFS)です。

早朝の強制労働の結果である

人間の深部体温は午前4時ごろに最低になります。そのため、現代の睡眠学では、朝は最も運動に適さない時間として知られています。ジョギングの創始者も、朝のジョギング中に亡くなっているそうです。

それなのに、学生を朝のクラブ活動に駆り出すのは、強制労働といっても過言ではありません。特に、生来体内時計の周期が長い(=持って生まれた夜型)の子どもの場合、最低体温が出現する時間はもうすこし遅くなります。朝の運動は致命的です。

こう書かれています。

強制朝課外(欠席を許さない=休むと電話がかかってくる強制労働)を行っている高校において、高校生は身体の疲れを取るための十分な睡眠を取ることができにくくなり、将来不登校状態の学生が増加する可能性があります。

将来とは彼らの高校時代のみならず無理をした健康状態が大学、社会人になってから現れることも含まれることは前に述べた大学生、成人における慢性疲労症候群の場合を考えてみれば明らかです。

朝型の学生はともかく、夜型の学生には(これはほとんど先天的なものと考えられておりますから)健康を害する元になるのです。(p83)

この点は、睡眠学会の理事である白川修一郎先生も指摘しておられます。

白川修一郎先生の新刊『脳も体もガラリと変わる!「睡眠力」を上げる方法』白川修一郎先生の新刊『脳も体もガラリと変わる!「睡眠力」を上げる方法』はてなブックマーク - 白川修一郎先生の新刊『脳も体もガラリと変わる!「睡眠力」を上げる方法』

衝撃的な体験への回避行動である

朝トイレに入ったまま出てこられなくなったり、学校へ行く途中で足がすくんでしまったり、保健室登校はできても、教室へ入ることができなかったりするような現象は、パニック症候群による恐怖・回避行動と似ていると言われています。

ちょうど熱いものに触ると二度と触れないように、また危険なことに一度出会うとそのような場所には二度と行かないのと同様、

学校に行くことにより、自分自身の存在そのものが否定されると感じたり(いじめなど)、恐怖を感じたり、疲労困憊したり(勉強や部活での頑張りや強制)することを何度も繰り返し学んだり、

たとえ一度であってもこれまでに経験したことのない強烈な大量の情報を伴う学習を経験した神経回路は…

好むと好まざるとに関わらず、…学校へ(教室へ)行くこと、あるいは多くの人の中へ入ることを回避する指令を出し始めると考えられます。(p62)

衝撃的な体験がトラウマとなり、脳機能の負担を増やします。ここで脳の働きに逆らって無理やり登校しつづけるなら、脳機能がさらに混乱し、疲労困憊し、「学校過労死」に至るのです。

価値観の違いによる苦痛である

前半のエントリで、不登校の子どもは創造的傾向が強いという点に触れました。巻末Q&Aにはさらに具体的な傾向が書かれています。

親の傾向
1.子どものことは子どもに選ばせる自由な考え方を持ち、ガリ勉は強制しない
2,周囲に高学歴・自由業の人が多い

子どもの傾向
1.自己主張が強い、プライドが高い、正義感が強い
2.周囲の細かいことによく気がつく
3.友人の交際範囲もけっこう広い
4.自己期待感が強い
5.それほど勉強せずとも成績が良い
6.積極的である

このような子どもが他の子ども以上に脳機能に負担を感じる理由がこう説明されています。

このようなタイプの人たちはどちらかというと自立心、独立心に富んでおり、創造力があるタイプに多いようですが、日本では評価されにくいタイプです。

日本の学校では皆に合わせることがよいこととされていますので、価値観は彼らのものとかなり違います。違った価値観のなかで生きていくのはかなりの苦痛を伴うものです。 (p114-115)

学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)によると、東大の石浦章一教授の解析の結果、不登校の子どもたちはドーパミントランスポーター遺伝子の過多がみられ、遺伝子レベルで好奇心旺盛らしいことがわかっています。(p110)

まず治療が必要!

不登校は人生の転機だと言われることがよくあります。せわしい環境から離れて、自分を見つめなおす時間だと言うわけです。

それは確かに間違ったことではありません。ただし、体調が健康ならばです。もし学校過労死ともいえる病的な疲労状態が続いているなら、そして脳機能の破綻により未熟で短絡的な思考が二次的に現れているなら、それどころの話ではありません。

こう書かれています。

体調を取り戻した後、学校に復帰したい人は可能であれば学校に戻ればよいし、またその他の学ぶ道を見つけたり、「学校に行かないで生きる」、「人生には多様な生き方がある」というような個人個人の生き方を選ぶこともまた当然のことです。(p92)

体調を取り戻した後どうするかは、不登校の子どもたちそれぞれが責任をもって決めることです。それには、従来から言われていた「心の問題」を解決することも含まれるかもしれません。

しかし、医学的に見た生体リズムの混乱、学校過労死状態というそれ以前の段階にあるならば、医療の助けが不可欠です。下記の熊本大学の解説ページや、このブログの目次の情報が参考になるかもしれません。

熊本大学附属病院 発達小児科 (熊本大学大学院生命科学研究部 小児発達学)不登校について │熊本大学附属病院 発達小児科はてなブックマーク - 熊本大学附属病院 発達小児科 (熊本大学大学院生命科学研究部 小児発達学) その不登校ーもしかして小児慢性疲労症候群?その不登校ーもしかして小児慢性疲労症候群?はてなブックマーク - その不登校ーもしかして小児慢性疲労症候群?

学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているかは、子どもたちの観点に立って不登校問題を科学した貴重な書籍です。今となっては情報が古いかもしれませんが、読んでみる価値があります。

この本の最後に記されている医療現場の様子は、不登校の子どもたちの置かれている状況がいかに過酷か、そしてこの本がいかに真剣に不登校問題と向き合って書かれたか、ということを端的に示しています。

私たちが作った現代社会の深い病理が前途ある若い人たちの生きる意欲を抑圧してしまっているのでしょう。そのことを不登校状態の貴方たちが指摘しておられると感じます。

また喫煙問題、リストカットや薬の大量服用など自殺企図とも思える様々な行動でICUにもお世話になりながら、あるいは幻覚・幻聴を示しながら苦しむ若者たちを、

しかも小児開放病棟で、不安と戦いながらも献身的に見守っていただいた熊本大学発達小児科病棟の看護婦、スタッフの皆様に心からお礼を申し上げたいと思います。

皆様のおかげで笑顔と輝く目を取り戻した若者たちに囲まれる喜びを感じています。(p105)

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