本当の自由とは何かを教えてくれる「生物時計はなぜリズムを刻むのか」

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はてなブックマーク - 奇跡のシステム「体内時計の謎に迫る」の7つのポイントたしたち人間と、植物、動物、菌類、細菌の共通点は何でしょうか。命を持っていること?  たしかにそうです。さらにこんな共通点があります。

みんな時計を見ながら生活している。

確かに彼らは腕時計をはめているわけでも、目覚ましをセットして寝るわけでもありません。しかし、そのからだには、あまねく体内時計が備わっているのです。

「動物、植物、菌類、細菌の時計はそれぞれ異なる遺伝子でできている可能性が高いが、どれも基本的なメカニズムは同じである」。そう述べるのは、生物時計はなぜリズムを刻むのかという本です。(p176,244)

このエントリでは、その本の感想を書きながら、本当の自由とは何なのか、といういささか哲学的なことにまで思いを馳せてみたいと思います。

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これはどんな本?

この本は、分子神経科学者ラッセル・フォスターと、「The 24 Hour Society(24時間社会)」の著者レオン・クライツマンの共著です。ラッセル・フォスター博士については、以前にこのブログで紹介しました。

【5/6】時間生物学によると学校の始業は10時にすべきかもしれない【5/6】時間生物学によると学校の始業は10時にすべきかもしれない

内容は、先日読んだ、大塚邦明先生の本を詳細にしたようなものです。体内時計についての基本的なことは、高校生向けに書かれたそちらのほうが分かりやすいと思います。

奇跡のシステム「体内時計の謎に迫る」の7つのポイント奇跡のシステム「体内時計の謎に迫る」の7つのポイントはてなブックマーク - 奇跡のシステム「体内時計の謎に迫る」の7つのポイント

また本書の巻末では、もう少し分かりやすい本として、熊本大から名古屋に行かれた粂和彦先生の時間の分子生物学 (講談社現代新書)が挙げられています。

今回の本はとても複雑で、わたしは半分も理解できませんでした。しかし、生物時計の研究の歴史はおもしろく、ラッセル・フォスターのさまざまな問題提起にはとても考えさせられました。

この書評では、タイトルの「生物時計はなぜリズムを刻むのか」という疑問について、わたしの感想を織り込みながら、簡単にまとめてみたいと思います。

生体時計の目的は何か

「生物時計はなぜリズムを刻むのか」という問いには、いろいろな意味があるように思います。この「なぜ」という言葉を、まず「何の目的で」という意味に考えてみましょう。

生物に備わる体内時計は、なんと何億年も前、カンブリア紀以前の生きものから備わっていたとされています。それらは収斂進化の産物とは考えられないそうです。(p246)

生体時計が太古の昔から、存在していたのであれば、それは非常に重要なシステムであるに違いありません。互いに関連しあっている目的を3つ考えてみましょう。

1.最適なタイミングを知る。

概日リズムの本質は時刻そのものではなくむしろタイミングであり、それは最良の結果を出そうとする調節機構として定義される。

…タイミングは瞬間に関するものである。何かをすべき時間、何かに属する時間に関するものである。…体内時計があるおかげで、私たちもほかの生物も、時間を瞬間として最適に利用できる  (p337)

なにごとにも汐時(しおどき)と呼ばれる、最適なタイミングが存在します。タイミングが合えば、またとない機会となる一方で、タイミングを外せば、生死に関わります。

初期の生物はまさにそのような環境にいたのではないか、と推測されています。紫外線が矢のように降り注ぐ初期の地球では、光合成をするには、ほんのわずかなタイミングしかなかったかもしれません。そのまたとないチャンスを知るために必要だったのが体内時計だったのではないか、というわけです。(p242)

2.未来を予測する

体内時計が絶好のタイミングを指し示す、という点は、分子生物学者フランソワ・ジャコブによると、こう言い換えることもできます。

生物のとりわけ深くそしてあまねく見られる機能の一つは、先を見通す能力、未来をプロデュースする能力だ。 (p197)

現在の脳科学の研究によると、人間と動物には、ある決定的な違いがあると考えられています。それは「未来を考える力」です。人間は未来を予測することができますが、動物は「今」しか考えていないと言われています。その点は以下の書評に書きました。

人間とは何かを明らかにする「脳の科学史 フロイトから脳地図、MRIへ」人間とは何かを明らかにする「脳の科学史 フロイトから脳地図、MRIへ」

では動物は不利益を被っているのでしょうか。そうではありません。たいへん親切なことに、未来について考えることのできない動物には「未来をプロデュースする能力」、つまり優れた体内時計が備わっているのです。

一例として季節ごとに渡りをする鳥について考えてみることができます。人間は季節の移り変わりを予期して衣類を用意できますが、動物はそれができません。その代わり、体内時計が冬の到来を予測し、あらかじめ換羽が生じ、渡りをするタイミングに備えることができるのです。(p188,219)

ちなみに、鳥の渡りなどに使われる体内時計は、「概年時計」といって概日時計とはまた異なる未知のメカニズムだそうです。また、ある種の鳥や虫は「間隔タイマー」という別の時計によって距離をはかるそうです。距離=時間×速度だからです。(p82,222)

3.より大きな存在の力を利用する

相手の動きを逆に利用する修練を重ねた柔道家と同じように、生物は、環境の自然なリズムに逆らおうとするのではなく、リズムに合わせて生活を変化させる。(p94)

熱力学の第二法則によると、自然界のものはすべて無秩序へと向かいます。それに対し、生きるということは、ありとあらゆる秩序が失われていく中、秩序を保とうとすることを意味します。「生命の最大の特徴はエントロピーを減少させる能力」です。(p147)

それはすさまじい濁流を遡ろうとする努力に似ているかもしれません。無秩序へと押し流されそうになるのをただひたすらこらえているのです。

この努力を少しでも楽にしてくれるのが体内時計です。体内時計は、太陽や月のリズムと自分をあわせるシステムです。自分よりはるかに大きな秩序だった存在と同調することにより、整然と生きていくこと可能になるのです。

生体時計はどんな仕組み

ここまで体内時計の目的について考えてきましたが、「生物時計はなぜリズムを刻むのか」という問いは、「どんな仕組みで」という意味にもとれます。

著名なクリスティアーン・ホイヘンスは同調について研究した最初の人物です。彼は、一本の木の柱に2つの振り子時計をかけると、何度振り子をずらしても、しばらくするとぴったり振り子の音が一致することを見つけました。振動が柱をつたって振り子を同調させあっていたのです。(p128)

わたしたちの体内時計の同調もこれと似ています。地球の自転のリズムが、光の信号として目をつたって、脳の体内時計を同調させるのです。目には錐体、杆体とは別に、概日リズムを整えるための光受容体があるそうです。(p140)

この体内時計の仕組みは簡単に言うと、タンパク質が「カチッ」、RNAが「コチッ」と鳴っているようなものだ、と書かれています。RNAが転写され、タンパク質が作られる周期が24時間として帳尻が合うのだそうです。(p160)

しかしこの仕組みの全体は妙に複雑なので、プトレマイオスの天動説体系に例えられているほどです。天動説は、さまざまな理論を付け加えることで、たしかに新しい観察結果を説明できました。しかし、説明できるからといって正しいとは限りませんでした。(p248)

同様に、この本では、時計を探していたから時計が見つかったに過ぎず、時計遺伝子にはもっと別の機能があるのかもしれない、と書かれています。(p178,250)

必ず時計があるはずだ、と思ってある電子機器を分解してみると、確かに時計のようなシステムを発見できたとします。では「ある電子機器」とは時計だったのでしょうか。いいえ、もしかするとスマートフォンかもしれませんし、タブレットPCかもしれません。

もしかすると、人間に備わっている時計の仕組みは、より大切な何らかのシステムのほんの一部かもしれないのです。

本当の自由とは何か

体内時計はなぜリズムを刻むのか、ということを考えると、とても崇高な理由があるように感じます。わたしたちは制約や権威を嫌い、独立独歩の生き方をしようとしがちです。しかし、概日リズムはより大きな秩序に、自分の歩みをあわせるシステムです。

かつてニコラス・ムロソフスキーはホメオスタシスについてこう述べたそうです。

ここで、自由とは独立であることを意味する。我々は、体内環境の恒常性を保つことによって外部環境の制約から自分自身を解放している。 (p66)

当時、人間は自然から切り離された自由な存在だと考えられていました。

ところが、人間はホメオスタシスだけではなく、概日リズムも持ち合わせていることが分かりました。概日リズム研究の先駆者ユルゲン・アショフはその二つの違いについてこう述べたといいます。

ホメオスタシスはいわば環境に対するシールドであり、環境に背を向けるメカニズムである。

…しかし、さまざまな状況に対処するには別の方法論もある。シールドを設けるのではなく、むしろ「環境に向かう」メカニズムである。

「内部環境」を安定に保つのではなく、変化する外界を体内秩序に反映する鏡をつくるのである (p94)

残念ながら、エジソンが電球を発明して以来、わたしたちは環境に背を向け続けています。昼夜関係なく、生活ができるようになり、睡眠時間は減る一方です。セントラルヒーティングが発明されて、冬でも半袖で過ごせる空間もできました。(p340,342)

前述したように未来について計画できる人間は、「太古からのリズムをある程度意識的に克服できる」稀有な生きものです。自然界のリズムに従うかどうかを自分で選ぶことができます。(p11)

一般に人気があるのは、「従わない」ことです。制約はできるかぎりなくして、自由に生きたいというのが、わたしたちの本音です。アメリカでは休まなくてもいい兵士を作るために、1億ドルの資金が投じられているそうです。(p327)

しかし自由とは何でしょうか。あらゆる制約から解かれた状態は、本当に自由なのでしょうか。24時間社会は24時間の自由を意味するのでしょうか。

すべての生物に備わる時計遺伝子は、より大きな秩序と同調することこそが本当の自由なのだと、無言のうちに語っていないでしょうか。

わたしたちはより大きな秩序に従うか従わないかを自分で選択できますが、どちらの道も正しいというわけではありません。何にも同調しない社会(ディスクロニア)は、自由というよりは混乱です。行動の基盤となるルールがなければ、自由ではなく衝突が増えるだけです。

この点は、以前考えた、自律分散方式のシステムとも関係しているように思います。規則でがんじがらめにする集中管理方式はよくありませんが、あらゆるルールをとっぱらった脱調世界(ディスクロニア)もまた有害であると思います。

「粘菌 その驚くべき知性」に見るわたしたち人間の姿「粘菌 その驚くべき知性」に見るわたしたち人間の姿

現在の時間生物学は、さまざまな学問と、さらには哲学をも巻き込んで発展しているそうですが、生物時計はなぜリズムを刻むのかもまた、哲学的な問いについて考えさせてくれる一冊でした。

わたしの病気はいわゆるディスクロニアの産物だと思うのですが、生物のもつ、生物時計(周りに合わせる)とホメオスタシス(我が道を行く)のバランスを見倣っていきたいところです。生物はその両方を活用して綿々と生き続けているのです。

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