口で「ノー」と言えなければ身体が「ノー」と言うようになる― 抑圧された感情が招く難病と慢性疾患

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スーフィーと呼ばれるイスラム神秘主義者の説話に、12世紀の聖なる愚者、導師ナスレッディンのこんな話がある。

ナスレッディンは街灯の下で四つんばいになって何かを探していた。「何を探しているんですか?」と近所の人たちがたずねる。

「鍵だよ」とナスレッディンは答える。そこで隣人たちは総出で鍵探しに加わり、街灯の周辺を1センチきざみで注意深く徹底的に調べる。でも鍵は見つからない。

「ところで、ナスレッディン」 ついにひとりがたずねる。「いったいどこで鍵を無くしたのですか?」「家の中だよ」「それじゃあ、どうしてここで探しているんですか?」「街灯の下のほうがよく見えるからに決まっているじゃないか」(p348)

くの人は病気の原因を探し求めて、遺伝子やウイルスの研究に期待をよせます。心理学的なワークに取り組む人もいれば、神や宇宙の本質を追求する人もいます。(p408)

しかし自分にとって探しやすい場所だけを探していたのでは何も見つけられない、そう述べるのは、ガボール・マテ医師です。思いやりにあふれた名著、身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価を紹介したいと思います。

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これはどんな本?

ガボール・マテ医師は一般開業医、また緩和ケア病棟の医師として長年経験を積んでこられた方です。

彼は、あらゆる病気の患者を診ているさなか、ある一つの共通点に気づきました。

多発性硬化症、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患、慢性疲労症候群、自己免疫疾患、結合組織炎、偏頭痛、皮膚疾患、子宮内膜症その他多くの疾患の治療を受けた人々に、同じパターンが見られた。

深刻な病気を抱えた私の患者のほとんど全員が、人生の重要なところでノーと言うことを学んでいなかったのである。…心の奥底に抑圧された感情があるという要素は必ず共通していた。(p12)

なぜ同じ遺伝子を持っていても、ある人はガンを発症し、ある人は発症しないのでしょうか。ある人は自己免疫疾患になり、別の人は元気に過ごしているのでしょうか。

その答えは、精神・神経・免疫・内分泌学という学問にあると、博士は考えます。大人になってから発症するどんな難病も、ウイルスや遺伝子だけでは発症せず、抑圧された感情による免疫の抑制などが関係しているいう学問です。(p9)

難病を抱える人たちの多くは、子どものころ、親や周りの顔色を見て育ちました。満たされない気持ちを抱きながらも、必死に強くあろうと生きてきた人たちだといいます。何に対してもノーと言わず頑張ってきた人たちです。

しかし口でノーと言えないなら、いつか身体がノーという。それがこの本の趣旨です。

この本の言わんとすることは、言葉遣いは違うとはいえ、愛着障害 子ども時代を引きずる人々と似通っています。

どちらも、ジョン・ボウルビーの愛着についての記述を含んでいます。子どものころの自分ではどうしようもなかったできごとが、その後の人生を左右するのです。(p252)

どんな病気にもが関係する

慢性疲労症候群(CFS)は身体の病気なのでしょうか、それとも心の病気なのでしょうか。この本を読むなら、そのような議論には意味がないように思えます。それにこだわるなら、冒頭の愚者ナスレッディンのようになってしまうでしょう。

たとえば、難病のひとつ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、いわゆる身体の病気であるに違いありませんが、その発症には抑圧された感情が関わっているというデータがあります。

「ALS患者はなぜいい人ばかりなのか?」。これはALS国際シンポジウムで発表された論文のタイトルです。ALSの検査技師は、患者とちょっとの時間話しただけで、その人がALSかどうか察しがつくそうです。しかも、その直感はほぼ例外なく検査結果と一致するのです。(p66)

リウマチや多発性硬化症、ガンの患者もそうです。その人たちは決してノーといわず、他の人の期待に答えようと努力し、自分の感情より、周りの人の感情を優先してきた人たちだといいます。(p146,189,202,252)

一方、著者は、いわゆる心の病についても、それは単なる心だけの問題ではないと述べています。気分障害も脳が関わっているので、がんと同じくらい生理学的な問題だと書かれています。身体の病気、こころの病気などと分けることは不可能なのです。(p344)

思い込んでいませんか?

大人になってから難病になった人たちは、たとえば「私は強くなければならない」というような思い込みのため、感情を抑圧して生きてきたと指摘されています。

そのような人たちは、病気の発症に心が関わっていると言われると、「わたしはそんなに心が弱くない」と反応します。自分のしてきたことのせいで病気になったと責められているように感じてしまうのです。(p13) しかし著者はこう説得しています。

「もし私が5000キロの重りを持ち上げようとして、誰かに『君はそんなことができるほど強くないよ』と言われたら、私はきっとその通りだと思うでしょうね」

…「問題はそこですよ。強いか強くないかという問題ではなくて、そもそも無理な要求だということもあるんです。だとしたら、強くないことのどこがいけないんですか?」 (p334)

難病になった人は、「自分は強くなければならない」という思い込み以外にも、自分はこうあらなければいけないという理想像を抱いて生きています。

たとえば、人には無条件に与えている思いやりを自分には与えられないことはないでしょうか。(p384) あるいは、怒りを溜め込むか、爆発させるかどちらかしかできず、健全に怒りを表現する方法を知らない、ということはないでしょうか。(p396)

これらはすべて、性格の問題というより、ストレスへの対処の仕方が上手ではない、ということを物語っています。そのような対処法を身につけてしまったのはどうしてでしょうか。

幸せな子供時代」

すべての根は「幸せな子供時代」にあります。多発性硬化症の患者に子供時代について尋ねると、多くの人が「幸福だった」というそうです。

しかしよく話を聞いてみると、本当は満たされない気持ちを抱いていて、イメージが理想化されていることが明らかになります。幸せでなかったからこそ、「幸せな子供時代」というイメージにしがみつかざるを得ないのです。(p359)

子どもは辛いできごとに直面すると、目をそらす、夢想にふける、現実から切り離して忘れることで乗り越えようとします。これを“解離”といいます。それが無力な子どもにできる唯一の対処法です。(p363)

ところが、そこで現実から目をそらすという偽りのポジティブ思考を学ぶと、大人になってからもその方法にしがみつくようになります。「傷ついたまま大人になった人は、子供のころの自己防衛手段のなごりを一生持ち続けることになる」のです。(p351)

結果として、ストレスにうまく対処する方法を知らず、「自分は強くなければならない」「ノーと言ってはいけない」「みんなの期待に答えなければならない」と思い込み、抑圧された感情の代価を支払うことになるのです。

身体に「ノー」といわせないために

この本には、自分の本当の気持ちに気づくためのヒントが豊富に載せられています。

各章にはとても多くの経験談があります。中には、ルー・ゲーリックや、スティーブン・ホーキング、ランス・アームストロング、ジョナサン・スウィフトといった有名な人の例も出てきます。

第19章「治療のための7つのA」には、ちょっとしたアドバイスも載せられています。思い当たるところのある人には、ぜひこの本を実際に読んでほしいと思います。

わたしがこの本を読んだのは、CFSを診ている三浦先生が勧めていたからでした。確かに、この本で書かれていたことは、わたしにとって非常に納得のいくものでした。

学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書) では子どもの慢性疲労症候群(CFS)の背景には「自己抑制的良い子の生活」「情報量の多さに伴う競争社会でのがんばり」が関わっているとされています。

どうして「良い子でなければならない」と思うのでしょうか、どうして「頑張らないと自分を認めてもらえない」と思うのでしょうか。その答えを身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価から得たように思います。

注意すべき点として、どちらの本も親や家庭が悪いとは述べていません。むしろ責任を親に課すのは無益であり、科学的なことでもないと書かれています。(p305)

問題の根は、何世代にもわたって繰り返されてきた、親と子の不幸な心の行き違いや、たまたま悪いときに悪いことが重なるという偶然にあるからです。

自分の親ばかりでなく、その親をも育てた祖父母、そしてさらにはその前の世代にまでさかのぼって、病気の原因となるストレスが蓄積されてきたのだとしても。その結果として、今、難病に苦しむ自分がいるのだとしても。

街灯の下のような探しやすい場所だけではなく、探しにくい場所にまで踏み込んでカギを探し求めるなら。そして、何に“ノー”と言うべきなのか知るなら。

わたしたちは自分の代で負の連鎖を断ち切り、病気をコントロールして生きていくことができる。この本はわたしたちにそんな勇気を与えてくれます。学ぶところのとても多い本なので、さらにじっくり読んでみたいと思います。

▼追記

同じ本について書いたこちらの書評もどうぞ。

病気の人が習慣にしがちな偽りのポジティブ思考とは何か | いつも空が見えるから

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