文学や芸術を創造する「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」

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愛着障害についてのケースをたどっていくと、すぐに気づかされるのは、作家や文学者に、愛着障害を抱えた人が異様なほどに多いということである。…ある意味、日本の近代文学は、見捨てられた子どもたちの悲しみを原動力にして生み出されたとも言えるほどである。

文学以外にも、芸術の分野で名を成した人には、愛着障害を抱えていたというケースが非常に多い。(p183)

に見捨てられた、親が離婚した、いつも親の顔色を見て育った…。そうした不幸な子ども時代を過ごした人の中に、文芸や芸術などの分野で、豊かな想像力を発揮する人が意外なほど多いといいます。

一般に科学や数学の分野の創造性は、遺伝の影響が大きいとされてきました。統合失調症との関係も指摘されています。しかし、文芸や詩作、絵画における創造性は必ずしもそうではないのです。それらは何かの遺伝や血縁関係というより、生まれ育った環境に依存している可能性があります。そして、そうした作家はうつ病などの気分障害を抱えやすいというデータがあります。

なぜ作家は、創造性を得ると同時に、うつ病などのリスクを抱えるのでしょうか。「愛着」というキーワードは、それらをどう結んでいるのでしょうか。

この書評では、再度愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)という本に基づいて、愛着障害と創造性の関係に迫りたいと思います。

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愛着障害とは

愛着とは、親と子の間に形成される特別な結びつきのことです。

一般に、愛着障害というと、反応性愛着障害という重い病態を指します。これは幼いころに虐待やネグレクトを受けた子どもによく見られるもので、抑制性愛着障害と、脱抑制性愛着障害の2つに分けられます。

しかし、最近の研究から、そこまでひどくならなくても、機能不全家庭で育ったり、親の愛情に恵まれなかったりした人に、反応性愛着障害の一歩二歩手前の状態、つまり愛着スタイルの問題が見られることがわかってきました。

たとえば、あまり子どもにかまわない傾向の親のもとで育つと、子どもは辛い経験を封じ込めて、人に期待しなくなります。対人関係を避けて引きこもりがちになります。これは回避型の愛着スタイルであり、その最たるものが先ほどの抑制性愛着障害です。

一方で、子どもに過干渉する親のもとで育つと、子どもはだれかれ構わず、好かれようとして甘えるようになります。見捨てられ不安が強く、人の反応に敏感になります。これは不安型の愛着スタイルであり、その最たるものが、やはり先に挙げた脱抑制性愛着障害です。

この回避型と不安型は共存することもあり、その場合には、人間嫌いの面と見捨てられ不安が強い面を合わせ持ち、境界性パーソナリティ障害のような混乱した人間関係を示すようになります。

愛着の傷にはいろいろと原因がありますが、以下に語り尽くされています。

幼いころに親に捨てられたこと、
親と死別したこと、
親と離ればなれに暮らさなければならなかったこと、
親から放っておかれたり虐待されたこと、
親の離婚やけんかを目の当たりにしたこと、
親が自暴自棄なふるまいをしたり自殺を図ろうとしたこと、
再婚などにより親の愛情が他の存在に奪われたこと、
親が自分よりも他のきょうだいばかりを可愛がったこと、
親からいつも否定されたこと、
親の都合や期待ばかり押しつけられたことなどである。(p266)

こうした生きづらい家庭で成長した人は、愛着回避、または愛着不安の問題を少なからず抱えていて、愛着の傷を持っています。そして、そのような人の中に、文学や芸術の世界で活躍し、あふれる創作意欲と熱意を持ち続け、積極的に活動している人がけっこういるというのです。

どうして、愛着の傷が、創作意欲、ひいては創造性に影響を及ぼすのでしょうか。3つの側面から考えてみましょう。

1.愛着の傷を癒やす

愛着障害の人は、未解決の愛着の傷を持っていることはすでに述べました。そして、そのような人は、愛着の傷を癒やすために、さまざまな活動に取り組みます。その活動の1つが、創作であることがあるのです。

なぜ創作が、愛着の傷を癒やすのでしょうか。それは、創作が自分の内面を表現する活動であることと密接な関係があります。

愛着の傷を癒やすひとつの特効薬は、自分の傷ついた経験を語り尽くすことだと言われています。

子どものころの辛い経験は、たいてい心の隅に押しやられ、はっきり言語化されないまま、もやもやとした記憶として残っています。それを形にして吐き出すことは、膿を出すことに似ています。

しかし傷ついた経験を語り尽くすといっても、それに耳を傾けてくれる人はなかなかいませんし、適切に言語化して整理するのもまた困難です。特に回避型の愛着スタイルを持つ人の場合、心の奥深くに封印していることがあります。そのような時に役立つのが、小説や詩や絵の形で、つまり芸術作品として発散することなのです。

漱石は、精神の不安定な時期に、よく絵を描いた。その出来栄えは、はっきり言って稚拙であり、あれほどの才筆をふるった文豪も、画才には恵まれていなかったことを明かしている。

それでも、とても熱心に描いたのは、それが心の安定に役立っていたからだ。小説を書くことによっても、解消しきれない何かを、非言語的な表現行為を行うことで、解消しようとしたのである。(p277)

作家に、愛着障害を抱えた人が非常に多いという事実は、創作という行為が、愛着の傷を癒やそうとする、無意識の衝動に駆りたてられたものだからだろう。(p284)

漱石のように、たとえ良い腕前とはいえなくても、芸術を嗜むことは、不安定な心を整える働きがあることが知られています。それは、芸術療法、アートセラピーとしてうつ病の治療などに用いられています。

▼アートセラピーについて
なぜ効果があるのか、という点は以下の記事をご覧ください。

認知症や不登校の脳機能を回復させる芸術療法(アートセラピー) | いつも空が見えるから

 

2.自分の世界を創る

愛着の傷は、それを癒やしたいという無意識の衝動を産みます。それが創作したい、表現したいという原動力となるのは確かです。しかし作家にはほかのものも必要です。それは、創作する内容を考えるための想像力です。

愛着の傷を抱えた人は、おおむね豊かな想像力を発達させています。非常に空想的であったり、自分だけの世界を創造したり、新しい物語を作ったりすることができるのです。

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)という本にはこう書かれています。

現実の居場所の喪失、逃避不能性、愛着の裏切り、孤独、現実への絶望。これらは解離性障害の患者の多くが子ども時代に受けたと推定される傷である。

その一方で、これら現実の傷とまったく対極に位置するところの空想への逃避や没入、それによる愛着欲求の満足、孤独の癒やしなどといった世界がある。(p120)

愛着の傷を生じる環境というのは、多くは逃れられない過酷な環境です。泣き叫んでも助けは現れません。本来助けを差し伸べてくれるはずの親や家庭が、何かおかしいのです。そのような環境のもとで、子どもは「解離」という防衛機制を用います。

解離とは、心を切り離すことで、さまざまな役割をもっています。たとえば、現実と切り離された空想の世界に没入したり、辛い記憶を切り離して封じ込めたりすることが挙げられます。

現実世界はあまりにも辛く、生きづらい、そう感じるとき、子どもは空想の世界に生きるようになります。自分が幸せになれる空間、あるいは逃避できる世界を心の中に作り出し、自由な世界を経験するのです。

世界で最も有名な空想好きの女の子といえば、赤毛のアンのアン・シャーリーかもしれません。彼女の生い立ちを見ると、やはり愛着の傷が見られます。

アンの母は、アンが生後3か月の時に熱病で死亡します。父も4日後に亡くなり、幼いアンは孤児になりました。その後各所を転々として、孤児院暮らしも経験したアンは、非常に空想的な子どもに育ちます。

食器棚のガラス戸に映る自分の姿にケイティ・モーリスと名づけたり、山びこにヴィオレッタという名前をつけたりして、空想の友だち、イマジナリーフレンドを増やします。

こうした経験は、作者のルーシー・モード・モンゴメリの実体験がもとになっているようです。モンゴメリは1歳9か月のとき、母を結核で亡くし、母方の祖父母のもとで厳しく育てられました。やはり空想的だった彼女は、キャビネットに映った自分の分身を、ケイティ・モーリス、ルーシー・グレイ未亡人と呼んで、彼女たちと睦まじく会話していたといいます。

たくましい想像力によって、本来、それほど意味も持たない身の回りのものに意味を付して、命を与えて、自分を楽しませる糧と変えてしまうのは、現実の傷を癒やそうとする解離の働きの1つです。こうした特徴は空想傾向(fantasy-proneness)と呼ばれています。

テレビのアニメを見るでもなく、映画を見に行くでもなく、むしろ本に親しみ、自分の空想が描き出す世界を楽しむことができるようになった こうした子どもは、そのあふれる想像力を絵や詩や文芸として表現したいと思うようになるでしょう。それが未来の作家や芸術家を生み出しているといえます。

3.安全基地がない

愛着の傷を抱えた人が、創作に打ち込むのは一見不思議なことです。多くの場合、創作はお金にならないからです。

創作の世界で成功するのはほんの人握りであり、成功した人たちも、最初から成功が保証されていたわけではありません。それなのに、自分の生活を傾けてまで、無用と思える創作に没頭するのです。

その無謀とも思える行動の理由となるのが、安全基地を持たない、ということです。安全基地とは、母親をはじめ、心から安心できる愛着対象のことです。そのような存在を持たない人は、安定した生活を捨てて、危険の中に飛び込んでいくことを怖いと感じません。

保護となるものを持たないことは、多くの場合破滅につながりますが、ごくわずかな場合には、縛られるものがないゆえに旧来の価値観を打ち崩す成功を引き寄せることがあります。

創造する者にとって、愛着障害はほとんど不可欠な原動力であり、愛着障害をもたないものが、偉大な創造を行った例は、むしろ稀と言っても差し支えないだろう。技術や伝統を継承し、発展させることはできても、そこから真の創造は生まれにくいのである。

なぜなら、破壊的な創造など、安定した愛着に恵まれた人にとって、命を懸けるまでには必要性をもたないからである。(p185)

たとえば、スティーブ・ジョブズは、生後数週間で生みの親から離れ、養子になり、愛着不安の特色を色濃く示しました。彼は大学に入ったものの、その安定した生活を捨て、インド放浪の旅に出ました。彼は高リスクの創造的な生活に自ら飛び込んで、多くのものを得たのです。(p137,186,291)

成功するかしないかはともかくとして、不安定な創作の世界に没入するのは、なかなか普通の人にはできることではありません。

ある意味、そこ[愛着障害]からくる「欠落」を心のなかに抱えていなければ、直接に生涯に寄与するわけでもない創作という行為に取りつかれ、人生の多くを費やしたりはしないだろう。(p183)

両刃の剣

ここまで、愛着の傷や解離がもたらすポジティブな一面として、創作への影響を考えてきました。

愛着の傷は

■無意識のうちに創作活動へと駆りたてます
■あふれる想像力を発達させます
■損得を顧みず、創作の世界に没入させます

しかし、看過すべからざる点として、そのような創造性は両刃の剣にすぎず、心身をえぐるものです。

芸術家、作家として活躍できる人はほんの一握りなのです。あまつさえ、それらの一握りの人でさえ、苦悩と虐げのうちに人生を生きていることがほとんどなのです。アーネスト・ヘミングウェイはあれほど成功した作家だったのに散弾銃で自分の顎を砕いたのではなかったでしょうか。

愛着障害をきっかけに発揮される創造性というのは、ある意味心の断崖のふちで発揮される能力であり、容易にそこから転落して再起不能になってしまうことさえありえます。

冒頭で述べたように、天才の脳科学―創造性はいかに創られるかという本に書かれているナンシー・C・アンドリアセンの研究によると、創造性を発揮する作家や芸術家には、うつ病などの気分障害が見られやすいということがわかっています。これは愛着の傷のため、心の耐性が弱くなっているためだと考えられます。

ドミノ倒しの最初の段階に関わっているのが、愛着障害であり、最後の段階がさまざまな「疾患」なのである。(p122)

創造性というポジティブな形で発揮されなかった愛着の傷は、心身症や気分障害、境界性パーソナリティ障害、解離性障害といった重い病気となって現れ、立ち直ることも生き延びることも難しくしてしまいます。

また、創造性そのものも正しく機能するとは限りません。空想傾向に関する研究によると、空想傾向がネガティブに現れた場合は、幼児虐待、解離傾向、UFO誘拐体験、虚偽記憶といった混乱した結果になります。創作活動や共感性としてポジティブに表れる場合は、むしろ貴重なのです。

さらに、愛着の傷がもし癒えたなら、回復と引き換えに創造性を失うこともありえます。ジャン・ジュネはまさにそのような人生を送りました。(p286)

愛着の傷を原動力にした創造は、「書いても書いても癒やし尽くされない心の空洞があってこそ、作品を生み出し続けることができる」のです。(p183)

しかし、どんなメリットデメリットがあろうとも、愛着の傷を持つ人の多くは創造しないという選択肢を持っていません。

愛着の傷を持つ人は、好むと好まざるとにかかわらず、また良い腕前かどうかにかかわらず、創作の荒波へと飛び込んでいかざるを得ません。一念発起して創作を始めるのではなく、必要に駆られて創作をするのであり、創造しなければ、生きていけないのです。

付録1:発達障害との関係

ナンシー・C・アンドリアセンの研究について、発達障害の専門家の杉山登志郎先生は、ギフテッドー天才の育て方 (学研のヒューマンケアブックス)という本の中で、作家や芸術家に気分障害がよく見られるのは、それらの人が発達障害だからであり、それが創造性の源でもあると推測しています。

この問題はとてもややこしく、愛着の傷を抱える人の言動は、ときに発達障害のようにも見えると言われます。文中で言及したジョブズはADHDやアスペルガーだと言われることもあります。杉山登志郎先生自身、愛着障害と不注意優勢型ADHDの子どもの区別に腐心しておられます。

発達障害の人は、認知の凸凹があるために、普通と違った角度から物事を見ることができ、それが創造性となって表れることがあります。また周囲にうまく馴染めず、情緒障害を伴い、解離の傾向を示すこともあります。アスペルガーの人は自閉的ファンタジー世界に逃避することもあります。

しかしこの本では、自閉症スペクトラム障害の子どもが、定型発達児に比べて、特に不安定型愛着を多く示すわけではないことから、両者は分けて考えるべきではないか、とされています。(p140)

実際には、発達障害か愛着障害か、という二者択一の問題ではなく、生まれつきの認知の凸凹と、愛着に影響を及ぼす生育環境とが重なりあって、作家の創造性を生んでいるものと推測できます。どちらの影響が強いかは人それぞれであり、人によっては発達障害とも愛着障害とも言えるのでしょう。

付録2:科学や数学の創造性

さらに問題をややこしくするのが、おもに科学や数学の分野で発揮されるとみられる、独創性や発想力との関係です。こちらは統合失調症の家系や遺伝子と関係があると見られています。

ナンシー・C・アンドリアセンの記述からすると、おもに科学や数学の分野と関係があるということになりますが、その枠組みは絶対的なものではなく、文芸や絵画で名を成した人の中にも、統合失調型パーソナリティーという統合失調症と関係のある奇抜さを示したという人が少なからずいます。

そのような例としては、たとえば作家のチャールズ・ディケンズや詩人のエミリー・ディキンソン、画家のヴァン・ゴッホなどがいます。しかもこれらの人の中には、やはりアスペルガーなどの自閉症スペクトラムだったのではないかとも疑われる人もいるのです。

しかしこちらの独創性は、アイデアやひらめきとして現れるという性質上、空想の物語を紡いだり、癒やすために描いたりする創作とは一線を画するものであり、愛着の傷が絡む作家の創造性とは別個に考える必要があるように思えます。

創造的な人は心の断崖のふちに立っている―「天才の脳科学」(追記あり)| いつも空が見えるから

 

天才たちの共通点「認知的脱抑制」―創造性の源?| いつも空が見えるから

 

 

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