貼り絵師 山下清に学ぶ「自閉症とサヴァンな人たち」

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景をそのまま記憶し、あとで精密な絵が描ける。
何十年も前の日付と曜日をぴたりと言い当てる。
何千冊もの読んだ本の内容をことごとく記憶している。

こうした特異な能力を持つ人たちが世界に少数ながらいます。それらの人たちは「賢人」を意味する“サヴァン”と呼ばれています。特に目を見張るような能力を持つ“驚異的サヴァン”は世界に100人以下しかいないのではないかと言われています。その一人は映画「レインマン」の題材にもなったキム・ピークでした。(p63)

サヴァンの出現率は、一般人や精神遅滞と比べて、自閉症で特に多いという統計が出ているので、サヴァンの能力は自閉症のメカニズムと関連しているのかもしれません。

自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐という本はサヴァンの視点から自閉症を理解しようと試みたもので、貼り絵師の山下清がサヴァンの一例として考察されています。特に興味深かったのは、サヴァンや自閉症に見られる視覚的思考について解説している部分です。その点を紹介したいと思います。

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これはどんな本?

この本は精神科医の石坂好樹によるものです。神経疾患に関する多方面にわたる数々の著作をお持ちの方で、アスペルガーと天才に関する、マイケル・フィッツジェラルドの著作アスペルガー症候群の天才たち―自閉症と創造性を翻訳した方でもあります。

本書は全五章からなっており、それぞれ、江戸時代に見られた自閉症、サヴァン症候群の考察、アスペルガーの数学者の考察、自閉症者の手記の考察、発達障害の概念の説明からなっています。非常に多くの国内外文献の参照資料付きの、かなり学術的な本です。

このうち、第二章のサヴァンに関する部分で、貼り絵師の山下清の著作が分析されています。

惜しむらくは、著者の好みによるのか、2014年の本であるのに、多くの旧字体が使われており、例えば発達障害は發達障碍と記されているなど、少し読みにくさを感じます。

サヴァンの山下清

山下清は、有名な貼り絵師で、ドラマ「裸の大将放浪記」の題材にもなっている人物です。日本のゴッホと呼ばれましたが、IQは70-80と低く、その特異的な芸術・記憶能力との差が顕著であることから、自閉症を伴う日本人のサヴァンとして有名です。ほかに日本人のサヴァンには山本良比古や山村昭一郎がいます。(p91)

彼は、放浪の旅に出ることを繰り返し、拠点である八幡学園に戻っては、旅の記憶を貼り絵と日記にして記録しました。

彼をサヴァンたらしめているのは、その貼り絵と日記のユニークさです。

まず、日記については、本書の中で原文が引用されています。長く連なる文章で、とても読みづらいのですが、分析してみると、旅で見た視覚的な情景を淡々と描写していることが分かります。ある時は精神病院に入れられましたが、その間の記憶も、半年後に自由になったときに、日付や出来事まで詳細に記録しています。

彼が見たり聞いたり感じたり思ったりしたことが、次々と記憶装置の中に収容され、加工されることなく再び取り出されて文に変換されているのである。(p101)

貼り絵もまたしかりです。彼の貼り絵は、斜め上から見下ろす「中空視角」で描いたもので、見たそのままの写生ではありません。むしろいくつかの時点の情景がひとまとめに描かれていることから、視覚的な記憶を整理したもの、つまり絵日記のようなものだったと考えられています。(p110)

どちらにしても、強い視覚的な記憶があり、それを後々そのまま引っ張りだしてくることができたのです。

このような能力はどこからもたらされるのでしょうか。

自閉症と視覚的思考

サヴァンの数々の能力の出どころは、現在のところ不明とされています。

リムランドらの調査によるとサヴァンの62%に見られるカレンダー計算でさえ、どうやって算出しているかには諸説あり、どれも満足の行く説明ではありません。(p68)

それどころか、オリヴァー・サックスは、20桁もの素数を発見できる自閉症の双子について記していますが、素数を発見できる式は今のところ存在しないのです。(p46,79)

とはいえ、サヴァンのメカニズムに関しては、少しだけ光があたっています。複数の専門家の実験は次のことを示しています。

脳は全体として統合して活動しているが、全体の統合が弱まるか機能しなくなることによって、代償的に局所的な機能結合が強化され、それが自閉症やひいてはサヴァンの出現の要因となるというこれらの説は、いまのところサヴァンを説明するのに一番有望なもののようである。(p88)

脳の全体的な統制が弱まることで、別の局所的な能力が發達するのです。

実際に側頭葉型の認知症になると美術的才能が発揮されたり、左側頭葉に磁気刺激を与えて抑制すると、描画能力が上がったりすることがわかっているそうです。左側頭葉が抑制されると、意味的な記憶が損なわれ、ものの細部を記憶できるようになるそうです。

サヴァンの人、たとえば山下清などの描画能力は、細部まで覚えている視覚的な記憶によって支えられていました。

一般に記憶は意味付けやラベル分けによって加工されて保存されます。見たまますべてを覚えているのではなく、必要な部分だけ覚えているのが普通です。そうすることによって、膨大な情報によって圧倒されずにすみます。情報はフィルターにより濾過されているのです。

しかし自閉症の人は、そうではないかもしれません。本書で取り上げられている、テンプル・グランディン、ドナ・ウィリアムズなどの人は、感覚に圧倒されたり、情報の波に飲み込まれて恍惚とするほどの一体感を味わったり、情報量が多すぎてパニックになったりすることについて述べています。

加工されていない情報にアクセスできることが感覚過敏や、サヴァンの芸術能力をもたらしている可能性があるのです。

スナイダーらは「自閉症は自然の光景の正確な細部を描くための必要な条件である」と述べている。さらに、彼らは、自閉症は特有の認知機能によって、一般にはアクセスできない下位レベルの神経情報に、つまり、事物の表象のための特質に、接続可能になるとの仮説を述べている。(p112)

ドナ・ウィリアムズは、この下位レベルの情報を感覚システムと呼び、通常はその上に解釈システムが存在して情報を濾過しているのに、自分の場合はそれが働いていないと述べました。(p217)

このブログでも、ヘリコプターで街を30分眺めただけで、詳細な絵を描ける画家のウィットシャイアを取り上げたこともありますが、そうした描画能力は、左側頭葉など脳の一部の機能が弱いため、加工されていない視覚的記憶にアクセスすることができるようになり、保たれている可能性があるのです。

絵の描き方から分かる自閉症スペクトラムの特徴| いつも空が見えるから絵の描き方から分かる自閉症スペクトラムの特徴| いつも空が見えるから はてなブックマーク - 絵の描き方から分かる自閉症スペクトラムの特徴| いつも空が見えるから

 

映像思考と潜在抑制の低下

ここまで見てきたサヴァンに関する事実は、このブログで取り上げてきた過去の話題と共通するものがあります。

自閉症の人の視覚的思考は、視覚優位のアスペルガーによく見られる「映像思考」として理解できます。

映像思考の人たちは、絵を描くとき、すでに頭の中で完成形がイメージできているといいます。それを描き写すだけでいいのです。山下清もそうだったのかもしれません。

本書でも、有名なアスペルガーの数学者たち(アルキメデス、ニュートン、ペレリマンなど)が幾何学を好んだことから、視覚的思考を持っていたのではないかと論じられています。

アスペルガーの2つのタイプ「天才と発達障害 映像思考のガウディと相貌失認のルイス・キャロル」| いつも空が見えるから

また、脳のフィルターが弱く、必要以上の情報を受け取ってしまうことは、創造性に関する潜在抑制の低下の研究と似ています。フィルター機能が低下し、普通より多くの情報が意識に上るため、さまざまな発想が生まれるのです。

本書では創造性についてさらにこう書かれています。

思考の創造性とは、ある思考形態の回路と別の回路との調和的な共同活動であるのかもしれない。あるいは、それまでになかった結合状態の生成によるのかもしれない。(p190)

脳のどこかの機能が弱くなることで、普通とは違う結合ができ、たとえば、数字を空間的に把握できるような共感覚が生まれ、それが高い創造性と関連しているのかもしれないということです。

創造性の研究は、自閉症の観点からやり直す必要があるのではないか、という専門家の意見もあることは創造的な人は心の断崖のふちに立っている―「天才の脳科学」(追記あり)に書きました。

まとめると次のようになります。

脳の一部の機能低下などによって、ある部分が抑制されると、別の部分が局所的に強く働いたり、普通ならありえないような機能の連絡ができます。また加工前の情報にアクセスできます。それが自閉症であり、極端な場合はサヴァンであり、共感覚につながるのではないかということです。

これはまだ仮説ですし、創造性と自閉症の関係については、そもそもほとんど研究されていないので、はっきりとはわかりません。

この本には、ここでまとめたこと以外にも、江戸時代の自閉症や、アスペルガーの数学者など、かなり詳しい情報が専門的に考察されているので、興味のある方はぜひ読んでみてください。いろいろと発見のある面白い一冊です。

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