生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち

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■光や音、匂い、そのほかのさまざまな感覚に人一倍敏感
■場の空気や他の人の気持ちを読みとることが得意
■人より深く考え、呑み込みが早いと言われる
■感受性が強すぎるせいで刺激に圧倒されて疲れ果てることがある
■子どものころから空想の友だちなど不思議な体験をしてきた

なたはこのような、人一倍強い感受性の持ち主ですか? あるいは、もしかすると、あなたのお子さんがこのリストに当てはまるでしょうか。

もしそうなら、あなたやお子さんはHSP (Highly Sensitive Person)、つまり「人一倍敏感な人」や、HSC (Highly Sensitive Child)、つまり「人一倍敏感な子ども」と呼ばれる生まれつきの感受性の強さを持っているのかもしれません。

生まれつきの感受性の強さは、優れた才能につながることがあります。HSPの人は人の心をつかむコミュニケーション力に長けていますし、優れた芸術家や科学者の中には、HSPの繊細な感性を生かして成功した人が少なくないとも言われています。

しかし一方で、優れた感受性の強さのために、人混みやイベントで疲れやすかったり、学校で強いストレスを感じて不登校になったり、果ては慢性疲労症候群解離性障害といった心身の問題を抱えることもあります。

HSPとはいったいどんな性質なのでしょうか。しばしば混同されるアスペルガー症候群の感覚過敏とはどこが違うのでしょうか。やはり感受性が強いADHDとの間にはどんな関わりがあるのでしょうか。どんなリスクまた可能性を持っているのでしょうか。

HSPという概念を提唱したエレイン・N・アーロン博士ひといちばい敏感な子や、そのほかの関連する資料から、HSPについてわかりうることを広範囲にまとめてみました。

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HSPとは何か?

HSP(人一倍敏感な人)、HSC(人一倍敏感な子)は、心理学者エレイン・N・アーロン博士によって提唱された概念です。

アーロン博士が1996年に書いたHSPについての本、ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)(原題は、「The Highly Sensitive Person」)は英語で出版された後、オランダ語、日本語、中国語、ギリシャ語、ポーランド語に翻訳されるベストセラーになりました。

アーロン博士はこれまで、「内向的」「怖がり」「引っ込み思案」などとネガティブに語られがちだった敏感な人についての研究に一石を投じ、それらの人は、本当は感受性豊かで創造的、そして子どもの15~20%を占める個性の一つなのだ、ということを明らかにしました。

そして、感受性の強さとは、おもに育て方によって決まる後天性のものではなく、持って生まれた先天性のもの、その人固有の遺伝的性質であり、才能ともなる、ということを学術的に立証したのです。

アーロン博士は、自身がHSPであり、子どももHSCであることから、人一倍敏感な人の性質や、そのような子どもの育て方について、とても深い洞察と研究を世に送り出してきました。

今回おもに参考にしたひといちばい敏感な子は2002年に書かれた10年以上前のアーロン博士の本の邦訳です。

しかし、日本語版に寄せて、2015年2月に書かれた最新の学術的情報を含む明快な解説が追加されており、その部分を特に参照して、HSPとは何かをまとめる助けにしました。

HSPの4つの特徴

HSPについては、世間ちまたでは、様々な形で紹介されていますが、本来の定義からそれた情報も少なくありません。誤解されがちですが、普通より感覚が過敏であれば すなわちHSPである、というわけではないのです。

HSPという概念を提唱したエレイン・アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、HSPには、特徴的な4つの性質が必ず存在すると述べています。

最近、私はこの根底にある性質には「4つの面がある」と説明しています。つまり、人一倍敏感な人にはこの四つの面が全て存在するということです。

4つのうち1つでも当てはまらないなら、おそらくここで取り上げる「人一倍敏感」な性質ではないと思います。(p425)

たとえ感覚が過敏な人であっても、その4つの性質のうちの1つでも当てはまらないならHSPではなく、その人の過敏さは別の問題から来ていることになります。

それでは、その4つの性質とは何なのでしょうか。アーロン博士は、それら4つの頭文字をとって「DOES」と呼んでいます。一つずつ見ていきましょう。(p425-432)

D 「深く処理する」

一つ目の性質は、「深く処理する」(Depth of processing)ことです。簡単に言えば、「一を聞いて十を知る」という性質のことです。

HSPの人たちは、単に敏感に反応するわけではありません。ちょっとした刺激や情報から、他の人以上に深く感じたり、深く考えたりします。無意識にであれ、意識的にであれ、物事を徹底的に処理し、理解していきます。

そのような意味では、HSPの敏感さとは「過敏性」ではなく「感受性の強さ」だと言えるでしょう。

この「深く処理する」という性質は、年齢以上に大人びた受け答えをしたり、初めて経験する場所や人の前で行動するまでに時間がかかったりという行動にも現れます。

これは、場の空気を読み取って行動する能力に優れているということです。自分の考えだけで直情径行に行動したりせず、その場の状況や相手の気持ちを深く読み取り、それに合わせて行動することができます。

HSPの人は、異文化や異なる社会背景の人の気持ちや行動を理解し、共感する能力に長けています。

ビアンカ・アセヴェドによる研究によると、HSPの人は非HSPの人より、脳内の島皮質と呼ばれる場所が活発に働いていたそうです。この場所は内面の感情や、外部の感覚刺激を読み取って統合する意識の座と言われています。(p426)

O 「過剰に刺激を受けやすい」

二つ目の特徴は、「過剰に刺激を受けやすい」(being easily Overstimulated)ことです。

HSPの人は、自分の内外で起こっていることに人一倍よく気がつき、処理し、配慮するので、精神的にかなりの負担がかかり、疲れやすく感じます。

変化に敏感で、普通よりも多くの新しい経験が得られるぶん、多くのことを読み取りすぎて疲れ果ててしまうこともしばしばです。

強い明るさ、大きな音、手触り肌触り、匂い、暑さ寒さなどからも、普通以上のストレスを受けたり、疲れや痛みも通常より強く感じてしまうかもしれません。

すでに触れたHSPの人で強く働いている島皮質は、そうした感覚を感じ取る感受性の源です。他の人と同じ刺激を受けても、感受性が強いせいでより強く刺激を受けてしまうのです。

人の多いパーティーや雑踏、大きな音の映画館や遊園地など、刺激の量が多い場所はことさら苦手です。他の多くの人にとっては、そこは日常よりも目一杯刺激を開けて楽しめる場所ですが、普段から人並み以上に刺激を感じ取っているHSPにとっては、そこは刺激が多すぎる場所なのです。

このような刺激を過剰に受けすぎる性質は、特に子どもの不登校の原因と一つとされる慢性疲労症候群(CFS)と密接に関係していると思われます。おそらくは、学校という集団行動において、普通の子以上に刺激を受けすぎてしまうのでしょう。

子どもの慢性疲労症候群(CCFS)とHSPは、遺伝子レベルで要因が重なっている可能性があり、その点については後ほど改めて取り上げます。

また、過剰に刺激を受けすぎるという性質は、アスペルガー症候群、広汎性発達障害などで知られる自閉スペクトラム症(ASD)の子どもにもよく見られる特性ですが、HSPと自閉症は別のものです。この点についても、次の副見出しで詳しく取り上げます。

E 「感情反応が強く、共感力が高い」

三番目の特徴は「全体的に感情の反応が強く、特に共感力が高い」(being both Emotionally reactive generally and having high Empathy in particular)ことです。他の人の気持ちに同調する力の強さのことです。

ここまで考えてきたとおり、HSPの敏感さは、単に感覚刺激が強い過敏さではなく、深く処理する感受性の強さでした。そしてその中には、場の空気を読み取る力も含まれていました。それは共感力の強さです。

HSPの子どもは人の心を読み取る能力に長けていて、まわりの人の顔色を読んで、自分を合わせることが得意です。親の望むこと、友達や先生の望むことをよく読み取って、適切な配慮や気配りをすることができます。

本を読むときには物語の登場人物に深く感情移入し、相手が人間でなくても、動物やロボットや物にさえ、強い感情移入を示します。ときには、物語の内容や、テレビのストーリーに深く共感して、涙もろくなってしまうこともあります。

後で触れますが、このような他人への関心や共感性の強さは、子ども時代に空想の友だち現象(イマジナリーフレンド)として現れることもあります。

ヤージャ・ヤゲロヴィッチの研究によると、HSPの人では良い経験にも悪い経験にも人一倍強く反応する脳活動が、思考や感情をつかさどる脳の高度な部分で見られたとのことです。(p430)

S 「ささいな刺激を察知する」

最後の四つ目は、「ささいな刺激を察知する」(being aware of Subtle Stimuli)ことです。小さな音、かすかな匂い、ちょっとした変化など、細かいことによく気がつきます。

こうしたささいな刺激を感知する細やかさは、各感覚の受容体が敏感だから、というわけではなく、それらから入ってきた情報を受け取る感受性が強いからだと考えられます。アーロン博士はこう説明しています。

中には感覚器が特に発達している人もいますが、大半は、感覚器の反応が大きいのではなく、思考や感情のレベルが高いためにささいなことに気づくのです。(p432)

そのようなわけで、HSPの人は、どれか特定の感覚だけが過敏である、というわけではなく、さまざまな種類の刺激に対して繊細な反応を示すのです。

環境の変化や、物の配置が変わったことに目ざとかったり、自然の風景や動物とのふれあい、芸術作品などから強い影響を受けたり、親や友達のちょっとした声のトーンや態度の変化から、何かあったのだと察知したりします。

ただし、刺激が過剰すぎる状態では、かえって普通の人以上に気づくのが難しくなることもあります。これはおそらく、感覚の過剰さから脳を守るために、意識がぼーっとしたり上の空になったりする解離が生じるからでしょう。

このように、HSPの人は、「深く処理する」「過剰に刺激を受けやすい」「感情の反応が強く、特に共感力が高い 」「ささいな刺激を感知する」という4つの特徴が見られます。これらは内外の刺激に対する感受性の強さを物語っています。

アーロン博士が述べていたとおり、感覚の過敏性があっても、これら4つの特性のうち、一つでも当てはまらない部分があるなら、その人はHSPではありません。

感覚の過敏性があり、これら4つのうち幾つかは当てはまるものの、すべてを満たさない人の代表例は、途中でも名前が出た自閉スペクトラム症(ASD)の人たちでしょう。

HSPの感受性の強さと、ASDの感覚過敏が別のものであるといえるのはどうしてでしょうか。

アスペルガーの感覚過敏とは別のもの

はじめに、HSPの性質は、ネット上の多くの記事などで誤って説明されていることがあると述べましたが、特に区別があいまいになっているのは、自閉スペクトラム症(ASD)の過敏性との関係です。

自閉スペクトラム症とは、これまで広汎性発達障害(PDD)アスペルガー症候群(AS)として知られていた、さまざまな程度の自閉症を一括りにした概念です。

自閉スペクトラム症の人たちは、しばしば場の空気が読めず、社会的なコミュニケーションが難しいとされますが、そのほかにも様々な感覚過敏を抱えていることが少なくありません。

たとえば、スキー場などの明るさが強い場所や、電車や救急車などの激しい音のせいで感覚刺激が過剰になりすぎてパニックになってしまう人もいます。自閉スペクトラム症の当事者研究によると、そのような過剰な刺激は「感覚飽和」と呼ばれています。

自閉スペクトラム症の独特な視覚世界を体験できるヘッドマウントディスプレイを大阪大学が開発
自閉スペクトラム症の視覚世界を体験できる装置が開発されたそうです。

このような感覚過敏の面だけを取り出すと、一見、自閉スペクトラム症は、人一倍敏感な人、つまりHSPであるかのように思えますが、実際にはそうではありません。

むしろアーロン博士は、自閉スペクトラム症とHSPをはっきり区別していて、正反対のものであるとしています。

HSPは共感力がとても強い

すでに4つの特徴の中で説明したとおり、HSPの人たちは、場の空気や他の人たちの気持ちに敏感です。親や友達や先生の気持ちを先回りして読み取り、適切に配慮する能力に長けています。

HSPの人たちは、感情移入して相手に配慮できるので、しばしばサービス業などコミュニケーションを要する職種に就きますが、そうした社交的な能力は、自閉スペクトラム症の人には見られません。

ひといちばい敏感な子にはこうあります。

HSCと混同される理由は、自閉症やアスペルガーの子どもたちは、感覚的な刺激に極めて敏感な点です。

でも、場の空気や相手の気持ちには敏感とはいえません。これがHSCと大きく異なるところです。(p66)

では、HSPとは、感覚の過敏性を持つ自閉傾向の人たちのうち、コミュニケーションの点ではさほど苦労がない人、つまり程度の軽い自閉症なのでしょうか。

アーロン博士は、その見方をもはっきりと否定しています。

HSCは、「自閉症スペクトラム」のうち、程度の軽いほうに属するのてはないかという議論もありますが、私は違うと思います。

「自閉症スペクトラム」の程度の軽い子を表現するなら、何か癖があったり風変わりだったり、融通が利かなかったり、感情が乏しかったりということになるでしょう。

HSCを含め、疾患がない子どもは、生まれつき人と関わることを望んでいます。(p67)

アーロン博士が説明するとおり、HSPの人たちは、自閉症のうち程度の軽いものでもありません。自閉症のうち、言語コミュニケーション能力に秀でた程度の軽いもの、とされているのは、アスペルガー症候群ですが、彼らにとってコミュニケーションは決して簡単ではありません。

アスペルガー症候群は、確かにカナー型などの自閉症と比べると程度は軽い、という見方ができますが、実際には人との通常の関わりが難しく、社会で「空気が読めない」というレッテルを貼られてしまう人たちも少なくないのです。

アーロン博士は、むしろ、HSPは自閉症の軽いものであるどころか、正反対のものであると述べます。

つまり、人づきあいが不器用で、人との関わりもあまり望まない自閉傾向のある人たちとは違って、HSPの人たちは人への強い興味があり、根っからの社交性を持ち合わせているのです。

異なる立場の人を理解する力

自閉スペクトラム症の人たちがコミュニケーションを難しく感じる理由として、人の動きを真似するときに発火する脳のミラーニューロンや、それが組み込まれた脳の共感システムであるミラーシステムの働きの問題がしばしば指摘されます。

しかしHSPではその反対の結果が観察されていて、ミラーニューロンの働きが活発であることがわかっているそうです。

HSPは非HSPに比べて、ミラーニューロン系の働きも活発です。特に、自分の大切な人がうれしい、あるいは悲しい表情を浮かべるのを見た時や、知らない人がうれしい顔をした時にもこの傾向が見られます。

これは、HSPが、感情を感じ取った相手に同調すること、全般的にポジティブなことに同調した結果といえるでしょう。…子どもが残酷なことや不公平なことに動揺しやすいのも当然でしょう。(p431)

このような点でも、HSPと自閉スペクトラム症は正反対の特徴を持っているといえますが、こと共感性について言うと、HSPはもっと独特な性質を持っています。

以前の記事で取り上げたとおり、自閉症の人たちが、「共感力がない」とする見方は、近年では誤りとされています。

というのも、自閉スペクトラム症の人たちも、自分と同じ自閉スペクトラム症の人相手には共感性を示せるからです。

そして、世の中の多くの人も、自分と同じ集団、自分と同じ社会の人に対しては共感する力を持っています。ある意味で、自閉症の人も、自閉症でない人(つまり定型発達者)も、自分と同じ相手のことは理解でき、そうでない人の気持ちはわからないという点で共通しています。

アスペルガーは「共感性がない」わけではない―実は定型発達者も同じだった
アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の人は「共感性がない」と言われていますが、実際にはそうではなく、むしろ定型発達者も共感性に乏しいという研究を紹介しています。

自閉スペクトラム症の人たちが定型発達の人の気持ちがわからないように、定型発達の人も自閉スペクトラム症の気持ちがわかりません。そして国や人種が変われば、定型発達者同士でも理解や共感ができないため、衝突や差別や偏見や戦争が引き起こされてきました。

こうした観点からすれば、共感性という点では、自閉スペクトラム症の人も定型発達者も似たり寄ったりです。彼らはどちらも「非HSP」という点では同じです。

しかし、HSPの人たちは、この点で独特な立場にいます。

ひといちばい敏感な子によると、HSPの人たちは、際立った共感力のおかげで、文化の違いなどの影響にとらわれにくいことが研究からわかっています。

私のチームが行った研究では、アジア地域とアメリカのそれぞれで生まれ育ったHSPと非HSPについて、育った地域によって難易度が異なるとされる認知処理の作業のしかたを比較しました。

つまり、アジアのように集団を尊重する文化で育った場合と、アメリカのように個々を尊重する文化とで、脳の活動度がどのように違うかを検討したのです。

非HSPの脳は、自分の文化で育った人にとって難しいと感じる作業をした時に、ふだんより多くの労力を使っていましたが、HSPの場合は、生まれ育った地域にかかわらず、特別な労力を使ってはいませんでした。彼らは文化の違いを超えて、物事の「本質」を見ているかのようでした。(p426)

HSPの人たちは、物事を深く感じ取って処理するので、文化による表面的な違いにとらわれにくく、どちらにも共通する本質を感じ取り、異なる文化圏の活動にも自分を合わせることができました。

HSPの人は、場の空気を読み取ることに長けていますが、それは異なるタイプの環境に自分を合わせていける柔軟さのことでもあります。別の文化、という場の空気にもまた適切に順応し、労せずして異なる背景、文化、人種、宗教などの人たちに合わせることができるのです。

この研究については、さらに次のような補足も書かれていました。

HSPのこうした性質についても、脳の活動を調べた研究データがあります。まず、似た写真を見せて違いを見つける試験では、試験中、HSPの脳は非HSPに比べてはるかに活発に働いていました。

また、前出の文化背景に関する試験では、ささいな違いを見つける能力は、HSPは育ってきた文化の影響を受けていないのに対し、非HSPはその影響を受けていました。(p433)

この説明からわかるとおり、HSPの人は、異なるものの違いを見つけるとき、育ってきた文化によるバイアスを受けていませんでした。

文化的なバイアスというと、たとえばわたしたちの日本の社会では、メディアなどの報道のせいで、中国製品は信頼できない、イスラム国は危険だ、といったものがあるかもしれません。

そのせいで個人的に中国人やアラブ人と会ったとき、無意識のうちに先入観が働いて、悪いイメージを持ってしまう人も少なくないでしょう。

また、文化的なバイアスは、男女についてのイメージとも関係しています。男女の脳には本来大きな違いがないのに、男の子はチャンバラ、女の子はおままごとといったイメージがあるために、娯楽や育て方や教育までが左右され、文化的に作られた男らしさ、女らしさ、つまり「ジェンダー」ができあがります。

しかし、HSPの人たちは、そうした文化的なバイアスにとらわれにくく、深く処理する感受性のために、本質をとらえることができ、文化の違いや性別の違いに影響されない感性を発揮することができます。

このようなジェンダーや文化の枠にとらわれない感性は、創造性の強いクリエイティブな人たちの特徴とされています。さまざまな背景の人たちに訴える魅力を備えた、ワールドワイドな製品やサービス、芸術などを作ることができるからです。

脳神経科医オリヴァー・サックスのミクロネシア諸島への旅行記、色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記 (ハヤカワ文庫では、異文化間を橋渡しする仕事において、そのような感性が いかに役立つかについてこう書かれていました。

しかし人類学者は先住民の詩や儀式そのものだけを研究の対象として扱う傾向があるので、その内面や精神、詩を吟ずる人の視点にまで立ち入ることは難しい。

人類学者にとっての歴史は、たとえば外科医にとっての患者のようなものだ。異なる歴史観や文化を十分に理解したり共有したりするには、歴史家や科学者の技術を超えた何かが必要なのだ。

つまり、特別な芸術的・詩的な感性が必要とされるのである。(p282)

ここで言及されている「特別な芸術的・詩的な感性」こそが、HSPの人が持つ感受性の強さです。

異文化に接する人は、しばしばサンプルを扱うかのような冷淡で機械的な態度をとりがちです。これは患者を研究対象としか見られない医者などの場合もそうです。

しかしHSPの人たちは、異なる立場、異なる種類の人たちを同じ対等な人間として見て、理解し、共感できる力を持っており、異文化からより多くの知識や発見を引き出すことができます。

患者に対して友人のような思いやりを示す医師がいれば、その人はきっとHSPとしての感受性の豊かさを持っているのでしょう。また定型発達者と自閉症の人たちの橋渡しができるような人もまたしかりです。

一方で、この強い感受性は、マイナス方面に発揮されてしまうこともあり、それが以前にこのブログで紹介した、「過剰同調性」と呼ばれるものです。これについては、この記事の後の部分、解離性障害との関わりのところで再度取り上げます。

「敏感性感覚処理」と「感覚統合障害」

このように、HSPと自閉スペクトラム症は、場の空気を読み取る能力の点では、正反対ともいえる性質を持っています。

では、どうして両者では、共通する性質として、感覚の過敏性が見られるのでしょうか。

この二つを混同してしまうのは、じつは言葉のあやのようなものです。本当は、HSPの人が抱える敏感さとASDの人たちが抱える過敏性はまったく別のものなのに、同じ感覚過敏という言葉で説明しているせいで、本質が伝わっていないのです。

ひといちばい敏感な子によると、じつは、HSPと自閉スペクトラム症の感覚過敏は、学術的には、それぞれまったく別の用語が当てられているそうです。

[HSPの感覚過敏は] 学術文献では「敏感性感覚処理(sensory processing sensitivity)」と呼ばれています。

第1章でも述べましたが、「感覚処理障害(sensory processing dosorder)」や「感覚統合障害(sensory integration disorder)」と混同しないでください。(p424)

ここで紹介されているとおり、HSPの感覚過敏は学術論文では「敏感性感覚処理」という名前がつけられています。あるいは、別の箇所では「差次感受性」(differential susceptibility )とも呼ばれています。(p434)

他方、自閉スペクトラム症の感覚過敏は、「感覚統合障害」ないしは「感覚処理障害」と呼ばれます。発達障害の早期療育の一つとして「感覚統合療法」という方法をご存じの方もいるでしょうが、一般に感覚過敏として認識されているのはこちらのほうです。

では、HSPの「敏感性感覚処理」「差次感受性」と自閉スペクトラム症の「感覚統合障害」「感覚処理障害」は何が違うのでしょうか。

わかりやすくするために単純化して考えると、これは「入ってくる」感覚の過敏性と、「受け取る」感覚の過敏性の違いだと思われます。

わたしたちは、まず外部から情報が「入ってくる」とき、ちょうどフィルターで濾し取るかのように、 無意識のうちに必要でない情報が取捨選択され、大事な部分だけが脳に届くようになっています。もしこのフィルターが働いておらず、情報がそのままなだれこんできたら、脳が圧倒されてしまいます。

自閉症では、このフィルター部分が弱く、外部からのありのままの情報がそのままなだれこんで来やすいようです。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線には、「感覚統合障害」(SID)ないしは「感覚処理障害」(SPD)の子どもたちについてこう書かれていました。

実際のところ、タミーが抱えていたのは消化管の障害ではなく、感覚処理障害(SPD)であった。

この障害を持つ子どもは、(感覚入力に対するボリュームの調整が効かないかのごとく)感覚刺激を極端に高い強度で受け取るたるめ、脳がさまざまな感覚器官から入ってくる刺激を統合できないのだ。

…感覚処理障害を持つ子どもは、これらすべての感覚刺激を、身体の内部と外部双方からの圧倒的な連続攻撃として経験する。

…ポール・マドールの言葉を借りれば、貧弱に組織化された感覚処理は、十分に私たちを外界から守ることができないのだ。(p515)

このような統合されない圧倒的な感覚刺激のせいで、自閉症の人たちは、刺激の多い場所に行くと、騒音が脳に突き刺さったりするような「感覚飽和」を起こし、メルトダウンとも呼ばれるパニック状態に陥ることがあるのでしょう。

中には、このようなありのままな情報がなだれ込んでくることで、かえって特殊な才能を発揮する人たちもいて、彼らは、自閉症のサヴァンと呼ばれています。

その中には、たとえばスティーヴン・ウィルシャーのような、見たままの風景を記憶して写真のような絵を描ける人や、キム・ピークのように数千冊の本の内容を一字一句たがわず丸暗記できる人がいます。

なぜ自閉症・サヴァン症候群の人は精密な写実絵を描けるのか
「ヒトはなぜ絵を描くのか――芸術認知科学への招待 (岩波科学ライブラリー)」という本から、なぜ自閉症やサヴァン症候群の人の中に精密な写実画を描ける人がいるのか、写実的な絵を描くのに

こうした人たちは、情報を取捨選択するというフィルターが働いていないため、わたしたちであれば大事な部分しか印象に残らず、後はきれいさっぱり忘れたり見逃したりしてしまうような視覚情報をそっくりそのまま認識し、記憶することができるのです。

もちろん自閉症といってもそこまで顕著な人は少なく、人によってどのような感覚過敏が強いかはさまざまでしょうが、一般に「感覚統合障害」の本質は、情報が適切に取捨選択されずになだれ込んでくることにあると考えられます。

アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、HSPと自閉症の過敏性の違いを次のように説明しています。

例えば、自閉症スペクトラムの場合は、感覚処理の過剰な負担に反応することもありますが、反応しなすこともあります。自閉症の場合は、注意を向けるべきものと排除していいものとを見極めるのが難しいようです。

ですから、人と話す時に、相手の顔よりも靴に気をとられてしまうことがあるのです。それに対して、HSPは顔をはじめとする社会的な手がかりに注意を払います。(p429)

このように、自閉症の感覚過敏は、入ってくる刺激のうち、必要なものと排除すべきものが選り分けられていないことによる「感覚処理」の問題、そしてそれらを「感覚統合」することの問題なのです。

一方で、HSPの感覚過敏は「受け取る」側の感受性の強さです。HSPの人の場合、「入ってくる」感覚はしっかり統合されているので、洪水のような情報がなだれ込んでくることはありません。自閉症の人たちのようなメルトダウンと呼ばれる独特なパニック状態にはなりません。

しかし、「入ってくる」情報は適正でも、「受け取る」側の感受性が強いため、少ない刺激でも人より深く処理してしまいます。

これはまさに、先ほど書いたとおり「一を聞いて十を知る」です。入ってくる量は「一」であり、決して過剰ではないのです。しかし受け取る側で情報を増幅して、「十」を感じ取ってしまいます。

この「受け取る」側の感受性の強さは、受け取った情報を解釈し、加工する能力が強いということを意味しています。この部分が、自閉症の感覚過敏にはない別の特徴を生み出します。

というのは、自閉症とHSPの違いとして、先ほどから度々話題に上っているのは、場の空気を読み取り、他の人に共感する能力の強さでした。

自閉症でも、HSPでも、光や音、におい、手触りなどには敏感ですが、人の気持ちや場の空気に対する敏感さは、HSP特有のものなのです。自閉症の人たちは、どちらかというとそれらには鈍感なほうに属しています。

人の気持ちや場の空気というのは、光や音、におい、手触りのような物理的な刺激ではありません。ですからありのままの情報が過剰になだれ込んでくることはありえません。言葉にこめられた感情や、場の空気というのは概念的なものです。

しかしHSPの人は、物理的な刺激に過敏になわけではなく、他の人と同じ物を見、同じ音を聞いているのに、それらを解釈する力が強いせいで過敏に反応します。

すると、だれかから言われた言葉の内容や、周りの人の顔色といった概念的な情報にも、敏感に解釈し、「十を知る」敏感さを示すのです。

このように、自閉スペクトラム症とHSPの最大の違いとされていた場の空気への共感性は、それぞれの過敏性の違い、「入ってくる」情報が過剰か、それとも「受け取る」感受性が強いかという性質の違いに由来していて、アーロン博士の言うとおり、両者は正反対のものなのです。

共感覚にも二通りある

このような自閉スペクトラム症とHSPの感覚過敏の違いは、低位の領域の感覚過敏高位の領域の感覚過敏という分け方もできるかもしれません。

自閉スペクトラム症の人も、HSPの人も、しばしば共感覚を持っていることがあります。共感覚とは、簡単に言えば、ある感覚が、通常は関連していないはずの別の感覚と強いつながりをもって感じられることです。

たとえば黒字の文字を見るとさまざまな色がついて見えるとか、音を聞くと色が見えるとか、数字が空間に配置されて感じられるとか、さまざまなタイプがあります。

共感覚について研究している脳神経学者のV・S・ラマチャンドランは、一見同じように思える共感覚にも低位の共感覚高位の共感覚とがあることに気づきました。この「低位」また「高位」というのは、劣っているとか高度であるという意味ではなく、脳の情報処理の領域の違いを指しています。

脳のなかの天使によると、たとえば、文字に色が見える共感覚には、二種類のタイプの人がいると言われています。一方は、文字の形に反応するタイプ。他方は文字の意味に反応するタイプです。

形に反応するタイプは低位の共感覚であり、「3」と「三」と「III」では、いずれも違う色が見えます。色は視覚的な外形と結びついています。

意味に反応するタイプは高位の共感覚であり、「3」と「三」と「III」は、すべて同じ色が見えます。色は視覚的情報ではなく、それぞれの意味や概念と結びついているのです。

ラマチャンドランは、これらの共感覚は、一見よく似ているものの、脳の内部ではまったく違うプロセスが生じていると分析しています。

一部の共感覚者では、低位の紡錘状回ではなく、角回付近に位置する色と数に関する二つの高次領域のあいだでクロストークが起きているという可能性はないだろうか。

もしそうなら、彼らの場合には、曜日や月によって呼び起こされる抽象的な数の表象や概念に、はっきりとした色がついている理由が説明できる。

言いかえれば、共感覚の遺伝子がどちらの脳領域に発現しているかによって、共感覚者のタイプが分かれる―数の概念によって共感覚が起きる「高位」の共感覚者と、視覚的外形だけで起きる「低位」の共感覚者である。(p146-147)

少し難しい説明ですが、簡単に言えば、形と色がつながっている低位の共感覚は、脳の色や形を処理したり統合したりする浅い処理プロセスにおける混線で、概念と色がつながってる高位の共感覚は、もっと深い思考にかかわってくるプロセスにおける混線である、ということです。

これは、先ほど考えた、自閉症の「感覚統合障害」とHSPの「敏感性感覚処理」の違いとよく似ています、

低位の共感覚が起こる部分は、脳の情報処理のより浅い部分、つまり外から入ってくる情報を処理し、統合する部分の混線であり、本来は別々の処理するはずの感覚がなぜか混ざり合ってしまっている状態です。

一方の高位の共感覚が起こる部分は、脳の情報処理のより深い部分、つまり処理された情報を受け取る感受性に関わる部分であり、情報を解釈するプロセスで、別々の情報を過敏に関連づけ、概念レベルで混ぜ合わせている状態です。

もちろん、必ずしも低位の共感覚が自閉症に特有のものであるとか、高位の共感覚がHSPに特有のものであるというわけではないかもしれません。

しかし一般にひとくくりにされる共感覚が情報処理の過程によって少なくとも2タイプあることは、やはり十把ひとからげにされがちな感覚過敏もまた、感覚が処理される過程によって、複数の種類があるということを示唆しています。

HSPと自閉症の創造性は正反対

アーロン博士のひといちばい敏感な子によると、概念や意味の解釈に鋭く、感受性が豊かなHSPの人たちは、昔から、作家や芸術家など、クリエティブな感性を要する職業で優れた業績を上げてきました。

昔から、敏感なタイプの人は、科学者やカウンセラー、宗教家、歴史家、弁護士、医師、看護師、教師、芸術家などの職に就いてきました。(p46)

現代では、組織の集団主義が浸透しすぎて、そうした職業でHSPの人がやっていくのは難しくなってきているようですが、それでも繊細で敏感な感性は、クリエイティブな仕事に大いに役立つ才能といえます。

そして、興味深いことに、先ほどHSPの人の感受性とよく似ていると述べた高位の共感覚もまた、脳のなかの天使によると作家・詩人・芸術家の才能において大きな役割を果たしてきたと言われています。

才能に恵まれた作家や詩人は、単語や言語に関与する領域どうしのあいだに過剰な結合をもち、才能に恵まれた作家やグラフィックデザイナーは、高位レベルの視覚野どうしのあいだに過剰な結合をもっているのかもしれない。

「ジュリエット」、「太陽」といった一つの単語でさえ、意味の渦、あるいは豊かな連想の渦の中心として考えることができる。才能に恵まれた文章家の脳のなかではその渦が過剰な結合により大きく広がって、より大きな重なり合いができ、それに付随してメタファーに向かう傾向がつよくなるのだろう。

これで、創造的な人たち一般に共感覚の出現率が高いことの説明がつけられるかもしれない。(p154)

高位の共感覚もまた、概念や意味といった深く処理し、混ぜ合わせる力なので、作家や芸術家の創造性と深いつながりをもっています。創造性とはとりもなおさず、情報を人並み以上に鋭く加工し、料理する技術であるといってよいでしょう。

文才豊かな作家や、言葉で絵を描くとも言われる詩人がメタファー、つまり比喩や隠喩などの美しいたとえをひねりだすことができるのは、物事の本質を深くとらえ、意味を解釈して結び合わせることのできる力によるのです。

HSPの人の感受性の強さと、高位の共感覚とは、おそらく同じ土台を持っているものであり、どちらも複数の感覚を混ぜ合わせ、より強く感じ取る感性を指しているのだと思われます。

他方、アスペルガー症候群をはじめとした自閉スペクトラム症の人たちもまた、高い創造性を示すことがあります。

しかしこの点でも、一見同じ創造性に見えても、HSPの創造性とは正反対の特徴を持っています。

近年、自閉スペクトラム症の人たちの脳の活動が統合失調症の脳の活動とよく似ているという研究結果がありましたが、脳のなかの天使には、統合失調症の創造性について次のような説明があります。

脳の配線に問題のある統合失調症の人は、メタファーやことわざの解釈が苦手である。しかし臨床で伝えられているところによれば、彼らは語呂あわせに長けている。

これはつじつまがあわないように思える。

メタファーも語呂あわせも、無関係と思える概念を結びつけることがかかわっているからだ。

それなのになぜ、統合失調症者は前者が苦手で後者が得意なのだろうか? それは両者が似ているように見えても、実際には語呂あわせはメタファーとは反対だからだ。

メタファーは、表面レベルの類似性を利用して、奥深く隠れた結びつきをあらわにする。

語呂あわせは深いレベルであるかのようによそおった表面レベルの類似性である―だから滑稽さがある。

…ひょっとすると、「わかりやすい」表面レベルでの類似性に気をとられることによって、深い結びつきに対する注意が失われたり、そらされたりするのかもしれない。(p157)

HSPの「敏感性感覚処理」や、高位の共感覚を持つ人たちは、比喩や隠喩などのメタファーに秀でていましたが、統合失調症の人たちは逆に語呂あわせに秀でているとされています。

これは、統合失調症と脳の働きが似ているとされるアスペルガー症候群でもよく見られる特徴であり、たとえばアスペルガーだったとされるルイス・キャロルは語呂あわせが大好きで、不思議の国のアリスなどの作品にもたくさん織り込みました。

そうしたアスペルガーの作家たちの作品の特徴については、以下の記事にまとめています。

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童話作家アンデルセン、哲学者カント、音楽家ベートーヴェン、画家ゴッホなど、さまざまな天才的なアスペルガーの芸術家たちに共通する10の特徴を、マイケル・フィッツジェラルド博士の「天才

作家にしろ、画家にしろ、彼らの作風の特徴は、膨大な知識から編み合わされるコラージュ的な要素を持っているとされています。

先ほど、見た風景をそのまま記憶しているスティーヴン・ウィルシャーや、読んだ本を一字一句暗記しているキム・ピークを引き合いに出しましたが、自閉スペクトラム症の人たちは情報をありのままに受けとり、記憶する能力に長けているため、それらを語呂あわせしたりコラージュしたりするのが得意なのです。

なぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方でも、そのような優れた正確な記憶力による引き出しの多さで、音楽的な才能を発揮しているアスペルガーのミュージシャンについて書かれていました。

だから独創性という意味では、このタイプの人は、どちらかというと、純粋な意味でのオリジナリティを発揮するのが難しい人が多いのかもしれません。

ただ、ものすごく知識が豊富なので、自分で学んだ多くのパターンから独自の組み合わせを引き出して結果としてオリジナルな方はいらっしゃる。(p72)

本書の中でも、自閉症スペクトラムの傾向を持つ人は即興が苦手だと思われがちだが、膨大なフレージングの引き出しを持っている場合には、むしろ即興の名手になりうるというくだりがありますが、俳優もミュージシャンと同じなんですね。(p125)

この2つの創造性、つまりHSPの感受性や高位の共感覚をベースとする自由奔放な比喩のような創造性と、アスペルガー症候群などに見られる、膨大な引き出しから合成される語呂あわせやコラージュ的な創造性とは、基本的にいって共存しえないものです。

というのは、アスペルガーの創造性は、ありのまま素材をそのまま組み合わせたものであり、HSPの創造性は、素材が調理されて煮詰められたスープだからです。

アスペルガーの人たちは、受け取った大量のありのままの情報が脳の中に蓄えられていきます。それが自閉スペクトラム症の感覚過敏の正体でした。

以前の記事で紹介したとおり、自閉スペクトラム症の人たちは、年月が経過しても記憶がかなり正確であると言われています。記憶が加工されにくいので、正確な記憶による語呂あわせやコラージュができます。

一方で、ありのままの情報を受けとるということは、適切に解釈することが苦手、ということでもあります。

それは、アーロン博士がひといちばい敏感な子で述べるように、比喩表現を字句通りに受け取ってしまったり、冗談を額面通りに解釈してしまったりという、自閉スペクトラム症ならではの融通の利かなさにもつながります。

アスペルガーの子は、コミュニケーションを取りたがりますが、人の話を聴いたり、話すタイミングを直感的に理解することができず、なかなかうまくいきません。

婉曲表現や皮肉を理解する、秘密を守る、顔色を読む、といったことも苦手です。誰も興味がないような事柄について、淡々と話すことがよくあります。

このような点はいずれもHSCでは見られないことです。(p66)

それに対して、HSPや高位の共感覚者は、情報を受け取ったらすぐに加工してしまいます。「一を聞いて十を知る」ということは、つまり9割方は勝手に作り出したものだということです。

情報の正確さは失われますが、それらを混ぜ合わせ、味付けして、独特な感性によって新しいものを創造できます。もとの素材をそのまま残すということと、それらを加工してスープにするということは、どちらか一方しか選べないのです。

左脳のインタープリター(解釈者)

このように、HSPと自閉スペクトラム症は、どちらも、感覚過敏や共感覚があったり、創造性を発揮したりすることがありますが、表向きは似ているようでも、よく理解すれば、まったく逆の性質に基づいていることがわかります。

わたしたちはしばしば、自閉スペクトラム症と定型発達者という枠組みで考えがちですが、それは正確ではないのでしょう。

一つの物差しを用意して、左端を自閉症とすると、右端は定型発達ではなく、HSPとなるのです。左端が自閉症、真ん中が定型発達者、そして右端がHSPです。

では、この物差しとは何なのか、というと、これは意味を解釈する脳のシステム、「意味システム」または「インタープリター」(解釈者)と呼ばれる部分の強さだと思われます。

先ほどの見たままの写真のような絵を描けるサヴァンの画家などについて考察した芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察では、こう指摘されていました。

自閉症例では、大脳皮質にも問題がある可能性が示唆されている.

そのために、言語学的な意味に関係するだけでなく経験自体や経験の意味するところを貯蔵するシステムでもある“意味システム”が描くことに関係した神経システムと離断された状態にある、と考えられるのである.(p97)

自閉症の人たちの解釈の弱さは、「意味システム」の働きの弱さを意味しています。

認知神経科学の権威マイケル・ガザニガは、右脳と左脳を見つけた男 - 認知神経科学の父、脳と人生を語るの中で、脳の左半球には、言語的情報の意味や解釈に特化した「インタープリター」(解釈者)という領域があることを説明しています。

左半球には、状況の要点を把握し、できごとの概要にうまく当てはまるような推論を行い、そうでないものはみな捨て去る傾向がある。

こうした手の込んだ作業をすることで正確性には悪影響が生じるが、一般的には新しい情報の処理が容易になる。(p178-179)

したがってインタープリターにとっては、事実は確かに貴重ではあるが必須というわけではない。左半球は手近にあるものを何でも使い、残りを即興で埋めている。(p179)

この説明が示すとおり、脳の左半球、特に言語機能の一部をなす「インタープリター」は、単に言語を操るだけでなく、概念的な意味の解釈や、ストーリーの創造に関わっています。

「インタープリター」にとって受け取った情報は手がかりとしては大切ですが、あくまで材料にすぎないため、正確さを期すためそのまま保存するようなことはありません。それらを解釈し、加工し、組み合わせて、あるときは都合のよい作り話へ、あるときは感動的な物語へと作り変えてしまうのです。

このインタープリターは「トップダウン」の思考方法、つまり全体をおおまかに見渡して、だいたいの意味を抽出する情報処理に特化していると言われていて、自閉スペクトラム症の人が得意とされる、緻密に一つずつ積み上げていく「ボトムアップ思考」とは正反対です。(p266)

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インタープリターは、脳のどこか一箇所というよりは、複数の部分からなるネットワークによって成り立っているのでしょう。先ほど出てきた島皮質や角回など情報の解釈に関わる脳領域の活動とも関係しているのではないかと思います。

インタープリターの機能が弱いせいで、解釈されない正確な情報の扱いに長けているのが、数学やプログラム、マニアックな専門知識に強く、「もの」に興味がある自閉スペクトラム症であり、逆にインタープリターの機能が強く、鋭い解釈や感受性の強さを発揮する人たちが、芸術やコミュニケーションに強く、「ひと」に興味があるHSPの人だといえます。

もちろん、これから説明するように、HSPにも複数のタイプがありますが、おおまかな区別として、HSPと自閉スペクトラム症とは正反対の傾向を持っている、ということを知っておくと理解しやすくなるでしょう。

アーロン博士が述べていたように、先の4つの特徴すべてに当てはまらないなら、たとえ一部似ている特徴があるとしてもHSPではなく、むしろ正反対の性質を持っているということさえあるのです。

HSPとADHDは同じものなのか

ここまで考えてきたのは、アスペルガー、また自閉スペクトラム症という人たちについてですが、それとは別に、HSPとよく似た性質を持つ人たちとして、ADHD(注意欠如多動症)の人がいます。

ADHDの人たちもまた、さまざまな物事への感受性が優れていますし、突飛なアイデアを駆使した、素材を調理してスープにしてしまうような創造性を発揮することで知られています。

アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、HSCとADHDの類似性については幾度も言及していて、次のような意見を述べています。

表面上はこの2つはとてもよく似ていて、多くのHSCがADHDと誤診されていると言う専門家もいます。

私はHSCがADHDだということは、ありえると思います。

でも、この2つは同じではありませんし、ある意味で正反対ともいえます。(p64)

「HSCがADHDだということはありえる」けれども「ある意味で正反対」という歯切れが悪いというか、ややこしい説明がされていますが、ADHDとHSPの関連性を考えると、確かにこう言うしかないように思えます。

HSPとADHDの違い?

まず、アーロン博士が、HSPとADHDは同じものではなく、ある意味で正反対だと述べる根拠は、この本で繰り返し語られている次の点に集約できます。

HSCはたくさんのことに気がつくので、気が散りやすい傾向にあります。ただ通常は、受け取った情報を深く処理する性質のほうが樹の散りやすさよりも強く、不安のない静かな場所では集中力を発揮することができます。(p57)

学校の環境が騒がし過ぎたり刺激が多過ぎたりすると、ADD/ADHDのような反応を見せることがあります。(p337)

つまり、HSPの子どもは、刺激の強い環境に置かれるとADHDのような多動・衝動・不注意になりますが、刺激のない環境では穏やかさを取り戻し、集中することもできます。他方、ADHDの子どもはどんな環境でも多動・衝動・不注意のままだということです。

ADHDに詳しい方、また当事者の方はお気づきかと思いますが、一般的に言って、ADHDの診断のときに、このような点がはっきり考慮されることはまずありません。

むしろ、ADHDの子どもが集中しやすいように、学校や家で環境調整して、気を散らす刺激をなくすという配慮が指導されることはよくあるものです。

アーロン博士の分類によると、そうした方法が功を奏する子はADHDではなくHSPということになります。

愛着障害との切っても切れない関わり

また、アーロン博士がADHDだとしている、どんな環境に置かれても多動性や衝動性が収まらない子には、ADHDでない子が含まれている可能性もあります。

端的に考えて、外部の刺激を減らしても多動性が収まらない子どもは、どんな環境に置かれても変わらない内部の刺激によって駆り立てられ、多動になっているのかもしれません。

そのような内部の刺激は、ADHDのような脳内物質のアンバランスの可能性もありますが、そのほかに、愛着障害の子どもたちのケースが考えられます。

以前の記事で取り上げたように、愛着障害の子どもたちは、ADHDと症状がよく似ていて、さらに愛着障害とADHDを合併しているケースも少なくありません。

よく似ているADHDと愛着障害の違い―スティーブ・ジョブズはどちらだったのか
アップルの故スティーブ・ジョブズはADHDとも愛着障害とも言われています。両者はよく似ていて見分けがつきにくいとされますが、この記事では(1)社会福祉学の観点(2)臨床の観点(3)

愛着障害とは、恵まれない養育環境などのため、親子の愛着形成が不十分だったときに生じる症状です。自分を守り養ってくれる安心できる保護者のイメージを育むことができなかったがために、常に警戒し、緊張している状態になります。

子どものPTSD 診断と治療によると、愛着障害(トラウマ障害)とADHDの脳の機能障害は原因こそ違えど、脳の内部で生じている反応は、ほとんど区別がつきません。

トラウマ障害の過覚醒は子どもの命を守るために脳が後天的に身につけた手法のようなものであり、ADHDにおいては、記憶にとらわれない覚醒過剰持続が存在しているといえよう。

…ADHDとトラウマ障害の近似点は、脳科学的な研究からもうかがえる。

HartやTomodaの研究では、被虐待児における脳容量や活動異常の部位が、ADHDで報告されている部位とほぼ同領域であることを報告している。(p117)

愛着障害の子どもは、家庭にいても落ち着かないのはもちろん、一人でいるときも多動で落ち着かないという特徴があります。愛着とは本来、親から離れているときに、一人でいても情動の安定を保てるようにするため、親の温かいイメージを内在化するためのシステムだからです。

そうすると、アーロン博士がHSPとみなしている環境が整えば落ち着く子どもは、実は愛着形成に成功している親子関係がしっかりしたADHDの子どもであり、ADHDとみなしているいつも多動な子どもは、愛着障害の子ども、あるいはADHDに愛着障害を併発している子どもかもしれません。

さらに話がややこしくなりますが、アーロン博士はひといちばい敏感な子の中で、HSPの子どもは、愛着形成が乱れやすいことを説明しています。

ここで愛着について取り上げるのは、HSCは非HSCよりも、愛着が安定しているかどうかの影響を受けるからです。子どもの約40パーセント(ということは、大人も同じ率)が、安定した愛着を得られていません。

私の調査では、この割合はHSPに多いわけではありませんが、愛着が不安定だった場合は、その影響をより強く受けてしまいます。(p235)

ここで説明されているとおり、HSPだからといって愛着が不安定になる確率が高いわけではありませんが、不幸な家庭環境に置かれた場合に、愛着がより不安定になりやすい、つまり感受性の強さゆえに、より大きな愛着の障害を抱えやすい、ということです。

さらに畳み掛けるようですが、これと同じことはADHDでも報告されていて、愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)にはこう書かれていました。

そうした中で、現在のところ、ほとんど唯一有望なのは、すでに述べたドーパミンD4受容体の変異(多型)である。繰り返し配列が通常より長く、七回反復している場合には、新奇性探求が高く、ADHDとの関連を認めている。

またこの多型遺伝子は、混乱型愛着障害のリスク遺伝子でもある。(p162)

ここでは、特定の遺伝子変異をもつ場合に、ADHDになりやすく、混乱型愛着という、不安定な愛着のより悪いタイプにもなりやすいという研究が報告されています。そしてこの遺伝子変異とは、HSPの感受性の強さに関わる遺伝子なのです。

話が非常にややこしくなって混沌としてきました。

アーロン博士が「HSCがADHDだということはありえる」けれども「ある意味で正反対」と述べていた理由がお分かりでしょうか。

一言でまとめてしまうとHSPとADHDと愛着障害は、確かに概念的な違いはあるとはいえ、現実では互いに互いを区別できないほど絡み合っていて、おそらく研究者でさえ明確に区別できていないということです。

そうであれば、医者によって診断された当事者や、ネット上の玉石混交の情報を発信している人たちは間違いなく区別できていないはずであり、もはや誰がADHDで、誰がHSPで、誰が愛着障害と分けるのはかなり困難だということになります。

すべては感受性の遺伝子から

それでも、ここまでの情報から意義ある点を引き出すとなれば、何が得られるでしょうか。

ひとつには、HSP、ADHD、そして愛着障害に共通している特徴を抽出することができるでしょう。それは、先天的なものであれ、後天的なものであれ、ささいな刺激に敏感に反応する、感受性の強さです。

そして、特にそれが先天的なものである場合、もとをたどれば、感受性の遺伝子に行き着くと考えられます。

アーロン博士も、ひといちばい敏感な子の中でHSPの最大の原因は遺伝子である、とはっきり述べています。

しかし、私は、研究によって見えてきた「敏感性の進化的理由」という観点から、人一倍敏感であるという性質は「主に」遺伝子で決まると考えています。(p437)

このHSPの遺伝子は、ひとつではなく、複数あると考えられています。先ほどHSPにもさまざまなタイプがあると述べたのはそのせいです。

まず関係している大きな遺伝子変異は、セロトニントランスポーター遺伝子です。

アカゲザルも人間も、どちらも脳が使うセロトニンの量の違いによる、正常な変異でした。…セロトニンに関する遺伝的変異は「差次感受性」をもたらす主因なのです。

…この遺伝的変異は、どちらも極めて社会的で、さまざまな環境に適応できる、人間とアカゲザルという2種類の霊長類に見られました。(p436)

セロトニントランスポーター遺伝子とは、気分の安定に関わる脳内の神経伝達物質セロトニンの輸送に関わる遺伝子であり、おおまかに分けてセロトニンを運ぶ効率がよいタイプと効率が悪いタイプとがあります。

HSPの感受性に関係しているのは、このうち、運び去る効率が悪いほうの遺伝子です。セロトニンを運び去る効率が悪いというのは、感情を伝達する神経伝達物質が一箇所に長い時間留まりやすいということなので、良い感情も悪い感情も強く感じやすくなります。まさに感受性の遺伝子です。

そしてセロトニントランスポーター遺伝子は、すでに述べたとおり、不安定な愛着のリスク遺伝子でもあり、不幸な家庭環境で育った場合、愛着障害につながりやすくなります。

しかし、これとは別に、意欲や注意などに関わる脳内の神経伝達物質ドーパミンに関わる遺伝子もまた、HSPと関連しているというデータがあるそうです。

HSP、HSCの誰もがセロトニンに関する遺伝子変異があるわけではありません。敏感になる遺伝子には数多くの種類があると考えられています。

例えば、中国のチェンの研究チームが、ドーパミンに関連する7つの遺伝子が、HSPの評価基準と関係することを発見しています。(p436)

HSPの原因はセロトニントランスポーター遺伝子だけではなく、ドーパミン関連の遺伝子変異が関与している場合もあることがわかります。

そして先ほど見たとおり、ドーパミン関連の遺伝子変異もまた、ADHDや愛着障害のリスク遺伝子になることがあります。

またアーロン博士はひといちばい敏感な子の中で、HSPの要因として、遺伝子が主な原因であるとはいえ、環境要因もまた関与しているとしています。

近年のエピジェネティクス、つまり遺伝子は環境で変化するという考えからは、敏感な性質には、遺伝子以外にも要因があると考えることもできそうです。(p436)

脳科学は人格を変えられるか?によると、遺伝子の変化に影響を及ぼすさまざまな環境要因のうち、特に大きなものは、幼児期の家庭環境であり、養育者による愛情だとされています。

これが意味することは深刻だ。母親の愛情という古典的な環境要因は、子どものストレスへの耐性に非常に強く影響していた。

母親の愛情によってストレスに強い子どもが育つのは純粋な慈しみの作用だと思われがちだが、その一見魔法のような力の陰には遺伝子の発現がかかわっていたのだ。(p193-194)

つまり、本来HSPになる遺伝子が発現していなかった子どもでも、極端な家庭環境で育つと、愛着障害という形で遺伝子が目覚め、ストレスから大きな影響を受ける感受性の強さを身につけてしまうことがあるのです。

それで、またややこしくなりましたが、これら遺伝子にまつわる原因を探ると、HSP、ADHD、愛着障害の関係を次のようにまとめることができるでしょう。

HSPとはセロトニンやドーパミンに関わる遺伝子の変異による、生まれつきの感受性の強さである。それはADHDや愛着障害のリスク要因でもある。そして、極端な養育のような環境要因によって眠っている遺伝子が目覚め、HSPや愛着障害になることもありうる。

HSPのもう一つのタイプHNS

ところで、HSPの原因遺伝子として、セロトニンに関わる遺伝子と、ドーパミンに関わる遺伝子の二種類が出てきましたが、これらはどのような違いを持っているのでしょうか。

脳科学は人格を変えられるか?では、それらはある面で正反対の役割を持っている、という研究が紹介されています。

セロトニン運搬遺伝子の発現量が低いSS型の人は、リスクに手を出す率がほかの人々より28パーセントも低いという結果が出た。セロトニン運搬遺伝子の短い型は、リスク回避の役割を果たしているらしい。

いっぽう、脳内のドーパミン分泌にかかわるドーパミン受容体D4遺伝子が長いタイプ(七反復以上)の人は対照群と比べて、リスクを冒してでも設けを増やそうとする率が25パーセント高かった。(p173)

この二つのタイプの遺伝子変異は、どちらも感受性の強さと関わっていますが、それぞれ正反対の反応を示しています。

リスクに対して過敏に反応する、という意味での感受性の強さは同じです。しかしセロトニントランスポーター遺伝子の変異がある人は、リスクを過剰に避ける反応を見せ、逆にドーパミン関連の遺伝子変異がある人は、リスクに飛び込んでいく反応を見せたのです。

アーロン博士は、ひといちばい敏感な子の中で、HSPの70%は慎重で内向的であるのに対し、残りの30%は外向的であるというデータを紹介しています。同じHSPでも、リスクを回避する子もいれば、リスクを求めて冒険する子もいるのです。(p35)

そして、後者のような、あえてリスクに飛び込む感受性の強い子を新奇追求型(HNS:High Novelty Seeking)と呼んでいます。

新奇追求型(HNS)は、…探検が好きで、よく行く場所よりも新しい場所へ、旅行もまだ行ったことのない所へ行きたいと考えます。型どおりの行動が苦手です。

人一倍敏感な人(HSP)が、HNSであることもあります。

HNSと非HSPは、簡単に新しい状況に飛び込もうとするところが、一見似ているのですが、その理由が違います。

HNSは新しい体験がしたいからですし、非HSPは立ち止まって確認をしないからです。(p113-114)

HNSは一見考えなく無謀に冒険しているかのように思えますが、実際には、感受性の強さのため、より大きなスリルや快感、新たな体験を求めて行動しているのです。

このように一括りに感受性の強さといっても、興味を抱いて冒険するタイプと、危険を察知して慎重になる用心深いタイプの2種類の子どもがいる、ということになります。

そして、あくまで単純化した見方だと承知していますが、慎重なHSPにはセロトニン関連の遺伝子が、新奇追求するHNSにはドーパミン関連の遺伝子変異が関わっているのでしょう。

実際には、どちらの遺伝子変異も抱え持っていて、生まれ育った環境によって、どちらかに傾くHSPの子もいるでしょう。

HSPとADHDの本当の違いは何か

それにしても、このHSPの遺伝的要素による2つのタイプは何かとよく似ていないでしょうか。

そう、この2つのタイプは、ADHDの2つのタイプとよく似ていると感じた人がいるかもしれません。

ADHDには大きく分けて2つの傾向があります。多動・衝動性の強いわんぱくな「ジャイアン型」(多動・衝動性優位型)、そして不注意が強く自信を持って一歩踏み出すのが苦手な「のび太型」(不注意優勢型)です。そして、それらの両方を併せ持つ「混合型」も存在します。

ここまでのところでいうと、冒険好きな「ジャイアン型」は外向的なHNSとよく似ていて、用心深い「のび太型」は内向的なHSPとよく似ているように思えます。

いえ、というより、ジャイアンからすぐに怒ったり暴れたりする問題行動を除けば、冒険好きで頼りになるHNSになり、のび太から臆病で怠け者な問題行動を除けばHSPになるのではないでしょうか。(ドラえもんをよく知っている方々には「劇場版」のジャイアンとのび太と言えばわかるでしょうか)

ここにおそらく、HSPまたHNSと、ADHDの本当の違いがあるのです。

すなわち、HSPやHNSといった人一倍感受性の強い子が、学校などの刺激が強すぎる環境にうまく適応できず、感受性の強さが問題行動となって現れたときにつけられる診断名がADHD、つまり注意欠陥多動性「障害」なのではないでしょうか。

近年、大人になってはじめて社会で不適応を起こし、ADHDと診断される人が増えていますが、彼らはそれまでは「障害」ではなかったので、ADHDと診断されなかったのです。それまでは人一倍敏感な子HSPやHNSだったのかもしれません。

ADHDは個性か障害か、という問題はずっと議論されていますが、個性とみなせる状態は、HSPまたHNSであり、何らかの事情ゆえに問題行動が見られ、医学的な対応を必要とする状態はADHDという障害になるのだとするとすっきりします。

HSPがADHDという「障害」になるきっかけとしては様々な要因があるでしょう。

まず、学校などの刺激の強すぎる環境がそうです。アーロン博士の説明のとおり、家では落ち着いていられるHSPなのに、学校に行けば、大勢の人が集まる刺激が強すぎて、ADHDになってしまうかもしれません。

また、もともと持って生まれた感覚過敏の程度と、それを抑制する自己コントロール力のバランスも関係しているでしょう。

たとえ感覚過敏の程度が強くても、それを抑制できる自己コントロール力に長けていれば、問題行動を起こさずにすみ、多動性はエネルギッシュさとして、衝動性は行動力として、不注意は発想の豊かさとして特性を生かしていけるでしょう。

しかし、感覚過敏の程度に対して、自己コントロール力が不十分だと、刺激に対してすぐに反応してしまい、多動で衝動的な不注意な問題児になってしまうでしょう。

興味深いことに、先ほど脳の説明のところで出てきた、認知神経科学の権威マイケル・ガザニガは、右脳と左脳を見つけた男 - 認知神経科学の父、脳と人生を語るの中で、自分はADHDなのではないかと思案しています。

70年前に幼い子どもだった頃、注意欠陥多動性障害(ADHD)などというものは存在せず、私がそう診断されることはなかった。今から振り返るとどうだったのだろう。

母はいつも、私のズボンのなかにアリがたくさん入っていると言っていた(じっとしていられない状態を指す表現)。

ひとつの課題を深く掘り下げるというのは、人生の過ごし方としてはよくあるものだ。だがそれは私には合っていない。(p267)

しかし、ガザニガは、さまよう注意を多方面の研究に向けて、右脳と左脳の役割を見つけるという輝かしい業績を上げました。

また脳の手術を受けた患者たちと友人のように親身に接したり、実験に用いる動物たちを手厚く世話したり、非常に強い共感力を発揮しています。

彼のような人の場合、確かにADHDのような性質は有していますが、優れた自己コントロール能力でそれを活用してる以上、注意欠陥多動性障害ではなく、HSPという呼び名のほうがふさわしいのではないでしょうか。

HSPの子どもたちは、ADHDと同じような感受性の強さを持っているにもかかわらず、優れた自己コントロール力によって行動を制御していることはアーロン博士もひといちばい敏感な子で認めています。

HSCは、幼児期の知覚の感受性が高く、自己をコントロールする力が生まれつき強いというデータもありますが、親から学ぶ部分もあります。

親が刺激への対応を教えたり、同調せず、「そのような反応は受け入れられない」と伝えたりすることで、子どもは学んでいけます。特に用心システムと冒険システムをコントロールする力を育むには、こうした親の手引が有効です。(p243)

アーロン博士は、HSPの子どもたちは自己コントロール力が生まれつき強いとしていますが、たとえそうでなくとも、幸いにも、自己コントロール力は後天的に育んでいけるとも述べています。

生まれつき感覚過敏ばかり強くて、自己コントロール力が弱いためにADHDとして問題行動を起こしがちな子どもでも、辛抱強く訓練を続けることによって、問題行動を減らし、感受性の強さを才能として生かしていけることはよく知られています。

たとえば、以下の記事で紹介した意志力の専門家ロイ・バウマイスターやマシュマロ・テストで有名なウォルター・ミシェルは、自制心を鍛えるさまざまな手段を考案していて、それがADHDの子どもにも役立つことを説明しています。

著書を読む限り、おそらくは、この二人もまた、ADHDのような性質を持っているものの、それをうまくコントロールしてきたHSPです。自分が苦労してきたからこそ意志力について画期的な研究ができたのかもしれません。

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何より、ADHDの子どもの症状は、一般に成長し大人になるにつれ和らぐとされていますが、それは大人になるにつれ脳の前頭前皮質という行動の制御に関わる部分が発達し、自己コントロール力が身についていくからです。

しかし、自己コントロール力は後天的に身につく反面、身につきにくくなる要因も存在していて、それが愛着障害です。ADHDでは年齢とともに脳の成長が追いつくキャッチアップが生じますが、愛着障害はそれを妨げると言われています。

もちろん、HSPの場合もADHDの場合も、関係する遺伝子は、まだすべてが発見されるには程遠いため、さまざまなタイプが含まれていることは明白です。特にADHDは多因子疾患であり、原因は様々です。

たとえば、感受性は人並みであっても、前頭前皮質の抑制機能が相対的に弱いせいでADHDの症状が出ている場合は、HSPとはいえないのかもしれません。

脳の研究に一役買ったことで有名な患者フィネアス・ゲージは、事故で前頭葉を損傷した後、ADHDのような衝動性を示すようになりました。

また慢性的な睡眠不足や、低血糖症、デジタルデバイスへの依存といった原因から、ADHDのような行動障害を見せる人もいますが、それらは後天的な障害であり、HSPの不適応からくるADHDとは別のものとみなす必要があるでしょう。

「私って大人のADHD?」と思ったら注意したいことリスト―成人ADHDの約7割は違う原因かも
大人になってからADHD症状を示す人の少なくとも7割近くは、子どものころにはADHD症状がなく、従来の意味での発達障害ではないと考えられます。近年のさまざまな研究から、大人のADH

しかし、一つの考え方として、生まれつき感受性が強いHSPの子のうち、自己コントロール力が十分育っておらず、問題行動が出てしまう場合がADHDと見なされ、さらにマイナスの環境要因が関わっている場合が愛着障害と見なされると考えれば、それぞれの関係性がわかりやすくなります。

感受性が強すぎる人がなりやすい3つの病気

ここまでのところで、感受性の強さであるHSPと、自閉スペクトラム症やADHDといった発達障害との関係を考察してくることができました。

HSPと自閉スペクトラム症は正反対のものでしたが、HSPとADHDは関わりが深く、HSPが不適応を起こした場合にADHDとなるのではないか、ということでした。

このように、HSPの感受性の強さは豊かな創造性や柔軟なコミュニケーション力のような才能として発揮される一方で、さまざまな不慮の事情のせいで、問題を招くことがあります。

特に危険なのが、感受性の強さに特有の病気や障害などを招いてしまうケースです。

ここでは、HSPの感受性の遺伝子がリスク要因であるとされる3つの疾患について考えましょう。

不登校・引きこもり

一つ目は不登校や引きこもりです。

不登校や引きこもりには様々な原因がありますが、その中には、失敗を過度に恐れたり、恥をかきたくない思いから一歩踏み出すのが怖くなったりする回避性パーソナリティ障害があります。

生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)には、特にHSPと同様のセロトニントランスポーター遺伝子の多型が、回避性パーソナリティ障害に関わっているという研究が報告されています。

回避性パーソナリティ障害と関連する遺伝子としては、セロトニントランスポーター遺伝子が知られている。神経伝達物質のセロトニンは不安のコントロールに関係するが、セロトニントランスポーターは、放出したセロトニンをくみ上げるポンプの役割をしている。

このポンプの働きが悪いと、セロトニンがうまく機能せず、不安を感じやすく、うつにもなりやすい。

ただ、この遺伝子との関連は、回避性パーソナリティ障害だけでなく、他の不安障害やうつ病でも報告されており、回避性パーソナリティ障害に特異的なものではない。(p131)

HSPにみられるセロトニントランスポーター遺伝子のタイプは、リスクを強く回避する傾向と関わっていましたが、それこそまさに回避性パーソナリティ障害そのものなのです。

感受性が強すぎ、繊細すぎるために、他の人からの批判や、学校での人間関係から強いストレスを感じてしまい、ストレスを回避して引きこもりがちになってしまいます。

HSPのせいで回避性パーソナリティになる人たちは、世間ずれしておらず社会的経験も不足するため、コミュニケーションが苦手な自閉スペクトラム症だと誤解されることもあります。

しかしここまで見てきたように、HSPの人たちは自閉症とは正反対の共感性の強さを持っていて、人の気持ちがわからないせいで人間関係を避けるのではなく、感受性が強く傷つきやすいせいで引きこもってしまうのです。

たとえば生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)では、ショートショートの作家 星新一が、一見自閉スペクトラム症に見える特徴を示していたとされています。

星新一が回避的特徴とともに、自閉症スペクトラムの傾向を示していることに気づく人も多いだろう。(p232)

しかし続く部分では、表面的には自閉傾向を持っているように見えても、実際にはそうではなく、根底にあるのは感受性の強さだったのではないかと推測されています。

新一の交友スタイルの特徴は、それなりに交友をもち、友達も少なからずいて、表面的には楽しむことができる一方で、親友に対してさえ本音を吐露するということがなかったという点であり、友達付き合い自体に関心が薄く、私生活では自分から人と交わろうとしないことが多い典型的な自閉症スペクトラムの特徴とは違いを見せている。

また、自閉症スペクトラムの人では、決まり事や指示に忠実で、何事も生真面目にやりこなそうとし、手抜きができない人が多いのだが、新一は違った一面を見せている。

彼は軍事教練や勤労奉仕も手を抜くことをはばからなかったし、大学の実験も、ちょっとトイレに行ってくると言ったまま、どこかな遊びにふけてしまうようなことも多かったという。(p233)

ここまで考えてきたことからすると、星新一は、自閉スペクトラム症のせいで人づきあいに回避的だったのではなく、HSPとしての感受性の強さのせいで不安定な愛着を抱えていたのでしょう。

人を心から信頼しづらくとも本質的には交友を求めるところ、融通性があり柔軟に行動できること、そして何より、小説家としての旺盛な創造性は、彼が自閉傾向とは正反対のHSP傾向を持っていたことを如実に物語っています。

回避性パーソナリティについて、詳しくはこちらの記事で説明しました。

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慢性疲労症候群

回避性パーソナリティ障害と共に引きこもりや不登校の原因となっている疾患として、慢性疲労症候群があります。

慢性疲労症候群の場合、回避性パーソナリティ障害のように心の葛藤から引きこもってしまうわけではなく、慢性的な強い疲労感睡眠リズム障害をはじめとする体調不良によって学校に行きたくても行けなくなってしまいます。

HSPの人が感受性の強さのために疲労感のような身体症状を強く感じやすいことは、ひといちばい敏感な子の中でアーロン博士も言及しています。

HSPが刺激を過剰に受けやすいというデータとして、ドイツの学者フリードリヒ・ゲルステンベルクによる研究があります。

この研究では、コンピューター画面にさまざまな向きのLの文字が並ぶ中に、Tの文字が紛れているかどうかを判断するという、いささか厄介な認知作業をさせて比較を行う実験がなされました。

HSPでは、そうでない人に比べて短時間で正確にできましたが、作業後の疲労も強く感じていました。(p429)

また、国内のHSPの研究者である長沼睦雄先生による「敏感すぎる自分」を好きになれる本の中でも、次のように書かれています。

うつ病ほど認知度が高くないのですが、HSPの方によく見受けられる症状として、「慢性疲労症候群」というものもあります。

…HSPの方は敏感で、しかも良心的なため、疲労感やストレスを感じやすいのです。疲れ果てるまで自分を酷使した結果、そのストレスによって慢性疲労症候群を引き起こしてしまう可能性があります。(p99)

さらに遺伝子レベルの研究においても、慢性疲労症候群とHSPの関わりの深さがわかっています。

文教大学教育学部の成田奈緒子先生の研究 によると、やはり回避性パーソナリティ障害と同じく、セロトニントランスポーター遺伝子の多型が関係していることが判明しています。

しかし、それだけでなく、三池輝久先生の、学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)では小児慢性疲労症候群(CCFS)にはドーパミントランスポーター遺伝子の多型も関わっていると書かれています。

不登校の子どもたちのドーパミントランスポーター遺伝子の過多について、東大の石浦章一教授に検討していただいた結果、彼らはいろいろなものに興味をもちやすい性質をもっている可能性が示唆されるデータを得た。(p109-110)

慢性疲労症候群の子どもは、単にリスクを回避するセロトニントランスポーター遺伝子の多型だけではなく、新奇追求性に関わるドーパミントランスポーター遺伝子の多型も持ち合わせている可能性があります。

この場合、感情面においても感覚面においても感受性が強く、HSPやHNSの傾向を強く有しているはずですから、外部から受け取る感覚による疲労はかなり強いはずです。リスクを回避したい不安とチャレンジしたい意欲に板挟みになって疲れ果てるかもしれません。

こうした極端な感受性の強さによる繊細な気質のために、他の子と同じレベルのことをしているようでいても学校の環境から人一倍ストレスを受けやすく、慢性的な自律神経系の不調を抱えやすいのかもしれません。

そのような感受性の強さが引き起こされる身体的不調には、起立性調節障害や慢性または急性のストレス性高体温症も含まれます。

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九州大学病院 心療内科 - Department of Psychosomatic Medicine Graduate School of Medical Sciences, Kyushu University

 

またドーパミントランスポーター遺伝子の変異は、神経が高ぶりやすく冷めにくいことを示唆しています。これは、以前の記事で説明したような切り替えの悪さにつながり、概日リズム睡眠障害を招きやすくもなるでしょう。

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極端な感受性の強さは、豊かな創造性などの才能をもたらす反面、慢性疲労症候群のような体調不良にも陥りやすい諸刃の剣であることを覚えておく必要があります。

また、HSPの子だけでなく、自閉スペクトラム症の子もまた、ある種の感覚過敏があるという点では慢性疲労症候群に陥りやすいのは同じでしょう。

子どもの慢性疲労症候群(CCFS)について詳しくはこちらをご覧ください。

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解離性障害

最後の3つ目として、強い感受性が仇をなす究極の疾患として、解離性障害があります。解離性障害は、HSPの人が持つ感受性の強さがすべて裏目に出てしまったような病気です。

解離性障害は、幼児期の愛着障害に起因するとされています。

しばしば犯罪被害などの大きなトラウマ経験が解離性障害の引き金になるといわれますが、実際には、幼児期の愛着障害がなければ、トラウマ経験に遭遇しても解離性障害ではなくPTSDになるそうです。

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合にはこう書かれています。

ショアの主張をひとことで言えば、解離という心の働きを脳科学との関連で探っていくと、愛着の問題にまでさかのぼらなくてはならないということである。

すなわち解離性障害とは、それが基本的にはいわゆる「愛着トラウマ」による障害のひとつと理解されることを念頭に置くべきなのである。(p15)

愛着障害はHSPの人特有の問題ではありませんが、すでに見てきたように、HSPの人はより強い愛着障害を抱えやすいことがわかっています

HSPに関わるセロトニントランスポーター遺伝子、ドーパミン関連の遺伝子多型は、両方とも、愛着障害、そして解離性障害のリスク要因です。

解離性障害の特徴は内外の強い感覚刺激に対処するため、意識を飛ばしたり空想に逃避したりする「解離」という反応を用いることで、特に重症の場合は意識を複数に切り離す多重人格(解離性同一性障害)が生じます。

興味深いことに、アーロン博士はひといちばい敏感な子において、HSPの人はADHDと比べると、右脳の血流が活発だと述べています。(p64)

その理由は定かではありませんが、解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、幼児期の愛着障害と、それに伴う解離傾向は、右脳の働きと関係していると説明されています。

通常はトラウマが生じた際は、体中のアラームが鳴り響き、過覚醒状態となる。そこで母親による慰撫sootingが得られると、その過剰な興奮が徐々に和らぐ。

しかしタイプDの愛着が形成されるような母子関係においては、その慰撫が得られず、その結果生じると考えられるのがこの解離なのだ。

それはいわば過覚醒が反跳する形で逆の弛緩へと向かった状態と捉えることができるだろう。

そしてこのように解離は特に右脳の情緒的な情報の統合低下を意味するため、右の前帯状回こそが解離の病理の座であるという説もある。(p20)

ここで登場するタイプDの愛着というのは、このブログで以前にも詳しく取り上げたより困難なタイプの愛着であり、先ほどHSPの感受性の遺伝子を持つ人がなりやすいとされていた混乱型の愛着のことを指しています。

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このタイプDの愛着は、すでに触れた、場の空気を読みすぎる「過剰同調性」とも強い関わりを持っていて、まさにHSPの強い共感力が裏目に出た状態です。

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空気を読むのが得意といえば聞こえはいいですが、空気を読みすぎてしまうと、過剰同調性に陥り、相手の感情を感じ取りすぎて強い疲労を感じるようになります。

その苦痛を処理する手段、つまり限界を超えた感受性の強さに対処する手段が、意識を切り離して飛ばす解離なのです。

解離性障害は虐待による愛着障害などの悲惨な環境で生じるのはもちろんですが、以前の記事で書いたように、そこまで悲惨ではない機能不全家庭で生じる例も多数報告されています。

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わかりやすい「解離性障害」入門によると、このような場合、もちろん家庭環境の側の問題も大きいとはいえ、単にそれだけではなく、当人の側の感受性の強さも相互に影響しているとされていました。

この記事で考えたことからすると、それはすなわち、生まれつきのHSP気質により、養育の問題を過敏に感じ取って、D型の混乱した愛着に発展してしまったせいだということになります。

なお、自閉スペクトラム症の人も、人の顔色を過剰に気にしすぎたり、さまざまな解離現象を経験したりすることがあります。

しかし、同じ感覚過敏でもHSPと自閉症では別のものだったように、解離もまた自閉症では似て非なる性質を持っているようです。詳しくは以下の記事をご覧ください。

アスペルガーの解離と一般的な解離性障害の7つの違い―定型発達とは治療も異なる
一般にアスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症(ASD)は解離しやすいと言われていますが、定型発達者の解離性障害とは異なる特徴が見られるようです。その点について、解離の専門家たち

健常な範囲の解離現象

このようなHSPによって生じやすい解離傾向は、解離性障害にまで発展しなくても、さまざまな形でHSPの人に影響を及ぼしている可能性があります。

たとえば、HSPの人は、さまざまな神秘的な現象を感じやすいとされています。「敏感すぎる自分」を好きになれる本にはこんな話があります。

私が診療の中で出会った、HSPの中でもさまざまな過敏さが複合している「超」過敏なレベルに属するような子どもたちは、幼児期から、だれにも教わらないのに人間や人生や命のことが直感的にわかったり、体内や出産時の記憶があったり、…幽霊や妖怪が見えたり、架空の友人がいたり、重要なときに導いてくれる声が聞こえたりする子どもたちもいたのです。(p53)

HSPの人がこうした様々な神秘体験を経験しやすいことはアーロン博士もひといちばい敏感な子の中で認めています。

多くのHSCが、幼い頃から瞑想的、神秘的な体験をしています。

正式な宗教の指導を受けた場合でなくても、祈ったり、天使を見たり、天の声を聴いたり、現実世界を超える神秘的な体験をした子もいます。

これはあながち不思議なことではありません。(p398)

このブログで説明してきたとおり、これら神秘体験のように思えるものは、正常な範囲の解離現象です。

解離性障害になりやすい人には幼少期から現実との区別がつきにくくなるほど 空想の中に深く没頭する傾向「空想傾向」(fantasy-proneness)が見られると言われますが、それはまさしく生まれつきのHSPを土台とする解離傾向のことでしょう。

正常な解離としての幻聴幻視、また、たくましくリアルな空想力のせいで、実際にはなかったことをあったかのように感じてしまうデジャヴュ(既視感)や虚偽記憶は解離傾向の強い人にしばしば見られます。

近年の発達心理学の研究によると、子どものころの空想の友だち体験は、妖怪や幽霊、天使などの伝承とも結びついており、遭難体験などの際に導く声が聞こえるサードマン現象や守護天使の体験などと同じ種類の解離現象だと考えられています。

そして、以下の記事で紹介したとおり、そうした現象を体験しやすいのは、「周囲の人のことを人一倍気にするので、『いない人』のことまで考えてしまう」、人一倍感受性が強い子たちであることが示唆されているのです。

子どもにしか見えない空想の友達? イマジナリーフレンドの7つの特徴に関する日本の研究
子どもが目に見えない空想の友達と遊んでいるのを見て驚いたことがありますか? 森口佑介博士の著書「おさなごころを科学する」から、子ども特有の興味深い現象イマジナリーフレンドについてま

また、一般に空想の友だちが出現するのは幼児期ですが、少数ながら学童期以降にみられる例もあります。以前に紹介した、ナラティヴ・セラピーの冒険に出てくる、空想の友だちによって恐怖症などを克服していた少女エミリーはHSPだったのではないかと思います。

「変にできる子」の想像上の友だち―イマジナリーフレンド(IF)は人生の助けになってくれる
「変にできる子」は問題を克服するためイマジナリーフレンドを活用している。「ナラティヴ・セラピーの冒険」という本からそんなエピソードを紹介したいと思います。

また、ADHDの中でも、特にHSPの7割を占める内向的なHSPと関わりの深いタイプと考えられる「のび太型」(不注意優勢型)の子どもたちは、空想にふけりがちで、ぼーっと意識を飛ばす傾向が強く見られます。

HSPとのつながりでいえば、これは軽度の解離傾向であり、さまざまな感覚を強く感じすぎるせいで、ときどき感覚を切り離すことによって、刺激が過剰になりすぎないように適応しているといえるのかもしれません。

加えて、すでに触れた高位の共感覚などに関係する芸術的創造性は、解離傾向の強い人に強く見られる特性です。

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芸術家や作家の豊かな創造性には、解離という脳の機能が関わっていることがあります。なぜ解離が創作と関わるのか、夏目漱石、宮沢賢治、芥川龍之介、宮崎駿などの例を通して考えてみました。

そもそも高位の共感覚を制御していた脳の角回(側頭頭頂接合部)は、体外離脱など一部の解離現象に強く関わっていることが知られています。

なぜ人は死の間際に「走馬灯」を見るのか―解離として考える臨死体験のメカニズム
死の間際に人生の様々なシーンが再生される「走馬灯」現象や「体外離脱」のような臨死体験が生じる原因を、脳の働きのひとつである「解離」の観点から考察してみました。

このように、HSPは、回避性パーソナリティや、慢性疲労症候群、そして解離性障害と深く関わっていると考えられます。

ここでは3つの項目に分けましたが、実際にはそれぞれ共通性が多く見られる疾患群なので、遺伝的傾向や環境によって、いずれの症状が強く出るかが変わるだけで、要はすべて「感受性が強すぎることによる疾患」という共通項を持っているのでしょう。

可能性をどう生かすかはあなた次第

こうしてHSPがもたらしかねない負の側面を概観すると、HSPとは心身の弱さをであるかのように思えますが、決してそうではありません。

持って生まれた感受性の強さが、ある時はADHDのような問題行動や、慢性疲労症候群のような強い心身の不調を身に招くことはあれど、ある時は創造性あふれる芸術家や学者の才能として花開くこともまた事実であり、この両極性は、HSPの遺伝子そのものの性質です。

先ほどから紹介している、セロトニンやドーパミン関連の遺伝子は、何かの障害のリスクになる欠陥遺伝子ではなく、ただ感受性の遺伝子、つまり良い環境からも、悪い環境からも、人一倍強い影響を受けやすい遺伝子です。

アーロン博士は、HSPの子どもたちについてひといちばい敏感な子でこう書いています。

私たちの研究から、HSPは不幸を感じやすく心配しやすい傾向があると分かりました。

…さまざまな調査で、不幸な子ども時代を送ったHSPは、同じく不幸な子ども時代を送った非HSPに比べ、落ち込み、不安、内向的になりやすい傾向がありました。

でも、じゅうぶんによい子ども時代を送ったHSCは、非HSCと同様、いやそれ以上に幸せに生活しているのです。HSCはそうでない子よりも、よい子育てや指導から多くのものを得ることができるということです。(p433)

HSCは周囲から、反応が強いとか、身体面でのストレスを受けやすい、内気、引込み思案、あるいは、抑うつや不安症に関係する遺伝子を持っていると評価されることが多いのですが、これらのいずれの面も、例えば良質の子育てを受けるなど、よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用します。

…敏感な子は、そうでない子に比べて悪い環境を吸収するだけではなく、よい環境も人一倍吸収するのです。(p434)

先ほど、ADHDや愛着障害のリスク遺伝子について説明していた愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)にもこうあります。

また同じチームの別の研究(Bakermans0Kranenburg et al.,2011)でも、この多型遺伝子をもつ人では、親のうつや不和といった影響を強く受けやすく、中年期になっても未解決型の愛着スタイルを示しやすいが、親に問題がない場合には、未解決型の愛着スタイルを示す割合が、むしろ低かったのである。(p131)

ドーパミンD4受容体の遺伝子多型にしろ、セロトニン・トランスポーターの遺伝子多型にしろ、それが存在することは、養育環境に影響されやすいという過敏な傾向を生むが、逆に良い環境を整えることができれば、そうした遺伝子多型でない場合よりも、むしろ安定を獲得することができるのである。(p134-135)

さらにセロトニンとドーパミンの遺伝子変異の違いについて説明していた脳科学は人格を変えられるか?もまたこう述べています。

わたしはまもなくこれらの実験結果が、ロンドン大学バークベック校の心理学者、ジェイ・ベルスキーによる最新の理論に合致することを知った。

ベルスキーは遺伝子と環境との相互作用に関する過去の研究を細かく検証し、これまでだれも目をとめていなかった事実に気づいた。

それは、神経伝達物質に作用するいくつかの遺伝子の発現量が低い人は、良い環境と悪い環境のどちらにも敏感に反応しやすいということだ。(p181)

いずれの場合も要点は共通しています。

これらの感受性の遺伝子の持ち主は、悪い環境に陥ってしまった場合は、より強いダメージを受けやすくなりますが、良い環境に恵まれた場合は、より良い感化を受けて才能を開花させやすいということです。

では、すでにHSPの感受性が、ADHDの問題行動や愛着障害といった悪いほうに出てしまっている場合はどうなのでしょうか。

先ほどの脳科学は人格を変えられるか?は続く部分でこう述べています。

わたしが行った学習実験も結局、セロトニン運搬遺伝子の発現量が低い人は高い人に比べ、ポジティブなものでもネガティブなものでも感情的な背景に非常に敏感であるという、先と同様の結論に落ち着いた。

だから、セロトニン運搬遺伝子は、「逆境に弱い」遺伝子や、「楽観」の遺伝子であるというより、仮にそれが「何かの」遺伝子であるとすれば、「可塑的な」遺伝子だと考えるのが妥当だろう。(p182)

ここで注目したいのは「可塑的な」遺伝子という表現です。これまで、HSPの遺伝子は感受性の遺伝子であると説明してきましたが、より明確には可塑的な遺伝子であるとするべきでしょう。

可塑(かそ) 的であるとは、脳の構造が柔軟に組み変わることを意味しています。

HSPの人が、異なる文化や環境に適応して創造性を発揮できるのも、望ましくない環境でADHDや、さらには愛着障害のような混乱した性質を示すのも、単に感受性が豊かなだけではなく、脳がそれぞれの状況を読み取って適応しているからです。

虐待のような劣悪な環境で生じる愛着障害の場合でさえ、以前の記事で紹介したとおり、それは冷酷な環境で生きていけるように脳が適応していった結果であるとみなされています。

ここまで取り上げた以外の感受性の遺伝子の中には、虐待を受けた子ども特有のものもありますが、それもやはり、環境によって良くも悪くも効果が変化する適応的なものだとされています。

先に紹介したカスピとモフィットによる研究では、虐待を受けた子どもの中でもMAOA遺伝子の発現量が低い子は特に、大人になったとき反社会的な行為に走る率が高いという指摘があった。

だがここで見過ごされていたのは、同じタイプの遺伝子をもつ子どもがもし虐待を受けなければ、そうした行為に走る確率はずっと低いことだ。(p181)

感受性が豊かであるとは、良くも悪くも、環境の変化に柔軟に適応し、脳の働きをそれに合わせて調整していく性質なのです。

このような柔軟な適応力は、心や脳の柔らかさといってもよいでしょう。ささいなことでもストレスを受けやすい反面、ちょっとした環境の良い変化にも目ざとく反応できます。

興味深いことに、解離性障害の症状は幻聴などの点では統合失調症とよく似ていますが、統合失調症は回復がまれで妄想的になっていくのに対し、解離性障害は自分の状況をよく理解することができ、回復することも十分可能であるという違いがあります。

もしかすると、同じような窮地に陥っても、解離性障害のほうは、HSPとしての脳の可塑的な柔軟性が土台にあるために、環境が好転すれば回復していけるということなのかもしれません。

ですから、HSPの子にとって、周りの環境は特に大事です。

適切な養育環境、ストレスの少ない教育サービス、その子に合った生活リズム、手本にできるメンターまたアドバイザーなどを見つけることができれば、今まで感受性の強さがマイナス方向に発揮されていたとしても、それをプラス方向へと変えていくことが十分可能なのです。

そのためにHSPの人やHSCの子どもを持つ親は、感受性の強さにどう対処していくかを学ぶ必要があります。

アーロン博士はひといちばい敏感な子の中で、人一倍敏感というのが、一つの種類であると述べます。

敏感という性質をグラフにすると、身長や体重のように大部分の人が中間値付近に分布するような、なだらかな山形になるのではなく、右端か左端に偏っているのです。

…他のテストの評価にかかわらず、敏感であるというのは一つの種類であって、程度の差ではないことが分かりました。

あなたはHSPか非HSPかのどちらかで、子どももHSCか非HSCかのどちらかなのです。(p439)

人一倍敏感というのは、ほぼ生まれつきの性質であって、性別などと同様、変えることのできない種類です。

アスペルガーの人たちが、自分たちは一つの種族また民族だ、と述べるのと同様、HSPの人やHSCの子もまた、一つの種類、独特のニーズを持った特殊な人たちなのです。

この独特なニーズに対応する点で、ここまで紹介してきた何冊かの本はとても役立ちます。

まず、繰り返し紹介してきたアーロン博士のひといちばい敏感な子は、この記事での扱い方からすると意外かもしれませんが、実はHSPのメカニズムについての本ではなく、HSCを持つ子どもの育て方について実用書です。

HSCを持つ子どもの成長に合わせ、乳児期、幼児期、学童期、思春期にわたり、親がどのように、感受性豊かな子どもに最善の環境を整えて、才能の開花を後押ししてあげられるか、丁寧なアドバイスがふんだんに綴られています。

またアーロン博士の別の本ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)や長沼先生の「敏感すぎる自分」を好きになれる本、デンマークのカウンセラーによる鈍感な世界に生きる 敏感な人たちは、すでに成人したHSPの人を対象に、どのように生きやすい環境を整え、敏感さをプラスに生かしていけるか、やはり丁寧なアドバイスが豊富に載せられている本です。

こうした本を参考にすれば、HSPまたHSCとしての感受性ゆえに陥りやすいリスクを避け、同時にその感受性を最大限に生かすための環境づくりをしていくことができるでしょう。

忘れないでください。HSPの人、またHSCの子どもは、可能性の遺伝子を持っているのです。そして、その可能性を良い方向に導くか、悪い方向へ流れるままにするかはあなた次第なのです。

▼HSPの「差次感受性」
文中で紹介したように、HSPの過敏さは「差次感受性」とも呼ばれます。「差次感受性」がもたらすメリットについて詳しくはこちらでまとめています。

HSPの人が持つ「差次感受性」―違いに目ざとく脳の可塑性を引き出す力
敏感な人は打たれ弱く、ストレスを抱えやすい。そんなデメリットばかりが注目されがちですが、人一倍敏感な人(HSP)が持つ「差次感受性」という特質が、個人にとっても社会にとってもメリッ
 
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