HSPの人が持つ「差次感受性」―違いに目ざとく脳の可塑性を引き出す力

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ある回で、こんな相談が来た。

「私の車のヘッドライトが2つとも同時に壊れたんだ。ディーラーの店に持っていったんだが、電球を2つ交換すればいいだけだって、整備士は言うんだよ。

そんな馬鹿なことがあるか? 電球が2つとも同時に壊れるなんて、偶然にしちゃできすぎだろ?」

それを聞いてトムは即答した。「ああ、そりゃ有名なウェーバー=フェヒナーの法則だ!」。

2つの電球は同時に切れたわけではない―これが答えだ。片方の電球が切れても、それに気づかないまま運転を続けることはよくある。

…電球が2つから1つになっても、差異に気づくとは限らない。しかし、1つからゼロになれば、絶対に気づく。(p60)

ょっとした違いに気づく。

これは多くの人にとってなかなか難しいことです。冒頭に紹介した行動経済学の逆襲のエピソードに出てくる車のヘッドライトの故障にしても、有名な茹でガエルの法則にしても、ちょっとずつ変化していくものは手遅れになるまで気づかないことがよくあります。

変化が小さいとなかなか気づけない現象は、心理学ではウェーバー=フェヒナーの法則として知られています。

しかし、そんな小さな変化を敏感に感じ取り、すぐさま反応したり、違いを深く考えたりできる目ざとい人たちがいます。

そうした人一倍敏感な人たちが持つ力は、ジェイ・ベルスキーとマイケル・ブルースによって「差次感受性」(differential susceptibility)と名づけられました。その名の通り、小さな差に対する感受性の強さを意味しています。

敏感な人たちは、しばしばストレスを抱えやすい、打たれ弱いといったマイナス面ばかりが注目されますが、本当にデメリットばかりなのでしょうか。

この記事では、おもにひといちばい敏感な子と、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線という本から、敏感な人たちが持つ優れた能力について考えたいと思います。

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これはどんな本?

ひといちばい敏感な子は、以前にも紹介したことのある、HSP(Highly Sensitive Person)、つまり人一倍敏感な人という概念を提唱したエレイン・アーロン先生による本です。

もう一冊の脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線は、最近の記事で何度か取り上げている精神科医ノーマン・ドイジによる、脳の可塑性(かそせい)、つまり粘土のように柔らかな適応力を引き出す方法を取り上げた本です。

この二つの本を読むと、HSPの人たちが持つ敏感さは、脳の柔軟さを引き出すカギであることがわかります。

「炭鉱のカナリア」 危険を知らせるアラーム

わずかな違いに目ざとくあり、変化をすばやく察知する。これはなかなか簡単なことではありません。変化の割合がごく小さい場合は特にそういえます。

たとえば、温室効果ガスによる気候変動は、地球全体という大きな規模から見れば、ほんの小さな変化の積み重ねなので、多くの人は変化を実感しにくく、危機感を欠いています。

これは、冒頭で紹介したウェーバー=フェヒナーの法則そのものです。行動経済学の逆襲には、その法則の意味するところがこう説明されていました。

ウェーバー=フェヒナーの法則とは、丁度可知差異(just-noticeable difference=あることが「変化した」と感じられる最小の差異)は、その変数の大きさに比例する、というものである。

私が1オンス(約28グラム)太ったとしても気がつかないが、フレッシュハーブを買っているときには、2オンスと3オンスの違いがはっきりわかる。(p59)

徐々に暗くなっていってある日突然切れてしまう電球にしても、徐々に温度が上がって、気づいたら逃げ出す間もなく茹で上がってしまうカエルにしても、徐々に起こる小さな変化は気づきにくいものです。

「変化した」と感じられる最小の差異(丁度可知差異)以下の変化がどれだけ起こっても、多くの人は手遅れになるまで気づきません。

そのことを知っていた昔の人たちは、自分たちが気づけない小さな異変による危険を察知できるよう、知恵を活用しました。その工夫の一つが、いわゆる「炭鉱のカナリア」です。

「敏感すぎる自分」を好きになれる本だは、炭鉱のカナリアについてこう説明されています。

ひと昔前、炭鉱においてカナリアは、有毒ガスの早期発見のための警報として使われていました。

炭鉱の中では有毒ガスが発生しやすく、ガスが充満すると爆発が起きます。

カナリアはその有毒ガスがわずかでも発生したら、はげしく反応する敏感な生き物なのです。

そこで、坑夫たちはカナリアを入れた鳥かごをぶら下げて坑内へ入っていき、そしてカナリアに異変があればすぐに外へ脱出していました。(p42)

この説明からわかるとおり、カナリアは、有毒ガスに対する、「変化した」と感じられる最小の差異(丁度可知差異)が、人間よりもはるかに小さな生き物です。ちょっとした変化に気づいて危険を察知できます。

今日においては、火災探知機や、ガス漏れ警報器が、同じような役割を果たしています。わずかな変化に鈍感な人間は、敏感なアラームを作り出すことによって、危険にあらかじめ備えてきました。

しかしながら、炭鉱のカナリアや探知機がない時代、人類はどうやって、危険をあらかじめ察知し、生き延びてきたのでしょうか。

わずかな変化に気づける「差次感受性」

興味深いことに、わたしたち人間の感覚の感受性の強さは一律ではありません。たいていの人は変化に鈍感ですが、中には、違いに目ざとく、丁度可知差異がきめ細やかな人たちがいます。

ちょっとした変化に敏感で、寒暖の差で体調を崩しやすかったり、化学物質や添加物に反応しやすかったり、ささいな言葉に傷つきやすかったりする、ストレスに敏感で不安定な人たちです。

これまで、そうした敏感な人たちは、打たれ弱くもろい性質を持っているとみなされてきました。過敏さは様々な精神疾患のリスク因子であるとしばしば言われています。

しかし、それはどうにも不思議な話です。もし敏感さが、弱さや欠陥であるのなら、いつの時代も、どこの文化にも敏感な人たちがいるのはどうしてでしょうか。

敏感さが人類にとって不都合なものなら、とっくの昔に遺伝的に淘汰されて、いまごろはごくまれな遺伝子の突然変異によってのみ生じるような病気になっていたはずでしょう。

しかし現実にはそうではなく、敏感な人たちは、どの文化でも一定の割合、約5人に1人もの割合で存在しているとされています。

そうなったのは、敏感な人たちが人類社会においていつの時代も必要とされ、ときには社会的な成功も収めて、敏感さをもたらす遺伝子が脈々と受け継がれてきたからにほかなりません。

近年、こうした敏感な人たちは、エレイン・アーロン先生によってHSP(Highly Sensitive Person)と名づけられ、 敏感さのマイナス面ではなく、プラス面、つまり敏感であることのメリットが研究されるようになってきました。

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち
エレイン・N・アーロン博士が提唱した生まれつき「人一倍敏感な人」(HSP)の四つの特徴について説明しています。アスペルガー症候群やADHDと何が違うか、また慢性疲労症候群などの体調

そのメリットのひとつが「差次感受性」、つまり、丁度可知差異がきめ細やかで、わずかな変化にも目ざとく反応できることだといいます。

ひといちばい敏感な子では、エレイン・アーロン先生が、「差次感受性」についてこう説明しています。

しかしながら、本書を書いて以降、ジェイ・ベルスキーとマイケル・ブルースによって、敏感さのマイナス面ばかりに注目するのは間違いだと指摘され、「差次感受性(differential susceptibility)」というテーマが、子どもの成長に関する研究で注目を集めるようになりました。

HSCは周囲から、反応が強いとか、身体面でのストレスを受けやすい、内気、引込み思案、あるいは、抑うつや不安症に関係する遺伝子を持っていると評価されることが多いのですが、これらのいずれの面も、例えば良質の子育てを受けるなど、よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用します。(p434)

人一倍敏感なHSPの人たちは、単にストレスを受けやすかったり、精神的にもろかったりするわけではなく、良い影響にも、悪い影響にも、目ざとく反応する「差次感受性」を有していたのです。

そして、悪い環境に目ざとく反応してストレスを受けやすい、ということは、裏を返せば、鈍感な人たちよりも、潜在的な危険に気づきやすいということでもあります。

お気づきのとおり、この性質は、鉱夫たちが用意した「炭鉱のカナリア」とよく似ています。先ほどの「敏感すぎる自分」を好きになれる本は続けてこう説明しています。

HSPは炭鉱におけるカナリアのように、地球上で起きている異変や異常をいち早く感じ取り、そして体に変化をきたします。

…人口全体に対して20%ほどいるHSPのおかげで、これまでに人類は危険や異常をいち早く察知することができ、現在まで種を保存できたのかもしれません。(p42)

人類は、危険を察知するためにさまざまな警報装置を考案してきましたが、そうするまでもなく、もともとアラームが存在していたのです。

それこそ、人口の約20%を占めるHSPであり、彼らは高台に立つ見張り番のように、迫り来る危険を真っ先に感じ取り、警告を伝える役割を果たしていたのでした。

今日、HSPの人たちは、さまざまなストレスを抱えて体調を崩しがちです。理解に欠ける周りの人や、鈍感な医師は、それを単なるストレス耐性の弱さや、気の持ちようだとみなすかもしれません。

しかし実際には、HSPの人たちが体調を崩すとき、それは人類社会のひずみや潜在的リスクをいち早く察知して、反応しているということにほかなりません。

それはたとえば、睡眠を軽視して働き続ける24時間社会のひずみ、愛着が薄れて自然な家族の結びつきが消えつつある影響、抗生物質や化学物質を乱用して微生物の多様性が失われつつあるリスクなどかもしれません。

いずれにしても、敏感な人が体調を崩すとき、それは単なる気の持ちようではなく、「有毒ガスがわずかでも発生したら、はげしく反応する」カナリアと同じことが起こっていて、人類の8割を占める鈍感な人が気づいていない社会全体に漂う違和感を感じ取っているのでしょう。

脳の「神経可塑性」を引き出すカギ

では、HSPの人たちの持つメリットは、単に危険を早めに察知できることだけなのでしょうか。

もしそうなら、周りの社会全体には、警報探知機としての利点があるかもしれませんが、本人にとっては、人よりも体調を崩しやすいというデメリットしかないように思えます。

実のところ、「差次感受性」を持つHSPの人たちに備わる主なメリットは、炭鉱のカナリアのように危険をいち早く察知できることではありません。

少し前のところで、エレイン・アーロン先生が「差次感受性」について説明していたとき、どんな特徴があると述べていたか覚えているでしょうか。もう一度ひといちばい敏感な子から引用してみましょう。

HSCは周囲から、反応が強いとか、身体面でのストレスを受けやすい、内気、引込み思案、あるいは、抑うつや不安症に関係する遺伝子を持っていると評価されることが多いのですが、これらのいずれの面も、例えば良質の子育てを受けるなど、よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用します。(p434)

HSPが炭鉱のカナリアのように危険をいち早く察知するというのは、この説明の前半部分と関係している点です。「反応が強い」とか「身体面でのストレスを受けやすい」ということが、個人としてはデメリットに思えても、人類社会全体から見た場合にはメリットになることがある、という意味にすぎません。

それに対し、「差次感受性」の主なメリットは、後半の説明に関係しています。それは、「よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用 」するということです。

ひといちばい敏感な子によると「差次感受性」という概念を提唱したマイケル・ブルースは、その特徴について、こう説明しているといいます。

マイケル・ブルースは敏感な子どもに見られる、この「ポジティブな側面」に注目し、これを「敏感力(Vantage Sensitivity)」と名づけました。

…ブルースは「敏感力」を「回復力」と対比させ、回復力のある人は悪い出来事の影響を受けにくいが、おそらくよいことの影響も受けにくい可能性があると述べています。(p434-435)

「差次感受性」または「敏感力」を持つ人は、ストレスの悪い影響を受けやすい反面、良いことの影響もまた受けやすいのです。ストレスに打たれ強い普通の人は、逆にいえば、良い出来事から来る影響にも鈍感だといえます。

このような、悪い出来事の影響を受けやすく、良い出来事の影響もまた受けやすい、というのは、言い方を変えれば、よくも悪くも脳が変化しやすい、ということです。

水を含んだ粘土のように脳が柔軟なので、悪い環境によっても良い環境によっても、それ相応の形へと造り変えられてしまうということです。

このような、脳の柔軟さは、神経可塑性(しんけいかそせい)と呼ばれています。可塑とは、柔軟で変わりやすい柔らかさを意味する言葉です。

普通、わたしたちの脳は、幼少期に最も可塑性に富んでいます。三つ子の魂百までとはよく言われますが、 幼い時期には、良い経験も悪い経験も人一倍取り込んでしまうものです。しかし、大人になるにつれ、脳は変化しにくくなります。

しかし、「差次感受性」を持つ敏感な人たちは、この脳の柔軟さがひときわ強く、子ども時代だけでなく、成長してからも脳が可塑性に富んでいるため、良い出来事からも悪い出来事からも人一倍影響を受けやすく、強く反応してしまうというわけです。

以前の記事で詳しく説明したとおり、HSPの敏感さをもたらすセロトニンやドーパミン関係の遺伝子は、神経学者エレーヌ・フォックスによって「可塑的な遺伝子」とも呼ばれています。

敏感であるとはすなわち、粘土のように柔軟な脳をこねようとする、さまざまな感覚刺激という「指」に対する感受性が強く、他の人よりも脳の可塑性を引き出しやすい、ということなのです。

自分で脳を組み替える

しかしながら、HSPの人たちは、単に、良い環境にも悪い環境にも人一倍影響されやすい受動的な人たちなのでしょうか。

それではまるで、大海原を漂う船のようです。良い風が吹いていれば、順風満帆に航海できますが、ひとたび嵐がくると翻弄されて荒波にもまれます。天候が良いか悪いかは、自分で決めることはできず、ほとんど運任せで、常に波間に揺られて不安定です。

もしも敏感な人たちが、波間に漂うかのような浮き沈みの激しい人生を送るだけなのであれば、それではとても「敏感力」がメリットであるとは言えません。どちらに変化するか、自分では選べず、環境に依存しているからです。

大海原を漂う船に本当に必要なのは、良い天候に恵まれても、悪い環境に見舞われても、うまく船を乗りこなす技術です。環境にただもまれるだけでなく、環境に適応し、対応していく力がなければ、本当の意味で「敏感力」にメリットがあるとはいえません。

実を言えば、「差次感受性」を持つ人たちは、こうした適応力や対応力を育む才能を秘めています。単に、環境によって脳が可塑的に変化しやすいだけでなく、自分の意志で、脳を自ら変化させることもできるのが、優れたHSPの人の特徴なのです。

自分で自分の脳を変化させる、などというと、大言壮語に聞こえてしまいますが、それは「差次感受性」と深いつながりがあります。

脳の可塑性を引き出す最新の治療法の数々を研究したノーマン・ドイジは、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の中で、次のように述べています。

感覚刺激が音量を目一杯あげた音楽のように非常に強い場合、相応に変化の度合いが大きくなければ私たちはそのレベルが変わったことに気づかない。

しかし刺激がもともと小さければ、わずかな変化にも気づく。(生理学では、この現象はヴェーバー・ツェヒナーの法則と呼ばれる)

フェンデルクライスはATMのクラスで、ごく小さな動作によって感覚に刺激を与えるよう、生徒に教えていた。小さな刺激は感受性を劇的に向上させ、それはやがて身体の動きの変化へとつながる。(p269)

ここでは、先ほど触れたウェーバー=フェヒナーの法則が引き合いに出されていますが、ノーマン・ドイジが説明するように、小さな刺激に目ざとければ、感受性が劇的に向上します。

小さな刺激に目ざとい、というのは「差次感受性」を持つHSPの人たちの特徴でした。以前の記事で説明したとおり、HSPの人の過敏さとは、圧倒されるような大きな刺激に飲み込まれるわけではなく、ささいな刺激を増幅して感じてしまうということです。

生まれつき小さな刺激に敏感なせいで、わずかな変化にも気づく「差次感受性」が劇的に向上したのが、HSPと呼ばれる人たちなのです。

そして、今 引用した説明によると、そのもう一歩先があります。「小さな刺激は感受性を劇的に向上させ、それはやがて身体の動きの変化へとつながる」と書かれていなかったでしょうか。

感受性の強さは、自分の身体の動きを変化させることに役立ちます。どういうことなのか理解するために、引用文中で少し名前が出てきた、フェンデルクライスという人の説明に耳を傾けてみましょう。

フェンデルクライスは自著『フェンデルクライス身体訓練法―からだからこころをひらく』で、次のように述べている。

「鉄の棒を持っているときには、ハエがそこに止まったのか、そこから飛び立ったのかの違いを感じることはできない。しかし持っているのが羽なら、その違いを感じられるはずだ。

それと同じことは、聴覚、視覚、嗅覚、温度に対する感覚など、あらゆる感覚に当てはまる」(p269)

フェンデルクライスが述べるとおり、小さな刺激に気づく能力は、柔軟さによって成り立っています。「差次感受性に秀でた人は、鉄の棒ではなく羽のように柔らかな脳を持っています。

このモーシェ・フェンデルクライスという人は、一風変わった多彩な人で、ナチスの迫害を逃れた原子物理学者であり、黒帯柔道家であり、そして脳の可塑性を引き出す治療の専門家でした。

彼は科学者として、もともと学問の分野で目ざとい人でしたが、膝の怪我をきっかけに、自分の身体の機能も細かに分析するようになり、身体機能を改善するには、わずかな違いを感じ取る感受性が必要だと気づきました。

フェンデルクライスは、筋緊張に対する運動感覚性の気づきを用い、歩行を細かな動作に分割することによって、何週間ものあいだ、膝の問題にわずらわされずに歩くことができた。

「その動作がいかなるものかより、自分がそれをどのように実行しているのかを観察することに没頭していた」と書く彼は、動作に対する気づきを常に保ち、自分自身にフィードバックを与えて、そのとき実行している機能や脳の機能を変えることについて論じている。(p261)

フェンデルクライスは、自分の身体を客観的に観察し、ひとつの動作を細かなステップに分割して、いったい何が問題なのかを分析しました。そして、障害そのものは治せなくても、うまくいかない部分を特定すれば、そこを補って修正できることに気づきました。

これは、たとえるなら、時計の修理に似ています。何かが壊れた、というだけでは、対策しようがありませんが、どの部品が故障しているのか細かに分析できる人は、壊れた部分を差し替えて修理できます。

「差次感受性」を持つ人たちは、まわりの出来事の小さな違いに敏感なだけでなく、自分の身体や感情といった内面の感覚にも鋭く、細かに分析して問題点に気づくことができます。

そうすると、問題点を特定して組み替えて、故障した機能を補う方法を考案することができます。つまり、脳の機能や運動の機能が壊れたときにも、自分で解決策を見つけ出し、組み替えることができます。

これこそが、脳の可塑性を引き出す力です。

自分の脳を分析する「神経差異化」

感受性の強い人が、自分の心身の問題点を見つけ出し、脳の可塑性を引き出すとき、脳の中でどんなことが生じているのでしょうか。

わたしたちの行動は、身体的なものであれ、精神的なものであれ、脳のニューロンの発火によって生じています。

脳のニューロンには、際立った2つの特徴があります。

まず第一に、同時に発火したニューロンは結びつきを強めること。第二に、別々に発火したニューロンは結びつきを弱めることです。(p33-34)

一つ目の特徴について、ノーマン・ドイジは、こう説明しています。

    『脳は奇跡を起こす』で述べたように、マーゼニックは、脳内の差異化がいかに失われるかを解明し、二つの行為をあまりにも頻繁に同時に実行すると、「脳の罠」が生じると主張した。本来は差異化、すなわち区別されるべき二つの脳マップが融合してしまうのだ。

    彼は、サルの二本の指を縫合して同時に動かさなければならないようにすると、これら二本の指に対応する脳マップが融合することを示した。(p279)

説明の中では、二つの行為をあまりにも頻繁に同時に実行すると、区別されるべき二つの脳マップが融合してしまう、と書かれていました。

これはわたしたちの生活の中で、良くも悪くも頻繁に起こる現象です。

良い面を見れば、わたしたちがさまざまな習慣を身につけられるのはこの機能のおかげです。さまざまなことを同時にこなしているうちに、それがひとまとまりの脳の機能として融合し、ルーチンワークになります。

しかし、これには悪い面もあります。ギャンブルや過食などの悪い習慣が克服しにくいのは、それが日常的な活動と結びついてしまっているからです。

さきほどの引用文で紹介されていた、サルの指を同時に動かし続けると、脳マップが融合して、指を別々に動かせなくなるのも悪い結果の一つです。

これは人間においても、音楽家のフォーカルジストニアという症状に現れることがあります。フォーカルジストニアになると、無関係の指が別の動作につられて動いてしまい、正確な演奏ができなくなります。(p271)

【視聴メモ】リハビリケア新時代 脳からの挑戦2 ニューロリハビリ
NHKハートネットTV「リハビリケア新時代 脳からの挑戦」。第二回は、不治の病フォーカル・ジストニアに対するニューロリハビリについての特集でした。最後に感想を記します。

家を出るときにあらゆるものを確認せずにはいられない、といった強迫行為に陥ってしまうのもまた同様です。無関係な一連の行動をあまりにも頻繁に同時に繰り返すうちに、脳の中でそれらが結びついてしまうのです。

ノーマン・ドイジが述べるとおり、強迫的な行動は、脳の可塑性とは正反対のもの、柔軟性に欠けた機械的な行動です。

強迫的に行動したり、生活したりしようとすることは、多様なあり方でそうすることとは正反対である。

多様な行動とは異なり、強迫的な行動は、つねに同じやり方でなされ、皮肉にも多大な心的努力を要するため、気づかぬうちに機械的に実行される。(p305)

たいていの人は、強迫的な行動など、自分には関係ないと思っていますが、決してそうではありません。

強迫的な行動とは、「気づかぬうちに機械的に実行される」と書かれていますが、日常生活のさまざまな面を無意識の自動運転で、機械的に実行している人は少なくないでしょう。

多くの人は、考えるのをやめて、ただ習慣にまかせて行動しがちです。それにはエネルギーを節約するというよい面もありますが、さまざまな行動を深く考えず、ひとまとまりに実行してしまっているため、融通性がありません。

強迫性障害だけでなく、多種多様な精神疾患を抱えている人は、強迫的な行動によって、気づかぬうちに負のループにはまってしまっていることがあります。

染み付いた生活習慣や考え方の癖、根強い思い込みなどが症状を悪化させているにもかかわらず、それらすべてを自動的に、ひとまとまりの行為として無意識にこなしているので、どこに問題点があるか気づけません。

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それに対し、「差次感受性」を持つ人は、先ほどのモーシェ・フェンデルクライスのように、自分の行為を観察し、分析し、細かい要素要素にわけて考えることができます。

これは、脳の可塑性を引き出すのに必要な「神経差異化」と呼ばれるステップです。

差異化とは「さまざまな運動のあいだで、できる限り小さな感覚的区別を行うこと」と説明されています。(p268)

無意識のうちに、ひとまとまりに行ってしまっている行動や思考を、意識的に分析し、できる限り小さな感覚的要素に区別していくことで、問題点を見つけ出し、修正することができます。

先ほど見た脳の神経の特徴のうち、2つ目は、別々に発火したニューロンは結びつきを弱める、ということでした。

融合してひとつの習慣になってしまっていた行動や思考を、「神経差異化」によって区別できれば、それぞれを切り離すことが可能になります。

ちょうど壊れた時計を分解する職人のように、問題となっている部分を区別して切り離し、思考や行動を改善していく。これによって、脳は組み替えられ、可塑的に変化していくのです。

自分で脳の可塑性を引き出した人

「差次感受性」に秀でた人たちは、細かな違いに敏感なので、自分の行為を意識的に分析して、問題点に気づき、克服していくのが上手です。

この脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の中には、そうした能力をフル活用して、症状を押さえ込んでいる若年性パーキンソン病の男性の経験が載せられています。

南アフリカのジョン・ペッパーは、もともと強迫的な仕事中毒で、どんなに疲れていても気づかないタイプの人間でした。無意識の自動運転の生き方によって知らず知らずのうちに多くのストレスを溜め込んでいたようです。(p86)

彼は30代半ばになったころ、マイケル・Jフォックスと同様に若年性パーキンソン病を発症し、さまざまな症状に苦しめられるようになりました。

しかしジョン・ペッパーはそこからが違いました。もともと「差次感受性」に秀でていたのでしょう。これまでは仕事に用いていた集中力を、自分の身体の分析へと向けます。

パーキンソン病の症状が、自分の動作のどの部分に現れているのかを細かく分析し、ひとつひとつ入念に対策を練り、段階的な運動の訓練に取り組み続けました。

彼は一歩一歩に注意を集中していれば、普通に歩けるようになった。今日でも「一度に一歩ずつ」などと単に自分に言い聞かせるのではなく、もっとはるかに細かい動作の観察をしている。

後方になった左足の上げ方、膝の曲げ方、つま先の使い方にいちいち気をつけながら、足が十分に体重を支え、右足が地面から離れてまっすぐに伸び、右足のかかとを地面につけ、そのあいだに反対側の腕が振られるよう、そして体全体が前かがみにならないよう注意しているのだ。(p101)

こうして彼は、長い期間努力した結果、パーキンソン病の症状のほとんどを押さえ込むことができるようになります。といっても、それはパーキンソン病が治ったというわけではありません。

そうではなく、脳の可塑性を引き出して、失われた能力を補う方法を見つけたのです。

ペッパーは大脳基底核が正常に機能していないために、子どもが初めて歩行を学ぶときのように、前頭前野や皮質下の神経回路を活性化することで、おのおのの動作に密接な意識的注意を払うすべを学ばねばならなかった。

いわば、彼の動作の指令は、大脳基底核を迂回しているかのようだ。(p106)

ペッパーが行ったのは、「差次感受性」を働かせて、自分の行動を詳しく分析し、「神経差異化」を生じさせることでした。

それまでは無意識のうちに自動運転で行っていた歩行などの動作を、細かいステップに分割し、どの機能がうまくいっていないかを突き止め、壊れた脳機能(この場合は大脳基底核)を、べつの脳機能で補うよう訓練していったのです。

それによって、失われた脳機能を補う別の脳のネットワークが作られていきました。ちょうど目の見えない人の視覚野が柔軟に反応して触覚に割り当てられるように、ペッパーの脳が可塑的に変化し、適応したのです。

ペッパーは、自分の脳に「手を貸す」のに他人を必要としない。

なぜなら彼は、損傷を負った黒質や大脳基底核の機能を脳の健康な部位に引き継がせて、動作の流れを維持し、動作の流れを開始する方法を発見したからだ。

しかもただ動作を開始するだけでなく、動作の流れを維持し、十分な歩行によってつねに成長因子に刺激を与えることで、脳の神経回路を改善する方法を発見したのである。(p108)

ジョン・ペッパーは、自分の行動を意識的に分析し、細かな違いを見分けることで、『自分の脳に「手を貸す」のに他人を必要としない』で、自ら脳の可塑性を引き出しました。

ですから、「差次感受性」を持つ敏感な人たちは、ただ良い環境にも悪い環境にも受動的に反応する、というだけではありません。

「差次感受性」を内側に向けて、自分自身の心身を分析することに用いるなら、荒波のもとでも船をコントロールするかのように、まわりの環境によらず自分で脳の可塑性を引き出すことができるのです。

脳の可塑性を引き出すことは誰にでも可能?

それにしても、ジョン・ペッパーが行ったようなことが、他の人にもできるのでしょうか。だれでも意識的に自分を分析することで脳の可塑性を引き出せるのでしょうか。

残念ながら、多くの人はペッパーと同じようにはできないでしょう。

ペッパーはおそらく、この記事で考えてきたHSPや差次感受性といった、人一倍敏感な感受性の持ち主だったのだと思います。

「差次感受性」を持っている人、細かい違いに気づけるほど敏感な人でなければ、自分の心身をそれほどまでに細やかに観察して、対処していくことはできません。

生まれつき敏感なHSPの人は、多く見ても5人に1人であり、そのうち感受性をうまく活用して自分の内面を分析できる人はさらに少数ではないかと思います。

ジョン・ペッパーは、あまりにうまく対処しているせいで、じつはパーキンソン病ではないのではないか、と患者会から非難されたようですが、どんな病気の患者であれ、まれに本当にその病気なのか疑問に思われるほど適応している人がいます。(p117)

たとえば、ALSのスティーブン・ホーキング博士や、医師に10年後は動けないと言われたのに25年経っても俳優として活動しているマイケルJ・フォックスなどがそうでしょう。

そうした一部の例外的な患者は、「差次感受性」に秀でていて、大半の人が自動的にこなしてしまうことを意識的に分析し、自ら脳の可塑性を引き出して、失われた能力を補っているのだと思います。

このような対処はほとんどの人には困難なので、彼らは例外的とみなされます。たいていの人は、『自分の脳に「手を貸す」のに他人を必要としない』ような敏感力を持ち合わせていないからです。

感受性豊かな人の手助けを活用する

しかし、たとえ、自分で自分の脳の可塑性を引き出せる特異な力は持っていないとしても、だれかに手を貸してもらえれば、脳の可塑性を引き出せる人は大勢います。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線によると、73歳の女性ウィルナ・ジェフリーは、14年パーキンソン病を患っていましたが、ジョン・ペッパーを通して、意識的動作のテクニックを教わることで、車の運転や、ゴルフやテニスもできるようになりました。(p111-113)

しばらく前に登場した物理学者また黒帯柔道家のモーシェ・フェンデルクライスも、「差次感受性」に秀でた人だったと思われます。

彼の家族の特徴は「生涯にわたる学習」で、84歳の母親が柔道技を学んで彼を投げ飛ばしたといったエピソードもあるので、おそらくは代々強い感受性を持つ家系だったのでしょう。(p304)

フェンデルクライスは、自分の考案したテクニックを用いて、脳性麻痺の子どもや脳卒中の後遺症を抱える人などの動作の神経差異化を助け、固縮した筋肉を動かせるようにしたそうです。

こうした例は、自分で脳の可塑性を引き出すのが難しい人でも、鋭い「差次感受性」を発揮する治療者の手を借りれば、脳を変化させていけることを物語っています。

身近なところで言えば、優れた心理療法士が、精神疾患を持つ人たちをカウンセリングして「気づき」をもたらすのもこれと同じです。

感受性豊かな心理士は、患者が無意識のうちに自動化してしまって自分では気づけない問題を解きほぐし、自らの問題点を意識して、神経差異化ができるように助けます。

こうした感受性豊かな療法家の存在は、人類社会で、HSPの人がいつの時代もどの文化でも必要とされてきた理由の別の面を示しています。

人一倍敏感なHSPの人たちは、「炭鉱のカナリア」として社会全体の危険に目ざとく気づきますが、それだけでなく個々の人が抱える問題点にも目ざといので、泥沼にはまってしまった人々を立ち直らせる手助けができるのです。

神経差異化を訓練するバーチャル技術

近年では、こうした感受性豊かな治療者に恵まれない場合でも、自分で自分の可塑性を引き出す訓練ができる方法も開発されつつあります。

たとえば、脳神経学者V・S・ラマチャンドランが考案した有名な幻肢痛の治療法は、失った手足の痛みに苦しめられる人に、鏡によって架空の手足を見せて、正常な感覚を取り戻す訓練を施しました。

この方法では、鏡に映った架空の手足が、実際の手足のように思えて、脳にフィードバックが行くことで、痛みの感覚と融合してしまった手足の感覚を切り離す助けになります。

鏡の代わりに、デジタル機器を利用して、もっと様々な病気に応用できるようにしたのが、ニューロフィードバックです。自分の脳の神経の活動をモニタで観察しながら、リラックスしたり、自制したりする方法を学びます。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線の中で、ノーマン・ドイジは、ニューロフィードバックとは、ジョン・ペッパーやフェンデルクライスが手助けしたように、自分の行動を分析し、「気づき」をもたらすことで効果を上げていると指摘しています。

ニューロフィードバックは電気装置を用いるが、フェンデルクライス・メソッドと同じ原理によって作用するのだと私は考えている。どちらの方法も、神経の変化と神経差異化をもたらし得る、気づきを高めるからだ。

(フェンデルクライスは、自分の行なっている動作の感覚に対する気づきを洗練するよう生徒を訓練するとき、感覚によって提供されるフィードバックをもっと利用するよう鍛錬していたのである。)(p543)

ニューロフィードバックはたとえばADHDの子どもに効果があるとされていますが、ADHDの子どもが感受性の強さをコントロールして、うまく活用していけるよう助ける効果があるのでしょう。

また、近年、特に注目されているのはVR(バーチャルリアリティ)を用いた手法です。

VRを用いると、自分とは違う人の感覚世界をじかに体験できるので、自閉症や統合失調症、認知症などの人たちが、どう感じているのかを体験する手段になります。

VRは認知症の救世主となるか? | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン) はてなブックマーク - VRは認知症の救世主となるか? | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

このVRプロジェクトの目的は、認知症を理解するためだけではない。

当事者が何に困っているのか、それを防ぐために何が必要なのか、どんな支えや助けがいるのかを考えるための仮想体験でもある。

つまり、その人たちが見ている世界を知ることで、自分たちのするべきこと、あるべき姿を考えるプロジェクトである。

 仮想現実の世界の中で、現実では得がたい体験を擬似的に味わうことで、うつ病などの精神疾患の人の気づきを促進する治療にも用いられています。

バーチャル・リアリティは、うつ病の画期的な治療法になるかもしれない。 はてなブックマーク - バーチャル・リアリティは、うつ病の画期的な治療法になるかもしれない。

「バーチャル・リアリティのシナリオに、患者はひとりでに反応します。これは自分への愛着や、セラピストからの同情心を受け入れる近道かもしれないと、私たちは考えます」とブレウィン博士は言う。

「バーチャル・リアリティは遠方からでもアクセスできるので、セラピストに会いたがらない人にとっては有効な療法かもしれません」。

 こうした手法は、いずれも、非日常の体験を通して、いわば刺激を拡大することで、「気づき」を得るようを助けます。

最初に出てきた、ウェーバー=フェヒナーの法則によると、全体の大きさに対して、変化の割合が小さいと違いに気づきにくくなりますが、非日常のバーチャル体験は、変化を可視化してくれるので、違いに気づきやすくなるということです。

また、この本で説明されているとおり、思考の力に頼るでもなく、電気刺激や磁気刺激などの既存の治療法も、脳の可塑性を刺激することで効果を出しているので、可塑性を引き出すこと自体は、特に珍しいものではありません。

「脳は生まれてから死ぬまで可塑性を保つ」ことを最初に主張した医師ポール・バキリタは、2004年の論文で、脳は2%の神経組織が存在するだけでも別の機能を活用して再配線できると述べたそうです。(p354)

父ペドロは、大脳皮質から脳幹を経て背骨に至る神経の97%を失った。またシェリルは医師の診断によれば前庭器官の97.5パーセントにダメージを受けていた。

さらに他の症例は、神経組織の2パーセントが残存していただけでも、失われた機能の回復が可能であることを示していた。(p370)

「差次感受性」を持つHSPの人たちは、小さな違いを増幅させて感じるので、日常の中で脳を変化させる刺激を得られますが、たとえそうした能力がない人でも、さまざまな助けを借りれば、一時的に脳の可塑性を引き出す刺激が得られます。

病気であれ、障害であれ、失われた能力を補って脳を再配線する力はだれにでも存在していて、要はそれを引き出せるかどうかなのです。

「鈍感力」ではなく「敏感力」を活かす

この記事で見てきたとおり、「差次感受性」に秀でた敏感な人たちは、デメリットもある反面、大きなメリットも持っています。

悪い環境のあおりを受けやすく、ストレスや心身の不調を抱えやすい、という点だけをみれば、神経が過敏すぎる弱い人に思えてしまうかもしれません。

しかし、裏を返せば、潜在的な危険をいち早く察知できるというメリットがありますし、その感受性を学問や芸術に役立てたり、自分の内面を分析して神経可塑性を引き出すために用いたりすることもできます。

人一倍敏感な人の中には、過敏すぎる自分に悩んで、近年、聞かれるようになった「鈍感力」を羨ましく思う人もいるようです。

しかしHSPのポジティブな側面を「敏感力」(Vantage Sensitiviry)と名づけたマイケル・ブルースが述べていたように、鈍感な人は打たれ強い反面、良いことの影響にもまた鈍感です。

また鈍感な人は打たれ強いといっても、柔軟性に欠けるため、一度折れると回復するのが困難です。敏感な人は風に吹かれるとすぐ曲がりますが、竹のようにしなって、自分で脳の可塑性を引き出して立ち直る可能性もまた秘めています。

ですから、HSPの人たちは、「鈍感力」を求めるよりも、自分が持つ「差次感受性」のポジティブな側面をよく理解し、「敏感力」をコントロールしていくことを目指すべきではないでしょうか。

最後に、HSPの概念を提唱したエレイン・アーロン先生が、ひといちばい敏感な子の中で、HSPの人たちに向けて記した、励ましのメッセージを引用して終わりたいと思います。

ここを書くにあたり、本文を読み返してみることにしました。同じことを再び言うことになるだろうと予想していたのですが、再読してみて改めて、皆さんに送りたいいちばん重要なメッセージが見えてきました。

それは、世界は素敵に成長したHSPを必要としているということです。これは切実にです。

慎重に考え、深く感じ、ささいなことに気づき、最終的には大局を見ることができる人材を、今ほど必要としている時代はありません。

…親や教師の助けでHSCが自分の価値を知り、自分自身の視点を育て、周囲の敏感でない人とうまくやっていく方法をも見つけることができれば、それ自体が、世界全体を大きく変えていくことになります。(p438-439)

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