無自覚の「潜在的睡眠不足」(PSD)が内分泌・代謝機能に慢性的な影響―子どもの疲労と関係する調査も

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立精神・神経医療研究センター(NCNP)の北村真吾先生、三島和夫先生らのグループによる研究で、多くの人が自覚できない睡眠不足を抱えていて、糖代謝、細胞代謝、ストレス応答など内分泌機能が影響を受けていることがわかりました。

プレスリリース詳細 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター

 

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研究チームは、この無自覚の睡眠不足を「潜在的睡眠不足」(potential sleep debt)と名づけて、生活習慣病などさまざまな病気のリスクになると警鐘を鳴らしています。

また、潜在的睡眠不足が子どもの健康にも影響を及ぼしていることを示す、大阪市大の水野先生の調査も同時期に発表されていたので、潜在的睡眠不足と子どもの慢性疲労との関わりについても取り上げます。

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自覚できない潜在的睡眠不足(potential sleep debt)とは

今回の研究では、健康な成人男性15名を対象に、それぞれが普段の生活の中での実際に寝ている睡眠時間(習慣的睡眠時間)と、体が本当に必要としている睡眠時間(必要睡眠時間)とが比較されました。

まず、彼らが普段の生活の中で実際に寝ている睡眠時間(習慣的睡眠時間)は、ある程度のバラつきがありましたが、平均すると7時間22分だったそうです。

これは、全国調査の同年代(平均23歳)の睡眠時間とおおむね同じで、睡眠ポリグラフ試験による厳密な調査でも、健康な23歳の睡眠時間は平均約7.3時間と見積もられているようです。

つまり、研究に参加した15人の男性は、とても平均的な睡眠をとっている現代人だといえます。彼らは健康であり、自分でも睡眠は十分にとっていると考えていました

しかし、研究では、本当に体が必要としている睡眠時間(必要睡眠時間)を割り出すために、特殊な実験室内で9日間にわたり12時間横になってもらいました。自由に寝たいだけ寝られる環境を用意したということです。

すると、次のような意外な結果が明らかになりました。

■初日の睡眠時間は10時間以上に達した
これは、普段の生活の中で、気づかない睡眠不足があったために、自由に寝られる環境になったことで、睡眠不足のリバウンドとして過眠が生じたことを意味しています。実生活においては、休日に睡眠時間が増えるという形で現れます。

■必要睡眠時間は平均8時間25分だった
その後、睡眠時間は減っていきましたが、平均8時間25分というラインで落ち着きました。これは彼らの普段の生活の習慣睡眠時間の平均である7時間22分と、1時間もの差があります。

■15人中13人が無自覚の睡眠不足
上の数値は平均値なので、人によってばらつきがあり、普段の習慣睡眠時間と、実験でわかった必要睡眠時間との差が大きい人もいれば、ほとんどない人もいました。しかしなんと、15名中実に13名、つまり大部分の人が無自覚の睡眠不足に陥っていました。

■無自覚の睡眠不足が内分泌機能に影響
それら、無自覚の睡眠不足に陥っていた人に十分な必要睡眠時間をとってもらうと、血糖値の改善、甲状腺刺激ホルモンの上昇、ストレスに関わる副腎皮質刺激ホルモンやコルチゾール濃度の低下など、さまざまな内分泌機能の改善がみられました。

こうした成果から、現代人の大部分が、無自覚の睡眠不足に陥っており、その結果として、慢性的な糖代謝や細胞機能、ストレス応答の不調を抱えていることが明らかになりました。

つまり、自覚していない慢性的な睡眠不足によって、普段のパフォーマンスが低下しているだけでなく、糖尿病などの生活習慣病をはじめ、ストレスが関与するさまざまな病気のリスクを抱えていることを示しています。

国立精神・神経センターの過去の研究でも、ウィークデイのほんの5日間ほど睡眠不足を続けただけでも、心身の健康に大きな影響が及ぶことが示されていました。

プレスリリース詳細 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター

 

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また、英国サリー大学の研究によると、1週間の睡眠不足によって、711個もの遺伝子の発現に影響が及んだともされています。

睡眠不足が711の遺伝子活動に影響を与える 英研究 - QLifePro 医療ニュース

 

研究チームは、このような、眠気などの症状が乏しいために本人はその存在を自覚できない睡眠不足を、「潜在的睡眠不足」(potential sleep debt)と命名して、警鐘を鳴らしています。

三島先生によると、この「潜在的睡眠不足」という呼称には2つの意味がこめられているそうです。

1つは「自覚できない」睡眠不足であり、標準的な睡眠習慣を送っているという安心感が伴うため、見過ごされているということ。

もう1つは、自覚できないがゆえに対処せず、心身への負担が長期間にわたって潜行する、ということだとされています。

睡眠についての間違った2つの常識

今回の研究は、睡眠について一般に流布している2つの常識の間違いを指摘するものでもあります。

1.「睡眠は◯時間必要」の間違い

メディアではしばしば、「8時間睡眠が必要」といった報道がなされ、万人に必要な睡眠の量が決まっているかのような言い方がされます。

たとえば、糖尿病やうつ病と睡眠時間の関係を調べた研究では、睡眠時間は長くても短くてもリスクが高まるとされていて、そこから、7-8時間睡眠が必要、という解釈がなされることもあるようです。

しかし、これらの研究のデータは、大勢の人の「平均」である、という大事な事実が見落とされています。

今回の研究でも、15名の参加者の必要睡眠時間の平均は8時間25分と出ましたが、だからといって、わたしたちみんなが8時間半の睡眠を目指せばよい、という意味に解釈するのは間違いです。

これは平均にすぎず、個々の人にとって必要な睡眠時間には大きなバラツキが見られました。

算出された必要睡眠時間には個人差がみられ、もっとも短い人で7.29時間(7時間17分)、長い人で9.26時間(9時間15分)と、約2時間の違いがみられました。

したがって習慣的睡眠時間からシンプルに潜在的睡眠不足度を推定することはできません。

ここで説明されているように、たった15名の参加者の中だけでも2時間ものバラツキがみられたわけですから、現実のわたしたちの必要睡眠時間はもっと多様なはずです。

メディアで「8時間睡眠」が必要と言われるからといって、自分の場合と比較して、自分は睡眠不足だ、または寝過ぎているという判断がすぐできるわけではありません。7時間で十分な人もいれば、8場間寝ていても潜在的睡眠不足を抱えている人もいるのです。

研究グループによると、自分が潜在的睡眠不足を抱えているかどうかを知る手がかりは、こうしたメディアで報道される平均値ではなく、休日の寝だめがあるかどうかだとされています。

例えば、本試験の被験者では睡眠延長初日に自宅よりも3時間ほど長く眠りました。休日に長時間の寝だめを行わないで済む睡眠時間の確保が、潜在的睡眠不足を予防する目標となるでしょう。

(睡眠リバウンドを自宅で概算するには、個室で、目覚ましをかけず、遮光カーテンを引いて自然に覚醒し、それ以上2度寝ができなくなるまで眠ってください。実質的に眠った時間を合計します)

今回の実験では、自由に寝たいだけ寝られる環境を用意したところ、潜在的睡眠不足(PSD)を抱えている人は最初10時間も寝てしまいました。休日に寝だめしてしまう人は、それと同じことが起きているといえます。

2.「短時間睡眠法」の間違い

もう一つ、ちまたでは、短時間睡眠法のメソッドが人気を集めていますが、今回の研究では、その害が的確に指摘されました。

まず、先ほどの必要睡眠時間のバラツキからすると、持って生まれた体質のために短時間睡眠ですむ人はいるにはいますが、それは万人に当てはまるものでは決してありません。

また、短時間睡眠法をうまく実践できて、睡眠を短縮できた人がいるとしても、そこには大きな落とし穴が潜んでいます。その人は自分では睡眠不足を感じていないかもしれませんが、無自覚の潜在的睡眠不足(PSD)が蓄積しているからです。

潜在的睡眠不足(PSD)を抱えている人は、実質、短時間睡眠を実践しているような状態にあるわけですが、実験によると、睡眠の質に問題が生じていたことがわかりました。

これは睡眠不足時には深い睡眠が最優先で保たれ、浅い睡眠やレム睡眠から削ぎ落とされることを示しています。

しかし本研究から、浅い睡眠やレム睡眠もまた代謝やストレス応答機能の維持にとって重要であることが明らかになりました。

巷で広まっている「短時間睡眠法」の問題点を浮き彫りにした結果と言えるでしょう。

潜在的睡眠不足(PSD)を抱えていると、睡眠のプロセスのうち、レム睡眠と、ノンレム睡眠のうちの浅い睡眠が少なくなっていました。深い睡眠にも浅い睡眠にもそれぞれ役割があり、浅い睡眠が少ないことによって、健康への影響が生じている可能性があります。

浅いノンレム睡眠だけでなく、レム睡眠も感情の重み付けに基づいて記憶を整理するような役割もあるようです。

潜在的な睡眠不足を抱えていたり、短時間睡眠法を実践したりしていると、レム睡眠や浅い睡眠が少なくなるせいで、心身の機能が乱れます。働く時間が増えているようで、全体的なパフォーマンスは低下し、ストレスを抱え込みやすくなっている可能性もあります。

以前の記事で紹介したとおり、近年の行動経済学の研究によると、時間がなく忙しいと感じる場合は、実際には時間ではなく処理能力が足りていないことが多く、休息の見直しが必要であることがわかっています。

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何より、短時間睡眠は、糖代謝、細胞機能の異常や、ストレスホルモンであるコルチゾールの増加など、体に慢性的な負荷を生じさせ、さまざまな病気のリスクを生じさせるので、長期的に見れば、人生の時間を大幅に削っていることにもなるでしょう。

三島先生は哲学者アルトゥル・ショーペンハウアーの名言を引用して、いみじくもこう述べています。

 最後に、連載第2回に取り上げたショーペンハウアーの名言を再掲する(注:私なりの意訳が入っています)。

『生は神からの借金であり、いずれは返済(永久の眠り=死)しなくてはならない。 当座の利息である睡眠を多めに払えば、借金完済は少し先送りされるだろう』

『潜在的睡眠不足』の持ち主は、少額のリボ払いを忘れて、大借金をしている人よりも早めに不渡りを出す危険性がある。

潜在的睡眠不足が子どもの慢性疲労を招く

最近の別の調査では、こうした睡眠不足の影響は、大人だけでなく子どもにも見られるという深刻な結果が出ています。

こちらは、最先端の疲労研究で知られる大阪市立大学による調査ですが、淀川区の子どもの疲労を調べたところ、平日の睡眠時間が短いほど疲れていることがわかったといいます。

大阪市 淀川区 【報道発表資料】脳科学で読み解く子どもの睡眠~ヨドネル6000人調査の結果報告会を開催します~

睡眠時間短いほど疲労 学年上がるにつれ蓄積 - 大阪日日新聞

調査結果によると、ここ数週間(回答時)で「疲れている」と答えたのは4割で、平日の睡眠時間が短いほど疲れている傾向がみられた。さらに、学年が上がるにつれて疲労度が増し、学習意欲も低下していることが分かった。

ここで「平日の」と書かれていることからわかるとおり、こうした子どもは、平日の睡眠時間が少なく、休日に寝だめする傾向がみられ、国立精神・神経センターにより命名された「潜在的睡眠不足」の状態にあります。

この調査のリーダーを担当した、大阪市立大大学の水野敬先生は、子どもの慢性疲労、小児慢性疲労症候群(CCFS)の研究にも携わっていますが、CCFSの発症リスクとして、慢性的な睡眠不足症候群(BIISS)が大きく関わっていることは、以前より指摘されていました。

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国立精神・神経センターの三島先生の研究が示すとおり、潜在的な睡眠不足は、単なる眠気や注意散漫をもたらすだけでなく、慢性的な身体機能の不調につながり、代謝や内分泌の異常をもたらします。

先日の研究が示すとおり、慢性疲労症候群(CFS)患者では、代謝機能の異常が存在することがわかっています。

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子どもの慢性疲労症候群(CCFS)でも、今回の国立精神・神経センターの研究で示されたような、糖代謝の異常や、ストレスホルモンの異常などがみられることがわかっています。

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また、今回の国立精神・神経センターの研究では、心身機能の種類によって回復までにかかる期間がまちまちである、という結果がみられました。

それは、十分な睡眠をとったとき、脳波上の眠気は2日目には解消された一方で、内分泌機能は、数日以上十分な睡眠をとって初めて回復した、ということでした。

この結果からわかるのは、週末の寝だめは、眠気の解消には役立ちますが、内分泌機能のような身体機能は回復させないということです。学生の場合も、週末に寝だめして休んだ気になっても、身体的疲労は見えないところで蓄積しているはずです。

近年では、塾やクラブ活動、受験勉強などにより、子どもの休息時間が大幅に減っています。夜遅くまで活動することでストレスがたまり、そのはけ口としてLINEなどのSNSを深夜まで続けてしまう子も増えています。

そうした過剰な負担のしわよせが、慢性的な睡眠不足症候群(BIISS)や潜在的睡眠不足(PSD)につながり、慢性的な疲労、さらには内分泌機能の異常などとして蓄積されていく、という点に保護者や教育者は留意するべきでしょう。

小児慢性疲労症候群(CCFS)と睡眠不足の関連性については、慶應義塾大学出版会による雑誌でも特集されているので、教育関係省はぜひ目を通しておくようおすすめします。

子どもの慢性疲労症候群の15~30%は難治性―「教育と医学」CCFS特集の感想
小児慢性疲労症候群(CCFS)についての特集が組まれた「教育と医学」2016年6月号の感想です。CCFSの患者の予後など、深刻な病気であることを理解できる情報が含まれています。

社会人であれ、子どもを持つ親であれ、自分や家族が十分に必要睡眠時間をとれているかどうか、またイライラや感情的な行き違い、身体的不調の原因は、じつは自覚していない「潜在的睡眠不足」(PSD)によるものではないか、吟味してみることが大切です。

 
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