「トマティス効果」―なぜ高周波音が聞こえてしまう人は感情がこまやかなのか

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なたは、他の人が気に留めない耳障りな音が聞こえて悩まされることがありますか?

ここでいう耳障りな音とは、耳鳴りのことではありません。耳鳴りを抱える人も持続的な音に悩まされますが、それとは別に、大半の人が気に留めない高周波音が聞こえてしまう人がいます。

この現象は、モスキート音としても知られていますし、電化製品の場合は、一種のコイル鳴きとみなせるかもしれません。

大半の人は大人になるにつれ、高周波音は聞こえにくくなりますが、中には、子どものころからずっと、高周波音が聴こえ続け、耳障りに感じたり、うっとうしく思ったり、あるいはあまりにずっと聴こえるせいで慣れきってしまう人もいます。

わたしの身の回りにも そんな人がちらほらといて、どういうことなのか疑問に思っていたのですが、最近読んだ脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線という本に興味深いことが書かれていました。

それによると、高周波音が聞こえてしまう現象は、おそらくは感情表現の豊かさとも関係しているようです。そして、それとは逆の、細かい感情の読み取りが苦手で、冗談を真に受けてしまうようなアスペルガー症候群など自閉症の人たちについて知る手がかりにもなります。

なぜ高周波音が聴こえることが感情の豊かさと関わっているのでしょうか。「トマティス効果」というキーワードを通して考えてみましょう。

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これはどんな本?

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線は、カナダ・トロントに住む精神科医ノーマン・ドイジによる、脳の可能性を引き出す最新治療の取り組みを解説した本です。

前著脳は奇跡を起こすに続いて、脳は大人になっても配線を組み替える柔軟さを持っているという発見、神経可塑性(しんけいかそせい)に注目し、いかにすれば、難治性の脳疾患を改善できるのか先進的な医師たちの多彩な研究が紹介されています。

ノーマン・ドイジは医師であるだけでなく、作家また詩人でもあるそうで、ご自身もまた神経可塑性に富んだ脳を最大限に活用しておられるように思います。

「トマティス効果」―人は耳で歌う

高周波音と感情表現とのつながりを発見をしたのは、1919年にフランスで生まれた医師アルフレッド・トマティスでした。

トマティスは未熟児として生まれ、さまざまな体調不良を抱えていたこともあって、自分で原因を究明しようと医学の道に進みます。

医師になったトマティスは、航空機製造工場に務める人たちが、絶え間ない騒音によって、一部の音域に対する難聴を抱えるということに気づき、騒音による聴覚障害という先駆的な発見をしました。

その時期にトマティスは、歌手だった父の同僚たちの診察もしていました。そのオペラ歌手たちは、声のコントロールが難しくなったため、のどの治療を求めて、耳鼻咽喉科のトマティスのもとを訪れたのでした。

ところが、トマティスは、そのオペラ歌手たちの問題が、のどにあるわけではない、という意外な事実に気づきます。当時の通説とは異なり、彼らは声帯を損傷したせいで声の質が悪化したわけではありませんでした。

トマティスは、彼らに航空機製造工場の従業員のときと同じ検査をしてみて、共通点があることを発見しました。オペラ歌手たちもまた、騒音被害による難聴を抱えた人たちと同じく、特定の音域における難聴を抱えていたのです。

トマティスは、オペラ歌手たちの声の質の低下は、のどの声帯の問題ではなく、聴覚障害によるものではないか、と推察します。

つまり、特定の周波数のもとでは、歌手は、歌うことで頭蓋内に生じる音の強度のために、自らの聴覚能力を損なっているとも言える。

要するに、彼らの歌が劣化するのは聴覚能力が低下するせいだ。(p441)

オペラ歌手たちは、自分の大音量の声を聞くせいで、あたかも騒音被害のような形で、一部音域に対する聴覚障害を抱え、それが、歌の質を劣化させていたのです。

このことから、トマティスは「人は耳で歌うのだ」という前代未聞の主張を展開します。(p441)

そして、彼の発見はフランス医学アカデミーとフランス科学アカデミーで認められ、「トマティス効果」と名付けられます。

その意味するところは、次のようなものでした。

「発することのできる声の周波数は、耳が聴くことのできる周波数のみである」(p442)

耳と声、聴くことと話すことは、一見別のもののように思えますが、トマティス効果によればそうではありません。

そもそも、わたしたちが話せるようになるのは、耳で聴くことから始まります。母語を学ぶときも、第二言語を学ぶときも、まず話される言葉を聞いて、それを念頭に置きながら自分で発音することによって習得していきます。

トマティスは、さまざまな国籍の人が、自分の言語に合った音域の聴き取りに秀でていることも発見しました。わたしたちの耳は、それぞれの国の母語の音域に合わせて適応、発達していきし、それが発音の滑らかさにつながります。(p446)

裏を返せば、わたしたち日本人が英語を含め、他の言語の発音が難しいのは、単純に口に動きや声帯の機能によるものではありません。聴覚が日本語の音域に沿って発達するために、外国語の発音を十分に聞き取ることができず、その結果、声に出して発音することも難しくなるのです。

わたしたちは、耳で聞こえる範囲の音にしたがって、発音したり歌ったりすることができる、わたしたちの声の表現力は、聴こえる周波数の幅に依存している、これが「トマティス効果」なのです。

アルフレッド・トマティスは、そのほかにも興味深い発見をいろいろしていて、たとえば、パーティー会場などで、特定の人の声に注目できる「聴覚ズーム」、通称カクテルパーティー効果を見つけています。(p446)

また、耳が前庭系のバランス感覚に関係していることにも注目しました。これは自閉スペクトラム症の人たちが抱える身体感覚の異常、発達性協調運動障害とも関係しているようです。(p476)

なぜ感情がこまやかな人は高周波音に敏感なのか

トマティスの数々の発見の中でもとりわけ興味深いのは、音は周波数帯によって異なる役割を持っているということです。

特に、感情表現の豊かさに関わるのは高い周波数帯の音だといいます。

トマティスは、有名なオペラ歌手エンリコ・カルーソーの歌声を分析したところ、彼が最も華々しく美しい声で歌った期間の歌声は、高周波音に富み、低周波音に欠けていることを発見しました。(p443)

オペラ歌手としての美しい感情表現は、高周波帯域の音に依存していたのです。

これは、単に高い声は感情表現豊かで、低い声は単調だという意味ではありません。声には様々な周波数の倍音(基本の周波数を何倍かした周波数を持つ音。オクターブが上がった音が重なる)が混ざっています。

自身もトマティスによる治療を受けた心理士ポール・マドールはこう言います。

「音に生命を与えるのは高い周波数です。低くても、高周波数帯域の倍音に富んだ(……)生き生きとした声を出すこともできます。

逆に言えば、高くても倍音が貧弱で、か弱く魅力のない声も出せます。誰でも低音の〈オーム〉は発することができますが、高音なくしては平板に聴こえるのです」(p520)

オペラ歌手の歌声に美しさを与えるのが高周波音であるように、わたしたちの話し声を生き生きとしたもの、感情表現豊かで魅力的なものにするのもまた高周波帯域の倍音なのです。

倍音は楽器ごとの音色の違いとも関連していて、たとえば澄んだ音のフルートに比べ、ヴァイオリンが非常に味わい深い複雑な音色をしているのも、この高周波数帯域の倍音に富んでいるせいです。

高周波音が聴こえるから感情がこまやかに?

この発見を、「トマティス効果」に照らすと、次のようなことに気づきます。

すなわち、感情表現豊かに話せる人は、もともと話し声のうちの、感情表現に関わる倍音、つまり、高周波帯域の音が聴こえるので、生き生きと話せるのではないでしょうか。

以前の記事で紹介したように、近年、とりわけ感情がこまやかで、繊細な感性を持つ人たちは、HSP (Highly Sensitive Person)、つまり人一倍敏感な人たちと呼ばれるようになっています。

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち
エレイン・N・アーロン博士が提唱した生まれつき「人一倍敏感な人」(HSP)の四つの特徴について説明しています。アスペルガー症候群やADHDと何が違うか、また慢性疲労症候群などの体調

「敏感すぎる自分」を好きになれる本によると、HSPの人たちの中には、音に普通以上に敏感な人もいるようです。

たとえば、聴覚であれば、ほかの人たちが気づかないような小さな音が気になりますし、突然大きな音がしようものなら、飛び上がるほど驚いてしまうはずです。(p38)

このような音に対する過敏さは、感情を揺さぶる高周波帯域の音が聴こえるという鋭敏な感覚とも結びついているのでしょう。

そして、ここまで考えてきた「トマティス効果」からすると、HSPの人の感情がこまやかで、人の気持ちを汲み取る能力に長けているのは、もともと感情が豊かだったというよりは、生まれつき聴覚の感受性が強かったことに由来するのかもしれません。

つまり、生まれたときから、あるいはお母さんのお腹の中にいたころから、感情表現に関わる高周波帯域の音に敏感だったため、感情表現が発達し、人の気持ちをより深く汲み取るようになり、こまやかで繊細な感性を発達させていくのではないでしょうか。

HSPだから高周波音に敏感だ、というよりは、生まれつき高周波音に敏感なせいでHSP特有の共感性豊かな性格が発達していく、ということではないでしょうか。

HSPの人の中には、文学や詩など、言語的な感性に優れた人も多いですが、高周波音は、右耳とそれに関連する左半球の言語領域で処理されるという点と関係しているのかもしれません。

わたしたちの脳は、多くの場合、左半球に言語機能に特化した領域が存在していますが、脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線によると、コミュニケーションの上手な人は、右耳で高周波音を聞いて、すぐさま左半球で処理することに長けているようです。(p451)

冒頭で触れた、わたしの身の回りにいる、高周波帯域が聴こえる人たちも、考えてみれば、コミュニケーションに秀でたHSPや、感受性の強いADHDの傾向を持つ人たちばかりです。

わたしの身の回りの少数例だけで判断するのは早計ですが、このような他の人には聞こえない高周波音に敏感な人たちは、共感能力の高いHSPの人たちでもあるのかもしれません。

なぜ自閉症の人は平板な話し方をするのか

それでは、もし高周波帯域の音が感情表現のこまやかさと関係しているのだとしたら、その逆、つまり高周波数帯域が聞こえない場合は、どのような影響が生じるのでしょうか。

以前の記事で説明したとおり、感受性豊かなHSPと対極にあるのは、他の人の気持ちを読み取ることが難しいとされる、自閉スペクトラム症の人たちです。

トマティスは、自閉症の子どもたちが他の人の気持ちを読み取るのが難しいのは、低周波数帯域の音が聞こえすぎて、高周波数帯域の音が覆い隠されてしまうせいではないか、としています。

トマティスの示すところによれば、自閉症、学習障害、発話や言語能力の発達の遅れを抱える子ども(および複合的な耳感染を抱える子ども)の多くは、中耳の筋肉によって低周波数帯域を抑制できないために、人間の音声の周波数に波長を合わせられない。

低周波数帯域の音が大きな音量で押し寄せてくると、高周波数帯域の音声は覆い隠され、自閉症の子どもを、音、とりわけ電気掃除機や警報などの持続音に対して過敏にする。(p495)

自閉症の人たちは、HSPの人たちとは別の意味での過敏性を持っています。

どちらも感覚過敏という言葉で一緒くたにされがちですが、実際にはかなり異なる性質を持っている、ということは以前に詳しく説明しました。

HSPの人たちの過敏性は、他の人たちが気づかないようなささいな感覚や、小さな違いに鋭敏であること、また受け取った感覚が増幅されてより大きく、より深く感じてしまうことでした。

それに対し、自閉症の人たちの感覚過敏は、情報が整理されず、ふるいわけられることもなく、洪水のように押し寄せてくることだと言われてます。

さまざまな自閉スペクトラム症の人たちの手記を分析した自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐では、彼らの感覚過敏の性質について、こう書かれています。

同時に入力された刺激の中からある刺激を選択して、状況に応じて適切に反応すること、つまり事態に即応した行動ができないばかりでなく、一層悪いことに激しい混乱状態に陥ることを示すこの記載は、自閉症に付随するいろいろな問題行動がさまざまなレベルの感覚異常によって生じている可能性があることを示唆している。(p211)

自閉症の人たちの感覚異常は多くの情報が選り分けられず押し寄せてくることであり、聴覚刺激の面でも同様のことが起こっているようです。

話し声が心地よく感じられない

では、押し寄せてくる低周波音の洪水のせいで、高周波音が覆い隠されてしまうと、どのような影響が生じるのでしょうか。

先ほどのポール・マドールの説明からすると、高周波音が聞こえないからといって、会話の声そのものが聞こえなくなることはありません。

しかし、高周波数帯域の倍音は「音に生命を与える」要素なので、それが欠けると、声には魅力がなくなり、平板に聴こえてしまいます。

もしも、生まれたときから、話し声がそのような聞こえ方をしていたら、子どもの感性はどのように発達するでしょうか。

耳にする話し声の魅力的な部分が削ぎ落とされていれば、そもそも話すことやコミュニケーションに魅力を感じないでしょう。

また、話し言葉のうちの微妙な感情を伝える部分が聞こえないなら、言葉の内容を超えた繊細なニュアンスに気づくことができないでしょう。

自閉スペクトラム症の中でも、言語能力に秀でた人たちは、アスペルガー症候群と呼ばれています。彼らは、話したりコミュニケーションをしたりすることはできます。

しかし、微妙な空気を読むことが難しく、冗談を真に受けてしまったり、抑揚のない無機質な話し方をしたり、言葉に込められた感情以外の要素、たとえば語呂やリズムを好んだりもします。

ひといちばい敏感な子には、そのような特徴についてこう書かれています。

アスペルガーの子は、コミュニケーションを取りたがりますが、人の話を聴いたり、話すタイミングを直感的に理解することができず、なかなかうまくいきません。

婉曲表現や皮肉を理解する、秘密を守る、顔色を読む、といったことも苦手です。誰も興味がないような事柄について、淡々と話すことがよくあります。(p66)

そうなってしまうのは、話し言葉のうち、感情やニュアンスを伝える高周波数帯域の音が聞き取りにくく、表面的な内容や字句通りの意味やリズムを伝える低周波数帯域の音によって覆い隠されてしまうせいなのかもしれません。

自閉症の原因については、これまで諸説唱えられていますが、中には他の人への共感性が欠如している「心の理論」の障害だという意見もあり、自閉症は、心の目が盲目である、という無思慮なレッテルを貼られてきました。

しかし、近年明らかになっているとおり、自閉症の人たちは、決して共感能力がないわけではなく、人の気持ちを理解できないわけでもありません。

アスペルガーは「共感性がない」わけではない―実は定型発達者も同じだった
アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム)の人は「共感性がない」と言われていますが、実際にはそうではなく、むしろ定型発達者も共感性に乏しいという研究を紹介しています。

ここまで考えてきたことからすると、他の人の感情を汲み取りにくくなるのは、自閉症の原因ではなく、感覚過敏のせいで会話が心地よく感じられないことからくる副次的な問題であるように思えます。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線はこう説明しています。

この他者の心に気づく能力の欠如は、感覚刺激を処理する脳機能の障害によって引き起こされる二次的な問題である場合が多い。

ポールは次のように指摘する。「感覚系の目的は、世界との接触を求めると同時に、感覚世界から自己を守ることにある。ところが感覚刺激に対して過敏に反応するようになると、その人は、外界を遮断するメカニズムを発達させ始めるのだ」(p496)

わたしたちは、なんであれ、心地よい、と感じることを繰り返し行い、不快に感じるものからは遠ざかります。

HSPの人が、なぜ生まれつき他の人への深い興味を持っているのか、そして自閉症の人たちが、なぜ人よりも物に関心を持ちやすいのか、という点もしかりです。

そうした違いが生じるのは、話し声という聴覚刺激が心地よく感じられるか、それとも不快に感じられるか、という点に源を発している可能性があります。

最近、自閉症の人たちは、愛着や共感に関するホルモンであるオキシトシンが不足していて、オキシトシン点鼻スプレーによって症状が緩和されるのではないか、とする臨床研究が進んでいます。

オキシトシン経鼻剤で自閉スペクトラム症(ASD)の前頭前野とコミュニケーション能力が改善(臨床研究)

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線によれば、自閉症の人たちでオキシトシンが不足するのは、もしかすると、聴覚の過敏さによる二次的なものではないかと考えられています。

オキシトシンレベルの低下の原因は現在のところ不明だが、おそらく二次的なものではないかと思われる。

以下に述べるように、多くの子どもの場合、聴覚刺激に対する過敏さのゆえにリスニングが苦痛になり、そのために聴覚野と脳の報酬中枢の結合が低下した結果である可能性が考えられる。(p494)

実際に、自閉症の子どもたちの脳の画像検査によると、声を聞くことに関わる聴覚皮質と、快感を感じることに関わる報酬系とが十分に結合していないことが発見されたそうです。

近年、リスニングがいかに自閉症の影響をうけるかを説明する一助となる「脳の配線の問題」について、神経科学者たちの理解が進んだ。

2013年7月、ダニエル・A・エイブラムズとヴィノッド・メノンが率いるスタンフォード大学の科学者たちは、自閉症の子どもにおいては、人間の声を処理する聴覚皮質と皮質下の報酬中枢の結合が不十分であることを明らかにした。

…その結果、声を処理する脳領域を報酬中枢に結びつける能力を欠く子どもは、発話を快く感じられなくなる。(p492)

自閉症の子どもたちは、高周波数帯域の音が覆い隠されてしまう聴覚過敏のせいで、話し声を聞くことが心地よく感じらず、その結果としてコミュニケーションを好まなかったり、苦手になったりしてしまう可能性があります。

また、以前の記事で取り上げたように、聴覚だけでなく視覚の過敏性も、自閉症の独特な性格特性の発達に影響しているようです。

顔を忘れるフツーの人、瞬時に覚える一流の人 - 「読顔術」で心を見抜く (中公新書ラクレ)では、自閉症の子どもは、生まれつきの視覚の過敏性のゆえに、他の人と目を合わせるのが難しかったり、細部に過度に注目する認知特性を発達させたりするのではないか、とされていました。

なぜアスペルガー症候群の人はポケモン博士になれるのに人の顔が覚えられないのか
自閉スペクトラム症(ASD)の人が持つ「細部に注目する」脳の傾向が、どのようにマニアックな記憶や顔認知と関係しているのか、という点を「顔を忘れるフツーの人、瞬時に覚える一流の人 -

自閉スペクトラム症では、視覚や聴覚を含むさまざまな感覚の統合に問題を抱えていますが、そうした通常とは異なる感覚入力によって、通常とは異なる脳が発達していき、特有の傾向が形作られていくのでしょう。

脳の慢性炎症が感覚統合を妨げる

ではなぜ、自閉スペクトラム症では、聴覚を含め、さまざまな感覚刺激が選り分けられず洪水のように押し寄せてくる感覚過敏が生じるのでしょうか。

まだはっきりとした結論は出ていませんが、この本では、近年、自閉症の脳に慢性炎症が発見されたことが取り上げられています。

2005年にジョンズホプキンス大学医学部のチームによって行われた研究によれば、自閉症者の脳は炎症を起こしている場合が多い。(p490)

2008年以来、五つの研究によって、かなりの数の自閉症の子どもは、子宮にいるあいだに脳細胞を標的とする母親由来の抗体を持つことが示されている。(p491)

このような慢性炎症は、脳のネットワークの発達に影響を及ぼし、感覚刺激の統合を難しくする場合があるようです。

慢性的な炎症は、神経回路の発達を阻害する。

自閉症の子どもにおいては、多くの神経ネットワークが「過少結合」され、脳の前面のニューロン(目的の追求や意図を理解する)と背後のニューロン(感覚を処理する)の結合が不十分であることが脳画像で示されている。

また、他の脳領域は「過剰結合」され、これは自閉症の子どもによく見られる痙攣発作の原因となっている。(p491)

脳に慢性炎症が生じる理由については、まだ十分解明されていませんが、おそらくさまざまな遺伝的要素や環境要因が絡み合っているのでしょう。

たとえば、その一つとして、以前の記事で紹介したような体内の免疫異常が大きな役割を果たしているのかもしれません。

近年の発見によれば、先進国を中心とする腸内細菌の多様性の減少が、自閉症を含む脳の慢性炎症や自己免疫疾患の増加と関連していることが示唆されています。

自閉症や慢性疲労症候群の脳の炎症は細菌などの不在がもたらした?―寄生虫療法・糞便移植で治療
ジョンソン夫妻は、ローレンスが熱を出すたびに興奮状態や自傷行為といった自閉症の最も激しい症状が和らぐことに気づいていた。 彼らは半ば冗談のように、「ローレンスの病気を治すため

この点の解明には、さらなる研究の進展や治療法の開発を待つ必要がありそうです。

いずれにせよ、自閉症は心の理論や共感性の障害である、という古い観点ではなく、脳の炎症とそれに伴う感覚過敏による症状である、という新しい観点が重要になってきそうです。

感覚刺激は脳の発達を左右する

この記事では、「発することのできる声の周波数は、耳が聴くことのできる周波数のみである」というトマティス効果をヒントにして、HSPや自閉スペクトラム症の人たちのコミュニケーションの違いを分析してきました。

どのような音が聴こえるか、という聴覚機能が、発する言葉や、感情表現を含めた脳の発達を左右する、という発見はたいへん興味深いものです。

モスキート音や他の人には聞こえないコイル鳴きが気になってしまう人たちは、じつはその敏感さが、自身の性格やコミュニケーションスキルなどにも影響しているかもしれない、ということを考えてみると興味が広がるかもしれません。

この記事では、「トマティス効果」とその周辺の話題にしぼって取り上げましたが、今回紹介した本脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線は、こうした感覚器官からの入力によって脳が形作られていく事例が豊富に載せられています。

わたしたちは、脳はすべてをコントロールする司令官のようなものだと考えがちですが、実際はさまざまな感覚器官からの入力こそが、粘土のように柔軟な脳をさまざまな形へとこねあげていく陶芸家なのです。

そしてそれは、裏を返せば、外部からの感覚入力を工夫すれば、脳に影響を及ぼせる、ということも意味しています。

たとえば、聴覚について扱った部分の続きには、特殊な音域を強調するフィルターを用いて自閉症や学習障害を治療するトマティス療法家の取り組みや、サウンドセラピーやニューロフィードバックによるADHDの治療などが紹介されています。

そのほかにも、光刺激によって細胞を活性化させる低強度レーザー、舌への電気刺激によって脳を刺激するPoNS、体の気づきを促すフェンデルクライス療法など、さまざまな方法による病気の治療が取り上げられているので、興味のある人はぜひ読んでみてください。

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