このエントリは、「CFSの原因はレトロウイルスの感染にある」という国際ニュースを受けて書いた、一連の記事の3番目です。結局、このニュースは否定されましたが、ウイルスだけが原因だとする考えは、海外ではいまだ根強いようです。わたしはウイルスだけが原因だと考えるのは望ましくないと思っています。その2番目の理由をお書きしましょう。
(2)精神疾患を患う方々への差別にならないか
慢性疲労症候群(CFS)はウイルスが原因だ、と主張する人たちは、この病気が、心の病気(機能的疾患)ではなく体の病気(器質的疾患)だ、ということを知ってもらいたいようです。よく精神的な病気と間違われるので、身体的な辛さをわかってほしい、ということでしょう。その気持ちは、わたしもよく分かります。
しかし、慢性疲労症候群(CFS)はウイルスによるもので、精神疾患ではない、と主張して譲らないのは、うつ病をはじめ、精神疾患に苦しむ人たちに対する差別とはならないでしょうか。
精神疾患の患者も苦しんでいる
慢性疲労症候群(CFS)は体の病気であって、心の病気ではない、という主張には、精神疾患と思われては辛さが伝わらないのだ、という思いが見え隠れしているように思えます。精神疾患になるのはその人の弱さのせいだ、という誤解が絡んでいるのかもしれません。しかし、体の病気の患者も、心の病気の患者も、苦しんでいることに変わりないのです。精神疾患を患う人たちも、辛い身体的な症状を耐え忍んでいます。
そして、今や、体の病気と心の病気を分けることはいよいよ困難になっています。最近の研究で、「心」は化学物質の作用によって生じていることが明らかになってきました。慢性疲労症候群の研究もしている理化学研究所が、次のような成果を発表しています。
マウスの脳の特定な神経細胞を光で刺激して、記憶を呼び起こさせることに成功し、「心は物質の変化に基づいている」ことを実証しました。
このような数々の研究を受けて、今では、うつ病もいわゆる「気の持ちよう」「考え方」的な病気ではなく、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れた結果生じるのだろうという考えが一般的になっています。
書籍「疲労の医学」にはこうあります。
うつ病は環境、感情や性格によって起きる疾患と言われていましたが、近年の研究によれば、脳内の神経伝達物質の異常によることが明らかになってきました。慢性疲労も、うつ病と同様なストレス耐性の低下や睡眠の障害などの症状がみられるため、うつ病との鑑別は難しいのです p208
わたしには、うつ病の友人もいれば、統合失調症の友人もいます、その友人たちに、「きみは心の病気だけど、わたしは体の病気だから、ぜんぜん苦しさが違うんだよ」なんてことは決して言えません。
むしろ「本当に病気はどれも辛いものだね…、お互い助けあって対処していこう」と言いたいと思います。わたしには、どの病気の友人も大切です。みんな苦しい中で頑張っていることに違いはないのです。
精神障害もウイルスが原因かもしれない
さらに、もう一つ、興味深い研究をご紹介しましょう。慢性疲労症候群の原因がウイルスだと突き止められれば、うつ病との決定的な違いが明らかになる、と考えている人がいます。ところが、最新の研究によると、うつ病の症状もまた、ウイルスによって引き起こされている可能性があるのです。
東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授の近藤一博氏は、慢性疲労症候群(CFS)とヒトヘルペスウイルス(HHV)の関係について調べてきました。そして、確かにヒトヘルペスウイルスの再活性化が、疲労に関係していることを見出しました。書籍「疲労の医学」にはこう書かれています。
HHV-6は脳内では、前頭葉、側頭葉、海馬といった、思考や情動に関係する部位に高頻度に潜伏感染していることが知られています。
ウイルスが脳内に潜伏感染することは非常にまれなことなので、精神疾患などの脳の慢性疾患とウイルスが関係すると仮定すると、HHV-6は非常に有力な候補となります。p175
そして、研究により、ヒトヘルペスウイルスが潜伏感染している人に特に発現する、特異的な遺伝子タンパクを見つけました。そのタンパクは、気分障害の患者の半数以上に見られた上、それをマウスに投与すると躁状態になったそうです。つまり精神疾患はウイルスの感染や再活性化によって生じるのかもしれないということです。
同様の研究は他にもあります。書籍「脳と疲労ー慢性疲労とそのメカニズム」には、同じく潜伏するウイルスとしてボルナ病ウイルスが紹介されています。こう書かれています。
このボルナ病ウイルスが、統合失調症(精神分裂病)やうつ病などの患者の剖検脳で見出された。とくに注目すべきは慢性疲労症候群の患者からボルナ病ウイルス陽性が見つかったことである。p32
ボルナ病ウイルスは、脳の機能を抑制し、疲労感や学習記憶の低下を引き起こすそうです。マウスでは攻撃性が上昇しました。ウイルスの潜伏感染によって、肉体的な症状だけでなく、精神的な症状も引き起こされる、ということです。
必要なのは苦しみが認められること
精神障害も慢性疲労症候群も、どちらも同じ原因によって引き起こされているかもしれず、ただ症状の出方が違うだけという可能性もあるのです。
大切なのは、慢性疲労症候群(CFS)が、「気のせい」や「詐病」ではなく、患者は本当に苦しんでいるのだ、ということが何らかの仕方で客観的に分かるようにすることでしょう。そのためには、器質的であれ、精神的であれ、明らかな疾患であることを示すデータが集まれば良いことです。必ずしもウイルスが検出される必要はありません。
すでに日本で行われている「疲労検査」では、わたしたち一人ひとりの苦痛が客観的なデータとして可視化できるようになっています。慢性疲労症候群(CFS)の患者は実際に苦しんでいて、これは明らかな病気である、ということが、客観的な検査な検査によって議論の余地なく証明されるときが来ようとしているのです。
これは日本の研究班が世界に先駆けて成し遂げているすばらしい研究成果です。これが浸透すれば、「慢性疲労症候群などない」、と言って譲らない医者や親族も、患者が本当に苦しんでいることを認めるようになるでしょう。
わたしの経験から
誤解のないよう明記しておきますが、わたし自身も、医者から「慢性疲労症候群は病気ではない」「検査で異常がないのだから、気のせいでしょう」「もっとやる気を出せ!」「嘘をついて家族を困らせてはいけない」などと、幾度となく言われたことがあります。
友人に「身体は元気なんだから、頑張れよ」と言われて、腹を立てたこともあります。身体がしんどいのに、精神的な問題だと思われることは、確かに気に障ることです。
しかし、慢性疲労症候群(CFS)の患者は、身体的にはひどい状態であるのに、精神的にはまったく健康である、ということはありうるでしょうか。これほど厳しい不調が続けば、だれでも、精神的に参ってしまうのではないでしょうか。それとも、果たして慢性疲労症候群(CFS)患者は皆、極度の疲労下でも、決して心の折れないスーパーマンだとでもいうのでしょうか。少なくともわたしは、それほど強い人間ではありません。
それでわたしは、慢性疲労症候群(CFS)には、身体的な問題もあれば、精神的な問題もあるのだと思っています。慢性疲労症候群(CFS)の影響は、ただ身体だけにに及ぶほど軽いものではありません。心を含めて、その人全体に影響が及ぶほど重い疾患だと受け止めています。
このように、わたしが慢性疲労症候群(CFS)ウイルス説に固執しない2つ目の理由、それは、体の病気か心の病気かにこだわることに意味はない、と考えているからです。