疲労研究班のホームページに、平成23年度の研究報告が掲載されたことをお知らせしてから ひと月が経ちました。
客観的な疲労診断法の確立と慢性疲労診断指針の作成 平成23年度報告
これから、数回に分けて、平成23年度の最新の慢性疲労症候群(CFS)の研究について、資料を読んでわかったことをまとめたいと思います。
この研究は2つのことを目的に行われたそうです。それは、(1)客観的な検査法の確立、(2)新しい診断指針の作成です。
このエントリでは、客観的な検査法によって分かる10の異常を取り上げます。慢性疲労症候群(CFS)は、今まで検査では異常が出ないとされていましたが、客観的な検査法が確立されつつあります。それはどんな検査でしょうか。
目次 ( 各項目までジャンプできます)
なぜ客観的な検査法が必要だったか
これまで慢性疲労症候群(CFS)の診断は、ほぼ問診にのみ基づいて行われてきました。これには幾つかの問題がありました。
◆客観性に欠ける
臨床兆候だけを診て、数値的な検査がないため、基準があやふやだった。
◆信頼性に欠ける
客観性にとぼしいため、特に内科系の医師によって病気の存在そのものが疑問視されてきた。
◆診断できる施設が少ない
診療経験の長い医師でないと診断できないので、医療機関が限られていた。
このような問題のため、客観的にCFSを診断できる検査法が待ち望まれていたのです。患者にとって負担なく、しかもはっきりとした数値的な異常がわかる検査が必要でした。
慢性疲労症候群(CFS)が分かる5つの一般的な検査法
今回の報告では、10の検査法が候補として挙げられています。
1.覚醒時平均活動量―有意に低下
慢性疲労症候群(CFS)の患者208名と、健常人178名を対象に検査されました。
検査にはアクティグラフという、腕時計型の加速度計を用います。これは無重力空間で宇宙飛行士の活動と睡眠を計測できるものです。
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検査の結果、加速度の変化の回数に違いが見られました。健常人は平均215回/分であるのに対し、CFS患者は189回/分と明らかに低下しています。これは、疲労のため動作が常に緩慢になっていることを示しています。
疲労に伴うパフォーマンスの低下については昨年の報告でも触れられていました。
慢性疲労症候群(CFS)、の患者でなくても、疲労していれば当然活動量が低下するのではないか、と思われる方もいるかもしれません。
しかし実際には、慢性疲労を訴える健常者の場合は、活動量は変わっていないか、むしろ増えている傾向が見られるそうです。これは、慢性疲労症候群(CFS)が病的な疲労であるのに対し、普通の慢性疲労は過活動から来る疲労だからです。
2.睡眠時間―長い
上記のアクティグラフでは、睡眠時間も測れます。
検査の結果、睡眠時間は健常人が平均408分だったのに対し、CFS患者は470分と明らかに長くなっていました。
これらアクティグラフを用いた2つの検査を合わせた感度・特異度は60-70%でした。感度とは、確定診断できる割合、特異度とは除外診断できる割合で、両方が高い検査ほど正確、ということになります。
なお、睡眠中の活動量や、途中で目が覚める回数、睡眠の効率などは、明らかな差が見られませんでした。
3.自律神経機能―副交感神経が低下
20-59歳のCFS患者1099人と、健常者361人を対象に検査されました。
検査には、加速度脈波を測る機器を用います。
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検査の結果、CFS患者は、疲労度が増すほど、HFパワー(副交感神経)が弱くなっていることがわかりました。それによって、LF/HF比(交感神経/副交感神経)が高くなり、相対的に交感神経が興奮している状態になっていました。つまり身体が休まらない状態です。
さらに、この結果は、VAS(Visual Analogue Scale )という問診票で調べられた主観的な疲労の度合いとほぼ一致していました。これは、これまで客観性に欠けると言われていた問診でも、正確な診断がなされていたことを裏付ける結果です。
4.単純計算課題―認知機能が低下
CFS患者138人と、健常者112人を対象に検査されました。
この検査は、ランダムに表示される数字の簡単な足し算を、5分間休憩なしで続けるというものです。
検査の結果、正答率には差が見られませんでした。しかし、以下の3つの点で差が見られました。
(1)反応時間
CFS患者は計算のスピードが低下していました。これは日常生活における知的作業のパフォーマンスが低下していることを反映しています。
(2)反応時間のばらつき
CFS患者では、反応時間のばらつきも顕著でした。ごく易しい一桁の足し算を、わずか5分間といえど均一なペースでこなせないほど、集中力の維持が困難だということを示しています。
(3)反応速度の傾き
健常者は、後半になるほど慣れて反応時間が早くなりましたが、CFS患者はそれほど速くなりませんでした。これは、学習の効率が悪く、易疲労性があることを示しています。
5.酸化ストレス―長引く疲労の証拠
CFS患者555人と、健常者398人を対象に検査されました。
検査の結果、酸化ストレス値、抗酸化力値、酸化ストレス度という3つの項目に異常が見られました。酸化ストレスは疲労の原因、抗酸化力は、疲労を回復させる力とされています。その説明については以下のエントリをご覧ください。
CFS患者では、このうち、酸化ストレス値、酸化ストレス度は上昇していましたが、抗酸化力値は低下していました。この抗酸化力値の低下は、3つのうち最も顕著です。CFS患者では疲労が長引き、回復しないことがわかります。
検査によると、健常者の急性疲労では、抗酸化力値が増加し、疲労を回復しようとする機能が働くそうです。また、健常者の長期間の残業では、抗酸化力値は横ばいになり、疲労回復が追いつかないというデータが表れます。
しかし、抗酸化力値が低下する、というのはCFS患者のみに見られる特徴で、いつまで経っても細胞の傷を修復できない異常な疲労を象徴しているようです。
6.起立試験―体位性頻脈の傾向
CFS患者60人と、健常者79人を対象に検査されました。
起立試験は、おもに内科において、起立性調節障害の検査に使われています。しかし、CFSや小児慢性疲労症候群(CCFS)でも、起立直後低血圧や体位性頻脈などが高い確率で見られることが知られています。
この検査はきりつ名人という機器を用いて行われました。
株式会社クロスウェル[CROSSWELL]|製品紹介:きりつ名人
検査の結果、CFS患者は、HR比(起立後1分間の心拍/座っている時の心拍)が高いことがわかりました。これは、立ち上がるときに負荷が大きく、体位性頻脈の傾向があることを示しています。
7.唾液中ヘルペスウイルス―再活性化しない
この検査は唾液中に出てくるウイルス量を測定することで行われました。対象は、CFS患者、疲れていない健常者、肉体的負荷のかかった健常者、精神的負荷のかかった健常者です。
身体が疲労すると、一般に体内のヒトヘルペスウイルスが、活性化することが知られています。これは、人体の危機を察知して、潜伏していたウイルスが逃げようと活動し始めるからです。
昨年までの研究で、唾液中のヘルペスウイルス量を計測すれば、どれほど疲労しているかが測れることがわかっていました。これは、肉体的疲労にも精神的疲労にも有効です。
そのため、当然、疲労を訴えるCFS患者でもウイルスの活性化が見られると思われていましたが、検査の結果は意外なものでした。
なんと、CFS患者の唾液中のヘルペスウイルスの量は、健常者と比べて、明らかに低い数値だったのです。これは、昨年の研究で言われていた、CFS患者は疲労因子FFが健常者より少ないという結果とも一致しています。
これは何を意味するのでしょうか。分かることが3つあります。
(1)CFS患者の身体は生理的には休まっている
この検査によると、CFS患者は、疲れていない健常者よりもさらに元気だということになります。CFS患者は実際には身体が休まっているのに、絶え間ない疲労感に悩まされているというわけです。
(2)ウイルスの再活性化は見られない
これまで、CFS患者では、ヘルペスウイルスが再活性化していると報告されてきました。
しかし、以前の検査は血液中のウイルスのDNAを測定していたので、再活性化によるウイルスの増殖と、免疫低下によるウイルスの増加の区別がついていませんでした。
今回の検査では、唾液中のウイルス量が測定されたため、これまで報告されていたCFSのヘルペスウイルス増加は、再活性化ではなく、免疫低下によるものだとわかりました。
(3)慢性疲労症候群(CFS)と慢性疲労は明らかに別のもの
ヘルペスウイルスの再活性化に着目すると、慢性疲労症候群(CFS)の病的な疲労では低下していますが、健常者の身体的・精神的疲労では必ず増加します。つまりCFSと一般的な慢性疲労が検査で区別できるようになりました。
これまで慢性疲労症候群(CFS)は、単なる慢性的な疲労ではないか、と言われてきましたが、明らかに別のものだということが医学的に証明されたのです。これは、CFSという病気の異常な疲労、病的な疲労を解き明かす上で極めて重要な前進と言えます。
8.DNAチップ―不可思議な結果
この検査の結果は不可思議です。
これまでCFS患者は遺伝子検査によって、エネルギー産生遺伝子の発現低下や、ホルモン関連遺伝子の発現増強が見られることが知られていました。
ところが今回、CFS患者81人、健常者61人を比較したところ、大きな違いは見られませんでした。先行研究と今回の研究の結果が食い違った理由については、今後再検討されることになっています。
わたし自身、DNAチップの検査を受けたことがありますし、先行研究に参加して、検査データに大きな異常が出ていた友人も知っているので、今後の研究が気になるところです。
9.PET(陽電子放射断層撮影)―脳に炎症
これは一般的な検査ではありませんが、興味深い結果が得られました。10人の健常者と、12人のCFS患者が対象の小規模な検査です。
これによると、CFS患者では、疲労度に応じて視床と中脳に脳内炎症があることがわかりました。つまり、脳脊髄炎があった、という報告です。
慢性疲労症候群(CFS)は、国によっては筋痛性脳脊髄炎(ME)と呼ばれています。こちらの病名のほうが重症度が伝わりやすいと考える患者もいます。しかし、MRIによって明らかな脱髄性病変が見られるわけではないので、不適当だとする声もありました。
今後の研究により、CFS患者の少なくとも一部は、脳脊髄炎という診断がふさわしいという証拠が明らかになるかもしれません。
10.MRS(磁気共鳴スペクトロスコピー)―中枢神経障害
これも一般的な検査ではありませんが、興味深い結果が得られました。37人の健常者と、76人のCFS患者が対象とされました。
CFS患者では、易疲労性の改善後も、集中力の低下など、中枢神経障害が残ることが多いと言われています。それは例えば、思考に靄がかかったような状態として表れます。
この検査ではアセチルコリンへ合成される神経伝達物質である、脳内のコリンが減少している事がわかりました。このコリンの減少は認知症の場合でも報告されています。CFS患者には、認知機能の障害があるという証拠が得られたのです。
慢性疲労症候群(CFS)の検査の今後
このエントリで紹介した10の検査は、病院で受けることができるのでしょうか。
残念ながら、今はまだ受けることができないようです。これらの検査は、今のところは、慢性疲労症候群(CFS)だと確定した患者に対してのみ実施されています。
平成24年度の研究では、一部の検査が、プライマリー・ケア、セカンダリー・ケアを担う病院でてテストされることになっていると書かれています。初診患者がこれらの検査を受けられるようになり、慢性疲労症候群(CFS)が客観的な数値で診断されるようになるのはもう少し先のことでしょう。
それまでは、やはり問診によってCFSが診断されることになりますが、例外的に以下の施設では、どなたでもこれらの検査を受けられるようです。ただし、現在のところはかなり高額です。
PET検診センター 医療法人仁泉会 MIクリニック|疲労検査とは
▼2014年追記
その後、疲労検査は市大のCFS専門医、中富康仁先生によるナカトミファティーグクリニックで受けられるようになっています。
当クリニックにおける自由診療について(疲労検査)|お知らせ|ナカトミファティーグケアクリニック・ナカトミ鍼灸院
また、これらの検査についての情報は、以下のサイトで販売されている小冊子「働き世代の疲労対策 疲れのメカニズムとセルフケア」にも掲載されています。慢性疲労症候群(CFS)について書かれた本としては、最も手軽に入手できるものです。
【小冊子】シリーズ「働きざかりから始める、人生80年時代の健康づくり 7~9」 : 出版物 | 財団法人 東京顕微鏡院
ここまでで、平成23年度の研究報告における、「客観的な検査」についての記述をまとめました。以降のエントリでは「新しい診断指針の作成」について取り上げたいと思います。
昨平成22年度の研究報告のまとめもあわせてご覧ください。