このエントリは、慢性疲労症候群(CFS)に合併しやすい概日リズム睡眠障害のひとつ、睡眠相後退症候群(DSPS)について解説する一連のエントリの最後の部分です。
3番目のエントリでは、DSPSの原因と予防についてまとめました。DSPSは慢性的な睡眠不足症候群(BIISS)をきっかけに発症する病気です。また、子どもの場合は学校環境が関係するということも取り上げました。
この最後のエントリでは、DSPSという難治性の睡眠障害を克服するために、入手しうる限りの治療法に関する情報をまとめたいと思います。
目次 ( 各項目までジャンプできます)
DSPSの診断
DSPSの診断には、次のような具体的な方法が用いられるようです。
◆睡眠ログを2~4週間つける
手書きのメモでもいいですし、スマートフォンを使っているなら、さまざまなアプリがあります。寝る前にブルーライトに当たらないために、手描きで時間をメモして、あとでグラフ化するのがいいかもしれません。睡眠ログだけでおおかたは診断できるようです。
2週間の記録があればだいたい分かると書かれていますが、non-24の可能性もあるので、1ヶ月から1ヶ月からの記録をつけたほうがより正確になると思います。
◆アクティグラフを数日つけて、正確な睡眠リズムを測定する。
専門病院では、アクティグラフという加速度計を用いて、より詳細な睡眠ログを取ることがあります。わたしもアクティグラフをつけて22日間 日常生活を送る検査をしました。
◆深部体温リズムを一週間以上記録
2番目のエントリに書いたように、DSPSでは通常安定しているはずの深部体温リズムの同調が失われています。専門病院では深部体温リズムを測定して、診断の助けにするかもしれません。
◆注意点
DSPSは表面だけを見れば精神疾患や不眠症と誤診されやすい疾患です。診断と治療には、正確な知識を持っている睡眠の専門医をあたることが不可欠でしょう。
とりわけ、子どもの場合は、怠けている、やる気がないとみなされたり、発達障害のレッテルを貼られることが非常に多くあります。また学校関係者から、しつけがなっていない、家庭環境が悪いと家族が非難されることもあります。
子どものDSPSの場合は、小児慢性疲労症候群(CCFS)を合併している場合があるため、子どもの睡眠と発達医療センターなどに相談するのが適切かと思います。
成人の概日リズム睡眠障害の治療は、詳しい治療方針は存じていませんが、三島和夫先生や内山真先生、梶村尚史先生といった先生方が有名です。
DSPSの治療
DSPSの治療には、専門的な知識が必要です。常識があてにならないため、素人療法では症状の悪化につながりかねません。ここにはわたしが調べたことをまとめますが、必ず専門医の指導のもとで治療するようになさってください。
早く起きることは禁忌
睡眠リズムの回復を試みるとき、朝起きできない子どもを無理やり起こそうとする親や専門家は多くいます。また成人のDSPS患者でも、早く目を覚ませば早寝につながるという通念に捕らわれて、早起きに取り組む人は少なくありません。
しかしDSPS患者の場合、無理に朝起きを強制することは、絶対にしてはならない治療法、いえ禁忌とさえ言えます。
日本臨牀 2007年 06月号 [雑誌]にはこう書かれています。
これらの状況では、昼間に睡眠時間帯が出現する時期に日中無理に覚醒しても、眠気や集中力低下、集中持続困難や易疲労感、倦怠感が出現する。
遅れている時間帯を矯正することが困難なため、遅刻や欠席が多く、また日中に強い眠気に襲われたり、授業に集中できないといった障害が起こる。
無理をして社会のリズムに合わせようとすると、逆に大きく睡眠のリズムを乱すこともある。 (p1131)
早く目を覚ませば、早く眠れるという常識は健康な人にのみ当てはまるものです。時計機構、生体リズムが崩れたDSPSの子どもたちや成人の患者には当てはまりません。
DSPSの引き金となるのは慢性的な睡眠不足症候群(BIISS)です。ですから、早起きによってさらに睡眠時間を削るのは逆効果であり、まず睡眠時間を確保する必要があります。(1)早寝の習慣を作り、(2)睡眠時間を確保し、(3)その上で早起きに取り組む という順番は絶対です。
▼なせ早起きによって、より重症化するのか
DSPSの患者の場合、早起きすることで、かえって夜眠れなくなることがあります。より重症化してしまうのはなぜでしょうか。
人間の体内時計は、午前中に光を浴びると早まり、午後に光を浴びると後退するようになっています。
ところが、DSPSの患者は、この体内時計そのものが逆転しているため、例えば健康な人にとっての朝6時が、深夜0時と認識されています。その結果、朝に光を浴びると、ちょうど真夜中に光を浴びた場合のように、体内時計がより後退してしまうのです。
DSPSの重症患者は、どうしても早朝の予定に合わせなければならない場合、仕方なく徹夜することさえあります。しかし、そのような無理が続けば不規則型の睡眠・覚醒パターンのようになり、より治療が困難になるかもしれません。
時間治療(1)寝る時間を遅らせる
早起きとは逆に、入眠時間を遅くしていくことで睡眠相をずらす時間治療と呼ばれる治療法があります。
毎日3-6時間ずつ入眠を遅くすることで改善を図ります。DSPSの患者は遅くまで起きているのは慣れているので、比較的取り組みやすいと言えます。
しかし医師の監督のもとで行わなければ、睡眠相が混乱する危険が伴う上、重症化した場合は効果が見られないか、改善が持続しないことも多いようです。また体内時計は基本的には早めることしかできないという考えもあります。
時間治療(2)徐々に早く起きる
もうひとつの選択肢は、徐々に早く起きることで体内時計を補正することです。前述の突然早起きする方法や、遅く寝る時間治療とは異なり、体内時計の正確な知識にしたがって改善を試みます。
長い期間を要し、その間は仕事や学校を休み、ほかのすべてのことをやめて治療に専念するぐらいの努力が必要ですが、効果が見られる場合があります。
1.準備
まず一切の努力をやめて、睡眠ログをつけながら、2週間以上、眠れる時間に眠り、起きられる時間に起きる生活をします。この期間で睡眠不足によるひずみを緩和します。
睡眠ログが一定になり、今の自分の睡眠リズムが顕著になったら、自分の体内時計における“朝”はいつか、また必要な平均睡眠時間はどれくらいかを確認します。
2.一時間ずつ早める
次いでそのデータに基づき、一週間に1時間ずつ早く起きるよう努力します。体内時計はそれ以上早いペースで変化させることはできません。ですから、5時間ずれていれば最低5週間かかります。
このとき必要な平均睡眠時間が欠乏しないように注意します。また、ほんの1日でも目標時間より早く起きてしまうと、努力が水の泡になります。具体的には目標時間より3時間以上早く起きると、睡眠時間が逆に後退します。
3.光を浴びる
目標時間に起きることができたら、屋外で光を浴びたり、食事をとったりして、身体を目覚めさせます。
この情報は熊本大学の粂和彦先生の資料を参考にさせていただきました。以下の資料には注意点を含め、さらに詳しい内容がまとめられています。睡眠相後退症候群(DSPS)を治したいなら必読の資料です。
30分ずらし睡眠術
日本睡眠学会の理事、白川修一郎先生の著書脳も体もガラリと変わる!「睡眠力」を上げる方法には、30分ずらし睡眠術というものが紹介されています。(p70-74)
本文中では、夜型生活を朝型生活に変化させる方法とされています。上記の粂和彦先生の述べる方法と似通っていますが、こちらのほうがさらに丁寧かつ慎重です。以下のように行います
現状 │0:00――――――――――7:00│
1週目 │11:30―――――――――――7:00│ A
2週目 │11:30――――――――――6:30│ B
以降AとBのパターンを交互に繰り返す。
最初の一週間、ふだんより30分早く寝るよう心がけて、二週間目に、起きる時間を30分早くします。これを一セットとして、繰り返します。つまり、睡眠時間帯を30分ずらすのに、2週間かける、ということになります。
ポイントは以下の3点です
1.睡眠禁止帯を意識する
いつも寝ている2-3時間前は体温がピークになり、決して寝られない時間「睡眠禁止帯」(フォービドン・ゾーン)として知られています。つまり、「いつもより早く寝よう!」と考えて数時間前に布団に入っても寝られないだけです。
2.まず睡眠時間を確保する
上記にも書きましたが、(1)早寝の習慣を作り、(2)睡眠時間を確保し、(3)その上で早起きに取り組む という順番は絶対です。
白川先生も、早起きの決意が失敗するのは「ただでさえ少ない睡眠時間がさらに減ってしまう」からだと述べています。30分早く寝て睡眠時間という資金の“元手”を先に確保してから、起きる時間を30分早くするわけです。
3.平日も休日も同じようにする
当然のことですが、休日に寝溜めしたり、平日に睡眠時間を削ったりするなら、立ち行きません。一週間通して同じペースを保ちます。もし休日に寝過ぎるとしたら、それは睡眠時間が足りていない反動です。
白川先生は、入眠時間を早められるのは30分が限度だと述べています。もっと早く生活リズムを改善したいと焦るかもしれませんが、夜型を朝型に変えるだけでも難しいのに、ましてやDSPSを一朝一夕で解決できるはずがありません。根気強さが不可欠です。
薬物治療
メラトニンを中心に、最近登場した新しいタイプの睡眠薬であるメラトニン受容体アゴニスト、各種睡眠薬などを症例に応じて用います。
ただ、メラトニンをはじめ薬物療法が効果的なのは初期段階であり、いったんDSPSを発症し、生活リズムが交代したまま固定すると、効果は薄いようです。
概日リズム睡眠障害の専門家、内山真先生による睡眠障害の対応と治療ガイドラインによると、DSPSは、一般のベンゾジアゼピン系睡眠薬がほとんど効かないとも言われています。
そのため、小児慢性疲労症候群(CCFS)に伴う睡眠障害の治療では、メラトニンや一般的な睡眠薬に加え、さまざまな通常と異なる処方がされています。
不登校外来―眠育から不登校病態を理解するのp87-88によると、効果の認められている薬のひとつは降圧薬としても用いられる抗アドレナリン作動薬のカタプレス(クロニジン)です。脳の中枢神経の興奮をとる作用があります。
いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によると極度に脳が興奮して眠れない被虐待児の睡眠障害の治療などにも使われており、その場合には0.075(半錠)-0.9mg(6錠)を眠前に服用します。
また抗ヒスタミン薬(アレルギーの薬)や抗うつ薬で、中途覚醒を防ぎます。そのほか、β遮断薬や抗精神病薬で睡眠の質を深めます。
いずれにしても、専門医の処方が大切なので、患者が判断するのは危険です。薬の作用や具体的な名称など、詳しくは不登校外来―眠育から不登校病態を理解するのp87-88をご覧ください。
食事療法とサプリメント
食事療法が効果があるとする報道もいくつかあります。
1.ケトン体ダイエット
産総研による研究では、ケトン体ダイエットと呼ばれる一種の食事療法がDSPSに効果を示すということが、マウスの実験により確かめられました。
ロバート・アトキンス博士が考案したケトン体ダイエットは、低炭水化物ダイエット、アトキンスダイエットなどとも呼ばれています。食事中の炭水化物を極端に少なくし、その分、脂肪の含有量を多くすることでインスリンの分泌を抑え、脂肪細胞の肥大化が抑制するそうです。
DSPSの状態にしたマウスにケトン体ダイエット食を14日間摂取させると、時計遺伝子が最もよく働く時刻が4時間から8時間程度早くなっていたといいます。しかしケトン体ダイエットを個人で行う場合は栄養バランスに注意が必要だとも言われています。
DSPSに合併しやすいCCFSの研究でも、患者は糖質からのエネルギー生産性が低下し、一方で脂質からのエネルギー生産性が比較的保たれていることが明らかになっています。そのため、糖質を控え、脂質を栄養素とする食事療法が効果的です。その点は以下のエントリで触れました。
2.抗疲労食
DSPSは慢性疲労症候群(CFS)と合併することもあるので、CFSの具体的症状、すなわちミトコンドリア機能の低下によるエネルギーの枯渇に応じた治療をすることになります。
ミトコンドリア機能を改善する方法として、慢性疲労症候群(CFS)の疲労研究班はサプリメント的に5つの物質の摂取を勧めています。
1.ビタミンB1:糖質からのエネルギー代謝を促進する
2.パントテン酸:糖質や脂肪のエネルギー代謝に広く関わる
3.コエンザイムQ10:ATPをエネルギーに変える補酵素。ミトコンドリアの機能の要
4.L-カルニチン:脂質からのエネルギー代謝に欠かせない
5.α-リポ酸:糖や脂肪酸をエネルギーに変換する酵素を補助する
加えて、アスコルビン酸やビタミンB12など、CFSの保険診療に用いられているサプリメントも用います。特に、ビタミンB12(500mg×6錠)は非24時間型睡眠覚醒症候群に効果的です。
これら疲労に効く栄養素を駆使した抗疲労食のレシピについては、以下の書籍にまとめられています。
高照度光療法
DSPSの治療には、寝ている間に2500-5000ルクスの光が、まぶたを通して差し込む環境が必要です。高照度光療法は概日リズムの睡眠障害を伴う小児慢性疲労症候群(CCFS)の根本治療に迫る数少ない治療法として期待されています。
市販されている治療器では、DSPSの状態で光を見つめるのが困難だったり、背を向けてしまっては効果がないなど限界があります。しかし、入院施設での24時間コンピュータ制御による高照度光療法室では高い確率で治療が成功しています。
退院後の再発が見られる場合もあると言われていますが、近年では、自宅でもできるウェアラブルデバイスも製品化されています。
小児慢性疲労症候群(CCFS)の満20歳未満の子どもであれば、以下の施設で、本格的な入院治療が受けられます。ここには1日の時間の流れに沿って光の照度や波長を制御する高照度光治療室(ホスピタル・サーカディアン・システム)が設けられています。
睡眠障害への取り組み | 子どもの睡眠と発達医療センター | 兵庫県立リハビリテーション中央病院
3.カフェイン
コーヒーなどに含まれているカフェインは、寝る前には飲まないようよくアドバイスされます。
それは、カフェインは目を覚ます覚醒作用があるためですが、じつはカフェインには覚醒作用のほかに、体内時計に働きかけて概日リズムをずらす作用がある、ということが最近確認されました。
カフェインを寝る前に飲むと体内時計がずれる - MEDLEYニュース
報研究によると、寝る3時間前にダブルエスプレッソ相当のカフェインを飲むことで、なんと体内時計が40分もずれて遅れてしまうそうです。
ますます寝る前に飲んではいけないことになりますが、同時に、飲むタイミングによっては体内時計を望ましい方向にずらす可能性もあることが示唆されています。
現在のところは、まだ研究段階なので、DSPSや時差ボケの人が素人判断でカフェインを使うことは勧められていませんが、いずれカフェインを活用した概日リズム調整の薬なども開発されるかもしれません。
低温サウナ療法(和温療法)
DSPSは、前のエントリで述べたように自律神経機能の障害でもあります。睡眠中の自律神経機能を見ると、副交感神経が働いておらず、休養が十分得られていません。睡眠中の深部体温が低下しないために休まらないという問題があります。
このような自律神経機能のアンバランスによる末梢循環不全は重症心不全患者にも見られますが、低温サウナ療法が効果的だったというデータがあるそうです。
低温サウナ療法とは、60℃で15分程度体を温め、その後別室で毛布などによる30分程度の保温を行う療法です。末梢神経機能を改善し、体の中心に封じ込められた熱を拡散させることにより、体温を下げて睡眠の質を向上させます。
低温サウナ療法も子どもの睡眠と発達医療センターで入院患者を対象に行われています。それ以外の病院では「和温療法」という名称で取り入れているところもありますので、興味のある方は検索してください。
ブルーライトを避ける
電子機器から出るブルーライトは、 可視光線の中で最も強いエネルギーを持ち、角膜や水晶体を貫通します。網膜の視神経にダメージを与え、交感神経を高ぶらせるので睡眠リズムを乱します。夕方を過ぎてからのパソコン・テレビ・ゲームはよくありません。
なおブルーライトをカットするメガネJINS PCは有用ですが、ブルーライトのダメージを最大50%軽減するだけなので過信は禁物です。
また、Picasa開発者によるブルーライトカットのソフトf.luxを常用するのもお勧めです。
DSPSの予後
DSPSは夜更かしや、他の病気の症状により、容易に再発するため治療が困難です。
慢性的なDSPSの患者は、フリースクールや定時制の学校に通ったり、時間の融通がきく仕事についたりすることが必要な場合も少なくありません。DSPSと付き合いながら、悪化を防ぐ生活スタイルを構築するのです。
ですから、小児慢性疲労症候群(CCFS)と合併する場合、DSPSは、慢性疲労症候群そのものと同じほど深刻な病気といえます。それだけ真剣に治療に取り組み、対処法を考えるべき病気です。
今回、4回にわたり、DSPSについて書きました。嬉しいことに、この記事を読んでお子さんの体調について考えてくださった方もいらっしゃったようです。
子どものDSPSや、小児慢性疲労症候群(CCFS)は、あまり理解が浸透していない病気です。辛い体調なのに、わけも分からず家族や学校関係者、医療関係者から非難され、怠け者と考えられていることも少なくありません。
このブログでは、これからも、子どもの慢性疲労症候群やその周辺の病気についての記事を書いていきたいと思います。
▼DSPSについてさらに知るには
DSPSと連続する病態である非24時間型睡眠覚醒症候群についての記事が参考になるかもしれません。
体内時計の謎に迫る ~体を守る生体のリズム~ (知りたい!サイエンス)によると非24時間型は「睡眠相後退症候群の重症型との考え方があり、時計遺伝子Per3に異常があることが、その原因と推定されています」。 (P187)
よろしければ以下の一連の記事もあわせてご覧ください。
▼子どもの慢性疲労症候群(CCFS)についてさらに知るには
以下の目次をご覧ください。