全身の疲れがひどく、家のなかではゴロゴロと横になっていることがほとんどです。何をするにもおっくうで、お風呂にもあまり入りたがりません。部屋のなかは片づかず散らかったままです。できることは横になってテレビをみる、マンガを読む、テレビゲームをすることだけです。
食欲も低下し、起きる時間が昼近いこともあって朝食は食べません。昼もほんの一口、二口ですませてしまい、夜にはいつもの半分ほどの量を食べるだけになりました。学校での友人関係は問題なく、いじめられたことはないと本人は話しています。(p98-99)
これはフクロウ症候群を克服する―不登校児の生体リズム障害 (健康ライブラリー)という本に載せられている、慢性疲労症候群の子どもの典型例です。
まるで自分のことのようだ、と思う人もいれば、うちの子どもそのままだと感じる親もいるかもしれません。
この本では、慢性疲労症候群は便宜的にフクロウ症候群と呼ばれています。フクロウ症候群とは何でしょうか。育ちざかりの子どもが、日常生活もままならないほどひどい疲労感に苛まれるようになる原因はいったいどこにあるのでしょうか。
目次 ( 各項目までジャンプできます)
これはどんな本?
この本の著者、三池輝久先生は、筋ジストロフィーを中心に研究し、臨床では発達障害や痙攣性疾患を中心に診察してきた小児神経科医です。(p1)
三池先生は、20年以上前に、外来を訪れる子どもたちの中に、全身倦怠感と昼夜逆転のために学校に行けない子どもたちが存在することに気づくようになりました。
彼らは通常の検査で異常が認められないことから、「未熟なこころの問題をもっており、学校嫌いの怠け者で集団生活に適応できない、親の育て方に問題のある子どもたち」と評価されていました。(p2)
本当にそうなのでしょうか。三池先生は、そのような子どもたちは目に見えない領域、すなわち脳の機能にダメージを負っていると考え、研究の成果を学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているかという本にまとめました。
そして学校過労死をもう少し読みやすくしようと考えて、本書が生まれたそうです。
フクロウ症候群とは何か?
この本で慢性疲労症候群(CFS)の子どもたちは「フクロウ症候群」と呼ばれています。子どもの心身症ガイドブックという本によると、当初は、CFSが第二のエイズと呼ばれていたため、不登校の子どもをCCFSと呼ぶことにためらいがあったそうです。(p165)
しかしウイルス説だけでなく、中枢神経説方面からの研究が進み、「CCFS:不登校」が成人の「CFS」とほぼ共通の病態だと明らかになりました。「フクロウ症候群」は、現在では国際診断基準による小児慢性疲労症候群(ME/CCFS)と呼ばれています。
ですからフクロウ症候群=慢性疲労症候群とみなして差し支えありません。それにしても、一時的に用いられたフクロウ症候群という言葉には、どのような意図があったのでしょうか。
望まざる夜型生活
わたしたちの睡眠リズムは生まれつき決まっていると言われ、朝型はヒバリ型、夜型はフクロウ型(実際にフクロウの網膜では、夜眠くなる物質であるメラトニンが作られないそうです)と呼ばれます。(p17)
ヒバリ型もフクロウ型も、どちらが良いというものではありません。たとえば夜の静けさの中で活動する有能な作家や研究者はフクロウ型ですが、自分のリズムを保っているのであって、生活に支障はありません。(p29)
慢性疲労症候群の子どもたちも、極端な昼夜逆転を抱えるという特徴があります。そのため一見するとフクロウ型のように思えます。ところが、自分で生活をコントロールすることができなくなっている点に大きな違いがあります。
自分で望まない昼夜逆転生活を強いられ、そこから抜け出せなくなっているので、この本ではフクロウ症候群という言葉が使われているのです。
ちなみに疲労の医学(からだの科学primary選書2)という本によると、いつ眠り、いつ起きているかわからないような人たちは「ネコ型」と呼ばれています。
猫の睡眠時間は14~20時間。起きている時間の方が短いそうですが、フクロウ症候群の子どもたちも過眠があるので、あえて言えばネコ型に近い気がします。
自分で問題だと自覚していない
不思議なことに、慢性疲労症候群の子どもたちは、この望まざる昼夜逆転生活を送っていながら、それを問題とは考えていないそうです。朝起きられないことは怠けであり、努力の不足だと考え、不甲斐なく思っているのかもしれません。(p33,56)
著者は慢性疲労症候群の子どもを多数診察した感想をこう述べています。
以上のような、極めて重大な異常が、心身の活動性を日常生活が満足にできないほどに損ねているわけですが、外からみるかぎりではどこに異常があるのか、まったく見わけがつきません。
なぜなら、フクロウ症候群に陥っている彼ら自身が、自分のことを「怠け者」だと思っていることが多く、人前では意識して元気に振る舞うことが多いからです。(p87)
時差ぼけとは似て非なるもの
フクロウ症候群の状態は、生体リズムが完全に混乱していて、いわば日本からアメリカまで旅をした場合の時差ぼけに似ているといいます。しかし「フクロウ症候群の場合、時差ぼけよりずっと重症でやっかい」です。(p59)
p44や49の図によると、その違いは以下のようにまとめられます。
全身の様々な異常
フクロウ症候群の子どもたちは、通常の検査では異常が認められませんが、特殊な検査では、さまざまな異常がみられるそうです。
特に初期には自律神経症状が目立ち、レーザードップラーフローメーター、皮膚発汗テスト、心電図、眼科的検査などで交感神経が強くなっていることがわかります。いつもまぶしさを感じるのも、目の副交感神経が抑制されているためと考えられるそうです。(p69-73)
ほかにも、血糖値とインスリンが高くなっている、エネルギーの代謝にかかわるフリーカルニチンが低くなっている、脳梗塞のように脳にコリンが蓄積し、血流が低下しているといった異常がみられます。(p82)
最大の問題は疲労
「著しい疲労感や疲れやすさはフクロウ症候群でもっとも重要な症状」だそうです。(p103)
生体リズムが乱れたために昼夜逆転になってしまった人たちのうち50%以上に、最終的に疲れやすい状態(易疲労性)が残り、しかも数年から数十年持続してしまうようです。ときにはトイレにいくのも苦労するほどの疲労です。(p88-89)
疲れやすさのために何事もつづけることができず、挫折を繰り返し、疲労が蓄積すると再びリズムが乱れるという悪循環に陥るそうです。(p50)
この本で用いられている、睡眠に注目した「フクロウ症候群」という言葉はやがて使われなくなりましたが、疲労に注目した慢性疲労症候群という名前はずっと使われていますから、疲労という問題がいかに大きいかがわかります。
原因は夜型生活?
ここまで、フクロウ症候群とは何かを見てきました。育ち盛りの子どもが、激しい疲労を感じ、生活が昼夜逆転してしまうのはなぜでしょうか。
ある人たちは原因は夜型生活にあると考えてきました。夜遅くまで起きているから、朝起きることができず、ダラダラと過ごしているので体調が悪くなるというのです。
本当にそうなのでしょうか?
著者はこう問いかけています。
それでは生体リズムを壊すのは、蛍光灯がちりばめられている現代社会の夜の明るさが原因なのでしょうか。
社会に生きている私たちの環境がいかに昼夜をわかたず明るくなっているとはいっても実験室にいるわけではありませんから生活の時間を知らせる情報はさまざまにあるはずです。つまり、そう簡単に生体リズムが混乱してフリーランしてしまうとは考えられません。
しかし若者たちの身体に生体リズムの混乱がおこっているのは事実ですからフリーランがおこるような何か強い因子が彼らの生活環境にあらわれていると考える必要があるということができます。(p93)
三池先生は、不登校や慢性疲労症候群の原因は夜型生活ではないと考えています。
むしろ慢性疲労症候群の昼夜逆転は、「夜型生活をつづけているうちに、自分の生活リズムと社会の生活リズムとの間にずれができてしまって、社会生活に適応できなくなった」のではない、と述べます。(p138)
現に、「フクロウ症候群の若者たちは、幼稚園、小学校時代を通して早寝早起きの朝型生活だった子どもが意外に多いという結果になっている」そうです。(p102)
単に夜型生活を続けるだけで慢性疲労症候群になるとは考えられません。夜のコンビニの光やゲーム、スマートフォンより、比べ物にならないほど強力な発症因子があるのです。それは何でしょうか。
受験勉強を控えた頑張り
最大の要因は、端的にこう要約されています。
とくに受験を控えた中学生や高校生の多くにフクロウ症候群が多発する事実は、睡眠覚醒リズムを犠牲にした毎日の頑張りが疲れを生み、生体リズムに障害をおこす可能性を示しています。(p106)
調査によると、特に夜遅く(1時過ぎ)に寝るタイプ、および学校から帰って一度仮眠をとり、その後明け方まで勉強し、再度睡眠をとるグループは危ないそうです。こうした受験勉強を控えた過密スケジュールは、以下のニュース記事でも問題視されています。
日本の偏差値教育は「右腕が太くて腕相撲だけは強いが、左腕や足腰は弱く、人生のマラソンには向いていない」人間をつくり出しています。しかも他の人の成功を一緒に喜ぶよう促すのではなく、他の人に勝つことを喜ぶよう仕向けます。(p150)
「今は勉強だけの時である。遊びごころは一切捨てて受験にまい進しなさい」という時間が半年も何年もつづくのは、人権を無視した貧困な環境だと著者は指摘しています。(p152)
連日の激しい運動
結論をいえば、日本における部活の本態は若者を疲れさせることにあり、フクロウ症候群の源であるということになります。
…さらには学校社会の「休むことを許さない」体質が、子どもたちをフクロウ症候群に追い込んでいると考えられます。 (p117-118)
スポーツは一見からだを動かすものと考えられがちですが、実は最初に疲労を感じるのは脳の中枢神経だそうです。筋肉は超回復によって成長するので、適度に休みを取るなら身体機能が成長しますが、毎日行うなら、疲労が蓄積するばかりです。(p113)
連日の激しい運動の結果、待っているのは、オーバートレーニング症候群(OTS)です。OTSは慢性疲労症候群と同等の状態、つまり慢性疲労を通り越した、容易には回復しない生体リズム障害だと言われています。
有能なコーチは、休みたがらない選手にいかに休養を与えるか第一に考えるそうですが、日本の学校の部活はほぼ毎日、土日の休みなく行われています。ときには体罰さえ伴う過酷なものであることは、先日取りざたされたとおりです。
200以上ある国の中で、体育を教科としている国は10程度だそうです。大多数の国の人にとってスポーツは自分で楽しむ「レジャー」ですが、日本では人に言われてやる「労働」なのです。(p134)
いじめ
これまでの話から、日本という国はよくよく疲れることの好きなところだと感じていただけたかと思います。休みのない詰め込み勉強、休みのない部活、休みのない仕事、とつづきましたが、まだまだ大物がフクロウ症候群の背景に残っております。(p120)
慢性疲労症候群のきっかけは凄惨ないじめかもしれません。いじめは自分の存在が否定される衝撃的な経験です。いじめられた子どもの脳は緊張状態になり、一時足りとも休まりません。(p120)
日常的な虐待や暴言が脳を萎縮させてしまうことは、以下のエントリでも取り上げました。
偏差値社会における「何事においても他人と比較する」という体質と、いじめにおける「ダメな人間だ」というレッテルは同じものです。(p145)
ここに挙げた3つの背景は、どれも脳の一部の興奮状態をもたらします。脳細胞の過労と機能低下が生じ、生体リズムを保つ体内時計が狂います。中枢神経が疲労し、自分ではどうしようもない疲労感や昼夜逆転が生じてしまうのです。
このほか、インフルエンザやカゼがきっかけになり、朝起きができなくなる場合もあるそうです。(p130)
この本には、不登校状態になってしまったある生徒の次のような経験談が載せられています。
Hさんは通学に往復三時間ほどかかってしまいます。大学受験のための朝の課外を受けなくてはなりませんので、朝五時半に起きて登校し、部活のために帰りは夜九時を回ってしまうという毎日です。
二年生のはじめから、疲労感があると訴えはじめておりましたが、ある日家にたどりつくと同時に倒れて病院に運ばれました。
点滴などの治療を受けましたが疲労が回復せず、日常生活ができなくなりました。睡眠時間がずれて昼夜逆転が起こりました。
…もしこのような生活を学生たちに強いているのがふつうだと感じられる大人たちがいるとすれば、それこそふつうではないと思います。(p109)
そう、慢性疲労症候群の原因は、子どもたちが不登校になる直前まで強いられてきた、ふつうでない生活にあるのです。
では、フクロウ症候群はどうやって治療すればよいのでしょうか。今苦しんでいる人に役立つアドバイスがあるでしょうか。
どうやって治療するの?
残念ながら、慢性疲労症候群の根本治療の方法はいまだありません。それでも、治療のために役立つ7つの点をまとめてみました。
1.まず覚悟する
残念ですが、少なくとも数ヶ月長ければ数年間、自らが納得できる社会での活動はほとんど行えなくなります。
この覚悟をまずしていただく必要があります。(実際には無理な注文であることは知っております)。
そのうえで、まず眠れるだけ眠ります。いわゆるフリーラン的な生活を1~数週間していただくのですが、この生活状態を表にしておいて下さい。治療上参考になるからです。(p166)
最初に求められるのは、すべてを捨てて回復に専念する覚悟だそうです。学校にしがみつけばしがみつくほど症状が悪化してしまいます。
休むことを決意したら、まず徹底的に眠りたいときに眠ることで、自分に必要な睡眠時間の量や、睡眠時間のタイプ(睡眠相後退型、フリーラン型、不規則型)を知るようにします。そのデータによって、治療の方針が定まるそうです。
2.最低限のくすり
自分で昼夜逆転状態を変えたいと思っても、ほとんど成功することがないので、最低限のくすりに頼ります。それには睡眠リズムにかかわるメラトニン、脳の興奮をとり成長ホルモンの分泌を促すクロニジン、生体リズムの調節に役立つビタミンB12などが含まれます。(p168-170)
注意したいのはメラトニンの服用タイミングです。睡眠剤のように眠前に飲んでしまう人も多いのですが、それでは睡眠時間がずれたまま戻りません。
メラトニンは、服用して4-5時間後に血中濃度が低下し、自分の体内で作るメラトニンの分泌が促されるという特徴があります。そのとき、ずれていたピークが引き戻されるので、午後9-10時に寝たいなら、午後6-7時ごろに飲むのがよいのではないかとされています。(p176)
3.少しでも朝食を食べる
食欲がなくても、3度の食事を少しずつでもとるよう勧められています。(p180)
「時計遺伝子」の力をもっと活かす!: がん、うつ、メタボも防ぐ、体内の「見張り番」 (小学館101新書)という本によると、最近の研究では、脳の体内時計とは別に、食事を中心にして調整される「腹時計」ともいえる体内時計が存在していることがわかっています。
脳の体内時計が損なわれていても、食事時間を適正にすれば正しい生活リズムが戻るそうです。
食事によるリズムの調整は、空腹期間(断食)が長いほど効果が高く、少量の朝食でも効果があります。夕食を早めに取り、空腹時間を長くすること、朝、食欲がなくても、少しの朝食をとることが効果的かもしれません。
なお時刻合わせの観点からすると、朝食と昼食を一緒くたにした、いわゆる“ブランチ”が一番悪い影響をもたらすそうなので、気をつけたいところです。(p168)
4.まったく新しいことを楽しむ
わずかな起きている時間には何をすべきでしょうか。遅れた分を少しでも取り戻そうとして、無理やり勉強や仕事をしようとするでしょうか。あるいはゲームやマンガなど、今までやっていた気分転換に終始してしまうでしょうか。
三池先生は「今までの生活とはまったくちがうことをやってみる度胸があるか」と問いかけています。(p181)
学校や会社に戻ろうとすると、脳の緊張が高まり、疲労が強くなります。脳は生命の危機が生じた場所や活動をよく覚えています。そのため、これまでとは異なる脳の部分を使う、新しいことに挑戦し、楽しむ時間を持つよう勧められています。
とても疲労感が強い時でも、不思議なことに、自分の好きなことであれば、思いのほか楽しめるものです。熱中していると、少しの間症状を忘れられることもあるかもしれません。
可能なら温泉に行ったり、料理を学んだり、楽器を演奏したりできるかもしれません。特に「自然と親しむことは最高です」と書かれています。(p182)
5.疲れやすさを克服する
問題は、長年、ときには幾十年も残るかもしれない、ひどい疲れやすさです。この本の執筆時点では、高圧酸素療法や低体温療法を試していると書かれています。(p185)
学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている (講談社プラスアルファ新書)の時点では、ピルビン酸脱水素酵素の賦活や中鎖脂肪酸の服用、抗コリンエステラーゼの使用について書かれています。(p204)
最新の不登校外来―眠育から不登校病態を理解するでは、ピルビン酸ナトリウムの服用、コエンザイムQ10をはじめとしたいくつかのサプリメントの服用、低温サウナ療法(和温療法)について書かれています。(p90)
記述が変遷しているあたり、難航している様子がうかがえますが、裏を返せば、これらの治療法はどれも、幾人かには効果があったということでしょう。個人や近くの病院で試せるものがあればやってみるのもよいかもしれません。
6.新しい環境に行ってみる
エネルギー生産性が低下している状態はたしかに後遺症として引きつづいていくように思われます。しかし、明らかにこの状態が改善してしまう状況が一つあるのです。
フクロウ症候群の若者たちがアメリカやニュージーランドなどでホームステイして外国の学校に通うようになると、つまり留学すると、みるみるうちにはつらつと元気になっていくのは、まるでマジックをみているように不思議な現象です。(p187)
高校三年生で発症し、数ヶ月の入院でも回復しきらなかったSさんは、アメリカの友人から、転地療養と思ってこちらに来なさい、と誘われたそうです。重い気持ちを何とか励まして飛行機に乗りましたが、二ヶ月後にはとても元気になっていました。
もちろん、これは、外国に行けばみんな元気になる、という話ではありません。著者は「このような話は一つのヒントを与えてくれる」と述べるにとどめています。(p188)
ポイントは、日本より外国が優れているというより、積極的に環境を変えてみるなら、何か突破口が見つかるかもしれないということだと思います。
7.豊かに生きる
ある日、娘が私にいったことを思いだします。
「…お父さんやお母さんみたいに『ほらここに花が咲いているよ。ほら小川が流れているよ、蝶が飛んでいるよ』って育てられたら、なかなか頂上に行きつかないけど、おりるときには景色や、花や、風や、いろんなものが楽しめて豊かだよね」。(p200)
以前にもこのブログで引用しましたが、ひときわ印象に残っている言葉です。必死に知識を貯めこみ、良い成績、良い大学を目指すばかりが豊かな生き方ではない、ということを物語っています。
この本は著者が渓流でヤマメ釣りを楽しんでいる場面で幕を閉じます。著者にとっての豊かな人生とは「自分の興味を追求しながら、没頭できる時間を死ぬまでもちつづけられること」です。(p201)
フクロウ症候群の人は既存のレールにつながれた、いわば「車輪の下」的な生き方によって疲れ果ててしまった面があります。心の奥で憧憬する「豊かな生き方」を見つけることは、回復を目指す推進力となるのではないでしょうか。
あきらめるのはまだ早い
わたしの知り合いに、夫婦で外国に行っていて、数ヶ月に一回だけ、診察で市大の慢性疲労外来にかかっている方がいます。疲れやすさはかなり残っていますが、海外での生活が楽しく、充実しているそうです。
わたしもそれにあこがれて、去年は、厳密に体調を整えて、かなりの無理を推して、外国に少しの間行ってみました。まだまだハードルは高そうですが、必ず回復してそちらでの生活を目指したいという目標ができました。
慢性疲労症候群は決して気のせいや心の持ちようではありません。そのことは、著者自身がはっきりと断言しています。外国に行って気分転換すれば治る病気ではないことは確かです。(p4)
ですが、頭を使う勉強も、身体をつかう運動も、心を虐げるいじめも、どれも脳の中枢神経にダメージを及ぼすというのがフクロウ症候群のメカニズムでした。大人のCFSでも、心身問わずさまざまなストレス要因が関わっているとされています。
治療で挙げた4番目の点のように、今までやっていない新しいことに挑戦すると、脳の残された機能が少し活性化されるかもしれません。
6番目、7番目の点のように、今まで行ったことのない新しい環境に身をおき、豊かな生き方を実感するなら、病気のもとでも喜びや楽しみを見いだせるかもしれません。
時間とムダの科学 (PRESIDENT BOOKS) という本にはこんな言葉があります。
人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ。
脳は単なる気の持ちようでは変わりません。一方、環境は脳を変えます。
脳の中枢神経の疾患だからこそ、同じ環境にとどまっているのではなく、今までと違う脳の使い方を試してみるなら、少しでも疲労感を和らげられる生き方が見つかる可能性があります。
フクロウ症候群を克服する―不登校児の生体リズム障害 (健康ライブラリー)は 慢性疲労症候群のわたしたちに歩むべき方向のヒントを与えてくれる一冊です。
たとえ若くして慢性疲労症候群になったとしても、まだあきらめるには早すぎるのです。