愛着スタイルは、子ども時代の養育によって、後天的に獲得したものでありながら、あたかも強力な遺伝子のように、障害を促進したり、予防したりする。(p39)
あなたは発達障害のような傾向を持っていますか? ADHDや自閉症スペクトラムと診断されたことがあるでしょうか。
そのような場合、一般には先天的な脳の要因がすべてと言われますが、実際にはそうとは言い切れないかもしれません。
わずか一歳半で獲得する後天的な愛着スタイルによる問題は、発達障害と酷似していて、「専門家がみても、すぐには区別がつかないこともある」からです。(p171)
愛着とは何でしょうか。発達障害とどう関わっているのでしょうか。愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)から愛着障害について考えたいと思います。
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これはどんな本?
あらゆる難病の影には、子ども時代の環境が関係している。これはこのブログで何度か取り上げてきたテーマのひとつです。
幼い子どもの場合、愛情不足は愛情遮断症候群という形で現れ、発達が遅れます。悲惨な環境で育った子どもの場合は、発達障害としてのトラウマ関連障害が現れます。
しかしごく普通の家庭で育った子どもの場合も、程度の差こそあれ、養育環境の問題が生涯を通じて反映されるといいます。
同じ著者による、愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)では、多くの人が抱える生きにくさの原因、3人に1人が抱える不安定型愛着とは何かが説明されていました。
子どものころの親との関わりによって、不安定型愛着を抱えた人たちは、他人の顔色を見ながら生きていくので、さまざまなストレスを抱えます。
最近読んだ身体がノーと言うとき 抑圧された感情の代価では、子どものころの抑圧された感情が、強いストレスを生んでいることに触れました。
親や周りの期待に添おうとして生きてきた人たちは、他人に対して口でノーといえません。しかしやがて、身体が耐えかねてノーという、つまり病気になる日がくるのです。
この愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)は、愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)の続編ともいえる力作です。
120以上もの論文に言及して練り上げられた愛着障害に関する論議は圧巻であり、かといって専門的になりすぎず、一般人が読めるレベルにまとめられています。
前著を読んでいれば、必ず気になるのは愛着障害と発達障害の違いですが、本書はひとつの章をまるごと割いて、その問題に真っ向から切り込んでいます。愛着障害に興味をもった人であれば読んでみて損はないといえます。
愛着障害とは何か
愛着障害については、以前に以下のエントリで詳しく書きました。子どものころの親との関わりが、何らかの原因であまりうまく行かなかった場合、生涯にわたって生きづらさが生じ、ストレス耐性も弱くなるというものです。
子どものころの養育環境が、その後の人生を左右する、というとアダルトチルドレンやインナーチャイルド、といった考え方が有名かもしれません。
しかし多くの場合、子ども時代の家庭環境を思い出すのは困難です。本人のあいまいな自己申告に基づいていて、偽性記憶という作り話が生まれることもあります。
それに対し、愛着障害は、客観的な診断方法がある点でユニークかつ実際的です。本人の愛着パターン、愛着スタイルを調べれば、あたかも木の年輪を調べるかのように、子どものとき、どんな家庭環境で育ったかを知ることができるのです。(p28)
子どもの場合は、新奇場面法という方法で、愛着パターンを調べることができます。子どもがしばらくお母さんと引き離された後、再会するときに、どんな反応をみせるか調べる、というものです。(p74)
大人の場合は、成人愛着面接という方法で愛着スタイルを調べることができます。これを読んでおられる方も試してみてください。まず親について思いつく印象を5つ挙げます。それぞれについて、具体的なエピソードを思いだします。
以下に、愛着パターン・愛着スタイルごとに、それぞれのテストでどんな反応を示すのか書き留めておきたいと思います。
1.安定型
新奇場面法:再会を喜び、親に近づき、抱かれようとする。
成人愛着面接:具体的な経験を豊かに思いだして語ることができる。ネガティブな経験についても、共感や許しを示し、親について肯定的に語る。
子どもの場合は「安定型」、大人の場合は「安定-自律型」と呼ばれます。安定型は、親子のコミュニケーションがうまくいっている家庭で育ったことを示します。
2.回避型
新奇場面法:再会に無頓着で、自分の遊びを続ける。
成人愛着面接:自分の子ども時代についてポジティブな見方をするものの、話はあっさりしていて詳しく思い出せない。しかし詳しく聞いているうちに、あまり構われないで育ったことが明らかになる。
子どもの場合は「不安定-回避型」、大人の場合は「愛着軽視型」と呼ばれます。
回避型は、情愛を感じにくい環境で育ったことを示します。親に期待せず、自分で楽しむようになったと考えられます。また、規則や方針に縛られ、常に「やらされている」と感じる家庭だったかもしれません。
望みもしないものを与えられつづけた場合も、子どもの気持ちを常に無視しているという意味で同じです。回避型の子どもは新たなチャレンジや対人関係を避けがちで、喜びや意欲に乏しいそうです。(p92)
記憶が飛ぶといった解離症状が見られる場合もあります。(p102) 身体がノーと言うとき 抑圧された感情の代価に登場した、「幸せな子ども時代」を回想した難病の人たちは、回避型だったといえます。
3.不安型
新奇場面法:怒ってお母さんを叩いたりする
成人愛着面接:親との関係について客観的に振り返ることが困難で、曖昧な答えを返したり、怒ったりする。生々しい感情に呑み込まれやすい。混乱している。
子どもの場合は「不安定-抵抗/両価型」、大人の場合は「とらわれ型」と呼ばれます。不安型は、可愛がられるときと拒否されるときのギャップの大きい養育を受けたことを示しています。
親が神経質だったり病弱だったりして、親の気分の浮き沈みが激しい場合に、子どもは親の顔色に敏感になります。見捨てられるという不安が強く、本音と逆の行動をしてしまいます。(p93) 不安型の子どもはうつや不安を生じやすいそうです。(p101)
4.混乱型
新奇場面法:回避型と両価型の特徴が無秩序にみられる
成人愛着面接:死別や外傷的体験について聞かれると、混乱・沈黙・拒否的な反応を示す
子どもの場合は「不安定-混乱型」、大人の場合は「未解決-自律型」と呼ばれます。混乱型は、虐待や著しい混乱のある家庭で育った子どもに見られます。親を求める気持ちと恐れる気持ちが葛藤しているのです。
混乱型の子どもは境界性パーソナリティ障害や解離性障害になりやすいそうです。(p102)
これら4種類の愛着スタイルは、子どものもともとの気質ではなく、親と過ごす時間、養育の仕方、親自身の愛着スタイルによって形作られます。(p78,100) 自分が置かれた状況や、親の愛着スタイルに適応した結果が、生涯変わらない生き方になるのです。(p95)
各愛着スタイルの具体的な性格については、愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)に書かれています。詳しく解説しているサイトもいくつかあるので検索してみてください。
愛着障害と発達障害の違い
これまで愛着障害は、特別悲惨な家庭に育った子どもにだけ用いられる診断名でした。診断名としての愛着障害は特に2つに分類されます。
脱抑制性愛着障害: だれにでも親しく接し、無警戒。ADHDと似ている
抑制性愛着障害: 甘えたいのに甘えられず警戒心が強い。自閉症スペクトラムに似ている
しかし、愛着障害は、これまでに見たように、もっと普通の家庭でも、程度の差こそあれ生じるということがわかってきました。では、急増する自閉症スペクトラムやADHDと愛着障害は本当に別の病気なのでしょうか。
移民国家イスラエルの調査では、いわゆる「発達障害」がすべて遺伝によるものだとは考えられないという事実を示しています。
同じエチオピア出身の人たちについて調べたところ、エチオピアで育ってイスラエルに移民してきた子どもは発達障害が少なかったのですが、イスラエルで育った子どもは発達障害の割合が高かったのです。(p150)
発達障害という診断名が増えているのは、「発達障害は遺伝子レベルの問題で生じる障害なのだから、それは不可抗力であり、だれのせいでもない」という親を元気づける方便としての意味合いがあるとされています。(p169)
発達障害が遺伝子レベルの問題であることは確かですが、実際には、養育の問題がまったく無関係とはいえないのです。
■自閉症スペクトラムの場合
愛着というのは単なる心理的な現象ではなく、オキシトシン・バソプレシン・システムという脳内の生物学的メカニズムに基づいていると考えられています。
このシステムは、安心感や信頼感、社会性、共感、顔の認知などに関係しています。「遺伝的要因によってうまく働かなくなるだけでなく、幼いころの養育環境といった環境的要因によっても機能不全に陥る」そうです。(p126)
オキシトシンとバソプレシンは二つの愛着ホルモンと言われています。オキシトシンは、女性ホルモンによって効果が強められる物質で、辛抱強く優しいお母さんの性質の源です。
逆にバソプレシンは男性ホルモンによって効果が強められ、家族を守り、頼りになるお父さんの性質を形作ります。男性と女性で働き方が違うのです。(p118)
その結果、オキシトシン・バソプレシン・システムに異常があると、男性と女性で異なる問題が生じると書かれています。
現代の精神医療を象徴する二つの特異な現象は、一方では、境界性パーソナリティ障害につらなるような愛着障害のケースが増加していることであり、もう一方では、アスペルガー症候群のような比較的軽度の「発達障害」が増加していることである。
…両者はまるで対極的な特徴をもち、境界性パーソナリティ障害が超女性脳的であるのに対して、自閉症スペクトラムは超男性脳的であるといえる。
…だがその一方で両者には共通する点が少なくないことも指摘されてきた。過度に潔癖な、完璧主義の思考パターンになりやすいことや、曖昧な状況が苦手なこと、心の理論が未発達で…不安レベルが高いことなどが挙げられる。
…ひとつの仮説が浮かび上がる。つまり、両者は、同じオキシトシン・バソプレシン・システムの問題を共有するが、それが原因や性別の違いによって異なる現れ方をしているのではないかということである。(p139-140)
著者は、遺伝的要因が強い場合は、自閉症スペクトラムとして現れ、男性ホルモンの影響で、男性の有病率が上がるのではないか。また養育的要因が強い場合は愛着障害や境界性パーソナリティ障害として現れ、女性ホルモンの影響で、女性の有病率が上がるのではないか、としています。
自閉症スペクトラムと抑制性愛着障害は、同じシステムの異常であるため症状が似ていますが、遺伝によるものか養育によるものかという明確な違いがあり、 症状の程度や回復にも差が見られやすいという結論になります。(p172)
前著、愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)でも、こうあります。
自閉症の子どもの場合、母親との愛着の安定性を調べると、健常児の場合よりも、不安定型愛着の割合が高いことが知られている。
しかし、より症状が軽度な自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群も含まれる)では、健常児と比べて不安定型愛着の傾向には、違いが認められていない。
つまり、発達障害があっても、愛着への影響は小さく、両者は別の問題として理解した方がよいということである。(p140)
ちなみにバソプレシンは体内時計の周期とも関わっているという研究が近年増えていて、実際に自閉症や愛着障害の人は概日リズム睡眠障害になりやすい傾向がよく知られています。
■ADHDの場合
ADHDの場合はもっと複雑です。ADHDでは、ドーパミンD4受容体の多型がリスク遺伝子として注目されています。
この遺伝的要因をもっている子どもでは、新奇性探究が強く、ADHDになりやすいと同時に、混乱型愛着にもなりやすいことがわかっているそうです。(p130)
また、養育の問題が、良い方向にも悪い方向にも増幅されやすいそうです。この遺伝子があっても、環境に恵まれれば安定型愛着を育み、ADHDも防ぐことができますが、社会の環境があまり良くないと、それを過敏に反映し、遺伝と環境、両方の不可抗力でADHDや混乱型愛着になってしまいます。要は過敏さを持った子どもだということです。(p163,170)
近年、生まれつき敏感で繊細な性質、HSP(Highly Sensitive Person)が注目されていますが、ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)では、HSPの子どもは、養育による愛着(アタッチメント)の影響が大きいとされています。(p131)
脳科学は人格を変えられるか?によると、うつ病などのリスク要因で、繊細な人に多いとされているセロトニントランスポーター遺伝子の短いタイプも、生まれつきの感受性の強さに関わる遺伝子です。(p182)
今回取り上げている愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)でも、ドーパミンD4受容体遺伝子多型の説明のすぐ後で、やはりセロトニントランスポーター遺伝子の関与について書かれています。
おそらく、こうした感受性の遺伝子と、生まれつきの過敏さであるHSPは同一のものを指しているのでしょう。
それで、著者は次のように結論しています。
ADHDと混乱型(脱抑制性)愛着障害は、遺伝的要因も共通で、しかも、どちらも同じような養育要因がからんでいる。つまり、二つは同じものの別の側面を見ている可能性がある。(p172)
近年、ADHDと境界性パーソナリティ障害がしばしば合併していることが明らかとなり、子どもの頃にADHDだった人が長じて境界性パーソナリティ障害を抱えるケースが少なくないことがわかってきた。
しかし、これも混乱型などの不安定型愛着と両者の関係を考えれば当然のことであり、年齢とともに症状や病名が移行していくと考えられる。(p194)
自閉症スペクトラムと愛着障害には原因の違いがありましたが、ADHDと愛着障害は深く からみ合っていて分けられない、というのが結論のようです。愛着を土台として発達が進んでいくため、発達障害と愛着障害は密接に関連しているのです。(p171)
▼ADHDと愛着障害
ここでは、同じものの別の側面を見ている可能性があるとされているADHDと愛着障害ですが、医療の場では両者の区別を重視する臨床家もいます。
たとえ同じものの別の側面であっても、愛着の傷が深い場合は、症状や治療法が異なるということかもしれません。
愛着障害にどう対処するか
このように、急増する「発達障害」の診断の裏には、愛着障害ともいえる問題が隠れており、発達という観点だけに注目しても解決しにくい、と指摘されています。
社会のあり方が変わり、自己中心主義が普通になっている世の中では、愛着が育みにくく、発達に問題を抱える子どもが多いのです。
さまざまな難病のベースに愛着障害がある場合、治療が長引き、治りにくい要因になります。その点は身体がノーと言うとき 抑圧された感情の代価に書かれていたとおりです。
子どものころからの満たされない思いや、常に人の顔色を気にする生き方、ストレスを抱え込んでしまい、心身ともに疲れる傾向といった愛着の問題を癒やすにはどうすればいいのでしょうか。著者はこう述べています。
愛着の問題を克服する道は、自らにとっての安全基地をもちつつ、自らも安全基地となって、守られることを必要としている存在を守るということに尽きるのかもしれない。(p243)
難病を抱える人であれば、心から信頼できる主治医をもつこと、また互いに支え合える同病の仲間と知り合うことが、愛着の傷を克服する助けになるかもしれません。
身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価第19章にある「治癒のための7つのA」を、いわば病気の人にとっての「7つの習慣」として意識するのも良いかもしれません。
いずれにしても、発達障害のような傾向を持っている、と感じる人は、自分の問題を愛着の観点から見なおしてみると新しい発見があるのではないでしょうか。