病気の人が習慣にしがちな偽りのポジティブ思考とは何か

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健康への道をたどる第一歩は、いわゆるポジティブな考え方に固執しないことである。

…「私はいつもポジティブな気持ちでいたんですよ」と40代後半のある男性は私に言ったものだ。

「悲観的な気持ちになったことは一度もない。なのにどうして私ががんにかからなきゃいけないんでしょう」(p350)

ジティブ思考がよくない?

そんなことは初耳だ、とおっしゃる方もいるかもしれません。病気になれば、ポジティブ・シンキングが必要だ、とよく言われます。

たとえば慢性疲労症候群を診ている倉恒弘彦医師は、著書危ない!「慢性疲労」 (生活人新書)で、「ストレスの対処法としてのポジティブシンキングは極めて重要であると思っています」と書いています。(p187)

しかし、このポジティブシンキングには重大な落とし穴があり、それがかえって病気を悪化させることもあれば、そもそも病気のおおもとである可能性さえあるのです。

偽りのポジティブシンキングとは何でしょうか。どのようにしてその落とし穴を避けられるでしょうか。身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価から精神神経免疫学の専門家、ガボール・マテ医師の説明を見てみましょう。

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これはどんな本?

この本の著者ガボール・マテはバンクーバーの医師です。注意欠陥・多動性障害(注意欠如・多動症)や緩和ケアの専門医で、サイコセラピストでもあります。

このブログで取り上げている愛着理論についての専門家でもあり、別著に思春期の親子関係を取り戻す―子どもの心を引き寄せる「愛着脳」があります。

この本、 身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価はさまざまな難病の背景に抑圧された感情があることを指摘した本で、慢性疲労症候群や線維筋痛症との関わりも示唆されています。

ポジティブ思考を盲信する人の落とし穴

一般に、ポジティブ思考とは、嫌なことをすぐ忘れたり、問題に直面して前向きな考え方をすることと結び付けられます。

先述の慢性疲労症候群に関する危ない!「慢性疲労」 (生活人新書)の中では、こう説明されています。

何が起こっても「まあいいや!」と、さらりと水に流して先のことを考えることのできる人は、慢性疲労症候群になる確率はかなり低いように思われます。(p38)

嫌なことはすぐ忘れる。何か嫌なことをやらされても、成長するために神が与えた試練だ、と自分勝手に都合よく解釈してしまうようにする習慣を身につけることが大切 (p187)

しかしこれは、ポジティブシンキングの本質を表す表現ではありません。

ガボール・マテは次のように問題点を指摘します。

“思考”という言葉に「ポジティブ」という形容詞をつけたとたん、現実のうちの「ネガティブ」だと思われる部分は排除されてしまう。

これはポジティブ思考の力を信じる人のほとんどに見られる現象である。

本当のポジティブ思考は、あらゆる現実を認めるところから始まる。(p351)

どういう意味でしょうか。

ポジティブシンキングを具体例に置き換えて考えてみると明らかになります。

たとえば、旅行中に車が故障したとしましょう。このとき、一般になされているポジティブ思考をするとどうなるでしょうか。

■嫌なことはすぐ忘れる
…車が故障したことは忘れよう。このまま運転すればなんとかなるさ。

■都合よく解釈する
…たまたま今日は車の調子が悪いらしいな。あるいは神様の機嫌がちょっと悪いのかもね。

さて、このようなポジティブシンキングをしたところで何か問題が解決するでしょうか。まさかそのまま故障した車の中で一夜を過ごすとでもいうのでしょうか。このようなポジティブシンキングに意味はないことは、だれにでもわかります。

では、人生という旅路を旅行中に、自分の体が故障した、つまり病気になったときはどうでしょうか。

先ほどの車のたとえから考えるとわかりますが、「なんとかなるさ」「まあいいや」と考えたり、あるいは「神様が与えた試練だ」と都合よく解釈したりしても、何の解決にもなりません。

そのようなポジティブシンキングには何の意味もありません。むしろ、問題の解決を先延ばしにしているだけでしょう。

ガボール・マテはこう指摘します。

治療のためには、ネガティブに考える勇気を奮い起こさなければならない。私の言う「ネガティブ思考」は、現実主義を装った暗くて悲観的な考え方ではない。それはむしろ、何がうまくいっていないのか考えてみようという姿勢なのである。

バランスを乱しているのは何だろう? 私は何をないがしろにしてきたのだろう? 私のからだは何に対してノーと言っているのだろう?

こうした問いかけをしないかぎり、私たちのバランスを乱しているストレスはいつまでも隠れれたままなのである。(p352)

先ほどのたとえでいうと、何が原因で車が故障したのか、じっくり考え、解決策を見出すことが必要なのです。わたしたちの体が故障しているときにも同じことがいえます。

ポジティブな人ほど病気が重い

だれもが口をそろえて意外だと言いそうな統計があります。それは、ポジティブな人ほど身体的な病気が重いというデータです。

乳がんが再発した女性についての別の研究では、「一年間の追跡調査によると、[心理的な]ストレスをほとんど報告しなかった患者(……)そして他の人から『順応性がある』と評価された患者のほうが、死亡する率が高い」ことが明らかになっている。(p353)

ストレスを報告しなかったり、よく順応するポジティブな考え方をする人ほど病気が重くなるというこうした統計は何を意味するのでしょうか。

少なくとも、先ほど倉恒先生が述べていた、ポジティブな人ほど慢性疲労症候群になりにくいという直感的な意見とは正反対です。

ガボール・マテもそのことを認めています。

より明るい考え方をし、悩みが少ないように見える人のほうが病気が重くなるという研究結果がいくつも出ていることは、世間一般の見方に反しているように思われる。(p354)

ポジティブシンキングは、病気の回復によいというのが常識ですが、実際にはそうではないようだ、ということが分かります。確かに喜びや満足感は、病気に対して良い効果を及ぼしますが、ここで取り上げている偽りのポジティブ思考は、むしろ有害で病気のおおもとでもあるのです。

果たしてこの偽りのポジティブ思考の正体は何なのでしょうか。

偽りのポジティブ思考―その正体

ガボール・マテは、偽りのポジティブ思考の正体について、こう書いています。

マイケル・カー博士が指摘したように、無理やり楽観主義者になろうとするのは、不安に直面しないために不安を封じ込めるひとつの方法である。

その種のポジティブ思考は、傷ついた子供が身につける対処パターンである。それに気づかず、傷ついたまま大人になった人は、子供のころの自己防衛手段のなごりを一生持ち続けることになる。(p351)

偽りのポジティブ思考、つまり、何事に面しても、嫌なことはすぐ忘れてしまったり、現実から目を逸らして都合よく考えたりする手段は、子どものころの自己防衛手段の名残であることが書かれています。

この自己防衛手段は「解離」と呼ばれます。自分にとって嫌な記憶、都合の悪い記憶を、都合よく切り離して、潜在意識という引き出しの中にしまってしまうのです。

たとえば深刻な虐待や性暴力に遭った人は、そのときの記憶を思い出せないことがあります。それは、その記憶を切り離して、無意識の底へとしまっていることを意味します。

そこまで深刻でなくとも、子どものころに身につけたある程度の「解離」によって、嫌なことを次々に忘れることができる人がいます。そのようなパターンは「愛着回避」とも呼ばれます。

「幸せな子供時代だった」

「愛着回避」の傾向は、「自分は幸せな家庭で育った」と考えている人に見られるといいます。家庭に問題がなかったわけではありません。しかし幸せだったと考える人たちです。

たとえば全身性エリテマトーデスのアイリスは、父親は暴君で、母親は頼りにならなかったのに「幸せな子供時代」だったと述べました。(p363)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)には、愛着回避の人が、そのような考え方をする理由について書かれています。

愛着回避を診断する成人愛着面接という手法では、愛着回避の人は、ネガティブな体験を思い出すように言われると、思い出すのに時間がかかることがわかっています。

親や家庭についてポジティブな表現をしますが、具体的な経験を問われると思い出せないそうです。幼少時の記憶が乏しいという特徴も見られます。

つまり、回避型の人はネガティブな経験へのアクセスが抑制されているといえる。(p192)

脱愛着の傾向を示し、過去の傷つき体験を記憶から切り離し、蓋をすることで心の安定を保っているといえる。

幼いころの記憶が乏しく、ことに悲しい記憶や不安な記憶を思い出すのに時間がかかるのはそのためである。(p207)

過去の辛いネガティブな記憶を切り離した結果、幸せな子供時代という偽りのポジティブ思考が生まれ、ストレスを報告せず、一見して順応性があるように見える人格が構成されるのです。

愛着回避を示す人は、子どものころに経験した、辛いこと、嫌なことに対し、だれも守ってくれない、と感じました。そのため自分自身で問題を捌かなればなりませんが、どうしようもなく無力です。

その結果、辛いことを受け流し、忘れ、都合よく解釈することによって生き延びるのです。あるいは、空想に没頭したりする場合もあります。

そのような偽りのポジティブ思考は、子供時代を生き延びるには有益な手段だったはずです。しかし大人になっても役立つとは限りません。ガボール・マテはこう述べます。

子供のころに何とかして苦痛や葛藤を避けようとしたことが、大人になってからの病気への抵抗力のになさにつながるのである。(p352)

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)にもこうあります。

回避型の人では…さまざまな身体疾患の罹患率が高い傾向が見られ、自覚されないストレスがさまざまな身体的な症状となってあらわれやすい。(p198)

愛着回避の傾向は、身体的な病気を招きやすいことがわかっています。抑圧された感情は、免疫システムに無意識のうちに負荷をかけ、自然な機能を阻害するのです。

偽りのポジティブ思考を克服するには

偽りのポジティブ思考を克服するには、すでに車のたとえで述べたように、現実主義的な見方をする必要があります。

決して「まあいいや」と現実を受け流したり、病気は与えられた試練だ、などといった都合のよい考え方をしてはなりません。

以下のことをじっくり考えましょう。

■自分は嫌なことから目を背けて逃げていないだろうか

■何かにコントロールされるような生き方をしていないだろうか

■親の理想像に自分を合わせようとしてきたのではないか

■自分に正直に生きているだろうか

■それとも他の人の期待のために生きていないだろうか

■だれかの役に立たないと自分は価値がないと考えていないだろうか

■頑張らないと認められないと感じていないだろうか

 これらの質問に答えをだすなら、自分の正直な気持ちを表してきたかどうか、それとも偽りのポジティブ思考でごまかし、本当の自分を押し殺してきたかどうかがわかります。

そして抑圧された感情という問題点にも気づくことができます。もし人生のネガティブな部分を無意識のうちに覆い隠し、なかったことにしてしまい、ポジティブを装って生きているとしたら、しっかりとネガティブな部分にも向き合わなければなりません。

過去の嫌なこと、辛い記憶、向き合いたくない現実に目を向け、それらをひとつずつ処理していく必要があります。決して「まあいいや」と蓋をしてはなりません。

真のポジティブシンキングは、嫌なこととも正面から向き合い、思考力を働かせて、もつれた紐を解くことから始まります。車が故障しているなら、故障箇所を熟視し、再び走りだすために必要なことをよく考えなければなりません。

そのようにして真にポジティブな生き方を身に付ければ、自己治癒力という歯車が回り出し、未来に向かってアクセルを踏むことができるでしょう

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価は、そのような気づきがたくさん散りばめられた本です。もし身体的な病気に長年苦しめられ、いろいろな手を打っても改善しないとならば、この本を手引きに、心身の点検をしてみるようおすすめします。

▼ネガティブシンキングも必要
この記事に書いた点を逆の観点から考えた記事はこちら。

ネガティブシンキング恐怖症―何でもポジティブに!と考える人の落とし穴
ネガティブな考えや感情は有害だと考え、何でもポジティブでなければならないと考え人たちが陥りやすい問題点について、バランスの取れた考え方を「脳科学は人格を変えられるか」などの本に基い

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この記事では偽りのポジティブシンキングの害について考えましたが、真のポジティブシンキングの益についてはこちら。

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