アスペルガーとADHDの時間感覚の違い―過去と現在と未来

なたは、過去の学生時代の記憶を簡単に思い出すことができますか? 未来を考えて、計画を立てるのが得意でしょうか?

わたしにとっては、どちらの答えもノー、なのですが、わたしの知り合いの中には、学生時代の出席番号や生徒数まで覚えている人や、イベントを企画するのが得意な人がいます。

そうかと思えば、過去のできごとについてくよくよと考え続ける人もいますし、未来に起こることをあれこれと心配している人もいます。

これらのことからわかるのは、過去・現在・未来に対する時間感覚は、人によって異なる、ということです。そしてそれは、ある種の精神状態や、ADHD、アスペルガーなどの脳の特性と関係しているのかもしれません。

身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 (筑摩選書)という本では、それぞれの時間感覚が「祝祭論」という面白い手法で分類されています。あなたの時間感覚は、4つのタイプのどれに当てはまるでしょうか。ぜひ読みながら考えてみてください。

またADHDとアスペルガーの時間感覚の特徴の違いについても考えてみたいと思います。

スポンサーリンク

これはどんな本?

この本は、京都大学医学部附属病院の野間俊一先生による、精神疾患の「時間」をテーマとした珍しい本です。

このブログの最近のテーマのひとつである、解離性障害に関係した本、ということで読んでみたのですが、発達障害から新型うつまで、最近増えてきている精神科的問題を、解離と時間の観点から分析した良書でした。

スポンサーリンク

祝祭論とは

人の時間感覚を「祝祭論」という興味深い方法で分類しようとしたのは、木村敏という精神病理学者だそうです。(p139)

この祝祭論では、ラテン語のフェストゥム(祭り)という言葉を用いて、過去、未来、現在へのとらわれを表現しています。

厳密には、祝祭論は、完了性、未知性へのとらわれを表わしているとのことですが、完了してしまった過去、未知なる未来へのとらわれと考えても、必ずしも間違いではないとされています。(p146,168)

バランスのとれた人は、過去、現在、未来をうまく渡り歩いていますが、この本によると、それができず、いずれかの時間にとらわれてしまう4つの極端なタイプがあるそうです。

祭りのあと―過去にとらわれる人

まず最初は祭りのあと(ポスト・フェストゥム)です。ポスト・フェストゥムの人は、ちょうど、祭りが終わったあとのような、空虚感を感じています。(p141)

「終わってしまった」「取り返しがつかない」「あとの祭りだ」といった完了体で物事を考えます。過去の出来事にとらわれ、過去を悔やみ、後悔にさいなまれながら生きているのです。

このポスト・フェストゥムの代表例が、内因性うつ病だといいます。うつ病の人はひたすら、過去の後悔を引きずっています。未来についてさえ、将来こうなってしまうはずだ、と完了したことのように考えます。彼らにとっては、すべてのことがもはや完了した過去なのです。(p168)

もちろん、うつ病にならなくとも、いつまでたっても、過去の出来事にひきずられ、くよくよと考え続けていたり、すでに人生が終わったかのように空虚に感じていたりするなら、ポスト・フェストゥム的だといえそうです。

ただ、最近増えているとされる新型うつは、違うパターンを示すとされていて、これについては後ほど取り上げます。

祭りの前―未来にとらわれる人

それに対し、二番目は祭りの前(アンテ・フェストゥム)です。ちょうど、祭りの前に感じるようなそわそわした感じや、面倒なことを予期して、あれこれと不安を感じる主催者や警備員の心理を表しています。

「はたしてうまくいくだろうか」「もしあんなことになったらどうしよう」「何か困ったことにならないといいが」といった、未知なることへの不安にとらわれている状態です。

木村先生は、このようなアンテ・フェストゥムの心理を持つのは、統合失調症の患者だと述べています。統合失調症の患者は、周囲で起こることにつねに身構え、警戒しつづけています。(p144)

彼らは過去のことさえ「あれでよかったのか」と不安を感じます。もう過ぎ去ったことでさえ、まるでまだ起こっていない未知なることのように思えるのです。(p168)

統合失調症と言わずとも、アンテ・フェストゥム的な人は大勢いると思います。まだ起こってもいないことを思い煩い、あれこれと明日のこと、将来のことを心配しては不安になっているような人たちです。

そうした人たちは、未来を想像する能力が豊かであることが災いし、未知なる未来にとらわれているといえます。

脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかという本には、うつ病や統合失調症の時間感覚の異常について、別の観点から詳しく書かれています。

たとえばうつ病は「解体状態」(ディコントラクテッド・ステート)と呼ばれる状態にあり、将来を考えられない、という点などは祝祭論とも一致します。(p34)

祭りのさなか―今に熱狂する人

3番目のタイプは、まさに祭りのさなかに身を投じている人(イントラ・フェストゥム)です。祭りに加わって、熱狂し、没頭しているような心理をいいます。

激しい高揚感、感情の洪水、今をまさに生きていると実感するような生々しさを感じつつ、未来や過去には関心をもたず、一瞬を生きているような人たちです。「そこには過去も未来もない純粋な現在だけがある」のです。(p148)

この本によると、たとえば、てんかん発作や、躁うつ病、境界性パーソナリティ障害などは、激しい感情のうずに支配され、今という時間に翻弄されているとされています。(p149)

中でも、本文中で名前を挙げられているわけではありませんが、注意欠如多動症(ADHD)はイントラ・フェストゥムの代表格ではないかと思えます。この本ではイントラフェストゥムは「衝動の人」であると説明している箇所があり、ADHDを連想させます。(p186)

次々と流れてくる「今」にのめりこんで、過去や未来を考えずに衝動的に、行き当たりばったりに行動し、常に一喜一憂しているような人は、祭りのさなかに夜店から夜店へ走り回る子どもを思わせます。

イントラ・フェストゥムの人は、今が忙しすぎて、過去や未来にとらわれる余裕がないのです。

祭りのかなた―今と距離を置く人

最後の4番目のタイプは、祭りから距離を置く人(コントラ・フェストゥム)です。祭りのさなかに、静かな脇道へそれていって、一人て過ごしているような心理です。

コントラ・フェストゥムの人たちは、イントラ・フェストゥムと同様、過去や未来にはとらわれていませんが、「今」に熱狂しているわけではありません。一歩離れたところから冷めた目線で見ています。

コントラ・フェストゥムは、冷静で客観視できる反面、「今を生きている」という生き生きとした実感に乏しく、感情も失われている状態であり、広汎性発達障害や解離性障害の人の心理を表わしているといいます。(p151,152)

失感情症(アレキシサイミア)を伴う心身症の人も、やはりコントラ・フェストゥムだと言われています。新型うつもこちらだそうです。(p150,157)

そもそも、失感情症や新型うつは、新しく現れた疾患単位ではなく、自閉症スペクトラムや回避型の愛着スタイルによる弱い解離と思われるので、コントラ・フェストゥムに分類されるのは当然といってよいでしょう。

若い女性に多い「新型うつ」「非定型うつ病」とは何か、本当に存在するのか
若い女性に増加しているという「新型うつ」「非定型うつ」「現代型うつ」と呼ばれる病態について整理しています。
きっと乗り越えられる「回避型愛着スタイル」― 絆が希薄で人生に冷めている人たち
現代社会の人々に増えている「回避型愛着スタイル」とは何でしょうか。どんな特徴があるのでしょうか。どうやって克服するのでしょうか。岡田尊司先生の新刊、「回避性愛着障害 絆が稀薄な人た