ADHD(注意欠如・多動症/注意欠陥・多動性障害)の治療に使われる薬は、日本国内で適応があるのは、現時点(2017年4月)ではコンサータとストラテラ、そしてインチュニプの3つだけ(インチュニブは小児のみ、成人は臨床試験中)です。
しかし経験ある医師たちは、適応外処方といった方法も用いつつ、そのほかのいろいろな薬もADHDに効果があることに気づいています。また諸外国では、さらに多くの薬がADHDの適応を取得しています。
それで、インターネット上の医療情報に関するサイトを調べて、ADHDに効果があると言われる薬を集めてみました。それぞれ、参照元のサイトからの引用も含めて、なぜADHDに効果があるのか、という点も説明しています。
わたしは専門家ではないので、医療情報として活用する際は、必ずリンク先の元情報を参照し、他の文献なども詳しく調べてください。また自分で薬を選んだりせず、必ず医師の指示に従ってください。
目次 ( 各項目までジャンプできます)
少量処方が大切なのはなぜか
今回取り上げる薬には、うつ病や統合失調症など、他の精神疾患にも用いられる薬が含まれています。
しかしADHDや自閉スペクトラム症などの発達障害に使う際には、それらの病気に使われる量とは異なり、「少量処方」が大切だそうです。
発達障害に詳しい杉山登志郎先生による発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方という本によると、次のように書かれています。
発達障害の精神科併存症に成人量の処方を行うと、副作用のみ著しく出現し薬理効果は認められないということが少なくない。
発達障害への薬物療法は、もともと本来の薬の目的とは異なった使用の仕方をするので、少量処方が大原則であった。(p84)
少量処方というのはかなり極端で、「常識外」ともいえる量でかえって効果が高くなることもあるそうです。発達障害に詳しくない医師であれば、思いもよらない処方といえるかもしれません。
ふつう、薬は多くすればするほど効果が増すと思われています。しかし薬によっては、「逆U字型」ともいえる効果の曲線、つまり少量処方のときによく効き、中程度になると効果が弱くなり、増やすとまた効果が高くなる曲線をたどるものがあるそうです。
第2は、逆U字型と呼ばれるパターンである。例えば妊娠中のマウスに合成女性ホルモン剤DESを投与したとき、生まれてきた雄の成熟後の前立腺重量に与える影響がこのパターンである(図8)。
これは化学物質の低容量は高容量とは別の薬理効果が生じるという結果を示す有名な報告であるという。(p86)
そのようになるのは、少量処方と大量処方では薬理効果や作用する部位が違う可能性、あるいは増量すると体が強く反応してしまって効果が損なわれる可能性があるからではないかとされています。
発達障害は過敏性があると言われることが多いので、少量でもよく効き、薬の量を多くするとかえって副作用ばかり出てしまうのかもしれません。
このような少量処方は、体力のない年配の人にも有効だそうです。(p94)
そのようなわけで、発達障害の人が医者にかかる場合、発達障害特有の薬物療法に詳しい医師を受診することは非常に大切です。
詳しくはこちらもご覧ください。
また、近年では、薬物療法の効果を維持しつつ、薬を減量し、副作用を減らす手法についての研究も進んでいます。詳しくはこの記事の末尾で取り上げます。
いずれにしても、薬物療法というと薬漬け、副作用、怖いといったイメージが強いですが、正しい処方であれば少量でも十分な可能性があり、減薬することもできるということを念頭に置いていただけたらと思います。
1.中枢神経刺激薬
前置きが長くなりましたが、ここからは、ADHDに用いられる様々な薬について説明します。
まず最初のカテゴリは、中枢神経を刺激して、脳の覚醒度を上げるタイプの薬です。これらは過眠症の薬としても使われています。
コンサータ(メチルフェニデート)
ADHDに効果のある薬といえば、何を置いてもまず話題に上るのが中枢神経刺激薬です。以前使われていたリタリンは現在ナルコレプシーのみに適応があり、現在では徐放性を備え、効き目の長いコンサータが新たに開発されて使われています。
日本でADHDに対して認可されている中枢神経刺激薬はコンサータだけですが、海外では、ほかにも多くの中枢神経刺激薬がADHDに対して使用されています。
その中には、アンフェタミンをベースにした刺激薬(アデロール、デキセドリン、デキストロスタット、ビバンセ いずれも日本未発売)などが含まれています。ビバンセは、塩野義製薬が日本での発売を目指して動いています。摂食障害にも効果があるそうです。
ビバンセ(リスデキサンフェタミンメシル酸塩)は、2017年3月30日に小児の適応を対象に申請され、承認を待っています。
ADHD治療剤「リスデキサンフェタミンメシル酸塩」の製造販売承認を申請-塩野義製薬 - QLifePro 医療ニュース
それ以外には、デソキシン(デキストロメタンフェタミン)、フォカリン(デキストロメチルフェニデート)などもあります。
またメチルフェニデートは、アメリカではパッチ製剤として、デイトラーナという名前でも販売されています。水泳や入浴でもはがれず、効果は12時間持続するようです。
ADHDでは前頭前野の血流が悪いことをはじめ、脳の覚醒度が低いため多動や衝動を制御できなかったり、脳を覚醒させようとして依存症に陥りやすかったりすることが知られています。
中枢神経刺激薬は、脳を刺激して覚醒させる作用により、ADHDの人がセルフコントロールできるように助けます。
メチルフェニデートはドーパミンやノルアドレナリンの再取り込み阻害作用により、不足しているそれらの神経伝達物質を増やす作用があるようです。
コンサータ(メチルフェニデート)の作用機序:ADHD治療薬│役に立つ薬の専門医学
ドパミンやノルアドレナリンは脳の活動を高める作用があり、これによってADHDによる注意欠陥や多動の症状を抑えます。
最近の研究によると、メチルフェニデートは、脳の線条体のドーパミンを増やすことで効果を発揮するようです。線条体は、意欲に関係する脳の部位で、報酬系と呼ばれています。
認知作用薬の使用・開発に重要なインパクトを与えるリタリンの作用機序の解明Topics | 公益財団法人 東京都医学総合研究所
その結果、人で認知機能増進に至適用量とされるリタリン投与では、線条体では顕著な増加が認められたものの、前頭連合野では有意な増加が認められなかった。
メチルフェニデートは、リタリン乱用問題などで、社会的にもよく知られています。覚醒剤と同じだと非難されることがよくあります。そのためリタリン、コンサータともに厳しく管理されていて、安易な適応外処方はできません。
しかしADHDの人が使用する限り、メチルフェニデートには依存性はないと言われており、むしろ経年観察すると、将来依存症になりにくくなる、と言われているようです。
副作用としては入眠困難、食欲不振、頭痛などがありますが、次第に慣れることもあるそうです。耐性も生じるので、休薬日を設けるなど、医師と緊密に連携をもった使用が不可欠です。
コンサータを服用した人たちの経験談・感想はこちらにまとめてあります。
メチルフェニデートが効く理由や安全性については、「わかっているのにできない」脳〈1〉エイメン博士が教えてくれるADDの脳の仕組みに詳しく書かれていました。
ベタナミン(ベモリン)
ベタナミンは、他の中枢刺激薬とは少し違った経路で脳を覚醒させる薬で、うつ病やナルコレプシーに使われます。
ドーパミンの再取り込み阻害作用がありますが、アンフェタミンやメチルフェニデートのような切れ味の鋭さはなく、効果が表れるのも2~3週間かかります。
ADHDにも効果があるとされていますが、近年、肝臓に副作用があることがわかり、あまり使われなくなりました。
正直なところ、いままで成人のADHDの治療は、決め手を欠いていました。
主として、弱いながら中枢神経刺激作用があるベタナミンを使っていました。ベタナミンでも十分に効く方も大勢いましたが、全体として作用が弱いというのが偽らない実感でした。
モディオダール(モダフィニル)
やはりナルコレプシーの治療薬であるモダフィニルは、ドーパミン系ではなくヒスタミン系の作用で脳を覚醒させます。
…と言われていましたが、極論で語る睡眠医学 (極論で語る・シリーズ)によると、実際にはドーパミン系に作用していることが近年 確認されたそうです。(p88)
ADHDに効く場合があるとのことで、2005年ごろに適応拡大を目指す動きがあったようですが、実現していません。
マジンドール(サノレックス)
マジンドールは、日本では食欲抑制剤として認可されている中枢神経刺激薬です。海外では、徐放剤であるマジンドールCRが、ADHDを対象に臨床研究が進められています。
ADHDは自制が効かなかったり、中毒や依存になりやすかったりする、ということを考えれば、マジンドールのような過食症の抑制薬や、後述するザイパンのような禁煙補助薬がADHDの症状に効果があるというのは十分うなずけることです。
興味深いことに、臨床研究によれば、マジンドールは睡眠・覚醒に関わるオレキシンシステムの調節作用を通して、ADHDの症状を軽減している可能性があります。
NLS Pharmaが成人のADHDへの投与でNLS-1の前向きな第2相データを発表、症状改善を実証 - SankeiBiz(サンケイビズ)
NLS Pharmaで医薬品発見に携わる科学者たちは、第2相試験の結果次第で、視床下部におけるオレキシン・システムの働きを調整するに当たって、NLS-1(mazindol CR)の潜在的役割で説明しうるとの仮説を立てている。
ADHD症状を改善するmazindolの臨床的な可能性は、オープンラベルの試験的研究で初めて認知され、ADHDにかかった子どもに対するマジンドールの効能、安全性、薬物動態が評価された(MAZDAHの研究)。
後述しますが、現在日本では筑波大学でオレキシン受容体作動薬の開発が進んでいます。ナルコレプシーの治療薬になると目されていますが、こうした仮説からするとADHDにも効果があるかもしれません。
2.NRI(ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
ふたつ目のカテゴリは、ノルアドレナリンの量を増やすタイプの薬です。
ストラテラ(アトモキセチン)
日本でADHDに適応のある3つの薬のうち、2つ目はストラテラです。ストラテラはもともと抗うつ薬として開発されていた薬ですが、そちらの効果はパッとせず、むしろADHDに効果があることがわかりました。
コンサータが飲み始めてすぐに効果を実感できるのに対し、ストラテラは効き目が分かるまで1ヶ月程度程度かかるようです。
またコンサータは飲んでから12時間だけ効きますが、ストラテラは24時間ずっと効きます。
ストラテラにも食欲不振などの副作用があるようです。
ストラテラ(アトモキセチン)の作用機序:ADHD治療薬│役に立つ薬の専門医学
脳の覚醒作用なしにADHDを治療する薬としてはアトモキセチンが世界初であり、長期に渡ってADHDを改善することができます。
小児のADHDに対しては2週目から症状の改善効果が表れはじめ、4週目から安定した効果を得られるようになります。
また、成人のADHDに対しては2週目から症状の改善効果が表れはじめ、6週目以降は6割以上の患者さんに対して十分な効果が認められています。
ADHDの主な症状である不注意、多動性、衝動性の全てに対して効果を有する薬です。これにより、学校での注意欠陥や多動を改善させます。
ルジオミール(マプロチリン)
ノリトレン(ノルトリプチリン)
ルジオミールは四環系抗うつ薬で、ノルアドレナリン再取り込み阻害作用だけを持ちます。
ノリトレンは、三環系抗うつ薬で、ノルアドレナリンやセロトニンの量を増やします。同様の三環系のトフラニールやアナフラニールが使われることもあります。
これらはNRIではありませんが、ノルアドレナリンを増やす点で、どちらもストラテラと効果が似ているらしい、ということでここに挙げました。ADHDに用いるという記述はあまり多くありません。
新しいADHD治療薬-アトモキセチン- - こころの豆知識│道玄坂しもやまクリニック
ノルアドレナリンの再取り込みにしか作用しないことから「NRI」と呼ばれています。類似の薬としてブプロピオンやマプロチリンがあります。
マプロチリンはルジオミールという名で日本でも発売されています。また、ノリトリプチリン(商品名ノリトレン)もノルアドレナリン再取り込み作用が強いことから、有効な場合があります。
ノリトレンとルジオミールを最大量まで使って、ADHD症状が軽快した成人例の報告があります。
ADHDの治療に抗うつ薬は有効か?6歳から18歳での三環系抗うつ薬使用について - MEDLEYニュース
見つかった6件の研究から、デシプラミン、ノルトリプチリンなどの三環系抗うつ薬がADHDの症状を抑える効果が見られました。副作用の可能性があることとして、拡張期血圧と心拍数の軽度の上昇などが見られましたが、深刻な副作用は見られませんでした。
デシプラミンは日本では発売中止になっているので、やはりノルトリプチリン(ノリトレン)が三環系の中ではADHD治療の選択肢として有望でしょうか。
3.DNRI(ドーパミン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
三番目に挙げるのは、ドーパミンとノルアドレナリンの量を増やすタイプの薬です。
ザイバン/ウェルブトリン(ブプロビオン)
ザイバンは日本では発売されていない薬ですが、3番目に挙げたのは、ADHDの治療薬として話題にされることが多いからです。もし使ってみたいなら個人輸入する必要があります。
ザイバンはドーパミン・ノルアドレナリンの量を増やす薬で、外国では禁煙薬として有名です。また抗うつ剤として、ウエルブトリンという名前でも販売されています。
ADHDの人はその脳の特性からヘビースモーカーなどの依存症になりやすいことを考えると、ザイバンのような禁煙補助薬が効果的であることもうなずけます。
高容量を服用すると発作が起きることで一度認可の停止があった薬なので、個人で服用する場合は使用方法に注意が必要です。
ブプロピオン|kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)
ブプロピオンはADHDの人の交感神経作動薬に次ぐ第2選択薬である。
コンサータやストラテラが無効であったり、かえって悪化するようなタイプの人に処方されている(カタプレス参照)。
ADHDにうつ状態が合併しているケースにも推奨されている。
ダソトラリン(dasotraline)
現在、大日本住友製薬が、新しいDNRIとして、ダソトラリン(dasotraline)という新規ADHD治療薬の開発を進めています。
ドーパミンなどの神経伝達物質の吸収を阻害し、気持ちを落ち着かせる効果があり、依存性が低いとされています。
2015年現在、大人のADHDへの効果が認められていて、約330人の小児患者を対象した臨床試験も進行中とのこと。
2016年に最終的な治験を行い、2017年に米食品医薬品局(FDA)に販売申請して製品化するとされています。発売は2018年になる見込み。日本で発売されるかどうかは不明です。
4.SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
4番目は、セロトニンとノルアドレナリンを増やすタイプの薬です。
サインバルタ(デュロキセチン)
トレドミン(ミルナシプラン)
SNRIはその名の通り、NRIであるストラテラと近い作用を持つので、ノルアドレナリンの量を増やすことによってADHDを改善することがあるようです。海外ではほかにもエフェクサー(ベンラファキシン) などがあります。
このうちサインバルタは、先日線維筋痛症に伴う疼痛に対する適応も取得されました。
新しいSNRIであるサインバルタは発達障害全般、特に多動が目立ち注意力が持続しないADHDや、身体症状(自律神経症状、過敏性腸炎)が目立つケースには非常に効果がある。
特にサインバルタはストラテラ(NRI)に非常に近い薬理作用があり、さらにSSRIの効果も併せ持っているため、私はADHDの要素がある患者には積極的に投与している。
ストラテラやリフレックス(NaSSA)の併用で効果は増強する。
(ちなみにサインバルタが他の抗うつ剤よりもうつ病の寛解率が高いこと、全般性不安障害に効果があることなども、潜在性の発達障害の患者に効果があるせいと私は考えている)
5.トリプル再取り込み阻害薬
センタナファジン(centanafadine)
2017年3月のニュースによると、大塚製薬が買収したニューロバンス社によって、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンの三種すべての再取り込みを阻害する「トリプル再取り込み阻害薬」として、センタナファジン(centanafadine)が開発されているそうです。
大塚製薬による米国バイオベンチャー「ニューロバンス社」の買収について -中枢神経領域のポートフォリオを拡大- |大塚製薬
同薬は、ノルエピネフリン、セロトニンおよびドパミンの再取込を抑制する「トリプル再取込阻害」という作用機序を持ち、米国における臨床第2相後期(P2b)試験では、成人ADHD患者さんを対象に実施した結果、ADHD評価スケールが有意に改善しています。
(現在、臨床第3相試験準備中)
この3つの物質の過剰取り込みを同時に抑制する医薬品は初とのことです。現在はまだ米国での治験段階ですが、将来 日本でも承認されるかもしれません。
6. α2アドレナリン受容体作動薬
インチュニブ(グアンファシン)
ADHDには中枢神経に作用して血圧を下げる薬が有効であることが知られています。
グアンファシンはアメリカではADHDへの適応が承認されており、2013年ごろから日本でも小児のADHDを対象とした治験が進められてきました。(リンク先の試験薬剤名S-877503はグアンファシンを意味する)
日本ではエスタリックという名前で同成分の薬がありましたが、その後、2017年3月30日に、長期作用型のインチュニプが、小児のADHDに適応を持つ国内第三の薬として、製造販売承認を取得し、5/26に発売されました。
また、2017年9月時点、成人ADHDへの適応取得を目指す臨床試験もフェーズIIIまで進められているようです。
交感神経を抑制する薬ですから、ぼーっとしているような不注意のADHDではなく、多動・衝動性が目立つ動きすぎのタイプに効果があるのかもしれません。しかし交感神経の過覚醒が反転して解離症状が出ている場合は不注意にも役立つのかもしれません。
グアンファシン(インチュニブ)は、食品医薬品局が2009年にADHD治療に承認した非刺激性薬剤です。
また、2011年、子供のADHDを治療する中枢神経刺激薬と平行して使用する補助療法としても承認されました。
グアンファシンは主に血圧のための薬剤ですが、過剰な活動性、衝動性、攻撃的行動のようなADHDの症状を効果的に治療することを治験で示しました。ただし、注意力の問題にはあまり役立ちません。
カタプレス(クロニジン)
カタプレスもグアンファシンと同様の作用を持つ薬です。
こちらは副作用の眠気が強いため、睡眠薬のような使い方もされます。興奮して夜寝つけない場合などに有効です。
脳の覚醒度を下げることで、ADHDの攻撃性をやわらげる効果も期待できます。中枢神経を刺激し、ノルアドレナリンを増加させるコンサータとは対照的に、中枢神経を抑制してノルアドレナリンを減らす作用があります。
そのせいか、コンサータとは飲み合わせが悪く、同時に服用した場合、小児では突然死の報告があるそうです。
カタプレス|kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)
ADHDの人に交感神経作動薬を処方した場合、衝動、攻撃性などが増悪し、不適切と思われる人もいる。(単純に考えれば、そうならない方がおかしいくらい)
そういう人にカタプレスが良いケースがあるのである。これは一見、逆の作用機序を持つが、作用点が違うため、同じような効果をもたらすものと思われる。
またβ受容体遮断薬インデラル(プロプラノロール)は、少し違うメカニズムながら、カタプレスと似た作用があり、ADHDの人の興奮を鎮めたり、睡眠導入を助けたりするのに使われることがあるようです。
7.オレキシン受容体作動薬
ADHDは睡眠覚醒問題を伴いやすいことが知られています。近年では、そもそも睡眠問題がADHDの徴候ではないかとさえ言われています。
そうすると、ADHDはドーパミンやノルアドレナリンの不均衡というより、覚醒状態の調節異常ではないか、と思えてきます。本来覚醒すべきときに覚醒しないので、ドーパミンやノルアドレナリンがうまく働かないのでは?ということです。
覚醒状態を安定化させているのはオレキシンという物質であり、日本の科学者がナルコレプシーの原因として特定して以来、注目されてきました。
先に見たとおり、ADHDを対象とした海外の臨床研究では、マジンドール(mazindol)がオレキシン受容体に作用することで、ADHDの症状を改善するのではないか、という仮説が立てられているようです。
NLS Pharmaが成人のADHDへの投与でNLS-1の前向きな第2相データを発表、症状改善を実証 - SankeiBiz(サンケイビズ)
NLS Pharmaのアレックス・ズワイアー最高経営責任者(CEO)は「われわれはこれらのデータに勇気づけられ、NLS-1(mazindol CR)開発プログラムの次の段階に期待している、ADHD治療におけるNLS-1(mazindol CR)の可能性を理解することと、睡眠と覚醒を阻害する相互の役割は、ミシェル・ルサンドロー博士(MD)、エリック・コノファル博士(MD、PhD)が実施した小児科研究に由来するADHD症候学に生かされている。
この研究は、脳内のオレキシン神経細胞で行動する覚醒レギュレーターとしてのNLS-1(mazindol CR)の仮説の基礎となっている。
この仮説と主実験の臨床データの間の相関関係を評価することは、NLS-1(mazindol CR)が二重の全モノアミン再取り込み阻害剤/オレキシン-2受容体作用薬として作用することを確認する助けになる。
これによってNLS-1(mazindol CR)は、認可されれば、ADHDのその種の1番の治療薬として確立されうる」と語った。
現在、本格的なオレキシン受容体作動薬が、筑波大学によって開発されており、動物モデルでナルコレプシーへの効果が確かめられています。
オレキシン受容体作動薬の創出に世界で初めて成功-筑波大 - QLifePro 医療ニュース
オレキシン受容体作動薬「YNT-185」、ナルコレプシーの病因治療効果を確認-筑波大 - QLifePro 医療ニュース
ナルコレプシーは、突発的に眠り込んでしまうなど、覚醒状態をほとんど維持できない睡眠障害です。
他方、ADHDはそこまで強い睡眠発作はありませんが、注意散漫になったり過集中になったりするのは、低覚醒や過覚醒を自分でコントロールできない、つまり覚醒状態を安定化させるのが難しいことから来ているのではないか、と推測できます。
ナルコレプシーとADHDは、現状 似たような薬で治療されている疾患なので、もしオレキシン受容体作動薬が認可されれば、ADHDの理解や治療法も変わるかもしれません。
8.その他
最後に、その他の色々なタイプの薬を挙げておきます。
エビリファイ(アリピプラゾール)
リスパダール(リスペリドン)
オーラップ(ピモジド)
エビリファイはドパミン・システムスタビライザー(DOS)と呼ばれる薬で、ドーパミンが多ければ少なくし、少なければ多くするという便利な機能を持つ調節薬です。全米で売上ナンバー1の薬になりました。
リスパダールは、セロトニン・ドーパミン拮抗薬(SDA)と呼ばれる抗精神病薬です。ドーパミンの量を減らして、統合失調症などを改善する効果があります。
どちらも、アメリカでは自閉症に対する適応を取得しています。日本でも、2016年2月にリスパダールの、9月にエビリファイの「小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性」の適応追加承認が取得されています。
易刺激性とはすぐに興奮したり衝動的に行動したりすることを意味していて、ADHDにも関連する症状といえます。
発達障害を対象に使用する場合は、副作用が出やすいので、統合失調症の場合に比べ、ごく少量を用いるそうです。
発達障害の治療について | パリエット www.pariet.jp
欧米では、広汎性発達障害の興奮性または破壊的行動障害に対する治療薬として、リスペリドン(リスパダール®)とアリピプラゾール(エビリファイ®)が承認されており、日本でもこれらの薬剤がしばしば用いられているものですから、小児系の学会が合同で、自閉症の易刺激性の治療薬としての開発要望を出しています。
エビリファイという薬 | 意味不明な人々ー発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む
私は最近ADHDの過集中と虚脱は、「ドーパミン神経の不安定」であるように考えている。この意味では、「ちょうど良くする」エビリファイの働きはADHDに最適と言うことになる。
メジャーの仲間ではあるが、衝動の激しすぎるタイプやファンタジーが妄想のようになるタイプのADHDにはエビリファイを使ってみることをお勧めする。
オーラップ(ピモジド)は古いタイプの定型抗精神病薬のひとつですが、小児の自閉性障害への適応があり、ときどきアスペルガー症候群などに処方されるとのこと。しかしSSRIなど、飲み合わせによって重い不整脈が起こる薬があるので注意が必要です。
2016年時点で、自閉症の何らかの症状に対して正式な適応が認められている薬は国内ではこの三種のみのようです。
デパケン(バルプロ酸)
多動・衝動性が強く、ひんぱんにかんしゃくを起こし、感情のコントロールが難しいADHDの場合は、抗てんかん薬であるデパケンなどが効くことがあるようです。
発達障害の治療について | パリエット www.pariet.jp
バルプロ酸(デパケン®)などの抗てんかん薬が気分変動、感覚過敏、易刺激性などに有効であることは臨床的によく経験することですが、十分なエビデンスはありません。
これらの抗てんかん薬は、双極性障害などに対する気分安定薬でもありますので、併存する気分障害に対して効果を示している可能性もあります。
発達障害と感情調整薬 | 意味不明な人々ー発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む
バルプロン酸(デパケン等)も即効性があり有効だ。私はよくデパケンシロップをイライラ時の頓服に処方する。
補足
今のところADHDに対する効果があまりわかっていないドーパミンを増やすタイプの薬を補足として挙げておきます。
ビ・シフロール(プラミペキソール)
レキップ(ロピニロール)
コンサータなどがドーパミンを増やすことでADHDに効くのなら、ドパミン作動薬である抗パーキンソン病薬は効果があるのでしょうか。ADHDとパーキンソン病はドーパミン系の異常という類似点があります。
不適切な行動を抑制する脳のメカニズムを発見 ~ドーパミン神経系による行動抑制~
今回の発見は、注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などで見られる不適切な行動を抑制できない症状の治療ターゲットとして、黒質‐線条体ドーパミン神経路が有力な候
補であることを示しています。特に、本研究はヒトに近縁なマカク属のサルを用いて行ったもので、その成果はヒトの治療に直接結びつくのではないかと期待できます。今後、黒質‐線条体ドーパミン神経路を障害したモデルザルを作成し、不適切な行動を抑制できない症状の治療法を探索していきます。
しかし調べた範囲では、ADHD治療にパーキンソン病薬が使われるという記述は特に見当たりませんでした。同じドーパミン系の問題を抱えているといっても、そんな単純な話ではないようです。
とはいえ、セロトニン系の治療で効果のでない難治性のうつ病に効果がある場合がみられるいう記述がありました。なかなか試す医師が少ない適応外処方だといわれていますが、記憶に留めておくといいかもしれません。
抗うつ薬の今後について | パリエット www.pariet.jp
治療抵抗性のうつ病に対して、ドパミン受容体アゴニストであるブロモクリプチンやプラミペキソールの併用療法が有効とする報告もあります。
しかしながら偽薬との二重盲検比較試験は行われておらず、エビデンスレベルとしては高くありません。
わが国の精神科薬物療法研究会による大うつ病性障害の治療アルゴリズムでは、第二段階の薬物治療が奏効しない場合、増強療法の一つとして、気分安定薬、甲状腺ホルモン、セロトニン1A受容体拮抗薬などと並んでブロモクリプチンなどのドパミン作動薬の使用が推奨されています。
ブプロピオン|kyupinの日記 気が向けば更新 (精神科医のブログ)
なぜこのようなことを書くかというと、例えば、レキップやビ・シフロールなどは適応外処方でうつ状態に処方されることがあるからである。
このうち2つでは抗うつ作用としては、ビ・シフロールの方がレキップより強力である。 レキップとビシフロールはともにうつ状態に効くと言われている。
ビ・シフロールは、ADHDに合併することもあるレストレスレッグス症候群(むずむず脚症候群)に対しては、正式に適応があります。
日本初!むずむず脚症候群の治療薬のビ・シフロール錠 [不眠・睡眠障害] All About
プラミペキソールはドパミン作動薬の一種で、ドパミンの働きが悪くなるパーキンソン病の治療薬として使われてきました。
実は、むずむず脚症候群の患者さんでもドパミンの異常があることが多く、欧米ではプラミペキソールがむずむず脚症候群の第一選択薬として、広く用いられています。
むずむず脚症候群には、ドーパミンを安定的に供給するパッチ製剤のニュープロパッチ(ロチゴチン)も使われています。
エフピー(セレギリン)
セレギリンはモノアミン酸化酵素阻害薬(MAO阻害剤)と呼ばれるパーキンソン病およびうつ病の薬です。モノアミン酸化酵素の働きを阻害することで、ドーパミンの濃度を上げます。
星野先生の知って良かった、アダルトADHDによると、セレギリン、デプレニルなどのMAO阻害薬もADHDの治療に使われると書かれています。(p349)
しかしネット上ではほとんど見ないので、あまり一般的ではないようです。
効く薬はひとりひとり違う
以上が、今回調べたADHDに効く薬のまとめです。実際の臨床現場では、ADHDに二次障害が合併していることも多いので、SSRIや抗不安薬、睡眠薬も含め、もっと多彩な薬が使われているようです。
そのため、患者側が素人判断でどの薬がいい、と考えるのはあまり望ましくありませんが、知識として知っておくぶんには必要かもしれません。
専門家によると、ADHDの原因にはいくつかのタイプがあることがわかっていて、効く薬も違うそうです。
ある精神科医のうたた寝日記 ADHDの人で、中枢神経刺激薬が効かない人もいるはなぜか?
実は、このような効く人、効かない人の差があるのは、私はADHDの原因となっている遺伝子の多様性にあるのではないかと思っています。
少し難しくなりますが、例をあげますと、ADHDの家系の遺伝子解析では、・ドパーミンの再取り込みの遺伝子の問題
・ドパーミン受容体遺伝子の問題
・ドパーミンに関する酵素の問題
・ノルアドレナリンの遺伝子に関する問題 などなどいろいろ原因があることが分かってきています。
極端な話、同じ成分であっても、リタリンが効くのにコンサータが効かない人がいたり、ある薬が効いても、ジェネリックに変えると効果が変わる人もいるようです。
ですから、専門家の指示の下、合う薬を見つけるのが重要です。
薬による治療が必要かどうかよく考える必要がある
もう一つ、考えておきたいことがあります。ADHDは薬によって治療することで、むしろ不利益がもたらされることがある、という点です。
ADHDの薬物療法、安易な処方控えるべき‐社会的支援の強化が先決 : 薬事日報ウェブサイト
ADHDの薬について調べているなかで、気になる記述を多数見つけました。
こちらの方のストラテラの経験談では、処理能力などが大幅に上がった反面、「とても綺麗な七色の世界」が失われたと書かれています。
こちらの方のお子さんのコンサータの経験談では、呼びかけにすぐ反応するようになった反面、いろいろなことを考えながらスキップしてルンルンと歩いていたのが、ローテンションでテクテク歩くようになったといいます。
こちらの会社員の方のストラテラの体験記では、ミスが減った反面、楽しかったりわくわくしたりする気持ちがなくなり、独創的な発想やアイデアが段々と浮かばなくなったと綴られています。
ハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたかの著者が書いている、教え子マシューのエピソードは、ADHDの薬物治療がもたらす問題点をこれ以上ないほどはっきり物語っています。
「マシューは今日静かですね」と、私は指導教師に思いきって言ってみた。
「そうよ」と彼女は答えた。「彼はリタリンを飲んでいるの。多動症のためにね。最近はずいぶん扱いやすくなったわ」。私は頷いた。
だが、目撃したことが好きかどうかはっきりしなかった。確かに彼は静かでじっとしていて、誰もわずらわせていなかった。
しかし彼のエネルギー、躍動感、生命力はどこに行ったのか。思わず笑える子どもはどこに行ったのか。
美術の時間には創造的で体育の時間にはすぐれた能力を発揮していたあの子どもは、どこにいるのか。なるほど彼の行動は以前ほど破壊的ではなくなった。
でも、私はそうでないマシューを見たかった。私は二度とその教室を訪れることはなかった。(p vi-vii)
ADHDは病的な障害ではなく、脳の機能の偏りですから、悪い面と同時に良い面も併せ持っています。
集中するのが難しい頭の中の雑念は、裏を返せば豊かなアイデアが生まれるということです。刺激を無視できず気が散るということは、世界が華やかでたくさんの興味を感じられることを意味しています。
もしADHDのせいで、生活にひどい支障が出ていて、人生が滅茶苦茶になっているとしたら治療は不可欠です。しかし、なんとか対処できているのであれば、治療によって楽になる反面、長所も失われる可能性がある、というリスクも考えに入れておくべきです。
発達障害に何一ついいところなどない! と感じている人なら治療は大きなメリットですが、発達障害ゆえの強みや個性を活かしている! という人にとっては良い所までもそぎ落としてしまう諸刃の剣となりかねません。
極端な話かもしれませんが、もしピカソやダリがADHDの治療を受けていたら、彼らの机はきれいになって、人間関係の問題も減ったかもしれませんが、同時に後世に残る芸術も生まれていなかった可能性があります。
薬物治療をするというのは、ジェットコースターのような起伏の激しい、スリルの多い人生を捨てて、普通の人のように穏やかな人生を送ることを選ぶ、という選択なのかもしれません。
これは自閉スペクトラム症の場合もいえることで、最近オキシトシンを足がかりに治療薬が見つかるのでは?と研究がなされていますが、動物管理学教授のテンプル・グランディンは「ぱちんと指 を鳴らしたら自閉症でなくなる」としても、その選択はしないと述べました。
もちろん、治療すれば二度と取り返しがつかないというようなものでもないので、薬物治療を試したり、休薬したりしつつ、自分にとって一番ベストな状態を探すのが良いのかもしれません。
こちらの記事によると、ADHDの行動力を活かして成功した人たちもいますが、逆に薬によって治療をすることで、俳優として成功しているパリス・ヒルトンやスポーツ選手として大成できたマイケル・フェルプスのことも書かれています。
注意欠陥・多動性障害。ADHD、ADDと共に生きる10人の海外セレブ : カラパイア
「私はADHD。だけど、隠さない」体操女子金メダリスト、ドーピング疑惑に毅然と告白
「ADHDであること、そして薬を飲んでいることは、恥じることではありません。隠す必要もありません」
また薬物治療によって、怪我などのリスクを低下させられるという報告もあります。多動の子どもは事故に遭いやすいので、安全性の観点から薬物治療をしたほうがメリットが大きい場合もあるでしょう。
ADHDの子どもに多かった負傷のリスク、薬剤治療で軽減 - MEDLEYニュース
ADHDの薬物療法に伴う、もうひとつのリスクは、何もかも薬物で解決できる、と思い込んでしまうことです。
別の記事で 書いたように、ADHD様症状は、本人の脳機能ではなく、環境要因から生じている場合が少なくありません。生まれつきADHDの傾向がある人でも、環境要因のせいで症状が増幅されている可能性は大いにあります。
例えば、睡眠不足、食品添加物や食物不耐症、デジタル機器の過度な使用、家庭環境やストレスのせいで、ADHD様症状が増幅されているとしたら、薬物療法だけで解決しようとするのは、本当の問題から目をそらす一時しのぎにすぎません。
先ほどのハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたかにはこう書かれていました。
リタリンがまったくどの子どもにも役に立たない、と論じることは困難である。
しかし、それはまた、副作用によってだけでなく、その子の行動に重圧をかけている子どもの生活の他の側面に注意が向けられなくなることによって、子どもに害を与える可能性を有している。
リタリンは、子どもや親や教師や医師に、神経学の範囲を超える問題を、化学的に解決するように教える。それは、複雑で多面的な問題に対して、あまりにも安易で機械的な答えである。(p190)
病院に行って、医者に薬を出してもらうのと比べ、ライフスタイルや環境を見直すのは、かなり意識的な努力を要するでしょう。しかし、あえて安易な解決策に頼らず、根本的な見直しをはかったほうが、長期的に見て良い結果ももたらすかもしれません。
以下のアドバイスは、ADHDの子どもについてのものですが、ADHD症状に悩んでいる人すべてに当てはまります。
薬物を用いて子どものエネルギーや自発性や創造性を制限する前に、子どもの教育的、社会的、身体的、情緒的環境を変えることを考慮することが、多分われわれの義務なのである。
もっと活動的で子ども中心の教室を設定し、子どもにもっと身体運動やよりよい栄養物を与え、形式張らないカウンセリングを提供し、そして子どもが健全な家庭環境で生活できるようにすることの方が、薬物を処方するよりも、困難であるだろう。
しかし、長い目でみれば、それこそがより効果的で、人間的な方法でありうるだろう。(p190-191)
副作用を減らす第三の道「PCDR」とは
しかしながら、ADHDの薬の副作用が気になる場合でも、選択肢は薬を続けるかやめるかの二つではありません。
ADHDの薬物療法にためらいを感じる人、特に親の立場の人たちがしばしば危惧しているのは、子どもが薬漬けになってしまうことです。
最初に説明した少量処方の原則を実践したとしても、効果が出るまで増量した結果、こんなに薬を飲ませていても大丈夫なのだろうか、と不安に駆られることもあるでしょう。
またADHDの成人であっても、薬物療法に副作用はつきものですから、効果を感じている人ほど、副作用が気になって、これ以上薬の量を増やすのは怖い、と感じることがあるかもしれません。
そうした場合に一考の価値があるのは、近年注目されている「プラセボ制御による薬剤減量」(PCDR)です。
「病は気から」を科学するという本にはこう書かれています。
条件反射を利用して薬をプラセボと置き換えることを、プラセボ制御による薬剤減量(PCDR)と呼び、副作用が軽くなるだけでなく、医療費を何十億ドルも削減することができる(2007年、ADHD薬にかかった費用は米国だけで推定53億ドル)。(p104)
ここに書かれている条件反射とは、パブロフの犬の実験で有名な、エサをくれる人の足音や、エサの合図のベルを聞くだけでよだれを垂らすようになる反応のことです。
ADHDに限らず、さまざまな薬の効果の研究において、薬を服用するときに条件づけを強化すると、薬を減薬しても、条件づけによって同じような効果が得られ、しかも副作用が減るという結果が得られています。
特にこの方法は、どうしても免疫を抑制する大量の薬を服用しなければ生きていけないのに、その薬によって感染症などの死の危険とも隣り合わせになる臓器移植患者などへの効果が期待されています。
条件づけを利用して移植患者への投薬量を減らすことは、数年後には実用化する可能性があり、がんに対してはさらに時間がかかりそうだ―アラバマ大学の実験は予備実験であり、人間で試されたことはない。
しかしシェドロフスキーによれば、重症でないかぎり、医師が今すぐ条件づけ療法を開始してはいけないという実際的な理由はない。(p103)
その他の病気や、今回の記事の話題であるADHDの薬についても続けてこう説明されています。
たとえば、2011年にアデルが亡くなる前に行った最後の実験のひとつは、乾癬患者を対象にしたものだったが、条件づけとコルチコステロイド軟膏の4分の1の量または半量を与えられた群は、全量与えられた対照群と同じ程度まで改善した。
現在、シェドロフスキーは同僚たちと共に、ときにプラセボを出し、ときに実薬を出す喘息吸入器を設計している。
さらに、サンドラーの試験により、何百万人ものADHDの子どもたちがずっと少ない投薬量で症状を管理できることが示唆されている。(p103-104)
サンドラーによるADHDの研究というのは、2010年に発表されたもので、単に薬を半量にしたADHDの子どもたちは著しく悪化したのに対し、条件づけをした群では半量にする前と同じ効果が維持され、むしろ副作用が少なくなった、という結果が得られたそうです。(p87-88)
PCDRを試すには、パブロフの犬の場合のように、毎回同じ場所、同じ環境で薬を服用して、薬と特別な刺激との結びつきを強くしなければなりません。
その予備実験の患者のひとりがカール=ハインツだった。彼は三日間、朝と夕、通常の薬物療法に加えて、ラベンダーの香りのする緑色のドリンクを飲む必要があった。
実験の第二段階でも同じことをしたが、ドリンクとプラセボの錠剤を飲む回数を毎日二回増やした。
薬との結びつきをできるだけ強くするため、シェドロフスキーは被験者たちに対し、この儀式を行うときは、毎回、環境を一定にし、同じ場所でプラセボの錠剤とドリンクを飲み、同じ音楽を聴くよう求めた。(p102)
PCDRでは、薬を減らすとともに、何の効果もないプラセボの薬を追加します。このとき意外にも、プラセボであることは自分で知っていてもまったく構いません。むしろ、それを知った上で条件づけを強化します。
同じ色、同じ音楽、同じにおい、同じ場所。用いることのできる感覚刺激はなんでも利用します。
そうすると、たとえ薬が減薬され、飲んでいる薬の半分がプラセボであることを知っていても、感覚刺激による条件づけの結果、体の生理的反応が半量の薬の効果を増幅し、もともとと同じだけの効果が得られるという驚くべき結果が生じます。
この研究は非常に画期的ですが、残念なのは、研究を推進し、一般に広めるためのサポートがなかなか得られないことだといいます。
医療費を何十億ドルも節約できる、とは、裏を返せば製薬会社などの利益がそれだけ減るということでもあり、医学界も結局のところお金でまわっている以上、このような研究は受け入れられにくいのです。
そのようなわけで、冒頭で説明した薬の少量処方も、この減薬プログラムも、今の日本ではどちらも一般的ではなく、そうした概念さえない医者も多いでしょう。
とはいえ、誠実な医者であれば、ここに示した資料を見せれば、少量処方や減薬に協力してくれるかもしれません。むしろ、そうした患者の益を重視してくれる柔軟な思考の医者でないなら、別の医者を探したほうがいいかもしれません。
「プラセボ制御による薬剤減量」(PCDR)に興味のある人は、ぜひ「病は気から」を科学するの該当する章を読んでみることをお勧めします。
国内でもこの方法によって鎮痛薬の効果を上げる方法が、理化学研究所により言及されていました。
この鎮痛薬投与を4日間繰り返し与えた後、5日目にプラセボとして生理食塩水を投与したところ、有意な鎮痛効果を示す個体が現れました(図1)。
この結果は、鎮痛薬の鎮痛効果(無条件刺激)と投与行為(条件刺激)が条件付けられ(パヴロフの条件付け)、プラセボによって疼痛を抑制する神経系が活性化されたことを示しています。
…プラセボ効果は、心理活動だけで内在性の生体機能を活性化する代表的な現象です。プラセボ効果を合理的に活用することで、治療効果の向上や投薬容量の軽減による薬物副作用・耐性の予防につながると期待できます。
今後、ほかに効果があると言われている薬や、有益な情報を見つけたら、その都度追加していく可能性があります。
また、ADHDの治療にかかる医療費は、自立支援医療を申請すれば安くなります。詳しくは以下の記事をご覧ください。