なぜマイケル・J・フォックスは若年性パーキンソン病になっても絶望しなかったのか―ポジティブシンキングのうそ

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「僕がリスクを自覚していないとか、この先何がどう悪くなっていくのか理解していないとか、そんな風には考えないでほしい」と彼は話した。

「この先、どんなひどいことが起きるかもしれないって、ちゃんと覚悟はしているよ。ただ、どんなことが起きても僕はぜったい対処できる自信がある」(p23-24)

イケル・J・フォックスという俳優をご存じでしょうか。最近の若い人たちは聞いたことがないかもしれませんが、古い世代の人なら、「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のマーティ・マクフライといえば思い出すことでしょう。

彼はハリウッドの俳優としての絶頂期、29歳の若さで、パーキンソン病を発症しました。一般にパーキンソン病は老人の病気と思われていますが、若年性のものもあります。

若くして、それも人気の絶頂において、回復不可能な難病になり、すべてを失う。どんな人でも絶望しそうな状況です。しかし彼はそうなりませんでした。

パーキンソン病の経験を本にし、自ら広告塔になって研究資金を集める財団を作り、さらにはパーキンソン病のニュースキャスターを演じた『マイケル・J・フォックス・ショウ』というコメディまで作ったのです。

彼が不屈の意志で難病に立ち向かう秘訣はどこにあるのでしょうか。最近読んだ脳科学は人格を変えられるか?は、彼の楽観主義の秘訣が、ちまたにあふれる「ポジティブ・シンキング商法」ではなく、リアリズムにあるということを科学的に検証した本でした。

 

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これはどんな本?

この本は、神経科学者エレーヌ・フォックスが、楽観主義(サニーブレイン)悲観主義(レイニーブレイン)を、脳科学の立場から研究した本です。

なぜ同じ状況に直面しても、楽観的な人と悲観的な人がいるのでしょうか。もっといえば、極度に不幸な環境(たとえばナチスの強制収容所)でもあきらめない人と、比較的恵まれた環境(たとえば日本の現代社会)でも憂うつになる人がいるのでしょうか。

さまざまな研究をもとに、楽観主義と悲観主義に関わる脳の領域を特定し、それぞれがなぜ生じるのか、それぞれにどんなメリットがあるのか、という点が考察されています。

楽観主義を研究するのに、一例として選ばれ、遺伝子検査などを受けたのがマイケル・J・フォックスでした。

ポジティブ・シンキング商法の嘘

まずはっきりさせておく必要のある前提があります。

マイケル・J・フォックスの不屈の楽観主義の秘訣を探るとしても、それはよく知られる「ポジティブ・シンキング」のことではありません。著者は、「ポジティブ・シンキング」を激しく非難しています。

これは、多くの自己啓発本にあふれる「ハッピーな思考はすべての問題を解決する」というアプローチとは似て非なるものだ。

…ジャーナリストのバーバラ・エーレンライクは著書『Smile or Die』の中で、現代社会にはびこるこの手の(彼女いわく)ポジティブ思考カルトを痛烈に批判している。

…恐ろしい病気に直面しているのに、それに感謝せよとアドバイスされ、彼女は強い反感を覚えた。「ポジティブに考えてさえいれば、事態は良くなる」わけがあるものだろうか?

ポジティブ思考は万能だなど、幻想にすぎないとエーレンライクは冷静に観察し、批判する。彼女はこの点、まったく正しい。(p83)

ポジティブ・シンキングの益を語る自己啓発書はちまたにあふれています。それは、人々の耳をくすぐる一種の麻薬のようなもので、読んだ人は心地よい気持ちになります。しかし有益な変化はもたらしません。

著者はポジティブ・シンキング商法が「現実から完全にかけ離れた、ほとんど信仰の域に堕ちている」とも述べています。根拠のない盲信のようなものだというわけです。(p92)

ポジティブ・シンキングが有害なのは、それが何の行動にも結びつかないからです。

わたしは以前にこのブログで、何度か偽りのポジティブ・シンキングの害をはっきりと書きました。それは問題に直面して「まあいいか」とか「神さまが与えた試練だ」などと考える類のもので、何の解決にもならないことを指摘しました。

ポジティブ・シンキングを実践する人は、病気になったとき、「まぁなんとかなるさ」と考えます。しかしそれは根拠のない空想です。「なんとかなる」と考えて悠長にかまえていたら、いざ病気が悪化して死の淵に立たされたときどうするのでしょうか。

ポジティブ・シンキングは童話のキリギリスと同じです。「まあいいか」「なんとかなるさ」と悠長に構え、冬のために何の用意もしなかったキリギリスの末路を考えれば、ポジティブ・シンキングが有害であることがわかります。

あるいは、「病気は神さまが与えた試練だ」と、と考えるのはどうでしょうか。それは幻想です。医学が明らかにしたところによると、病気は、体のバランスが崩れ、確かな原因があって生じるものです。神が与えたりするものではありません。

そんな妄想をしている暇があれば、自分がなぜ病気になったのか、科学的見地から調査すべきです。そうでないと、いつまで経っても治療法には辿り着かないでしょう。

▼偽りのポジティブ・シンキングの害
詳しくはこちらの記事をご覧ください。

病気の人が習慣にしがちな偽りのポジティブ思考とは何か
病気の人はポジティブシンキングを身につけるようよくアドバイスされます。しかし意外にも、ポジティブに見える人ほど病気が重いというデータもあるのです。「身体が「ノー」と言うとき―抑圧さ

不屈の楽観主義は「リアリズム」である

では、ポジティブ・シンキングが何の解決にもならないのだとしたら、マイケル・J・フォックスの不屈の意志の秘訣はどこにあるのでしょうか。

必要なのは、ポジティブ・シンキングという現実逃避ではなく、現実を見据え、問題を分析し、情報を集め、実際的な知恵に基づいて行動する態度です。このことを著者はこう表現しています。

だが、いちばん重要な発見は、楽観がプラスに作用するのは、適度なリアリズムと結びついたときだけだという事実だ。

やみくもな楽観や、「悪いことはぜったい起こらない」という思い込みむからは、プラスの結果はおそらく生まれてこない。(p23)

ここでは、「適度なリアリズム」という言葉が用いられています。

あるいは、著者はこうも述べます。

創造的かつ粘り強く行動する姿勢がなければ、楽観は力を発揮できない。

わたしは「楽観的なリアリスト」こそが真の楽観主義者だと考えているが、彼らは、ただハッピーな思考をするだけで良いことが起きるなどとは考えていない。(p82)

マイケル・J・フォックスは「楽観的なリアリスト」、つまり現実主義者なのです。

冒頭に引用した彼の言葉の続きを見てみましょう。

「この先、どんなひどいことが起きるかもしれないって、ちゃんと覚悟はしているよ。ただ、どんなことが起きても僕はぜったい対処できる自信がある。

これまでの年月で、何が起きても必ず乗り越えられると学んできたからね。

もちろん、困難は歓迎しない。でも、だいたいにおいて僕は、“大丈夫、何とかできるはずだ”と感じるんだ」(p24)

ポジティブ・シンキングとの違いがお分かりでしょうか。

まず第一に、根拠のないポジティブ・シンキングとは違い、マイケル・J・フォックスの楽観主義は「これまでの年月で、何が起きても必ず乗り越えられると学んできた」という明白な根拠に基づいています。

第二に、「なるとかなるさ」ではなく「なんとかできるはずだ」と考えています。問題がいつのまにか解決するというような幻想は抱いておらず、問題を自分の手で解決することを固く決意しているのです。

これは、人生を自分でコントロールしているという強い確信です。

プリーモ・レーヴィとマイケル・J・フォックスはどちらも、未来に問題や障害が待ち受けていることを、そして自分で創造的に問題を解決する必要があることを現実的に受け止めていた。

けれど彼らは「ものごとは最後にはうまくいく」と信じていた。そして、たしかにものごとはうまくいった。

それは単に幸運だったからではない。ふたりが、運命の手綱を自分で握っていたからだ。自身の問題を解決するために行動を起こす人こそが真の楽観主義者なのだ。(p26)

マイケル・J・フォックスの不屈の意志を支えていたのは、目の前の問題をしっかり見据えて対処するというリアリズムと、それが必ずうまくいくと信じて実行に移し、もし失敗したとしてもあきらめず行動しつづけるという真の楽観主義だったのです。

奇跡の生還を科学する 恐怖に負けない脳とこころという本には、次のようなとてもわかりやすい表現で、単なるポジティブ・シンキングと、真の楽観主義との違いが書かれていました。

一貫して行動的なのは、よい結果を想像しがちな楽観主義者たち、人との交際を好む外交的性格の人たち、それに「どんな状況に置かれてても、自分なら何とか結果を出せるだろう」と考える、「内的統制」というタイプの人たちだ。

…コップの水を見て「まだ半分ある」と思うのではなく、「蛇口はどこですか?」と質問する人たちだ。(p224)

セロトニントランスポーター遺伝子のおかげなのか

では、マイケル・フォックスがそのような現実的な楽観主義を身につけ、若年性パーキンソン病に首尾よく対処できたのはなぜでしょうか。

ある人は、それは生まれつきの気質だと言うでしょう。つまり遺伝子の働きによって、あらかじめ決まっていたと言うわけです。それは事実でしょうか。

確かに、人が幸福を感じるかどうかは、ある程度生まれつき決まっているそうです。

著者は、マイケル・J・フォックスの楽観主義に興味を抱き、彼の遺伝子を調べてみることにしました。そのとき調べたのは、セロトニントランスポーター遺伝子です。

セロトニントランスポーター遺伝子は、うつ病や慢性疲労症候群と関係していると言われる遺伝子です。いくつかのタイプがあり、効果の強いLa型と、効果の弱いLg型、S型のうち、どれか2つの組み合わせからなります。

マイケル・J・フォックスの遺伝子はLaLg型の組み合わせでした。効果の強いものと、効果の弱いものの組み合わせで、中間だったのです。(p177)

当初、セロトニントランスポーター遺伝子は、楽観的になるか悲観的になるかを決める遺伝子だと思われていましたが、そうではないことが明らかになりました。

研究によると、効果の弱いLg型、S型は、感受性の遺伝子だと判明しました。それらの遺伝子を持つ人は、環境に敏感に反応し、良い状況に置かれると大きな利益を受け、悪い環境に置かれると不利益を受けやすくなります。

これは、愛着障害のリスク遺伝子と似ています。ドーパミンD4受容体の多型があると、環境に過敏な子どもとなり、親の養育の結果が良い方にも悪い方にも反映されやすくなります。

いずれにしても、マイケル・J・フォックスの楽観主義は、遺伝子的には感受性は中間にすぎず、他のいろいろな要因があって初めて身についたものだということがわかりました。

▼マイケル・J・フォックスの考え方
マイケル・J・フォックスの楽観主義を形づくった、遺伝子以外の「他のいろいろな要因」についてはこちらをご覧ください。

「マイケル・J・フォックスの贈る言葉」に学ぶ、病気を受け入れ、今を生きるということ
若くして若年性パーキンソン病と診断されたマイケル・J・フォックスが今年ついに本格復帰を果たしました。彼が未来へと踏み出すことのできた秘訣は何でしょうか。書籍「マイケル・J・フォック

もっとも可塑性に富む領域

真の楽観主義が遺伝子によるものではない、ということを裏づけるのは、楽観主義の脳科学に関する研究です。

楽観主義をつかさどる脳の部分は、前頭前野と側坐核を中心に存在していると考えられています。前頭前野は不安を恐怖などを感じる扁桃体などを抑制する部位で、側坐核は快楽を感じる部分です。

重要なのは、これらの領域は「脳の中でもいちばん可塑性が高い」ということです。その人の日々の習慣の積み重ねによって、容易に変化し、回線が組み替えられる可能性がある領域だということです。(p16)

これを証明したのが、ポジティブ心理学の提唱者マーティン・セリグマンです。(ポジティブ心理学はポジティブ・シンキング商法とは関係ありません)

以前にこのブログで取り上げましたが、セリグマンは、ある実験で、犬に、絶対に逃げられない電気ショックを繰り返し与えると、やがて逃れようとする努力をやめてしまうのを発見し、「学習性無力感」と名づけました。

人間も同様に、自分ではどうにもできない、と繰り返し感じると、たとえ実際的な解決策がある状況でも、「学習性無力感」に陥り、何も努力しようとしなくなります。悲観主義者になるのです。

セリグマンはまったく反対の現象も確認しました。自分で物事をコントロールできると感じることを繰り返し経験するなら、人は自信を持って解決策を探すようになります。これは「学習性楽観」です。

▼学習性無力感と学習性楽観
詳しくはこちらの記事をご覧ください。

どんな辛い状況でも良いことを見つける超楽観主義者になるためのポジティブ心理学
病気や死を招く「学習性無力感」とは何でしょうか。それを克服し、問題を乗り越えるのに必要な「学習性楽観」を身につけるにはどうすればいいでしょうか。ポジティブ心理学の第一人者マーティン

良いことを探す訓練と日々の習慣の効果

ここで、マイケル・J・フォックスの言葉を思い出してみてください。彼は、楽観的に構える理由をこう述べました。

これまでの年月で、何が起きても必ず乗り越えられると学んできたからね。

彼の楽観主義は生まれつきのものではなく、「学んできた」もの、つまり「学習性楽観」だったのです。

では、彼は、人生が特別恵まれていて、幸運にも毎日、良いことが次々と起こり、自分で物事をコントロールできるという経験を多くしたからこそ、楽観的になったのでしょうか。

そうではありません。問題は「注意バイアス」にあります。

楽観主義者と悲観主義者の注意のコントロールを調べる「注意プローブ課題」と呼ばれる巧妙なテストが行われました。画面に楽しげな写真と悲しげな写真を同時に表示し、参加者がどちらに注意を向けるか調べたのです。(p44)

すると、楽観主義者は楽しげな写真にすばやく反応し、悲観主義者は悲しげな写真にすばやく反応しました。

この実験は、楽観主義者は、日々の生活の中で、消極的なことや悪いニュースにあまり注意を払わず、良いものに注目するという習慣を持っていることを示しています。その習慣の結果「学習性楽観」を習得します。

それに対し、悲観主義者は、良いニュースには見向きもせず、悪いできごとばかりに注意を向けています。彼らのまわりには悪いことばかり生じているように錯覚します。その結果、「学習性無力感」を身につけるのです。

ADHDという障害を抱えながら、それを最大限に活かして成功したウィンストン・チャーチルがこう述べたとおりです。

悲観主義者はすべての好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見つける。(p6)

興味深いことに、この実験には続きがあります。さきほどの「注意プローブ課題」において、画面に小さなしるしを表示し、それを目で追うよう指示します。悲しい写真をつい見てしまうPTSDの兵士の場合、穏やかな写真のほうにしるしを表示し、そちらに注意が向くよう誘導します。

これを何百回と繰り返すと、「注意バイアス」が修正されていき、日々の生活の中でも良い物事のほうに注意を向ける訓練になるそうです。(p236)

このブログでは、以前、生活の中で、毎日3つの良いことを探す「3Good Things」などの取り組みを紹介しました。毎日、注意深く良かったことを探す習慣を続けると、良いニュースやできごとを見つける目が養われ、感謝や喜びが深まるというものです。

病気の子どもが幸せになるために親ができる3つのこと
病気の子どもを持つ親は、とても悲しく思います。子どもに幸せを感じてもらうために何ができるでしょうか。『「幸せ」について知っておきたい5つのこと NHK「幸福学」白熱教室』という本と

ほかにも、あまり仲良くできない人について、その人の良い面を10個書き出してみるという訓練も聞いたことがあります。もし10個見つからないとしたら、あなたはその人のことをまだよく知らないのです。

こうした、良い物事を探す訓練、積極的な面に注意を向ける習慣を続けるなら、「注意バイアス」が修正され、可塑性に富む脳が変化し、楽観を学習できることがわかります。

不屈の意志を持って困難に立ち向かい、絶望的な状況でも決してあきらめず、実際的な行動を実行に移せる人は、こうした普段からの習慣が実を結んでいるのです。

この本には、悲観主義と楽観主義が、それぞれ人生にどのような影響を及ぼすのかが詳しく書かれています。

楽観主義ばかりが持ち上げられているわけではなく、楽観主義のデメリット、悲観主義のメリットも書かれています。

悲観主義が行き過ぎてしまい、うつ病になった人を、最新の脳科学によって治療する試みについてもいろいろ書かれています。

表面的なポジティブ・シンキング商法のまやかしではなく、実際的な楽観主義について学んでみたい人はぜひ一読をお勧めします。その知識は、困難に直面したときにきっと役立つに違いありません。

マイケル・J・フォックスだけが、若年性パーキンソン病のような悲劇に首尾よく対処できるわけではありません。わたしたちすべてが、彼のような不屈の楽観主義を身につけられる可能性を持っているのです。

▼テレビでも放送されました
この内容が2015/08/14のNHK心と脳の白熱教室白熱教室で取り上げられたそうです。

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 ▼若年性パーキンソン病とは

若年性パーキンソン病についてはこちらをご覧ください。

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