なぜ無意識のうちに自傷をやってしまうのか―リスカや抜毛の背後にある解離・ADHD・自閉症


僕は最初の患者さんがヒステリーの人で、彼女は自分のクビをパーッと20本くらい切ったんです。

それで僕はこうやって縫っていました。そしたらナースに言われた一言ね。

…「柴山君、そんな怖い顔して縫ってどうするの。もうちょっとやさしい顔してあげなさい」と言われて、「できませんよ」とか言って。

やっぱり怒りというか、何でこんなことするんだっていう気持ちとか、この緊張をはらんだ息苦しい治療関係はいったいどこから来てるのだろう、というのがあるわけですよ。(p187)

れは、解離性障害―多重人格の理解と治療に載せられている、新米の医者だったころの柴山雅俊先生の経験談です。

自傷行為を目にすると、多くの人は困惑します。自傷行為の中で、特に有名なのはリストカットですが、そのほかにも壁に頭を打ちつけたり、自分で自分の毛を引き抜いたりする人もいます。

自傷行為は注目を引くためにやっていると言われることもあります。心配させて注意を引きたいのだろうと言うわけです。そのように考える人は自傷行為を見かけると怒ったり、やめさせようとしたりします。

しかし自傷行為を習慣的にしてしまう人の多くは、ほぼ無意識のうちに、気づいたらやってしまっていたと述べます。自傷行為にはもっと深い理由があるのです。

今回は、解離性障害、ADHD、自閉症などを取り上げた何冊かの本を参考に、自傷行為の根っこにある原因を探ってみようと思います。

 

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解離した心を引き戻す、心を解離させる

自傷行為の原因となるものは複数あると考えられています。

その一つについて、まずはある経験談を見てみましょう。

冷静な自分がいなくなると、世界がボーッとするので、こわくなります。

手首を切ると、我に返り、世界がくっきり見えるようになります。(p15)

これは、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)という本に書かれているリストカットの具体例の一つです。

この例を読むと、自傷行為をしてしまう理由のひとつをうかがい知ることができます。

原因となっているのは、だれかの注意を引きたいといった演技的なものではなく、「世界がボーッとする」ことです。

いわば意識がフッと薄れてくるので、それを繋ぎとめようとして、自分の体に痛みを加えていることが分かります。そして自傷行為の後、やっと我に返ってハッとするのです。すると、「気づいたらリストカットをしていた」、という状態になります。

この意識が薄れる、という現象は解離と呼ばれています。解離にはいろいろな症状が含まれますが、特徴のひとつは意識がぼんやりとした状態になることです。

解離は本来、心を守る防衛機制のひとつで、たとえば強いストレスや、いじめ、虐待などにさらされたときに生じます。心を現実から切り離し、感覚を鈍らせることで苦しみから逃れようとして、脳が意識を切り離すのです。

慢性的なストレスにさらされ、解離が日常的になると、、現実感がなくなったり、記憶が失わたりして、解離性障害と呼ばれる病的状態になります。

自傷行為はこの解離状態と深く関係しているとされています。

解離と現実の往復きっぷ

はじめに挙げた例では、意識がボーッとする解離状態から、意識を現実に引き戻すためにリストカットを行っていました。

しかし解離と自傷行為の関係は、一方通行ではないようです。

身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 (筑摩選書)という本の中で、摂食障害などの専門家である野間俊一先生はこう述べています。

現代において自傷行為が習慣化している人には、そもそもの解離傾向が強いことが確認されている。

…松本は解離性自傷をさらに、解離しそうになったときにそれを防ぐために自傷をする「解離拮抗性自傷」と、心理的な苦痛から逃れるために解離をする目的で自傷をする「解離促進性自傷」に分類することを提唱しているが(『自傷行為の理解と援助』前掲 109頁)、いずれにしても解離と現代の自傷には密接な関連がありそうである。(p128)

解離から現実に戻るための「解離拮抗性自傷」と、現実から解離するための「解離促進性自傷」があるとされています。

また 解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論という本の中で、冒頭に登場した柴山雅俊先生もこう述べています。

自傷行為は二つの意味を持っている。一つは苦痛に満ちた身体=現実から解放され、空想的世界へと逃避しようとする試みである。

もう一つは苦痛に満ちた悪夢から醒め、現実へと回帰することである。

つまり現実と空想(ないしは夢)を切り離す手段として自傷がある。(p211)

この説明もまた、自傷行為の二つの役割を示しています。

解離した意識を引き戻そうとする自傷行為がある一方で、現実から意識を逸らせて解離するために行われる自傷もあることがわかります。

自傷行為は、解離と現実を結ぶ往復きっぷであり、人によってどちらを目的とするか、あるいは両方を目的とするかは異なるのです。

両者に共通しているのは解離が関係していることであり、そのときどきの何らかの苦痛を和らげて楽にするために、解離状態と現実を行き来しているということです。

境界性パーソナリティ障害と解離性障害の違い

野間先生の説明によると、1990年代までのリストカットは、境界性パーソナリティ障害(BPD:ボーダーライン)をベースにして、苦痛を相手に知らせようとするメッセージ性が含まれていたとのことですが、近年は、目立たないようにして行われるリストカットも多いそうです。

解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、境界性パーソナリティ障害と解離性障害とでは、自傷行為の意味が異なっているとされています。(p79)

■境界性パーソナリティ障害の自傷行為
強く激しい怒りや絶望などの感情を訴えるために「死んでやる」と表明する。現実の世界にいる他者にしがみつきたい、という気持ちがある。

■解離性障害の自傷行為
混乱したり、もうろうとした状態で行われる。空想と現実を行き来することが目的。他者に対するイメージが希薄で現実感がなく、だれといても安心できない。

こうした違いは、子どものころの親との愛着関係に違いがあるのかもしれません。境界性パーソナリティ障害は親に執着していて強い見捨てられ不安がある一方で、解離性障害は親との関係が希薄です。

もしかすると、両者は愛着障害の型が違うのかもしれません。境界性パーソナリティ障害は親へのとらわれを特色とする抵抗両価型(とらわれ型/不安型)と関係しているのに対し、解離性障害は親とのつながりが希薄な愛着軽視型(回避型)と関連しているようです。

長引く病気の陰にある「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」
愛着理論によると、子どものころの養育環境は、遺伝子と同じほど強い影響を持ち、障害にわたって人生に関与するとされています。愛着の傷は生きにくさやさまざまなストレスをもたらす反面、創造

近年は、境界性パーソナリティ障害が減って解離性障害が増えているとも言われています。自傷行為の意味も変わってきているのです。

境界性パーソナリティ障害と解離性障害の違いについて、詳しくはこちらをご覧ください。

境界性パーソナリティ障害と解離性障害の7つの違い―リストカットだけでは診断できない
境界性パーソナリティ障害(ボーダーライン:BPD)と解離性障害はどちらもリストカットなど共通点があり区別しにくいとされています。その7つの違いを岡田憲一郎先生の「続解離性障害」など

半覚醒状態の脳を覚醒させる―ADHD

ここまでは境界性パーソナリティ障害や解離性障害といった、解離と深く関わる病気の自傷行為を扱ってきましたが、自傷行為の中には、違う背景で生じるものもあります。

それがADHD(注意欠如多動症/注意欠陥多動性障害)に見られる自傷行為です。

ADHDの人の脳は、覚醒度が低く、十分活性化していないと言われています。

「わかっているのにできない」脳〈1〉エイメン博士が教えてくれるADDの脳の仕組みによると、1990年、ADDの成人の脳をPETで調べた、アラン・ザメトキン博士は、彼らは集中しようとすると、逆に前前頭皮質の活動が低下することを発見しました。(p86)

やがて、ADHDの人は脳の活動が弱く、覚醒度が低いために、自分の行動をコントロールできず、多動になったり、不注意になったりすることが明らかになりました。

このことは、ADHDの人たちが、どうして依存症や習癖異常を抱えやすいのか、という謎を解き明かしました。

ADHDの人の習癖異常には、自傷行為のひとつ、抜毛癖(トリコチロマニア)が含まれます。自分で自分の髪の毛を抜いてしまう行為で、特に不注意優勢型というタイプの女性のADHDに多いそうです。ほかにも爪噛み、貧乏ゆすり、チックなどの癖があります。

また、依存症としては、カフェイン、アルコール、ギャンブル、セックス、マスターベーション、喫煙、薬物などがやめられない、といったことが含まれます。

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これらに共通するのは、すべて、自己刺激のための行動である、ということです。

知って良かった、アダルトADHDという本は、こうした自傷行為・自己破壊的行為の理由をこう説明しています。

また抜毛癖は爪噛みと同様、不注意優勢型のADHD児・者に多いようですので、「半覚醒・半睡眠の状態」にある自分の脳を覚醒させるための自己刺激的な行動なのかもしれません。(p150)

ADHDの人では、ニコチンやカフェインの効果が普通の人よりも強く表れ、認知機能が大幅に改善したり活気・気力が高まったりしたという報告もあります。

半覚醒状態のもうろうとした脳を覚醒させてくれる感覚が気持よく、すっきりするので、ADHDの人は自傷行為や刺激的な自己破壊的な行動、スリルのある活動にのめりこみ、依存してしまいやすいのです。

とはいっても、本人にとっては、半覚醒の脳が普通であるために、脳を覚醒させるために自己刺激的な行動に依存している、と自分で気づくことはなかなかできません。

半覚醒状態の脳を覚醒させるという意味では、ADHDの自傷行為は、解離性障害の人が、解離状態から現実に戻るためにリストカットをするのとよく似ています。

しかし解離がストレスの多い状況で身につけた現実への対処法であるのに対し、ADHDの脳の覚醒度が低いのは、もともとの脳の構造によるものです。

とはいえ、これらの症状は良く似ていて、解離性障害(愛着障害)の子どもは、不注意優勢型のADHDと見分けにくいと言われています。

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感覚過敏による苦痛から逃れる―自閉スペクトラム症

自傷行為の原因には、さらに別の形態の発達障害である自閉スペクトラム症が関わっている場合もあります。

自閉症とサヴァンな人たち -自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察‐という本では、自閉症当事者として有名なテンプル・グランディンの手記から、次のような点が引用されています。

同時に多くの刺激に晒されると、自閉症の子どもは

(以下グランディンの手記からの引用)

くるくる回り自分を傷つけえるような自己刺激か外部の刺激を排除するために自分の内的世界に逃げることしかできない。

さもないと感覚に圧倒されてかんしゃく、叫び声あるいは他の受け入れられない行動をひきおこすことになる。(28-29頁)

(以上引用)(p210)

自閉症の人たちは、外部からの感覚が未加工のまま、取捨選択されず脳にインプットされるため、情報の多さに圧倒されやすいと言われています。

グランディンの記述からは、感覚異常によって、情報の洪水が起こるために、それから逃れるために自分を傷つけることがある点が示唆されています。

また同じく当事者の森口奈緒美さんの著書からも引用されていて、

「角突き行為」とは、壁に何度も頭をぶつける行為である。

そのようなパニックが起きる一つの原因として、彼女は、「おそらく周囲があまりにも騒がしく、入力が過剰かつ無秩序で矛盾に満ちていると、脳神経の回路が整理できないまま情報処理が追いつかず、思考や判断が“もつれて”しまうのだと思う」(36頁)と述べている。(p225)

やはり大量の感覚に圧倒されて、情報処理が追いつかない苦痛から、「角突き行為」のような頭を壁にぶつける自傷行為が生じるとされています。

このような大量の刺激で頭が埋め尽くされる感覚異常を、やはり当事者である綾屋 紗月さんは「感覚飽和」と呼んでいるとも書かれています。(p228)

どうやら、自閉症の人たちは、受け取る情報量が多すぎて、情報処理が追いつかず、パニックになってしまうときに、感覚飽和による苦痛から逃れようとし、壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為を行ってしまうことがあるようです。

これは、現実の苦痛から逃れ、自分を現実から切り離す解離を引き起こそうとする解離性障害の自傷行為に似ています。

柴山雅俊先生は、解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)の中で、自閉スペクトラム症の人たちは解離しやすいと述べていて、その原因の一つとして、情報が過剰にあふれてしまうことを挙げています。(p83)

自傷行為をやめさせるより根本原因を探る

これらの例を見ると、解離性障害のリストカットにしても、ADHDの抜毛癖にしても、自閉症の角突き行為にしても、それぞれに理由があることがわかります。

もちろん、自傷行為の原因について、さらにほかの意見や事例もあると思います。ここに取り上げたのは、最近わたしが読んだ本の中のわずかな例に過ぎません。

たとえばADHDや自閉スペクトラム症の人が自傷行為を習慣にしている場合、必ずここに書かれている理由によるものだ、と主張するわけではありません。一人ひとり事情も背景も異なります。

いずれにしても、多くの場合、本人たちは、注意を引きたい、目立ちたい、といった演技的な理由で自傷行為に及ぶのではなく、何らかの苦痛から逃れるため、または気持ちをすっきりさせるために、無意識のうちに習慣化してしまっていることがわかります。

自傷行為をしてしまうときには、意識が解離していたり、半覚醒の状態にあったり、パニックの状態にあったりするので、ほとんど無意識のうちに、気づかないうちにやってしまい、その後で初めて、ハッとして我に返ります。

そうであれば、ただ自傷行為をやめるよう怒ったり、厳しく指導したり、拘束したりすることは、意味がないばかりか、苦痛から逃れる行為を奪って、当人をさらに追い詰めることになりかねません。

自傷行為を見つけた親や友人は、怒ったり取り乱したりするのではなく、優しく接し、傷の手当てをして、当人が抱えている問題に耳を傾けることができます。

また、自傷行為が習慣になっている人は、これが単なる小さな習慣ではなく、その背後に強いストレスや脳機能の問題など、大きな原因があるということに気づく必要があります。

自分で問題を調査したり、専門家の助けを借りたりすれば、自分の体を傷つけることなく、問題に対処できる方法が見つかるかもしれません。

わたしの場合、リストカットなどはなかったのですが、学生のころに、鉛筆で自分の肌を刺してしまうことがよくありました。

当時はその意味がよくわかっていなかったのですが、爪噛みなどの癖もあり、調べていくうちに、覚醒度の低い脳を目覚めさせようとする自己刺激行動なのだと気づきました。

どんな自傷行為が生じているにしても、原因なくしては生じません。原因も、単に心の問題とは限りません。

自傷行為という氷山の一角を手がかりにして、水面下の問題にアプローチすることは、自分自身についてよく理解し、本当の意味での問題解決の手段を探る上でとても大切だと思いました。

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