ダーウィンも気をつけた「アインシュテルング効果」とは? 人は自分の意見の裏づけばかり探してしまう


アインシュテルング効果の真の危うさは、まさにここにある。

自分が偏見なしに考えていると信じていても、新しいアイデアを刺激する可能性のある事柄から自分の脳が選択的に注意をそらしていることにまるで気づいていない可能性があるのだ。

自分がすでに抱いている結論や仮説と一致しないデータは、無視されるか捨てられてしまう。(p47)

なたは、自分は偏見がなく、おおらかな人間だと思いますか?

わたしたちの大半は、自分は人の意見をよく聞き、柔軟な考え方をしているほうだ、と思っているかもしれません。

ところが実際には、だれもが自分の考えに固執し、新しいアイデアや価値観を退ける、という根深い傾向を持っています。

無意識のうちにわたしたちの見方を左右しているその傾向は、「アインシュテルング効果」と呼ばれていて、医療・裁判・科学など、さまざまな分野で、いえ、それどころか、わたしたちの日常生活でも、頻繁に偏った見方を生んでいます。

アインシュテルング効果とは何でしょうか。わたしたちは知らず知らずのうちにどんな偏った見方をしているのでしょうか。ダーウィンはどのようにしてそれに対処していたのでしょうか。

日経 サイエンス 2014年 05月号 [雑誌]ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)などから考えてみたいと思います。

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アインシュテルング効果とは?

「アインシュテルング」とは「心構え」を意味するドイツ語です。

「アインシュテルング効果」、あるいは「構え効果」は、1942年、米国の心理学者アブラハム・S・ルーチンスの「水がめ問題」を通して広く知られるようになりました。

「水がめ問題」は、異なる容量の水さし3つを使って、さまざまな量を量りとる、頭の体操のような問題です。

この種の問題には色々と解法があるものですが、ある解き方を教えられた人たちは、異なる最適解があるときでも、馴染み深い解き方のほうに固執してしまう、ということが明らかになりました。

このような、自分なりの結論をすでに得ていると、ほかの可能性が目に入らなくなってしまう、 というのがアインシュテルング効果の本質です。

たとえば、科学者は自分の理論と一致しないデータは無視してしまう傾向があります。

医者は自分の専門外の病気の可能性を度外視して誤診を下してしまいます。

陪審員は、すべての証拠が提示される前から有罪か無罪かにアタリをつけていて、他の証拠を都合よく解釈しがちです。

ピロリ菌と「アインシュテルング効果」のストーリー

アインシュテルング効果の根深い影響を考えるのにうってつけなのは、ピロリ菌のストーリーです。

0ベース思考---どんな難問もシンプルに解決できるには、胃潰瘍の原因をめぐる、オーストラリアの若い医者、バリー・マーシャルの革新的な発見について書かれています。

当時、胃潰瘍は精神的なストレスで引き起こされると考えられていました。確かな科学的裏付けはないのに、だれもがそう信じていたのです。

ところがバリー・マーシャルは、その原因は細菌にあるのではないかと考えました。胃は強酸性で細菌など住めない、というのが定説でしたが、マーシャルは胃にヘリコバクターピロリ菌が住んでいることを発見しました。

バリー・マーシャルは、ピロリ菌こそが胃潰瘍の原因だと主張しましたが、アインシュテルング効果に陥っていた医師たちは、彼の主張を鼻で笑いました。

バリー・マーシャルは、ピロリ菌が胃潰瘍を引き起こすことを示すために、自分の体を使って、人体実験をも試みました。その結果どうなったでしょうか。

マーシャルは冷笑され、糾弾され、無視された。―どこかの気がふれたオーストラリア人医師が、自分で発見したとかいう菌を呑み込んで潰瘍の原因をつきとめたと言っているが本気かい?

…潰瘍発症のしくみが完全に受け入れられるには何年もかかった。一般通念ってやつはなかなかしぶといのだ。いまも潰瘍はストレスや辛いものが原因だと信じている人がたくさんいる。(p113)

時は流れ、ピロリ菌が胃潰瘍を引き起こす原因であることが正式に認められ、マーシャルがノーベル賞を受賞し、ピロリ菌は悪者だとすっかり浸透したころになって、またもう一つの騒動が起こります。

ピロリ菌は今や胃潰瘍の原因として積極的に除去されるようになりましたが、なんとピロリ菌がいなければ胃食道逆流症の発症率が何倍にもなる、というデータが出てきました。さらに、ピロリ菌の不在は食道がんの発症率も押し上げていました。

ピロリ菌は悪者で除去しなければならない、という定説にすっかり凝り固まっていた医師たちは、またしてもアインシュテルング効果によって、このデータを無視しました。

しかし一部の先進的な研究者たちは、偏見にとらわれず、ピロリ菌だけでなく、さまざまな腸内細菌が、病気の発症や予防に深く関わっていることを明らかにしました。

「そう、バリー・マーシャルのときとそっくりな反響だ」とポロディは言う。

「最初は村八分に遭ったよ。いまでも同僚はこの話題を出そうとしないし、会議で一緒になっても目も合わせてくれない。徐々に変わってきてはいるがね」(p117)

このピロリ菌をめぐるアインシュテルング効果のストーリーは、決して遠い世界の話ではありません。

わたしたちの毎日の生活で繰り返されている、自分の考えへの固執と、他人の新しい意見への偏見が、たまたま大きくクローズアップされた例のひとつにすぎません。

「アインシュテルング効果」はなぜ生じるか

それにしても「アインシュテルング効果」はなぜ生じるのでしょうか。

日経 サイエンス 2014年 05月号 [雑誌]に載せられているチェスのプレイヤーの研究によると、問題の本質は、「何を見ているか」ということにあるようです。

赤外線カメラで目の動きを追跡すると、すでに特定の解法を知っているチェスプレイヤーは、その解法に関係する場所しか見ないで、判断を下してしまっていることがわかりました。

それでアインシュテルング効果が起こってしまうのは、次の二つの傾向、つまり(1)自分の考えを裏づけるものだけを見て、(2)自分の見たもの以外の可能性を考えないこと、が関係しているといえるでしょう。

これらの傾向は、それぞれ、心理学で「確証バイアス」や「WISIATI」として知られています。

確証バイアス―自分の考えを裏づけるものだけを探す

一つ目の、自分の考えを裏づけるものばかり探してしまう傾向、それは「確証バイアス」です。

行動経済学者ダニエル・カーネマンによる、ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)という本では、確証バイアスについて、次のように説明されています。

連想記憶の働きは、一般的な「確証バイアス(confirmation bias)」を助長する。

サムが親切だと思っている人は、「サムって親切?」と訊かれればサムに親切にしてもらった例をあれこれと思い出すが、「サムっていじわるだよね?」と訊かれたときはあまり思い浮かばない。

…「仮説は反証により検証せよ」と科学哲学者が教えているにもかかわらず、多くの人は、自分の信念と一致しそうなデータばかり探す―いや、科学者だってひんぱんにそうしている。(p122)

わたしたちは、自分がどれほど偏見なく公平な見方をしていると思い込んでいようとも、必ず「確証バイアス」の影響を受けています。

さまざまな情報を取捨選択するとき、自分にとって都合の良いものばかりを見つけ、そうでないものは見過ごしてしまうか、たとえ気づいてもすぐ忘れてしまいます。

特にさまざまな情報が玉石混交しているインターネットでは、わたしたちは確証バイアスにより、自分の好むような情報を見つけ出しやすいといえます。

たとえばある映画の評判を調べようと思う場合、その映画がきっと面白いだろうと考えている人は、それを裏づけるポジティブな意見ばかり目に止まり、逆にその映画を見ないよう家族を説得したいと思っている人は、ネガティブな意見ばかり見つけるでしょう。

ちょうど、赤外線カメラで目の動きを測定されたチェスプレイヤーと同じく、自分の考えを裏づける証拠ばかりを見つけ、それ以外のものは目に入らないのです。

ある学説に心酔している科学者、特定の宗教やブランド、有名人を信奉している人たちなどは、「確証バイアス」によって、それが正しい、すばらしいという裏付け証拠ばかり見つけ、反論や疑問は気に留めず、結果的に盲信してしまいます。

(※権威や有名人の言葉を鵜呑みにする傾向は「ハロー効果」、自分の好きなもののメリットばかり探す傾向は「感情ヒューリスティック」とも言われます)

WYSIATI―自分の見たものがすべて

裏付け証拠ばかり集める「確証バイアス」の後に続いて起こるのは、自分の目に入らなかったものは存在しないと言わんばかりに切り捨ててしまうことでした。こちらの傾向は「WYSIATI」と呼ばれています。

限られた手元情報に基づいて結論に飛びつく傾向は、直感思考を理解するうえで非常に重要であり、これから本書に何度も登場する。

この傾向は、自分の見たものがすべてだと決めてかかり、見えないものは存在しないとばかり、探そうともしないことに由来する。

…この「自分の見たものがすべて(what you see id all there is)」は、英語の頭文字をとってWYSIATIという長たらしい略語が作られている。(p129)

わたしたちは誰でも、自分の知っているものがすべてだ、と考えて、自分の常識の枠外にあるものはあたかも存在しないかのように無視してしまう傾向を持っています。

地球が丸いという概念、地動説、宇宙に始まりがあったこと、女性の権利、人間はどの人種も平等だということ、人間の脳には可塑性があるということなど、挙げ始めるときりがありませんが、新しい概念は必ず最初は無視されてきました。

いずれの場合も、そうした新しい概念は、当時の人たちの「見たことがないもの」でした。無視したのは、決して悪意のある人たちばかりではありませんでした。

知識人も含め、WYASITIにとらわれていた普通の人たちが、新しい概念に取り合おうともしなかったのです。

見たことがない人種の文化、触れたこともない宗教の信条、聞いたことのないアイデア。いずれの場合も、ほとんどの人は、情報を得ようともせず、あたかも存在さえしないものであるかのように度外視しています。

自分の気づいていない可能性があるのではないか、自分の狭い知識の範囲内では想像だにできないような観点が存在しているのではないか、自分とまったく違う考え方をする人の意見こそ実はとても重要なのではないか。

そう考えて、謙虚に耳を傾けるのは誰にとっても難しいのです。

もっともらしい説明が正しいとは限らない

わたしたちの身近なところに存在するアインシュテルング効果にはどのようなものがあるでしょうか。

近年、さまざまな分野の研究が進歩する中、これまで常識とされていたことが、覆されるような研究結果が数多く出ています。

たとえば、あなたは、だれがが、「男性と女性は脳のつくりが違うから、夫婦の意見が合わないときもある」、「日本人に創造性が欠けているのは、日本特有の集団主義的な学校教育のせいだ」といったことをもっともらしく言うのを聞いたことがありますか?

正直に言えば、わたし自身、このブログの過去の記事で、そうした意見(特に後者)を書いた覚えがありますが、どうもそれはアインシュテルング効果に捕らわれているかもしれません。

男性と女性は脳のつくりが違う?

一般に男性は一度に一つのことしか考えられず競争を好むとか、女性は同時思考に優れていて、繊細で感情的だとか言われています。

ところが近年の研究によると、男性脳と女性脳という違いはほとんど存在しないそうです。

「男性脳」「女性脳」は存在しない?:英国の研究結果 « WIRED.jp はてなブックマーク - 「男性脳」「女性脳」は存在しない?:英国の研究結果 « WIRED.jp

完全な“男脳”と”女脳”は ほぼ存在しないことが判明(イスラエル研究) : カラパイア はてなブックマーク - 完全な“男脳”と”女脳”は ほぼ存在しないことが判明(イスラエル研究) : カラパイア

脳科学の真贋―神経神話を斬る科学の眼 (B&Tブックス)の中で「男性脳、女性脳」という概念は、脳科学の都市伝説の一つとされています。

男女の脳でまったく差がないということはなく、明らかに一部の差はあるでしょう。でも、それが男脳、女脳というほど決定的なものではない可能性があるのです。(p164)

その問題、経済学で解決できますによると、世界で最も女性の立場が強いカージ族の村に行くと、まるで、女性たちはわたしたちの社会の男性のようにふるまっていました。

夫婦や恋人の意見が合わないとき、「男と女では脳のつくりが違うから」という、もっともらしい理由づけには終止符を打つ必要がありそうです。

日本人は集団主義的で創造性が欠けている?

日本人は創造性が欠けていて、集団主義を強いる学校社会が創造性を殺しているという意見も、そこかしこで言われています。だれもが自分の子ども時代を思い出して納得してしまいます。

個人主義的なアメリカの教育だと、いじめが少なく、才能のある人が伸びやすい、という意見もよく聞きます。

ところが、近年の研究によると、日本人がアメリカ人に比べて集団主義的だという証拠は見つからなかったそうです。

『日本人は集団主義的』という通説は誤り | 東京大学 はてなブックマーク - 『日本人は集団主義的』という通説は誤り | 東京大学

この調査では、日本人が集団主義的だというのは、データに基づくものではなく、文化ステレオタイプというバイアスの一種ではないか、とされています。

また、世界で最もクリエイティブな国デンマークに学ぶ 発想力の鍛え方という本によると、こんな調査がありました。

アドビ社は最近、世界各国の成人の5000人にインタビューし、クリエイティビティの世界的動向に関する調査をおこなった。

その結果、クリエイティブな国の第一位に日本が、クリエイティブな都市の第一位に東京が選ばれた。

だがここで興味深いのは、この調査でクリエイティブな国として挙げられた国の中で、唯一日本人だけが、自分たちの国や都市―日本や東京―をクリエイティブな場所だと考えていない点だ。

その代わりに日本人は、アメリカ、ドイツ、フランスといった国を挙げている。(p9)

どうやら、日本特有の教育が創造性を殺しているという考えは、何か重要な視点が欠けているのではないでしょうか。

ちなみに最近読んだ「クリエイティブ」の処方箋―行き詰まったときこそ効く発想のアイデア86の著者はこう書いていました。

大学以前の教育を振り返ると、創造性の芽は摘まれるべきものとみなされていた。

教師や権力側の人間にとって、創造性は脅威だった。手懐けることができない、危険なものだった。

ドラッグや万引きや賭け事から生徒を遠ざけるのと同じように、教師は創造性という危険物から生徒を隔離した。(p10)

興味深いことに、この本の著者は日本人ではなく、イギリス人です。

アインシュテルング効果を打ち消すには?

ここまでの色々な例を通して、「アインシュテルング効果」が、いかに、わたしたちの日常に深く入り込んでいるか、 その一端が感じられたかもしれません。

わたしたちは、ついもっともらしい説明をされると、それが実際には正しいものではなくても、いつの間にか信じこんでしまっていることがあります。

そして、すでに心に抱いた信念に基づいてさまざまな情報を解釈して、その信念に合わないものは無視するか間違っているとみなします。

わたしたちはだれもバイアスの影響から逃れられませんし、アインシュテルング効果をまったくオフにするのは不可能です。(そもそもアインシュテルング効果のすべてが悪いわけではありません)

しかし、アインシュテルング効果に首尾よく対処して、柔軟な思考をするよう努力することは可能です。二人の有名人の言葉を考えてみましょう。

ダーウィンは自分とは異なる意見をメモした

アインシュテルング効果を打ち消す点で、よい手本を示している一人目の人はチャールズ・ダーウィンです。

彼は、当時の常識とは異なる理論を打ち立てたことで有名ですが、日経 サイエンス 2014年 05月号 [雑誌]によると、このような習慣を持っていたといいます。

私は長年、ある黄金律に従ってきた。何かの事実や観察結果、新しい考え方が発表され、それが自分の出した結果に反している場合、必ずすぐにメモしておくのだ。

私自身の経験からいえることだが、そうした事実や考えは、好ましいものよりもはるかに記憶から抜け落ちやすい。(p49)

ダーウィンは、自分の考えとは異なる意見に対して、単に柔軟だったというのではなく、むしろ積極的に注目していました。偏見なく耳を傾けようとするだけでなく、わざわざメモを取っていたのです。

ダーウィンは、明らかに、バイアスがいかに強い影響を自分に及ぼすものであるかをよく知っていました。それは単なる心構えでどうにかなるレベルではなく、積極的に対策を講じないと克服できないものなのです。

どうして、ダーウィンは、自分とは相異なる意見の存在を、それほど重要視したのでしょうか。

脳のなかの天使に載せられているダーウィンの次の信念は、その理由を示しています。

誤って事実とされたことは、長くそのままになりがちなので、科学の進歩にとってきわめて有害である。

しかし誤った見解は、たとえなんらかの証拠によって支持されていようと、ほとんど害をなさない。誤りを立証するという有益な楽しみをだれもが実行したがるからだ。

そして誤りが立証されれば、まちがいに向かう一つの道が閉ざされて、真実に至る道がしばしば同時に開かれる。(p344)

この言葉は、このブログのプロフィールページにも載せているものです。

ダーウィンは、自分の考えとは異なる意見を、敵対するものとは見なしていませんでした。むしろ、自分の考えもまた間違っている可能性があり、異なる意見と照らしあわせたときに初めて真実に至る道が開かれる、と考えていたのです。

一見、相反する複数の意見が、じつは互いに補い合うものだったという例は少なくありません。

有名なインドの説話に「群盲象を評す」というものがあります。数人の目の見えない人が、ある動物を触ったとき、ある人は「うちわのようだ」と言い、別の人は「柱のようだ」「ロープのようだ」などと言いました。

一見すべて矛盾しているようですが、実は、どれも正しい結論でした。うちわは耳、柱は足、ロープはしっぽで、その動物はゾウだったのです。

相異なる複数の意見を冷静に比較検討できる人がいれば、それら様々な意見は真実を覆い隠すどころか、むしろより正しい結論を導き出すヒントになります。そのような人はいわば心の目が見える人だといえるでしょう。

ダーウィンは、自分の意見に固執して盲信したり、目の前の意見の食い違いにとらわれたりするのではなく、相異なる意見の先にあるかすかな真実を見ようとしたのです。

マイケル・J・フォックスは世界観を広げる助けと考えた

アインシュテルング効果を抜け出すときに手本にしたいと感じるもう一人の人は、パーキンソン病の俳優、マイケル・J・フォックスです。

彼は、いつも上を向いて―超楽観主義者の冒険という本の中でこう書いています。

自分のものとは違う信念を信奉している人の話を聞くことは、脅威ではなく知識を増やすことだ。

なぜなら自分の世界観を変えることができる唯一のものは、新しく否定しがたい真実なのだから。(p187)

マイケル・J・フォックスがこう述べるのは、政治や宗教において、自分とは違う信条を持つ人たちの意見に進んで耳を傾けるため、時間を割いてきたからです。

チャールズ・ダーウィンと同じく、彼の場合も、違う信念を持つ人の意見に進んで耳を傾けました。そうすることが、「自分の世界観を変える唯一の方法」だと知っていたからです。

ある建物について、二人の人がまったく違う描写をしていたとしましょう。あまりにも意見が食い違って、別々のものを説明しているように聞こえます。

でも実は、片方の人は建物の中にいて、もう一方の人は、建物の外にいたのです。まったく違う意見でも、視点の違いを反映しているだけだということはないでしょうか。

建物の中にいる人は普通、外から見る視点は持てません。しかし外にいる人と互いに意見を交換できれば、より正確な事実が浮かび上がります。そのとき初めて世界観が広がります。

その昔、地球の形は平坦なものだと思われていました。地球という「建物」の中から観察すれば、そう見えるのは当然です。

しかし月に映る影などを観察し、数学の助けを借りて、別の視点を持ったとき、地球は丸いかもしれないと考えられるようになりました。そして宇宙時代に、初めて地球という「建物」の外、宇宙から地球を見ることに成功し、わたしたちの世界観は広がりました。

わたしたちは、自分が生まれ育った以外の文化や宗教の価値観は変なもの、おかしなものと考えがちです。しかし異文化に生きる人たちの中に入って一緒に生活してみると、新たな視点が得られ、世界観が変化します。

チャールズ・ダーウィンも、マイケル・J・フォックスも、自分とは異なる意見は、自分に対する脅威ではなく、むしろ自分を成長させてくれるものだと考えていたのです。

考え方は変化していくべきもの

わたし自身、すでに書いたように、既存の考えや信念に縛られてしまうことが多く、「確証バイアス」や「WYSIATI」の根深い影響を受けていることは否めません。

つい自分の考えの裏付けばかり探してしまったり、反証を頭ごなしに退けてしまったりすることはよくあることです。

このブログの内容は、限られた情報をもとに構成している点で、「WYSIATI」の影響を色濃く反映しています。

しかし同時に、わたしは子どものころから、他人の相反する意見に対して、防衛機制で言うところの「投影」ではなく「取り入れ」で対処する生存戦略を用いてきました。

敵対するのではなく、同化させることで、落とし所を探っていくようなやり方です。

わたしは個人的な経験から、何か納得のいかないこと、理解しにくいこと、矛盾しているようなことがあった場合、それは何か楽しい発見が眠っているサインだと考えています。

疑問に思うこと、これはおかしいと感じることほど、よく考えたり調べたりすれば、思いがけない発見が眠っていて、深い洞察が得られるものです。

そして、そうした発見は、疑問を感じた当時は、まだ自分が知らなかった情報に基づいていることが少なくありません。

このブログでは、過去の記事と現在の記事とで、意見が食い違っている部分が少なからずあると思います。それは、情報が増えたことで考え方を変えたためです。

そうしたことが度々あるため、何か記事を書くときに、たとえ断定的な口調を用いていたとしても、それが100%真実だと思って書いていることはありません。

プロフィールページに書いているとおり、読む人にも半信半疑で受け取ってほしいと思っています。

人間の脳が可塑性に飛んでいて、成人後もどんどん形を変えていくように、わたしの考え方や信念も、新しい発見に応じて、いつまでも変化を続けていくべきだと思っています。

教科書や辞書は古くなれば価値が無くなり捨てられていきます。アップデートされないソフトウェアはいずれ取り替えられます。同じ考えに固執している人間も、それらと同様の運命をたどるでしょう。

そう考えているからこそ、「アインシュテルング効果」やその周辺の「確証バイアス」や「WYSIATI」には、ある面では活用しつつも注意を怠らない、ほどよい距離感で付き合っていきたいものだと思います。

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