人間は本質的に芸術家―たとえ脳が傷ついても最後まで絵を描き音楽を楽しむのをやめない

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なたは絵や音楽が好きですか? 

自分で描いたり演奏したりするのはちょっと…という人でも、きっと、好きなイラストや好みのメロディがあると思います。

疲れたときに、大好きな音楽を聞くと元気が出る、癒されるという人は多いですし、アートセラピーのように、絵を描くことで傷ついた心を癒す人もいます。

絵や音楽をはじめ、芸術は、わたしたちの心を揺さぶる力を秘めています。芸術は、一見、生きるために必須でないように思えますが、経済不況でも、震災被害のもとでも、戦争のもとでも、決して廃れず生き残ってきました。

わたしたち人間がこれほど芸術を愛し、それによって心を癒されるのはなぜでしょうか。

近年の脳の研究によると、人間は本質的に芸術家であり、音楽や絵は、人間を人間たらしめているもの、つまり他の動物とはっきり異ならせている重要な要素だとわかってきました。

人は多くの場合、たとえ脳が萎縮したり、損傷したりしても、最後の最後まで、絵を描いたり、音楽を楽しんだりする能力を持っています。

知の逆転 (NHK出版新書 395)芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察という本から、そのことを示す例を見てみましょう。

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これはどんな本?

今回参考にしている本のうち、知の逆転 (NHK出版新書 395)は高名な6人の科学者・研究者のインタビューで、そのうちの一人に脳神経科学者のオリヴァー・サックスが含まれています。

芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察 は、カリフォルニア大学脳研究所のダーリア・W・ザイデルによる、芸術に関わる脳機能を分析した本です。

脳が傷ついても音楽は消えない

わたしたちは、だれでも、音楽に馴染みがあります。自分で音楽を演奏したり作曲したりして楽しむという人もいれば、好きな音楽を流して鼻歌を歌う人もいます。

たいていの人は、自分の好きな曲や、思い出深い懐かしいメロディをよく覚えています。

音楽は強い力を持っているので、音楽療法は、深刻な脳の病気を持つ人の助けになることさえあります。

脳が傷つこうとも音楽の力は失われない、ということは、どんな例がからわかるのでしょうか。

知の逆転 (NHK出版新書 395)の中で、オリヴァー・サックスは、自分が見てきた音楽の力についてこう語っています。

音楽の力というものを強く意識したのは、パーキンソン病の患者に触れたときと、音楽がないと完全に動きも言葉も思考も停止してしまう『レナードの朝』に出てきた嗜眠性脳炎の患者を診たときです。

音楽が鳴っている間はダンスすることも歌うこともできて、音楽が彼らをほぼ正常に戻すと言ってもいいのですが、音楽が止まったとたんにその力も消えてしまう。(p139)

サックスが振り返っているのは、映画化もされた有名な本レナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で書いた、パーキンソン病の人たち、そして嗜眠性脳炎の人たちの例です。

その人たちは、音楽が鳴っているときだけ正常な体の運動機能を取り戻すことができました。

わたしの友人のパーキンソン病の人も、いつもリズムのいい音楽を聞いています。普段は手足が思うように動かないのが、音楽があると、リズムの力でスムーズに動けるようになるのだそうです。

音楽の力で、重い症状が消失するのは、パーキンソン病だけではありません。 天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性では、サックスの別の研究についてこう触れられています。

オリヴァー・サックス(Sacks 1995)は、ある自閉症の男児について、歌っている間は、自閉症的な人格が「消失している」と表現している。

「自閉症的な人格」は、男児が歌うのをやめたとたんに戻った。

当然のことながら、音楽療法は、自閉症やアスペルガー症候群の人々の助けとなるのである。(p191)

この報告では、自閉症の子どものことが書かれています。音楽は、自閉症によって覆い隠された本当の人となりを引き出すことがあるのです。

さらに、音楽は、脳が萎縮して、言語や記憶が失われた場合にさえ、どこかにしっかりと保存されています。知の逆転 (NHK出版新書 395)にはこう書かれています。

言語表現力をなくした失語症の患者でも、音楽の力を見せつけられました。そういう患者の多くは、本人にとっても驚きなのですが、(言葉を失っても)歌を歌うことはできるのです。(p141)

失語症の患者は、うまく言葉を話すことができません。頭ではわかっていても、言葉として表現できないこともしばしばです。しかしメロディが流れると、歌を歌うことができる場合があります。

これはメロディが流れることで、失われたはずの運動機能を取り戻すことができるパーキンソン病の人たちとよく似ています。

さらに、言葉だけでなく、記憶を失くした場合でさえ、音楽は最後まで失われません。そのことを示すのはアルツハイマー型認知症の人たちの例です。

サックスはこう言います。

個別の記憶や、エピソード記憶は失われてしまっても、音楽は残っているのですね。

一般的に音楽の力というのは、多かれ少なかれ病気によって侵食されずに長いこと残っています。(p142)

アルツハイマー型認知症の人たちの場合、記憶がなくなっても、過去に慣れ親しんだメロディは覚えていることがあります。その点は最近のこちらの記事でも書かれていました。

認知症の脳でも音楽は認識できる―音楽療法の患者・家族への効果 | 佐藤由美子 はてなブックマーク - 認知症の脳でも音楽は認識できる―音楽療法の患者・家族への効果 | 佐藤由美子

古い音楽、昔の歌が流れると、静かに聞き耳を立て始め、涙を流したり、微笑んだりします。おそらく、そのメロディによって、失われてしまったはずの記憶が呼び起こされ、昔の感情がかきたてられるのでしょう。

いずれの場合も、脳が傷ついたり、損傷したり、萎縮したりしても、音楽の力は最後まで残ることが多いことがわかります。

人間の脳には、言葉に特化した領域や、運動を担う領域、記憶を保存する領域などがあります。

しかし音楽に特化した領域は存在しないと考えられています。音楽は脳の広い範囲を使って感じ、楽しむ特別なものであり、脳のどこか一部が損なわれても、決してメロディは失われないのです。

▼2016/02/11追記:
音楽の処理を話し声とは別に行っている神経回路が発見されたそうです。その部分だけが音楽に関わっているわけではないでしょうが、興味深い結果です。

今まで未解明だった「音楽」が脳で処理されるメカニズムが明らかに - GIGAZINE はてなブックマーク - 今まで未解明だった「音楽」が脳で処理されるメカニズムが明らかに - GIGAZINE

脳が傷ついても絵を描くことをやめない

脳が損なわれても失われない芸術は音楽だけではありません。絵もまた、人の脳全体に根ざす独特な機能であり、脳の病気を患った画家の中には、言葉や記憶が失われても、生涯の最後まで絵を描き続ける人が少なくありません。

芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察に載せられている2004年の報告では、アルツハイマー型認知症になった、ドイツの商業画家カロルス・ホーン(Carolus Horn)について書かれています。

彼は、アルツハイマー型認知症が進むにつれ、絵の色使いやスタイルが変化していきましたが、それでも描くことはやめませんでした。

人生の最後の段階に近づくと描く能力自体が急激に悪化していったが、描く技法にもさらなる変化が生じ、(それまでは情景全体を描いていたのに対して)個々の物品や単純な線、幾何図形、走り書きなどを描くだけになったが、それでもそれらの創作には、“芸術的なひらめき”が保たれていたのである。(p53)

アルツハイマー型認知症は、絵を描く技能には、確かに大きな影響を与えたことがわかります。記憶が失われるにつれ、正確に描く技能も消えていきました。

しかしたとえ記憶は失われても、描きたいという思いは決して失われませんでした

また、2003年には、前頭側頭型認知症になった、芸術の教師だった女性について、報告されています。

その女性は、MRIで調べると、認知症のため、前頭葉や側頭葉が萎縮していました。

しかしそれでも、やはり絵を描くことはやめませんでした。

言語表現が重度に障害されたこの女性の場合は、芸術による表現も悪化していったのである。

彼女の芸術表現はきわめて茫洋としたものになっているが、それでも抽象画の段階には至っていない。

ここで重要な点は、創作活動以外の点では彼女のこころが明らかに衰えているにもかかわらず、彼女は絵を描き続けたことである。(p53-54)

この女性の場合、言葉は失われ、心も衰えましたが、絵を描くことは残りました。

言葉は、脳の一部分(ウェルニッケ野やブローカー野)に宿る機能なので、そこが損傷すると失われます。しかし絵を描く能力はどこか特定の場所のみに宿っているわけではありません。

この本では、そのほかにも、有名な画家である、ウィレム・デ・クーニングや、ウィリアム・ウテルモーレンなどの画家の例も書かれています。

やはりアルツハイマー型認知症の進行とともに、描く力は衰え、作品数は大幅に減ったものの、彼らは体調の許す限り最後まで絵を描き続けました。

最近のニュースによると、ウィレム・デ・クーニングやジェームス・ブルックスは、40歳前後のときにアルツハイマー型認知症の兆候があったようですが、それから何十年も絵を描き続けました。

巨匠の筆遣いに神経疾患の兆候、早期診断の一助に 研究 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

 分析の結果、デ・クーニングとブルックスについては、アルツハイマー病と診断されるずっと前の40歳前後で複雑性の明らかな低下がうかがえた。

デ・クーニングが正式な診断を受けたのは85歳を迎えた1989年、ブルックスは79歳の時だった。

ウィリアム・ウテルモーレンは、こちらの記事によると、自分の名前を書けなくなっても、絵を描いていたことが伝えられています。

劇訳表示。 : アルツハイマーを発症した画家。その作品の変遷。【William Utermohlen】 はてなブックマーク - 劇訳表示。 : アルツハイマーを発症した画家。その作品の変遷。【William Utermohlen】

認知症以外にも、脳が萎縮したり 損傷したりする場合はたくさんありますが、多くの場合、絵を描く能力は最後まで残ります。

エドゥワール・マネは、梅毒のため脳の運動機能などが破壊され、異常な疲労感を感じるようになりましたが、それでも亡くなる直前に大作「フォリー・ベルジェールのバー」を完成させました。(p261)

また不登校の子どもや被虐待児では、近年、脳の萎縮が見られる場合があることが知られるようになってきましたが、そうした子どもにも芸術療法(アートセラピー)が効果を発揮する場合があります。

なぜ芸術療法(アートセラピー)は認知症や不登校の脳機能を回復させるのか
彫刻家、金子健二さんによる「芸術がなぜ認知症を改善するのか」という本の脳科学の研究を通して、なぜ芸術療法(アートセラピー)に効果があるのか、3つのポイントをまとめました。

言葉のコミュニケーションができなくても、絵を通して心を表現する自閉症の子どももいます。

CNN.co.jp : 「5歳のモネ」が描く作品、世界が注目 - (1/2) はてなブックマーク - CNN.co.jp : 「5歳のモネ」が描く作品、世界が注目 - (1/2)

たとえ、言葉によって自分の気持ちを表現する能力が麻痺していたとしても、絵を描くことで、心を映し出すことが可能なのです。

人を人たらしめているものは何か

こうした数々の例を見ると、音楽や絵などの芸術が、いかに、わたしたちの心の奥深くに根ざしているものなのかがよくわかります。

それは明らかに、体の運動や、言葉によるコミュニケーション、そして記憶や人格よりも、奥深くに存在する、人間性の一部です。

芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察にはこう書かれています。

成人の右半球あるいは左半球のさまざまな領域に生じた損傷は、芸術的産生の消失、あるいは劣化をもたらさなかったのである。

芸術家ではない人たちの記憶に基づいて物体を描く能力も、同じように脳の損傷によって消失することはない。(p260)

芸術を楽しむ能力は、脳が傷ついても失われません。芸術は人間を人間たらしめているものでもあります。

走ったり飛び跳ねたりすることは動物でもできます。声を発してコミュニケーションすることも鳥やイルカをはじめ、多くの生き物が自然におこなっていることです。

しかし絵を描いたり、音楽を楽しんだりすることは、人間だけの特権です。

人間だけが音楽に合わせてダンスする

オリヴァー・サックスは、知の逆転 (NHK出版新書 395)でこう述べています。

小さな子供を見ていると、実際に鳴っている音楽もしくは想像の中で鳴っている音楽に合わせて、自然とダンスしています。

音楽のビートに対してこのように反応する他の霊長類はありません。チンパンジーも犬もできません。(p140)

音楽を楽しみ、音楽に合わせて踊るのは、人間だけの特徴です。

オリヴァー・サックスは、音楽嗜好症: 脳神経科医と音楽に憑かれた人々 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中でアーサー・C・クラークのSF小説幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))を引き合いに出して、人間の音楽の特異性を説明しています。

その物語では、音楽を知らない異星人たち(オーバーロード)が、地球にやって来ます。そして、音楽という意味のない音のパターンを大勢の人が心底楽しんでいるのを見て、奇妙に感じつつも感銘を受けます。

オーバーロードたちが宇宙船に戻って、思いを巡らしていることが想像できる。この「音楽」なるものは人間にとって何らかの効き目があり、人間の生活の中心であることを、認めざるをえなかっただろう。

しかしながら、それには思想がなく、何の提案もしない。姿もシンボルも言語的な要素もない。説明する力もない。世界と関係があるとも限らない。(p9-10)

進化の観点から人間を研究している人たちは、音楽のような「意味のないもの」が、これほど人類の生活の中心に深く根ざしていることに困惑しています。ダーウィンは、こう述べました。

楽譜をつくる楽しみも素質も人間にとってほとんど無用な能力なので……最も不可解な才能の部類に入れなくてはならない。(p10)

しかしどれほど不可解に思えようと、音楽は、わたしたち人間の心の一番奥に流れている旋律であり、ほかのあらゆる動物と一線を画する人の営みなのです。

人間だけが自分から絵を描き始める

一方で、ダーリア・W・ザイデルは芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察で人が絵を描く能力についてこう述べています。

絵を自発的に描くのは、人間固有の特徴である。

…盲目の人でも自発的に描くことができ、眼の見える類人猿にはそうした能力がない事実は、この能力が人間の脳に選択的に備わっている神経回路に依存していることを示している。(p152)

人間はたとえ目が見えなくても、自分から絵を描きます。これは、人間と98.4%の遺伝子を共有しているチンパンジーにはできないことです。

さらに、神経内科医の岩田誠は見る脳・描く脳―絵画のニューロサイエンスの中でこう書きました。

かつて私は、賢くはなかったとしても、少なくとも言葉を操っていたことは事実であろうと思い、ホモ・サピエンスとよぶよりは、ホモ・ロケンス(喋るヒト)とよびたいとのべたことがあるが、ショーヴェ洞窟からの綿々とした絵画の歴史を考えるとヒトは喋ることがその特質なのか、描くことがヒトのゆえんであったのか、容易には結論が出せなくなってしまうことに気が付く。

…そうなれば、私たちはけっしてホモ・ロケンスなどではなく、ホモ・ピクトル(描くヒト)とよばれてしかるべきではないだろうか、とも思われるのである。(p7)

彼は、ヒトをヒトたらしめているもの、つまり人間にしか備わっていない能力の1つは絵を描くことであり、人間は「ホモ・ピクトル」と呼ぶに値すると考えたのです。

人間は本質的に芸術家

音楽という芸術、そして絵という芸術についての研究が示しているのは、、わたしたち人間は、本質的に芸術家であるということです。

人類の歴史は、芸術との関わりなしに語ることはできません。ほとんどあらゆる文化で、人は絵や音楽を通して、生きることに楽しみを見い出し、困難のもとで勇気づけられ、豊かな未来を創造してきました。

人はあらゆるものを失っても、最後の最後まで芸術的感性を持っています。脳の一部を失い、言葉を失くし、記憶を失っても、美しい絵を見て心を揺さぶられ、懐かしい音楽を聞いて癒やされます。

才能のあるなしにかかわらず、いつでも芸術を楽しみ、音楽や色や風景の美しさを感じ取って喜ぶことができます。

最後に、知の逆転 (NHK出版新書 395)のまえがきに書かれている味わい深い言葉を引用して終わりましょう。

生きていくこと自体がその人独自のアートなのだろう。もって生まれた遺伝子と、環境すなわち出会いがそのアートをつむいでいく。

人によって絵葉書のようであったり、大絵巻のようであったりして、それぞれにおもむきがあり、味わいがあり。長ければ長いほど良いというものにもあらず。(p9)

わたしたちは生まれたときから、最期の瞬間まで、アートを楽しむことができます。だれもが芸術家であり、豊かな感性によって歓び、楽しみ、人生を彩り、人間らしくあることができるのです。

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