「解離型自閉症スペクトラム障害」の7つの特徴―究極の少数派としての居場所のなさ


精神科臨床では、自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)と診断される患者のなかに解離症状を併せ持つ一群がいることは知られている。

ここではそういった病態を、「解離型自閉症スペクトラム障害(解離型ASD)と呼んでおく」。(p192)

れは、先週 発売された解離の舞台―症状構造と治療の中で、解離性障害の専門家である、柴山雅俊先生が述べている言葉です。

解離性障害は、一般に、トラウマ的な経験をきっかけに記憶が失われたり、現実感を喪失したり、人格交代が生じたりする、さまざまな困難な症状を伴うものです。

近年の研究によると、こうした解離症状を示す人たちの中に、自閉スペクトラム症(ASD)つまり、アスペルガー症候群などの発達障害の人たちが含まれていることが明らかになってきました。

たとえば、つい昨日発売されたASD当事者の天咲心良さんによる自伝的小説COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校編 では、子どものころの辛い経験がきっかけとなって解離性同一性障害(DID)などの解離症状に苦しめられたことが綴られています。

ASDの人たちの解離症状は、一見、一般的な解離性障害の人たちと似ているようにも見えますが、実際には同じ「解離」と言っても、定型発達者とASDの人とでは、異なった傾向があるそうです。

それゆえに、柴山雅俊先生の本では、そうした解離症状を示すASDの人たちを、通常の解離型障害とは異なる、「解離型自閉症スペクトラム障害」(解離型ASD)として区別し、別個に考察されているのです。

この記事では、この本解離の舞台―症状構造と治療を紹介するとともに、解離型ASDの人たちの7つの特徴を、ASDの人たちの具体的なエピソードも交えながら調べてみましょう。

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これはどんな本?

この本は先週1/22に発売された柴山雅俊先生の新刊で、わたしもかねてから読むのを楽しみにしていました。

【1/21】柴山雅俊先生の新刊「解離の舞台 症状構造と治療」が発売予定
解離の専門家、柴山雅俊先生の新刊「解離の舞台ー症状構造と治療」が2017年1月21日に発売されます。

前著解離の構造―私の変容と“むすび”の治療論と似ている部分も多いですが、以下のような近年の新しい話題も豊富に取り入れて、より具体的に、解離の本質に迫る本となっています。

■解離と色
■解離型自閉症スペクトラム障害
■無秩序型愛着
■テーブルテクニックやマインドフルネスなどの治療技法

特に、解離性障害や解離型ASDの人たちに「自分は何色だと思いますか?」と尋ねて明らかになった、彼女らの自己イメージとしての色が、解離の本質をよく表しているという考察には、芸術的な感性と論理が融合した柴山先生の真骨頂を感じました。

この本はさまざまな興味深い話題に満ちていますが、今回の記事では、より具体的にされた、解離型ASDの特徴に焦点をしぼりたいと思います。

「解離型自閉症スペクトラム障害」(解離型ASD)の7つの特徴

冒頭で述べたように、自閉スペクトラム症の人たちの解離症状、すなわち、解離型ASDの解離は、定型発達者の解離とは、幾らか違ったおもむきを持っています。

現実感が薄れたり、人格が多重化したりするなど、類似した部分も多いですが、ASDと定型発達とでは、人格の土台となる自己のあり方が違うため、当然、解離の症状もまた異なってくると柴山先生は述べます。

定型発達者とASD患者のあいだでは自己のあり方が異なるため、彼らに見られる解離症状に微妙な差異が生じることはむしろ当然のことであろう。(p191)

ASDの解離と定型発達の解離とが異なっているという点は、このブログでも、以前に、柴山雅俊先生の別の本などを参考に、詳しく考察したことがあります。

アスペルガーの解離と一般的な解離性障害の7つの違い―定型発達とは治療も異なる
一般にアスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症(ASD)は解離しやすいと言われていますが、定型発達者の解離性障害とは異なる特徴が見られるようです。その点について、解離の専門家たち

そのときに書いたことは、ASDの人たちの解離とは何なのか、という脳科学的な原因まで探った内容で、今回の本の内容とも一致しています。

しかし今回は、脳科学的なメカニズムというよりは、具体的に表に現れる症状を通して、別の角度からその本質に迫ってみたいと思います。

この本で具体的な症例として取り上げられている解離型ASDの人たちの事例は、ウェンディ・ローソン、グニラ・ガーランド、ドナ・ウィリアムズ、そして先生自身の患者たちなどですが、いずれも女性のエピソードとなっています。

冒頭で紹介した解離性同一性障害の経験を含むCOCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校編 の著書 天咲心良さんも女性のASDでした。

またやはり解離性障害の経験が載せられているCDブック 発達障害のピアニストからの手紙 どうして、まわりとうまくいかないの?の著書 野田あすかさんも、女性の広汎性発達障害です。

ASDというと、一般に男性に多い発達障害だと言われていますが、女性のASDは男性のASDとは少し異なる症状の表れ方をすることが知られています。

女性のアスペルガー症候群の意外な10の特徴―慢性疲労や感覚過敏,解離,男性的な考え方など
女性のアスペルガー症候群には、男性とは異なるさまざまな特徴があります。慢性疲労や睡眠障害になりやすい、感覚が過敏すぎたり鈍感すぎたりする、トラウマや解離症状を抱えやすいといった10

そもそも解離性障害は女性に多い疾患ですから、解離型ASDも、よく知られている男性のASDよりも、女性のASDのほうに多い症状のひとつとみなせるかもしれません。

とはいえ、必ずしも解離が女性のASD特有の現象だというわけではなく、この記事では、少数ながら、東田直樹さんやダニエル・タメットといった、男性のASDの人たちの解離症状の例も含めたいと思います。

では7つの特徴を見ていきましょう。

1.離隔

まず、ASDの解離に多い症状の一つ目は「離隔」です。

「離隔」とは、読んで字のごとく、世界が自分から「離れて」「隔てられて」いるという現実感喪失などの感覚のことを指します。

解離の舞台―症状構造と治療の中で、柴山先生は、解離型ASDの人の現実世界の感じ方を物語る一例として、私の障害、私の個性。の著書、ウェンディ・ローソンの体験談を引用しています。

ウェンディ・ローソン(Lawson 1998/2005)はその著書Life behind Glass(邦題『私の障害、私の個性』)のなかで、「自分は永遠の傍観者(perpetual onlooker)だ」「生きている時間のほとんどはビデオのように、映画のように流れていく。観察することはできるが、手は届かない。世界は私の前を通り過ぎていく。ガラスの向こう側を」と述べている。

ここで、ウェンディ・ローソンは、あたかも傍観者のように現実世界から疎外され、切り離された自分の意識について述べています。

このような現実世界から隔てられているかのような感覚、つまり「離隔」は、解離型ASDの人に特に目立つ傾向の一つだといいます。

臨床的経験からすれば、ASD者の体験世界はウェンディ・ローソンが言うように主に離隔(detachment)を中心としており、解離性健忘や交代人格などの時間的変容は比較的少ないように思われる。(p193)

解離にはさまざまな症状があって、その中には記憶を失う解離性健忘や、人格が交代する多重人格などのほか、ここで言われている「離隔」のような現実感が失われる離人症も含まれます。

離人症は定型発達者の解離でももちろん頻繁にみられる症状ですが、解離型ASDの人たちでは特に目立つようです。

現実から切り離された感覚は、アスペルガー症候群の人に多いとされる、感情を抑圧した状態、つまり「失感情症」(アレキシサイミア)がより強く働いている状態とみることができるでしょう。

火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)の中でアスペルガー女性の動物管理学者として有名なテンプル・グランディンは自身の失感情症についてこう述べています。

「わたしは恋に落ちたことがありません」と彼女は言った。

「恋に落ちて、有頂天になるということがどんなことか、わからないのです」(p383)

トラウマ研究の専門家であるヴァン・デア・コークは、著書身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、失感情症と比較して「自己忘却への階段をもう一段下がったところにあるのが離人症で、自己感覚の喪失」だとしています。(p167)

つまり、自分の気持ちを認識できない失感情症は、世界を傍観しているかのように現実感が失われる離隔と地続きになっていることがわかります。

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2.過剰同調性

解離型ASDに特徴的な症状の2つ目は「過剰同調性」です。

解離の舞台―症状構造と治療によると、ある解離型ASDの人は次のように語っています。

私は自我を消そうとしている。自己は周囲の環境に合わせる。

自我はいらないんです。出てこようとすると消すんです(急に涙が溢れ出てくる)。

自分のやりたいようにしようとすると怒られてきた。はみ出さないようにしてきた。

生きていくうえでどこに主体としての私を置いていいのかわからない。

つねにいろんな見方があって、統合されずに揺らいでいる。私は錨を下ろしていない船のよう……。(p205)

こうした自分を犠牲にした過剰な適応は、解離型ASDに特有の症状というわけではなく、解離性障害の患者全般に見られる性格特性です。

解離性障害の人たちは、空気を読みすぎるあまり、周りの人に対して過剰に同調しすぎて、カメレオンのように、その場に応じて自分の「色」を変容させ、周囲に合わせる生き方が染み付いています。

過剰同調性とは何か、そして解離性障害の症状とどのように関係しているのか、という詳しい点は、以前の記事で扱いました。

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空気を読みすぎる、気を遣いすぎる、周囲に自分を合わせすぎる、そのような「過剰同調性」のため疲れ果ててしまう人がいます。「よい子」の生活は慢性疲労症候群や線維筋痛症の素因にもなると言

しかしながら、同じように空気を読みすぎ、過剰に同調するといっても、定型発達者の過剰同調性と、解離型ASDの過剰同調性とでは、微妙な違いがあると柴山先生は言います。

過剰同調性については、ASDと解離性障害では差異がある。

解離性障害では虐待やいじめなどが関係しているのに対し、ASDではそこに発達の病理が絡んでいる。

解離性障害では他者の意図をすみやかに汲むことによって先回りして他者に合わせようとするが、ASDではそもそも相手の意図がわからず、それを汲み取ることが苦手である。

そのため、せめて表面的にでも他者に合わせようとする。(p16)

過剰同調性の特徴は、「空気を読みすぎる」ことですが、よく知られているように、アスペルガー症候群の人たちは「空気が読めない」ことで苦労します。

それは過剰に同調しようとするときもまた同様で、解離性障害の人たちが、適切に空気を読んでカメレオンのように周囲に合わせるのに対し、解離型ASDの人たちは、空気を過剰に読もうとしながらも、やはり空気が読めずに孤立するという苦労を経験しがちです。

以前の記事でも引用したとおり、発達障害の専門家の杉山登志郎先生は発達障害のいま (講談社現代新書)の中で、ASDの人たちが陥りがちな過剰な気遣いについて、こう述べていました。

人の気持ちが読めないということと、他者配慮ができないということは、別ものということである。

むしろ、この問題に気づいている凸凹系の人は多く、代償的に人の気持ちに対して読みにくいぶん、逆にすごく気にするようになるのが常である。

すると人の意図や感情に過敏に反応をしてしまうということが逆に持ち上がってくる。(p232)

他人の気持ちがわからないからこそ、なんとかして合わせようと自分を犠牲にして配慮するのですが、その配慮さえもが周りの期待とはずれていて、空気を読もうとすればするほど空回りしてあつれきを産んでしまうのが、解離型ASDの過剰同調性なのです。

3.同化

過剰に同調しようとするにもかかわらず、同調できない解離型ASDの人たちは、別の形で、居場所を見つけようとします。

それが、解離型ASDの人の3つ目の特徴である「同化」です。

定型発達の解離性障害の人が、他の人に過剰に同調して自分を合わせてしまうのに対し、解離型ASDの人は、人への「同調」が難しいぶん、ものや生物への「同化」という形で居場所を確保します。

解離の舞台―症状構造と治療によると、ある解離型ASDの人はこう述べました。

物に入り込んじゃう。人には入らない。植物には入るが、動物はあまり入らない。

こういうことは小さいときからずっとできる。ただそれになるだけだから。(p195)

この例では、ものに入り込んで同化してしまう、といった体験が語られています。

この無生物との同化については、続・自閉症の僕が跳びはねる理由―会話のできない高校生がたどる心の軌跡の著者の 東田直樹さんも、鳥の鳴き声や絵の具の色と同化する体験について述べていました。

鳥の鳴き声が聞こえると、僕は鳴き声に浸ってしまいます。鳴き声を聞くのではなく、まるで自分が鳥の仲間になったように、鳴き声そのものを聞き取ろうとするのです。自分が人だということも忘れてしまいます。(p42-43)

僕は、絵を描くのが好きですが、絵の具を塗っているときは、自分が塗っているというより、絵の具の色そのものになります。その色になりきって、画用紙の上を自由に描写するのです。(p65)

柴山先生は、こうした同化現象は、ASD特有のもので、定型発達者の解離性障害では、無機物との同化はほとんどないと述べています。(p194)

解離の舞台―症状構造と治療では、ASDの人にとって、人の心のような複雑すぎて理解しがたいものに同調するのは難しいので、無機物に同化するのではないか、という考察がなされています。

同化は解離型ASDの患者の幼少期から見られ、それが成人になっても続く。対象の多くは無機物、植物などであり、時に色、形、光、音、感触との一体化を口にすることもある。

同化する対象が動物であることもあるが、ヒトであることはまずない。

このことは彼らにとってヒトの心の動きはあまりに複雑で変化に富み、その全体像を把握し予想することが難しいことが関係している。(p195)

あたかも目の前のものに入り込み、同化してしまうような不思議な現象が起こるのは、ドナ・ウィリアムズが自閉症という体験の中で説明しているとおり、ASDの人たちが、脳のより原始的な認識機構といわれる、「感覚システム」を利用しているからだと考えられます。

「感覚システム」によりまわりの世界を認識するドナ・ウィリアムズが経験した、同化をはじめとする さまざまな解離体験については、こちらに整理してまとめられていました。

高機能自閉症者Donna Williamsの幻視・白日夢・夢における超自然的特性の吟味

4.拡散

無機物や動植物へ同化する現象と同時に生じやすい解離型ASDの人の4番目の症状は「拡散」です。

解離の舞台―症状構造と治療によると、ある解離型ASDの女性は、拡散体験についてこう描写しています。

自分はばらばらで砂時計のように分子レベルで飛散している。輪郭が点々になっている。

粒子の集合体が私。落ち着く場所がない。体の部位が部屋中に飛び散る。粒子のような形で広がって、壁にもバウンドする。(p196)

「同化」はコンクリートや動植物など、形のあるものに一体化したように感じる現象でしたが、「拡散」は、形のないもの、たとえば空気や風や海などに一体化し、あたかもばらばらになって溶け込んでいくかのように感じる体験です。

自閉症という体験の中でドナ・ウィリアムズも、次のような「神と溶け合う」体験について述べています。

巨大なシャンデリアを見上げたときの恍惚感、それが何かと問うならば、「神と溶け合う」ような体験を呼び醒ましたのです。

なぜなら私は正に絶対的な純粋さと無我の心で対象物の感覚的本性と共振し、その結果抗うことのできない情熱に自らを溶け込ませ、美そのものの一部となることができたからです。(p10)

柴山先生は、「拡散」という体験が持つ意味についてこう考察します。

あたかも自分が気化するかのように周囲世界へと拡散していく体験については、ウェンディ・ローソン(Lawson 1992/2000)も記載している。

解離型ASDの患者に「自分を色に譬えると何色ですか」と聞くと、そのすべてが「透明」ないしは「色がない」と答えることも、こうした観点からすれば理解しやすいであろう(本書第1章参照)。

彼らは自分自身をひとつのまとまりをもった対象として把握することが困難であり、そもそもそうしたことに馴染んでいない。

自己という存在の色や形を実感することができないのである。(p197)

この本の第一章で扱われている点ですが、「自分は何色だと思いますか」と尋ねられたとき、一般の女子大学生たちは、それぞれ何らかの有彩色または無彩色という固有の色を答えるそうです。

しかし、解離性障害の女性は有彩色だと答えることがほとんどなく、たいていは無彩色を挙げ、中には「透明」であるとか、「色がない」といった、普通とは違った表現を使う人もいます。

この「透明」また「色がない」という自己認識は、解離型ASDの女性たちでは、特に多くなります。そして拡散体験のような、周囲の世界に溶け込んで消え失せてしまうかのような、形も色も感じられない自己認識と関係しているのではないか、と柴山先生は考察します。

天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性の中で、アスペルガー症候群の偉人たちの研究をしてるマイケル・フィッツジェラルドは、彼らのうち多くが、自分が何者かわからない「アイデンティティ拡散」という体験をしていると述べています。

こういう作家は、彼らの「自閉症的頭脳」のせいでアイデンティティ拡散の感覚を示すことがよくあり、それは作品中の問題につながる。またそのせいで、作品が難解になることがある。(p33)

かなり拡散したアイデンティティや拡散した心理的領域があるため、自閉症の芸術家というのは、画家ジョージ・ブルースが芸術に必須のものとして述べたこと、すなわち「対象物を単に描くだけではなく、対象物に入り込み、その対象物になりきってしまう」才能をもっていると思われる(Weeks & James 1997)。

…アスペルガー症候群の人たち特有の芸術作品は、混乱したアイデンティティと表出しがたい言語とを解決するための一種の努力なのである。(p302)

この「アイデンティティ拡散」こそが、定型発達の解離性障害であれ、解離型ASDであれ、自分の個性や素顔といった「色」や「形」がわからず、「透明」「色がない」と感じてしまう自己認識の正体なのでしょう。

解離型ASDの人たちは自己認識があいまいで、自分を統合されたひとまとまりの自己と感じるのが苦手であり、その反映のひとつが、周囲世界に容易に溶け込んで消滅してしまうかのような不安を伴った「拡散」体験なのです。

5.原初的世界(マイワールド)

現実世界に居場所がなく、人に同調しようとしても空気を読みきれず、物に同化したり溶け込んだりしてしまう不安定さを抱えた解離型ASDの人たちは、5つ目の特徴として、それぞれの「原初の世界」を持っています。

「原初の世界」というと、なんとも壮大でつかみがたいものですが、平たくいえば、以前の記事で、アスペルガーの女性が持っていることが多いと述べた、自分だけの「マイワールド」のことです。

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定型発達の解離性障害の人たちも、幼少期からの空想傾向で自分だけの空想世界(パラコズム)を構築していることがよくありますが、解離型ASDの人の原初の世界は、それより根源的な意味を持ち合わせているように思えます。

解離の舞台―症状構造と治療によると、ある解離型ASD女性はこう述べます。

向こう側へ行くと私しかいない。自分と世界の境目がない。地面も、空気も、遊び相手も全部が私。向こう側は人がいなくて、言葉がない世界。

元々いた場所へ帰ることで楽です。そこからいつ頃こっちに来たかがわからない。(p198)

この女性にとって、原初の世界、「マイワールド」とは、だれもいない自分だけの世界であり、現実世界にひしめく騒々しいものがすべて取り除かれた、極楽浄土のような場所です。

同時に、そこは魂の故郷であり、かつて自分がいた場所、もともと存在していた居場所であり、今住んでいるこの世界は、迷い込んだ仮りそめの世界、異国の地にすぎません。

柴山先生は、解離型ASDの人たちが持つ、原初の世界についてのイメージを、こう説明しています。

解離型ASDの患者は時に「向こう側の世界」について語る。

患者は人間社会のストレスを回避するかのように、現実の「向こう側」の世界へと赴く。

その世界はあたかも自分がかつて存在していた故郷のような安らぎの場所として描き出される。(p198)

ASD女性の中には、たとえば自分は「火星の人類学者」のようだと述べたテンプル・グランディンのように、地球に住んでいながら、異星人の中を放浪しているかのような異質さを感じながら生きている人が大勢います。

この世界は、自分の本来いるべき場所ではなく、ただ一時的な旅行者として、いつの間にかこの理解しがたい奇妙な世界に迷いこんでしまったのだ、という感覚です。

解離型ASDの人たちは、この世界が自分の故国ではないと感じるとともに、自分が自分でいられる、本当の故郷についてのイメージを心のなかに持っていて、それが疲れたときに心を休める魂の休み場、「マイワールド」として機能しているのです。

解離型ASDの人たちの「原初の世界」がどんな風景であるかは、人それぞれでしょうが、わたしはこの本を読んでいて、ジブリの背景美術家としても活躍した井上直久さんの心象世界「イバラード」を思い出しました。

井上直久/ イバラードの世界展 Naohisa INOUE

わたしが「イバラード」について知ったのは、知り合いの10代のASDの子が「イバラード」の世界が好きだ、ということで教えてくれたことがきっかけでした。

「イバラード」の絵では、いずれも詳細で幻想的な風景が描かれていますが、不思議なことに、たいていの場合、一人の人間を除いて、だれも存在しない、静まり返った空想世界が広がっています。

わたしは当事者ではないので、あくまで推測にすぎませんが、もしかすると、このような場所こそが、解離型ASDの人が思い浮かべる、「私しかいない」魂の休み場なのかもしれません。

また、原初的世界と聞いてもうひとつ思い出したのは、モネのような美しい絵を描くことで話題になった IRIS GRACE 小さなモネ 自閉症の少女と子猫の奇跡のアイリス・グレースちゃんの絵です。

Iris Grace | Iris Grace Painting

モネの場合は、美術としての技巧や白内障の影響から、印象派として不思議な味わいを持った風景を描くようになりましたが、アイリスちゃんは、ほんの幼いころから、自然とあの不思議な絵を描くようになりました。

彼女もASDの女性であることからすれば、もしかするとあの絵は彼女の原初的世界の風景なのかもしれません。

だれかに教えられるまでもなく、自分で想像して作り出すこともなく、ただ最初から見えている「かつて存在していた故郷のような安らぎの場所」の風景です。

6.感覚の洪水

解離型ASDの人が、こうした魂の休み場を必要とするのには、6番目の特徴としての「感覚の洪水」も大きく関係しています。

「感覚の洪水」については男女問わず、さまざまなASDの人たちが口々に述べるものであり、必ずしも解離型ASDに特有のものではありません。

解離の舞台―症状構造と治療には、次のような体験が載せられています。

人間の相手をすることが嫌。相手の気持ちを読まないといけない。ごちゃごちゃするときは混乱する。

いろんな思考が頭に湧き出てきて止まらない。周りの人の会話が混ざってしまい、入ってくる。

人の会話と自分の会話の区別がつかなくなることがある。考えたくないのに考えてしまう。

考えるのを止めなくてはいけないと思っても、止まらない。泣き出したい、大声を出したくなる。(p101)

こうした感覚の洪水に圧倒された結果、パニックになって大声を出したり、自傷行為に及んだり、フラッシュバックやメルトダウンを経験したりするASDの人は少なくありません。

なぜ無意識のうちに自傷をやってしまうのか―リスカや抜毛の背後にある解離・ADHD・自閉症
リストカット、抜毛、頭を壁にぶつけるなどの自傷行為、また自己破壊的な依存症の原因はどこにあるのでしょうか。それらが注目を集めるための演技ではなく、解離という心の働きや、脳の構造と関

ASDの人たちが、感覚の洪水を経験する理由については、先ほどドナ・ウィリアムズが述べていたとおり、「感覚システム」によって世界をとらえているためです。

自閉スペクトラム症の人たちは、定型発達者の人たちが用いている左脳の「解釈システム」が弱いため、情報を取捨選択し、まとめあげることが苦手です。

一方で、右脳の「感覚システム」によって、周囲の世界を捉えているために、統合されない情報がそのままなだれこんでくる感覚飽和に陥ります。

脳卒中によって左脳の機能を一時的に失った科学者ジル・ボルト・テイラーは、奇跡の脳―脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)の中で、「感覚システム」のみで捉えた世界がどんなものであるか、実体験に基づいて描写しています。

わたしは明らかに、入ってくる刺激を苦痛として受け止めていました。

耳から流れ込む轟音のため、脳は無感覚となり、そのために人々が話していても、彼らの声を背景の騒音から区別できないのです。

わたしにしてみれば、全員が群れをなして叫びまわっているような感じ。それは、落ち着かない動物の耳障りな鳴き声のように共鳴する。(p102)

ここで、ジル・ボルト・テイラーが、感覚の洪水のために脳が無感覚となった、と述べているのは注目に値します。

柴山先生が述べるように、ASDの人たちの多くは、「感覚の洪水」に絶えず苦しめられるせいで、意図的に静かな環境を求めたり、社会から退いて隠遁したりすることがあります。

こういった症状を鎮めようとして、ASDの患者たちは好んで海、屋根の上、崖の上などに身を置き、世界との距離を保ち、自分に迫ってくることのない自然のなかに身を置こうとする。

また単調なリズムの繰り返しや文字の世界を好むようになる。(p101)

ASDの人の中には、過剰な感覚の洪水に対して、刺激の多い場所を避けるという環境調整によって対処するだけでなく、心を切り離すといった心理的な方法で対処する人もいて、それが解離型ASDだといえます。

解離型ASDの人たちが、失感情症(アレキシサイミア)や、離人症などの現実感喪失に至るのは、もともとのASDの症状というよりは、感覚過敏に対して、解離を用いて対処した結果生じる、二次的なものだと思われます。

ASDの人たちのコミュニケーションの難しさは、生まれつき低周波帯の音が洪水のようになだれこんでくるせいで、高周波帯の声の微妙なニュアンスを認識できず、感情を読み取る力が発達しないせいだと考える研究者もいます。

「トマティス効果」―なぜ高周波音が聞こえてしまう人は感情読み取りがこまやかなのか
大半の人には聞こえないモスキート音やコイル鳴きのような高周波音が聞こえてしまう人は、もしかすると、こまやかな感情を読み取る力にも秀でているかもしれない、ということを「トマティス効果

「感覚の洪水」と、解離型ASDの解離症状とは、表裏一体の関係にあるといえるでしょう。

なお、アスペルガー症候群・高機能自閉症における「感覚の過敏・鈍麻」 の実態と支援に関する実態調査には、アスペルガー症候群のさまざまな感覚異常のチェックリストが載せられています。(リンク先のPDFのp299-308)

7.仮面とイマジナリーコンパニオン

感覚過敏による洪水を、解離による切り離しを使って生き延びている解離型ASDの人たちは、この生きづらい世界をやり過ごすために、最後の7番目の特徴である、イマジナリーコンパニオン(空想の友だち)を用いることがあります。

イマジナリーコンパニオン(空想の友だち)は、決してASD特有の現象ではなく、健康な子どもをはじめ、定型発達の解離性障害の人たちでも見られるものですが、ASDの人たちのイマジナリーコンパニオンには、やはり定型発達者とは幾らか異なる性質が見られます。

解離の舞台―症状構造と治療で、柴山先生は、ドナ・ウィリアムズが持っていたイマジナリーコンパニオンのウィリーとキャロルを例として挙げつつ、こう説明しています。

ASDに見られる交代同一性は、ウィリーやキャロルのように、ICの延長に見えることが多い。

通常ICは遊び相手となったり、孤独を癒やしてくれたりする空想上の存在である。健常人の20-30%に見られ、早期小児期に出現し、10歳前後には消失するとされている。

ここで取り上げるASD症例の全員がICの存在を報告しており、しかもそれが幼少時にとどまらず、中学から大学、20歳代、30歳代までと長期的に存在する傾向がある。

通常、ICは親しい友人ができると消失することが多いとされる。

このことを考慮すると、解離型ASDにおけるICの高い頻度やその長期化は、周囲世界に馴染めず「居場所がない」という意識や、親しい友人ができないという孤独など、社会性の障害と関係しているかもしれない。(p103)

通常のイマジナリーコンパニオンは、基本的には子ども時代に限定されるもので、成長するとともに、自然に消えていきます。

一方、解離性障害では、定型発達者の場合も、解離型ASDの場合も、大人になってもイマジナリーコンパニオンが存在する場合がしばしば見られます。

子ども時代のイマジナリーコンパニオンは、一般的な通識とは異なり、孤独で友だちのいない子どもではなく、むしろ外交的で共感能力の高い子どもに見られることがわかっています。

子どもにしか見えない空想の友達? イマジナリーフレンドの7つの特徴に関する日本の研究
子どもが目に見えない空想の友達と遊んでいるのを見て驚いたことがありますか? 森口佑介先生の著書「おさなごころを科学する」から、子ども特有の興味深い現象イマジナリーフレンドについてま

そのため、従来、共感や想像に乏しいとされてきた自閉スペクトラム症の人たちは、空想の友だちを持たないのではないか、と言われていました。

しかし、それは定型発達とASDのイマジナリーコンパニオンの性質の違いを考慮に入れていないことからくる誤解である、という点は前に扱ったとおりです。

イマジナリーフレンド(IF)「私の中の他人」をめぐる更なる4つの考察
心の中に別の自分を感じる、空想の友だち現象について、子どものイマジナリーフレンド、青年期のイマジナリーフレンド、そして解離性同一性障害の交代人格にはつながりがあるのか、という点を「

実際に、柴山先生が述べていたように、「ここで取り上げるASD症例の全員がICの存在を報告」しているほど、解離型ASDにとってイマジナリーコンパニオンの存在は一般的であるようです。

有名なASDの当事者の例を見ても、ドナ・ウィリアムズはもちろん、テンプル・グランディン、ダニエル・タメットなど、男女を問わず大勢の人がイマジナリーコンパニオンが存在した経験を自伝に書いています。

アスペルガーは想像上の友だちイマジナリーフレンド(IF)を持ちやすい?
アスペルガー症候群の人は想像上の友だち(イマジナリーフレンド)ほ持ちやすい。「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)」に基づいて、その

他人の心を想像する能力の高い定型発達者に見られる一般的なイマジナリーコンパニオンと異なり、ASDの人たちが持つイマジナリーコンパニオンは、『周囲世界に馴染めず「居場所がない」という意識』と関係していて、役割も異なるとされています。

柴山先生は、解離型ASDに見られるイマジナリーコンパニオンの役割についてこう述べています。

ASDに見られるICは、コンパニオン(同伴者)というより、患者の代わりをつとめる仮面のキャラクターのようである。

キャロルは相手に合わせて明るく振る舞う適応的な存在であり、自分が理想とする友人像を取り入れることで生まれた柔らかい仮面である。

それに対してウィリーは自分を守る盾のように硬い仮面である。

ただしそうした仮面は背後に素顔をもつ仮面ではなく、素顔のない仮面、それに全面的になりきるヴェールをかぶったコスプレイヤーのような存在である。(p103)

定型発達者のイマジナリーコンパニオンは、その名のごとくコンパニオン(同伴者)として、話し相手や友人のような役割を果たし、ときには「救済者ないしは守護者」ともなります。(p161)

一方で、解離型ASDのイマジナリーコンパニオンは、盾また仮面のような役割をもつ傾向があります。

ドナ・ウィリアムズの場合、ウィリーやキャロルは、さまざまな場面に応じて、自分に変わって現実の物事に対処してくれる人格であり、理解しがたい定型発達者の社会に馴染むための仮面のような存在でした

自分があやふやで何者かわからない解離型ASDの人たちにとって、この社会で生き抜いていくためには、この社会が求めるものに合わせた仮面を作り出し、別の自分になりきって対処していくしかないのです。

解離型ASDの人のイマジナリーコンパニオンが持つ詳しい機能については、前の記事で扱った「タッチパネル状の自己」についての説明を参考にしてください。

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究極の少数派として社会を生き抜くための生存戦略

この記事では、解離型ASDの人に特徴的な7つの症状を概観してきました。

それは、「離隔」「過剰同調性」「同化」「拡散」「原初の世界」「感覚の洪水」「イマジナリーコンパニオンと仮面」の7つでした。

これら7つの特徴から描き出される解離型ASDの人たちの姿は、定型発達の解離性障害の人と似ているようで、じつはかなり異なっていることに気づきます。

この解離の舞台―症状構造と治療の中で、柴山先生は、定型発達者の解離性障害と、解離型ASDとでは、そもそも解離に至る原因が異なっているとしています。原因が異なっていれば、対処法としての解離の目的も異なってくるのは必至です。

解離型ASD者も同じように、そのほとんどが幼少時から「居場所はなかった」と訴える。

しかしASD者にとって辛いのは、こういった定型発達者の他者の攻撃性に由来する「居場所のなさ」とは異なり、そもそも自分はこの社会に落ち着くところがない、馴染むところがないという発達的問題としての「居場所のなさ」である。

定型発達者とASD者では、同じ「居場所のなさ」でもその内実が異なっている。(p104)

定型発達者の解離は、機能不全家庭や、学校での居場所のなさが原因となって生じます。つまり、「身近な他者」から疎外され、攻撃され、だれも信頼できる人がいなくなった結果として解離していきます。

そうすると、解離の目的は、おもに「身近な他者」への対処、つまり人間関係に対応することです。

だからこそ、定型発達の解離性障害では、過剰同調性によって、身近な他者の空気を読んで、場の雰囲気に溶け込み、さまざまな人格が入れ代わり立ち代わり現れるような戦略を取ります。

定型発達の解離性障害の人にとって、イマジナリーコンパニオンとは、だれも信じられる他者がいない中で、慰めや保護を与えてくれる「救済者ないしは守護者」です。すべては人間関係を中心としています。

しかし、解離型ASDの場合は、身近な他者に虐待されたとか、いじめられたという以前に、この世界そのものに居場所がない、馴染むところがないという、「社会」からの疎外が原因にあります。

多数派である定型発達者を中心に作られた、刺激の多い社会、騒音や喧騒に満ちた社会に生まれ落ち、自分とはまったく違った性質を持つ人たちの中で生きていかねばならないということが、居場所のなさの原因です。

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すると、解離の目的は、身近な他者をやりすごすため、というよりは、社会全体から押し寄せてくる刺激に対処することです。

だからこそ、解離型ASDの解離症状は、人ではなく物に同化したり、大気全体に拡散したり、この社会とは別の世界に逃げ場を用意したりするといった形をとります。そしてイマジナリーコンパニオンもまた、社会に対処するための仮面として機能します。

ドナ・ウィリアムズの自伝自閉症だったわたしへ (新潮文庫)の原題は「No body Nowhere」であり、 自閉症だったわたしへ〈2〉 (新潮文庫)の原題は「Somebody Somewhere」というものだそうで、彼女の社会また世界に対する居場所のなさがこめられています。

柴山先生は、ずっと「普通」になりたかった。の著者グニラ・ガーランドの言葉を引用して、解離型ASDの人たちが感じる居場所のなさについてこう書いています。

他の人々の表情や動作などをそのまま取り入れて、この世界にかろうじて自分の居場所を見出そうとする。

彼女たちは他者への共感によってではなく、外部の姿形をそのまま取り入れ、模倣することでそうするのである。

グニラ・ガーランド(Gerland 1997/2008)は「誰でもいいからほかの、普通の子どもにならなければならない。私は私であってはならない」と述べている。(p105)

解離型ASDの人たちは、定型発達の解離性障害のように、過剰な共感によって人間関係の中をわたり歩くためではなく、仮面をかぶり、本来自分がいるはずのない、どこにも居場所のない異文化としての社会をやり過ごすために、解離を用いているのです。

そのような意味で、解離型ASDというのは、究極の少数派としての生存戦略だということができます。

多数派である定型発達者によって作られた社会の中で生きる少数派であるASDの人たち、そしてASDの中でもさらに少数派であるASDの女性たちが生き延びるために選ばねばならなかった生存戦略が解離型ASDなのです。

ASDというだけでも、ただでさえ定型発達者が多数派を占める社会で生きていくのは難しいのに、ASDの女性はさらに理解されにくく、男性中心の社会によるストレスも抱えやすいでしょう。

スウェーデンの統計調査では、北欧のような福祉先進国家であっても、ASDの女性が社会的要因のあおりを受けやすいことを示しています。

自閉症スペクトラムの人が平均より18歳も短命な理由とは? - GIGAZINE

全体的な傾向は性別の影響がなかったものの、学習障害を持つASDの女性に限り、早く死亡する可能性が最も高いとのこと。

専門家は「これらの傾向は自閉症の遺伝的要因だけでなく、社会的要因も早期死亡率に影響を与えているかもしれない」と指摘しています。

もともと生まれついた感覚の洪水に加えて、それら社会的な圧力が上乗せされ、心身が耐えきれなくなることで、強い解離症状が表面化するようになるのかもしれません。

現代社会では、女性に対する特有の文化的ストレスが強いため、女性は男性よりも解離が強くなりやすいのではないか、という点はことらの記事で扱っています。

解離型ASDの人たちにとって、心身の安定を得るには、解離症状だけでなく、根底にある発達障害も考慮に入れた対策が不可欠でしょう。

この記事で参考にした、解離の舞台―症状構造と治療には治療のためのアドバイスも書かれていますし、何より自身の心の構造について理解するのに大いに役立つはずです。

生活に支障が出るほどの解離症状に悩まされているなら、発達障害とトラウマ障害の双方に詳しい医師の治療を受けることが望ましいかもしれません。

杉山登志郎先生による発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方は、そのような人たちを対象とした治療について書かれています。

解離型ASDがこの社会では究極の少数派であるとしても、少数派であることは、必ずしもデメリットではなく、活かし方を理解すれば究極の才能にもなりうる、という点を覚えておくといいかもしれません。

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最後に、この記事で参考にした、解離型ASDに関する書籍を紹介して終わりたいと思います。解離型ASDの人にとっては、まず自分自身についてよく知ることが、不可思議な症状と、生きづらい多数派中心の社会に対処していく第一歩となるでしょう。

付録:解離型ASDについてもっとよく知るための本

■解離型ASDの専門家による本

■解離型ASDの女性の体験談

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