男性の解離性障害は女性とは症状の表れ方が異なる? 文化ストレスによる性差


の記事は、以下の記事の補足です。

PTSDと解離の11の違い―実は脳科学的には正反対のトラウマ反応だった
脳科学的には正反対の反応とされるPTSDと解離。両者の違いと共通点を「愛着」という観点から考え、ADHDや境界性パーソナリティ障害とも密接に関連する解離やPTSDの正体を明らかにし

本文では、解離は回避型寄りの愛着スタイルに伴う反応であり、PTSDは不安型寄りの愛着スタイルに伴う反応だと考えました。そして、たとえば境界性パーソナリティ障害は後者にあたると書きました。この分類に従えば、他のさまざまな病態も説明することができます。

たとえば、回避型の愛着スタイルに多い強迫性パーソナリティ障害(批判的な完璧主義者)、反社会性パーソナリティ障害(犯罪者)、自己愛性パーソナリティ障害(尊大で横柄な人)、ジゾイドパーソナリティ障害(極めて孤独を好む人)などは、人間味のある感情や記憶を解離しているために、冷徹で批判的、尊大な性格になります。

これらは、解離傾向が強いため、本文中の分類では解離性障害と似たような場所に位置するとみなせます。

しかし、上記の各種パーソナリティ障害と解離性障害では、ずいぶんと症状の現れ方が違っているように見えます。これら各種パーソナリティ障害は解離傾向の強い男性に多く、解離性障害は解離傾向の強い女性に多いという違いがあります。

男性と女性とで解離症状の現れ方が違うのはどうしてでしょうか。

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男性の解離性障害は少ないのか?

一般に、解離性障害は女性に多いとされていますが、男性の解離性障害は、症状の表れ方が異なり、家庭内暴力や刑事事件の加害者となって、病院ではなく刑務所などに存在していることが多いのではないか、と言われています。

解離性障害をもっとよく知る11のポイント―発達障害や愛着障害,身体症状との関係など
解離性障害は深刻なトラウマ経験がなくても発症することがあり、ADHDやアスペルガーのような発達障害、愛着障害とも関係していると言われています。解離性障害の専門家の本から、役立つ10

女性の場合に解離性障害や解離性同一性障害が多いのは、意外にも、女性では解離傾向が強いためではなく、PTSD傾向が強いせいかもしれません。

そもそも、女性のほうがPTSDになりやすいことはよく知られていますが、PTSD傾向と強く関係している境界性パーソナリティ障害になりやすいのも女性です。

女性は、不安型の愛着スタイルに起因するPTSD、境界性パーソナリティ障害などになりやすいため、解離傾向が強い場合でも完全にフラッシュバックを抑えられず、幻聴・幻視などの形で軽微なフラッシュバックが起こる解離性障害や、人格がまるごとフラッシュバックする解離性同一性障害になりやすいのでしょう。

女性の場合の解離は、もともとPTSD傾向による脳の興奮があり、その上でそれを押さえ込むかのようにして解離が生じるので、より強力な全身を巻き込む解離に発展するのかもしれません。

一方、男性は、PTSD傾向はあまり強くなく、部分的なこころの解離だけが生じやすいので、しばしば過度に理性的だったり、人間味のある感情が乏しかったりする、強迫性パーソナリティ障害、反社会性パーソナリティ障害、自己愛性パーソナリティ障害、ジゾイドパーソナリティ障害などになりやすいのだと思われます。

生きるのが面倒くさい人 回避性パーソナリティ障害 (朝日新書)には、解離傾向と関係している回避型の愛着スタイルについて、こう書かれています。

回避型の子どもは将来、暴力や非行、いじめ、反社会的行動など、破壊的な行動上の問題を起こしやすいことが長年の研究で裏付けられている。優しさや甘えを求めない代わりに、力で相手を支配し、ねじ伏せようとするところがある。

…幼い頃に認められる回避型は、成長して…むしろ自己愛性パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害、ジゾイドパーソナリティ障害に発展するほうが典型的である。

この三つのパーソナリティには、大きな共通項がある。それは、共感性が乏しく、クールで、相手の気持ちや痛みに鈍感だということだ。(p100)

そうした人たちは、普段はほぼ完全に感情を抑制していますが、ときどき突発的に激しい自己愛的な怒りの爆発を起こしたり、意識が飛んで暴力を振るったりする際に、フラッシュバックや人格交代のような現象が生じ、家庭内暴力や犯罪事件につながるのでしょう。

ふだんは厳格で、ときどきカッとなって激怒するような、年配の頑固な男性のステレオタイプは、解離傾向による感情の解離が強く、PTSD傾向によるフラッシュバックをかなりの程度押さえ込めている状態だといえます。

別の記事で紹介しましたが、アメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプは、幼少期の記憶がほとんどなく、都合の悪いことをすべて無意識に忘れてしまい、突然激しい怒りを爆発させる性格で知られており、解離傾向の強い男性の一例ではないかと思われます。

自己愛性パーソナリティ障害代理症―人をモノ扱いする夫を持つ妻と子どもの苦痛
さまざまなパーソナリティ障害を説明している本、「パーソナリティ障害とは何か」から、自己愛性パーソナリティ障害の特徴や、その周りの人が抱え込む苦痛への対処法について解説しています。

こうして考えると、男女の解離症状の性差は、男性の場合の解離は、女性の場合と異なり、こころとからだ全身を巻き込む典型的な解離性障害というよりは、感情や身体感覚のみのシャットダウンのような部分的な解離として現れやすいことによるものとみなせます。

反社会性パーソナリティ障害

ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)には、幼少期にあまりに壮絶で恐ろしい経験をしたせいで、感情がシャットダウンされ、つまり解離されてしまい、その後の人生で冷徹な犯罪者となってしまう反社会性パーソナリティ障害の人たちの姿がつづられています。

この本によれば、その分野で先駆的な研究をしている精神分析学者ジェームズ・ギリガンは次のように述べています。

自分がロボットかゾンビのように感じられると私に話した者がいた。自分の身体は空っぽ、あるいはただ藁が詰め込まれているだけ、肉もなく血もない、血管や神経はなく、紐や糸が入っているだけ、そう感じる者もいるらしい。(p423)

だが、凶悪犯罪者たちの場合は、言葉だけではない、もっと酷く、極端で、おぞましい仕打ちを繰り返し、頻繁に受けたのだ。大人になってから頻繁に凶暴な振る舞いをした者たちは、ほぼ例外なく、子供の頃に絶え間なく暴力的な虐待を受けていた者たちである。(p424)

この言葉が物語るように、凶悪犯罪に手を染める人たちは、生きているという感覚の喪失を伴う強い離人感を経験しています。過去のあまりに辛い経験のせいで感情が解離されているので、他の人を殺めることにためらいがありません。

特に男性の場合、幼少期におぞましい経験をしたとき、攻撃性が内側に向く女性と異なり、攻撃性が外側へ向いて、暴力犯罪などに現れやすいようです。その結果、強い解離症状を持つ男性たちは、病院よりも刑務所に集まりやすいのでしょう。

男性のほうが暴力的な犯罪に及びやすいことには、男性ホルモンであるテストステロンの影響など、生物学的影響もからんでいるようです。

いわゆる「戦士の遺伝子」と呼ばれ、劣悪な環境で育った場合に人を暴力行為へと目覚めさせるリスクとされるMAO-A遺伝子の変異体が、男性では女性より発現しやすいことも知られています。

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅にはこう書かれていました。

戦士の遺伝子の作用は主に男性において認められる。というのもこの遺伝子の座位はX染色体―性染色体と呼ばれている二つのものの一つで、他の一つはY染色体―にあるからである。

…女性はXXの性染色体の組み合わせをもち、一方男性はXYである。…各X染色体において、この遺伝子をもつ確率は30パーセントであるので、女性で二つのX染色体において、この遺伝子をもつ確率は30パーセントかける30パーセントで9パーセントとなる。(p97)

つまり、女性は予備のX染色体があるので、X染色体がひとつしかない男性より「戦士の遺伝子」が発現しにくいということです。

しかしこの遺伝子を持っていると必ず暴力的になるわけではなく、脳科学は人格を変えられるか?が述べるように、発現するかどうかは養育環境にかかっています。

先に紹介したカスピとモフィットによる研究では、虐待を受けた子どもの中でもMAOA遺伝子の発現量が低い子は特に、大人になったとき反社会的な行為に走る率が高いという指摘があった。

だがここで見過ごされていたのは、同じタイプの遺伝子をもつ子どもがもし虐待を受けなければ、こうした行為に走る確率はずっと低いことだ。(p181)

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅にも、ニュージーランドのダニーデンで行われた追跡調査についてこうありました。

カスピは、予期したように、被虐待経験は反社会的行動を増大させたことを見いだした。しかしこの増大は戦士の遺伝子をもつ男性においてはるかに大きかった。

男性の12パーセントが被虐待体験と戦士の遺伝子を有していたが、これらは男性の暴力への強い信念については44パーセントに関与し、4倍高い比率を示していた。

結局、重大な虐待を受け、戦士の遺伝子をも有している男性の85パーセントが反社会的となった。

同じようなパターンは女性にも認められたが、その暴力性はより低かった。

後に類似研究についてカスピらはメタ分析を行ったが、虐待がなくとも、戦士の遺伝子は暴力性を増大させるが、その効果ははるかに小さいものであることが明らかにされた。(p109)

そのようなわけで確かに男性のほうが攻撃的になりやすい生物学的理由は存在していますが、どんな性格に形作られるかの鍵を握るのは環境だといえます。

この本の著者は、MAOA遺伝子のマオリ人やアラブ民族をも含む多文化にわたる調査結果からそれを見いだしています。

私が予期していた以上に環境がより重要な役割を果たしている可能性があるように思われた。裁くの過酷な条件においては、生き抜くためには協力しあわなければならない。

もしも暴力的であると、追放され、一人で生きていかねばならず、それは死を意味している。この場合では、人々の攻撃性を抑制しているのは遺伝ではなく、周囲の文化的行動の取り入れなのである。(p129)

すなわち、攻撃性の男女差は生物学的ベースを幾らか有しているとはいえ、実際にどんな性格になるかは、ほとんどが「周囲の文化的行動の取り入れ」に依存しているのです。

そして、この男女差はあくまで傾向であり、女性の場合も冷徹で批判的な反社会性パーソナリティ障害や自己愛性パーソナリティ障害の人はいますし、逆に男性でも傷つきやすく恐れが強い解離性障害や解離性同一性障害に悩んでいる人もいます。

反社会性パーソナリティ障害については、以下の記事の後半で詳しく扱っています。

なぜ耐えがたい恥は人を生ける屍にしてしまうのか―「公開羞恥刑」と解離の深いつながり
公衆の面前で恥をかかせるという刑罰「公開羞恥刑」。現代のいじめやSNSの炎上、子ども虐待などが、いかに公開羞恥刑のようにして人を辱め、その結果、被害者の心を殺害し、解離させてしまう

文化のストレスの男女差

このような症状の性差は、生物学的なホルモン分泌の違いというよりも、「周囲の文化的行動の取り入れ」に依存し、むしろ文化的ストレスの男女差が反映されているのではないかと思われます。

というのも、ウリ・ニーズィのその問題、経済学で解決できます。に載せられている調査によると、わたしたちの社会で男性と女性の生物学的な性格の性差と思われているものは、ほとんどすべて文化的な影響だからです。

世界のほぼあらゆる地域が男性優位の社会であるため、男性は「男らしく」て外向的、女性は「女々しく」て内向的だと思われがちです。

しかし、この本によると極めて男性優位で女性は男性の所有物とみなされるタンザニアのマサイ族の文化における男性は、極めて女性優位の社会であるインドのカーシ族の女性と極めてよく似ていました。

マサイ族の男性とカーシ族の女性はどちらも極めて「男らしく」、マサイ族の女性とカーシ族の男性はどちらも「女らしい」性格でした。むしろ、マサイ族の男性よりカーシ族の女性のほうがより競争的で「男らしかった」ほどです!

この調査は以下の記事でも触れられています。

私が、大嫌いな「女性活用」にこだわるワケ | 育休世代 VS. 日本のカイシャ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

こういった現象に対して、「オスは本能的に狩りをするものだ」と生物学的説明をしたい人もいるでしょう。

でも、有名な論文で、男性と女性のどちらが競争に積極的に参加するかを、父系社会であるタンザニアのマサイ族と母系社会であるインドのカーシ族で比べると、逆の結果になるというものがあります(Uri Gneezy & Kenneth L. Leonard & John A. List, 2009.)。

人間の脳は極めて可塑性に富んでいるので、たとえ生物学的に男女に何らかの違いや適性があるとしても、現実の人間はもっと多様であり、環境によって様々な役割に適応できます。男性脳、女性脳という考え方は、ほとんど文化的なパイアスだと思います。

この調査では父系社会と母系社会の違いもわかり、母系社会のほうが協調的かつ共感的であることもわかりました。

つまり、生物学的な影響があるのも事実です。文化における性の役割が正反対の社会であろうと、男性が子どもを産み育てられるわけではありません。

子育てのときに分泌されるホルモンは女性では主にオキシトシン、男性ではパソプレシンで、これが母親らしさと父親らしさの違いをわけています。確かに生物学的な役割の違いが存在しています。

しかし、内向性と外向性などの性格形成により強い影響を持っていたのは、明らかに文化のほうでした。

とすると、解離の症状の性差も、生物学的な影響よりも、文化的な影響が色濃く出ている可能性を考えなければなりません。

解離は、生物にもともと備わる防衛機制であると同時に、文化や環境によってさまざまな現れ方をします。防衛機制であるということはつまり、ストレスに対応して生じるということなので、ストレスのかたちが違えば、それに対応して生じる解離のかたちも変わります。

わたしたちの社会では、女性の場合は生き方や尊厳そのものを抑圧されやすいので、こころとからだ全体を巻き込んだ解離になりやすいのに対し、男性の場合は行動は自由である反面、感情や本音を抑圧するよう強いられるので、限定された解離に陥りやすいのではないか、という仮説を立てられます。

これはちょうど、定型発達者の解離と自閉スペクトラム症の解離が異なるのと同じです。感じるストレスの質が違っている集団では、それに対応して生じる解離の症状も変わります。

アスペルガーの解離と一般的な解離性障害の7つの違い―定型発達とは治療も異なる
一般にアスペルガー症候群などの自閉スペクトラム症(ASD)は解離しやすいと言われていますが、定型発達者の解離性障害とは異なる特徴が見られるようです。その点について、解離の専門家たち

「性対象」たる女性

前述のジェームズ・ギリガンは、男が暴力をふるうのはなぜか―そのメカニズムと予防の中で、男女のジェンダー役割の非対称性、つまり、わたしたちの社会において、男性と女性では求められる役割が異なっていることが暴力行為の性差につながっていると考察しています。

男性が女性よりも暴力的な理由を理解するためには、家父長制の文化において男女が生まれたときから割り当てられる、しかも文字通りあらゆる社会制度によって、自分たちの生涯を通じて、それに従うことを強力に訓練される、きわめて非対称的なジェンダー役割を理解することが必要となる。(p97)

ギリガンは、多くの文化に見られる、男女の典型的なジェンダー役割を、次のように簡潔に要約しています。

こういうこと全体から中心的に見えてくることは、家父長制社会においては、男性は「暴力対象」の役割を与えられており、女性は「性対象」の役割を与えられているということだ。

つまり、男性のみが戦争で戦う役割を割り当てられ、それについて選択の余地は与えられない。

…女性は自分自身の選択によって、性的な欲望や活動を持つことを許されておらず、それは結婚以前にも、結婚していても、(文化によっては)結婚以降でさえも許されず、その代わり夫の性対象にならなければならない。(p101-103)

男性は有無を言わさず「兵士」であることを求められ、女性は有無を言わさず「性対象」であることを求められる、というこの見方は、わたしたちの時代には極端に思えるかもしれません。

しかしよくよく考えてみると、いくらか形を変えているにせよ、人類史の長きにわたって保持されてきたこのジェンダーイメージは、わたしたちの社会でもほとんど変化していないことに気づきます。

ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)によれば、現代社会で、男性と女性とでは、「恥」という概念が異なっている可能性が示唆されています。

私は現代の公開羞恥刑において、一つ大きな謎とされていることについても尋ねてみた。それは、「あまりに女性に厳しすぎるのではないか」ということだ。なぜ、異常なまでに女性に厳しいのか、それが知りたいと思っていた。

ジョナ・レーラーが攻撃されている時には、性暴力に関わる言葉は使われていなかった。ところが、ジャスティス・サッコやアドリア・リチャーズの場合には、即、「レイプするぞ」という類の脅迫の言葉を浴びせる者が現れた。(p227)

21歳の女性ハッカー、メルセデス・ヘイファーはそれに応えてこう語っています。

「4chanユーザーは、標的にした人を貶めたいのです。わかりますか。我々の文化では女性を貶めるとすれば、おそらくレイプを上回るものはありません。

男性が標的の時に、レイプという言葉を使わないのは、レイプが男性を貶める手段となることはあまりないからです。

男性の場合なら、失職がその代わりになるでしょう。我々の社会では、男性は働いているものという通念があるからです。

失職をすると、男性は存在価値が大きく下がったように感じてしまいます」(p227-228)

女性にとって最も不名誉な辱めは性被害であり、男性にとって最も不名誉な辱めは失業である、という認識があるとされています。(現にハーバード大の研究によれば離婚の最大の原因は夫の雇用ステータスなのだそうです)

先ほどのジェームズ・ギリガンのジェンダー役割の考察と照らし合わせてみると、昔も今も女性はからだを捧げて献身する「性対象」であることが求められていて、男性は感情だけを殺して仕事に就く「兵士」であることが求められているということになります。

そして男性は、仕事という任務につく「兵士」でなくなる失業が最も不名誉な恥であり、女性は辱められて「性対象」としての価値を失うことが最も不名誉な恥だということになります。

女性が社会で「性対象」としての役割を負わされているというと気分が悪くなりますが、あふれるセックス産業やポルノを見れば、現代社会ではむしろ、その傾向が加速しているのは一目瞭然です。

アニメや映画、マンガ、ゲームなどの娯楽に登場する女性は、必ず性的に魅力的であるよう描かれます。太った女性、美人でない女性、適齢期を過ぎた女性などのキャラクターがいったいどれだけいるでしょうか。

ゲームに登場する女性キャラはいかにして性の対象として描かれているか? - GIGAZINE

社会全体が、無意識のうちに、さも当たり前のように、女性を「性対象」として扱っているので、ただ女性に生まれただけで、自分でも気づかないまま、男性にはない無言の慢性的なストレスにさらされることになります。

女性は性被害に遭わないよう、ふだんから意識的であれ無意識的であれ、不用意に夜道を一人で歩いたりしないように、電車内で男性に近づいたりしないよう、生活全般において、振る舞いを抑制する必要に迫られます。

そこではきわめて明らかなことに、女性は性対象として見られている。というのもレイプの被害者の圧倒的多数は女性だからである(ジェンダーの不均衡は、近親姦にも当てはまる)。

実際、レイプの被害者であることは、性対象であるということのみを示すもっとも極端な例である。定義からしても、レイプの被害者の主観的な意志や願いは、加害者によって無視される。

…家父長制と呼ばれる暴力の文化においては、性対象であるとは女であることを意味し、その逆に女であるとは性対象であることを意味する。(p105)

文字通り性暴力の被害に遭わないとしても、社会から「性対象」として見られていること自体が、無言のうちに慢性的に加えられる侵襲体験になります。

他の人の気持ちや場の空気に敏感なHSP(Highly Sensitive Person)の女性にとっては特にそうでしょう。HSPを提唱したエレイン・アーロンは、敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。の中でこう述べています。

おそらく性差別の影響をいちばん受けているのはHSP女性ではないだろうか。

というのは、性差別的な言葉、商品広告に女性の体を使うこと、学校や職場での扱われ方の違い、レイプされないように、あるいはレイプされたいと思われないように注意することなど、女性であることにまつわるネガティブなメッセージをよの深くとらえてしまうのは彼女たちだからだ。(p172)

レイプ、近親姦、セクシャル・ハラスメント……。もううんざりするほど聞かされてきたことだが、これらはいまだにあなたの心や男性観に影響しつづけている。

ここでもHSP女性は潜在的な危険にとても慎重になるので(一度危険を経験したのならなおさら)、社会に出る自信がもてなくなる。(p174)

現代社会において、敏感な感性を持つ女性たちは、いわば、常に、自分という存在全体が辱められる危険にさらされているようなものです。事実、性被害に遭うと、こころとからだ全体が解離されます。

解離性障害の女性は、こころだけでなく身体的にも無活動に近いうつ状態に追い込まれます。その結果、病院を受診します。

「兵士」たる男性

他方の男性は、性被害を恐れて夜道で気をつけたりはしませんが、今も昔も、恐れや不安という感情を殺して、勇敢に戦う「兵士」であることを生まれたときから社会によって強いられています。

現代社会における戦いとは仕事であり、失業しないよう職場で自制を働かせ、感情を抑制して振る舞う必要に迫られます。

会社で自己抑制を働かせ、不平や不満を言わず、疲れても休まず出勤し、上司に従うことが求められるでしょう。その場合、男性が抑制する必要に迫られるのは、からだの行動ではなく、こころの本音です。

これは現代社会の男性に対する根深いジェンダー教育の反映でもあります。「男は泣き言を言ってはいけない」「男の子は泣いちゃだめ」という、いわゆる「男の子の掟」の反映です。

興味深いことに、敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。にはこう書かれていました。

“Real Boys(真の男の子)”の著者である、ハーバード大学の心理学者ウィリアム・ポラックは、私たちの社会のり男の子を20年にわたり研究している。

彼は、出生時においては女児より男児のほうが感情表現が豊かだと指摘している。しかし小学校に上がるころには、ボラックがいうところの「男の子の掟(Boy Code)」によって強化された性的拘束衣によって、この表現力は失われてしまう。

この掟によれば、男の子がいちばんやってはいけないことは、感情をありのままに表現することだ。(p76)

本来、男性は生物学的に女性より感情表現が豊かなのだとしたら、男性が感情を見せなくなるのは、男性優位の社会を維持するため、男性は女性より強くなくてはならない、という文化的な抑圧がかかるからではないでしょうか。

つまり、男性優位の社会で理想とされる男性像は、身体的には女性より活動的に振る舞い、感情的には女性より打たれ強く、弱音を吐かず、涙を見せない男性であり、男の子たちは見えない文化的圧力により、知らず知らずのうちに生物学的な性差を超えて適応していきます。

そうすると、男の子たちは身体的には抑制されず、ただ感情的に抑制されて育ちます。そのストレスに対応して解離が生じたとき、からだの行動は抑制されません。しかし、こころの本音や、身体が疲れているという感覚は抑制されます。

からだは抑制されず、こころだけが抑制されると、失感情症や失体感症といった、感情や感覚の麻痺が生じます。

すると、からだは元気なので病院に行くことはありませんが、人間味のある感情が失われて批判的になった自己愛性パーソナリティ障害、感覚が麻痺して平気で犯罪を行なう反社会性パーソナリティ障害などのかたちで解離症状が現れるということになります。

失感情症や失体感症といった感覚の麻痺のために過労になりやすく、そのせいで強い身体症状を抱えることもありますが、女性に多いからだとこころ全体を巻き込んだ複雑な解離症状にまで発展することはまれかもしれません。

敏感すぎてすぐ「恋」に動揺してしまうあなたへ。は生まれつきの感受性の強さであるHSPについての本ですが、HSPの性差についてこう書いています。

敏感さをもって生まれる男性は女性と同じくらいいるのだが、HSPの自己テストでは、質問からどれほど性的な偏見を取り除いても成人女性のほうが高得点を出してしまう。

敏感さを評価する自己テストに答える男性はどうしても男らしくないと思われることを避けてしまうようだ。(p75)

以前の記事で書いたように、感受性の強さは解離性障害のリスクのひとつと思われますが、もし「敏感さをもって生まれる男性は女性と同じくらいいる」のなら、生物学的には解離性障害を発症する男性が女性と同数程度いても不思議ではありません。

しかし、文化的影響のせいで、男性と女性とでは解離させるストレスの内容が異なっていて、症状に性差が出てしまうせいで、見かけ上、女性ばかりが解離性障害になっているような結果が出てしまうのでしょう。

交感神経系優位の男性、不動系優位の女性

全体の傾向としてみれば、わたしたちの社会では、「魂の殺害」である性被害のようなストレスにさらされやすいのは女性であり、感情を押し殺してあくせく働くストレスにさらされやすいのは男性です。

本文で扱ったとおり、生物のストレス反応は、危機に直面するとまず「闘争か逃走か」という能動的な反応が生じ、それが不可能な場合に「凍りつきか麻痺か」という受動的な反応が生じます。

ここまで考えてきた文化ストレスの性差は、男性においては「闘争か逃走か」が引き起こされやすく、女性においては、その一歩先の「凍りつきか麻痺か」が引き起こされやすい文化的素地があることを物語っています。

男性はこころだけを抑制した「兵士」になるよう強いられるのにたいし、女性はからだを含めた存在全体を抑制された「性対象」となるよう強いられます。

こころだけを抑制される場合、からだの動きは拘束されないので、「闘争か逃走か」というストレス反応をつかさどる交感神経系が働くことになります。ストレスに対して闘って撃退するか、一目散に逃げるかするわけです。

他方、存在全体を抑制されるというのは、以下の記事で扱ったように、身動きを取れないよう押さえつけられることに等しく、完全に逃げ場を奪われるということです。ストレス反応のうち、全身の凍りつきや麻痺を特色とする不動系が働きやすくなります。

だから君は慢性疲労に閉じ込められた―生きるエネルギーを枯渇させる解離そして不動状態
解離と慢性疲労は深く関係していて、不動系という生物学的メカニズムによって引き起こされているという点を、不登校や小児慢性疲労症候群の研究と比較しながら分析してみました。

まず、「闘争か逃走か」のうち、「闘争」にあたるのは、言うまでもなく、突発的に我を忘れて暴力行為に及ぶことでしょう。我を忘れるのは軽度の解離ともいえます。つまり、暴力は、男性に多い解離の一形態です。

男が暴力をふるうのはなぜか―そのメカニズムと予防でジェームズ・ギリガンが述べるとおり理性が解離されて突発的に引き起こされる暴力行為は、ほとんどが男性によるものです。

つまり、大人の体つきや腕力を得る青年期から、なんらかの地位のしるしをついに自分で築き始める年齢―たいていは中年のはじめの頃(40歳前後)―に達するまでの間、男性は暴力をふるいやすい。

この年齢層―14歳から39歳まで―が世界の殺人、暴行、レイプの90パーセント以上をおこなっており、軍事的暴力や政治的暴力のほとんどすべてもまたそうなのである。(p86)

では「闘争か逃走か」のうち「逃走」はどうでしょうか。これもまた解離の一症状として「解離性遁走」というものが知られています。これは我を忘れて暴力を振るう行為の「逃走」バージョンで、我を忘れてどこかに逃げることを意味しています。

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によれば、解離性障害の分類のうち、人格交代の伴わない解離性遁走は、圧倒的に男性に多い症状とされています。(p110)

男性は、こころが解離された状態でも、からだは自由なままで、不動系ではなく交感神経系が優位だからこそ、無活動な解離性障害ではなく、どこかへ走って逃げられる解離性遁走になりやすい、ということができます。

しかし女性の場合、社会的な意味でも逃げ場が完全に奪われているせいで、どこかに逃げるのではなく、「凍りつきか麻痺か」で反応するしかなくなります。

そのひとつの形は、人格そのものをシャットダウンして多重化させる解離性障害や解離性同一性障害です。逃げ場がどこにもないので、自分そのものを消し去るということです。

あるいは生物的な凍りつきか麻痺か」反応として、原因不明の心身症、慢性疲労症候群や線維筋痛症といった病気が現れる場合もあるでしょう。

こうした心身症状が女性に多いのは、おそらく女性は不動系の反応が優位になりやすく、全身を巻き込んだ解離症状(身体性解離)が生じやすいからではないかと思います。

とすると、男性の場合、攻撃性が外向きに出やすく、女性の場合は内向きに出やすいのは、男女のストレスの違いによって、男性は交感神経系のストレス反応で止まりやすく、女性はその一歩先の不動系のストレス反応に至りやすいからではないか、ともみなせます。

言い換えれば、男性は断続的なストレスにさらされるので「闘争・逃走」反応優位になりやすく、女性は慢性的で休みないストレスにされされるので、もう一歩先の「凍りつき・麻痺」反応優位になりやすいということです。

身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアでこう書かれているとおりです。

女性は(心拍数を下げる)迷走神経と関連のある「凍りつき」のストレス反応をより多く示しがちである―反対に男性は交感神経―副腎系反応が優性であることが多い。(p17)

これはまた、世界の多くの文化において、男性は職場(ストレスを受ける場所)と家庭(休む場所)が分かれているのに対し、女性は自宅に抑圧されて一日中家事に勤しむという、慢性的な拘束に似たストレスを感じやすい、という構造とも関係しているかもしれません。

男性は生活のなかで部分的にしか抑圧を求められないために、解離が生じるとしても部分的であり、女性は生活のなかで四六時中抑圧を求められて心理的逃げ場がないせいで、完全な解離という不動状態が引き起こされやすいのではないでしょうか。

つまり、解離性障害が女性に多いのは、女性のほうが慢性的で強いPTSDを経験しやすく、PTSDの先にある解離性障害にまで進行しやすいからかもしれません。

推測にすぎませんが、もし男性がわたしたちの社会における女性の立場に置かれる文化を調査すれば、たとえば先述のカーシ族の文化のようなところでは、解離性障害になりやすいのは男性ではないかと考えます。

これは、現代社会における男性が感じているストレスが女性より軽い、という意味ではありません。それはPTSDが解離の一歩手前の反応だからといって、PTSDのほうが解離より苦痛が少ないわけでないのと同じです。

異なる質のストレスをどっちが苦しいか比べるのは、糖尿病とがんのどちらが苦しいかを議論するほどナンセンスなことです。はっきり言ってどちらも苦しいのです。

とはいえ、恥という観点から見れば「異常なまでに女性に厳しい」のは事実であり、それが女性の場合、PTSDと解離が絡み合ったより重い全身の解離症状、つまり不動系の反応につながっているのでしょう。

むろん、何度も言うように、男性でも全身を巻き込む解離症状に陥る人はいますし、女性でも感情だけが解離される人がいます。

ここで見たのは文化全体のストレスの性差です。個人レベルで見れば、幼少期から大半の女性たちよりも逃げ場のないような異例な状況に追い込まれて育つ男性もいるでしょうし、その反対もありえます。

しかし統計的には解離の症状の分布には男女差があるのは事実であり、もともとの生物学的違いだけでなく、現代社会における男性と女性の感じるストレスの違いが色濃く反映されている可能性があります。

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