繊細で敏感なHSPの子どもを育てるために親ができる8つのこと―児童文学作家エリナー・ファージョンに学ぶ


子どもが怒ったり、ふさぎ込んだり、錯乱したり、腹痛を起こしたり、頑張った結果燃え尽きたりする時、その理由が「敏感さ」にあるかもしれないことに、大人はなかなか気がつきません。(p42)

んな子どもも、ときおり親には理解しにくい振る舞いを見せることがあります。いつまでもぐずって泣きやまなかったり、なかなか寝てくれなかったり、細かいことにこだわったり、食べ物や衣服の好き嫌いが激しかったり、原因不明の体調不良を抱えたり、親を戸惑わせる子どもの振る舞いは実にさまざまです。

子どもの理解しにくい行動について調べるうちに、うちの子は◯◯障害かもしれない、◯◯症候群かもしれない、という情報に必ず行き着いて不安をあおられることもあるでしょう。実際に、医者からそう診断されることもあります。

特に、昨今は、発達障害の情報が盛んに発信されています。このブログでもたびたび扱ってきましたし、NHKなどの大手メディアが特集番組を組むほど、発達障害ブームは加熱しています。

我が子が、注意欠陥多動性障害(ADHD)かもしれない、自閉症スペクトラム障害(ASD)かもしれない、学習障害かもしれない。親にそう感じさせてしまう材料はかつてないほど氾濫しています。

でも、ちょっと待って下さい。本当に子どもの奇妙で理解しにくい その行動や体調不良は、「病気」や「障害」や「症候群」なのでしょうか。

冒頭に引用したのは、ひといちばい敏感な子という本の一節です。この本は、HSP(High Sensitive Person:ひといちばい敏感な子)という概念を提唱した心理学者エレイン・アーロンによって書かれました。

表面に現れている理解しにくい行動だけに注目すれば、そのつど、子どもはさまざまな障害や病気のレッテルを貼られてしまいますが、それらの根底にあるのは、実は、敏感さや感受性の強さなのかもしれません。

この記事では、理解しにくい振る舞いを見せる子どもに対して、安易に医療情報を鵜呑みにして医学的なレッテルを貼ることの危険性について考えます。

HSPだけでなく、ADHDやアスペルガー症候群といったいわゆる発達障害の子どもの場合でも、何かが欠けているから問題行動をしてしまうのではなく、生まれ持った特性ゆえに、他の子と違う反応をしてしまうだけなのだ、という視点について考えてみましょう。

そして、HSPの子どもによくある8つの特徴から、敏感さがどのように子どもの行動に現れることがあるか、ということを考えたいと思います。

とりわけ、強いHSP気質を持っていたと思われる、児童文学作家エリナー・ファージョンの人生から、様々な具体的なエピソードを引用して考えてみましょう。

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これはどんな本?

今回おもに参考にした本は三冊です。

一冊目は、冒頭で紹介したひといちばい敏感な子。このブログで何度も紹介している、HSPの子育てのアドバイスがまとめられた本です。

著者のエレイン・アーロンは、ご自身も母親としてHSPの子どもを育て、セラピストとして大勢のHSPの親子と接してきた豊富な経験をお持ちです。

二冊目は、世界的な児童文学作家として知られるエリナー・ファージョンによる、ファージョン自伝―わたしの子供時代です。

生まれつき繊細で敏感だった彼女の子ども時代の回想録で、HSPという観点から読み解くと、とても興味深い内容でした。

三冊目は、エリナーの姪アナベル・ファージョンによるエリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたです。こちらは、おもに成人後のエリナーの人となりがまとめられています。

まったくの余談ですが、この伝記を読んでいて、ネットでよく見る「猫は流体」というジョークが、エリナー・ファージョンの1952年の短編小説Spoonerの中にすでに書かれていたことを知って、驚くとともにほほえましい気持ちになりました。

エリナーが自分で猫を飼いはじめるかなり前に書いた、短編小説『スプーナー』でも、猫に対する観察はたいへん鋭い。「猫は固形体ではなく流動体である。どんな水門でも水のように流れぬけることができる」(p178)

親の好みで子どもにレッテルを貼らないために

HSPの子どもの特徴について考える前に、ひとつ気をつけておきたいことがあります。それは、HSPや発達障害という言葉について、誤ったイメージが広まっていることについてです。

ここ最近、HSPという概念が日本でも広がりを見せるにつれ、「うちの子は発達障害ではなくHSPだったのだ」と胸をなでおろす方をときどき見かけるようになりました。

これまで子どもの理解しにくい振る舞いに頭を悩ませてきた親が、発達障害の専門家にかかったものの納得できず、HSPという概念に出会ってようやく腑に落ちる、ということはよくあります。

我が子とじっくり向き合った上で、うちの子の特徴はどうしても発達障害とは一致しない、でもHSPならしっくりくる、というのであれば、それはきっとよりよい子育てにつながるでしょう。

しかし、中には発達障害という言葉の持つネガティブなイメージを嫌うあまり、我が子は発達障害のような病気や障害ではなく、才能あるユニークな子なのだ、という思いから、HSPというレッテルのほうを選んでしまう親もいるようです。

そう考えてしまう気持ちはわかりますが、この考え方は、子育てに二重の意味でよくない影響をもたらしてしまいかねません。

まず第一に、HSPと発達障害、特に自閉症スペクトラムは、似ているようで全然違うので、もし本当は自閉症スペクトラムの特性をもつ子どもに、親の好みからHSPというレッテルを貼るなら、その子が成長とともに抱えるであろうニーズに対応できなくなるおそれがあります。

たとえば、ひといちばい敏感な子 のまえがきで、この本を翻訳した心療内科医の明橋大二先生は、こう書いていました。

そんなおり、ある、教室に入りづらくなった男の子のことについて、親御さんと話をしていた時のことです。その子は、まさに人一倍敏感な子どもでした。

ところが親御さんは言われたのです。

「相談の先生から、この子、発達障がいじゃないかと言われたんです」

私は、愕然としました。確かに、感覚の過敏さというところでは共通するところもありますが、発達障がいと、この子の特性は、全く違います。

ですから、適切な対応というのも、それぞれ異なります。

それを誤解されたまま、誤った対応を続けられたら、決してこの子の回復はありえない。(p4)

このケースでは、本来はHSPの子なのに、発達障害、おそらくは自閉症スペクトラムやアスペルガー症候群だとみなされてしまっていたのでしょう。HSPと発達障害は全然違うので、誤った対応がなされていては回復は望めない、と書かれています。

であれば、これと真逆の論理も成り立ちます。もしも、本来は発達障害の子どもなのに、HSPのほうがイメージがよい、という理由からHSPというレッテルを貼ってしまったら、間違った対応につながってしまい、子どものためになりません。

ここにはまた、もう一つの危険、第二のリスクがひそんでいます。

もし親が、発達障害よりもHSPのほうに良いイメージを持っていて、うちの子は発達障害という障害ではなく、HSPという才能を持っているのだ、と考えてしまうとしたら、そこには誤ったバイアスがかかっています。

自閉症スペクトラムやADHDといった発達障害にネガティブイメージがつきまとい、HSPには比較的ポジティブなイメージが感じられるとすれば、それは単に発達障害は医学の用語で、HSPは心理学の用語だからにすぎません。

HSPであれば発達障害ではない、ということにはなりません。心理学から見ればHSPの子が、医学から見れば発達障害とみなされることはよくあります。明確な線引きや区別は存在せず、ただ異なる分野から見た概念、というだけです。

実際には、自閉症スペクトラムも、ADHDも、さらにはHSPも、みなそれぞれ異なる長所と異なる短所を併せ持った人々を指す言葉です。HSPが自閉症スペクトラムやADHDよりも勝っているところなどなく、みなそれぞれ異なる特徴を持っているにすぎません。

以下の記事では、HSPと自閉症スペクトラムの違いについてまとめていますが、どちらが正常でどちらが異常といった違いはなく、それぞれにメリットとデメリットがあるだけです。

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち
エレイン・N・アーロン博士が提唱した生まれつき「人一倍敏感な人」(HSP)の四つの特徴について説明しています。アスペルガー症候群やADHDと何が違うか、また慢性疲労症候群などの体調

発達障害は医学用語、HSPは心理学用語

発達障害という言葉がネガティブなイメージを含み、HSPという言葉が比較的ポジティブなイメージを持っているのは、それぞれ医学と心理学という別々の学問領域の用語だからだ、と書きました。

どういう意味か説明するために、ふたたびエレイン・アーロンのひといちばい敏感な子 から引用してみましょう。

医学系の専門家は、敏感であることを病気ととらえる傾向があります。敏感すぎて、受け取った情報を選別したり統合したりできない障害だと考えているのです。

…しかし、私が定義している「敏感さ」とは、治療対象ではなく、ましてや治るものでもないと考えています。

HSCが「過剰に敏感だ」とか、「必要のない情報を受け取る」などという言葉を聞くと、それが本当に正しいのかどうか、さまざまな関連を発見して事件を解決していった、シャーロック・ホームズのような気分になります。(p61-62)

ここでは、「医学の専門家は、敏感であることを病気ととらえる傾向がある」と書かれています。

落ち着いて考えてみれば、敏感であることにはメリットもデメリットもあることに気づくはずです。例えば、過敏で傷つきやすい人たち (幻冬舎新書)の中で、精神科医の岡田尊司先生は、HSPの敏感さについて、こう書いていました。

ここまで、過敏性に伴う負の要素についてばかり述べてきましたが、何事もデメリットの面があれば、メリットになる面もあるものです。では、過敏性に伴うメリットとはどういう点でしょうか。

たとえば、感覚過敏な人では、コミュニケーション能力や表現能力が高い傾向にあるということが知られています。

感覚が過敏な人では、思考や情緒的な体験も豊かで、芸術的な才能や文学的な才能に結びつくこともしばしばです。(p105-106)

この説明からわかるように、敏感さのデメリットは、コインの片面にすぎません。裏返せば、まったく違うメリット、たとえば人の気持ちに敏感であるがゆえにコミュニケーション力が高いとか、繊細な感受性があるゆえに芸術的才能に秀でているといったメリットがあります。

敏感さが病気だとみなすのは、月の裏側だけを見ているようなものです。

月の裏側はクレーターでぼこぼこになっていて、少し殺風景かもしれません。けれども月にはもうひとつの面、太陽の光を受けて明るく夜空を照らす表側があります。もし月の裏側だけ見て、表側を無視してしまったとしたら、月の美しさを見逃してしまうでしょう。

医学という学問はこれとよく似ています。医学は、そもそも欠陥や障害ありきで成り立っています。まず異常を探し、それを治療する方法を探すための学問です。

以前の記事で書いたように、医学は怒りや悲しみや憂うつといった人の心の「裏側」についてはとことん研究して、さまざまな病名をつけてきましたが、幸福や喜び、満足感といった「表側」についてはほとんど手をつけていません。

ADHDや自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群のような発達障害は、医学系の専門家たちがつくり出した概念です。

他方、HSPという概念をつくり出したのは、心理学者のエレイン・アーロンなので、こちらの概念はより中立的で、どちらかというとポジティブに表現されてさえいます。異常と治療がセットになった医学の概念ではないので、ことさらに欠点を強調する必要がないのです。

それで、もしADHDや自閉症スペクトラムという概念にネガティブな響きがあり、HSPという概念には好ましさが感じられるとすれば、それは単に研究されてきた学問領域が異なるからにすぎません。

うちの子は発達障害のようなネガティブなものであってほしくない、という思いから子どもにHSPのレッテルを貼ってしまうなら、たとえ良い動機であったとしても、その子に偏見を植え付けてしまうことになります。

もしもその子が本当は自閉症スペクトラムなどの特性を持っていたら、発達障害イコール ネガティブなものという偏見は、その子のアイデンティティを否定してしまうことになりかねません。

発達障害という概念は「月の裏側」しか見ていない

医学では、自閉症スペクトラムやADHDの欠点ばかりが研究され、そうした発達障害の人たちは、脳の構造に欠陥があり、治療しなければならない障害者であるかのようにみなされがちです。

しかし、心理学の専門家たちは、医学がつくり出した発達障害という概念に疑念を投げかけてきました。発達障害の人たちが苦労して生きづらさを感じているということは確かですが、本来はメリットもデメリットもあるはずなのに、片面だけしか注目されていないのではないか、という疑念です。

たとえばひといちばい敏感な子 の中でエレイン・アーロンはこう書いています。

前にも述べましたが、異質な行動の原因が敏感さにあるとは、人はなかなか考えないものです。

(気質について研究している人々の間では、ADHDの多くは正常な範囲の特性であり、敏感性と同様、誤解されているのではないかということが大きな議論になっています。

ADD/ADHDについての興味深い文化的議論については、リチャード・デグラドブレ著「リタリン・ネイション(薬漬け国家)」をごらんください。HSPについても取り上げられています)。(p65)

ここでは、医学において想定されているADHDという障害は、実際には「正常な範囲の特性」、つまり、欠点だけでなく長所も兼ね備えた個性のひとつにすぎないのではないか、という考え方が議論されていると書かれています。

このブログでも考えたとおり、ADHDをもたらす遺伝子は、遊牧民族や騎馬民族などの文化ではプラスに働いたので、現代に至るまで保存されてきたのでしょう。

心理学者のアリソン・ゴプニックは、哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)の中で、近代に入って学校教育が義務化されたことにより、はじめてADHDが「障害」とみなされるようになったことを指摘しています。

注意を持続することの得手不得手は、昔からあっただろうと思われます。でもそれは、人類の長い歴史を通じて、とりたてて問題にされてはきませんでした。

というのも、狩猟生活や農耕生活には、現代の学校で求められるような持続的注意力はそれほど必要ではなく、その能力がなくても大きな不利にはなりませんでしたから。

ところが、現代の教室という環境では、注意力の有無が学業に大きく影響してきます。

…やがて、注意力のないことが問題視されるようになり、ついに一種の病気として扱われるまでになってしまったのです。(p245)

ここでは、注意力の欠如は昔からあり、学校のない時代には不利にならなかったので問題視されなかったと書かれています。そうした時代にADHDの遺伝子を持っていることは、不利にならなかっただけでなく、有利でさえあったと思われます。

NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方によれば、自身も多動児だった高名な都市計画家フレデリック・ロー・オルムステッドは「みずからの人生を振り返り、問題があるのは窒息しそうな教室のほうで、手に負えないと言われている子どもたちのほうではないと断罪し」ています。(p302)

ADHDの人にしかない素敵な7つの長所―個性を才能に変えるには?
ADHDというとネガティブなイメージがつきまといがちですが、「個性」と考えて長所を伸ばすなら、「才能」へとつなげることもできます。行動力や創造性など、ADHDの人が持っている7つの

同様に、自閉症スペクトラム(アスペルガー症候群)の当事者たちの中にも、自分たちの持つ特性は、医学が説明してきたような「障害」や「病気」などではなく、異なる個性、異なる文化なのではないか、という意見を発信してきた人たちがいます。

この場合も、発達障害の生きづらさを否定して、発達障害などない、と主張しているわけではありません。

そうではなく、発達障害の人たちが抱える生きづらさは現実のものであるとしても、それらは本人の障害から引き起こされているのではなく、社会において少数派であることから生じているのではないか、という見方をしています。

熊谷晋一郎先生による自閉スペクトラム症(ASD)の論考―社会的な少数派が「障害」と見なされている
当事者研究の熊谷晋一郎先生が、ASDは障害ではなく少数派であるという考察をしていました。

当事者たちをよく観察している聡明な医者たちもまた、その見方が正しいということを認めています。発達障害というレッテルは、その人が持つ独特すぎる個性のクレーターだらけの裏側だけしか見ておらず、その人の表側の長所を見逃しているのです。

自閉症研究の暗黒時代に埋もれてしまった、知られざるアスペルガーの歴史
あまり知られていない自閉症の発見者ハンス・アスペルガーの人となりや、時代を先取りした先見の明のある洞察について考え、自閉症研究の歴史を再考してみました。
ADHD研究の混乱に埋もれてしまった、知られざる敏感な子どもたちの歴史
わたしたちが普段見かけるADHDの理解は、医学や教育にとって都合よく編集されたものであり、実際にはもっと複雑で多面的な性質がある、ということを歴史をひもといて考えます。

なぜ医療情報を鵜呑みにするのが危険なのか

もちろん、欠点や短所に注目して、それを克服するための治療法を研究するという医学のアプローチは、これまでの人生で生きづらさに悩んできた当事者たちにとって大いに役立つものです。

しかし、本来、長所と短所からなるパッケージなのに、短所だけをことさらに抜き出して強調するという医学的な視点は、望ましくない結果を引き起こすことがあります。

それを物語るのは、ピグマリオン効果、またゴーレム効果という現象です。

愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)で岡田尊司先生は、こう書いています。

ピグマリオン効果というものが知られている。ロバート・ローゼンタールは、小学校の生徒を対象に知能検査を実施した上で、検査結果とは無関係に、無作為に選びだした生徒について、この生徒は将来有望である旨を教師に伝えた。

一年後、再びその小学校を訪れると、選ばれた生徒の成績は劇的によくなっていた! 何の根拠もないものであっても、「有望だ」と周囲が信じ込むことによって、その期待が実現されてしまったのである。

このことは、逆の意味でも当てはまってしまうだろう。この子は「障害」をもつ子どもで、将来が暗いと周囲が思い込むことによって、その悲観的な期待が現実のものとなってしまう危険である。

非定型発達であるだけで、将来はむしろ有望かもしれない子どもに「障害」という呪いをかけてしまい、その呪いを実現させてしまうとしたら、それは恐ろしいことに思える。(p157)

ここでは、子どもに対する周囲の大人のイメージによって、その子の将来性が左右されてしまうという研究結果が説明されています。

周囲の人たちがこの子は有望だと思い込むことによって、子どもの才能が本当に伸びてしまう現象が「ピグマリオン効果」であり、その反対が「ゴーレム効果」です。

近年、医学の専門家だけでなく、学校関係者も、風変わりな子どもや手に負えない子どもに、安易にADHDやアスペルガー症候群といった医学的なレッテルを貼ることが増えているように思います。

それらのレッテルは医学用語ですから、当然「病気」や「障害」といったネガティブなイメージが先行します。

すると、その子を扱う学校関係者や親は、無意識のうちに『この子は「障害」をもつ子どもで、将来が暗いと周囲が思い込む』ので、ゴーレム効果が生じ、本当に「その呪いを実現させてしまう」ことになります。

すでに述べたように、近年NHKなど大手メディアも発達障害を取り上げることが増えています。その概念が広まれば、発達障害の子どもたちが生きやすくなる、と期待されていますが、発達障害という概念の持つネガティブなイメージが払拭されない限り、まったく逆の効果をもたらしてしまう懸念があります。

アスペルガー症候群やADHDといった特性をもつ子どもたちがいることは事実ですが、ネガティブな面ばかり強調する医療情報が氾濫してしまうなら、大人たちはその子たちのネガティブな面ばかりに注目するようになってしまい、本来その子が持っているはずのポジティブな面は注目されにくくなるでしょう。

そうすると、その子たちは成長の過程で、ネガティブな面ばかり意識させられ、ポジティブな面に気づいてもらえないので、長所を成長させる機会を失ってしまいます。

本当は長所も短所もあるユニークな個性を持っている子でも、短所ばかり意識させられ、長所に気づいてもらえないなら、やがて本物の「障害者」に成長してしまうでしょう。

これを避けるには、親や学校関係者など、子どもに接する立場の人たちが、いわゆる「発達障害」というものについて、バランスの取れた正確な理解を得ておく必要があります。

「医学系の専門家は、敏感であることを病気ととらえる傾向」があることからすれば、テレビで特集される発達障害の番組は基本的に医学系の専門家の考えをベースに作られていて、根本からバイアスがかかっていることを念頭に置いておくべきです。

またインターネットで調べる場合、先日、Google検索による医学・健康情報の取り扱いの方針に変化があったことを知っておくべきかもしれません。

Google、「医療や健康」に関する大幅なアップデートを発表 医療関係者にも呼びかけ

これによると、昨今、不正確な医学情報がネット上に氾濫しているという問題から、Google検索では、「医療従事者や専門家、医療機関等から提供されるような、より信頼性が高く有益な情報が上位に表示されやすく」なったようです。

専門家によるページが上位表示されるというのはある点では望ましいことですが、こうした医学系の専門家は、そもそも病気のネガティブな片面を強調しすぎるバイアスがかかっている、というのはすでに見たとおりです。

たとえ専門家の意見であっても、医学的な観点だけではでなく、心理学など別分野の専門家の意見や、当事者の考え方にも触れなければ、あたかも月の裏側だけ観察するような偏った認知に陥りかねない、ということを覚えておいてください。

ここまでのところで、HSPと発達障害、それぞれに伴うイメージの違いからくる誤解について考えました。実際にはADHDや自閉症スペクトラムといった発達障害もまた、HSPと同じく、長所も短所もあるパッケージにすぎない、ということをわかっていただけたかと思います。

発達障害にしろ、HSPにしろ、子どもに不適切なレッテルを貼ってその枠に閉じ込めてしまうなら、親子双方にとって不幸な結果になりかねません。

あくまで大切なのは、子どもとしっかり向き合って、その子のもつ本来の個性を尊重し、子どもの特性に応じた育て方をすることです。

それを踏まえた上で、ここからは、HSPの子どもが時おり示す理解しにくい振る舞いの背後に敏感さが関係しているかもしれない、ということを考えたいと思います。

敏感なHSPの子どものために親にできる8つのこと

HSPの敏感な子どもは、その敏感さゆえに、親や周りに理解しにくいさまざまな振る舞いをすることがあります。その中には、「この子はどこかおかしいのかもしれない」「病気なのかもしれない」と親に不安を抱かせるものもあるでしょう。

けれども、HSPの子どもの敏感さについてよく知れば、たとえ周りの大人や学校の先生から見て理解しがたく、一見病的にさえ見える振る舞いがあったとしても、その根底に敏感さが関係していることに気づけます。

ここでは8つのポイントに分けて考えてみましょう。それぞれの項目の冒頭の引用は、すべてひといちばい敏感な子 からです。

1.内気で慎重、でも焦らず見守る

生まれてからの2ヶ月間、エミリオは毎晩決まった時間に泣きました。痛ましいほどでした。

両親はベビーサークルを買いましたが、それをとても気に入ってしまい、今度は他の場所に行きたがらなくなりました。

食べるのも、眠るのも、遊ぶのもサークルの中。…近所や親戚の人たちは、エミリオのことを気の毒に思いました。

「そんな牢獄のような所に押し込めているから、外に関心が向かないのだ」と、母親にサークルを片付けるよう言いました。よくある善意の、しかし、子どもにも親にもよくないアドバイスの典型です。(p51)

HSPの子は、たいてい内気で慎重な傾向を持っています。アーロン先生の調査では、HSPの70%が内向的でした。(p55)

子どもが内向的で外の世界に出て行きたがらないと、不安になる親も多いでしょう。周りの人たちは、このエピソードのように、親の甘やかしすぎや過保護のせいでそうなっている、と非難するかもしれません。

ここ日本では、「獅子の子落とし」や「可愛い子には旅をさせよ」「若いときの苦労は買ってでもせよ」といった言葉があるので、考え方の古い親族から、もっと厳しく育てるようにアドバイスされるかもしれません。

しかし、子どもをよく観察して、その子の内気さや慎重さが、「敏感さ」から来ていることを見抜けたら、そのアドバイスはまったくの逆効果だと気づけます。

でも、母親は、幼いわが子をサークルから引き離すことができませんでした。

それによってエミリオは、最高に幸せな時間を過ごすことができたのです。

…そして実際、2歳半で弟にサークルが必要になった時、自分はもう赤ちゃんではないと言って譲りました。(p51-52)

エミリオがベビーサークルから出なかったのは、親が甘やかしていたからでも、過保護にしていたからでもありませんでした。ただ感受性が強いHSPだったので、刺激の多い外の世界に出ていくのに時間が必要だっただけでした。

ここでもし、母親が近所の人や親族の浅はかなアドバイスに従ってしまったらどうなっていたでしょうか。

幼いエミリオは、敏感な感受性を持ったまま、いきなり恐ろしい世界に放り出されて、圧倒されてしまったことでしょう。幼少期のそうした体験はトラウマを残す危険があります。

幸い、この母親は、幼いわが子の性質をよく見抜いていて、人いちばい感受性が強いことに気づいていました。そのおかげでエミリオは、刺激に慣れて外の世界を自分から探検できるようになるまで、ゆっくりと幸せな時間を過ごし、母親との安定した愛着の土台を築くことができました。

HSPの子どもが、内気で慎重なのは、赤ちゃんのときだけではありません。もっと大きくなっても、やっぱり不安に襲われやすく、人見知りが強く、引っ込み思案かもしれません。

小学校に入っても甘えん坊だったり、親にぴったりくっついて離れなかったりして、比喩的な意味での「ベビーサークル」からなかなか出ようとしないかもしれません。

そのときもやはり、もっと厳しく育てるようアドバイスされるかもしれませんが、その子がHSPだということを考慮に入れているなら、子どもを不必要に動揺させずにすみます。

とても感受性の強い子ども時代を送り、のちに児童文学作家になって国際アンデルセン賞に輝いた児童文学作家エリナー・ファージョンは、ファージョン自伝―わたしの子供時代の中で、子どものころの自分について、こう描写しています。

けれども、わたしなりに幼いころの自分を描写しようとしてみると、このようになる。

夢見がちで、臆病で、病弱、涙もろく、痛々しいほどのはにかみ屋で、感じやすく、食いしん坊で、外からのどんな力にも規制されずに生きている少女。

…家の外に飛び出してみたいと思ったことはなかった。わたしにとって大切なことは皆家のなかに十分あったからだ。家のなかでは、のびのびと自然にしていることができた。

でも、よその家に行くと自分をとても意識してしまうので、どこにも行かずにすむならそれにこしたことはないと思っていたし、知っている人とすれちがったりしても、自分の存在が目にとまらなければいいがと願ってしまうような子だった。(p280)

彼女は、とても敏感で内気、そして はにかみ屋の女の子だったことがわかります。外の世界に出ていくのはとても慎重でしたが、家の中という比喩的な「ベビーサークル」ではのびのびと過ごすことができました。

子どもがこんな性格だと、今の社会では内気すぎるとか、過保護すぎる、と言われるかもしれません。もしも男の子だったらなおさら風当たりが強いでしょう。エレイン・アーロンも、ひといちばい敏感な子 でこう書いています。

子どもが生きていく社会では、敏感さはあまり尊重されません。

特に男の子は、痛みや批判、刺激、他の人の感情に敏感であることが周囲に分かってしまうと、生きづらくなります。

敏感さを好意的に見られた時でさえ、心の中では、「自分のような人間は、この世に不向きだ」と感じ取っています。(p170)

 ファージョン自伝―わたしの子供時代によると、エリナー・ファージョンも同様に、敏感すぎることで生きづらさを感じていたようです。

でも、この敏感な女の子は障害があったわけでも、甘やかされすぎていたわけでもありません。彼女はのちに立派な成長して、世界的な児童文学作家になりました。

そうなれたのは、子どものころ、比喩的な「ベビーサークル」のような温かい家庭に守られ、繊細さを尊重してもらえたことで、その感性をのびのびと伸ばすことができたからでした。

その意味で子供部屋はけっして完璧なエデンの園であったたとは言えないが、ある種、温室のようなところではあったろう。

温かい感情の行き交うその空気を何度も何度も胸いっぱいに吸い込むことで、わたしたちは外の世界から守られていたのだ。(p302)

HSPの子どもの敏感な性質に配慮して、その子を守ってあげることは、決して甘やかしや過保護ではありません。もしそれが間違った育て方だったなら、今ごろエリナー・ファージョンの心温まる児童文学が、世界中で愛されているはずがありません。

エレイン・アーロンが ひといちばい敏感な子 で述べるとおり、HSPの子の敏感さに配慮するのは、甘やかしで過保護でもなく、その子ならではの必要を満たしてあげる、というごく当たり前のことです。

HSCは、空腹、疲労、恥ずかしさやイライラなど、不快な状況や圧倒された状況にいると、すぐに不安定になり、自制心を失い、言うことを聞けなくなります。

そのような事態を避けることは「甘やかし」ではなく、子どもが必要としていることを、あらかじめ満たすということです。(p191)

体の大きな子には余裕のある大きい服が必要ですし、背の高い子には袖の長い服が必要です。どんな子どもにも当てはまる万能の子育て方法などなく、子どもの必要は一人ひとり違います。

子ども一人ひとりに対して、それぞれ異なるその子ならではのニーズを満たしてあげることこそが、本当の公平な扱い方なのです。

発達障がいの人が知っておきたい「多様性」とは何か「本当の公平」とは何か
学習障がいや発達障がいの人が、多様性や公平さについて考えることで、どのように見方が広がるか、という点をLD教授上野一彦先生の本をヒントに考えてみました。

2.空気を読みすぎて話せなくなることがある

他人の気持ちを察知すると、HSCは無意識にその人のことを最優先に考え、その人も自分も傷つかないように振る舞うことがあります。

…子どもが相手の好きにさせ、自分はじっと耐えているような時は、おそらく、相手の痛みや切実な要求、怒りや意見に反応するよりも、そうして流しているほうが楽だと思っているのでしょう。(p98)

 HSPの子どもは、大人しく人見知りが激しいことがよくあります。家の中ではのびのびしていても、ひとたび外の世界に出ると、言いたいことをうまく言えず、口下手で、引っ込み思案になってしまうかもしれません。

うまく会話ができないと、医者から緘黙症と診断されたり、コミュニケーション障害のレッテルを貼られたりしてしまうかもしれませんが、実際には背後に敏感さが関係しています。

HSPの子は、周りの人の気持ちを人いちばい敏感に察知してしまいます。そのせいで、何かしゃべる前に、こんなことを言ったらどう思われるだろうか、この話題はこの場の空気に適切だろうか、とまず考え、それからようやく話し始めます。

しばしば空気が読めないと言われてしまう自閉症スペクトラムの子たちは、周りの反応にかかわらず、自分の興味のある話題を一方的に話し続けることが多いですが、HSPの子の場合はその逆だと考えるとわかりやすいかもしれません。

自分の言いたいことを主張するには、ある程度空気を読まずに大胆になることが必要ですが、HSPの子は空気を読みすぎてしまうがゆえに話せなくなってしまいます。

アーロン先生が書いていたように、「他人の気持ちを察知すると、HSCは無意識にその人のことを最優先に考え」がちです。「相手の好きにさせ、自分はじっと耐え」るかもしれません。空気を読みすぎ、相手に合わせすぎているのです。

 エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたによると、エリナーは、他の人の相談に乗るのが得意な聞き上手でしたが、しばしば自分を犠牲にしすぎるところがありました。

ひじょうに大勢の友人たちが、エリナーが彼らの個人的な問題に心も魂も傾けて一緒に考えてくれるので、自分こそエリナーにもっとも愛されている友人だという幻想で、幸福感にひたっているのであった。

…そういう感情的な打ち解けた心と心の交わりの後で、エリナーの親友は精神的に回復して去っていくが、エリナーは体の力をすっかり消耗してそこから解放されるのがつねであった。(p270)

彼女は、自分でもこの性格を自覚していたようで、30歳ごろに、おそらく自分を投影したと思われるこんな詩を書いたそうです。

彼女には人が求める姿の他
自分の姿はなく
人は同情を求めて
彼女の許にやって来る
繰り返しやって来る
傷つき疲れた人に
心を惜しむ術を彼女は知らず
人が他人のために耐える苦しみは
すべて彼女のものとなる (p104)

自分の姿を失い、透明になってまで周りの空気に合わせ、他の人に感情移入してしまうという、エリナー・ファージョンの言葉に思わずうなずくHSPの人は少なくないでしょう。

HSPの子が「空気を読みすぎる」ようになってしまうのは、もともとの敏感さだけでなく、生育環境も関係しています。

エリナー・ファージョンは、幸せな両親のもとで育ったとはいえ、父親が晩年、病気のせいで癇癪がちだったために、家庭内は緊張していました。それで「不安な気持ちから、不必要なまでに愛想よく振舞うようになった」のではないか、とされています。(p56)

両親の板挟み(ダブルバインド)になるなど、自分の気持ちを自由に表現できない環境で育った場合は、この空気を読みすぎる傾向があまりに強くなり、過剰同調性という問題を抱えかねません。

空気を読みすぎて疲れ果てる人たち「過剰同調性」とは何か
空気を読みすぎる、気を遣いすぎる、周囲に自分を合わせすぎる、そのような「過剰同調性」のため疲れ果ててしまう人がいます。「よい子」の生活は慢性疲労症候群や線維筋痛症の素因にもなると言

とはいえ、 ひといちばい敏感な子 に書かれているように、たいていのHSPの子の場合はそこまでは至らず、あまり親しくない人の前では緘黙ぎみになっても、親や、親しい友だちの前ではリラックスして話せるでしょう。

HSCは、大抵はのびのびしていて、よく知っている人となら積極的に関われる普通の子どもです。人の話を聞くことや自分を表現することも、わけなくできます。

確かにストレスを受けると、動転して何もできなくなることはありますが、機嫌がよく、親しみやすく、好奇心旺盛で、自分に誇りを持っている子どもの姿を、あなたは見てきているはずです。そのことを忘れないでください。(p68)

HSPの子どもが内気すぎるとか、コミュニケーション障害がある、とみなす外部の人たちは、その子の一面しか見ずに判断してしまっています。

親は、わが子が家の中ではリラックスしていて、「よく知っている人となら積極的に関われる普通の子ども」だと知っているはずですから、いわれのない無神経な非難から、子どもを守ってあげることができます。

何より、適切に空気を読んで配慮できる能力は、バランスの取り方を覚えれば、大人になってからとても役立つスキルです。エリナー・ファージョンも、その鋭い共感力を、短所ではなく長所として活かし、豊かな人間関係を築きました。

3.集団行動は苦手、少人数が得意

HSCは、一見順応性が低いようですが、実際は人一倍順応しようとしています。

新しい状況では穏やかに過ごせず、予想外のことが起こると圧倒されたり、怖がったりしますが、一方で、順応しないとどうなるかも分かるため、なるべく柔軟に動こうとします。(p56)

HSPの子どもは空気を読みすぎてしまうために、あまり知らない人と過ごすのが苦手です。しかし、学校に行き始めると、どうしても知らない人たちの中で長い時間を過ごさなければならなくなります。

今の社会では、集団行動に馴染めないというと、すぐに空気が読めないとか、コミュニケーション障害とか、発達障害といったレッテルを貼られてしまいがちです。しかし、空気を読みすぎるあまり集団行動が苦手な子たちもいます。

空気を読みすぎるあまり集団行動が苦手、とはどういう意味でしょうか。場の空気を読んで適切に振る舞えるなら、むしろ集団行動が得意なのではないでしょうか。

これは、Wi-Fiの電波に例えてみるとわかりやすいかもしれません。わたしたち人間が空気を読むことができるのは、脳にミラーニューロンシステムという能力が存在しているからです。

このシステムは、周りの人の動きを真似たり、心を読んだりするためのものですが、興味深いことに身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法では「神経Wi-Fi」と呼ばれています。

ある書き手は、ミラーニューロンを「神経Wi-Fi」になぞらえた。

私たちは他者の動きだけではなく、他者の情動的な状態や意図までも捕捉するのだ。

人々は互いに同調しているときには、同じように格好で立っていたり座っていたりすることが多いし、声も同じリズムになりがちだ。(p99)

アスペルガー症候群など、自閉症スペクトラムの子は、この「神経Wi-Fi」の働きが弱いことがわかっています。言わば、周りの人が発信している感情や場の雰囲気といった電波を受信するのが難しいのです。

他方、以前の記事で書いたように、HSPの人たちは「神経Wi-Fi」働きが逆に強いことが研究によってわかっています。だから、周りの人の感情や場の空気を敏感に察知できます。

しかし、文字通りのWi-Fiの場合、電子レンジの近くで使うと電波が途切れますし、あまりに周りに電波が多いところに行くと干渉が生じて通信が遅くなったり、ときには受信できなくなったります。

同様に、HSPの子の神経Wi-Fiも、圧倒されてしまうことがあります。同じ本が続けて述べるように、ミラーニューロンシステムが強いと、他者のネガティブな感情にも強く影響されます。

だがミラーニューロンのせいで、私たちは他者のマイナス面の影響も受けやすい。

だから私たちは、他者の怒りには激怒で応じ、彼らの抑うつ状態に引きずられて気分が落ち込む。(p99-100)

学校で先生が激しく怒ったら、感受性の強い子は、ちょうど電子レンジのそばのWi-Fiのように圧倒されすぎて、空気を読み取る力が途切れてしまいます。これは専門的に言えば、解離と呼ばれる現象です。

他方、集団行動の場のように、あまりに周りに人が多いときもまた、HSPの子の神経Wi-Fiは速度が低下してしまいます。

神経Wi-Fiというのはそもそも、目の前の相手に同調するための機能ですが、同じ部屋に20人も30人もいたら、一人ひとりから受け取る情報の総和がキャパシティをオーバーして混乱してしまうでしょう。

先程出てきた作家のエリナー・ファージョンは、ファージョン自伝―わたしの子供時代で、子どものときの経験についてこう述べています。

わたしはパーティーではいつも人見知りしてしまった。

…今度のパーティーではちゃんと楽しく過ごして帰ることができるだろうか、といつも気をもむような女の子だった。

パーティーに行くまでの時間をわくわくしながら楽しむことができないのはもうわかりきってた。パーティーとなるといつもお腹が痛くなってしまうのだ。(p377)

圧倒されるような大きな見知らぬ部屋のなかに、知らない人たちがごった返していて、わたしはただママにぴったりとくっついているしかなかった。(p382)

彼女は、普段はとてもコミュニケーション力の高い子でしたが、その強すぎる感受性のゆえに、人の大勢いるパーティーでは、過負荷がかかってしまって、普段通りに振る舞えなくなってしまいました。

エレイン・アーロンも ひといちばい敏感な子 で同様の点をこう書いています。

大抵のHSCは、騒々しい音楽のレストランや、にぎやかな誕生パーティー、動きの速いチーム競技への参加、教室など皆が注目する中での発言が苦手です。(p38)

HSPの子は、空気を読みすぎてしまう感受性の強さゆえに、過剰な負荷がかかるパーティーや学校のような場は苦手です。家に帰ってくるころには疲れ果ててしまい、冷静さを失ってしまっていることもあります。

親にとってもどかしいのは、このタイプの子どもたちは、家の外ではしっかりしているのに、帰ってくると、ちょっとしたことでも八つ当たりしたり泣いたりすることです。

これは、社会に適応するため必死で変化に対応しているからです。家庭ではその負担から解放されたと感じるのでしょう。(p56)

外ではとてもお利口さんなのに、家ではわがままだ、という場合、親は戸惑ってしまうかもしれませんが、背後にHSPの敏感さが関係していることを知っていれば子どもの行動を理解できます。

家の中で素の自分を出せるのだとすれば、それは安心してリラックスできているからだ、ということを覚えておくといいかもしれません。

HSPの子は、大勢の集団行動より、おもに静かな場所での1対1の付き合いや、少人数でのコミュニケーションに真価を発揮できます。

しかし、ギターの調弦をしてほしい、パーティーで配る記念品を決めてほしいといった場面では、最強の助っ人になります。

気転の利いた言葉遊びや、チェスなど結果を予測して微妙な違いを察知する能力が求められるゲームも得意です。(p38)

HSCは、1対1の関係が得意で、普通はひとりの親友がいれば、社会的にも感情面でもじゅうぶん幸せになれます。でも、そのひとりは不可欠です。(p414)

休日は大勢で集まるイベントを企画するよりも、少数の仲のいい友だちと遊んだり、親子でゆっくり過ごせるように配慮してあげると、子どもは充実した交流を楽しめることでしょう。

4.緊張しやすさと豊かな感性は隣り合わせ

ささいなことに気づく性質は、スポーツ、芸術の他、学校でも(先生の望むことを察知することを含め)役に立ちますが、プレッシャーや過剰な刺激で疲労するなど、興奮し過ぎた状態では、この鋭い察知力も当然ながら消えてしまいます。

これはどんな神経システムにもいえることです。過剰な負荷状態になることがあるのです。(p432)

とても感受性が強いということは、とりもなおさず、過負荷になりやすい、ということでもあります。「プレッシャーや過剰な刺激で疲労するなど、興奮し過ぎた状態」では、「過剰な負荷状態になる」とエレイン・アーロンは書いています。

これは先ほどちらっと触れた解離によるシャットダウン現象のことです。解離とはいわば神経系のブレーカーであり、過剰な負荷がかかると、ブレーカーが落ちて、感覚や思考がシャットダウンされてしまいます。

HSPの子は、人前で何かを披露したり、先生に授業で指されたりすると、激しく緊張してしまい、しどろもどろになってしまいがちです。パニックになったり、何も考えられなくなったり、泣き出してしまったりすることもあります。

普段はじっくり考えて深い意見を持っているのに、先生に当てられた途端、頭が真っ白になって何も言えなくなってしまうかもしれません。人前で恥ずかしい経験をしてしまうと、トラウマになってしまうこともあります。

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これらはいずれも軽度の解離現象ですが、人前で緊張して頭が真っ白になりやすいのは、デメリットばかりではありません。

エリナー・ファージョンは、 ファージョン自伝―わたしの子供時代の中で、子どものころ、人前で詩の暗唱をさせられたとき、頭が真っ白になってしまい、とても恥ずかしい思いをした、という経験について書いています。

「紅茶を一ポンド分……」言葉はここでつかえ、わたしは立ち往生してしまった。

誰かが言った。「あの子、セリフを忘れちゃったんだわ。かわいそうに」

涙がどっとあふれ出てきた。磨き上げられた床の上を、襟もとの鎖をチリンチリン鳴らしながらすべるように走ると、わたしはママのスカートの裾のなかに飛び込んでしゃくり上げた。(p390)

でも、その後、祖父の自伝を読んでいて、子どものころ、まったく自分と同じような経験をしていたことを知りました。

自叙伝のなかで、おじいちゃんはこう書いている。幼かったころ、七月四日の独立記念日に劇場で「星条旗よ永遠なれ」を歌わなければならないことがあった。

ところが、「おお、君見るや―」のところまできたとき、歌詞を度忘れしてしまったのだそうだ。

頭のなかは空っぽで、まるでわたしが、パーティーのとき「紅茶を一ポンド分」の詩を忘れてしまったときのような状態で、もう一度最初からやり直してはまた忘れ、やがて観客が不満気な声を上げはじめると、舞台の袖で見ていたお母さんのところに走って行って、腕のなかに飛び込み、わあわあ泣いてしまったのだそうだ―まるでわたしみたいに。

その少年が、後に歴史に残る大変な名優になるとは、いったい誰が予見したことだろう!(p479)

この緊張のあまり頭が真っ白になった少年は、のちに名優ジョゼフ・ジェファーソンになりました。そしてやはり緊張のあまり頭が真っ白になった孫娘もまた、のちに世界的文学作家になりました。これは偶然でしょうか。

さらに面白いことに、エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたの著者、エリナーの姪のアナベル・ファージョンも世代を超えて似たような体験をしていました。

彼女は9歳のとき、伯母エリナーの自伝のとある恥ずかしい失敗談のエピソードを読んで「自分のために書かれたに違いないと確信」しました。この感受性の強い血筋の一家は、世代を越えて似かよった経験を繰り返していたのです。(p26)

わたしたちの世の中では、緊張しやすさというのは弱点だとみなされますが、そもそも緊張しやすさが、遺伝的な感受性の強さから来ていることを知れば話は変わってきます。

感受性が強すぎると、すぐ緊張して頭が真っ白になる解離が起こりますが、感受性が強いことは長所でもあります。俳優や作家といった芸術的な職業は、感受性の強い人でないとなれないからです。

エレイン・アーロンがひといちばい敏感な子 で書いているように、感受性が強く緊張しやすいことは厄介に思えるかもしれませんが、実はさまざまな可能性を秘めた長所でもあるのです。これもまたメリットとデメリットのパッケージです。

厄介だと思う時もあるかもしれません。でも、子どもの厄介な気質は、木々を剪定するように、手をかけ、しかるべき方向に伸ばしてやれば、素晴らしい実をつけます。

感情表現が強くなければ、人の心を揺さぶるオペラ歌手にはなりませんし、順応性が高い発明家はいません(不便なものに順応できないから、発明をしようと思うのです)。

気が散るからこそ、他の人の気づかないことに気づき、偉大な発見が生まれます。

一流アスリートで活動性の低い人はいないでしょう。(p337)

 HSPの子は確かに不安が強く、緊張しやすいかもしれませんが、以前の記事で考えたように、緊張しやすい人には緊張しやすいなりの処世術があります。

不安を感じやすい人の場合、あらかじめ徹底的に対策する防衛的悲観主義(DP)という戦略を身につけることで、そうでない人と同じほど高いパフォーマンスを発揮できることが研究でわかっています。

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5.メディアの生々しいシーンに注意

HSCの親は、この感情反応と共感力の強さがどのようなものか、すでに目にしていると思います。

物事の一つひとつを深く感じ取り、涙もろく、人の心を読むことにたけていて、完璧主義で、ささいな間違いにも強く反応します。

学校の友達や家族、初めて会った人まで、個人のストレスによく気づきます。

時には動物の気持ちにも共感して、小さな子ヒツジがラム・チョップになるとか、ホッキョクグマの子どもが温暖化のためにおぼれて死んでしまうことを知って心を痛めます。(p430)

HSPの子は、まわりの人の感情を想像する能力がとても高いため、空気を読みすぎてしまうことがありますが、日常の他のさまざまな場面でも、強く感情移入する傾向があります。

初めて会った人や見知らぬ人の気持ちを察知したり、動物の気持ちになって考えたり、ときには無生物にすら感情移入していまいます。

前に書いたように、感受性の強かったオリヴァー・サックスは、子どものころ、化学元素まで擬人化して、彼らの気持ちを想像していました。

少年は空想の友だちに支えられて絶望を乗り越え、作家オリヴァー・サックスになった
オリヴァー・サックスの少年時代の自伝「タングステンおじさん」に描かれた、一風変わった空想の友だちとの不思議な出会いの物語

この感情移入の強さは、周りの人の必要を敏感に察知できるという点では役立ちますが、テレビなどで見聞きする悲惨なニュースにも逐一感情移入しすぎて動揺してしまう危険をはらんでいます。

 ファージョン自伝―わたしの子供時代によると、エリナー・ファージョンの母(俳優だった祖父の家系)は、やはり人いちばい敏感で感情移入しすぎるところがありました。

殺人事件が起こると、ママは犯人の処刑の日時を知らないように努力した。

もしも知ってしまったようなときには、前の日の晩にベッドのなかでぱっちりと目をさまし、処刑を宣告された犯人への同情のあまり気分が悪くなるか、眠っても悪い夢を見るかしたものだ。(p267)

その娘だったエリナー自身もまた、幼いころから、見知らぬ人にまで感情移入して泣いてしまうような女の子でした。

ママがあるダンス曲を弾いたとき、わたしはいままでとはちがった理由でも涙が出ることをはじめて知った。

「ママ、それはなんという曲?」
「ウェーバーの最後のワルツよ」

あっという間に涙で目が曇った。音楽がとてもすてきだったからではなく(その曲がいいと思ったかどうかも定かではない)、それがウェーバーの、最後のワルツだったからであった。

それじゃ、ウェーバーさんは死んじゃったのね。かわいそうなウェーバーさん。どんな人なのかも知らないのに、わたしは彼が死んだからと言って泣いた。人は誰でもいつかは死んでしまうのだ……。(p220-221)

見知らぬ人にも、動物にも感情移入して、悲しくなったり恐ろしくなったりしてしまうHSPの子どもにとって、この世の中は恐ろしいニュースや映像で満ち満ちています。

テレビを見ているだけで、あるいはちょっとインターネットをサーフィンしているだけで、恐ろしい画像や刺激の強すぎる表現が飛び込んできて、心をかき乱されかねません

そうした刺激的な宣伝や、どぎつい画像、悲惨なニュースなどは、人類の大多数を占める非HSP、つまり敏感でない人たちに訴えかけるために作られたものなので、もっと感受性の強いHSPの子は必要以上に感情をかき乱されてしまいます。

親が配慮して、できる限りそうした刺激を遠ざけてあげたいところですが、エレイン・アーロンは、ひといちばい敏感な子 で、もはやそうした危険は避けられないと述べます。

HSCは、小説や映画、テレビ番組の怖いシーンや悲しいシーンが苦手です。

でも、非HSCには、こういったシーンに何ら抵抗がなく、面白いからと喜ぶ子も多いので、メディアの流す番組には、あなたの子どもには苦手なシーンが多く含まれています。

子どもを守りたいという気持ちもあるかもしれませんが、いずれ学校や友達の家で、このようなシーンを目にすることになるでしょう。

それに『バンビ』や『くるみ割り人形』のような子どもに見せたい映画の中にも、残虐なシーンは出てきます。(p270)

生々しいニュースや映像や画像は、あまりに世の中に氾濫しすぎているので、親が子どもをその影響から守りきることは不可能です。

それよりも、時間をとって子どもにリスクについて教え、見るに堪えない、あるいは聞くに堪えないようにものからは、逃げてもいい、ということを教えておく必要があります。

今の世の中では、刺激の強いものから逃げる人は臆病だとか、わがままだとか、腰抜けだとかからかわれますが、それはあくまで、鈍感な人たちの価値観であることを子どもに伝えましょう。

受け入れられないものから逃げるのは臆病なことではなく、自分の意志で判断できる勇敢さのしるしだということを繰り返し伝えてください。

たとえば、問題となる状況は、学校の授業で直面するかもしれません

エステルは、マリアが敏感さゆえに「嫌だ」と言う権利を尊重しました。

小学生の時には、授業で動物が屠殺される映画を見せられ、マリアは気が動転して教室から出ていってしまったことがありました。

担任の先生は困っていましたが、エステルはマリアに、「あなたは間違っていない、そんなひどいものを見る必要はないから」と味方になりました。

こういったことが何度かあって、エステルはマリアを私立の学校に行かせることにしました。

そこでマリアの資質が花開き、卒業生総代になり、ハーバード大学への入学を勧められたのです。(p78)

わたしの子どものころもそうでしたが、日本の学校では、道徳の教育の一環として、生々しい戦争記録映画を見せられたり、残酷なシーンの入った「教育的な」映像を見せられることがあります。

学校側の言い分としては、歴史の悲惨な事実を目に焼き付けることで教訓を学べるのだ、と主張するかもしれませんが、HSPの敏感な子どもは、たとえそうした生々しい映像を見せられなくても、日々の体験を通して、健全な道徳観を身につけられます。

子ども時代に触れる生々しい映像や物語は、敏感な子どもに深刻な影響をもたらすおそれがあります。

過去をきちんと過去にする:EMDRのテクニックでトラウマから自由になる方法によると、アーロンという男性は、ずっと強制収容所体験の残酷な記憶のフラッシュバックに苦しめられていました。(p133)

しかし彼は一度もそんな体験をしたことがありません。あまりに奇妙なので、前世の記憶ではないか、と考えていたほどです。

トラウマ治療を始めると、意外な事実が明らかになります。強制収容所の記憶は、彼自身ではなく、伯父の体験だったのです。幼いころに伯父から生々しい体験を繰り返し聞かされたことで「代理トラウマ」を負っていたことがわかりました。

感受性の強い子どもは、他の人の体験を自分のことにようにありありと感じることができます。強い共感力と感情移入を発揮し、物語に没頭しやすいHSPの子どもが、鬼気迫る生々しい残酷な映像や話にどう反応するかは、説明するまでもないでしょう。

あまりに強い共感力は、他人のトラウマを自分のトラウマのように処理するのです。脳はそれが自分の体験か、他人の体験かを区別しません。代理トラウマのPTSDは、自分のトラウマと同じほど「本格的なPTSD」を引き起こすことが知られています。(p134)

刺激の強い映像は恐怖に訴えかけるだけであり、本当の道徳教育にはなりません。ひといちばい敏感な子 でエレイン・アーロンが語っているように、道徳とは、恐れや痛みに支配されることからではなく、じっくり思考して意味を考えることから生まれるものだからです。

私は子どもの頃、一度だけ叩かれたことをよく覚えています。

ただ怖くて、情けなかった記憶しかなく、それによってモラルを学んだとか、何かを教えられた、発見した記憶はありません。(p185)

学校というシステムそのものが、わたしたちの社会の大多数を占める非HSPの人たちの手で作られたものであり、何もかも教師の言いなりになる必要はない、ということを、敏感な子どもは、あらかじめ知っておく必要があります。

自分の意見を主張することはわがままでも出過ぎたことでもなく、当然の権利である、ということを知っておかなければ、HSPの子は大人になっても延々と苦労することになります。

嫌なことには、はっきり勇気をもってノーと言えるようになれば、過剰同調性にも陥らずにすむでしょう。

「どうして◯◯させないのですか?」
次の言葉をいつでも言えるようにしておきましょう。

「うちの子はそんなことは望みません」「それは子どものためになりません」「うちの子には効果がありません」

それ以上の説明や行動は必要ありません。「私は私」ときっぱり境界線を引きましょう。(p210)

口で「ノー」と言えなければ身体が「ノー」と言うようになる― 抑圧された感情が招く難病と慢性疾患
ガンや自己免疫疾患、慢性疲労症候群(CFS)を含む多くの難病は、突然発症するのではなく、子どものころから抑圧してきた感情が関係している。患者の気持ちに配慮しつつ、ガボール・マテ博士

子どものころ感受性がとても強かったエリナー・ファージョンは、自分の意見に合わないことには、はっきりとノーと言う大切さをしっかり学んで大人になったようです。

姪のアナベル・ファージョンによる伝記エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたには、こう書かれていました。

エリナーは幼いときから、自分自身の意見をみだりに変えないのがいい、ということをちゃんと知っていたのである。(p194)

この伝記を読むと、大人になったエリナーは、相手の気持ちに こまやかに配慮し、敬意を払いつつも、自分の意見をはっきりと主張できる女性だったことがよくわかります。

6.学校では優等生、だからこそ気をつけたい

多くのHSCは、「家にいた時は幸せだった。親は優しくしてくれた。でも、学校は地獄だった。いまだにその傷が残っている」と言います。

…HSCにとって学校が地獄である理由に、まず刺激が多すぎることが挙げられます。生徒の80パーセントは非HSCですし、大きな声が飛び交う狭い教室で、長い一日を過ごさなくてはなりません。

…HSCは、自分やクラス全体が強く叱られたり、罰を受けたりすると、そのメッセージの強さに押しつぶされてしまいます。(p342)

今考えたように、学校とは基本的に非HSPの人たちからなる、非HSPの子どもたちのための教育機関です。HSPの子どもたちにとっては、非常にストレスが大きいので、おそらく学校で心に何らかの傷を負わないHSPの子は一人もいないのではないかと思います。

将来やがて、非HSPが8割を占める社会に出ていかねばならないことを考えれば、学校生活を通して対応を身に着けておくことはある程度必要でしょう。先ほど書いたように、なんでも先生や友だちの言いなりになるのではなく、はっきりノーと言える訓練をしておけば、社会に出てからも生きやすくなるでしょう。

HSPの子は、おしなべて学校生活に多かれ少なかれ苦労するものですが、たいていの場合、成績優秀な優等生タイプが多いようです。

大抵勉強が好きで、成績もよく、先生にも気に入られる優等生です。みんなから慕われ、リーダーになる子もいます。

そうでなくても、ひとりの友達と深くつきあったり、少数の仲間と楽しく過ごしたりします。(p340-341)

優等生の子は一見問題がないので、教師からも親からも順調だと思われがちですが、大きな落とし穴があります。

HSPの子が成績優秀なのは、すでに考えたように人いちばい頑張って順応しようとするからです。緊張しやすく、不安も強いため、先生から怒られるようなことはまずしません。

でも、そのために、無理をして、いつも神経を張り詰めさせて努力しているかもしれません。

一般的に、HSCには優等生が多いものです。時にはいい子過ぎる子もいます。例えば、試験勉強や宿題に時間をかけ過ぎる、つまり先生が求める以上に、また同じようなよい成績の子がしている以上に、時間をかけて勉強することがあります。(p363)

大半のHSCにとっての障害は、刺激の受けすぎがプレッシャーとなって失敗し、そのためのケアがなされず、ひどく傷ついてしまったこと、そしてそれ以来、「これ以上、批判されたり、恥ずかしい思いをしたくない」と自分を守るようになってしまったことでしょう。(p366)

「これ以上、批判されたり、恥ずかしい思いをしたくない」という思いから、ほかの子以上に無理をして勉強に励み、先生に怒られない完璧な優等生であろう、と努力した結果、成績優秀になっている場合は、とても危険です。

心身に過負荷がかかり、どこかで燃え尽きて、不登校になったり、慢性疲労症候群になったりしてしまうリスクがあります。

刺激があり、強い不安を感じる環境では、社交能力、学習、運動能力が充分に発揮できなくなります。不登校になることもあります。

子どもはうまくやりたいと思っているのですが、体がついていけなくなるのです。(p343)

このブログで何度も取り上げている、子どもの慢性疲労症候群(CCFS)は、おそらくHSPの子がそうした不安に追い立てられて睡眠時間を削ってまで無理をしすぎた結果、発症するケースが少なくないように思われます。この病気が、別名「学校過労死」と呼ばれていることからもそれがわかります。

子どものCFS研究の原点「学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているか」
不登校は、「生き方の選択」「学校嫌い」「心の未熟さ」「能力の欠如」「根性が足りない」「親の育て方のせい」なのでしょうか。医学の進歩は、子どもや親に原因を求める伝統的な考え方について

HSPの子の親は、子どもが余裕を持って学校に通えているのか、それとも見かけ上優等生でも、心身ともに疲弊しているか、注意深く観察して気づいてあげることが必要です。

前述のとおり、HSPの子どもは、過剰な負荷がかかると解離を起こしやすいので、親が解離の兆候をあらかじめ知っておくと、危険を察知しやすいかもしれません。

解離が学べる絵本「私の中のすべての色たち」―逆境を生き抜く勇敢で創造的な子どもたち
解離につい学べる絵本「私の中のすべての色たち」から、解離した子どもたちが勇敢で強いといえるのはなぜか、解離と創造性はどうつながっているのか考えました。

もし、過剰な負荷がかかっているようなら、エレイン・アーロンが書いているように「自分自身のペースで生活すること、バランスの取れた人生を送ることの大切さ」を繰り返し教えてあげることが求められます。(p363)

しかし、親のサポートにも限界があり、子どもの受けるストレスをカバーしきれないかもしれません。もしも、体に不調が現れ始め、不登校に追い込まれそうなら、子どもとよく話し合った上で、学校に行く以外の選択肢を考慮するべきでしょう。

今通っている学校環境が、子どもの体によくない、なじめない、先生との相性が合わないのに変更してもらえない、からかわれたりいじめられたりしているのに、学校は対処してくれない……。

理由がどうであれ、ホームエデュケーションのほうがいいと思ったら、周囲の反対に遭ってもあきらめないでください。これは他人の意見を聞いて決める問題ではありません。(p345)

エレイン・アーロンが述べているように、親が子どもだったころとは違って、今の時代では、学校に通う以外の選択肢がたくさんあります。

ホームエデュケーションから高卒認定試験を目指したり、フリースクールに通ったり、通信制の学校を活用したりすれば、子どもを学校過労死から守りつつ、教育を両立させることは可能です。

普通の学校に通わないと、ちゃんとした教育が受けられず、まともな大人になれないのではないか、と心配する親族や教育関係者がいるかもしれませんが、そうとは限りません。

HSPの子どもは、緊張しストレスのかかる学校よりも、落ち着いて安心できる家のほうがパフォーマンスを発揮できることを考えれば、学校に行かないほうが長期的にはプラスに働く可能性さえあります。

したくないことをさせられることが、一時的、あるいは慢性的な刺激の原因になることもあります。

HSCの中には、過剰な刺激を受けると、ひきこもる、気が散る、ぼんやりする、忘れっぽくなる、やる気がなくなるなどの症状を見せる子がいます。

不安、抑うつ状態、臆病になる子もいます。泣いたりイライラしたりといった強い感情を見せる子もいます。

ADHDのように、落ち着きがなくなったり、注意散漫になったり、時には攻撃的になる子もいます。でも、いずれの場合も、刺激がなくなれば、元の状態に戻ります。(p413)

これらの症状のうち、「過剰な刺激を受けると、ひきこもる、気が散る、ぼんやりする、忘れっぽくなる、やる気がなくなるなどの症状」が解離の兆候であり、気づかれにくいため特に注意が必要です。

もし学校という環境からくるストレスのせいで、このような症状が引き起こされている場合、かえって環境を変えたほうが勉強に集中できるでしょう。

むろん、ホームエデュケーションを含め、どのような選択肢を選ぶかは子どもとよく話し合った上で判断すべきです。

子どもの健康や将来に関わる重大な問題である以上、第三者の意見に惑わされず、親子で真剣に時間を取ってメリット・デメリットを考えましょう。

学校に行かなければまともな大人になれないという世間一般の思い込みとは裏腹に、エジソンをはじめ、学校に行かないことで成功したと思われる偉人たちもいます。

今回紹介している ファージョン自伝―わたしの子供時代の著者エリナー・ファージョンは、一度も学校に行ったことがありませんでした。

学校生活を一日たりとも送ったことがないわたしは、家庭教師に教わったこともほとんどなかった。

…字の稽古はおもしろいものではなかったし、読んでも涙が出ないときまっている本など、わたしにはどうしてもぴんとこなかった(涙がでるほどに感動的な本ならば、わたしは喜んで泣いただろうに)。

王様と女王様の生没年を暗記する作業にいたっては、不謹慎かもしれないがむだなことにしかおもえなかった。(p287)

しかし彼女は、学校で教えられるよりもはるかに高度な文章能力や知識を家庭で身に着けました。

ミルトン先生が教育を牛耳っている一方で、わたしはひとりで読書をし、作品を書きつづけた。

パパの膨大な蔵書のなかを探検したり、ほかの兄弟たちと同じように、マーブルペーパーの表紙の帳面に書き物をしたりする時間は、ミルトン先生と過ごす退屈な時間とは比べものにならないほど大切だったのである。

この帳面には、完成したのもあれば途中で終わっているのもある。物語や詩、絵、脚本などがいっぱいに書きつけてあった。(p288)

彼女は後年、学校に行かなかったせいで、自分には法則性が身につかなかったと述べていますが、そのおかげで枠にとらわれない素晴らしい作品を創作しつづけられたのかもしれません。(p605-606)

やはり内気で繊細で空想的な子ども時代を送ったアガサ・クリスティーも、正規の学校教育は受けず、ホームエデュケーションで育ちましたが、稀代の推理小説作家へと成長したのはよく知られているとおりです。

ピーターラビットで有名なビアトリクス・ポターも繊細で感受性の強い女性でしたが、家庭教育で育ち一度も学校に行きませんでした。しかし、生物や環境保護については学者顔負けの知識を持っていて、何よりとてもユニークで創造的でした。

以前の記事で考えましたが、子どもの頃は創造的でも、大人になるにつれて それが失われていくという通説には、学校教育の影響が絡んでいる可能性があります。学校教育は、先生の教えに疑わず従うという能力を伸ばすともに、創造性のような自由さを矯めてしまうのかもしれません。

脳はどこから「もうひとつの世界」を創るのか―創造的な作家たちの内なる他者を探る
創造的な作家たちが思いつくアイデアは、「内なる声」の聴覚イメージや、「内なる別世界」の視覚イメージに支えられている、という点を脳科学の観点から考えてみました。

エリナー・ファージョンは、生涯、子どものための物語を書き続けた作家ですが、 エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたによれば、特定の年齢の子ども向けの本に寄稿してほしいと言われたとき、きっぱりこう断ったそうです。

今日の教育の考え方は、この十一歳という年齢で(当時中等学校進学適性試験であるイレブン・プラスの試験が盛んだった)、全員に同じ知的能力を要求して、彼らを押しつぶしてしまい、その後長年にわたって、優れたものと劣ったものとにランクづけしてしまうのです。

実際、子どもはみな一人ひとり違っていて、意識し始めた瞬間から、緊張や自意識を感じることなく、一人ひとり固有な成長をする必要があるということを、認めないのです。(p321)

彼女の言葉は、HSPの子に適した教育環境とはどんなものかをはっきり教えてくれます。親は、子ども一人ひとりのニーズを考慮して望ましい教育環境を整えてあげなければなりません。

HSPの子どもを持つ親は、世間一般の常識にとらわれない見方をする必要があるでしょう。HSPの子どもは世の中の大多数とは違うのですから、世の中の常識を鵜呑みにするわけにはいきません。

エレイン・アーロンがひといちばい敏感な子 で書いているように、「他とは違う子の親になるなら、他とは違う親になる覚悟がなくてはなりません」

私は、息子がHSCだと分かる前から、ずっと「他の子と違う」と思っていました。

息子は敏感で、驚くほど創造性があり、新しい環境には慎重で、周囲のことで傷つきやすく、荒っぽい遊びや運動を好まず、喜怒哀楽が激しいところがありました。

ある意味では育てにくい子でしたが、考えようによっては育てやすい子だったともいえます。そして、いつも独りぼっちで目立っていました。

私は、「はじめに」で紹介したフレーズを座右の銘にしました。

「他とは違う子の親になるなら、他とは違う親になる覚悟がなくてはなりません」(p40)

7.ストレスが原因不明の症状として現れやすい

HSCの場合、強く反応していても、多くは外に大々的に出すよりも、胃痛や不安といった形で自分の内に出すので、一見、感情が激しくないように見えます。

でも注意していれば、このような内側の反応に気づくことは難しくありません。(p55)

今しがた慢性疲労症候群について触れましたが、HSPの子どもは、さまざまなストレスが原因不明の症状として体に現れる心身症を抱えやすいようです。

例えば、長引く慢性疲労のほか、偏頭痛や、全身の変動する痛みを特徴とする若年性線維筋痛症(JFM)があります。

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また立ちくらみや疲れやすさを伴う起立性調節障害などの低血圧関連疾患、心因性発熱、過敏性腸症候群や食欲不振のような胃腸の不具合など、全身さまざまな症状が現れる可能性があります。

エリナー・ファージョンもファージョン自伝―わたしの子供時代で、こう書いていました。

頭痛のしなかった日、安らかにぐっすり眠れた日。そんな日をわたしは一日たりとも憶えていない。(p279)

汽車の旅というのは、心をわずらわされることが多いものである。

ママとはぐれて迷子になってしまうのではないかと心配したり、パパがポーターにたいして興奮したりいらだったりしているのにやきもきしたり、耳のなかが痛くなったり、わたしたちの乗る汽車がくる前に、特急列車が通過してしまってがっかりしたり、プラットホームで感じるこのような興奮と不安から、いつも気持ちが悪くなるほどの激しい頭痛が起きた。(p284)

こうしたさまざまな身体性の症状が現れた場合、病院に行くと検査をされるでしょうが、多くは「異常なし」で終わるでしょう。そのため、医者や親族や教師から、怠け病や仮病だとみなされて傷つく子も少なくありません。

病院の検査では原因不明で終わってしまうかもしれませんが、この場合も、背後に人いちばい強い敏感さがある、ということを親と子どもが理解していれば、気持ちの上でも違いますし、対策もまったく変わってきます。

専門的に言えば、この種の体調不良は、条件付け反射が深く関わっているものだと考えられます。

条件付け反射とは、有名なパブロフの犬のことです。パブロフの犬は、エサをもらうときにベルを鳴らすという経験を繰り返すうちに、ベルを鳴らしただけでヨダレが出るという身体反応が生じるようになりました。

HSPの子の多種多様な心身症も、これと同じ原理が働いていて、学校や日常生活の中で慢性的に感じている何らかのストレス刺激と、特定の身体症状とか条件付けされているのでしょう。

エリナー・ファージョンが汽車に乗るたびに激しい頭痛が起きたりするのも、条件付け反応によって起こるさまざまな身体症状のひとつだったのかもしれません。

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HSPの子が生活の中で感じる慢性的なストレスにはさまざまなものがあります。他の人が気にも留めないような明るさや騒音に、神経が過敏に反応しているのかもしれませんし、空気を読みすぎる傾向のせいで、家庭のちょっとした問題が増幅されてしまっているのかもしれません。

ひといちばい敏感な子 にはこうあります。

HSPやHSCは、家族の中で「認定患者」になりがちです。

無意識のうちに、敏感な人には何かしら悪いところがあって、そうでない人は誰も欠点がないかのように感じているところが多々あります。

あるいは、「この子がこんなに内気じゃなかったら……」「この子が花火を好きだったら……」などと事あるごとに批判や非難を受け、家族のストレスのはけ口になってしまうこともあります。

また、シンデレラのように、「あの子は弱虫だから、みんなからいいように使われて当然よ」と、都合よく使われる存在になっている場合もあります。(p166)

子どもが原因不明の身体症状を訴えると、ふつうはその子の体そのものを検査し、治療しようとするものです。けれども、問題の原因が敏感さにあるのだとすれば、まったく違うアプローチが必要です。

HSPの子の体は、あたかも鏡のように、周囲のものを忠実に反映します。例えば鏡に散らかったゴミがたくさん映っているのが見えるとしたら、汚れているのは鏡そのものなのでしょうか。いいえ。汚れているのは部屋の中であり、鏡はそれを映しているにすぎません。

HSPの子が原因不明の身体症状を訴えるとき、原因が必ずしもその子の体や心そのものにある、と考えるのではなく、何か外部のストレスや混乱を敏感に反映しているのではないか、と周りを見回してみることが大切です。

HSPの子どもにとって、何がストレスになるかは一人ひとり異なります。精神的なストレスかもしれませんし、光や音や臭いのように知覚過敏からくるストレスかもしれません。

どちらのタイプのストレスも、過敏な神経を興奮させ、かき乱すという点では同じなので、症状から原因を突き止めることは困難です。

子ども自身も、自分が何のストレスによって身体の不調を抱えているか、はっきりと気づけていないことがほとんどでしょう。本当は別のところに原因があるのに、目先の何かが原因だと思いこんでしまっていることもあります。

本当は、環境由来のストレスのせいで体調を崩しているのもかかわらず、誤って自分の欠点や失敗が原因だと思い込み、自信を喪失してしまう基本的帰属錯誤に陥る危険もあります。

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「病気になった人が悪い」という考え方について基本的帰属錯誤の観点から考えます。

親にできるのは、子どもとよくコミュニケーションし、じっくり観察することです。子どもの声に毎日しっかり耳を傾け、様子を観察していれば、やがてストレスの原因が見えてくるでしょう。

理由がわかったなら、創意工夫を働かせてストレスをできるだけ遠ざけてあげることができます。

HSPやADHDの子にとって、ごく当たり前の日常生活からくる刺激でも過剰すぎる場合があることは、以下の記事に詳しく書きました。

感受性が強いあなたに自然が必要な5つの科学的根拠―都市や学校の過剰なストレスを癒やすには?
わたしたちがごく当たり前だと感じている都市生活が、脳に慢性的な負荷をかけているといえる5つの理由を紹介し、大自然との触れ合いがストレスを癒やし、トラウマを回復させる理由を考察しまし
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線維筋痛症に極度の明るさ過敏「眼球使用困難症候群」が伴いやすいという記事をきっかけに、さまざまなタイプの感覚過敏の原因とメカニズムを考察してみました。 、

エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたによれば、エリナー・ファージョンは、大人になってから、自分なりのライフスタイルを構築して、うまく体調管理していたようです。

たとえば、 午前中はベッドで過ごすことにしていましたし、家の中では服を着ない主義でした。もしかすると皮膚が敏感だったのかもしれません。(p147,180,182,269)

どちらも当時の社会ではあまり良く思われない習慣だったかもしれませんが、彼女は一般的な習慣より、自分の体調に合ったライフスタイルのほうを優先しました。無理をして収入のいい仕事に就こうとはせず、自由の利く職業で生計を立てました。

8.自立するのに時間がかかっても

HSCの「準備」には、時間がかかります。これは印象だけではなく、研究結果からもいえることです。仕事に就くのも遅くなります。

一方で、HSPの女性は若いうちに結婚してもうまくいかず、夫が生涯のパートナーでなかったと気づく傾向があると報告されています(できればそういったことが減っていけばいいのですが)。(p400)

HSPの子は独り立ちするのに時間がかかります。

最初のほうで出てきたHSPの男の子エミリオを覚えていますか。ベビーサークルの中から出るのに時間がかかった、繊細で慎重な男の子です。

HSPの慎重さは、赤ちゃんのときだけでなく、大人になっても変わりません。おそらく一生変わらないでしょう。

以前の記事でみたとおり、慎重さを生むセロトニントランスポーター遺伝子の組み合わせは、HSPをもたらす遺伝的要素の中核だと思われます。

ちょうどエミリオがなかなかベビーサークルから出られなかったように、HSPの子は青年期に差し掛かっても、自立していくのに他の子たちよりも時間がかかると言われています。

HSCが自立に時間がかかるのには、背景がいくつかあります。

まず、非HSPが優遇される社会で、「自分は少数派としてやっていくんだ」という自信を築いている途中のケース、また非HSPのように生きていこうとしたもののうまくいかず、新たな道を模索しているケース、その他、選択肢をよく検討し、先に進んだらどうなるかまで予測できるため、行動を起こすのをためらっているケースもあります。(p400)

なかなか大人になりきれずモラトリアム人間として過ごしたり、自立するのに時間がかかったりするのは、あまり良くないことと見なされがちですが、慎重であることは、敏感さと同様、メリットもデメリットもある中立的な特性の一つです。

HSPの子は、慎重であるがゆえに、思春期に多くの子が抱えやすい問題に陥りにくいと言われています、

お酒に酩酊したり、タバコを吸ったり、薬物に走ったり、事故に遭ったり、望まない妊娠をしたり、性感染症にかかったりする危険が、全くないとは言わないものの、普通の子たちよりも少ないようです。

HSPでない人は、それほど周りを気にせず、思ったとおりに行動しますが、HSPは生まれつきよく気がつき、深く考えてから行動をします。

そのため、大人も子どもも共感力があり、聡明で直観が鋭く、創造性が豊かで、思慮深く慎重な傾向があります。

間違ったことをするとどうなるかがよく分かるので、行動を慎むのです。(p37)

しかしその慎重さゆえに、なかなか一歩を踏み出せず、社会に出ていくのが遅れてしまうこともあります。

それでも、ベビーサークルを弟に譲ったエミリオのように、時間はかかっても着実に進歩していけるのがHSPなので、親は焦らずせっつかず、本人のペースをできるだけ尊重してあげるといいでしょう。

海で泳ぐとき、いきなりザブンと飛び込む子もいれば、恐る恐るちょっとずつ足をつけて入っていく子もいます。でもどっちも、やがて泳ぎだすことには変わりありません。

子どものころのエリナー・ファージョン(ネリー)はどっちだったのでしょうか。ファージョン自伝―わたしの子供時代からみてみましょう。

「わたし、今日こそはきっと海に入るの」

毎日、ママはネリーの服を脱がし、海水着を着せてくれる。

そして、毎日ネリーは、いちばん下の段が、緑色をした海水の下に見えなくなっている移動更衣車の階段の上に立つやいなや、恐ろしさのあまり金切り声を上げてしまうのだった。

まだ階段の上に立って、緑色の海水に浸した自分の足が透けて見えているというのに、もう悲鳴を上げてママにしがみつき、出してちょうだいと喘ぐのである。そうすると、ママはすぐにネリーを引き上げてくれた。

「どうしてその子を海に入れないの?」マリー・バーンズおばさんは、いらいらするとばかりにたずねた。

「怖がっていることを無理にさせたくないのよ」と、ママは答えた。(p227)

まるで、さっきのエミリオのエピソードと瓜二つです。エミリオのお母さんと同じく、エリナー・ファージョンのお母さんも、賢明にも幼いエリナー(ネリー)を無理やり海に入れるようにというおばさんの声には従いませんでした。

ではこの子はどうなったのでしょう。

ある日、ネリーは叫び声を上げる前に階段を二段おりることができた。またある日は、海に入って砂の上に立っていた。

海はネリーの頭のところまではこなかったし、のみこみもしなかった。すてき、すてき。

ママとハリーがネリーの手をとり、輪になって「リング・ア・リング・ア・ロージー」を歌って遊んでくれた。(p228)

時間はかかりましたが、彼女は最終的にちゃんと海に入ることができました。未知の海原への大きな一歩を踏み出せたのです。

この女の子の繊細で慎重な性格は、10代になっても、20代になっても変わりませんでした。

「賢い」子であったかもしれないが、ちっとも世間なれはしていなかった。

想像の世界ではどんなに前向きに生きていたにしても、社会的にはわたしの進歩はカタツムリのように遅々としたものだった。(p280)

わたしには自信というものがなく、書くこと以外には自分の足場がなかった。

それなのに、どうしても、どうしても、わたしは仕事を敢行することができなかったのだ。

自分には書くことができるとわたしは信じていた―実際にペンをとることさえできたならば。(p594)

エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたによれば、彼女はまた、未発表のまま終わった手記「思い出の記」の中でこう書いていたそうです。

24歳になって、私はまだ家族の羽根の下に抱かれて、この内なる夢の世界に道草をくっていたのが、今になってわかる。

現実が働きかけてくるまでは消極的で、こちらから出かけていって、人生を捕まえようとしないーD・H・ロレンスが私を叱った怠慢のひとつだった。

私は三十歳近くになってもまだ人生と正面から四つに組んでいなかった。恋に落ちそうなとき、そして子供を産める可能性もあったとき、私は逃げ出して隠れてしまった。

自分の人間らしい憧れについては無知だったし、おおぜいの人の中にいて、鋭敏で傷つきやすい内気な自分を乗り越えて、個人としての人格を持とうという意識がなかったのだ。(p78)

彼女は、子ども時代の自分の進歩をカタツムリにたとえています。HSPの子は慎重なので、社会に踏み出すときもカタツムリのように徐々に少しずつ前進するかもしれません。けれども着実に前進することは確かです。

恋においても奥手でした。内気で傷つきやすく、慎重だったので、なかなか自分を表現することができませんでした。空想の世界に引きこもりすぎて、現実の恋愛のためのエネルギーが残っていなかったとも書かれています。(p51)

いざ仕事に就こうというときも、やっぱり彼女は慎重でした。でも、自分はきっと書くことができると信じていて、確かにそのとおりになりました。彼女が有名になったのは40歳ごろでしたが、たとえ遅咲きでも着実に前進していったのです。

なかなか自立できず、社会に出られず、恋愛も仕事もうまくいかなかったら、親も子ども本人も、しだいに不安になったり、焦ったりするかもしれません。

しかし、それもまた敏感な性質からくる慎重さであり、カタツムリのようでも必ず前進していけるのだ、ということを知っていれば、無神経な人たちがとやかく言ってくる外野の声にかき乱されずにすむでしょう。

年齢によって敏感さが変わる?
先ほど引用した文中で、エレイン・アーロンはこんなことを言っていました。

一方で、HSPの女性は若いうちに結婚してもうまくいかず、夫が生涯のパートナーでなかったと気づく傾向があると報告されています(できればそういったことが減っていけばいいのですが)。(p400)

HSPの子は基本的に慎重ですが、若い時期によく考えず衝動的な決定をしてしまい、後で後悔してしまうことがあります。

アーロン先生によれば、わたしたちはみな、HSPであるかそうでないかにかかわらず、思春期から20代はじめごろの若い時期は、刺激を求める傾向が強くなるといいます。

敏感な特性が最も強く現れるのは、小児期と20代後半以降で、その間の10代半ばから20代前半は、この気質が最も現れにくい時期であることが研究で分かっています。

その証拠に、HSCも10代になると、騒がしい音楽が好きになり、勉強中でもにぎやかな曲を聴く子が多くなります。

でも、そのような傾向も長くは続かず、30歳までには、また静けさを好むようになります。(p379)

敏感で慎重なHSPの子の場合も、この時期は比較的敏感さが和らぎ、刺激を求める傾向が強くなります。

10代半ばから20代前半にかけて敏感さが和らぐことは、思い切って社会に出ていくのに役立つかもしれませんが、衝動的な決定をしてしまうリスクもまた高まります。

すでに書いたとおり、HSPの子は、問題行動に陥る可能性が低いとはいえ、この10代半ばから20代前半の時期は、浅はかに結婚相手を選んでしまうなど、刺激を求めるあまり後悔するような決定を下してしまうかもしれません。

しかし、アーロン先生が述べるように、HSPの子が刺激を求めるようになるのは一時的で「そのような傾向も長くは続かず、30歳までには、また静けさを好むようになります」

興味深いことに、NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方によれば、とても敏感な感性をもっていた詩人のウィリアム・ワーズワースは、若い頃、一時的に都市の刺激的な生活に惹かれましたが、後に静かな自然の中での生活を好むようになりました。

若きワーズワースは都市から興奮と斬新なアイディアを得ていたが、のちに都市の風景は幻滅と停滞、すなわち「野蛮ともいうべき無感動の状態」を体現しているにすぎないと考えるようになった。

人の創造力をかきたてるどころか、騒音や薄汚い埃が人の夢を、少なくとも自分の夢をかき消している。と。(p231-232)

ワーズワースは「自身の精神の安定が自然と密接な関係にあること」を発見し、スコットランド全土を散策しながら詩を詠むようになり、自分の感性をうまく生かす方法を見つけることができました。(p229)

HSPの子は自立が遅いと言われますが、あえて10代半ばから20代前半の衝動性が高まる時期に大事な決定を下さず、20代後半になるまで待ったほうが、後悔のない賢い選択ができるかもしれません。

HSPの子を持つ親は、こうした敏感さの変動を心に留めた上で、長期的な視野を持って、子どもの成長を見守ることができます。

パレットに並んだ絵の具のような色とりどりの個性

この記事ではHSPの子どもが敏感さゆえに抱えやすい、8つの特徴について考えてきました。

HSPの子どもは、その生まれ持った敏感さゆえに、ある程度 共通した特徴を持っています。7割は内向的ですし、たいてい慎重だったり繊細だったりします。

それでも、エレイン・アーロンはひといちばい敏感な子 に、はっきりこう書いています。

私の見てきたところでは、HSCに特によく見られる性格というものはありません。ただ通常よりも、人生経験の影響を受けやすいようです。(p58)

HSPの子どもに共通してよく見られるような性格はないのです。一人ひとり違っていて、色とりどりの個性を持っています。エレイン・アーロンはこの本の副題にこんなメッセージを掲げています。

子どもたちは、パレットに並んだ絵の具のように、さまざまな個性を持っている。

HSPの子の個性が色とりどりなのは、「通常よりも、人生経験の影響を受けやすい」ことも関係しているのでしょう。

先に述べたように、HSPの感受性の強さ、というのは、周囲の風景を映し出す鏡のようなものでした。

原因不明の体調不良が現れた場合、それは周囲の問題が映り込んでいるのかもしれない、と書きましたが、この鏡のような性質もまた、ネガティブな面だけでなくポジティブな面があります。

鏡にはあらゆるものが映り込みます。周囲の景色のあらゆる色が映り込みます。HSPの子どもは、その鏡のような感受性を活かして、成長してきた環境のあらゆる色を反映していきます。

他の子と全く同じ環境で育つ子は一人としていませんから、HSPの子の内なる鏡に映る景色も、一人ひとり必ず異なっています。そこに映っている色や景色は一人ひとり違うので、性格もまた、さまざまなのです。

アーロン先生はこの本で、同じ家庭で育ち、同じHSPとしての感受性の豊かさを持つきょうだいでさえ、一人ひとりぜんぜん違う、という例を紹介しています。

事あるごとに、「敏感すぎる」と言われてきましたが、それぞれ芸術に取り組み、自分の強い感受性を生かすすべを見つけ、実に個性豊かになりました。

最年長のアンは写真家で、新しい経験が大好きです。バイクを乗り回し、パラグライダーにも挑戦します。

真ん中のアンドリューは、慎重派で几帳面、細かいことにこだわる性格です。彼は精緻で丁寧なビジュアルアートを作り出す芸術家です。生まれた時からずっと、音と香りに敏感でした。

アンとアンドリューは、感情を表に出しませんが、末っ子のティナの感情表現は激しいです。幼い頃は、よくかんしゃくを起こし、10代では落ち込みやすく、沈みがちでした。

風邪を引くと、いつもこじらせて気管支炎や肺炎になり、医者の世話になっているような子でした。彼女の芸術の方法は詩の朗読です。(p48)

この三きょうだいは、三人とも性格も、興味も、特技も、どんな刺激に過敏かも違っていました。共通していたのは敏感さだけです。

今回の記事でたびたび引用したファージョン自伝―わたしの子供時代の作家エリナー・ファージョンも、4人きょうだいで、兄が1人、弟が2人いました。

いまのわたしから見れば、わたしたちは愛情にあふれて、「ユニーク」で、過剰なまでに繊細な、そして生まれ落ちたままのように奔放に育ち、それゆえに社会的に見ればやや内気ではあったけれども、いつもなにかに没頭していた集団、というように見える。(p303)

4人はみな、「過剰なまでに繊細」で「やや内気」でした。でも、四人の性格はまったく違っていました。

長男のハリーはとてもこだわりが強く、リーダーシップがあり、音楽の才能に秀でていました。妹のエリナーは、ハリーに付いて歩く受動的な子で、小説と詩の才能がありました。

次男のジョーは、必ず天国行きだと太鼓判を押されるほど純真で誰からも愛される男の子でした。でも末っ子のバーティは、どうすればこの子を地獄に行かないようにしてやれるかと皆が頭を悩ますほど激しいかんしゃく持ちでした。

みんながみんなパレットの絵の具のように色とりどりでしたが、みんな敏感で感受性が強いのは同じで、みんな健康に育ってそれぞれの分野で才能を開花させたのも同じでした。

ハリーは音楽家になり、エリナーは児童文学作家になり、ジョーは推理小説家になり、バーティは優れた批評家また演出家になりました。

このきょうだいは、みな、ただひとつの共通点、何でも映し出す内なる鏡を持って生まれてきました。そして、両親は、この子たちを育てるとき、ただひとつのことに注意しました。その繊細な鏡にヒビが入らないように守る、ということです。

その結果、子どもたちはみな、繊細な鏡を磨きに磨いたまま成長していくことができました。両親が用意してくれた養育環境のさまざまな美しい色を反映して、自分だけの人生を歩んでいくことができました。

エレイン・アーロンがひといちばい敏感な子 で書いているように、HSPの子どもたちは、ストレスに敏感ですが、同時に良い環境に恵まれたなら、それを人いちばい吸収して、自分のものにすることもできます。

HSCは周囲から、反応が強いとか、身体面でのストレスを受けやすい、内気、引込み思案、あるいは、抑うつや不安症に関係する遺伝子を持っていると評価されることが多いのですが、これらのいずれの面も、例えば良質の子育てを受けるなど、よい環境に置かれた場合には、他の子よりもプラスに作用します。

…敏感な子は、そうでない子に比べて悪い環境を吸収するだけではなく、よい環境をも人一倍吸収するのです。(p434)

この記事の最初に考えたように、個性豊かな子どもはHSPだけではありません。医学的には発達障害と呼ばれている自閉症スペクトラムやADHDの子どももそれぞれユニークな個性を秘めています。

何らかの医学的・心理学的な呼び名がついていようがなかろうが、子どもはみな個性的でその子だけのニーズを持っています。必要なのは、その子のニーズがどんなものかをしっかり見極め、その子だけの特別な親になってあげることです。

もし、子どもが人いちばい敏感で、HSPらしい特性を持っているとわかったなら、この記事で紹介したひといちばい敏感な子 はとても役に立ちます。この記事ではたった8つのポイントにまとめましたが、この本を読めばもっと多くのヒントが得られるでしょう。

具体例として何度も引き合いに出したファージョン自伝―わたしの子供時代も、繊細で感受性の強い作家エリナーが10代後半までの気持ちをつづっている、HSPの子ども視点の興味深い自伝なのでおすすめです。

この記事ではほとんど触れませんでしたが、子ども時代からの空想的な遊びのことがたくさん書かれていて、HSPの子どもの想像力の豊かさについて知ることもできる一冊です。

HSPの子どもを持つ親にとって、子育ては難しい仕事に思えるかもしれません。

しかし、HSPの敏感さがメリットとデメリットのパッケージであるように、HSPの子育てもまた、苦労だけでなく喜びや満足感がつまったパッケージなのです。

エレイン・アーロンは、この本で、その喜びと覚悟の両方を強調しています。最後にもう一度、ひといちばい敏感な子 から引用してこの記事を締めくくりたいと思います。

HSCを育てるのは大きな喜びです。

確かに、自分の子どもが「他の子と違う」ことには複雑な気持ちになるかもしれません。

でも、「他とは違う子の親になるなら、他とは違う親になる覚悟が必要です」。それがモットーであり、私の座右の銘です。

私は、自分の子どもがHSCだと分かる前から、この言葉を自分に言い聞かせてきました。皆さんもぜひ、そうしてください。(p26-27)

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