慢性疲労症候群を生き抜いたチャールズ・ダーウィンが遺してくれた研究と足跡に思うこと


ャールズ・ダーウィン。彼の名はおもに進化論によって知られています。世界中大勢の人たちが、日夜、彼の研究を引き合いに出し、その名を口にしています。

わたしはダーウィンが好きです。けれどもそれは、彼の特定の業績や、進化論の提唱者としての名声のためではありません。わたしが好きなのは、ダーウィンの人柄であり、ダーウィンの生き方です。

以前わたしは、さまざまなバイアスに注意したダーウィンの思考法に倣う、というテーマで記事を書いたことがありました。そこで書いたことは、今なお、わたしの思考の基礎をなしています。

ダーウィンも気をつけた「アインシュテルング効果」とは? 人は自分の意見の裏づけばかり探してしまう
自分の意見に固執して、他の人の新しい意見を無視してしまう傾向は「アインシュテルング効果」と呼ばれています。わたしたちが無意識のうちに自分の考えの裏付け証拠ばかり探していることや、ダ

わたしがダーウィンに注目するようになった理由のひとつは、わたしの敬愛する作家また医師であるオリヴァー・サックスが、チャールズ・ダーウィンの大ファンだったからです。

それとともに、もう一つの大きな理由は、ダーウィンが、わたしが学生時代以来抱えてきた慢性疲労症候群の当事者だったとされていることでした。

もちろんこれは死後診断ですが、ダーウィン自伝 (ちくま学芸文庫)によると、「いかなる内科医も器質的な原因を発見できなかったという事実」もあり、今日の慢性疲労症候群の病態にかなり近い症状に感じられます。(p335)

この記事では、わたしの個人的なダーウィンに対する思いをつづるとともに、慢性疲労症候群の当事者としてのダーウィンの足跡についても考えてみたいと思います。

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わたしが惹かれた「人間的な科学」

わたしがチャールズ・ダーウィンの生涯に興味を持ち、その自伝を読もうと考えたのは、わたしの敬愛する医師また作家のオリヴァー・サックスが、ダーウィンをこよなく愛していたからでした。

わたしはサックスの本が大好きで片っ端から読み尽くしてきましたが、どの本を読んでも、サックスは、ダーウィンに対するあふれる尊敬とあこがれを言い表しています。

わたしはそれまで、チャールズ・ダーウィンというと、進化論を提唱して、旧来の宗教観を打ち崩した人だと思っていました。いわば、理性的で冷徹な科学を象徴する人物のように感じていました。

わたしは科学的な思考はとても大事だと感じています。しかし、未知なるものを安易に「非科学的」だと切り捨てる狭量な科学者にはまったく共感できません。

このブログで扱ってきた話題のほとんど、たとえば原因不明の慢性疲労症候群や、解離性障害などは、そうした狭量な科学者や医学者から頭ごなしに退けられてきたものばかりだからです。

当事者が求めているのは芸術的な感性をもつ医者―鈍感な医者はもういらない
鈍感な医者が、いかにさまざまな害を患者にもたらすか、芸術的感性をもつ医者はどのように一人の人間としての尊厳を強めてくれるか、という点ほ考えました。

しかし、サックスの著作の中で描かれるダーウィンの姿は、それとはまったく異なっていました。サックスが敬愛するダーウィンは、好奇心に満ち溢れ、謙虚で、飽くなき熱意で真理を探究する博物学者でした。

ダーウィンはしばしば科学 対 宗教の論争における、科学側の英雄のような扱いをされていますが、サックスの著作から垣間見えるダーウィンの人柄は、まったくイメージとは違っていました。

たとえば、サックスが 色のない島へ: 脳神経科医のミクロネシア探訪記 (ハヤカワ文庫 NF 426)で引用しているところによると、ダーウィンはオーストラリアに旅行したとき、さまざまな不思議な動物を見つけてこう言います。

自分の想像力を超えたものを信じない人ならこう言うだろう。「二人の創造主が別々に仕事に励んだのに決まっている」と。(p267)

しかし、オーストラリアの巨大なアリジゴクの作る落とし穴が、ヨーロッパで観察したものとまったく同じ仕組みだと見て取ったときに、こう言いました。

もしも二人の創造主が別々に種を創造したとしたら、これほどまでに楽しく単純で芸術的な、しかもまったく同じ仕組みを作るだろうか。

そうは考えられない。したがってこの世界は確実に一人の創造主の手によって創られたのだ。(p267)

このエピソードは、わたしの中にあった、科学の旗手としての堅苦しいダーウィン像を打ち砕いてくれました。

ダーウィンという人物は、わたしがイメージしているより、ずっと複雑で豊かな内面をもった人物だったのではないか、と考え始めました。ちょうどオリヴァー・サックスがそうであるように、です。

そして、実際にダーウィンの自伝を読んでみたことで、わたしは彼の考え方に深く共感するようになりました。

それによれば、確かに彼は当事のキリスト教の伝統的価値観を妄信しませんでした。彼は「自分の信仰を放棄するのはとても不本意のことであった」と述べるほどキリスト教に愛着を持っていましたが、理性に基づく徹底的な熟慮に導かれて、宗教を退けました。(p103)

しかし、同時に、生涯のある時期には「人間とある程度似た知性的な心をもった第一原因」の存在を確信していました。それもまた、「感情にではなく理性に結びついた」論理的な熟考の結果でした。(p110)

のちに不可知論者となりましたが、それは、こうした深淵なテーマに結論を出せるほど、人間の心は偉大ではないという、謙虚な慎み深い判断によるものでした。(p111)

彼はいつも、伝統や常識、誇りや名誉におもねることなく、身の回りにあるものを偏見なくまっすぐ見つめ、あらゆる可能性を検討した上で、物事の本質をとらえようと努めた人でした。

宗教的か科学的かにかかわらず、「どんな仮説でも、たとえそれがとても気に入ったものでも、…事実がそれに反するということが証明されればすぐにそれを放棄するために、いつでも変わらず自分の心を自由にしておく」のがダーウィンの生き方でした。(p174)

ノーベル賞科学者が語る宗教という思考停止、科学という妄信―「神のせい」と「進化論」
ノーベル賞受賞者の益川敏英博士と山中伸弥博士の対談について書いた、『「大発見」の思考法 iPS細胞 vs. 素粒子』という本から、「神のせい」にするという短絡的な思考や、「科学」を

わたしはサックスの人柄に惹かれて彼の著作を読みふけりましたが、彼が愛したダーウィンにも、次第に心惹かれるようになりました。

かつては冷徹な科学の権威と思われたダーウィンでしたが、その素顔は、サックスが左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)で描写するような、人間味のある温かな科学者であったことを知りました。

ダーウィンの『ある幼児の記録』を読むと、科学と愛情が結びついているように感じる。

「科学者ダーウィン」と「父親ダーウィン」は別人ではなく、おなじダーウィンその人なのである。

これこそ、科学、人間的な科学の理想ではないか。(p259)

サックスは、この本の中で、人間味のある視点を排除した「純粋な客観的科学、ロボットをあつかうような科学」を批判しています。(p270)

人間性を排除した科学は、「パペトロジー(あやつり人形学)」であり、人間について研究しているようでいて、実際には、ただの人形、すなわちどこにも存在しない架空の何かを研究しているにすぎない、と彼は述べます。(p255)

患者たちの風変わりな、恐ろしくもある世界にはいりこまずにいるほうが安全なのだ。

「純粋な」医学においては、奥が深く、恐ろしい、実存的な問題はきれいさっぱり除外されてきた。

これは「安全」なことだったが、ある意味では死んだも同然だった。

経験から生まれる豊かな現象、健康なときとおなじく、病気から生じるさまざまな現象から切り離されることだったからである。(p250)

サックスは、そうした見せかけだけの科学や医学に「憤慨しかつ当惑し」たと包み隠さず明かしていますが、わたしもここ数年、さまざまな研究を調べるうちに、まったく同じ思いに至りました。(p258)

そんな人間味のない科学に失望したサックスに行くべき道筋を示してくれたのが、「人間的な科学」を追求した先人ダーウィンの足跡であり、やはり同じようにわたしを導いてくれたのが、サックスの背中でした。

ダーウィンに親近感を覚える理由

サックスとダーウィン両方の自伝を読むと、なぜサックスがダーウィンを敬愛し、わたしもまたサックスを敬愛しているかがよくわかります。

わたし自身をこの二人と並べて語るのは、たいへんおこがましいことですが、ダーウィンもサックスも、そしてわたしも、みな思考の方法がよく似ているように思います。

わたしは非常に物忘れがひどく、情報を正確に記憶するのが苦手ですが、そのぶん、とても広い範囲に目を向けることができます。わたしの思考は一箇所を鮮明に照らすスポットライトではなく広い範囲をほのかに照らすランタンです。

サックスとダーウィンの著書を読んだとき、二人が、わたしとまったく同じように感じていたのを知って、思わず笑ってしまいました。わたし以上に、わたしの頭の構造を的確に説明してくれたように思ったほどでした。

特に、ダーウィンが自伝に書いているこの言葉は、まるでわたし自身のために書かれたかのようにしっくりきます。

私の記憶力はぼんやりしているけれども範囲は広い。

その記憶力は、私が引きだしつつある結論に反する、あるいは逆にそれと一致する何かを、私が観察したり読んだりしたことがあるということを漠然と私に告げることによって、私を用心深くさせるのには たりている。

そしていっときとして、私はふつう、どこに私の出典を探すべきかを思いだすことができるのである。

わたしの文章を読んでくれる人の中には、さまざまな文献から引用しているので記憶力がいいのだろう、と誤解する人がときおりいますが、手品のタネがあるとすれば、まったくもってダーウィンが説明しているとおりです。

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書くことを愛し、独創的で、友を大切にして、患者の心に寄り添う感受性を持った人。2015年に82歳で亡くなった脳神経科医のオリヴァー・サックスの意外な素顔を、「道程 オリヴァー・サッ

わたしがダーウィンに対して、個人的に愛着を覚えるもう一つの理由は、冒頭に書いたように、彼が慢性疲労症候群と思しき体調不良を、生涯の半ばから40年近く抱えていたことです。

わたしとは発症年齢がかなり異なってはいますが、直感に基づく無責任な推論であることを承知で言えば、わたしと彼はほぼ同じ原因でこの病を抱えたのではないか、と感じています。

慢性疲労症候群にはさまざまな原因があり、症状も人それぞれですが、チャールズ・ダーウィンの症状については、自伝の中に、各方面の研究者たちによる分析が、少しだけ掲載されています。(p333-337)

まず、ダーウィンは一見すると若いころはすこぶる健康だったように思えますが、「健康の心配は、航海以前の若い時代にも、チャールズ・ダーウィンを困らせていた」ようで、成人してから突然発症した慢性疲労症候群ではなさそうです。(p334)

その原因については、五人ほどの専門家の意見が載せられていますが、みな内容はほぼ一致していました。ダーウィンの体調不良は、遺伝的な神経の不安定さと、幼少期の家庭環境からくる、抑圧、またヒステリーではないかとの意見でした。

これは、この自伝を読む以前に、わたしが、自身の慢性疲労症候群の原因を調べてきてたどりついていた結論とまったく同じです。

わたしが調べてきたことからすれば、彼らが述べている遺伝的な神経の不安定さとは感受性の強さのことです。

そのような感受性の強さという素因があるところに、幼少期の生育環境によってヒステリー、つまりの現在でいうところの解離が引き起こされ、慢性疲労につながった、ということになります。

興味深いことに、サックスとダーウィンの父親は共に医師でしたが、どちらも自伝によると、とてもこまやかな気配りができ、患者たちの必要を敏感に察する直感力を有していたと回想されています。

こうした感受性の強さを遺伝的に受け継いでいる人たちは、幼少期の体験によっては、強い解離傾向を獲得することがあります。

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先ほど見たサックスとダーウィン、そしてわたしに共通する物忘れのひどさは解離傾向の強い人に特有のもの、一種の解離性健忘です。

以前に書いたように、サックスはプレイフィールドに疎開していた時期の記憶が大きく欠落していました。

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ダーウィンもまた、自伝によると、8歳のときに死別した母親についての記憶がほとんど欠落しており、「ほとんど何も思い出せないのは、奇妙である」と書いています。(p16)

ダーウィンは「私の記憶力はある意味では非常に貧しく、一つの日付けや一行の詩さえも、数日以上はおぼえていられたことがない」と述べますが、わたしはそれがとてもよくわかります。何しろそのせいでこのブログを始めたのですから。(p173)

また以前の記事で書いたように、ダーウィンは、さまざまな知識を取り入れるとき、すぐに批判的になる「投影」ではなく、すぐに受け容れてしまう「取り入れ」の傾向が強かったようです。

相異なる葛藤を外部に投影する人に対し、内部に取り入れる人たちは、抑圧、そして解離を経験しやすくなります。

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ダーウィンの自伝にはまた、論理的な思考に終始するあまり、「私の心は、事実の大量の寄せ集めをつきくだいて一般法則をつくりだす一種の機械になってしまったように思える」という悩みが吐露されています。

そのせいで芸術にあまり心が動かされなくなり、感性が麻痺してしまった、といたく嘆いていますが、これは解離に特有の失感情症の症状です。(p172)

慢性疲労症候群の“最初の”当事者研究

こうして自伝で語られるダーウィンの人となりを分析してみると、彼は確かに、解離傾向の強いタイプの人だったようです。

先ほどの専門家たちによるダーウィンの体調不良についての解説は、フロイト的な心理学や精神分析の解説にとどまっていますが、近年の研究によれば、抑圧や解離はれっきとした生理学的な現象であることがわかってきています。

特に、解離の専門家のヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンが、解離に伴う慢性疲労のような身体症状を説明するにあたり、ダーウィンの著作に繰り返し触れているのは興味深いことです。

たとえば、解離と慢性疲労の研究において最も重要なのは、全身に凍りつき・麻痺症状を生じさせる背側迷走神経の役割ですが、ヴァン・デア・コークは、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ダーウィンが早くも1872年にそれを突き止めていたことを記しています。

ダーウィンは、私たちが今なお探究している体と脳のつながりについても書いている。強烈な情動には、心ばかりでなく消化管と心臓もかかわっている。

「心臓と消化管と脳は、人間と動物の両方で情動の表現と管理に関与する重要な神経である『肺胃』神経(今でいう「迷走神経」)を通じて、緊密に連絡を取り合っている。

心が激しく興奮すると、内臓の状態にたちまちその影響が出る。したがって、興奮しているときには、体のうちで最重要のこれら二つの器官の間には、相互の作用と反作用が多く起こる」

私は初めてこの一節に出合ったとき、しだいに興奮を深めながら読み返した。(p126)

このダーウィンの観察、すなわち、脳は「肺胃神経」を通じて、身体と緊密に連携をとっており、感情やストレスは内臓の反応として現れるという理解を、現代の神経科学によって説明したのが、スティーヴン・ポージズのポリヴェーガル理論です。

私たちが心搏変動の研究を始めた当時はメリーランド大学の研究者で、今はノースカロライナ大学に所属するスティーヴン・ポージズは、1994年、「多重迷走神経(ポリウェーガル)理論」を発表した。

この理論はダーウィンの所見を土台とし、そうした初期の洞察にその後140年間の科学的発見を加味したものだ

(「多重迷走神経」とは、ダーウィンの言う「肺胃神経」すなわち、脳、肺、心臓、胃、腸など、多数の器官をつなぐ、迷走神経の多くの枝を指す)。(p129)

ピーター・ラヴィーンもまた、身体に閉じ込められたトラウマ:の中で同様の点を書いています。

ダーウィンの言う“肺-胃神経”とは、ポージェスのポリウェーガル理論に記述された迷走神経に他ならない。

不動系を支配する原始的な(無髄の)迷走神経は、脳とほとんどの内臓を結ぶ。この巨大な神経はからだの中で二番目に大きい神経であり、その大きさは脊髄に相当する。

特に、この神経は主として胃腸系を支配し、摂食、消化、吸収、排泄に影響する。ダーウィンがはっきり認識していたように、心臓と肺にも大きく影響する。(p144)

以前にこのブログの記事で詳しく説明したとおり、ポリウェーガル理論は、解離とは何かを生物学的に理解するための最重要の手がかり、ロゼッタストーンでした。

この理論は、解離とは、不動系の迷走神経が引き起こす生物学的な現象であることを明らかにし、解離によって慢性疲労や慢性疼痛、呼吸器症状、胃腸症状といった身体症状が引き起こされるメカニズムを説明してくれました。

(背側迷走神経すなわち脳神経第X番の迷走神経についての生理学的な経路は、フランク・ネッター博士のイラストで概観できる。脳幹の後ろ側にある、顔やのどの筋肉と関係する疑核から、内臓までを行き巡っている様子がうかがえる)

だから君は慢性疲労に閉じ込められた―生きるエネルギーを枯渇させる解離そして不動状態
解離と慢性疲労は深く関係していて、不動系という生物学的メカニズムによって引き起こされているという点を、不登校や小児慢性疲労症候群の研究と比較しながら分析してみました。

身体はトラウマを記録するによれば、ダーウィンはまた、「今日ならPTSDと呼ばれるだろうものの起源について」動物行動学の観点から説明した先見的な考察を残している、とヴァン・デア・コークは書いています。(p125)

現在のトラウマ研究の理論は、イワン・パブロフの条件付け研究に多くを負っていますが、身体に閉じ込められたトラウマ:によると、彼が神学校を後にして生理学の道へと進むことを決めたのは、ダーウィンの著作を読んだのがきっかけだったそうです。(p290)

わたしは当事者として、心理学や精神医学などではなく、パブロフの動物行動学による条件付けの視点に根ざした解釈こそが、不登校の慢性疲労状態を的確に説明できていると感じています。

今日では、ダーウィンが経験したような子ども時代の逆境的経験が、その後の人生で慢性疲労症候群などの重大な疾患を引き起こすメカニズムがかなりの程度解明されつつあります。

ACE研究が明らかにした「小児期逆境後症候群」ーなぜ子ども時代の体験が脳の炎症や慢性疾患を引き起こすのか
17000人以上のデータから子ども時代の逆境体験と成人後の体調不良の関連性を導き出した画期的なACE研究の取り組みをもとに、幼少期の経験がわたしたちの一生にわたり、心身の健康にどん

このように、ダーウィンの先進的な洞察が、1世紀以上の時を経て、彼自身が抱えていた症状のメカニズムにせまる理論の基礎となったことを思うと、わたしは感動を覚えます。

ダーウィンは自伝の中で「ほとんどいつも、興奮、ひどい震え、それで起こる嘔吐の発作で悩まされた」と書いていますから、興奮が肺胃神経を通じて内臓に影響を及ぼすと書いたとき、自身の症状を念頭に置いていた可能性があります。(p143)

ある意味、ダーウィンは、わたしのような後世の同じ病気の当事者たちのために、先駆者として当事者研究を残してくれたようなものかもしれません。

現代の慢性疲労症候群の専門医たちが、ナイチンゲールやダーウィンをこの病気の当事者として挙げながらも、それらの人たちの洞察をつぶさに調べないのは不可思議に思えます。

かえってダーウィンの著作を念入りに検討し、その知恵を現代に引き継いだトラウマ専門医たちのほうが、慢性疲労のメカニズムを明快に説明できていることに、わたしはまったく驚きません。

オリヴァー・サックスは 左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で、プラトンが語り、モンテーニュによって引用された次の言葉を紹介しています。

真の医者になろうとする者は、なおそうと思うあらゆる病気や、診断しようとするあらゆる症状と、それに付随する症状を前もって経験しておかねばならぬ。(p14,251)

そしてまた、自身の体験を踏まえてこう書きました。

ほんとうに患者を理解するためには、自分自身で患者になり、しかも患者たちとすごしてみなくてはならないということだ。

患者の孤独を体験し、同時に患者という共同体の一員になってみなくてはならない。

彼らの複雑で奥深い感情、悲しみ、怒り、勇気、そういったさまざまな心模様を理解するには、患者になってみなくてはならないのだ。

たとえ単純で現実的な人たちについても同じである。どんな人でも患者になると、考えざるをえないからである。(p210)

患者としての経験のある医者と、そうでないものとでは無条件にちがう。私もようやくそれに気がついた。

これは、実際に生命体として病気になり死の淵をみて、はじめて理解できることなのである。(p251)

サックスが敬愛したチャールズ・ダーウィンは、医師の道には進みませんでしたが、聡明な博物学者であり、同時に40年近く慢性疲労症候群と闘病しつづけた当事者でした。

であれば、「実際に生命体として病気になり死の淵を」見たがゆえにたどりついた洞察が多々あるとしても何の不思議もありません。

ダーウィンが現代の解離と慢性疲労についての発見を一世紀以上先取りできたのは、彼の博物学者としての才能と、当事者としての経験からすれば必然のことだったのです。

「アイデンティティ」と「実存」の障害なのか

わたしは、慢性疲労症候群という病気は、ダーウィンのような当事者にしか解き明かし得ない特有の問題をはらんでいるのではないか、と考えています。

むろん、慢性疲労症候群には、さまざまな原因と種類があると思われますが、ここで言っているのは、ダーウィンやわたしの場合のような、身体的な解離症状と関係していると思しき慢性疲労についてです。

サックスは、当事者の主観を排除した客観的な研究にこだわっている医師たちには、決して理解することのできない病態があることを指摘しています。

彼らはそれ以上ふかく追求しない。システムの分析で満足していた。

私は困惑し憤慨した。

それにひきかえ、患者たちは「実存的な」経験をはっきり述べていた。

存在についての、身体自我についての破滅的な変化が、力強く生き生きと、しかし悲痛な表現で語られていた。

「本物ではない」「肉体ではない」「生きていない」「自分ではない」このような描写は、まさに存在の悪夢そのものではないか。

「アイデンティティ」と「実存」の完全な崩壊。

それにもかかわらず、レオンテフしザポロゼッツは「認識システム」などとくだらないことを論じているだけなのだ! (p264)

この説明は、そっくりそのまま、解離による慢性疲労症候群の病態に当てはまるのではないか、と思います。

わたし自身、慢性疲労症候群になって悩んだのは「アイデンティティ」や「実存」の問題でした。

病名・診断名にアイデンティティを求めないということ―慢性疲労症候群の場合
本来、病名は治療のための名札にすぎないはずですが、さんざん苦労を経験した末に診断された人の中には、病名にアイデンティティを求めてしまう人がいます。この記事では、慢性疲労症候群の場合

慢性疲労症候群の患者の中には、しばしば病名そのものがアイデンティティとなってしまう人がいますが、それは、もともとあるべきアイデンティティが消えているところへ、病名がすっぽり収まるからでしょう。

アイデンティティの問題というと、心理学的な現象のように思われがちですが、サックスがこの本の全編を通して詳述するように、実際には脳と身体の解離によって生じる神経学的なものです。

患者から医者にもどった私は…長期にわたり、数百人の患者たちについて調べたのである。

彼らはみな、ボディ・イメージ(身体像)とボディー・エゴ(身体自我)について奇妙な不調をかかえていた。

その原因は神経の障害にあって、私自身の不調と本質的に似たものだった。(p10)

固有知覚をつかさどる神経が麻痺すると、脳は身体の一部を感じ取れなくなります。身体を感じられないということは、自分の一部が存在していないかのように思える、ということです。

自分の身体が、「本物ではない」「肉体ではない」「生きていない」「自分ではない」ように感じられるという当事者の主観的な苦痛は、この種の神経と認知の解離症状です。

それは、サックスが表現していたように、「存在についての、身体自我についての破滅的な変化」であり、「存在の悪夢そのもの」であり、『「アイデンティティ」と「実存」の完全な崩壊』と呼べるほど耐えがたい苦痛です。

解離の専門家たちは、この苦痛を、あらゆるエネルギーが枯渇した、生ける屍のようなゾンビ状態だと表現していました。

なぜ耐えがたい恥は人を生ける屍にしてしまうのか―「公開羞恥刑」と解離の深いつながり
公衆の面前で恥をかかせるという刑罰「公開羞恥刑」。現代のいじめやSNSの炎上、子ども虐待などが、いかに公開羞恥刑のようにして人を辱め、その結果、被害者の心を殺害し、解離させてしまう

たとえば身体に閉じ込められたトラウマ:によると、「それは、まるで人間の活力の源泉が干上がってしまったかのようであり、まるで実存の中心が空虚であるかのようである」と表現されています。(p83)

この状態に陥った人たちは、エネルギーが文字通りなくなっているわけではありません。エネルギー生産そのものの障害はほとんど発見できません。

しかし、たとえ体内にエネルギーが存在していても、それを感じ、活用することができないなら、つまりエネルギーが認知から解離されてしまっているなら、あたかも生きながら死んでいるかのような「実存」の空虚に陥ります。

このような解離症状は、当事者たちの主観的な表現なくしては解明できません。サックスが書いていたように、ただ表面を見るだけの医師たちは「くだらないことを論じているだけ」で終わってしまいます。

もしも病気の本質が神経と認知の解離にあるのだとすれば、患者の主観的な体験に耳を傾けなければ、いつまでも問題のありかに気づけないということになります。

主観的な体験を手がかりに、客観的な研究をするという、当事者の視点と医師の視点の融合がなければ、この種の疾患、つまりサックスが「身体イメージ障害」と呼んでいるような、人間としての「実存」に関わる領域の疾患は解き明かし得ないのです。

この領域の病態を扱った本としては、わたしの知りうる範囲では、オリヴァー・サックスの左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)、ノーマン・ドイジの脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たちの幻肢痛に関する章、そして去年11月に発売されたばかりの本田 慎一郎先生の豚足に憑依された腕 - 高次脳機能障害の治療 -などがあります。

また、今月発売される予定の、 私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳も、おそらくこの領域の疾患について扱った書籍でしょう。

以前の記事で、一度この問題について詳しくまとめたことはありますが、さらに追求すべき分野として、ずっと気にかかってはいます。

鏡が怖い,映っているのが自分とは思えない―解離や幻肢は「バーチャルボディ」の障害だった
わたしたちの脳は「バーチャルボディー」と呼ばれる内なる地図を作り出しているという脳科学の発見から、解離性障害、幻肢痛、拒食症、慢性疼痛、体外離脱などの奇妙な症状を「身体イメージ障害

※追記:その後別の記事も書きました。

自分の身体が感じられない生ける屍になった人たちー感覚鈍麻とアイデンティティ喪失の神経科学
感覚過敏に比べて、あまり注目されず、深刻さが理解されにくい、感覚の鈍麻や麻痺、解離が引き起こすアイデンティティの障害について考察しました。

こうした本で紹介されている人たちは、見かけは健康で、器質的な異常もほとんど認められないのに、当人は想像を絶するほどの奇妙な苦しみを味わっている点で共通しています。

その耐えがたい苦痛にもかかわらず、詐病や気のせいと一蹴されがちですが、実際には心理的な思い込みではなく、サックスが述べていたボディイメージに関わる神経障害であり、本来あるべき自分の身体を認知できず、使用できない解離症状です。

これらの本の内容が、多くの症例研究から成り立っていることから明らかなように、この領域の疾患は、個々の患者の主観的な体験を集めて、解き明かしていくことが不可欠に思います。

チャールズ・ダーウィンは自伝に書いているように、当事の一般的な科学法則からの推測ではなく、多種多様な動植物の徹底的な観察を通して斬新な発見に至った博物学者でした。

私は、相当に成功した弁護士あるいは医師ならかならず持っている創案力と常識あるいは判断力とをとにかく分けてもらってはいるが、しかしそんなに高度にではないと信じている。

秤にかけてみて好ましいほうの側についていえば、私は、容易に見のがされてしまうような事物に気づいたり、それらを注意深く観察したりすることにかけては、世間なみの人たちよりすぐれていると思う。

私の勤勉さは、事実の観察および収集においてそうでありえたと同程度に大きいものであった。(p174)

オリヴァー・サックスもまた、 左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)で述べているように大勢の患者たちとの交流や観察を通して、当事者の真の姿を描き出した医師でした。

彼について気づいたことは、回復期の人たちすべてにいえることだった。彼らはみな、治療にあたっている医者たちよりはるかに賢明だった。

医者たち、すくなくとも急性の病気をあつかう病院の医者のなかには、患者は何もわかっていないと思っている者もいるらしい。

しかし、「何もわかっていない」人間などいるはずがない。

自分でそう思う者は別として、慢性病専門の病院で働いていると、おなじように患者たちを診ていても、彼らを尊敬するようになる。

彼らは人間としての基本的な知恵のほかに特別な「心の知恵」をもっているからである。(p209)

ダーウィンの著作と解離とを結びつけたヴァン・デア・コークもまたそうでした。

精神科医である彼が、一見まったく畑違いとも思えるチャールズ・ダーウィンの著作をつぶさに調べたのは「本物の教科書は一冊しかない、それは患者だ」という信念に導かれてのことでした。

自分の専門領域の知識だけでは、トラウマを負った当事者たちが語る主観的な体験の意味を解明できないと痛感した彼は、当事者たちの体験を導きとして、未知なる分野へと足を踏み入れるのをいとわなかったのです。

身体に刻まれた「発達性トラウマ」―幾多の診断名に覆い隠された真実を暴く
世界的なトラウマ研究の第一人者ベッセル・ヴァン・デア・コークによる「身体はトラウマを記録する」から、著者の人柄にも思いを馳せつつ、いかにして「発達性トラウマ」が発見されたのかという

当事者のあいまいな主観に耳を傾けなくとも、何もかも最新の科学的検査機器を使えば明らかにできると考えている医者や研究者は、 身体に閉じ込められたトラウマ:に書かれている次の記述について考えてみるべきです。

私たちは、内的経験から引きはがされ、からだを物体として、客観的で生物学的な集合体として見るようになった。

しかし、高名な物理学者エルヴィン・シュレーディンガーは、秀逸なエッセイ『生命とは何か』の中で、化学的な要素に還元することによって生命を説明することはできないと結論づけた。

有機体としての人体は、部品やぱねや歯車や軸を組み合わせれば機能する時計などとは違う。

シュレーディンガーによれば、生命は、逆説的なことに、物理学の法則に反することなく、物理学を超えていくのだ。

シュレーディンガーは、それがどのように起こりうるかを予測し、後に自己組織化システムと呼ばれることになるフィールドを予測した。(p339)

この自己組織化システムこそが、ダーウィンの自然選択を神経レベルに当てはめたエーデルマンの「神経ダーウィニズム」であり、わたしたちの身体が単なる有機体の集まりでありながら、自我とアイデンティティを生み出せる理由です。

なぜ「脳は空より広い」のか―実はコンピュータとは全然違う脳の神経ダーウィニズムの魅力に迫る
ジェラルド・エーデルマンの神経ダーウィニズム(神経細胞群選択説:TNGS)の観点から、脳がコンピュータとまったく異なるといえるのはなぜか、「私」という意識はどこから生じるのか、解離

生命が単純な元素から構成されているにもかかわらず、自然選択によって無限の多様性を獲得していくように、わたしたちの有機体としての脳もまた、化学的な部品の組み合わせでありながら神経細胞群選択によって無限の自己を生み出していくのです。

もしも、慢性疲労症候群が、単なる筋肉や骨格や血液のような表層の問題ではなく、極めて深い内奥の神経活動、すなわちアイデンティティや実存に関わる神経活動に源を発する病態なのだとすれば、単純に「化学的な要素に還元することによって…説明することはできない」でしょう。

内奥の主観的な感覚は、どれほど高度な医療機器であっても測定することはできず、それについて語れるのは、ただ当事者たる本人だけだからです。

だからわたしはダーウィンに出会った

残念ながら、ダーウィンが、慢性疲労症候群の当事者として、どのような闘病生活を送ったのかという記録は、ほとんど残されていません。

彼にとっては、自分の苦しみを延々と描写するより、その苦痛を忘れさせてくれる思索の世界に没頭するほうが幸福だったからかもしれません。

私の主なたのしみで、また唯一つの業は、生涯を通じて科学上の仕事であった。

このような仕事による興奮は時を忘れさせ、あるいは私の日々の不快さを遠くへおしやった。

だから、私のあまたの書物の刊行を除けば、私のそのほかの生活には、記録すべきことはなにもない。(p143-144 )

わたしも似たようなところがあって、これまで書いてきた文章や、創作してきた作品を除けば、「私のそのほかの生活には、記録すべきことはなにもない」と感じてしまいます。

わたしが常に何かを作っていないと落ち着かないのは、そうしている時間だけが、「時を忘れさせ、あるいは私の日々の不快さを遠くへ」押しやってくれるからです。

それ以外の、日常のささいなできごとには、何の意味もないように思えてしまいます。わたしが生きてきた証はすべて、わたしの作ってきたものの中に凝縮されているからであり、それ以上付け加えるものは何もありません。

特定の何かに熱中している時にのみ、生ける屍から、アイデンティティを有した一個人へと変貌できるのは、解離の特徴としてよくあることです。

ダーウィンもサックスも、愛する人たちとの交流を楽しみ、友情を大切にした人たちでした。わたしも友人と過ごす時間を切望していますが、半ばダーウィンが自伝で書いているのと似たような心境にあります。

私が若くて丈夫だったあいだは、人と非常に親しくつきあうことができたが、しかし後年には、たくさんの人たちになお非常に親愛な感情をもっていたにかかわらず、だれとも深くつきあう力を失ってしまった。

私のよい親友であるフッカーやハクスリーにたいしてさえも、以前ほど深くはつきあえなくなった。

思うに、私がかかる悲しむべき感情の喪失にしだいしだいにおかされていったのは、妻や子どもたち以外の人間と一時間も会って話をしているときまって消耗し、後でひどい苦しみが起こることが予期されたからであろう。

わたしはダーウィンと違って「若くて丈夫だったあいだ」というのがほぼ存在しないので、ダーウィンほどには「悲しむべき感情の喪失」は感じていません。

けれども、やりたいことが思うようにできないというもどかしさは、きっと共通のものでしょう。友人たちがわたしを気にかけてくれるのに、不義理にもそれに応じることができないような時は、ことさら残念に思います。

それでも、ダーウィンが述べる次の言葉には大いに共感しますし、励まされもします。

病身は私の生涯のあまたの年を台なしにしたけれども、それもまた社交や娯楽で気が散ることから私を救ってくれた。(p179)

わたしは思春期も青春もほとんど経験できませんでしたが、そのぶん、若者特有の悩みや葛藤も、あまり経験しませんでした。

ほとんどの人たちが、若さと体力に突き動かされて「社交や娯楽」で気が散ってしまうような歳月に、深く熟考したり、内的世界を表現したりする活動に没頭できたのは、貴重な財産だと思っています。

少なくとも、もしわたしがすこぶる強健だったなら、今ごろ、サックスやダーウィンのような素敵な過去の先人たちと出会うことはなかったでしょう。わたしは現実の人生と引き換えに、本の中の出会いや、空想の冒険を手にしてきたのかもしれません。

それはおそらく、かつてダーウィンが慢性疲労症候群との闘病で経験し、オリヴァー・サックスもまた病床で経験した冒険と同じものなのです。 左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)にこう書かれているように。

子供のころ、私は博物学者の話や科学探検物語がなにより好きだった

ダーウィンの『ビーグル号航海記』、ベイツの『アマゾン河の博物物語』。いつも、はるか遠くの地を探検したいと夢みていたものだ。

そしていま、グランドセントラル駅に近づいていく汽車のなかで私は気づいた。それは私自身がこれまでやってきたことではないか。これまで歩んできた道こそ探検の旅ではなかったか。

実際に旅をしたわけではないが、病院のなかで、はじめは患者として、それから医者として、私は居ながらにして、望むままはるか彼方まで旅をしていたのだ。(p273)

わたしもまた、気づかないうちに、わたしの大好きな先人たちがかつて旅をした未開の新天地を冒険していました。彼らほどに聡明でないとしても、数々の発見に心躍らせてきました。

病身は確かに、「私の生涯のあまたの年を台なしに」してきましたが、わたしと同じような経験をダーウィンが、そしてサックスが乗り越え、あれほどすばらしい思索を積み重ねた、ということほど励みになるものはほかにありません。

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子どもの慢性疲労