解離性同一性障害(DID)の手記「私の中のわたしたち」―創造的な生存戦略の凄絶な記録


私がそもそも自分の経験を書きたいと思ったのは、DIDと診断された人に、独りではないと思ってほしかったからであり、このDIDについてもっと知ってほしかったからだ。

DIDという創造的な方法でトラウマと生きてきたのは、本人の責任ではないことを知る必要がある。

…わけのわからない恐ろしい病気だと思われているDIDに、私は人間の顔を与えたい。…とくに私の場合は、有能で雄弁な女性がDIDによって生きのびたことを見てほしい。

私のようにDIDであるのに、あるいはDIDであったからこそ、成功した人はたくさんいる。(p13)

離性同一性障害(DID)。これは俗に多重人格として知られる医学的概念です。

嘆かわしいことに、解離性同一性障害ほど誤解されているものはほかにないでしょう。無神経な人たちがDIDを詐病とみなすのは日常茶飯ですし、軽々しく漫画や映画の題材にされることも少なくありません。

このブログの過去記事で詳しく扱ったように、DIDは、数多くの医学的また生物学的研究に支えられた現実の病態であり、その背後には、言葉に表現しえないほど壮絶な幼少期の体験が隠されています。

多重人格の原因がよくわかる8つのたとえ話と治療法―解離性同一性障害(DID)とは何か
解離性同一性障害(DID)、つまり多重人格について、さまざまな専門家の本から、原因やメカニズムについて理解が深まる8つのたとえ話と治療法についてまとめました。

冒頭に引用した私の中のわたしたち――解離性同一性障害を生きのびては、昨2017年9月に発売されたDID当事者のオルガ・トゥルヒーヨによる体験記です。

彼女は、当事者としての経験から、DIDの啓発や援助に取り組んでいて、昨年は日本に講演に来たことがNHKで報道されていました。

News Up 私の中の、知らない私 | NHKニュース

(※元記事は消えているためインターネットアーカイブへのリンク)

オルガの経験が貴重なのは、幼少期の体験によって解離した人たちが、自分が当事者だと気づくのがとても難しいことを物語っている点にあります。

なぜなら、そのような人たちは、強力な解離性健忘のおかげで、トラウマ体験を忘却していて、自分はそこそこ幸せな子供時代を送ったと感じ、ただ原因不明のさまざまな心身症状だけが表面に出ていることがあるからです。

オルガもまた、最初の診断は「線維筋痛症」であり、おもな悩みは、頭に綿がつまっているかのような思考力の低下や、読書困難、理由のわからない無力感や人への恐怖などでした。

しかもオルガは、弁護士として優秀なキャリアを築いていて、壮絶なトラウマを抱えているにもかかわらず、他の人たちよりはるかに有能でした。

この記事では、オルガの体験を手がかりに、それと知らずに解離症状を抱えている人が、それが解離だと気づくヒントを探してみます。また、解離能力の高い人が、ときに有能な能力を発達させられる理由について考えます。

そして解離、そしてDIDとは、奇妙な得体の知れない病気などではなく、むしろ無力な子どもが生き延びるために身につける創造的な生存戦略なのだ、という彼女のメッセージについても考えてみましょう。

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これはどんな本?

私の中のわたしたち――解離性同一性障害を生きのびての著者オルガ・トゥルヒーヨが、解離性同一性障害と診断されたのは31歳のときでした。

それまでは幼少期の記憶がないだけで、自分はそれなりに幸せな子供時代を送ったと思い込んでいました。学業で優秀な成績を修め、弁護士の資格を取得していて、社会的に成功しているかにも見えました。

しかし、その一方で、さまざまな原因不明の体調不良にずっと悩まされていました。

転機を迎えたのは、夫と共に「テルマとルイーズ」という映画を見に行ったときです。映画の主要人物の一人が生々しい描写でレイプされそうになったとき、オルガは突然パニック発作を起こし、それ以降まともな日常が送れなくなりました。

やがて彼女は、トラウマ専門医の治療を受け、自分が解離によって長年、記憶の闇の奥深くに凍結していた、ショッキングで凄惨な過去と向き合うことになります。

この本を読む前に注意を要する点として、オルガは「読者の方々へ」でこう書いています。

『私の中のわたしたち』には、性的な身体的虐待の生々しい描写が含まれています。

本全体からすれば、このような描写はわずかですが、語りにおいて必要なものであり、解離性同一性障害の原因となった子ども時代の経験を理解していただくためには重要なものです。

虐待を経験したことのある方が読むと、このような描写が引き金となって記憶がよみがえり、強い情緒的な反応を起こす可能性があります。

もしそういった症状が現れたら、すぐに読むのをやめて、トラウマを専門とする精神衛生の専門家に相談してください。(p5)

後述しますが、わたしはこの本を読むのにとても苦労しました。最初の50ページほどを読んでいるうちに、さまざまな身体的・精神的な解離症状に襲われて、茫然自失の状態になりました。

後日、落ち着いて自分をコントロールできるようになったので、あえて感情のスイッチを切り、細部を意識しないようにして読了しました。

このブログの解離についての内容に親近感を覚えるような方は、もしこの本を読むとしても、細心の注意を払うべきかもしれません。

原因不明の心身症状だけだった

この本は、時系列的に構成されていて、前半部分では、幼少期のオルガが経験した凄惨な性的虐待と、学生時代に経験した同様の被害についての描写が続きます。

しかし、オルガの主観的体験からすれば、この本の中盤が物語のスタート地点になります。というのも、彼女は、30歳になるまで、幾重にも厳重に施錠された記憶の扉の中に、過去の耐えがたいトラウマを封じていたからです。

私自身でさえ、私の内側に何があるのかわからなかった。でも内なる重みは感じられた。

そしてそれが私を圧倒して、私自身が築いた人生―幸福と成功の人生を破壊するのを恐れた。

私の中に厳重に守られた部屋に保管したすべての記憶を知らず、子供時代の貧困を克服し、大学進学を果たし、弁護士になり、幸せな結婚をしたと信じていた。

私にはほとんど子ども時代の記憶がなかった。

貧乏だったことは知っていた。父が厳しかったことと、11歳のときな父が死んだことは覚えていた。

子ども時代のことを考えないようにしていたし、子ども時代を成長した自分から切りはなそうとした。(p166)

彼女は、子ども時代の記憶がほとんどありませんでしたが、大人になってからずっと、漠然と、自分は幸せな子供時代を送ったと思い込んでいました。

パニック発作が起こるようになるまでは、よく覚えていないが、私は幸福な子ども時代を過ごしたのだと思いこんでいた。

公民館や学校に友だちと行ったことは覚えていたが、家でのことはあまり覚えていなかった。

…家族の問題を別にすれば、私は幸福だったし、成功もした。よい相手と結婚し、将来を約束された仕事もある。

これはまぎれのない事実だった。しかし真実のすべてではなかった。(p204)

過去の記憶が不自然なまでに乏しいことや、一時期の記憶がごっそり抜け落ちていること、それでも、具体的な思い出はないのに幸せな子ども時代を送ったと感じていることは、子ども時代に重大なトラウマを経験した人にはよくあることです。

カナダの精神科医ガボール・マテは、幸福な子ども時代を回想しながらも、多種多様なトラウマ性の身体症状に悩まされる人を大勢見てきました。

病気の人が習慣にしがちな偽りのポジティブ思考とは何か
病気の人はポジティブシンキングを身につけるようよくアドバイスされます。しかし意外にも、ポジティブに見える人ほど病気が重いというデータもあるのです。「身体が「ノー」と言うとき―抑圧さ

トラウマの専門医のヴァン・デア・コークもまた、幼少期のトラウマによって発症し、生涯にわたる心身の原因不明の症状を特色とする、発達性トラウマ障害(DTD)の患者たちが、幸せな子ども時代を送ったと述べたエピソードを記録しています。

身体に刻まれた「発達性トラウマ」―幾多の診断名に覆い隠された真実を暴く
世界的なトラウマ研究の第一人者ベッセル・ヴァン・デア・コークによる「身体はトラウマを記録する」から、著者の人柄にも思いを馳せつつ、いかにして「発達性トラウマ」が発見されたのかという

解離と関係が深い回避型愛着を抱える人の研究では、このタイプの人たちは生育環境について漠然とポジティブな表現で語るものの、具体的なエピソードを問われると返答に窮することがわかっています。

きっと乗り越えられる「回避型愛着スタイル」― 絆が希薄で人生に冷めている人たち
現代社会の人々に増えている「回避型愛着スタイル」とは何でしょうか。どんな特徴があるのでしょうか。どうやって克服するのでしょうか。岡田尊司先生の新刊、「回避性愛着障害 絆が稀薄な人た

ヴァン・デア・コークが発達性トラウマ障害の研究を通して明らかにしたように、原因不明の心身症状と、子ども時代の記憶、それもトラウマ的な記憶の欠落は、表裏一体の関係にあります。

わたしたちの記憶は、意識的にアクセスできる顕在記憶と、無意識のうちに保管されていてアクセスできない潜在記憶の二重構造から構成されています。

わたしたちが普段「記憶」とみなしているのは、アクセスできる顕在記憶のほうです。試験のために丸暗記した知識も、過去の思い出も、自分で意識して思い出せるものはすべて顕在記憶です。

それに対し、潜在記憶とは、感覚記憶や手続き記憶と呼ばれる、無意識のうちに身体に現れる記憶を意味しています。自電車の乗り方や、箸の使い方、ボールが飛んでくると反射的に身構えたりするのは、すべてこの種の身体の記憶によるものです。

幼少期にトラウマを負った人は、この二重の記憶システムのうち、顕在記憶(意識して思い出せる記憶)だけが失われ、潜在記憶(無意識のうちに身体に現れる記憶)は保たれています。

そのような人たちは、身体の経験は保っているのに、心の経験が失われます。トラウマにさらされたとき、物理的な身体は逃れられませんが、心はシャットダウンできるので、意識を飛ばし、苦痛を経験しないでいることができます。

この二つの記憶システムの断裂こそが「解離」、つまり切り離しの病理の根底にあります。

原因不明の身体症状に苦しむ人のための「記憶」の科学の10の考察
全身に散らばる原因不明の身体症状の謎を、記憶の科学から読み解きます

記憶が解離している人たちは、意識の上では何があったのか思い出せないのに、無意識の身体は、過去に何があったのか正確に覚えています

身体はトラウマ的な状況をすべて記憶していて、トリガーとなる刺激に忠実に反応するため、意識の上では理由のわからない、さまざまな原因不明の症状が引き起こされます。

オルガもやはりそうでした。物心ついたころから、オルガが繰り返し悩まされていた原因不明の症状には、たとえば冒頭に書いたように、線維筋痛症と診断された原因不明の痛みがありました。

結婚して一年ほど経ったころ、私はほかの人と違うのではないかとデイヴィッドに話しはじめた。「足が痛い?」とある日尋ねた。

彼は戸惑いながら、「いや、どうして痛いの?」

「私の足はいつも痛いの」と答えた。毎日体中が痛かった。とくに関節が痛んだ。

デイヴィッドと私は関節炎だと思った。ときどき、すぐに消えるけれども鋭い痛みを膣や肛門に感じたが、それは彼には言わなかった。

私はついに、慢性の痛みについて、リウマチ専門医にかかることにした。医師は線維筋痛と診断し、睡眠障害だと説明した。(p175)

それらの痛みは、ひどく慢性的で「ひどいときは、皮膚に触れるのもつらかった」ほどでした。単なる全身の慢性的な痛みのほかに、突発的に生じる鋭い痛みがありました。(p249)

オルガはまた、認知機能の不安定さにも悩まされていました。この本の中で、何度も「頭の中に綿がつまっている」ような感覚について触れています。(p68,221,288)

彼女はその感覚を「頭の霧」とも表現しています。おそらく線維筋痛症にともなう頭にもやがかかったような感覚「ファイブロ・フォグ」と呼ばれるものに似ているでしょう。(p147)

頭が働かなくなるときには、同時に目の焦点が合わなくなる症状も起こりました。(p255)

疲れ果て、まぶたが重く、目を開けておくのに苦労することもありました。(p250)

そのぼんやり感はいつもつきまとっていたので慢性的だと感じていましたが、のちに変動性があり、特定の男性といたり、母親といたりするときにひどくなることに気づきました。(p153,288)

彼女は、学生時代から読書困難に悩まされてもいました。

私は読むことがとても困難だった。記事を書くのに必要な調査が私にはむずかしかった。頭の中のあらゆる考えに気が散り、単語の意味を十分理解できるだけ集中できなかった。

…目の焦点が合わなくなるのを感じ、頭の中はいつものぼんやりした感覚になったが、なんとか答えられた。

「ときどき読んでいることが理解できないことがあります。すとんと腑に落ちないのです」(p135)

彼女の読書困難は、場合によっては学習障害と診断されえたかもしれません。しかし、奇妙なことに、彼女は読書困難でありながら、のちに弁護士として資格を得る能力を発達させることができました。

目が『凍りついたり、驚愕したり、「焦点が合わなくなる」』ことについては、ピーター・ラヴィーンが トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復の中で書いていたのを思い出します。(p149)

オルガはまた、学生時代には、強迫的にスポーツに打ち込みました。それは理由もわからずに感じていた、無力感や自尊心の低下のせいでした。

私は新進の運動選手と認められていたが、さらに攻撃的にスポーツをするようになった。成長するにつれて、衝動的に走り、ウェイトを挙げて怒りを発散した。

極端な無力感と自殺願望も、表現できない怒りに起因するのだと、いまなら理解できる。(p101)

やはり子ども時代のトラウマを抱えていた脳神経科医のオリヴァー・サックスも、強迫的にウェイトリフティングに打ち込んだことが思い出されます。

オルガはまた、10代のころから、自尊心の低下と恥の意識につきまとわれていましたが、それが特別なことだと思うこともなく、まして原因があるなどとは思ってもみませんでした。

そのときは私の恥の感覚がどこに由来するのかわからなかった。だれもがこのように思っているわけではないことも理解できなかった。(p115)

さらに、奇妙な悪夢や、びっしょりと寝汗をかいて起きるといった睡眠障害にも悩まされました。(p154,178)

鏡に映る自分に違和感があり、「ときどき自分で思っているより年上に見え」「私だと思わない自分を見る」ことがありました。(p177,222)

鏡が怖い,映っているのが自分とは思えない―解離や幻肢は「バーチャルボディ」の障害だった
わたしたちの脳は「バーチャルボディー」と呼ばれる内なる地図を作り出しているという脳科学の発見から、解離性障害、幻肢痛、拒食症、慢性疼痛、体外離脱などの奇妙な症状を「身体イメージ障害

さらに、パニック症状を起こすようになってからは、刃物で刺されるように激しい腹痛や、胸が硬直して息ができなくなる症状にも苦しめられ、胎児のように丸くなって嵐が過ぎるのを待ちました。(p187,191)

彼女の心身の原因不明の症状は、これほど多岐にわたりましたが、彼女は解離性障害という病気について考えることもなければ、原因が子ども時代の経験にあると思うこともありませんでした。

しかし、夫のデイヴィッドは、彼女のパニック発作が、一緒に見に行った映画のシーンをきっかけに引き起こされたことに気づいていたので、性被害の相談所に電話をかけ、専門のセラピストへ紹介されました。

そのセラピストはほとんど助けになりませんでしたが、次に紹介された医師が、とても優秀な専門家でした。その医師ミッチェル・サマーとの出会いが、彼女を思ってもみなかった過去との対決に導くことになります。

「影との戦い」

解離性障害の当事者はみなそうですが、オルガもまた、自分自身の経験について他人に話すことに非常に慎重でした。(p186)

解離とは、そもそも誰にも苦しみを理解してもらえない孤独な幼少期を乗り切るために身につける生存戦略です。解離の当事者は身の回りのあらゆる人に対する絶対的な不信感を抱いているので、容易に心を打ち明けたりはしません。

境界性パーソナリティ障害と解離性障害の7つの違い―リストカットだけでは診断できない
境界性パーソナリティ障害(ボーダーライン:BPD)と解離性障害はどちらもリストカットなど共通点があり区別しにくいとされています。その7つの違いを岡田憲一郎先生の「続解離性障害」など

解離の当事者はまた、身を守るために、無意識のうちに相手の願望を先回りして、相手の望むことを話し、相手の望むように振る舞うことに慣れています。

この本の巻末の解説で、臨床心理士の村本邦子さんが、こう書いているとおりです。

オルガが繰り返し悩んできたように、自分の抱える闇の部分を知られたら、大切な関係が壊れてしまうのではないかと恐れ、それを隠さざるを得ない。

自分自身にさえ隠しているものだから、他者と分かち合う術もないということもできる。

これは、援助を提供するはずの支援者たちとの関係においても起こることである。

解離とはその場への適応であることから、本人の自覚の有無を問わず、支援者が喜ぶだろうと思う反応をしていくことで(実際にはそれが誤解であったとしても)、人格の一部だけが関係の前面に出て、他の部分は背後に隠れてしまう。(p339)

このような無意識のうちに相手に合わせる生存戦略は「過剰同調性」と呼ばれています。解離性同一性障害の人は、この過剰同調性があるがゆえに、状況ごとに適応的な様々な人格を生み出すようになります。

空気を読みすぎて疲れ果てる人たち「過剰同調性」とは何か
空気を読みすぎる、気を遣いすぎる、周囲に自分を合わせすぎる、そのような「過剰同調性」のため疲れ果ててしまう人がいます。「よい子」の生活は慢性疲労症候群や線維筋痛症の素因にもなると言

解離の当事者は、状況に合わせて適応することで身を守ってきたので、助けを求めるより、波風を立てず、ただ自分一人が犠牲になることを選びがちです。

子どものころのオルガも、自宅に来てくれた警官に真実を打ち明けることができず、当たり障りのない話を創作してしまいました。警官は、まさか被害者が加害者を守るために嘘をつくなどとは思わず、話を信じ込んで、ただ去っていきました。(p85)

こうした根深い不信感から、オルガはサマー医師を信頼することにも困難を感じました。しかし、サマー医師は、巧みな接し方で、「私が彼を信頼し、そう認めることができるまで待っていてくれた」とオルガは振り返ります。(p193)

やがて、オルガは「信頼が深まるにつれて、まとまりのない考えでもどんどん話すように」なれました。(p199)

この本は、最初から最後まであまりに凄惨すぎて言葉を失いますが、サマー医師のオルガの対する接し方の部分には心底慰められます。ガラス細工を扱うかのような、繊細で優しい言葉と専門知識に裏打ちされた治療の進め方には敬服します。

たとえば、サマー医師は、自分の状況を理解できず混乱しているオルガに、二冊の本を差し出しました。

一冊目はマーサー・メイヤーの絵本おしいれ おばけ。絵本のストーリーを通して、オルガは、自分の中に漠然と存在していた記憶、押入れの中にあった奇妙な記憶の断片について打ち明ける気になりました。

それは、幼少期に父親や兄が、自分に何かをしたのかもしれない、という漠然とした印象でした。しかし、思い出そうとすると、全身の痛みが襲ってきて、意識がぼんやりしてしまいました。

とても直視できないような事実に動揺するオルガに、サマー医師が差し出したのは、もう一冊の本でした。それは、アーシュラ・K・ル=グウィンの影との戦い ゲド戦記 (岩波少年文庫)でした。

わたしは、この記述を読んで、オリヴァー・サックスが、足の大怪我をきっかけにアイデンティティと実存の問題に向き合ったときに 左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)で書いていた次の記述を思い出しました。

魂の闇夜にあっては、科学にたよることはできない。理性では解決できない現実に直面した私は、芸術と宗教に慰めをみいだした。

夜の闇をとおして呼びかけ、心をかよわせることのできるもの、意味をもち、理解しうるもの、耐えうるものは、芸術と宗教だけだったのである。

「真実の重みにおしつぶされないように、我々には芸術がある」(ニーチェ)(p135)

子ども時代の凄惨な事実、それもあまりに耐えがたいがために氷漬けにしてきたような真実と向き合うには、確かに科学など何の役にも立ちません。しかし、芸術は、真実の重みに耐える力をもたらしてくれます。

オルガは、「影との戦い」に描かれた、ゲドの物語を通して、自分の置かれている状況の意味を悟りました。

ある地点でゲドは影をとらえそうになるが、手を開いてみると何もなかった。ゲドには影の正体がわからなかった。何から影はできているのか、なぜ影はゲドを求めるのか、理解できなかった。

しかしゲドは追跡を続けた。はてしない距離を旅し、多くの島々をめぐり、影を追った。

ついに、海のはて、水が砂に変わるところで、ゲドは影に追いつき、影はゲドと対決する。(p215)

オルガは、ゲドの姿に自分を重ね合わせました。そして気づきました。自分が今直面している得体のしれぬ恐ろしい影、なぜ自分につきまとっているかもわからぬ過去の謎めいた記憶。

それが何かは今の自分にはわからないけれども、自分はゲドと同じようにそれと向き合い、対決し、切り離された何かを見つける必要があるのだと。

オルガは、その影が何なのか、潜在的に知っていました。影と対決することが自分にとって何を意味するのかも。少なくとも、彼女の身体は、自分が受けた仕打ちをすべて記憶していたのですから。

オルガは、サマー医師の前で泣き出し、自分の過去と向き合うなら「私の闇は私を殺してしまうと思う」と涙ながらに言います。しかしサマー医師はこう答えました。

もしあなたがそんなに強靭でないなら、あなたはここにいません。

何をすべきか理解することもなかったでしょう。まだ影から逃げ、闇から逃げていたことでしょう。(p217)

支離滅裂な親に適応した子ども時代

ついにオルガは過去と向き合うために治療を始めます。

サマー医師が選んだ治療法は、セッションの様子からすると、自我状態療法だったようです。(p227)

自我状態療法は、極度のトラウマ記憶を処理し、分裂した人格部分(パーツ)をつなぎあわせるのに特化した治療法です。

トラウマを治療する「自我状態療法」とは? 複数の自己と対話する会議室テクニック
「図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療―EMDRを活用した新しい自我状態療法」という本から、トラウマを治療するのに使われる自我状態療法として、解離のテーブルテクニック・会議室テ

オルガとサマー医師は、自我状態療法を通して、3歳のオルガ、5歳のオルガ、12歳のオルガといった人格部分と出会い、オルガの過去に何があったのかが明らかになっていきます。

思い出された物語は、この本の前半部分に収められていますが、あまりに壮絶で恐ろしい日常です。

以前書いたとおり、断片的なトラウマ記憶は、しばしば虚偽記憶につながる危険をはらんでいます。断片そのものは真実の記憶でも、それをストーリーにつなぎあわせるときに解釈や意味付けが入り込みやすいからです。

とはいえ、トラウマ記憶の中核をなす手続き記憶と感覚記憶は、年月が経過してもかなり正確であることが研究からわかっているので、オルガの経験に疑いを差し挟む理由はありません。

特にオルガの場合、母親をはじめとするリアルタイムの目撃証人また共犯者たちがいました。

オルガが母親におぼろげな記憶を打ち明けたとき、返ってきた答えは、「驚かないわ」でした。母によれば、父親はどうしようもない男であり、オルガの兄は16歳のとき、8歳の女の子をレイプして逮捕されていました。

兄がその暴行を働いたのは、倉庫でのことでしたが、それは、まさにオルガが思い出しかけた記憶の中で、兄が自分に何かをやった場所でした。

こうして彼女は、自分が児童虐待のサバイバーであることに気づきました。しかし、その事実は、あまりにも重く、受け入れがたいものでした。

到底信じたくもないほど生々しい記憶ですが、それほどのものだからこそ、解離という最終手段で凍結されねば生きていけなかったことがひしひしと伝わってきます。

あんなに痛めつけられたのは、あの夜がはじめてではなかった。人生のあの時点で、私はすでに家族の暴力によって多くのトラウマを経験し、意識を完全に保った完全な人間としては存在できなくなっていた。(p36)

知識から身を守る方法として私の精神が解離を利用したことは理解できるようになった。

サマー医師は繰り返し、「毎朝目を覚ますたびに、今日も、今晩も、また虐待されるとわかっていたら、生きてはいられない」と説明した。(p201)

彼女は、まだ幼児期のころから、実の父親による習慣的な性的虐待を受けていましたが、彼女の父親の人格は、相当奇妙で支離滅裂です。オルガ自身、「父は矛盾だらけだった」と書いています。(p37)

オルガの父は、冷酷な殺人鬼のようにオルガやその母を虐待しました。表向き敬虔なカトリック教徒で、「ユーモアと誇張を交えた弁論や話術」の才能がありましたが、自分をよく見せるためなら、平気で嘘をつきました。(p37)

家を何週間も留守にすることがあり、家族にお金を入れないどころか逆に搾取していたので、母親は父親の知らない口座に稼ぎの一部を隠す必要がありました。(p26,28)

その異常さは、まだ生まれて数年のオルガをレイプしただけでなく、彼女の実の兄たちにも妹をレイプするよう教えたり、オルガに無理やり売春行為をさせて家計を成り立たせていたことからわかります。

しかし奇妙なことに、道理が通れば妻の言うことを聞いたり、敬意を払われれば親切に振る舞ったりしました。手をつないで教会に行くときなど、オルガは、父の自分に対する愛情を感じる瞬間もありました。

あまりに支離滅裂で不可解ですが、以前の記事に書いたように、わたしはこうした人間が実在することを よく知っています。どの程度 犯罪に手を染めるかは環境に左右されるとはいえ、このタイプの人たちは共通した特徴を有しています。

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この支離滅裂さ、予測もつかない異常さこそが、子どもが解離性同一性障害を発症する原因でもあります。

解離性同一性障害とは、もとをたどれば、生後幼いころに身につけた「無秩序型の愛着パターン」が発展したものです。これは、予測がつかずころころと態度を変える無秩序な親のもとで育った人によく見られます。

いつも必ず虐待するような、ある意味で一貫した親のもとで育ったなら、子どもは様々な人格を使い分ける必要にかられません。ただ感情のスイッチを切るだけであり、将来的には反社会性パーソナリティ障害などに至るでしょう。

しかし、まったく予測もつかず、あるときは冷酷で血も涙もないのに、あるときはユーモアや愛情があるかのように振る舞う支離滅裂な親のもとで育つと、子どもは複数の相異なる状況に対応するため、複数の人格モードを生み出すことで適応します。

人への恐怖と過敏な気遣い,ありとあらゆる不定愁訴に呪われた「無秩序型愛着」を抱えた人たち
見知らぬ人に対して親しげに振る舞いながらも、心の中では凍てつくような恐怖と不信感が渦巻いている。そうした混乱した振る舞いをみせる無秩序型、未解決型と呼ばれる愛着スタイルとは何か、人

こうした異常な父親がいるだけでも悲劇ですが、オルガの人生がさらに不幸だったのは、母親が加担していたことでした。母親は夫に対する恐れから、オルガを守ろうとしませんでした。

オルガは、父親や兄たちから延々と加えられる性的虐待よりも、母親の裏切りのほうが耐えがたく、「致命的」だったと言います。(p282)

児童虐待のサバイバーは、しばしば、虐待したほうの親より、守ってくれなかった「共犯者としての親」のほうに、強い怒りと悲しみを抱いています。

10種類の「毒になる親」から人生を取り戻すためにできること
スーザン・フォワードのベストセラー「毒になる親」にもとづき、子どもを精神的に虐げる、気づかれにくい10のタイプの親について書いています。また、その親の支配から逃れる方法についても簡

解離は、もうだれも頼れる人がおらず、逃げ場所さえもないという極限状態(「逃避不能ショック」と呼ばれる)に置かれた子どもが頼る最終手段です。

その場合、心の中に別個の人格やアイデンティティが現れることがある。

このような症状は、身体的な逃げ場のない圧倒的なトラウマ的状況を経験した人によく起こる。肉体に逃げ道がなければ、頭の中で「逃げる」しかない。

直観的に特定の感情、身体的感覚や反応、行為、そして自己同一性までも、切りはなしてしまう。(p15)

以前に書いたように、もし逃げ場所があるなら、「解離性」障害ではなく、「回避性」パーソナリティ障害という引きこもり状態になるはずです。避難できるところがあれば、心を切り離さずとも、そこに逃げ込めばいいだけだからです。

感受性が強すぎて一歩踏み出せない人たち「回避性パーソナリティ」を克服するには?
失敗したり、恥をかいたりすることへの恐れが強すぎて、人との関わりや新しい活動を避けてしまう。そんな悩ましい葛藤を抱える「回避性パーソナリティ」は決して心の弱さではなく、良くも悪くも

しかしオルガの場合は、もう「意識を完全に保った完全な人間としては存在できなくなって」いました。

解離性同一性障害の研究の先駆者であるラルフ・アリソンが、「私」が、私でない人たち―「多重人格」専門医の診察室からの中である患者についてこう語っていたのを思い出します。

記憶には衝撃的なものもあった。〈MPD〉のような極端な病気は、よほどの大きなショックが原因になっているのだろうとは思ってはいたが、一人の人間がこれほどの苦しみに耐えることができるとは、精神科医としても考えられないほどだった。(p74)

一人の人間が耐えられる限界を超えた苦しみを生き抜くには、自らを解離させ、一人ではなく複数にならざるを得なかったのです。

「潜在的なDID」という概念

自分の中で自分を切り離すことを覚えた人たちは、引きこもりになる回避性パーソナリティ障害と対照的に、むしろ社会的な成功を収めることがあります。

オルガも、あれほど凄惨で壮絶な虐待にまみれた子ども時代を送ったのに、30歳にして弁護士として自立していました。だからこそ、オルガは、自分が児童虐待のサバイバーだと知ったとき、サマー医師にこう言いました。

「どうして私は弁護士になれたのでしょう。どうして結婚できたのでしょう。

このような状態なのに、どうして私は仕事ができるのでしょう。理解できません」(p203)

この疑問はもっともです。

しかしこれこそが解離を巧みに用いて幼少期の壮絶な苦痛を生き抜いてきたサバイバーたちに共通する特徴であり、解離とは何か、その本質を教えてくれるパラドックスです。

わたしがこのブログで何度も書いているように、解離そのものは病気ではありません。解離は脳を保護するための防衛機制です。

解離が学べる絵本「私の中のすべての色たち」―逆境を生き抜く勇敢で創造的な子どもたち
解離につい学べる絵本「私の中のすべての色たち」から、解離した子どもたちが勇敢で強いといえるのはなぜか、解離と創造性はどうつながっているのか考えました。

そのため、解離の当事者は、持ち前の解離能力が強力であればあるほど、想像を絶する過酷な過去を生き抜いてきたとしても、それを微塵も感じさせないほど優秀な才能を発揮できるようになります。

もし、解離能力の弱い子どもが、幼少期に壮絶なトラウマを経験したら、その子は遠からず自我を保てなくなり、気が狂ってしまうでしょう。行き着く先は、自殺してしまうか、精神病院に入れられるか、犯罪者になって収監されるかです。

しかし、解離能力の高い子どもの場合、どれほどの壮絶なトラウマを経験しても、そのトラウマを隔離し、凍結することで、日常生活を送りつづけることができます。例えば、オルガはこんな経験をしていました。

次の日、ソリンスキー先生は私をじっくり観察した。

「そのあざはどうしたの? バスケットボールでもしたの?」と、私の手首のあざを指さしながら尋ねた。

何が起こったのか、はっきり考えようとした。私もあざには気づいていた。しかしレイプされたという現実の記憶はなく、スポーツでけがをしたのだと思った。(p142)

オルガは、非常に強力な解離能力の持ち主だったので、トラウマの記憶を、常に完全に隔離していました。30歳を過ぎるまで、当人がまったく気づけないほどにです。

彼女は、家族の内外問わず複数の加害者による数限りない凄惨な性的暴行を、幼少期から10代にわたり繰り返し経験していましたが、何の疑問もなく、自分は幸せな子ども時代を送った処女だと考えていました。

彼女はまた、持ち前の解離能力で、新しい状況に直面すると、それ専用の人格を創り出し、適応することに慣れていました。

壮絶なトラウマを特定の人格に委ねて隔離していたのと同じく、学業もそれ専用の人格に委ねることで首尾よく乗り切りました。

私は特定の状況に最適な部分的存在の部屋を作りだし、自分に有利にアクセスできた。

優秀な学生の「わたし」、運動選手の「わたし」、弁護士の「わたし」、友人の「わたし」がいた。(p18)

同じ解離性同一性障害でも、解離がいくらか不十分な人は、突発的に人格交代が生じます。

過去の記憶を隔離しておけなくなり、記憶を委ねていた人格ごとフラッシュバックするのが制御できない人格交代であることは以前に書きました。

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しかし解離能力が強い人たちは、そう簡単には過去のトラウマ記憶がフラッシュバックしないので、不意の人格交代は起こりにくく、自分が解離性同一性障害であることにも気づきにくくなります。

オルガの場合は、中心にある人格(「共意識」と呼ばれている)が有能だったため、必要な人格をうまく使い分けることに慣れていました。トラウマを抱えていない有能な人格同士の交代はスムーズで、記憶の断裂もありませんでした。(p18,232)

オルガは、自分の人格が複数のパーツにわかれていることにはずっと気づいていましたが、記憶を共有できているので、それが異常だとは思っていませんでした。

分断された私のそれぞれが、私の個別の側面を形成しているという点で、私の状況が少し異なっていることも承知していた。

私の意識が全体的ではないこともわかっていたし、ときに思考がスペイン語になることが異常なこともわかっていた。

…それでも私たちは私の症状をDIDとは呼ばなかった。(p232)

この事実は、人格の多重化だけを意識していて、記憶の断絶や人格交代には悩まされていないような人たちの中に、潜在的なDID当事者がかなり含まれている可能性を示唆しています。

DID研究の先駆者であるラルフ・アリソンも、「私」が、私でない人たち―「多重人格」専門医の診察室からの中で、DIDという病態は決して珍しいものではなく、医療の側の不信感や拒否的態度のせいで存在が覆い隠されているだけなのではないか、と感じていました。

わたしは論理や伝統的な理論に反する経験をした患者たちをたくさん見てきた。論理に反するからといってその事実から目を背けるわけにはいかない。

…わたしは、キャリーやジャネットのような患者に、二度と出くわしたくはないと願っていたが、わたしが二度も続けて経験したからには、世界にはこのような障害が思っている以上に存在しているような気がした。

この病気が珍しいのは、精神科医がその可能性に心を閉ざしているからだけなのではないかと思った。(p117)

たとえば、子ども時代に性的虐待を受けていた作家ヴァージニア・ウルフは、自分の人格の不連続性を強く意識していて、幻聴が聞こえるなどの症状も抱えていましたが、おそらく潜在的なDIDだったのでしょう。

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また、このブログで扱ってきたようなイマジナリーコンパニオンの保有者たちの中にも、潜在的なDIDが存在するはずです。

特に、自分の意志で遊び友達がほしくて空想の仲間を作った人ではなく、いつの間にかイマジナリーコンパニオンが存在していた、という人は、潜在的なDIDである可能性が高いのではないかと思います。

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解離傾向の強い人は無意識のうちに別人格を創造しますが、有能な人格や慰め手となる人格を創造していながら、トラウマを引き受ける人格を創造していない、というのは筋が通りません。オルガは手記の中でこれらが同じ機能だとしています。(p17)

自然発生的なイマジナリーコンパニオンを有する人は、多数ある人格部分のうち、協力的で有能な人格部分は意識できていて、記憶の断絶もありません。

しかし、オルガがそうだったように、本人の意識が届かないところで無意識のうちにトラウマを引き受けている人格も存在していて、さまざまな心身症状の原因となっているのではないかと思われます。

この潜在的なDIDという概念については、以前に、岡野憲一郎先生が解離性障害―多重人格の理解と治療で言及しているのを読んだことがあります。

私は日常の臨床感覚として、DIDの患者はいたるところに眠っているという印象を受けるようになった。

そして眠っていてすむものであれば、それでも良いではないか、と思うこともあるのだ。

…いわば潜在的なDIDのケースにも何人も出会った。彼女たちの中には、いわば不全形の病像を示し、交代人格が十分に「結晶化」されていないために、それらを同定することが難しい場合もある。

このような場合は、その病理を明らかにする過程で解離症状が頻発し、一時的に社会機能が悪化する可能性も否定できない。(p164-165)

もともとオルガは、自分の中の分断された自己に気づいていましたが、日常生活の中で、予期せぬ人格交代に悩まされていたわけではありません。岡野先生が述べていた潜在的なDIDでした。

治療を始めてから、記憶を共有していない多種多様な交代人格と出会い、「その病理を明らかにする過程で解離症状が頻発し、一時的に社会機能が悪化」しました。

記憶を共有する人格部分と、そうでないトラウマ的な人格部分とが存在して、一部だけを意識できている、という現象が科学的に裏打ちされていることは、以前の記事で扱ったとおりです。

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解離能力の強さがもたらす優秀な能力

オルガは、強い解離能力のおかげで生み出された有能な人格によって、あれほど凄惨な過去を抱えていたにもかかわらず、優秀な業績を収めていました。(p52,117,231)

私は司法省でしっかり働いていた。「わたし」の何人かは非常に勤勉だった。私の優れた記憶力が人びとの名前、地位、会議中の発言内容を覚えるのに役立った。

私の解離は、上の空であるというより、むしろ冷静で集中している印象を与えた。

事実、慢性的な解離状態は、よい仕事をするのに役立った。

…私は問題を解決し、ものごとの直中に入るのが好きだったし、私には人の気持ちを読み、その必要とするものを予想する熟練の技術があった。

この力のおかげで業績を上げ、すぐに昇進した。三十歳までには、司法犯罪抑制計画局で最高位の弁護士になった。(p173)

しかし、オルガのように、優れた解離能力によって過去のトラウマを隔離し、優秀な能力を発揮できるとしても、それはあくまで、それ専用の人格による「熟練の技術」にすぎません。

専用の人格は、その作業のみに特化した人格であり、人生の別の場面では、ほとんど役に立ちません。

そのため、優れた解離能力によって社会的に成功しているサバイバーたちは、能力面で信じがたいほど極端ないびつさを抱えています。ある限定された分野の仕事においては極めて優秀なのに、少しでも異なる分野の仕事にはまったく集中できません。

トラウマティック・ストレス―PTSDおよびトラウマ反応の臨床と研究のすべての中でヴァン・デア・コークはこう書いていました。

解離能力によって、このような患者の多くは、人生のいくつかの局面においてかなりの成功を収めることを可能にするような有能な領域を発達させることができるが、一方で、解離した自己の断片のある面は、トラウマに関する記憶をもっており、親密さや攻撃性に関係する問題を調整する能力に壊滅的な軌跡を残してしまう。

…解離は、自分を圧倒してしまうような感情から、自分自身を保護するために距離を保つ一方で、「死んだような」主観的感覚や他者から切り離されてしまったという感覚をもたらしてしまう。(p216-217)

解離能力の高いサバイバーは、トラウマ記憶を強力に隔離しておくことで、「有能な領域を発達させることができる」一方、感覚を麻痺させることで安定を保っているため、苦痛だけでなく人生の喜びさえも、まったく感じられなくなってしまいます。

ある意味、こうした人たちが特定の分野で人並み外れた成功を収められるのは、喜びや満足を感じる感情が麻痺しているおかげです。どれだけ頑張っても頑張っても空虚で、もっと働いて達成感を得なければならないと駆り立てられるからです。

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あるいは、DIDという視点で考えると、どれだけ有能な人格でも、ある役割のために特化して生み出されたのなら、その限られた役割にひたすら打ち込むほかに、自分が存在する意義を感じる方法がない、ということを意味しているのかもしれません。

DID当事者において、ふだん日常生活を取り仕切っている主人格、つまり今この瞬間、「自分」だと思っている人格が、もともとの生まれつきの人格ではなく、トラウマ後に生み出された有能な人格だということはよくあります。

ラルフ・アリソンは、「私」が、私でない人たち―「多重人格」専門医の診察室からの中でこう書いていました。

その当時、わたしは、身体をコントロールしている人格が〈オリジナル人格〉ではないかもしれないという事実に気づいていなかった。

その後〈オリジナル人格〉でなくても力の強い交代人格なら、三十年も四十年も身体をコントロールすることができるということを知った。

子どもの頃のショックが非常に大きなものなら、〈オリジナル人格〉は心の奥底に引き籠ってしまう。治療に成功しなければ永久に出てこないこともあり得る。(p148)

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オルガがそうだったように、過去の記憶が欠落しているとしたら、過去のことを「忘れた」のではなく、経験していないから「知らない」のかもしれません。

自分では気づいていないとしても、「私」はあくまで特定の活動のために生み出された人格なので、委ねられた役割以外の分野では思うように能力を発揮できません。

ヴァン・テア・コークは、別の著者、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、そうした事例に言及しています。

私のトラウマ患者の何人かと同じように、キャシーは学業に没頭することができていた。本を読んだり研究論文を書いたりするときには、人生の他のすべてのことを頭から締め出すことができた。

そのおかげで有能な学生でいられたのだが、親しいパートナーとは言うまでもなく、自分自身とも、どうやって愛情深い関係を築いていいのかまったくわからなかった。(p423)

私がこれまでに診た患者のうちには、卓越した技能を持つ教師や看護師が数多くいた。

そうした患者の同僚たちは、彼らを少しよそよそしい人、あるいは控えめな人だと感じていたかもしれないが、自分たちの模範的な同僚が自傷行為を行なったり、摂食障害を抱えていたり、異様な性行為を行なったりしていると知ったら、おそらく仰天しただろう。(p475)

これらの人たちは、ある限られた分野においては非常に優秀でした。オルガと同様、有能で専門的な人格によって、卓越した成功を収めていました。しかしそれ以外の部分は壊滅的で、生きているのか死んでいるのかわかりませんでした。

本来なら、このサバイバーたちはみな、壮絶な子ども時代のトラウマゆえに、生ける屍になっていてもおかしくなかったのです。しかし、強力な解離能力のおかげで、部分的に自己を切り離し、安全に守られた有能な人格を成長させることができました。

この解離がもたらす適応力は、非常に悩ましいパラドックスを生み出します。

医師であれ、支援者であれ、健康な人たちはたいてい、トラウマを抱えている人とは、無力でみじめで、心を破壊された病人だと思いこんでいます。

しかし、解離という生存戦略は、どれほど辛い苦難にさられされてきたとしても、苦痛を自分の内側に隔離して、顔色ひとつ変えず元気そうに振る舞うことで、波風を立てずに生き抜くことに特化しています。

オルガは「職場では常に冷静にふるまっていたので」、周りの人は彼女がどれほど重篤か気づかなかったといいます。p222)

ピーター・ラヴィーンが トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復で書いているように、解離、つまり『「シャットダウン」状態にあるクライアントは、一見落ち着いているように見えることがあるので、セラピストは混乱することが』あります。(p98)

解離の当事者たちは、無意識のうちに周りに合わせて人格をスイッチングしてしまうので、人前では、その場に適した仮面や鎧で自動的に身を固めてしまい、本来の自分の状態が表に現れないともいえます。

それゆえ、強力な解離能力を用いて、優秀な成績を上げている人が、まさか凄惨なトラウマのサバイバーだと気づくことはほとんどありません。それらの人たちが身体症状を訴えても、内なるトラウマに気づかれることはほとんどありません。

あまりにうまく解離されているため、サバイバー当人さえ、耐えきれなくなって破綻しないかぎり、自身の能力のいびつさの裏側にある、過去のつぎはぎの痕に気づくことができません。

本当は想像を絶する苦痛を耐え抜いてきたのに、表向きの適応力の高さのせいで、重篤さを理解されにくくなってしまいます。オルガが「いつでもすぐに幸福な表情になれる」能力を身に着けていたように。(p81)

影と戦うべきか、逃げ続けるべきか

オルガは、優秀な解離能力が限界を迎え、破綻しかけたことをきっかけに、自分の過去と向き合うことを決意し、記憶の統合という凄絶な戦いに身を投じました。

その戦いの結果、オルガはとても直視できないような過去を思い出しましたが、同時に生きる喜びを感じられるようにもなりました。

このように深く感じるのは、はじめてだった。人生のほぼすべてで、私は解離し、感情を全部遠ざけていたからだ。

私の感情が情緒的か身体的な苦労であったとしても、私は何となくサマー医師が正しいことに気づいていた。

というのも、楽しさや喜びが感じられるようになっていたからだ。

…サマー医師は、つぎのように、私の進歩を励ましてくれた。

「いまはすべてが恐ろしいかもしれませんが、やがて人生のよい部分を感じられるようになります。

ずっと深い感情に近づければ、スペクトラムの両端、つまり善悪両方をより深く感じられるようになるのです」(p280)

彼女の強力な解離は、過去の苦痛を麻痺させる代償として、生きることを無感覚にしていました。解離を治療することは、トラウマの耐えがたい苦痛に向き合うと同時に、生きる喜びを味わうことももたらしました。

オルガは解離したパーツを統合するにつれ、「意識が鮮明になり、負担が減」りました。慢性的な解離の世界に生きてきてオルガは「この感覚が、解離していない人の普通の状態なのかと想像」できるようになりました。(p281)

オルガがあれほど悲惨な記憶を乗り越え、やがて当事者の経験を持った支援者として活動できるまでになったのは、奇跡的にも思えます。しかし、オルガが強力な解離能力を有していて、それが自己を保護していたことを思えば不思議ではありません。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法に載せられている解離性同一性障害のリサもそうでした。彼女もまたアルコール依存症の支離滅裂な親のもとで育ち、「拷問」に等しい虐待を受けました。(p527)

あまりに解離の症状が激しすぎて、自分が何者かもわからず、時間のつながりさえ消失した世界に生きていましたが、ニューロフィードバックなどの治療を通して回復することができました。

私が知っている生い立ちから考えると、リサがとても穏やかで冷静なのは奇跡的なことだった。(p527)

はきはきと話すこの若い女性は、絶望と混乱の奥深くから抜け出し、私がそれまで見たことがないほどの明瞭さと集中力を持っていた。(p531)

強力な解離能力を持っている人たちは、その厳重な隔離能力によって、「最も繊細で、創造的で、親密さを愛し、快活で、茶目っ気に富んだ無垢な部分」を無傷のまま保護できています。(p479)

では、解離の当事者たちは、みなゲドのように影と対決し、オルガやリサのように自己を統合していくべきなのか。

わたしはこの本を読んで、答えを出すことができませんでした。

冒頭で少し触れたように、わたしは、この本を最初読みはじめたとき、最初の50ページほどで、今まで読んできた本では感じたことのないほど多種多様な解離の兆候に見舞われました。

意識がぼうっとして遠のき、眠くなり、目の焦点が文字に合わせられなくなり、書いてある内容が理解できなくなり、足や腹部がこわばって凍りつき、刺すようにズキズキ痛み、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなり、時間感覚が消失するなどなど。

それらの症状は、わたしが学生時代よりずっと悩んできたものです。ここ数年の徹底的な調査によって、やっとそれが解離の兆候だと知りましたが、長らく理解しようがないわけのわからない症状だとみなしていました。

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これまで、解離についての本は相当読んできましたし、生々しい描写のある本も、それなりに読んできたつもりです。

しかし、これほど一斉に明確な身体反応が誘発された本は初めてでした。オルガの記述の何に反応しているのかはわかりませんでしたが、それについてはあえて考えないようにしました。特定の何かというよりトリガーが多すぎたのかもしれません。

その後、茫然自失になって無意識のうちにシャワーを浴びていました、そういえば、わたしは中学校くらいから、思考が不鮮明になったとき、シャワーで意識を引き戻すことを習慣にしていました。

シャワーを浴びているとき、目を閉じると得体のしれぬ恐怖に襲われました。そういえば、小学校くらいから、こんな恐怖心がありました。決して直視してはならない、闇の中に封印しておかねばならない何か。

その日はぼんやりと眠くなって、寝てしまいそうでしたが、トラウマ記憶が活性化した後に寝るのは危険だという知識があったので、「テトリス効果」の知識を念頭において、ゲームで気を紛らわせて一日を過ごしました。

この本はもう二度と読めないだろう、と感じました。自己防衛のため読むのをあきらめようと初めて感じた本でした。でも、読まないままお蔵入りさせれば、ツァイガルニク効果が生じてしまい、余計に心がかき乱されることに気づきました。

そこで、日を改めて落ちつきを取り戻したあと、意識を適度に解離させて距離を取りながら、細部に注目するのを避けて読み進め、こうして記事にすることができました。

わたしは、かつてのオルガと同じく、子ども時代の記憶をほとんど持っていません。でも、身体が何かをはっきり記憶していることはわかっています。

トラウマにもさまざまな形があるのを知っています。どんな経験がトラウマを残すかは人それぞれです。

かつて解離の専門家に相談したところによれば、わたしの記憶はかなり強力に隔離されているので、そのままにしておくべきかもしれない、とのことでした。

今となっては、わたしもそうかもしれない、と思います。たとえ現実の生きる喜びと引き換えにしてでも、凍りつかせたままにしておくべき記憶もあるのではないか。

わたしは自分が耐えうるものと耐えられないものを知っているつもりです。

解離とは、その時点では到底耐えられないような記憶の処理を凍結し、十分向き合えるようになるまで先送りする能力ですが、大人になれば必ず向き合えるのかというとそう単純ではないでしょう。

影と戦うのはもちろん勇気ある選択ですが、影から逃げ続けるのもまた、もし自分の意志で決めたのなら、勇気ある選択だと思います。時効まで逃げ続けるのもひとつの生き方ではないかと。

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オルガは影から逃げているとき「何度も思い描いた空想に逃避」しました。オルガは現実に戻ることを選びましたが、芸術を志す人にとっては、空想にとどまるという選択肢もある程度有用かもしれません。(p92)

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もっとも、解離を治療するか、凍結したままにするかは、それぞれの人の状況によって異なります。

先に引用した解離性障害―多重人格の理解と治療では、ここで書いてきたのとほとんど同じ論点が扱われていました。

「主人格がすべてをこなせなくても、それぞれの交代人格が大きな葛藤に悩まされることなく、比較的うまく協調することができていれば」治療しなくてもよいのではないか、とされています。

しかし一方で、『このような考えは「甘い」のかもしれない』とも述べ、結局どんな環境でも当事者は苦しみにさらされ、しばしば二次被害、三次被害へと次々とさらされることを懸念してもいます。(p166)

オルガは、幼少期は解離によって生きのびましたが、10代になってからは解離しやすいせいで、何度も性暴力の被害を再体験しています。慢性的な解離状態にある人は、犯罪者にとって「標的に見定めやすくなる」からです。(p315)

サマー医師が彼女に治療を勧めたのも、解離したままだと、再トラウマ被害に対して無防備になるという理由からでした。(p130,237,255,279)

それでも、治療しないのもひとつの選択肢ではないか、と思ってしまうのは、おそらく解離していない状態を想像できないせいでもあるでしょう。

先ほど引用したように、オルガは、回復するまで、「解離していない人の普通の状態」を想像すらできませんでした。

ピーター・ラヴィーンは トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復「トラウマのただなかでは、過去と違う未来を想像できない」と書きました。想像できないことに、希望を持つことはできません。(p153)

オルガは治療中に、解離が弱まったことによる苦痛にさらされ、死の淵まで追い詰められました。サマー医師ほど思いやり深いセラピストが近くにいたからこそ治療に成功したといえます。(p260)

正面切って治療に挑むには、本人の強さと、信頼関係を築いたセラピストの支え、そして相応の治療環境が不可欠です。それらがそろわないなら、対処療法を中心に解離との共存を図るのも、ときとして必要ではないかと思います。

いずれにしても、オルガがこの私の中のわたしたち――解離性同一性障害を生きのびてで伝えようとしているメッセージは、解離は決して異常な病気ではなく、自分の落ち度でも弱さでもない、ということです。

それどころか、解離は、逆境の中でも生きることをあきらめない人が身につける創造的な生存戦略です。だからオルガはこう言います。

何よりも、DIDをもつあなたたちに、この障害こそが、すばらしい生存の技術であることを知ってほしい。

あなたたちは生き抜いたことに誇りをもつべきなのだ。

トラウマは私の人生に決定的な影響を与えた。あなたたちの人生もトラウマに影響されている。

でも、私は、自分の人生が苦痛と闇をはるかに超えて広がっていることを理解した。

トラウマのサバイバーたちは、生命力と、創造性と、勇気と、愛にあふれている。私たちは解離した分身の統合以上の存在なのだ。(p20)

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