もはやトラウマは心の病ではなく内臓の微生物群集(マイクロバイオーム)を取り巻く生態系の問題だというパラダイムシフト


たいていの患者と同じく、ジェニファーは、身体や情動に関する一連の症状が相互に関連している可能性や、幼少期のストレスに満ちた暮らしに結びついている可能性を、まったく考えていなかった。

まして、幼少期の経験が、腸と腸内微生物と脳の関係を不健康な方向にプログラミングしたなどとは、彼女には思いもよらなかった。

だが、最新の科学の目覚しい進展を考慮すれば、この知見を医療に取り入れるべき時はとうに来ている。(p116)

前わたしは、さまざまな証拠からするに、現在「トラウマ」として研究されている問題は、マイクロバイオーム(体内の微生物群集)の問題と深くオーバーラップしているはずだと書きました。

愛着やトラウマをめぐる物語の主役は腸内細菌かもしれないという意外すぎる話
神経寄生生物学の知見から、愛着やトラウマの問題を腸内細菌を中心に読み直してみました。

その証拠としては、まず子ども時代のトラウマによって発症率が跳ね上がる病気の種類と、マイクロバイオームの混乱によって発症率が高まる病気の種類がまったく同じであることが挙げられます。たとえば、喘息、うつ病、自己免疫疾患、消化器系疾患、慢性疲労症候群、線維筋痛症などです。

また、動物実験レベルでは、腸内細菌を入れ替えると性格やトラウマ反応までが入れ替わることも重要な点でした。トラウマに特徴的に闘争/逃走反応や、凍りつき/擬態死反応は、あたかも腸内細菌によってコントロールされているようにさえ見えます。

そして、何より、近年、ヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンのようなトラウマ専門医が、トラウマの“震源地”は内臓であり、迷走神経を通して腸から脳にトラウマ反応が伝えられる、と主張していたことがあります。

これだけの証拠がそろっているのですから、遅かれ早かれ、トラウマの研究にはマイクロバイオームという視点が導入されねばならない、と切実に感じていましたが、わたしが気をもむまでもなく、すでに研究が始まっていました。

今年5/31に発売されたエムラン・メイヤー医師の腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかはまさにこのテーマに関する本で、トラウマがいかにして脳-腸-マイクロバイオーム相関という三位一体のネットワークで繰り広げられるかを扱っています。

今後のトラウマ研究は、もはやメンタルヘルスの研究であってはならず、脳だけの学問であってもならず、腸脳相関、そして何よりマイクロバイオームという視点が絶対に必要だ、とはっきり感じさせてくれるこの本を紹介したいと思います。

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これはどんな本?

著者のエムラン・メイヤーは、もともとドイツのバイエルンアルプスのふもとのお菓子屋さん出身で、子どものころはスイーツづくりをしていて、のちにカリフォルニア州ロサンゼルス校(UCLA)の胃腸病学者になった面白い経歴の持ち主です。(p171)

はじめは潰瘍研究センター(CURE)の研究室で内臓の機能について研究していましたが、やがて慢性胃腸疾患を抱える患者の多くが、幼少期のトラウマを抱えていることに気づくようになります。

これまで私が診察してきた患者の半数以上は、幼少期に経験した家族の問題について語ってくれた。

たとえば「両親のどちらかが病気だった」「両親が離婚し、親権をめぐる争いが長引いた」、あるいは極端なケースでは、「アルコール中毒や薬物依存症の近親者がいた」などである。

また、子どものころ、親や赤の他人から、言葉や身体による暴力、さらには性的虐待を受けたことを打ち明けてくれた患者もいる。(p113)

時を同じくして、トラウマ医学の世界では、以前にこのブログでも詳しく扱ったようなACE(小児期逆境体験)研究のような大規模な統計から、小児期トラウマが、胃腸疾患を含むさまざまな身体症状のリスクを大幅に押し上げることが判明していました。

また、エモリー大学のポール・プロツキーなどの学者によって、動物実験レベルで、母親ラットの受けたストレスが子どものラットにトラウマ症状に似た生物学的変化を引き起こすことも明らかになりました。

さらには、近年の腸内マイクロバイオータ(微生物群集)の研究の進歩により、なぜ胃腸疾患などの身体症状と、小児期トラウマが関係しているのかを科学的に解き明かすことができるようになりました。

「子どものころの経験が、私たちの健康や、腸と脳の対話にいかなる影響を及ぼすのかという問いの解明をめぐって、パラダイムシフト」がもたらされてきたのです。(p119)

こうしてエムラン・メイヤーは、胃腸病研究者でありながらトラウマ研究の世界に関わるようになり、トラウマにおけるマイクロバイオームの役割を解明する一端を担いました。

彼が長年の臨床経験から学んできたのは、次のような信念でした。

私は、一見すると原因がはっきりしない複雑な症状を抱える患者を何年も診てきたが、そこで学んだもっとも重要な教訓の一つは、「いかに奇怪に聞こえようが、いかに現行の科学の知見に合わなかろうが、先入観を持たずに彼らの話に耳を傾けるべきである」というものだ。(p89)

かつて、これと同じニュアンスの言葉を、他のさまざまな先見の明のある医師たちが述べていたのを思い出します。

理解できない症状をすぐ精神ストレスと決めつけてはならないーむずむず脚の発見者エクボム博士の警告
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冒頭で触れたように、わたしも、さまざまな本を読んで、トラウマとマイクロバイオームの研究は根本的な部分でオーバーラップしているに違いないという確信を持っていました。

愛着やトラウマをめぐる物語の主役は腸内細菌かもしれないという意外すぎる話
神経寄生生物学の知見から、愛着やトラウマの問題を腸内細菌を中心に読み直してみました。

しかし、以前の記事を書いた時点では、まだそれを裏付ける専門家による文献を見かけていなかったので、あくまで個人の意見としてしか主張できませんでした。

トラウマの先進的な研究を推し進めるヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンでさえ、トラウマにおいて内臓が重要な役割をはたしていることまでは書きつつも、内臓に棲んでいるはずのマイクロバイオームには一言も触れていなかったからです。

しかし、この本のおかげで、わたしの推測が正しかったことがわかり、この分野を研究している専門家たちが現に存在することを知れて、とても嬉しく思っています。おかげで、今やはっきり言うことができます。

トラウマは明らかに腸内マイクロバイオームを土台として起こる生物学的現象であり、今後トラウマを心や脳の視点からのみ考えるやり方は、おしなべて時代遅れになっていくでしょう。

(※用語について : 腸内に生息する細菌、古細菌、菌類、ウイルスをすべて合わせた微生物群集は「マイクロバイオータ」と呼ばれ、マイクロバイオータとそれが持つ遺伝子すべてを合わせたものが「マイクロバイオーム」と呼ばれます)

もはやトラウマは「心の問題」ではありえない4つの理由

トラウマを心の病として考えるやり方がもはや時代遅れである、ということを象徴する、あるエピソードがこの本に載せられています。

それは2002年に、アリゾナ州セドナで開催された、幼少期のトラウマが慢性的な身体疾患や精神障害の発症に及ぼす影響を検討する会議における出来事です。

その会議で、従来の見解に固執する精神分析医に対して、エモリー大学の精神科医チャールズ・ネメロフが真っ向から対立するという一幕があったそうです。

カナダの著名な精神科医で外科医のギスレイン・デブレード…は、幼少期に性的虐待を受けた患者の治療を専門とし、抑圧された苦痛や恥辱を表面化するために精神分析の手法を適用していた。

…彼は、骨盤痛や、慢性便秘などの腸疾患を抱える患者に精神分析を施し、困難な過去の記憶に向き合わせたところ、症状が消失したという症例をいくつかあげた。

主要な精神障害を引き起こしている生物学的基盤の研究で知られるネメロフはそれに与せず、「われわれは幼少期のトラウマに起因する心的・身体的な障害に対して、精神分析がそれほど有効ではないことを学んできた」と述べ、デブレードに挑戦した。

室内の空気が緊張するなか、ネメロフはさらに、いくら精神分析を行なおうが、幼少期の虐待によって脳に刻まれた痕跡を逆転させることはできないと主張した。

会議に招待した参加者のほとんどは、患者の治癒を促進するために、幼少期の性的虐待や神経症をめぐってフロイト流のあいまいな概念を持ち出す必要はもはやないと考えており、ネメロフの見解にうなずいていた。(p117)

わたしは当事者として、また様々な文献を調べてきた一個人として、このネメロフの意見に完全に同意しています。トラウマを引き起こしているのは間違いなく「生物学的基盤」であって、フロイトの言うような心理的な葛藤や欲求ではありません。

それを示唆する証拠は数多く挙げることができます。

1.異なる原因で同じトラウマ症状が起こる

第一に、トラウマはフロイト以来、長らく子ども時代の性的虐待に関連して語られてきましたが、今日では、子ども時代の性的虐待だけでなく、身体的虐待であれ、心理的虐待であれ、さらには医療行為であれ、事故であれ、子どもに耐えられる以上の恐怖を抱かせるものは何でもトラウマの原因となりうることがわかっています。

たとえば、小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)には自己愛性パーソナリティ障害の母親に育てられたプリシラという女性のこんなエピソードが出てきます。

思春期にはパニック発作を起こすようになった。症状は重く、汗をかき、震えながらキッチンの隅やバスルームにしゃがみこんで、動くことも考えることもできなかった。

「中枢神経系が壊れはじめたんです」とプリシラ。

「本で読んだベトナム戦争からの帰還兵や、レイプ被害に遭った女性と同じようなパニック障害でした。

だけど私はレイプされたわけでもなく、戦争にも行っていない。ただ自分の何かがおかしいのだと考えました。自分が悪いのだと」(p108)

たとえ原因が異なっていても、同じトラウマ症状が引き起こされるという事実は、トラウマが個人個人の異なる心の傷や隠された欲求ではなく、人体に普遍的に備わっている闘争/逃走や凍りつきといった生物学的反応によって起こることの証拠です。

ACE研究が明らかにした「小児期逆境後症候群」ーなぜ子ども時代の体験が脳の炎症や慢性疾患を引き起こすのか
17000人以上のデータから子ども時代の逆境体験と成人後の体調不良の関連性を導き出した画期的なACE研究の取り組みをもとに、幼少期の経験がわたしたちの一生にわたり、心身の健康にどん

もっと言えば、人間のような心の傷を抱えたりしない動物たちにも、人間と同様のトラウマ反応が見られるという動物行動学からの研究は、トラウマが心理学的なものではありえないことをはっきり示唆しています。

動物と異なるのは、人間の場合、前頭前皮質や島皮質が発達しているため自己という意識があり、それが引き起こす「恥」の感情からトラウマが引き起こされうることです。(ダーウィンは恥の意識によって赤面するのは人間だけだと書いていました)

しかし、たとえ恥の意識によって心理的に逃げ場所がないと感じた場合でも、それに続いて生じる背側迷走神経の凍りつきは動物と同じものです。

なぜ耐えがたい恥は人を生ける屍にしてしまうのか―「公開羞恥刑」と解離の深いつながり
公衆の面前で恥をかかせるという刑罰「公開羞恥刑」。現代のいじめやSNSの炎上、子ども虐待などが、いかに公開羞恥刑のようにして人を辱め、その結果、被害者の心を殺害し、解離させてしまう

トラウマと同様、理解が錯綜しきっている不登校の病理も、これで説明ができます。不登校研究の三池輝久先生は、早くから、異なる原因によって、同じ身体症状が出ることに注目していました。

子どものCFS研究の原点「学校過労死―不登校状態の子供の身体には何が起こっているか」
不登校は、「生き方の選択」「学校嫌い」「心の未熟さ」「能力の欠如」「根性が足りない」「親の育て方のせい」なのでしょうか。医学の進歩は、子どもや親に原因を求める伝統的な考え方について
昼夜逆転を伴う難治性の不登校「フクロウ症候群」の原因は何か―対処する7つのアドバイス
育ち盛りの子どもが不登校になると、望まざる夜型生活に陥り、極度の疲労を訴えることがあります。中には慢性疲労症候群の診断基準を満たす子どももいて、当初は「フクロウ症候群」と呼ばれてい

不登校外来ー眠育から不登校病態を理解するの中で、三池先生は、不登校研究でまかり通っている「心の問題」という安易な“逃げ口上”に異議を唱えていました。

“こころの問題”とはどのような問題であろうか。こころはどこにあり、どのように不登校と関連してるのだろうか。こころの持ち様は変えられるのであろうか。

何もかも曖昧で、明確な方向性を示すことができない医療現場の“逃げ口上”ともいえる。

不登校で苦しむ彼らを医学生理学的に明確に評価する方法を持たない医療は、漠然としてとりとめのない無責任な言葉“こころ”に逃げ道を求めたにすぎないのではないか。

現代の医療レベルの発展を考えるとき、医療に従事する者が“こころの問題”などと逃げること自体が許されないことだと考えている。(p12)

今や不登校は、心の問題という見地からではなく、生物学や動物行動学の見地から解釈したほうがすっきり理解できます。

ガリレオが発見した天体の運行が、天動説ではなく地動説から解釈したほうがしっくりきたのと同様です。古い理論では説明できない現象が、新しい理論ではすっきり説明できるのです。

ちなみに不登校研究では概日リズム睡眠障害との関係が重視されていますが、概日リズム睡眠障害でもマイクロバイオームの乱れや慢性炎症が見つかってきているようです。

<特集:脳神経系と腸内細菌叢Microbiota>睡眠と腸内細菌叢

頻繁な明暗シフト環境への長期暴露は慢性炎症を誘導〜概日リズム障害を起こす環境条件に関する研究〜│京都府立医科大学 プレスリリース

2.原因がわからなくてもトラウマから回復できる

第二に、トラウマが心の傷であるなら、カウンセリングや精神分析を通して心の傷の原因を明らかにし、それを癒やすことによって治せるはずですが、以前の記事で詳しく書いたように、研究結果は否定的です。

カウンセリングではトラウマを治療できないのはなぜか―物語ではなく経験が必要な理由
トラウマの治療において、従来の対話を中心としたセラピーに限界があり、身体志向の方法が必要な理由をさまざまな研究をもとに考察しました。

逆に、トラウマ治療用に開発されたヨーガなど、身体セラピーのプログラムによって身体が芯からの安心感を経験できれば、たとえトラウマの原因が何だったのかわからなくてもトラウマから回復してしまえる、という研究は、問題が心理的な悩みではなく身体的な経験にあることを示しています。

図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療で自我状態療法とEMDRのセラピストであるサンドラ・ポールセンが述べているように「治療を受けても、なにが起きたか明確にはわからないままの人もいますし、充分わかったと感じるようになる人もいます」。(p78)

要するに、過去に具体的に何があったのか、という心の傷の原因を明らかにすることは、トラウマからの回復に必須ではありません。

ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由
ベッセル・ヴァン・デア・コークらのトラウマ・センターで実践されている、トラウマの身体症状に対するヨーガ・プログラムを参考にして、身体的な気づきを促すボディワークがなぜ原因不明の身体

神経生理学者ピーター・ラヴィーンが、トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復 で書いているように、過去に何があったのかという心の傷を探ることは、存在しない偽の記憶である虚偽記憶を生み出し、かえってトラウマからの回復を遅らせかねません。

たとえば幼児期に、ある医療行為を受け戦慄体験をしたとする。そして、現在は戦慄と憤怒という過剰な反応だけが知覚されている。

そして、実際には「医療行為」という身体への侵害が行われたのだが、それを誤って、「拷問やレイプ」として視覚化してしまうのだ。

さらにセラピストの個人的な解釈を聞かされたり、グループの共通のテーマが「虐待」であったとすると、強烈な感情の洪水が、この解釈やテーマと合体してしまう。

クライアントは誘導され、でっち上げられた「フラッシュバック」を経験する。(p174)

トラウマを抱える人は確かに身体のさまざまな不快症状に悩まされています。しかしすでに書いたように、異なるさまざまな原因によって同じ症状が起こりえます。

症状に基づいてインターネットを調べたり、セラピストや精神科医にかかったりすれば、それは幼少期の虐待の結果だと説明されるかもしれません。そう言われてみると、自分の親も「毒親」寄りだった、と思い当たるかもしれません。

すると、子どものころからの親の扱いによってトラウマを抱えた、という虚偽のストーリーが形成されていきます。しかし本当の原因は覚えてさえいない何か(たとえば幼少期の医療処置など)かもしれないのです。

この種の虚偽記憶が誰にでも起こり得ることは、神経科医オリヴァー・サックスの最後の著書意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源のエピソードから明らかです。この中でサックスは、絶対に事実だと信じて自伝にも記した幼少期の記憶が、外部の証言によって事実ではないことがわかって愕然としたことを語っています。(p106)

トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際に書かれているとおり、科学的根拠に基づく今日のトラウマ治療では、過去に何があったのか探るようなことはせず、また記憶が正しいか間違っているか評価したりせず、中立的態度を保ちます。

一部のクライエントは「本当は何がおきたのか」がわかるだろうと期待して、セラピーを受けにやってきます。

セラピストは、センサリーモーター・サイコセラピーは「記憶」を回復する技術ではないことを強調します。

トラウマとなった出来事の想起ではなく、解消を意図しているのです。

…セラピストは記憶との取り組みにおいて、次のような適切な判断に従う必要があります。

つまり誘導的尋問を避けること、記憶の回復をセラピーの目標とすることは控えること、記憶を立証したり反証したりしないこと、です。(p338)

こうした科学的根拠に基づくトラウマセラピーでは、過去の記憶のストーリーに注意を向ける代わりに、「今ここ」の身体感覚に注意を引き戻します。

この記事の後半で説明しますが、この手法はマイクロバイオームの科学からしても理にかなっています。

 

3.脳はもっともらしいストーリーを作り出す

第三に、意識と自己 (講談社学術文庫)に書かれているように、ガザニガの分離脳研究からわかった強力な事実として、人間は無意識のうちの非優位脳(たいていは右脳)が取った行動を、言語中枢がある優位脳(たいていは左脳)によって都合よく解釈して、勝手に理由をでっち上げることがわかっています。

「言語的」創造心はフィクションに耽りやすい。たぶん、人間の分離脳研究におけるもっとも重要な知見はまさにつぎの点にある。

人間の左大脳半球は、かならずしも事実と一致しない言語的な話をつくりやすい。(p249)

心は複数の自己からなる「内的家族システム」(IFS)である―分離脳研究が明かした愛着障害の正体
スペリーとガザニガの分離脳研究はわたしたちには内なる複数の自己からなる社会があることを浮きらかにしました。「内的家族システム」(IFS)というキーワードから、そのことが愛着障害やさ

つまり、本当は身体の無意識の生物学的な現象として起こっている条件反射のような行動を、人間はだれでも心の問題として解釈し、自分を納得させるために架空のストーリーを作り出してしまうことを意味しています。

たとえば行動経済学者のダン・アリエリーは、ずる――噓とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で、こんな有名な実験を紹介しています。

むかしむかし、リチャード・ニスペット(ミシガン大学教授)とティム・ウィルソン(バージニア大学教授)という二人の研究者が、地元の商店街に店を広げて、テーブルの上に四足のナイロンストッキングを並べたそうな。

それから、道行く女性たちに、四足のうちどれが好きかを尋ねた。女性たちの好みを集計してみると、右端のものが一番人気だった。なぜだろう?

素材が好きだという人もいれば、手触りや色が気に入ったという人もいた。品質が一番高いと感じた人もいた。

この好みは興味深かった。というのも、四足はどれもまったく同じだったからだ(ニスペットとウィルソンは、のちにナイトガウンを使って同じ実験をくり返し、同じ結果を得ている)。

ニスペットとウィルソンは協力者の一人ひとりに選択の根拠を尋ねたが、テーブルに置かれた位置をあげた人は一人もいなかった。

ストッキングはどれも同じで、右端に置かれたから選ばれているだけだと教えても、女性たちは「それを否定し、自分は聞き違えたのだろうか、それとも狂人を相手にしているのだろうかと言わんばかりの困った目つきで、インタヴュアーを見つめた」。

この物語の教訓? わたしたちは自分がいましていることをなぜしているのか、選んだものをなぜ選んだのか、感じていることをなぜ感じているのかを、必ずしも正確に理解しているわけではない。

だがたとえ本当の動機がよくわからなくも、自分の行動、決定、感情を説明する、もっともらしい理由をこしらえずにはいられないのだ。(p195-196)

人は利き手側にあるものを無意識のうちに選びやすいというこの傾向は当然ながらマーケティングに組み込まれています。本当は単に右側にあったから反射的に選んだだけなのに、人はそこにもっともらしい理由をこしらえます。

これが虚偽記憶が生じる原因でもあります。人は自分が納得できるストーリーであれば、たとえ事実ではなくても、それが原因だと容易に信じ込んでしまいます。

不登校の子どもを対象にするカウンセラーや、トラウマ患者を治療する精神分析医は、むろん本当に助けになった例もあるでしょうが、ひどい場合はトークセラピーを通じてもっともらしい原因をひねり出し、患者に納得させることで、架空の「心の問題」という虚偽記憶を作り出しているということになります。

しかし、いかにもっともらしい心理的な原因であったとしても、それは後付けによって考え出された都合のよいストーリーにすぎないので、わかった気になるだけで何も解決しません。

興味深いことに、ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンは、ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で、統計的にはインチキなのに(サイコロ投げに近い成功確率になる)、個人の「スキルの錯覚」によって成り立っている専門職が多数あると述べています。(p314)

ファスト&スロー(下) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫の中では、もっともらしい長期的な予測を考え出すときにスキルの錯覚を起こす職業の例として、ファンドマネージャーや政治評論家、心理療法士などが挙げられています。(p30)

そのような人たちは、しばしば偶然うまくいった例を自分のスキルによるものと錯覚し、当てずっぽうにすぎない自分たちのやり方に絶大な自信を持つようになります。おそらく前述の会議での精神分析医もそうだったのでしょう。

4.本人のトラウマとは限らない

第四に、トラウマ医学が発見した非常に重要な点として、トラウマ症状の原因は、本人が負ったトラウマだとは限らない、という衝撃的な事実があります。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかにも書かれていますが、ホロコーストやテロの犠牲者の子どもは、自分がトラウマを経験していないにもかかわらず、トラウマ症状を示します。

セドナの会議で登壇した講演者の一人は、ニューヨークのマウントサイナイ医科大学に在籍する著名な神経科学者レイチェル・イェフダだった。

講演の内容は、ホロコーストの生存者が生んだ子どもが成人すると、自分自身はトラウマを経験せずに育ったにもかかわらず、うつ病、不安障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神障害を発症させる高いリスクを抱えていることを示す、画期的な発見に関するものであった。

この発見以降、それに類するストレスや逆境体験の「世代間の受け渡し」を報告する、いくつかの研究が発表されるようになった。(p124)

以前の記事でも書いたように、この事実は、トラウマが個人の心の問題ではなく、生物学的に世代を超えて受け渡される遺伝子のオンオフ(エピジェネティクス)や、やはり母から子へと受け渡されるマイクロバイオームの問題であることを物語っています。

原因不明の身体症状に苦しむ人のための「記憶」の科学の10の考察
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トラウマがもはや「心の病」ではありえないことは、このほかにも、無数の多種多様な証拠によって支えられています。

わたしたちは今や、概念を転換しなければならない時に来ています。「心の病」という、作られた幻想を捨て去り、科学的根拠に基づいた事実を受け入れるべき時です。

これは人類史において、何度も繰り返されてきた局面であり、今に始まったことではありません。

たとえば、雨の自然誌に書かれているように、中世において、まだ天候の科学的メカニズムが明らかになっていないころ、極端な気候や災害が起こると、人々は魔女のせいにしました。

迷信では、魔女は嵐を呼ぶだけでなく、病気をまき散らし、子供を殺し、男も女も、家畜も生殖能力を失わせることができるとされた。

「こうした類の不幸が偶然に起こるという考えは、当時のヨーロッパ人の多くにとっては異質なものだった」と、ベーリンガーは言う。「魔女は、この時代が惨事に見舞われる理由を説明するうえで、人びとが必要とした身代わりだったのだ」(p58)

理由がはっきりわからない物事に関して、人は納得のいくストーリーを作り出し、何かしらもっともらしい原因を作り出し、スケープゴートとして罪を担わせる強力な傾向を持っています。

宗教における、なんでも「神のせい」にする思考もこれと同じです。人類は、理由がわからないことを神のせいにすること(「隙間を埋める神」と呼ばれる思考)によって、もっともらしい説明を作り出し、こうして無数の相反する宗教が出現しました。

ノーベル賞科学者が語る宗教という思考停止、科学という妄信―「神のせい」と「進化論」
ノーベル賞受賞者の益川敏英博士と山中伸弥博士の対談について書いた、『「大発見」の思考法 iPS細胞 vs. 素粒子』という本から、「神のせい」にするという短絡的な思考や、「科学」を

エムラン・メイヤーは、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかの中で、これと同じことが医学の分野でも広く生じてきたと述べます。

人類はこれまで、自らのコントロールが及ばない健康障害の脅威に対する恐れや不安を緩和するために、あらゆる種類の非科学的な説明や儀式を生み出してきた。(p91)

現代医学における「心の問題」という言葉もこれとまったく同様です。医学では解明できない原因不明の慢性疲労や慢性疼痛、トラウマ症状などを、すべて心という現代版魔女のせいにすることで、架空のスケープゴートを作り出し、解決した気になっていただけです。

オリヴァー・サックスが意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源で指摘しているように、科学において理由のわからないことは、心理的な問題という屋根裏部屋に放り込まれ、ぞんざいに扱われてきたのです。

ヴォルフガング・ケーラーがゲシュタルト心理学の先駆的研究を行なう前、1913年に書いた最初の論文で…ケーラーは科学、とくに心理学における早計な単純化と体系化が科学を硬直させ、必要な成長を妨げるおそれがあることについて書いている。

「それぞれの科学には屋根裏部屋のようなものがあって、さしあたって使い道がないもの、あまりしっくりこないものは、ほぼ自動的にそこに押し込まれる」(p204)

科学の進歩とともに、魔女や迷信的思考が払拭されたように、医学におけるこの迷信ももはや時代遅れです。「隙間を埋める神」ならぬ、「隙間を埋める心」のような“逃げ口上”としての概念は、もはや撤廃されねばなりません。

興味深いことに、オリヴァー・サックスは、もともと神経学者だったフロイトが心理学や精神医学を考案した経緯について、次のように書いています。

彼はのちに『科学的心理学草稿』…のなかで、精神状態の神経基盤を解明しようと決定的な、高度に理論的な試みをすることなるのだが、あらゆる心理学的な疾患と理論には、突き詰めれば生物学的「基礎」があるはずだという考えをけっしてあきらめなかった。

しかし実際的な目的で、そのことはしばらく脇に置いておけるし、そうすべきだと感じたのである。(94)

フロイトはもともとヤツメウナギを研究していた神経学者として、またダーウィンの理論に感銘を受けた生理学者として、心の基盤には、必ず『突き詰めれば生物学的「基礎」があるはずだという考えをけっしてあきらめ』ていませんでした。

彼は当時の機械論的な神経科学に不満を感じたために、心理学や精神医学を考案しましたが、すべて無意識の動機の結果だという逆の極端に振れてしまったようです。(p86,131)

フロイトは、心理学の枠組みは、科学的に心を説明できるようになるまでの一時的な枠組みだということを承知していましたから、もし今生きていたら、時代に即して意見をアップデートしたことでしょう。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかに書かれているように、フロイト流の精神医学や心理学は、科学的な分析手段がない当時は役に立ったかもしれませんが、今日ではもう正確でないことが証明されています。

精神科医は一世紀間、無意識には、幼少期に刻み込まれたトラウマ、潜在的な欲望、母子のあいだの未解消の力学に由来する、燃えるような感情が埋もれていると想定していた。

精神分析理論では、未解決の問題によって、子どもが成人してから、心理的な問題やIBSのようなストレス障害が引き起こされると見なされていた。

現在ではこのようなフロイト流の概念の多くは誤りだと判明している。

最新の科学は、ぞんざいな養育を含む幼少期の逆境体験から、ストレスに対して過剰に反応するよう脳が配線される場合があり、またこのプログラミングが世代間で受け渡されることによって、種々の脳障害に対する脆弱性が永続しうるという見方を、強く支持する。(p127)

精神科医たちが一世紀にわたって作り出した「心の病」「精神疾患」「メンタルヘルスの問題」といった概念は、あまりに広く受けいれられているため、当然の事実のように思われています。しかしガリレオの時代の天動説もそうだったのです。

かつての天動説やフロギストン説、エーテル理論などは、いくらもっともらしく見えても、完全に捨てさられました。「心の病」や「精神疾患」という概念も同じです。

わたしたちがさらに先に進むためには、いかに愛着があるとしても、いかに古い権威や利潤によって支持されていようと、既成の概念を捨てなければなりません。ガリレオの時代の人々がかつてそうしたように。

アメリカでは健康問題に対処するのに莫大な資源が費やされるようになったにもかかわらず、慢性疼痛、過敏性腸症候群(IBS、以降この表記を用いる)などの脳腸障害(brain-gut disorders)、うつ病、不安障害、神経変性疾患などの心の病の治療に関しては、ほとんど進展がないという厳しい現実を反映する。

この事実は、人体を理解するモデルが時代遅れになったことを意味するのか?

この問いに「イエス」と答える統合医療の専門家、機能性医療の実践者の数は次第に増えつつある。

それどころか、主流の科学者にも、そのように考える人が現れはじめている。変化は差し迫っているのだ。(p15)

うつ病や自殺は心の弱さではない科学的理由―ウィリアム・スタイロンの闘病記から学ぶ
ウィリアム・スタイロンがうつ病の闘病について記した「見える暗闇」から、うつ病や自殺を取り巻く偏見について考え、それらが心の弱さではなく全身疾患の結果だとする科学的根拠を考察しました

小児期トラウマによって脳-腸-マイクロバイオーム相関が変化する

では「慢性疼痛、過敏性腸症候群…、うつ病、不安障害、神経変性疾患などの心の病」について、従来の精神医学に取って変わる、どんな新たな解釈ができるのでしょうか。

まず、以前にも詳しく取り上げたように、これらの病気の根が、おもに小児期のトラウマ経験にある、ということは、ACE(小児期逆境体験)研究により確認されています。

ACE研究が明らかにした「小児期逆境後症候群」ーなぜ子ども時代の体験が脳の炎症や慢性疾患を引き起こすのか
17000人以上のデータから子ども時代の逆境体験と成人後の体調不良の関連性を導き出した画期的なACE研究の取り組みをもとに、幼少期の経験がわたしたちの一生にわたり、心身の健康にどん

今回の腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかという本でも、やはりACE研究の結果に言及して、次のように説明されています。

任意に選抜された54000人近くのアメリカ人を対象に実施された最近の調査では、幼少期やティーンエイジャーのころに虐待を受けた経験がある人は、成人後に健康不良、心臓発作、脳卒中、喘息、糖尿病に見舞われやすいと報告されている。

このような健康被害を成人後に引き起こす危険性は、18歳までに経験した虐待の回数が多いほど高まる。

幼少期の虐待経験(ACE)研究で実施された、大規模な健康調査機関の保有する健康記録の分析でも、アルコール中毒、うつ病、薬物依存症に陥る危険性が4~12倍高まり、自己報告による健康レベルが2~4倍低下するという報告が出されている。(p114)

幼少期に不適切な養育、侵襲的な医療行為、事故などに遭遇した場合、成人後にさまざまな病気の可能性が跳ね上がることは、すでにさまざまな研究で確認されています。

一昔前ならば、こうした研究は、メンタルヘルスの見地から、幼少期に受けた心の傷つきのせいで、精神的にもろくなった結果だとみなされていたかもしれません。しかし、そうした前時代的な考え方はきっぱり捨てる必要があります。

まず、幼少期の逆境によって発症率が跳ね上がる疾患の中には、うつ病や依存症だけでなく、慢性疲労症候群、線維筋痛症、自己免疫疾患、喘息、がん、肥満など、明らかに身体的要素を持つ病気が多数含まれています。

それだけでなく、まったく別方面から研究していた微生物学者たちによって、幼少期に腸内の微生物群集(マイクロバイオーム)が乱されると、これら同じ病気にかかりやすくなることが確認されるようになりました。

慢性疲労症候群では腸内細菌の多様性が低下(コーネル大学の研究)―自己免疫性の脳の慢性炎症の原因?
コーネル大学の研究によって、慢性疲労症候群の患者の腸内細菌に異常があることがわかり、慢性的な炎症の原因となっている可能性が示唆されています。

そして、幼少期にトラウマを負った人たちは、腸内マイクロバイオームの乱れも抱えていることがわかってきました。

心的外傷後ストレス障害における腸内細菌叢の変化 Alteration of the Gut Microbiota in Post-traumatic Stress Disorder

Differences in gut microbial composition correlate with regional brain volumes in irritable bowel syndrome | Microbiome | Full Text

The Microbiome in Posttraumatic Stress Disorder and Trauma-Exposed Controls: An Exploratory Study. - PubMed - NCBI

明らかに両者はオーバーラップしていました。トラウマは心の問題ではなく腸内微生物の問題でもあり、腸内微生物の問題はメンタルヘルスの領域にまで及んでいたのです。

それを検証する実験を考案する際、私はジェニファー[※冒頭で引用したエピソードの患者]のようなIBS患者を念頭に置いていた。

そのころには、幼少期に逆境を経験すると、成人後に不安障害、パニック発作、うつ病に陥りやすくなることがすでに知られていた。

しかし、IBSの症状と過去に受けた性的虐待を結びつけるニ、三の報告を除けば、その種のできごとが胃腸の痛みを引き起こし、便通を変えるのかどうかについて知る者は一人としておらず、腸内微生物がこのプロセスに関与している可能性は、誰もまったく考えていなかった。(p122)

トラウマ性疾患に腸内マイクロバイオームが関わっている可能性は、近年になるまで誰も考えてもみない領域でした。しかしひとたび関係性が示唆されるや、そのつながりを示す研究が報告されるようになりました。

出生前後の環境は「腸内微生物の居住環境」を左右する

まずひとつめは、妊娠中に母親が受けたストレスが、膣内マイクロバイオームの構成を変化させ、トラウマ的な行動傾向を子どもに受け渡す、という研究です。

すでに触れたとおり、今日では、遺伝子の後天的なオンオフ、つまりエピジェネティクスによってトラウマが世代を超えて伝達されることがわかっていますが、トラウマはマイクロバイオームを通しても出産時に親から子へと伝達されます。

現在では、ストレスから母親の膣内マイクロバイオータの構成が変化し、それが新生児の腸内微生物の構成に多大な影響を及ぼすことがわかっている。

…新生児の腸内マイクロバイオータは、最初の母親の膣内微生物が種を蒔くので、ストレスを受けたマウスの母親は、腸内に通常より少ない乳酸菌を宿す子を生む。

これはストレスを受けたサルの母親が生んだ子の、腸内に宿る乳酸菌の数が少ないのと同じだ。

このストレス効果は、新生児の腸内マイクロバイオームと脳の神経回路の複雑な構造(アーキテクチャ)が、恒久的にプログラミングされるきわめて重要な時期に起こるので、とりわけ深刻な問題である。(p131-132)

以前にHSP(敏感な子ども)の記事で、妊娠中に母親がストレスを受けると、胎児がコルチゾールにさらされ「生まれたときからあらゆるタイプの刺激に弱いか、過度に用心深くなる」という研究を紹介しましたが、これはどうやら腸内微生物のレベルから生じています。

また、生まれてからの環境も、マイクロバイオームの組成に影響します。小児期の慢性的なストレスは、腸内微生物を組成を変えてしまい、成人後のさまざまな病気を引き起こします。

私たちは、幼少期に経験した逆境、腸と脳の対話の変化、この対話におけるマイクロバイオームの役割という三者間の関係に対する理解を大幅に発展させてきた。

そして幼少期のストレスが、腸や脳ばかりか、マイクロバイオームにも深甚な影響を及ぼすことが明らかになった。

…ストレスが引き起こす腸機能の変化は、腸内微生物の居住環境に劇的な効果をおよぼす。

それに反応して、糞便性細菌の数は激減し、良性細菌の一種の乳酸菌がもっとも減少する。

赤痢菌や大腸菌などの病原菌が勢力を増し、腸感染につながる。さらにこの侵入者たちは、ストレスホルモンのノルエピネフリン[※ノルアドレナリン]によって、より執拗で攻撃的になる。(p130)

このとき起こっている腸内微生物の変化は、以前にトラウマとマイクロバイオームの関係について考察した記事で推測として書いたような、「腸内微生物の居住環境」の変化によって生じるようです。

人間の体内の環境は、一種の生態系とみなすべきであり、あたかもわたしたちの身体は、ひとつの地球のようなものです。

身体が常に慢性的なストレスにさらされると、交感神経が常にオンになるなどして、わたしたちの体内の地球では長期間にわたる気候変動が生じます。

すると、体内の地球に住む微生物たちは、環境の激変に合わせて淘汰されていき、過酷な環境に適応した微生物だけが残ります。砂漠化した地域に砂漠に適応した生物が繁栄するのと同じです。

たとえば慢性ストレスによって、闘争/逃走反応に関わるノルアドレナリンが常に放出されているような腸内環境だと、病原性の細菌が攻撃的に活性化して、「その菌が腸内で生き残れる可能性を高」まります。(p156)

幼児の場合、脳は常に腸と連絡を取りながら発達しているので、腸内が砂漠のような過酷な環境になると、脳もそれに適応した方向性で発達していきます。常に腸が警戒していると、脳も常に警戒する脳へと成長します。

たとえば、うつ病や自閉症に関わることで知られている神経伝達物質セロトニンは、脳の中で作用する心を安定させる物質だと思われがちですが、「体内のセロトニンの95パーセント」は腸に貯蔵されていて、「脳腸相関で非常に重要な役割を果たすシグナル分子」だとされています。(p18)

腸が砂漠のような環境になるということは「体内の最大のセロトニン貯蔵庫」が干ばつ状態になるということなので、いかに脳の発達に影響が及び、やがてセロトニンを増やす抗うつ薬などに頼らねばならない脳になっていくかが容易に想像できるというものです。

出産前および幼少期の環境が逆境的だと、わたしたちの生物としての身体は、これからずっと過酷な環境で生き抜かねばならないのだと判断し、それに適した脳を発達させていきます。

これはすなわち、トラウマ専門医のヴァン・デア・コークがかつて「サバイバル脳」と呼んだような脳でしょう。

生まれる前後の時期から逆境にさらされていた子どもは、いわば戦時下に生きる兵士のようなものとしてプログラミングされ、逆境に応じた腸内微生物が繁栄し、異質な脳へと発達していくよう運命づけられてしまうのです。

母親は子どもとの交換を通じて、子どもの内臓感覚が、成長後に直面しなければならない危険な環境に対する準備を整えられるよう、脳のサリエンス・システムに変更を加える。

また、出産時に膣内微生物の構成を変えることによって、子どものマイクロバイオームの構成を調整する。

さらに、ストレス反応に関与するおもな遺伝子にメチル基を不可することで、数世代にわたって維持される後成的な修飾を加える。

…たとえば母親が危険を察知すると、彼女がとる戦略が「闘争/逃走反応」として子どもに植えつけられ、子どもの行動は慎重になり、攻撃性は減退し、冒険心は低下する。

つまり母親は、自分にそのつもりはなくても、自らが危険なものとして認知した世界に対する準備を、子どものためにしつらえるのである。(p136-137)

ここでは母親の責任が非常に重く描写されていますが、妊娠中、また子育て期に母親が安心感を感じられるかどうかは父親にかかっていることは言うまでもありません。

三歳ごろまでにマイクロバイオームの構成が決まってしまう

このように幼少期の生育環境は、腸内微生物の居住環境を激動させますが、研究を通して明らかになった最大の問題は、腸内マイクロバイオームの組成は、だいたい三歳ごろまでにほぼ決定されてしまう、ということでしょう。

この研究や他の研究から、二歳半から三歳になるまでに、生涯保たれるマイクロバイオームが形成されることが明らかになった。

それはまるで、子どもの身体が管弦楽団のメンバーを雇用するようなもので、この管弦楽団では、腸内微生物のおのおのの種が特定の楽器を奏でるのだ。

…乳児が二歳半になるころには、ポストはすべて埋まり、大多数の演奏者は、成人してもそのままポストを維持し続ける。この管弦楽団は、状況や何を食べたかによって異なる曲を演奏するのだ。(p213)

小児期トラウマが、生涯にわたって影響を及ぼす最大の理由がここにあります。生後2、3年ごろまでに決定されたマイクロバイオームの組成は、生涯にわたってほぼ変化しないのです。

妊娠中に受けたある種のストレスや、子どもの成長期の家庭内のいざこざが、脳の発達に有害であり、「脳-腸-マイクロバイオーム」相関の構造を半永久的に変えるリスクをはらむことは明らかだ。

私が確信するところでは、回避可能なストレス、帝王切開、不必要な抗生物質の投与、周産期の母親の不健康な食習慣による、子どものマイクロバイオームの正常なプログラミングの阻害は、腸脳相関の障害の種を蒔く。

そして、子どもの腸脳相関の変化は、成長後でなければわからないケースもあり、それでは症状を逆転させるには遅すぎる。(p138)

悲しいことに、腸内マイクロバイオームの乱れが引き起こす多彩な健康問題は、「成長後でなければわからないケースも」あるにもかかわらず、「それでは症状を逆転させるには遅すぎ」ます。

今のところ、「このような脳腸相関における初期のプログラミングエラーを逆転する治療法」はまだ発見されていません。(p88)

こう書くとあまりに希望がないかに思えますが、実際それがトラウマ・サバイバーの現実です。ある程度対処する方法は発見されつつあるにせよ、幼少期に刻まれた焼き印が生涯にわたって消えないからこそ、トラウマはこれほど深刻な問題なのです。

別の本細菌が人をつくる (TEDブックス)に書かれているように、幼少期に決定されたマイクロバイオームの組成は指紋のようなものであり、生涯を通じてほとんど変化しません。

みなさんが使っているパソコンのマウスに付着した細菌を調べれば、それが誰のものかを特定することができます。

また同様に、同棲しているパートナーや飼い主などと共有している細菌を追跡することによってもかなり正確に個人を特定できるのです。

私たちがだいたい何をしても、細菌群集はあまり変化しません。なぜなら、年をとっても細菌群集には個人差がはっきりと残るためです。

幼稚園の入園式の日と会社の退社日で比較しても、みなさんとご近所さんとの細菌群集の違いの程度はほとんど変わりません。(p64)

近年の研究によると、わたしたちの個性を決定しているのは、遺伝子でも、実態のない心でもなく、腸内微生物の組成である、と考えられています。

ヒトの個体間において、細菌群集はすさまじく多様です。

聞いたことがあるかもしれませんが、あなたのヒトとしてのDNAは99.99%他人と同じです。

ところが、あなたの腸内細菌は違います。あなたの隣人とわずか10%しか共通しないかもしれません。

この違いは私たちヒトの多様性に大きく寄与しています。(p10-11)

もし腸内微生物が容易に変化してしまうようでは、わたしたちは一貫した人格を保てない、ということになります。わたしたちが一生涯にわたり同じ人、同じ自分でいられるのは、マイクロバイオームの組成がほぼ固定しているからです。

こうした研究に照らせば、しばしばメディアで宣伝されている「この健康食品を食べれば腸内フローラが整う」という謳い文句は、よくある商業主義にすぎず、科学的には間違っていることがわかります。(p276-277)

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかに書かれているように、食事によって変わるのは、腸内微生物の代謝物質(オーケストラが奏でる音楽)にすぎず、腸内微生物の構成(オーケストラの団員)そのものは、生涯を通してほとんど変化しないのです。

要するに食習慣は、微生物の構成自体を変えずに、微生物が生成する代謝物質を変えたのだ。

この研究の著書たちの考えによれば、これまでに確認されてきた、世界各地に住む人々のマイクロバイオータの相違が食習慣の違いに起因するのなら、相違が現れるまでには数世代分の時間がかかるはずであり、マイクロバイオータが生涯続く持続的な影響を受けるには、幼少期における曝露が必須のはずである。(p221)

この腸内微生物の組成が決定される幼少期の時期というのは、以前のトラウマとマイクロバイオームの考察記事でも指摘したとおり、心理学で言うところの「愛着」(attachment)が形成される時期と同じです。(p181,213)

「愛着」もまたその人の生涯の性格を左右するものであり、両者は同じ概念を指していると思われます。

幼少期における満腹や空腹、あるいは快不快の周期的な経験は、まちに内臓感覚に現われる、良いこと、悪いことに関する倫理的判断の基礎を築くのかもしれない。

いい換えると、自分の欲求がどの程度満たされたか、あるいは満たされなかったかが、幼少期に内臓に登記されるのだ。(p182)

つまり、今まで心理学的な「愛着」とみなされていたものは、実は幼少期に決定されるマイクロバイオームの組成およびそれに対応して発達する脳の構造だったのです。

なぜマイクロバイオームの組成が、親子の「愛着」を形成するのか。その部分は前回の記事の時点では推測にすぎませんでしたが、この本を読んで納得がいきました。

研究によれば、マイクロバイオームは情動の生成に密接に関係しているからです。

ダマシオの理論がトラウマとマイクロバイオームをつなぐ

先日の記事で詳しく解説したように、近年のトラウマ医学を支えている最も重要な理論のひとつは、神経科学者アントニオ・ダマシオによるソマティック・マーカー仮説です。

心は脳だけでなく身体全体から作られる―神経学者ダマシオの自己意識の研究を読み解く
心は身体を土台として生まれるという神経学者アントニオ・ダマシオのソマティック・マーカー仮説について、「意識と自己」という本から整理してまとめてみました。

簡単に説明すると、ダマシオは非常に豊富な事例や研究をもとに、わたしたちが意識や自己と呼んでいるもの、つまり「心」の起源が身体にあることを解き明かしました。

わたしたちの身体は、まずさまざまな感覚を感じ取り、それに基づいて、情動(感情に先立って生じる身体の動き)が現れます。次いで情動は感情を作り出し、最後に理性が生じます。

これをピラミッド構造にたとえてみれば、わたしたちはとかくピラミッドのてっぺんの理性にばかり注目しがちですが、理性の土台には感情があり、感情の土台には情動があり、情動の土台には身体があります。

デカルトの有名な「我思う故に我あり」という思想とは真反対で、科学的な事実によれば、身体なしにはいかなる感情も理性も生じないのです。わたしたちが「心」を持っているのは、まず身体があるからです。

アントニオ・ダマシオの理論は多方面に影響を及ぼしたので、近年の脳科学や神経科学の本では必ず名前を見るほどですが、この腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかも例外ではなく、ダマシオの研究を重要視していました。

神経科学者のアントニオ・ダマシオは三冊の著書を通じて『デカルトの誤り―情動、理性、人間の脳』で導入したソマティック・マーカー仮説を緻密に発展させていった。

…ダマシオは、このプロセスに関与する消化管の顕著な役割に関してはほとんど何も述べていないが、彼の画期的な業績は、情動や情動的感情に関する私たちの理解を根本的に変えた。(p167)

確かにダマシオは、自己意識の生成のプロセスにおける消化管の役割についてはほとんど何も述べていません。しかし、内臓から発せられる内臓感覚(内受容)が、自己意識の主要な材料であることは繰り返し強調しています。

ダマシオによれば、わたしたちが「今ここに存在している」という感覚を持つことができるのは、内臓の内部から発せられる内臓感覚が存在するからです。

そしてトラウマ専門医が説明するところによると、深刻なトラウマ障害において、「今ここに存在している」という感覚が希薄になる離人症が生じるのは、この内臓感覚が解離によって遮断されているからです。

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現実感がない、世界が遠い、半透明の膜を通して見ているような感じ、ヴェールがかかっている、奥行きがなく薄っぺらい…。そのような症状を伴う「離人症」「離人感」について症状、原因、治療法

エムラン・メイヤーが腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかで指摘しているように、強烈な感情は、まず内臓の情動として経験されます。

腸とのあいだに固定配線された結合を持つ脳は、腸との結びつきが非常に強い。

人は常に腹部に情動を感じており、その事実は、「胃が締めつけられるような感じ(stomach tied up in knots)」「はらわたが引き裂かれるような経験(gut-wrenching experience)」「そわそわして落ち着かない(butterflies in your stomach)」など、言葉にも反映されている。(p37)

強烈な感情は、感情である以前に、まず内臓の情動として生じるものなので、当然ながらトラウマもまずは内臓で経験されます。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法に書かれているように、身も凍りつくような恐怖は、心理的な体験でも精神的な苦痛でもなく、まず第一に内臓で感じる恐怖です。

「怖くて体が硬直する」とか「恐怖で凍りつく」(虚脱状態や麻痺状態に陥る)といった表現は、恐怖やトラウマがどのように感じられるかをじつに正確に言い当てている。

トラウマは、内臓を土台とするそうした感覚から生じる。

恐れの体験は、何らかのかたちで逃避が妨げられて感じた脅威に対する原始的な反応に由来する。

内臓の経験が変わらないかぎり、その人の人生は恐れに人質に取られたままとなる。(p163)

内臓で経験された強烈な情動は、おもに迷走神経(ダーウィンが記述した肺-胃神経)や血流を通して、腸から脳へと直接伝えられます。

この経路は、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかで書かれているように(p74)、また身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアでも神経生理学者ピーター・ラヴィーンが指摘しているように、9:1の割合で腸のほうに発言権があります。

ヒトは二つの脳を持つと言える。内臓内(腸の脳)と、頭蓋という円形ドーム内に鎮座する「上の脳」である。

この二つの脳は、太い迷走神経を通じてお互いに直接コミュニケーションをしている。

そして数で勝負するならば―1つの運動性、遠心性神経に対して、9つの感覚性、求心性神経―脳から内臓に対してよりも、明らかに内臓の方が脳に対する発言力がある(9:1の割合で)!(p145)

トラウマを経験した人は、内臓がずっと怯えたままになるので、常に内臓由来の強烈すぎる情動にさらされます。

はらわたが引き裂かれるような情動がずっと続くことを想像してみてください。しかも迷走神経の発言権は腸9:脳1なので、理性では決してコントロールできません

そんな状態がずっと続けば、情動から生成される感情も大混乱に陥り、常に恐怖や不安に圧倒され、冷静に考えることができなくなります。これがPTSDの状態です。

しかし、身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法に書かれているように、幼少期から慢性的にそうしたトラウマにさらされた人の場合は、その圧倒的すぎる情動を切り離すことを覚えます。

トラウマを負った人々は、自分の体の内部で絶えず危険に感じている。過去が、心を苦しめる内部の不快感として生き続けているからだ。

彼らの体は、内臓の危険信号をひっきりなしに浴びせかけられ、それを制御しようとするうちに、腹の底で感じるものを無視し、内部で起こることの自覚を麻痺させるのが得意になってしまう場合が多い。

彼らは自己から隠れることを学ぶのだ。(p162)

内臓からの圧倒的な情動を麻痺させ、自己から隠れることを学ぶ。

これが「解離」であり自己から切り離された状態です。

前述のとおり、ダマシオによれば自己の感覚は内臓感覚から生じているので、自己から切り離された状態とはすなわち、内臓から切り離された状態だということになります。

これらの患者は、トラウマ自体への反応として、また、ずっとあとまで残っていた恐怖に対処する中で、特定の脳領域の機能を停止することを学んだのだ。

それは、恐怖に伴ったり恐怖を特徴づけたりする、内臓で経験する感覚と情動を伝える領域だ。

だが日常生活では、まさにそれらの領域が、私たちの自己認識、すなわち自分は誰なのかという感覚の土台を形作るいっさいの情動と感覚の認識を司っている。

私たちがここで目の当たりにしたのは、なんとも悲しい適応で、彼らは恐ろしい感覚を遮断しようとして、思う存分生きていると感じる能力まで弱めてしまったのだ。(p152-153)

幼少期に恐ろしい出来事を経験して、内臓がおびえきってしまった人は、内臓からの圧倒的な情動に耐えられず、それを遮断することで適応します。これは、後で説明しますが、脳の「内臓で経験する感覚と情動を伝える領域」を停止させた状態です。

自己の感覚と内臓の感覚は表裏一体であり、同じものなので、内臓感覚を処理する脳領域を停止させると、同時に自己意識も失われます。

だからこそ、トラウマ性疾患では、自己の感覚が薄れる離人症と同時に、内臓の言いようのない不快感が生じます。自分の内部がねじれている感じ、異物がある感じ、腐っている感じなどです。

解離とは自己すなわち内臓から切り離された状態だと考えれば、これは理解できるでしょう。あたかも、自分の腹の中に、自分のものではない他人の内臓や、死体の内臓が埋まっているようなものだということです。

頭や内臓の異物感,手足を虫が這うような不快感の理由ー解離の体感異常についての考察
頭や内臓に異物感や不快感を感じたり、手足など全身の原因不明のむずむず感を感じたりする、解離に伴いやすい体感異常(セネストパチー)についてまとめました。

以前の記事では、こうしたトラウマ由来の内臓の不快感は実際にはかなりありふれたものなのに、機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群(いわゆる原因不明の胃腸の不調を指す診断名)と“誤診”されて、トラウマの影響であることに気づかれていないのではないか、と書きました。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかでエムラン・メイヤーも同様のことを次のように指摘していました。

胃腸こそ情動のドラマが上演される劇場であることを、もっと多くの医師や患者が知っていれば、そのドラマが患者を主人公とする悲劇と化す可能性を減らせるはずだ。

…驚くべきことに胃腸に障害を抱える患者の多くは、その問題が情動状態の反映であることをまったく知らない。

それどころか、その事実を知らない医師も多い。(p39)

本当は原因不明の胃腸症状の多くは自己から切り離されて感情に変換されなくなってしまった耐えがたい情動の現れなのに、従来の医学は精神疾患と身体疾患を分けてしまっているがゆえに、「原因不明」になってしまうのです。

体内の100兆の微生物が情動をコントロールしている

ここまでのところは、これまでのトラウマ医学によってわかっていたことであり、このブログでも繰り返しまとめてきたことです。

今回の本を読んだことによる新たな発見はここからです。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかによると、このトラウマの原因となっている情動には、腸内マイクロバイオータが関わっていることがわかってきたというのです。

私がルーシーを診察した2011年の時点では、マイクロバイオータと情動の結びつきを裏づける科学的証拠は、少数の臨床報告を除くとほとんどなかった。

しかしその年の後半になると、カナダの先進的なグループが行った動物実験から、腸内微生物そのものが、情動行動を変える神経伝達物質を生成していることを示唆する、興味深い結果が得られた。

…この発見は、正常なマウスでは、腸内微生物が不安を抑制する物質の恒常的な流れを生み、迷走神経を介してその効果が脳に伝わることを示唆する。(p146-147)

腸内マイクロバイオータは、代謝物質によって、わたしたちの情動を変化させているといいます。たとえば、正常なマウスの場合は、GABA(ガンマアミノ酪酸)を生産することで、不安を抑制しているようです。

この研究結果は、トラウマとは何なのか、という従来の見方に一石を投じるものです。トラウマの強烈な情動を左右しているのは、わたしたち自身の内臓ではなく、わたしたちの内部に宿っている100兆もの微生物たちなのです。

ほとんど酸素が存在しない暗闇の世界たる人間の腸内には、100兆を超える微生物が生息している。

…腸内にはおよそ800万にのぼる微生物の遺伝子が存在する。この数は、ヒトゲノムを構成する遺伝子の400倍に相当する。(p168)

これらの数字が物語るように、わたしたちの人間一人一人の腸内に存在している微生物の数は、地球人口の10万倍にものぼります。しかも彼らの遺伝子はヒトゲノムの400倍です。

細菌が人をつくる (TEDブックス)にも書かれているように、わたしたちの体内においては、自己由来の細胞や遺伝子より、マイクロバイオータ由来の細胞や遺伝子のほうがはるかに多く存在しています。

ヒト一人の中にどれくらいの細菌がいるのでしょうか?

あなたはおおよそ10兆個の細胞でできています。それに対して、あなたの体の内外に存在する細菌の細胞は100兆個、つまりあなたはほとんどあなたではない、ということです。

…一人ひとりの人間はひとつの個体というより、むしろひとつの生態系です。(p10)

DNAを基準にするとどうなるでしょう。その場合、私たち一人ひとりは約2万個のヒト遺伝子を持っていますが、その一方で200~2000万の細菌遺伝子も保持しています。

遺伝子的に言えば、私たちは少なくとも99%は細菌です。(p21)

これは何を意味しているのか。

迷走神経の発言権が9:1で腸内微生物にあることからしても、あたかも人間は、腸内微生物によって制御されているかに思えます。

わたしたちの身体は、体内に棲む100兆の微生物たちにとって地球のようなものです。

文字通りの地球の場合、一人ひとりの人間には、地球の環境を変えるような力など到底ありませんが、人類による活動全体は、気候変動という形で地球を変えてきました。

同じように、微生物ひとつひとつは人間の前に無力ですが、体内に宿る100兆もの微生物すべてとなれば話は別です。単なる微生物もそれだけ集まれば、宿主の持つ遺伝子の総数をはるかに凌駕します。

興味深いことに、雨の自然誌という本では、地球の天候は、地球にとっての「気分」のようなもの、つまり感情に相当するとされていました。(p91,112)

もし地球に住む人類が地球の“感情”を変えるのであれば、わたしたちの内部に宿る100兆もの微生物のコミュニティも、わたしたちの情動や感情を変えてしまうのでしょうか。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかにはこうあります。

現在では、このプロセスにおいてマイクロバイオータが必須の役割を果たし、その人独自の情動パターンを生むことが判明している。

腸内微生物は、おもに代謝によって私たちの情動に働きかける。(p168)

慢性疲労症候群は迷走神経の凍りつきなのか?

これらの事実からすると、トラウマという現象は、腸内微生物が宿主である人間の危険を察知して、それに応じた行動を取らせ、宿主の情動、そして感情を変えている現象であるかに思えます。

宿主が極度にストレスのかかる状況に置かれたなら、腸内微生物は不安を抑えるGABAの生産をやめて、宿主が闘争/逃走反応をとるよう仕向けます。しかしもし安心できる環境にいれば、ずっとそこにとどまるよう、不安を抑える代謝物質を大量生産してなだめすかすのです。

他方、宿主である人間のほうも、マイクロバイオータに対して無力なわけではありません。内臓感覚とマイクロバイオータによる情動があまりにも強烈なとき、脳はそれをシャットダウンしてしまいます。

これが、ヴァン・デア・コークが述べていた「腹の底で感じるものを無視し、内部で起こることの自覚を麻痺させるのが得意になってしまう」状態、すなわち解離です。

解離とは、自己から自分を切り離すことであり、内臓感覚から自分を切り離すことでもあり、ひいてはマイクロバイオータが関与する強烈な情動から自分を切り離す作用だとみなすことができます。

先ほども考えたように、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかによると、この内臓からの強烈な情動を脳に伝えるのは、迷走神経です。

内臓刺激の巨大な流れは、上方に向かって脳にも達する。迷走神経を介して伝達されるシグナルの90パーセントは消化管から脳へと流れており、逆方向には10パーセントが流れているにすぎない。(p65)

とすると、解離とは、この腸-脳をつなぐ迷走神経機能の麻痺による、強烈な内臓感覚のシャットダウンだといえるでしょう。

そして、過去の記事で繰り返し取り上げているように、解離とは生物学的にいえば、凍りつき/擬態死と呼ばれる反応であり、窮地に陥った動物たちにも生じます。

トラウマ医学からすれば、慢性疲労症候群や線維筋痛症といった全身症状も、この凍りつき/擬態死反応の一部です。

要するに、筋肉が張り詰めてずっと凍りつき状態になっていると線維筋痛症のような慢性疼痛になりますし、ずっと身体が虚脱して擬態死状態になっていれば慢性疲労症候群が引き起こされます。

慢性疲労症候群らしき身体症状を抱えていたチャールズ・ダーウィンは、(自身の症状を念頭に置いていたかはわかりませんが)迷走神経や凍りつき/擬態死に注目した先見的な記述を残していました。

慢性疲労症候群を生き抜いたチャールズ・ダーウィンが遺してくれた研究と足跡に思うこと
慢性疲労症候群の当事者だったと言われるチャールズ・ダーウィンの自伝から、彼の生き方や考え方に寄せるわたしの思いについて書きました。

では迷走神経が麻痺すれば、本当に解離において生じるような、またダーウィンが抱えていた慢性疲労症候群のような、生物学的な凍りつき/擬態死の症状が生じるのか? 

この本には示唆に富むある事例が載せられています。

それによると、1980年代前半の医学界では、消化性潰瘍を治療するためと称して、「全迷走神経切断術と呼ばれる迷走神経の切断」手術が行なわれていました。

迷走神経の生物学的機能の重要さに対する理解が欠けた、そのような早計な手術を受けた患者は、次のような症状を示すようになったとされています。

彼は手術後、不快な内臓刺激に悩まされはじめ、少し食べただけで満腹になり、吐き気、嘔吐、痙攣、腹痛、下痢などのさまざまな症状が常時現れるようになったのである。

他にも、動悸、発汗、頭のふらつき、極端な疲労などの原因不明の症状が見られた。

…現在では、患者の多くに関しては、この症状の発現には確固たる生理的基盤があることが知られている。(p75)

これは、ダーウィンが書き残している体調記録に似ているだけでなく、わたし自身が抱える慢性疲労症候群の症状にも酷似しています。

このことは、慢性疲労症候群の当事者が、自分の内部の情動を感じるのが難しくなり、失感情症傾向を抱えることとも一致しています。ダーウィンも自伝によれば慢性疲労症候群になると同時にずっと失感情症傾向を抱えていたようです。

情動を伝えるのは迷走神経だけでなく、血流などによっても伝達されますが、迷走神経は、体の内部感覚を脳に伝え、情動や感情を生み出すための情報ハイウェイなので、それが遮断されれば、情動や感情に気づきにくくなるのは当然です。

慢性疲労症候群の文化が抱える「バラムとロバ」現象
慢性疲労と解離についての記事の補足1

また、慢性疲労症候群(CFS)は何らかの感染症の後に生じることもありますが、この本で書かれている「感染後過敏性腸症候群」(PI-IBS)のメカニズムは、感染後CFSもまたマイクロバイオームの障害であることを示唆しています。

簡単に言えば、慢性のストレスはマイクロバイオータの振る舞いを攻撃的にしてしまい、「過度のストレスを受けているときに腸内感染を起こすと、大事に至る」場合があります。(p156-157)

もちろん、ダーウィンやわたしは、迷走神経を切断する手術を受けたわけではありませんが、物理的に神経を切断したわけでなくても、神経が麻痺してシャットダウンされてしまうのが解離です。

たとえば、別の記事で書いたように、自分の足を感じられない、というような解離現象は、文字通りの神経の損傷でも起こりますし、足の激痛により、神経系のブレーカーが落ちてシャットダウンしてしまった場合にも起こります。

自分の身体が感じられない生ける屍になった人たちー感覚鈍麻とアイデンティティ喪失の神経科学
感覚過敏に比べて、あまり注目されず、深刻さが理解されにくい、感覚の鈍麻や麻痺、解離が引き起こすアイデンティティの障害について考察しました。

ということは、解離の当事者や、慢性疲労症候群の患者の多彩な症状は、腸内マイクロバイオータからの圧倒的な情動刺激に対して脳が耐えられなくなり、両者をつないでいる迷走神経の機能を麻痺させてしまうために起こるのでしょうか?

まだ今後大いに研究が必要な分野ではあるものの、現時点の手持ちの情報の範囲では、わたしにはそのように思えます。

内臓感覚に気づく島と帯状回の働き

内臓とそこに棲息する100兆ものマイクロバイオータから発せられた内受容信号は、迷走神経を伝って脳へと届き、脳の自己感知領域で処理され、情動や感情、さらには「今ここに自分が存在している」という感覚をもたらします。

ヴァン・デア・コークは身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、その脳の自己感知領域とは、「内側前頭皮質、前帯状皮質、頭頂皮質、島」などであると述べていました。(p152)

「内側前頭皮質、前帯状皮質、頭頂皮質、島」。これらが、内臓そしてマイクロバイオータからの情動を感知している脳の部位です。

このうち、島(とう)皮質帯状皮質は、解離やHSP(人一倍敏感な人)の研究を調べていると、頻繁に名前を見聞きする領域です。これらは、内臓感覚など体の内部からの信号(体性感覚)を処理するので、「体性感覚皮質」とも呼ばれます。

今回読んだ腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかでも、やはり内臓感覚を処理する島皮質と帯状皮質の役割の重要さが注目されています。

そののちに、アントニオ・ダマシオやバド・クレイグら現代の神経科学者が、感覚系構成要素(コンポーネント)と実行系コンポーネントからなる脳と身体の循環経路(ループ)を基盤とする、解剖学的データに基づく理論を提起するに至った。

…感覚系コンポーネントとは、消化管をはじめとするさまざまな身体器官から送られてくる無数の神経シグナルに基いて、島皮質内で形成される内受容性の身体イメージを指す。

このイメージは、つねに行動に、具体的にいえば帯状皮質と呼ばれる脳の部位から身体に送り返される運動反応に、結びついている。(p166)

難しい単語が多いですが、簡単に言うと、消化管や体の各部から送られてくる体性感覚は、島皮質で「自己」のイメージに変換され、さらに帯状皮質によって運動にも変換されていく、ということです。

ここでアントニオ・ダマシオと並んで名前が挙げられている神経科学者バド・クレイグは、島皮質の機能を解き明かしたことで知られていて、このブログの解離の記事でもよく研究を引用している科学者の一人です。

バド・クレイグの詳細な研究のおかげで、HSPや解離という現象の脳科学な根拠が得られたと言っても過言ではありません。

HSP―内臓感覚に敏感な人たち

たとえば、ひといちばい敏感な子に書かれているように、HSPの人たちは体性感覚皮質のひとつである島皮質の活発さが確認されています。

前出のビアンカ・アセヴェドの研究では、知らない人と自分の愛するパートナーが、うれしい表情、悲しい表情、普通の表情を浮かべている写真を見せたところ、HSPは脳内の認知に関与する「島」が、そうでない人よりも活発に働いていました。(p430)

このビアンカ・アセヴェドの研究を調べてみると、HSPの人は帯状皮質など、他の体性感覚皮質も活発です。

The highly sensitive brain: an fMRI study of sensory processing sensitivity and response to others' emotions

島皮質や帯状回は、ヴァン・デア・コークが述べていたように自己意識を生み出す自己感知領域ですから、HSPの提唱者であるエレイン・アーロンは、HSPとは「意識の座」が明るい人たちである、と述べていました。

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち
エレイン・N・アーロン博士が提唱した生まれつき「人一倍敏感な人」(HSP)の四つの特徴について説明しています。アスペルガー症候群やADHDと何が違うか、また慢性疲労症候群などの体調

脳はいかに意識をつくるのか―脳の異常から心の謎に迫るに書かれているように、島皮質の役割はまず、内臓感覚など、自分の内部の刺激(体性感覚)を感知して、自己イメージを作り出すことです。

この結果に基づいて、神経科学者のバッド・クレイグは、右島皮質が決定的な役割を果たしていると論じる。

つまり右島皮質は、低次中枢から自律的な内臓由来の入力信号を受け取って、内受容性の身体の状態を統合化された形で再処理(再表象)し(Craig,2002,2003,2004,2009a,2009b,2010a,2010b,2020c,2011)それによって、「自己の身体の状態に関する心的イメージ」を形成するという。(p161)

先ほど考えたように、わたしたちの「自己」、すなわち「今ここに自分が存在している」という感覚は、内臓感覚から生まれていました。

HSPの人たちは、島皮質の活動が活発なので、他の人たちより強く内臓感覚を感じています。HSPとは、現代の神経科学に照らしていえば、自分の腹の内部の内臓感覚やマイクロバイオータの声に敏感な人たちである、ということになります。

HSPの人たちは、より強く内臓感覚を感じられるゆえに、「今ここに自分が存在している」という自己の感覚もより強くなります。自分という意識が明るいために、周囲のできごとに気づきやすくなります。こうして敏感な感受性が発揮されます。

HSPの人たちは直感的な判断も得意ですが、トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際に書かれているように、直感は内臓感覚に敏感であることから生じます

ある種の感覚的な感受性は、《第六感》として1800年代の初期にCharles Bellが最初に描写して、のちにWilliams Jamesによって1889年に発表されました。

今日では、第六感は「内受容器」(interoceotors)によるものであると理解されています。

身体内部からくる刺激を受けとめ伝達する感覚神経受容体によるものだということです。

…内臓感覚は「内受容(enteroception)」とよばれ、私たちの内部臓器でおこる動き、すなわち心臓のドキドキ、腹部のそわそわ感、吐き気、空腹感、または虫のしらせ、直観などを伝達します。(p19)

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかでも直感と内臓感覚は「同じコインの表と裏」だと書かれています。

2002年にノーベル経済学賞を共同受賞した心理学者ダニエル・カーネマンは、ベストセラー『ファスト&スロー―あなたの意思はどのように決まるか?』で「直感的な判断は、私たちの行なう多くの選択や判断の背後にあるもの」だと述べた。

ここでは、理性的な思考という衣装をまとうのではなく、直感、すなわち内臓感覚に基づいて、自分にとって何が最善かを判断できるという考えが、人間性に対する見方の中心をなしている。

…内臓感覚と直感は、同じコインの表と裏であり、直感は既成の洞察をすばやく手にする能力と見なせる。(p173-174)

(ダニエル・カーネマンは、ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で特に直感の生物学的基盤については述べていませんが、自己抑制や葛藤についての回路として、前帯状回の機能に言及しています。(p242) 

この記事の前半でもカーネマンのこの本に言及しましたが、この本の内容は、間接的ではあるものの、HSPや解離の理解にも役立つものであり、わたしは過去の記事で何度もこの本から引用しています)

またHSPの人たちは、他人に対する共感力にも優れていますが、 腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかによれば、島皮質の活動が活発で情動や内臓感覚に敏感な人は、共感力にも優れていることがわかっています。

脳画像では、被験者全員に対して、いくつかの脳領域、特に島皮質の右前部に顕著な活動が見られた。その程度は、心拍数を適切に検知できた被験者ほど大きかった。

さらに重要なのは、被験者たちが、共感力を測定するための、標準化された質問票を用いた検査で高成績を収めたことだ。

つまり、自分の心拍を正確に検知できる人は、さまざまな情動や内臓感覚を、全面的に経験することができたのだ。

いい換えると、内臓に対する気づきの度合いが高ければ高いほど、情動に対する感受性も強い。(p181)

ほかにも、HSPの人たちは鮮明な夢を見るという特徴がありますが、夢を見ているときは、島皮質や帯状回が活性化して『それ以外のいかなる期間と比べても、「脳-腸-マイクロバイオータ」相関の活性化の度合いが高』くなることがわかっているそうです。(p195)

このように、バド・クレイグの島皮質の研究に基づけば、HSPの感受性の強さ、直観の鋭さ、共感力の高さ、夢の鮮やかさなどを、すべて「内臓からのシグナルに、普通の人より敏感で気づきやすい人」観点から理論的に説明することができます。(p198)

HSPは科学的な概念ではないと批判する人もいますが、そのような人たちは最新の神経科学の発見についていっておらず、古い精神医学の範疇で思考しているだけです。

解離―内臓感覚をシャットアウトする

他方、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアでも書かれているように、解離の凍りつき反応を起こしている当事者では、これらの脳部位の活動低下がはっきりと見られます。

ラニウスとホッパーのfMRI研究を思い出してみよう。

解離状態の患者には、身体感覚を制御する脳領域(島および帯状回)の大幅な活動低下が認められた。(p139)

島および帯状回は、体内の受容体からの感覚情報(内受容)を受け取る脳領域であり、ヒトが自らの「固有性」そのものとして感じ理解しているものの基礎を形成する。活動低下は解離を表すのに対し、過活動は自律神経系の覚醒と関係がある。(p124-125)

HSPの人が解離を起こしやすい理由も、これで説明がつきます。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかによると、「内臓からのシグナルに、普通の人より敏感で気づきやすい人」は、「脳が内臓からの異常なシグナルを常時洪水のように受け取って」しまうことがあります。(p198)

解離は、圧倒的な情動に耐えられなくなったときに起こる神経系のシャットダウンですから、HSPのように情動に敏感な人は、恥やトラウマといった内臓からの情動に圧倒されて逆に機能停止してしまいやすいのです。

解離は生物学的には「凍りつき/擬態死」と呼ばれる現象で、動物における「死んだふり」に相当します。筋肉が自由に動かせなくなり、慢性疼痛や慢性疲労のような固まり状態を引き起こします。

解離の凍りつきによって、このような運動機能の障害が起こる理由は、先ほど島皮質と並んで名前が挙げられていた帯状皮質(帯状回)の働きと関係しています。

先ほども引用したとおり、島と帯状回は、常に協働して働いていました。

島皮質内で形成される内受容性の身体イメージ…は、つねに行動に、具体的にいえば帯状皮質と呼ばれる脳の部位から身体に送り返される運動反応に、結びついている。(p166)

内臓からの情動は、迷走神経を通して脳に伝えられると、島皮質で自己の身体イメージに変換される同時に、具体的な体の運動をも引き起こします。

ダマシオが述べていたように、「情動」とは感情に変換される一歩手前の体の動きのことでした。たとえば悲しみの感情の前に内臓がよじれたり、恐怖の感情の前に手足が走り出したり、凍りついたりするような身体的な反応が情動です。

アントニオ・ダマシオは、意識と自己 (講談社学術文庫)の中で、そうした情動に伴う体の動きは、帯状回の働きと関係していると述べていました。

帯状回皮質の既知の機能をもっとも単純に要約すれば、その機能は感覚的役割と運動的役割の意外な組み合わせからなる、ということになる。

帯状回は全体的には体性感覚的構造で、第五章で述べた体性感覚システムを構成する全部位から、入力信号を受けている。

この信号には、かなりの量の内部環境信号と内臓信号、そして筋骨格部からの重要な信号が含まれる。

だが、帯状回は一つの運動構造でもあり、発声と関係する運動から、四肢と関係する運動や内臓と関係する運動まで、直接的にも間接的にも、じつに多くの複雑な運動の実行に関わっている。(p341)

つまり、帯状回は、島皮質と同じように、内臓など体の内部からの内受容信号を処理する体性感覚皮質であると同時に、全身の運動の制御にも関与しています。

このブログの過去の記事で何度も述べているように、トラウマは近年、「心の病」ではなくからだの記憶、すなわち「手続き記憶」の障害である、とみなされるようになってきました。

手続き記憶とは、たとえば自転車の乗り方やピアノの弾き方、習慣的な歩き方や姿勢などのような、言葉で表現することのできない感覚運動的な記憶のことです。

「からだの記憶」の治療法―解離や慢性トラウマのための身体志向のトラウマセラピー
解離やPTSDは「からだの記憶」によって引き起こされる「からだ」を土台として生物学的な現象である、という理解にもとづき、身体志向のトラウマ・セラピーについて考察しました。

トラウマ患者が抱えている問題は、何らかのトリガーがきっかけにして、制御不能な身体的な記憶(闘争/逃走や凍りつき/擬態死)が引き起こされてしまうことです。自分の意思に反して、からだが警戒したり、凍りついて麻痺したりします。

このようなからだの記憶(手続き記憶)の障害が起こってしまうのは、トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復の中で神経生理学者ピーター・ラヴィーンが説明しているように、島皮質や前中帯状皮質(aMCC)が「手続き記憶を構成している基礎構造」だからです。

島皮質とともに、aMCCは、体内の感覚受容体から原初的な刺激を受け取っている。

…この視床皮質、島皮質、前帯状皮質および内側前頭前皮質の回路は、内受容性の情報、つまり不随意の体内感覚を受け取り、錐体外路分銅系を介して行動を準備する。

これがまさに、手続き記憶を構成している基礎構造である。(p104-105)

慢性的なトラウマによって解離が引き起こされると、内臓やマイクロバイオータからの情動を感知する体性感覚皮質の活動が低下し、シャットダウンされます。

その島皮質や帯状回皮質の活動低下は、運動機能に関わる手続き記憶の障害を生みます。

このような事実を考慮すれば、トラウマをもはや「心の問題」や「脳の問題」とみなすわけにはいかないことは明らかです。トラウマとは身体と脳をつなぐ領域の障害であり、心ではなく感覚運動の障害なのです。

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかの著者エムラン・メイヤーが、冒頭で引用したジェニファーのような患者に対して説明しているとおり、もはや「気持ちの問題にすぎない」などといった「心」に焦点を当てた説明は正確ではありません。

ジェニファーのような患者を診察する際には、本章で取り上げた、腸脳相関についての最新の知識に基づいて、「胃腸の症状も、不安障害やうつ病も、その症状の進行には、ほぼまちがいなく幼少期の経験が関係してます」と助言している。

そして、症状の生物学的な要因を説明し、他の医師がいうように症状が「気持ちの問題にすぎない」のではないことを理解してもらうようにしている。(p139)

トラウマや解離、またそれに伴う慢性疲労や慢性疼痛、胃腸障害などの原因を本人の「心」に求め、「心因性」などと診断することは、ずっと昔のブログ記事で書いたように、当事者を傷つけて医療への不信感を増し加えるだけです。

病気の人を自殺へと追いつめる“心因性”という言葉
心の問題という医療の逃げ口上について書いています。

上記記事を書いた時点のわたしはまだ今回書いたような研究をまったく知りませんでしたが、今では病因を心に求める説明は、最新の科学的事実にまったく反している非科学的な説明であると言い切ることができます。

そればかりか、事実をないがしろにし、架空の原因をでっちあげているゆえに、そして当事者を傷つけて二次被害をもたらしているがゆえに、医療従事者の怠慢として裁かれるべき詐欺的な行為ではないか、とさえわたしは思います。

トラウマを癒やす―内臓とのつながりを回復する

では、トラウマによる解離また凍りつき状態が、内臓やそこに棲むマイクロバイオータから発せられる情動から切り離されてしまうがゆえに生じるのなら、どのようにすれば治療できるのか。

まず幼少期の経験がマイクロバイオータの構成を変えてしまうことからすると、腸内環境を整えればいいのかと早合点しそうですが、前述のようにその構成は3歳ごろまでにほぼ固定されてしまいます。

問題は幼少期のトラウマのせいで体内環境が変わってしまい、普通とは異なるマイクロバイオータの組成になってしまい、それに適応した脳が発達してしまうことでした。つまり腸内環境は重要であるとはいえ、そんな単純な話ではありません。

特殊な食餌療法などの単純な介入方法を導入するだけで、マイクロバイオームを最適化できると考えないほうがよい。

ストレス、怒り、不安に結びついた不健康な内臓反応など、腸内微生物の働きに影響を及ぼすその他の諸要因は無視できないからだ。

…科学的な証拠に基づけば、食事の転換のみでは十分ではない。同時にライフスタイルも変えなければならないのだ。(p278)

ここまで見てきたように、トラウマ当事者に起こっているのは、地球の環境問題と同じようなプロセスです。

単に脳を化学物質によって投薬治療すればよいというものではなく、腸内細菌を補充してやればよいというものでもなく、ましてや心理療法で心を整えればよい、というようなものでもありません。

わたしたちの身体を地峡の環境問題に例えるとすれば、薬物治療は害虫を化学物質で駆除しようとするようなものです。一時的には効果がありますが、長期的にみれば土地がやせ細っていき、副作用は避けられません。

特定の健康食品やサプリメントによって腸内細菌を整えようとするアプローチは、外来種の持ち込みに似ています。安易な外来種の持ち込みは生態系のさらなる破壊やアンバランスを招きかねません。

心理療法は、環境問題において、環境意識を高めたり変化させたりすることに相当します。具体的な行動につながる場合は効果がありますが、単に心構えを変化させるだけで環境問題もトラウマも解決したりはしません。

この本では、今のところはまだ、「脳腸相関における初期のプログラミングエラーを逆転する治療法」は見つかっていないと率直に書かれていますが、それでも今の研究の範囲で役立ちそうなアドバイスはたくさん載せられています。(p51,88)

たとえば、特定の食餌療法ではなく、地域のマイクロバイオータを豊富に含んだ伝統食や発酵食品によって、より穏やかな仕方で腸内環境を整えていくほうが効果的であるといえる理由が詳しく説明されています。

腸内微生物の役割について詳しく説明されている別の本、土と内臓 (微生物がつくる世界)でも、マイクロバイオーム研究からすれば、健康な食生活とは「対立する食生活観―パレオと植物中心」などの極端な食事療法ではなく、「民族固有の食事」だとされていました。(p279-280)

さまざまな民族は、長い歴史を通して、自分たちの腸内に異なるマイクロバイオータを蓄えています。それはその地域の何百年もの食生活の歴史に適応して形成された細菌群衆です。

たとえば、「民族固有の食事には、イヌイットのタンパク質が多い食事や、地中海のクレタ島民の脂肪が豊富な食事のような、一見不健康そうなもの」があります。(p279)

しかし、その地域の人たちの腸内細菌は、そうした食事を消化できるよう何百年もかけて適応しているので、彼らにとっては、その伝統食が健康的な食事となりえます。

動物性タンパク質を主体とするパレオダイエットや、植物性食品を中心とするマクロビオティックのような極端な食事方法の理論は、こうした地域ごとに異なる腸内細菌の役割を度外視しています。

多くのダイエット法とダイエットの教祖は、われわれの内なる雑食動物を遠ざける。

代わりに、私たちは雑食性の狭い範囲(しかもくるくる変わる!)の中で食べることを常に迫られる。

何を食べるべきかについての考えは、振り子のように振れてきた―もっと肉を食べろ、もっと野菜を食べろ、脂肪を避けろ、ある種の脂肪を摂れ、全粒穀物を食べろ、今度は穀物はすべて避けろ。

私たちの多くが飽き飽きしているのも無理はない。私たちの内なる雑食動物に何を食べさせるべきかは、たぶん重要なことだ。

…選択の余地の狭い食品を指定したり、単にカロリーを計算するのではなく、自分のマイクロバイオームを背景に、食べ物をどう考えるかをそれは重視している。(p281)

流行り廃りのある極端な食事療法はすべて、わたしたちの身体はみな同じ機能を持っているという前提にのっとっています。

しかし、実際には、あらゆる民族は、その地域の伝統食によって形作られてきた多様なマイクロバイオータと共生関係にあります。

食事は単にわたしたちの胃腸が消化するものではなく、わたしたちの内なる多様な腸内微生物が食べる食事になるので、世界中のだれにでも当てはまる健康的な食事のテンプレートは存在しません。

特定の食品に対するアレルギーや食物不耐症がある場合を除けば、その地域で何百年も前から食べられてきた伝統的な食事こそが、わたしたち一人ひとりの腸内微生物が好むオーダメイドの食事になるのです。

そうした伝統食は、たいていは、精製されていない穀物、葉物野菜や果物、豆、発酵食品、少量の肉や魚などから構成されているものです。もちろん、できる限り農薬や抗生物質、添加物などの影響を受けていない昔ながらの品質の食材を選ぶのは大切です。

また、慢性疲労症候群の治療に関連したところでは、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかの中で、マイクロバイオームの観点から、古くから伝わる断食療法の効果が再評価されているのは興味深いところです。

断食はまた、腸と脳のコミュニケーションに必須の、腸内のさまざまな感覚メカニズムを再設定する効果をもたらするのかもしれない。

…一日以上腸内から脂肪分を締め出すことで、コレシストキニンやレプチンなどのホルモンに対する迷走神経終末の感受性を回復させ、視床下部の感受性設定を正常なレベルに戻せるだろう。(p288)

学校を捨ててみよう!―子どもの脳は疲れはてている の中で三池輝久先生は「成人型慢性疲労症候群において飢餓療法が功を奏する症例に報告がある」と述べていて、マイクロバイオームとの関係からすると、確かに効果はあったのでしょう。(p205)

ただし、断食療法の場合、自分に無理を強いてストイックに自己抑制することが、かえって解離を悪化させてしまう危険があるので、バランスの取り方が難しいところです。

おそらく極端な自己抑制を強いるレベルではかえって逆効果になるものの、自分の身体の声に耳を傾けながら、リラックスして取り組めるレベルなら効果があるのかもしれません。

この本で紹介されている数多くのアドバイスのうち、特に興味深いのは、内臓感覚にもっと耳を傾けるべきだ、という提案です。

胃腸のかすかな感覚や音、あるいはその背景で生じる情動にできる限り注意を向け、気がついたことを紙に書き留めるか、スマートフォンなどに記録してみよう。

また、そのとき何をしていたのか、どう感じたのか、何を食べていたのかなどの情報も残しておくとよい。(p60)

何気ないアドバイスに思えるかもしれませんが、これこそが、ヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンらが推奨する、現代のトラウマ治療のボディーワークに必須の要素なのです。

トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復でヴァン・デア・コークがこう書いているように。

よいセラピーとは、内面に潜んで咆哮を放っているものに圧倒されることなく、フェルトセンスを感じることを学ぶということだ。

あらゆるセラピーで一番重要な表現は「気づいてください」および「次に起こることに気づいてください」という言葉である。

内側のプロセスを観察できるようになると、脳の論理的な部分と情緒的な部分をつなげる回路が活性化する。

これは、人が意識的に脳の知覚システムを再構成することができる、現在知られている唯一の回路である。

「自己」とコンタクトするには、自分の身体と自己を感じることをつかさどる重要な脳の領域である前島を活性化しなければならない。(p xi)

ここで書かれているように、意識して自分の内側の感覚(「フェルトセンス」と呼ばれる)に気づけるよう訓練することは、「自分の身体と自己を感じることをつかさどる重要な脳の領域である前島を活性化」します。

つまり、内部感覚(フェルトセンス)に対する気づきを訓練することは、解離の当事者において活動低下している島皮質や帯状回皮質の活動を活性化させる効果があるということです。

前回の記事で書いたように、自分の内側に気づくことに特化したトラウマ・センシティブ・ヨーガの研究では、実際にトラウマが回復するにつれて島皮質などの体性感覚皮質の活動が活性化することが、脳画像によって確認されています。

ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由
ベッセル・ヴァン・デア・コークらのトラウマ・センターで実践されている、トラウマの身体症状に対するヨーガ・プログラムを参考にして、身体的な気づきを促すボディワークがなぜ原因不明の身体

自分の内部の感覚(フェルトセンス)、つまり内臓感覚やマイクロバイオータの声に気づけるように訓練する、というのは、言葉だけで書くと非常に簡単そうに見えますが、それは現代人のほとんどがこの能力をまともに意識したことがないせいです。

本当に内部感覚を敏感に意識できるのは、何年も瞑想のトレーニングを続けている人や、比較的文明化されていない土地に住んでいる人たちなど、ごくわずかにすぎません。(今回の本ではヤマノミ族やマラウイの農耕民などのライフスタイルについて考察されています)

わたしたちの大半は、内臓感覚をまともに意識したことがないせいで、内臓感覚や情動に意識的に注意を向ける、というのがどういうことなのか、想像することもできないのです。

エムラン・メイヤーは、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかの中で、このような感覚に気づくための正式なトレーニング方法が必要だ、とも書いています。

内臓感覚に基づく判断の重要性を考えると、この並外れた能力を鍛錬するための正式な方法がないのは不思議に思われる。

学校では教えてくれないし、内臓感覚に耳を傾けるよう子どもに諭す親もほとんどいない。

それよりも、論理的思考の重要性を強調するだろう(衝動的な青少年には、論理的思考が貴重なスキルであることは否定すべくもないが)。

現代社会の究極の信条は、「世界は線形的で予想可能だ」「世界に関する情報を十分に手にしさえすれば、最善の判断を下せる」という前提に基づいて合理的な意思決定を行なうことにある。

しかし私は、直感的な判断の生物学的基盤に関して十分な理解を得て、そのスキルの改善にいくばくかの心的エネルギーを費やすことを価値ある目標として掲げるようになれば、内臓感覚に基づいて判断する能力や傾向を高められるはずだと固く信じている。(p199)

残念ながら、たしかに学校では、内臓の経験に気づくようなスキルはまったく教えてくれません。そもそも教師たちが、この能力について考えてみたこともなく、ただ知識の丸暗記やテスト勉強にしか興味がないからです。

そのような学校社会で、慢性的なトラウマが引き起こされ、不登校としての慢性疲労症候群や解離が引き起こされるのは、実に当然の結果です。

子どもの慢性疲労症候群(CCFS)とは (1)どんな病気か?
子どもの慢性疲労症候群(CCFS)とは何でしょうか、どんな独特の問題があるのでしょうか。子どもたちの不登校は果たして“心の問題”や“家庭の問題”なのでしょうか。「学校を捨ててみよう

しかし、「この並外れた能力を鍛錬するための正式な方法がない」わけではありません。

「正式な方法」とまでは言いがたいかもしれませんが、このブログで紹介してきたソマティック・エクスペリエンス(SE)や、センサリーモーター・サイコセラピー(SP)、トラウマ・センシティブ・ヨーガは、まさにこの目的のために考案され、体系化された技術です。

「からだの記憶」の治療法―解離や慢性トラウマのための身体志向のトラウマセラピー
解離やPTSDは「からだの記憶」によって引き起こされる「からだ」を土台として生物学的な現象である、という理解にもとづき、身体志向のトラウマ・セラピーについて考察しました。
ソマティック・エクスペリエンス(SE)を知る10ステップ―「凍りつき」を溶かすトラウマセラピー
近年注目されているトラウマの治療法「ソマティック・エクスペリエンシング」(SE)についてまとめました。
ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由
ベッセル・ヴァン・デア・コークらのトラウマ・センターで実践されている、トラウマの身体症状に対するヨーガ・プログラムを参考にして、身体的な気づきを促すボディワークがなぜ原因不明の身体

こうしたボディーワークに取り組み、自分の身体の内部に耳を澄まし、内臓、そしてマイクロバイオータの声を読み取れるようになれば、迷走神経の感受性が回復され、脳の体性感覚皮質が活性化するようになっていきます。

迷走神経の全切断術をほどこされた不幸な患者たちと違い、解離の凍りつき/擬態死を起こしているトラウマ当事者は、脳のブレーカーによって迷走神経が麻痺しているだけなので、年余のトレーニングによって機能を回復させることは可能なはずです。

とりわけ、解離の当事者の多くは、もともと生まれつき体性感覚皮質が活発なHSPの傾向を持っていると思われるので、ボディーワークによって体性感覚への気づきを強化する治療法の恩恵を受けやすいでしょう。

内なる生態系の回復を目指す

この記事で考えてきたように、今やトラウマを心の問題や脳の問題とみなす考え方は、時代遅れであり、最新のトラウマ医学および微生物学に対して持ちこたえることができません。

わたしたちは、精神疾患や心の問題といった旧時代の産物を捨てる必要がありますし、何より、人間とは何かといった概念を新たに構築しなおす必要があります。

細菌が人をつくる (TEDブックス)にはこうあります。

一人の人間はひとつの個体ではありません。

すなわち、目や耳、そして腸という大邸宅を住み処とする何兆匹もの小さな生き物たちとともに、私たちに人間は形作られています。

私たちの体の中のミクロの世界は、病気、健康、そして私たち自身の定義を、根本から変えてしまう可能性を秘めています。(p6)

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかでもやはり次のように書かれています。

もはや人類のみが、他のあらゆる生物とは区別される、進化によって生み出された知的な生物だとみなすことはできない。

…人類の宿すマイクロバイオームを探究する科学は、私たちに、この地球上における人類の立ち位置の再考を迫るだろう。

発展しつつあるマイクロバイオームの科学に従えば、私たち人間は、実のところヒトの構成要素と微生物の構成要素からなる超個体なのであり、この二つは不可分で、生存するために依存し合う。

…微生物の構成要素は、土壌、大気、海洋に生息する他のあらゆる微生物と、さらにはほぼあらゆる動物と共生している種々の微生物と、生物学的コミュニケーションシステムを介して緊密に連携しているため、私たちは地球の生命のネットワークに、緊密に、そして不可避的に結びつけられている。(p26)

医学は概して、環境との相互作用を無視してきました。精神医学はもっぱら障害を本人の脳の内部の化学物質の作用とみていますし、たとえ環境の影響を考慮に入れるにしても、周囲の人間との心理的なあつれきしか考慮していませんでした。

しかし、精神疾患と呼ばれていたものが、脳だけでなく内臓の問題であり、さらに内臓の内部に住まう100兆もの微生物の問題であることからすれば、そこにはあらゆる環境要素との相互作用、すなわち生態系の問題が関係しているのです。

わたしたちの内部の生態系にいるマイクロバイオータたちは外部の生態系からやってくるだけでなく、常に環境から影響を受けているわけですから、「私たちは地球の生命のネットワークに、緊密に、そして不可避的に結びつけられている」といえます。

恐ろしいことに、1970年以来、地球の生物多様性は30%失われてきたという概算がある一方で、わたしたちの腸内微生物も、南米原住民などと比べて、同じ程度多様性が損なわれていることがわかっているそうです。(p210)

これはつまり、わたしたちの体内環境は、地球そのものの環境と地続きだということです。自分たちの外部の地球環境を汚染・破壊してきた人類は、気づかぬうちに自分たちの身体の内部の環境までをも損なっていたのです。

土と内臓 (微生物がつくる世界)にこう書かれているとおりです。

農業害虫の復活、土壌肥沃度の低下、危機的レベルの抗生物質耐性菌の出現、寿命を縮める慢性疾患、これらはすべて無関係に見えるが、根の部分は微生物生態系の撹乱でつながっている。

…わたしたちは長いあいだ、微生物の生態系に抱かれ、体内環境の管理を手伝わせるように微生物との関係を調整して生きてきた。

…それから、地球の歴史から見ればほんの一瞬で、私たちは森を伐採し、野原を汚染し、地面を舗装し、かつてマイクロバイオームをもたらした自然の蓄えを枯渇させた。(p320-321)

ですから、トラウマから回復したい人は、精神科医によって処方される薬物療法だけに頼っていたり、セラピールームの中で行われる人対人のセラピーにだけに頼っているわけにはいかないのです。

以前にも書いたようなあらゆる環境要素、自分が住んでいる場所や食べている食物を含め、自然環境との相互作用を通して、内なる生態系を整えていく、という意識がなければ、内なるマイクロバイオームが保持するトラウマを解決することはできません。

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腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかに書かれているように、わたしたちの身体は、単なる機械の部品の寄せ集めではなく、地球という巨大な生態系の中に組み込まれた有機体のつながりなので、従来の医学の人工的、局在的な枠組みにとらわれているなら、トラウマを治療することはできないのです。

マイクロバイオータと脳が構成する統合システム、およびこのシステムと食物の密接な関係に関する新たな知見は、腸、マイクロバイオータ、脳、心が、いかに相互作用を及ぼし合っているのかを教えてくれる。

…この新たな知見は、現行の医療システムの見直しを迫るものだ。

そして、身体を個々の部品からなる機械と見なす、時代遅れにもかかわらず蔓延している見方を捨て去り、多様性を武器に、安定性や撹乱に対する抵抗力を築き上げていく、緊密な生態系として身体をとらえる見方を採択するよう要請する。

ある高名なマイクロバイオーム研究者が主張するように、私たちは、個々の細胞や微生物に宣戦布告するようなやり方を捨てて、複雑な生態系の持つ生物多様性の維持を支援する友好的なレンジャー隊員として、マイクロバイオームをとらえる視点を獲得しなければならない。(p34)

わたしたちに必要なのは、あたかも国立自然公園のレンジャーのように、環境との相互作用を注意深く見守り、内なる生態系を柔軟に整えることです。

そのための第一歩となるのが、あたかもレンジャーが森林の中で動物たちの鳴き声に耳を澄まし、足跡に目を凝らすかのようにして、内なるマイクロバイオームの声に対する気づきをボディーワークを通して培うことなのです。

わたしは、腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかを読んで、今までおぼろげながら考えていたことがやっとひとつにつながって、感動するとともに安堵しました。

わたしが数多くの書籍を読んで推理していた方向性が正しいとわかっただけでなく、それをすでに研究してくれている専門家たちが大勢いることがわかったからです。

この記事を読んで、トラウマとマイクロバイオームのつながりについて興味をもってくださった人や、この記事を読んでくださったものの内容が専門的すぎて理解しづらく感じた人には、ぜひ以下に挙げる数冊を自分で読んでほしいと思います。

まず、トラウマ研究の権威であるベッセル・ヴァン・デア・コークの身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法

最新のトラウマ医学による、トラウマは内臓から生じるとみなせる理由について、また内臓感覚への気づきを深める治療の効果について書かれています。

身体に刻まれた「発達性トラウマ」―幾多の診断名に覆い隠された真実を暴く
世界的なトラウマ研究の第一人者ベッセル・ヴァン・デア・コークによる「身体はトラウマを記録する」から、著者の人柄にも思いを馳せつつ、いかにして「発達性トラウマ」が発見されたのかという

神経生理学者ピーター・ラヴィーンの身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアは、より難しい内容ですが、内臓が迷走神経の経路を通じて、いかに凍りつき/擬態死といった解離の不動状態を引き起こすかが書かれています。

マイクロバイオームに言及されていないことを除けば必要なことはみな書かれている本です。

だから君は慢性疲労に閉じ込められた―生きるエネルギーを枯渇させる解離そして不動状態
解離と慢性疲労は深く関係していて、不動系という生物学的メカニズムによって引き起こされているという点を、不登校や小児慢性疲労症候群の研究と比較しながら分析してみました。

当事者であるドナ・ジャクソン・ナカザワによる小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)は、小児期逆境体験(ACE)研究の成果に基づき、もはやトラウマが心の問題ではなく全身の病理であることを示す多方面の研究がまとめられています。

目ざといことにマイクロバイオームの研究も取り上げられているのですが、なぜマイクロバイオームがトラウマと関係しているのか、という部分までは踏み込めておらず、著者の理解が追いついていないのが残念なところです。

ACE研究が明らかにした「小児期逆境後症候群」ーなぜ子ども時代の体験が脳の炎症や慢性疾患を引き起こすのか
17000人以上のデータから子ども時代の逆境体験と成人後の体調不良の関連性を導き出した画期的なACE研究の取り組みをもとに、幼少期の経験がわたしたちの一生にわたり、心身の健康にどん

NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方は、自然環境との関わりが、なぜPTSDのトラウマ症状や、重篤なうつ病に伴うような解離の麻痺症状に効果があるのか、近年の研究が概観されている一冊です。

自然界のなかで感じる畏怖の念が、迷走神経の感受性を回復させるという研究は特に興味深い部分です。

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大自然から感じる「畏怖の念」を科学するー凍りついた人を生き返らせる逆PTSD効果
ポリヴェーガル理論など、近年の科学的研究に基づき、畏怖の念とは何か、どんな生物学的機能があるのか、大自然の中で味わう畏怖の念によってどのようにトラウマから回復できるかを考えました。

そして最後に、もちろん、今回紹介したこの腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかをおすすめします。

おもに上記4冊の本を通してわたしが気づいていたトラウマと内臓、そして自然界の生態系の関係を、マイクロバイオームというミッシングリンクを用いて、見事に結びつけてくれました。

この本単独で読んでも全体像がまったく把握できないと思うので、ぜひとも、ここに挙げた本をぜんぶ読んでほしいと思います。そうすれば、それぞれの断片が見事につながって、ひとつの全体像を描き出していることがわかるでしょう。

トラウマ研究をはじめ、あらゆる病気と人体に関する理解は、今まさに歴史的なターニングポイントを迎えようとしています。

これは天動説から地動説に変わったときに匹敵するほどのターニングポイントであり、微生物学者もその比喩をよく用います。

腸内細菌の絶滅が現代の慢性病をもたらした―「沈黙の春」から「抗生物質の冬」へ
2015年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたマーティン・ブレイザー教授の「失われていく、我々の内なる細菌」から、抗生物質や帝王切開などによってもたらされている腸内細菌(

かつて、世界が地球を中心にまわっているのではなく、地球は太陽のまわり、あるいは他の銀河系のまわりを回っている厖大な星の一つにすぎないことがわかったように、今やこの世界は人間中心に回っているのではなく、微生物中心に回っていることがわかりつつあります。

今後は、医学のいかなる分野においても、微生物を無視することはできなくなるでしょう。単に微生物を考慮に入れるというのではなく、微生物の生態系を中心にして、あらゆる概念をとらえなおさなければならなくなるでしょう。

フロイト以来、人間を中心とした病理として研究されてきたトラウマの概念も例外ではありません。解離によって内臓から切り離されてしまった人は、この世界の巨大な生態系と再びつながる方法を探るようになるでしょう。

わたしたちはようやく、人類誕生のはるか昔からこの地球に繁栄し、わたしたち人体の中でさえ人間よりはるかに大きな発言権を持っているミクロの住人たちの存在に気づき、彼らの語る「高度な生物化学言語」つまり「微生物語」(microbe-speak)に耳を傾けようとしているのです。(p97)

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