2018年発刊の、わたしが関心を惹かれた本の一覧です。
気になる本のリストですので、内容を確認していないものも多分に含まれます。新しい情報を見つけ次第、リストを更新・追加していきます。
昨2017年のリストはこちら。
■11/17 タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源
…頭足類の意識の発達についての本。
■10/28 ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」
…スティーヴン・ポージェスのポリヴェーガル理論の本の待望の邦訳。
これまで様々な本から断片的に学んでいたポリヴェーガル理論の要点が、提唱者であるスティーヴン・ポージェスにインタビューする対話形式でまとめられており、非常に読みやすく、わかりやすい本でした。
ポリヴェーガル理論のなりたち、これまでの自律神経理論に欠けていた「解離」「シャットダウン」という観点、それのトラウマ理論や自閉症への応用、といった話題が丁寧に説明されています。
内容が複雑すぎることもなく、同じ話題を観点を変えて繰り返し説明してくれているので、まさに「入門」という名にふさわしい内容だと感じました。
現代社会において、デカルト以来「感じること」より理性や認知が重視されていて、人々が感覚を抑圧するよう求められていること、また評価のプロセスがあまりに多く組み込まれているため、人々が安全を感じられないようになっていることから、解離や種々の健康問題が増加している、という問題提起もされています。
トラウマや自閉症の当事者は、この社会環境「安全である」という感覚を感じられないためにシャットダウンに陥っているとして、たとえば危険を早期させる低周波音を減らすといった、具体的な環境改善や治療につながるアドバイスも多数おさめられています。
また、トラウマ反応とは、環境に対する積極的な適応である、という生物学的観点から、トラウマ当事者は被害に遭ったときときにシャットダウンしてしまったことを恥じるのではなく、自分を守ろうと「英雄のように行動している」のであり、自尊心を持ってしかるべき理由があるという励ましが与えられています。
■10/19 危機介入の箱庭療法: 極限状況の子どもたちへのアウトリーチ
…箱庭セラピーの実践事例集
■9/12 子どものアートセラピー実践ガイド-発達理論と事例を通して読み解く
アートセラピーのトラウマ、愛着障害、自閉スペクトラム症などに対する応用の解説本。
■8/21意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源
…まさかの故オリヴァー・サックスの新刊。亡くなる直前に書いた心や意識についてのエッセイ集らしい。
サックスが生涯を通して導きとしてきたダーウィン、フロイト、ウィリアム・ジェイムズなどのエピソードや言葉を交えて書かれた、最晩年に書いたエッセイ集という体裁でした。一つのテーマに沿って展開されるわけではなく、タイトルの「意識の川」は、たくさんのエッセイの中の一片にすぎなかったのが少し残念。
ダーウィンやフロイトについてのエッセイは、これら偉大な先人たちに対するサックスの愛情と尊敬が感じられる賛辞となっています。どちらのエッセイも、彼らの生活のあまり知られていない面、ダーウィンの場合は慢性疲労症候群を発症してからの植物やミミズの研究、フロイトの場合は精神分析に進む前の神経科学者時代の葛藤について書かれていて、彼らの生き方に対する理解が深まります。
個人的には、かつて「音楽嗜好症」で書かれていた、ドーパミンと時間感覚の関係が詳しく掘り下げられていることや、以前に「タングステンおじさん」で書かれたとある子ども時代の体験が、実は自分でもまったくわからないほど真に迫る虚偽記憶であった、というエピソードが秀逸でした。
タイトルにもなっている「意識の川」のエッセイは、ジェラルド・エーデルマンの神経細胞群選択説に触れつつ、映画のコマ割りのように一続きに生成される意識の面白さを考察していますが、いかんせん短い内容なので途中で終わってしまっている感が悲しい。前後の章では、意識の生成に関するや、アントニオ・ダマシオのソマティック・マーカー理論にも触れているだけに、サックスの思考のさらなる発展を読みたかったところ。
結びに載せられている科学史についてのエッセイは短いながらもサックスの情熱と苦悩が伝わってくる内容で、どんなにすばらしい研究や発見でも、時代に恵まれなければ科学界から注目されず、ときには激しく反対さえされて、何十年も無視されてしまうという例がたくさん引用されています。科学の思想史もまた生き物のように系統発生樹のように進化していくものだ、という実感について綴られています。
■7/31 動きが脳を変える──活力と変化を生みだすニューロ・ムーブメント
神経可塑性を引き出すボディワークの解説書
フェルデンクライス・メソッドに基づくボディワークの方法や概念が、非常に噛み砕いてわかりやすく説明されていました。難しい説明は苦手だけど、ある程度、科学的な根拠を踏まえつつ、ボディワークを実践したい、という人の入門編としておすすめです。
たくさん図が載せられていて、すぐにでも実践できるレッスンが多数あるので、フェルデンクライス・メソッドのエッセンスをふだんの日常に組み込んでいくことができます。
一方で、入門編としてさわりをつかむには役立つものの、じっくり実践して取り組んでいこうとすれば、少し上達したところで頭打ち状態になってしまいやすいのではないか、と思える本でした。最初からボディワーカーの助けを借りるのはハードルが高い場合に、スモールステップとして活用するのがよさそうです。
■6/28 疲労と回復の科学 (おもしろサイエンス)
…日本の最新の疲労研究についての本
読んでみましたが、以前からの研究の総括的な内容で、特に目新しい内容はありません。データ中心アプローチであり、表面的な内容が多く、ネット上にすでに出ている内容に限られているため、当事者が読んで得るものは少ないように思われます。
しかしながら、これまで日本の疲労医学に触れたことがない人にとって、薄く簡潔にまとまっているため、概観のために一読するのもよいかもしれません。
■6/28 WORK DESIGN:行動経済学でジェンダー格差を克服する
…男女格差に関する無意識のバイアスに気づき克服するための行動経済学
男女平等参画をうたいながらも、いっこうに進展せず、男女平等後進国である日本。わたしたちの社会に根深く存在し、なかなか気づくことのできないさまざまなバイアスを浮き彫りにして、行動経済学のデータからジェンダー格差に挑もうという野心的な本です。
圧巻は豊富な実験結果からくる情報量で、単に読み物として読んでも非常に勉強になり、わたしたちがいかに根深い偏見にさらされているかがわかります。いつもの行動経済学の本らしく、直観に反するような意外な研究結果が多くあり、単に「男女平等」をかかげるだけではうまくいかないのももっともだと感じさせられます。
単に興味深く読むだけでなく、実践に落とし込むには、直観に従うことなく、必ず研究を参照して組織や社会の取り組み方を決めていく必要があるので、かなりの研究意欲が必要だと思いますが、それほど社会の男女格差は根深いものであり、一筋縄ではいかないということでしょう。
■6/11 意識と自己
…自己の意識は身体の感覚から生まれるという理論で知られるダマシオの本
以前のダマシオの著書が文庫化されるに伴い、タイトルも改題された本です。読みやすい文庫になったとはいえ、内容は厖大で、細かい専門的解説が400ページ超にわたって続きます。興味深い内容ではあるものの、意識という掴みどころがない概念を扱っている以上、かなり難解に感じられます。
簡単にいえば、ダマシオは、意識の源は体の内部からの感覚(体性感覚)にあるという「ソマティック・マーカー仮説」を提唱しています。意識や心というと、デカルトの時代から今にいたるまで体とは別個の霊的領域の何かであるかのように思われていますが、体なしに心は存在しえないことが、具体的な実験と豊富な神経科学の知識を通して丁寧に解き明かされていきます。
とくに興味深いのは、病態失認、相貌失認、身体失認などの、意識と身体の解離現象についての部分です。これらの失認状態に陷った人たちは、自分の病気の症状を認知できなかったり、他の人の顔を見分けられなかったりしますが、生理的状態を計測すると、身体はしっかりと反応しているのに、意識のレベルでだけ認知できていないことが明らかになります。わたしたちの意識は身体から生じていますが、身体からの信号を読み取れなくなると、意識が欠けて認知が損なわれてしまう、ということです。
わたしも、専門的な知識と理解が乏しいので、この本の要旨全体を把握するには程遠いですが、今の時点ではたとえ部分的にしか把握できないとしても、自己とは何か、意識とは何か、というテーマと向き合うとき、多数の発見をもたらしてくれる洞察に満ちた本であることには間違いないでしょう。
■6/2 細菌が人をつくる (TEDブックス)
…体内に100兆個いる細菌が、人間の真の宿主であるというマイクロバイオーム研究のTEDをもとにした本。
近年のマイクロバイオーム(体内の細菌群集)をめぐる発見を、これまで読んだどの本よりもシンプルに、しかし科学的発見に忠実に噛み砕いてくれている良書でした。マイクロバイオームについて知りたい人は、国内で粗製乱造されている腸内フローラに関する自己啓発寄りの本ではなく、まずはこの本を読むことをおすすめします。
まず、わたしたちは、細胞の比率や遺伝子の総数から見れば、一人の人間である以前にほとんどが細菌からなる一つの生態系であることが明かされます。蚊にさされやすい人とそうでない人があるのはなぜか、といった素朴な疑問から、近年、増えている自閉症、アレルギー、自己免疫疾患、うつ病などのメカニズムに至るまで、科学の進歩によってようやく見えてきた微細な生物たちの世界が手がかりを握っていることがイラストや日常的な例を通して生き生きと説明されます。
しばしば国内では、腸内フローラが引き起こしている問題は、プロバイオティクスを含んだ食品などで改善できるというとても短絡的な健康食品ビジネスが展開されていますが、この本ではそうした流行にもしっかり警鐘が鳴らされています。マスメディアはプロバイオティクスならなんでも健康にいいかのように宣伝するかもしれませんが、特定の病気に対してどんな薬を飲んでも効くということがありえないように、実際には複雑極まりない相互作用を無視しているからです。
そのほか、マイクロバイオームの研究の歴史や、今後の治療法の展望など、知っておきたい知識はあらかた概観されているので、これからこの分野を学びたい人にも、すでに知っていることをわかりやすく整理したい人にも役立つ本でした。
■5/31 腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか(仮)
…腸内マイクロバイオームが腸管神経系(ENS)を通して、どのように脳と緊密な連絡を取っているかについての研究。慢性疼痛、過敏性腸症候群(IBS)、うつ病、不安障害、自閉症スペクトラム障害や、パーキンソン病などの神経変性疾患に結びつくメカニズムについても扱われているらしい。
非常に素晴らしい本、というか、わたしがずっと考えてきたテーマに、そのものずばりな答えを与えてくれる一冊でした。なぜ出版後すぐに読まず、三ヶ月もほっておいたのかと自分を責めたくなるほどに。
わたしはこのブログで、ACE研究などのデータからして、小児期トラウマとマイクロバイオーム(腸内細菌群集)の問題はオーバーラップしているに違いないと推測した記事を書いていましたが、まさにそのことが指摘されていて、小児期トラウマによって脳とマイクロバイオーム間のコミュニケーションが望ましくない形で発達していってしまうことが論じられています。
とりわけ近年明らかになった大きな進歩は、マイクロバイオームが情動(感情に先立って生じる身体の動きのこと)の生成に密接に関係していて、トラウマの本質がマイクロバイオームが作り出す内臓感覚にあることが読み取れます。これはトラウマ専門医たちの研究と一致しています。
もどかしいのは、幼少期にそうやって異質な配線がなされてしまった場合、現時点ではそれを組み替える特効薬はないということ。しかし、内臓感覚をもっと感じ取れるようにマインドフルネスなどの気づきを訓練することが、ひとつの解決策として提示されていて、これも近年のトラウマ研究と一致しているのが興味深い点です。
これからのトラウマ医学は間違いなく、もはや「メンタルヘルス」の学問であってはならず、「脳」の学問であるべきでもなく、脳-腸-マイクロバイオーム相関に基づく視点から研究されなければなりたたないことを強力に物語るターニングポイントとなる一冊です。
■4/4知ってるつもり――無知の科学
…人はなぜ自らの理解度を過大評価してしまうのかについての認知心理学。
わたしたち人間は、そもそも知識を収集してコンピュータのように厳密に物事を定義し理解するようにはできておらず、直感的に因果関係だけを把握して「わかったつもり」になっているということを様々な例から思い出させてくれる本でした。
著者も認めているとおり、この本で書かれているのは、いわゆるソクラテスの「無知の知」に通じることであり、改めて客観的に自分を見つめてみれば当たり前すぎることばかりなのですが、その自明のことをすっかり失念してしまうのが我々人間なのです。
興味深かったのは「知ってるつもり」になって自信過剰になっている場合、「ではそれを説明してください」と頼むと自信過剰を打ち砕けるという点。これは「説明深度の錯覚」と呼ばれ、自ら説明を試みるまで、自分が知っているつもりで実は知らないことに気づけません。(たとえば「水洗トイレの仕組みを説明してください」など)
しかしながら、ごく一部の内省的な「熟慮型」の人だけは説明深度の錯覚に陥らないのだとか。そういう人は普段から物事を説明するのが好きな説明マニアであり、説明嫌いな大半の人と違って、詳しく説明されている商品に魅力を感じるのだとか。
わたしはどう考えても、この説明マニアな人種であり、このブログもまた、たぶんそうした少数派の説明好きな人に読まれているのでしょう。説明嫌いな大半の人はページを開いても、少し読んで長過ぎることに気づいて読むのをやめるはずです。
人類の大半が「説明嫌い」で「わかったつもり」になっているのは、外部のものを記憶装置にしているからだ、という説明はとてもおもしろい。たとえばインターネットでいつでも調べられる、知りたければだれか専門家に聞けばいいというという安心感、さらにはこの世界そのものの構造が安定しているという要素により、細部まで記憶しなくてもすみます。
(もし町の構造が不思議のダンジョンばりに毎日変化したりすれば仕組みを理解せねばなりませんが、世界は安定していて同じ法則が一貫しているので、仕組みを理解しなくても日常生活を送れる)
わたしたちは、世界の構造を体で感じ取り、体で無意識のうちに判断できるので理解しなくてもすむ、という説明ではアントニオ・ダマシオの理論(心は体から生まれている)が引き合いに出されていて、ふだん興味ある分野とのつながりも感じられました。
こうした知識や理解を外部に頼るという性質は、説明深度の錯覚のもとになっていますが、だったら錯覚を起こさないように認知を変えましょうといった月次なライフハックではなく、そもそも人間にとって有利だからそういう認知になっている、という説明には感心させられます。
人はもともと集団的知能を発揮して、役割分担することで(つまり専門性の高い知識は特化した人に丸投げすることで)創造性を発揮してきたのであり、個人の知能(IQなどのg因子)よりも、集団としてのチームワークで発揮される知能(c因子)のほうが創造性をはかる尺度として役立つという話は意義深い部分です。
人類は、すべての人が一律の知識を持ち、あらゆる分野に通じるのではなく、それぞれの人が個別に専門性を発揮し役割分担する多様性によって発展してきたので、学校教育にもそれを取り入れるべきだという提言もありました。
わたし自身は博物学者でありたいと思っているので、一概に専門特化がよいとも思えませんが、多様性が健全な生態系の基盤であるというのはマイクロバイオームの研究からも明らかなので、主張には説得力を感じました。
自分がいかに「知ってるつもり」でも、実は何も知らず、そもそもすべてを知ることなど不可能なのだ、脳はじつはたった1GB程度の知識しか収集できない、という謙虚な態度を思い出させてくれる本でした。
■3/1 ねこすけくんなんじにねたん?
…三池輝久先生監修の睡育の絵本
■2/18 小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)
発達性トラウマ障害の研究の土台になっているACE(Adverse Childhood Experiences:逆境的小児期体験)研究の本
あのACE研究の本ということで衝動買いしました。トラウマについての本は数あれど、表題にACE研究を持ってくる本が良書でないはずがありません。机上の空論や精神論ではないことが保証されているようなものだからです。
届いてみて驚いたのが、過去に著書を読ませてもらったドナ・ジャクソン・ナカザワの本だったこと。ご自身の病気の原因を調べて、過去に化学物質が自己免疫疾患を発症されるメカニズムについて専門的な本を書かれていました。
化学物質について調べていた以上、当然マイクロバイオームの研究はよく知っておられると思います。この本でもちらっと話題が出ています。
以前の著書の時点では、まだマイクロバイオームの研究が今ほど知られていなかったため、化学物質が自己免疫疾患の発症につながるという筋書きでしたが、実際には化学物質がマイクロバイオームを撹乱し、その結果自己免疫疾患につながる、というのがただしかったのだろう、と思います。
その意味では、今頃彼女はマイクロバイオームの専門家になっていても不思議ではないのですが、そうではなく発達性トラウマの本を書かれたことに驚きました。
内容は前著にも劣らぬ徹底的な調査のもと書かれていて、わたしがここ数年でたどりついた話題をほとんどすべて網羅しつつ、一般読者にもわかりやすくまとめられていました。今後わたしはだれかに発達性トラウマについて説明したかったら、自分のブログではなくこの本を勧めます。
国内のトラウマの本は、専門医の本も含めて、虐待や毒親の話題に偏り、セラピストや医師の印象で書かれているものが多いですが、この本は事故や医療などのトラウマ経験もしっかり取り上げ、最新の研究を幅広く網羅しているので信用が置けます。
解離についての話題はかなり少なめですが、おそらく著者は解離現象を経験しやすいタイプではないので仕方ないでしょう。解離の話題は当事者でしか書けない内容が多いです。それでも、凍りつきやシャットダウンといった生物学的観点からみた解離の説明はしっかり網羅していて、解離の専門家であるヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンの研究からもしっかり引用しているあたり、十分すぎるほどです。
難点を挙げるとすれば、幅広い研究を網羅していながら、分野間のつながりを整理しきれていないことです。たとえば、潜在記憶と顕在記憶の話題や、愛着の話題があまり脈絡なく配置されていますが、愛着が生物学的な身体記憶であることを知っていればもう少し整理できたのではないかと思います。
後半の治療法についての部分も、さまざまな治療法をあまり整理せずに並べただけ、という印象を受けました。このあたりは今後もう少し煮詰めて次回作に反映してほしいところです。
そのほか、巻末に参考文献リストがないので、より詳しく調べたい人には不向きです。しかし、一般読者向けのわかりやすい発達性トラウマの本、という位置づけであれば、これに勝る本は今のところありません。
■2/15 私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳(仮)
…コタール症候群や離人症など、「自己感覚」が損なわれる珍しい精神疾患を抱える当事者や家族へのインタビュー本。
ニュー・サイエンティスト誌の編集者である著者が、「自己」の異常を抱えるさまざまな形態の疾患や障害の当事者に直接インタビューし、神経科学の最新の発見なども混じえて、自己とは何かを解き明かしていく本です。
扱われているのは、自分の身体が死んでいるように感じるコタール症候群、自己が失われていく恐怖を抱える認知症、自分の足が自分の物ではないように思える苦痛から切断したいと願う身体完全同一性障害(BIID)、自分の行動が自分の意図だと思えない統合失調症、夢の中にいるかのように感覚が麻痺する離人症と解離、体外離脱と自己像幻視、さらには自己の確立に苦労するアスペルガー症候群や てんかん発作など。
いずれの章も、当事者の主観的な感じ方と、専門家による脳科学的な分析とが両方織り込まれていて、故オリヴァー・サックスの著書に似た雰囲気があります。しっかり参考文献リストや索引もあります。(さすがにサックスの本みたいな興味をそそる膨大な脚注はありませんが笑)
前半から中盤にかけては、どうにも中途半端なイメージがつきまとって消化不良でしたが、終盤の章でこれまでの章の発見が「予測する脳」という概念を中心にして、うまくまとめられていくところは興味深く読めました。オリヴァー・サックスの本だと章ごとに完結するエッセイが多いですが、この本はあくまで最後まで読んで一つの物語、という印象でした。
冒頭には『「手ばなして自由になれ」とかいうけど、誰が何を手ばなすのかと考えこんでしまう人たちに捧げる』というメッセージが掲げられていて、この一言に共感できる人は読んで損はありません。逆にピンとこない人は読んでもよくわからないかもしれません。
デカルトは有名な「我思う故に我あり」(コギト・エルゴ・スム)という言葉を述べましたが、そんな常識がまったく通用しない世界に生きる、自己そのものがはっきりしない、あるいは歪んでいる人たち、アイデンティティそのものの問題を抱えている人たちは、読んでみれば必ず共感できる点や何らかのヒントがあるでしょう。
■1/16 BRAIN AND NERVE (ブレイン・アンド・ナーヴ) - 神経研究の進歩 2018年 01月号 [雑誌]
…「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の今」の特集号