睡眠の常識を根底から覆してくれた「失われた夜の歴史」―概日リズム睡眠障害や解離の概念のパラダイムシフト

れまでわたしは、睡眠の本をたくさん読んできました。まがりなりにも、このブログのテーマのひとつは睡眠であり、わたしは概日リズム睡眠障害の当事者です。わたしの主治医は睡眠専門医です。

さまざまな睡眠の医学に触れてきて、愚かにも、眠りとは何か、睡眠とは何なのか、「だいたいわかっている」気になってしまっていました。

ところが、失われた夜の歴史という本に触れたことで、これまでの睡眠の常識をいちから構築し直さなければならない、と感じるほどの衝撃を受けました。中でもわたしの曇った常識のメガネを叩き割ってくれたのは、この部分でした。

さてそうなると、根本的な疑問が残る。この興味をそそる変則的な睡眠の取り方をどう説明すればよいのか。

というよりもむしろほんとうの謎と言うべきは、現在の私たちが中断のない睡眠を取っていることであり、それはどうすれば説明がつくのだろうか。

分割型の睡眠パターンは多くの野生動物にも見られ、近代になるまではそれが自然な、人類誕生以来の睡眠の取り方だったと考えるほうが筋が通っている。(p436)

この説明がいったい何を言わんとしているのか、ここだけを抜き出して説明するのは、わたしには不可能です。

しかしひとことで言うとしたら、わたしたちが健康な睡眠だと思っているものは、実は「人類誕生以来の睡眠の取り方」とまったく異なっているものだった、ということに集約されます。歴史的にも、生物学的にも異質な睡眠だったのです。

わたしたちが普通だと思っている睡眠が実は異質だった、などと言われてもまったくピンとこないと思いますから、ぜひとも、これから一緒に、失われた夜の歴史をめぐる旅にしばしお付き合いください。

概日リズム睡眠障害や不眠症、ロングスリーパーとショートスリーパー、さらには解離や夢といった、このブログで取り上げてきた睡眠にまつわる様々な話題の常識が覆り、パラダイムシフトに至るのを経験できるでしょう。

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ADHD研究の混乱に埋もれてしまった、知られざる敏感な子どもたちの歴史

しかしながら驚くべきことに、ほとんどの多動症の理論家は、多動症が当然ながらさまざまに解釈しうる複雑な概念であることを、頑なに受け容れたがらない。多元主義は、彼らの語彙にはまったくないようである。

…別のもっと重要な理由は、多動症を治療してきた医師や多動症児の親や教師、そして多動症患者のほとんどに加えて、多動症を論評し理論化するほとんどの人々が、その歴史についてほとんど知らないことである。(p11)

たしがADHDに興味を持って調べ始めたのが数年前。最初は自分の抱える問題の答えを見つけたかのように思い、喜々としてブログにまとめました。

ところが調べれば調べるほど疑問が増えていくばかり。ADHDは求めていた答えではなく、入り口に過ぎなくなりました。

わたしが最初に読んだ医学の本の専門家たちは、ADHDがすでに確立された概念、遺伝的な脳の発達障害だと自信たっぷりに語っていましたが、わたしには到底そうは思えなくなりました。

トラウマ専門医によると、後天的な愛着障害によってもADHD症状は現れます。睡眠専門医は慢性的な睡眠不足がADHD症状を引き起こすことを知っています。

アレルギー専門医は食物不耐症や添加物の影響を指摘しています。心理学者たちはそもそもADHDが病気かどうか疑問に思っています。

どの意見にもそれぞれ説得力があるのに、不思議なのは、なぜか最も主流とされる精神科医たちの多くが、かたくなに「脳の遺伝的な発達障害」という見方にこだわっていることでした。

なぜ、これほど複雑で多面性のある概念が、単なる一面からしか見ていない発達障害としてくくられ、社会にもそう受け入れられてしまっているのか。

またなぜ、当事者たちやその親たちが、ADHDは障害なのか、個性なのか、薬物療法は必要なのか、それとも麻薬のようなものなのか、といった論争を日夜かまびすしく戦わせているのか。

そして、心理学者たちが提唱してきたHSPのような、ADHDを別角度から説明できる概念が、今に至るまで医学界から徹底的に無視されてきたのはどうしてか。

その答えを教えてくれたのはハイパーアクティブ:ADHDの歴史はどう動いたかという本でした。

冒頭で引用したように、問題をややこしくしているのは、ADHDの医師も当事者も「その歴史についてほとんど知らないこと」にありました。そして、わたしもまたその一人だったことに、はたと気づかされました。

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感受性が強いあなたに自然が必要な5つの科学的根拠―都市や学校の過剰なストレスを癒やすには?

なにしろホモサピエンス全体で見れば、人類が正式に都会に生息する種になったのは、2008年のことだ。

この年、世界保健機関(WHO)が、都会に住む人の数が田舎に住む人の数を初めて上回ったと報告した。

アメリカ合衆国では昨年、この100年間で初めて郊外より都市部が速く成長した。その変化を別の観点から見れば、現代は人類史上最大の集団移動のさなかにあるといえる。(p24)

本に住む大勢の人たち、特に、このブログを見てくださっている人たちの多くは、生まれたときから近代都市に住んでいるかもしれません。

わたしもそうですが、狭い教室で学ぶ学校、舗装された道路、立ち並ぶ電柱やビル、通勤時の人混み、そうした都市の習慣や風景が当たり前の環境で育ってきたことでしょう。

そうした光景は、わたしたち個人個人にとっては「当たり前」のものですが、人類(ホモ・サピエンス)という種にとってはそうではありません。

なにしろ、冒頭で引用した本、NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方が述べているように、いまは人類史上最大の集団移動の時期だからです。

人類にとって、都市という環境は「当たり前」ではなく、ここ何世代かのうちに移り住んだ、未知なる新天地です。

わたしたち個人にとっては、生まれたときから慣れ親しんでいる当たり前の環境でも、人類という生物にとって異質なので、都市生活でさらされる多種多様な環境刺激は、無意識のうちに脳に慢性的な負荷をかけています。

その結果、例えば ひといちばい敏感な子(HSC)の本に書かれているように、知らず知らずのうちに過剰な負荷に翻弄され、発達障害のような問題行動に陥っている例が少なくないのではないか、と思われます。

HSCはたくさんのことに気がつくので、気が散りやすい傾向にあります。(p57)

過剰な刺激を受けて錯乱状態になり、ADD(Attention D Disorder=注意欠陥障害)のような症状を見せる子もいます

(でも、そのような刺激を受けていない時の注意力は良好で、大切なことには集中することができます。(p42)

この記事では、ADHDのような行動が、都市や学校という環境における過剰な、あるいは異質な刺激によって引き起こされている場合があることを示唆する研究を紹介します。

また、身のまわりにある、ごくありふれた都市の形、光、音、匂い、そして人混みなどが、気づかないうちにどれほど脳に負荷をかけているかを示す科学的研究を調べてみましょう。

そして、過剰すぎる刺激に圧倒されることで発症すると思われる解離症状が、荒々しい大自然のもとで癒されることがあるのはなぜか、考察したいと思います。

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テクノロジーもSNSも好きだったわたしが、TwitterとFacebookをやめることにした4つの理由

のブログでは、TwitterとFacebookページで最新記事のお知らせをしていましたが、利用をやめることにしました。SNSを通してアクセスしてくださっていた方々には、ご不便をおかけしてしまい申し訳ありません。

SNSの利用にはメリットもたくさんあったのですが、最近の下記の記事で元Facebook社長が述べているような、さまざまなデメリットにもずっと悩んでいました。

元Facebook幹部が「Facebookは社会を分断させた」とSNS全体について語る - GIGAZINE

「Facebookは人間心理の弱点を突いている」:初代CEOのショーン・パーカー氏 - CNET Japan

人の弱みに付け込むモンスターを生み出した —— 元フェイスブック社長らが語る後悔とは | BUSINESS INSIDER JAPAN

「それが子どもたちの脳にどのような影響を与えているかは、誰にもわからない」

フェイスブックの創業から1年弱の2004年に同社に参加し、初代社長を務めたショーン・パーカー(Sean Parker)氏は、Facebookについて気掛かりな警鐘を鳴らしている。

こちらのニューヨーク・タイムズ誌の翻訳記事では同様の意見を持つ人たちが増えていることを示しています。

デジタル依存症に業界関係者もついに警鐘を鳴らす [The New York Times] | cafeglobe

わたし個人が、過敏すぎて悩んでいたのならともかくも、ツールの開発者たちがそのデメリットを認めているのであれば、自分の健康や創造性を守るために、あえて世の中の流れと違う方向を選びたいと思いました。

誤解のないように最初に書いておきますが、わたしはテクノロジー嫌いではありません。今まで10を超えるSNSを使ってきましたし、とりわけ愛して入り浸ったSNSもあります。子どものときからゲームもコンピューターも大好きです。

大半の人より積極的に色々なツールを使ってきましたが、それでも今になって、SNSをやめたほうがいいと感じるようになった理由を4つほど書いておきます。

もちろん、これはあくまでわたしの場合の話、ただ個人的な気持ちによるものであって、いまSNSを利用している人たちを批判する意図はありません。

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繊細で敏感なHSPの子どもを育てるために親ができる8つのこと―児童文学作家エリナー・ファージョンに学ぶ

子どもが怒ったり、ふさぎ込んだり、錯乱したり、腹痛を起こしたり、頑張った結果燃え尽きたりする時、その理由が「敏感さ」にあるかもしれないことに、大人はなかなか気がつきません。(p42)

んな子どもも、ときおり親には理解しにくい振る舞いを見せることがあります。いつまでもぐずって泣きやまなかったり、なかなか寝てくれなかったり、細かいことにこだわったり、食べ物や衣服の好き嫌いが激しかったり、原因不明の体調不良を抱えたり、親を戸惑わせる子どもの振る舞いは実にさまざまです。

子どもの理解しにくい行動について調べるうちに、うちの子は◯◯障害かもしれない、◯◯症候群かもしれない、という情報に必ず行き着いて不安をあおられることもあるでしょう。実際に、医者からそう診断されることもあります。

特に、昨今は、発達障害の情報が盛んに発信されています。このブログでもたびたび扱ってきましたし、NHKなどの大手メディアが特集番組を組むほど、発達障害ブームは加熱しています。

我が子が、注意欠陥多動性障害(ADHD)かもしれない、自閉症スペクトラム障害(ASD)かもしれない、学習障害かもしれない。親にそう感じさせてしまう材料はかつてないほど氾濫しています。

でも、ちょっと待って下さい。本当に子どもの奇妙で理解しにくい その行動や体調不良は、「病気」や「障害」や「症候群」なのでしょうか。

冒頭に引用したのは、ひといちばい敏感な子という本の一節です。この本は、HSP(High Sensitive Person:ひといちばい敏感な子)という概念を提唱した心理学者エレイン・アーロンによって書かれました。

表面に現れている理解しにくい行動だけに注目すれば、そのつど、子どもはさまざまな障害や病気のレッテルを貼られてしまいますが、それらの根底にあるのは、実は、敏感さや感受性の強さなのかもしれません。

この記事では、理解しにくい振る舞いを見せる子どもに対して、安易に医療情報を鵜呑みにして医学的なレッテルを貼ることの危険性について考えます。

HSPだけでなく、ADHDやアスペルガー症候群といったいわゆる発達障害の子どもの場合でも、何かが欠けているから問題行動をしてしまうのではなく、生まれ持った特性ゆえに、他の子と違う反応をしてしまうだけなのだ、という視点について考えてみましょう。

そして、HSPの子どもによくある8つの特徴から、敏感さがどのように子どもの行動に現れることがあるか、ということを考えたいと思います。

とりわけ、強いHSP気質を持っていたと思われる、児童文学作家エリナー・ファージョンの人生から、様々な具体的なエピソードを引用して考えてみましょう。

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