「時間感覚の障害」としてのADHD―時の流れを歪ませるのはドーパミンだった?


実験でもADHDの子供が時間を計るのはとても難しいという結果が出ている。そのような子供たちの時間の感じ方は他の子供とは違っているらしい。

…ADHDが時間感覚の障害なら、子供と時間の関係を変えられれば、ADHDの症状を減らせるのではないだろうか。(p27-38)

れは、脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかという本にあるADHDの時間感覚についての説明です。ADHDは不注意・多動・衝動性をはじめ、さまざまな症状が表れる発達障害です。

ADHDの研究者、星野仁彦先生は、その症状のひとつとして、定型発達者と時間の感覚が違うのではないか、という点を指摘していました。

ADHDの時間感覚の障害は、計画が立てられない、自制できないなど、他のさまざまな苦悩の原因になっている可能性がある、という点も以前の記事で扱いました

そのときは、ADHDの時間感覚については、資料が少なくてはっきりとしたことは言えないとしていました。ところが最近ふと手に取ったこの本に、まさにその話題が書かれていたのです。

ADHDは「時間感覚の障害」とみなすことさえできるといいます。なぜそうした症状が起こるのか、という点のヒントも書かれていました。

ADHDにはどのような時間感覚の障害が見られるのでしょうか。過去や未来をどうとらえているのでしょうか。これらの点をもう一度考察したいと思います。

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これはどんな本?

この本は、心理学者のクラウディア・ハモンドによる時間学についての本です。英国心理学協会が認定した2013年の年間ベストブックになりました。

まだ研究が十分に進んでいない時間の感じ方について、数々の仮説、心理実験、症例をもとに、考察を深めています。

扱われている話題の中には、病気による時間感覚の変化、時間を扱う脳の場所、概日リズムの研究、時間と空間を結びつける共感覚、休日や旅行で時間感覚が歪むホリデー・パラドックス、過去に関する自伝的記憶と、未来に関する将来思考などが含まれています。

時間の謎について知りたい人にはうってつけといえる入門書で、あまりに面白いので文字通り時間を忘れて読んでしまいました。

ADHDの子供の時間感覚

この本でADHDについて言及しているのは、p37-39のわずかな部分だけです。しかし、それ以外の部分の記述もADHDの時間感覚について重要な示唆を与えてくれます。順をおって考えてみましょう。

まずは、ぜひとも簡単な実験をしてみてください。手元に時計かストップウォッチがあるでしょうか。それを使って簡単にあなたの時間感覚を測定できます。

自分がどのくらい時間を正確に計れるか簡単に調べるには、携帯電話のストップウォッチをスタートさせ、それを見ないで(頭の中で数えてもいけない)一分過ぎたと思ったときに、ストップさせればいい。(p51)

この簡単な実験で、自分の感じた1分と、実際に経過した時間とにずれがあれば、あなたには時間感覚の歪みがあるということがわかります。

もし1分経ったと思ったのに、たとえば40秒ほどしか経っていないとすればどうでしょうか。それは時間がゆっくり過ぎていることを示しています。学校の授業に例えるなら、60分経った、そろそろ終わりだ、と思ったら、まだ40分しか経っていないという意味だからです。

反対に1分経ったと思ったときに、1分20秒も経っていた、という場合はどうでしょうか。その場合は時間が早く過ぎています。1時間後に出かける予定があったのに、読書に没頭しているうちに20分もオーバーして遅刻してしまった、といった状況です。

時間がゆっくり過ぎると退屈になる

これと同様の手法を用いて、ロンドン精神医学研究所の認知神経科学者カチャ・ルビアは、ADHDの子供の時間感覚を測ってみました。どんな結果が出たでしょうか。

ADHDの子供に3秒を測ってもらうと、実際より早く3秒経ったと言ったそうです。これは先ほどの例でいうと前者です。ADHDの子供にとって、時間はゆっくり過ぎていて、学校の授業がまだ終わらないのか、退屈しているのです。

この方法を使えば、ADHDの子供をなんと70%の確率で判別できるそうです。

なぜ退屈すると、時間がゆっくり過ぎるのか、はっきりしたことは分かっていません。しかし退屈することは不注意な状態、つまり注意力散漫な状態で生じます。

ある説では、脳は退屈すると、時間を計る機能に、より多くの注意のリソースを向けるので、時間計測のパルス信号が増え、多くの時間を感じるのかもしれないと言われています。(p71)

この時間がゆっくり過ぎるという現象は、ADHDの子供の日常生活のさまざまな点に現れます。

たとえば、ADHDの子供は待てません。3時のおやつまで待ちなさい、と言い聞かせても、時間がゆっくりすぎるため、3時までの時間がとても長く感じられ我慢できません。すぐに食べたい、という気持ちに逆らえないのです。

以前の記事で、ADHDは現在にとらわれているタイプだと推測しましたが、この本ではまさにこう書かれています。

ADHDの子供は、現在に縛りつけられている。行動の結果を考えるのが難しく、たとえ短時間でも待つことに苦痛を覚える。

…私たちの多くはもっと今を生きようと苦労するが、ADHDの子供たちはあまりにも今を生きすぎている。

ADHDは、単なるしつけの問題であり、訓練が足りないだけだと主張する人もいますが、この実験結果は、そうではないことを示唆しています。

問題は彼らの時間感覚が定型発達者と異なっているという部分にあるのであって、自制心の欠如はその結果として生じているのです。

そのため、著者はこう述べています。

ADHDの子供が時間の経過をふつうと異なった形で経験しているとしたら、待つことを教えても根本的な問題解決にはならない。

時間の流れの遅さを我慢できるようになっても、五分の遅れが一時間にも感じるなら、それはずっと変わらないだろう。

落ち着いていられるようにはなるかもしれないが、彼らが時間に苦しめられるのは変わらないのではないか。(p37-39)

子どものときからADHDで苦しんできた人の中には、この言葉のとおりの経験をしてきた人も多いでしょう。

つまり、大人になるにつれ、社会的スキルを学んで落ち着きを示せるようになってはきましたが、イライラしたり、そわそわしたりして時間に苦しめられるのは変わっていないのです。

発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学という本にもこう書かれています。

最後に時間知覚と発達障害、とくに注意欠陥・多動性障害(ADHD)との関係についても短く述べる。

まずADHDの患者では、時間の判断をともなうさまざまな課題の成績が健常者に比べて低下している(Toplak et al.2006)。

とくに主症状である衝動性は、時間知覚の異常(時間の過小推定)から起こる可能性が指摘されている。(p113)

ADHDの症状は、「時間知覚の異常(時間の過小推定)」から生じている可能性があるのです。

一方で、うつ病の人もやはり時間が経つのが遅く感じるそうですが、時間の長さをはかる能力は正常だという実験があるそうです。

楽しい時間は早く過ぎ去るが うつ病になると時間は遅く感じる | CIRCL(サークル)

うつ病患者と健康な人の両方に同じ映像を見せて、5秒たったと思ったらボタンを押してもらう実験を行った。するとうつ病患者も健康な人も正確に時間を測る能力は変わらなかった。起こっている出来事の実際にかかっている時間を測る能力はうつ病になっても衰えないのだ。

 つまり、正確に時間を測る能力と時間経過の主観的な感覚は、全く違うものだということが分かる(※1)。

(※1:Meta-study shows that the experience of time is altered in depression )

ADHDも二次的にうつ症状を呈することがありますが、脳の中で生じているメカニズムは別物なのかもしれません。

時間が早く過ぎると遅刻する

では、ADHDでは必ず時間はゆっくりと流れるのでしょうか。この本にはこれ以上のことは書かれていませんが、必ずしもそうではないと考える余地があります。

だれでも本に夢中になっていると時間が速く過ぎるのを経験したことがあると思います。実験によると、多くの集中力が必要とされる作業、たとえば込み入った作業やマルチタスクをするほど、時間が速く過ぎると感じるようです。(p71)

ADHDの人は、ときどきすば抜けた集中力で過集中したり、なんでもかんでも立ち上げてマルチタスクを始めて没頭したりします。

すると先ほどの説では、退屈とは反対に、目の前のことに集中するほど脳の時間計測に向けられる注意のリソースが少なくなり、パルス信号が減って、時間を少なく感じるようになります。

時間が速くなると、最初に述べた例のように、1時間経ったと思って時計を見ると、実は1時間20分も経っていた、というような状況に陥ります。待ち合わせや予定が台なしになったり、遅刻の常習犯になったりするでしょう。

何かに没頭して予定に遅れる、寝食を忘れるといったことはADHDの人につきものです。過集中で時間を忘れているとき、ADHDの人の時間は速く過ぎているといえるのではないでしょうか。

そうすると、不注意による退屈と、過集中による没頭により、ADHDの人の時間感覚は引き伸ばされたり縮んだりするのではないか、と考えられます。時にはせっかちになり、ときにはぐずぐずするのです。バランスのとれた状態がないといえます。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線という本も、その見方を指示しています。

脳は独自の内蔵クロックを備えており、それに狂いが生じた子どもがいる。

この内蔵クロックの刻みが速すぎると、感覚刺激に早すぎる段階で反応し、他人の邪魔をしたり、衝動的になっていらいらを募らせたり、軽はずみになったりする。

これらの問題は、実のところタイミングの問題なのである。

また、やる気がなく、社会的、知的に「遅れている」ように見える子どももいる。これもタイミングの問題であり、彼らの内蔵クロックはあまりに遅すぎるのだ。

もしそうであるなら、ADHDが「時間感覚の障害」と言われるのは、定型発達者に比べて時間感覚が著しく不安定である、ということを示していることになります。

脳のどこで時間を計るのか

では、どうしてADHDの人は、ここまで時間感覚が不安定なのでしょうか。それには脳の時間感覚を担う部分の異常が関係しているようです。

脳には、時間を計測する特定の部位はないと言われています。それでも、今のところ4つの部位が時間感覚と関係しているのが知られています。

一つ目は小脳です。小脳はミリ秒単位の時間の計測に関わっているそうです。

二つ目は大脳基底核です。この部分が今回話題にしている数秒以上の計測を担っています。

残りの二つは、ワーキングメモリー(作業記憶)を扱う前頭葉と、感情を扱う前部島皮質です。

こちらの記事にも長さの異なる時間知覚と、それに関わる脳の領域についての対応表があり、1秒以下は小脳など、1分単位では視床-大脳皮質が関係していると書かれています、

第3回 ヒトの脳はどのように時間を知覚しているのか | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

ミリ秒単位の時間をはかる小脳

まず、一つ目に挙げた、ミリ秒単位のタイミングをはかる小脳については、 脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線で、ADHDの症状との関連が指摘されていました。

最近の脳画像研究が示すところによると、ADHDを抱える人は、(思考、運動、バランス維持のタイミングを調整する)小脳の体積が低下している。

小脳の体積はADHDが悪化するとさらに減少するが、改善すると増大する。

待つということを知らず、問いが終わる前に答えようとするADDの子どもは、行動りタイミングをうまく計れない。(p510)

この説明が明らかにしているとおり、ADHDやADDの子どもが衝動的なのは、ミリ秒単位のタイミングを測る小脳の機能が低下していることが関係していそうです。

数分単位の時間をはかる大脳基底核

二つ目に上げた大脳基底核についても、同じ本はADHDとの関わりについてこう述べています。

ADHD当事者の大脳基底核は通常よりも小さい。大脳基底核は一般に、主要な課題とは無関係な処理を実行しないよう脳を抑制することで注意力の維持に貢献する。

ある一つのことに注意を集中するためには、何か別のことに注意を向けようとする衝動を抑えなければならない。

また、大脳基底核の活動が低下していると、その人はよく確かめもせずにものごとに飛びつくようになり、活動過多や転導性の兆候を呈することになる。(p511)

このように、大脳基底核もまた、ADHDの注意の問題と大きく関わっています。

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々によれば、パーキンソン病でも、やはり大脳基底核の異常が原因と思われる時間感覚の障害が見られます。

パーキンソン病患者の動きと知覚は、速すぎるか遅すぎることが多いが、本人は気づかないかもしれない。時計やほかの人と比較してはじめて、そのことを推測できる。

神経学者のウィリアム・グッディーは、著書『時間と神経系(Time and the Neruous  System)』にこのことを書いている。

「観察している人は、パーキンソン病患者の動きがどれだけ遅くなっているかに気づくかもしれないが、患者は言うだろう。

『時間を見て、どれだけ時間がかかっているかわからないかぎり、自分の動きは自分にはふつうなんです。病棟の壁の時計はものすごく速く進む気がします』」。

グッディーはそのような患者の「当人の時間」と「時計の時間」のあいだに、場合によってはとてつもなく大きな開きができることについて書いている。(p345)

大脳基底核の時間認知機能は、ある種の睡眠障害と関係している可能性が指摘されています。それは「睡眠状態誤認」と呼ばれるタイプの不眠症で、実際には眠れているのに、時間感覚の異常のために本物の不眠症のような症状に悩まされる疾患です。

第12回 不眠症の本質は睡眠時間の誤認である | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

残念ながら、睡眠状態誤認のメカニズムはいまだ明らかになっていない。

慢性不眠症の人では、前頭葉や基底核の神経活動が低下していることが最近の脳画像研究で明らかになっている。

これらの脳領域は感情、記憶、運動調節に重要であることはよく知られているが、時間認知にも深く関わっていることが明らかにされている。

睡眠状態誤認の発症にも何らかの形で寄与している可能性がある。今後取り組むべき不眠症のナゾの1つである。

時間感覚を左右するドーパミン

そして脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかによると、米国デューク大学のウォレン・メックは時間の感覚が歪んだ人びとを研究し、大量のニューロンの集まる大脳基底核に原因があることを突き止めました。(p61)

興味深いことに、この部分はドーパミンによって体の動きをコントロールする領域です。

ドーパミン・システム全体が、時間を感じ取るさいにとても重要な役割を果たしているようだ。

統合失調症の治療によく用いられるハロペリドールという薬は、ドーパミンの受容器を阻害するものだが、これを投与すると患者は経過した時間を過小評価するようになる。

一方メタアンフェタミン(いわゆる覚醒剤の“スピード”)では逆の現象が起こる。この薬物は脳に流れるドーパミン量を増加させ、それによって脳の時計の動きがスピードアップして、その結果、過大評価する。(p61-62)

つまり、ドーパミンが少ないときは、時間感覚がゆっくりになります。さきほどのADHDの不注意の状態です。逆にドーパミンが多いと、時間感覚が速くなり、過集中の状態になります。

脳の時間感覚は、ある面では、神経伝達物質ドーパミンによってコントロールされているといえるのです。

Midbrain dopamine neurons control judgment of time | Science

ここで名前の出ている覚醒剤のメタアンフェタミンは、ADHDに効果のある薬コンサータ(メチルフェニデート)と似た薬です。コンサータは、シナプス前ドーパミントランスポーター(DAT)による再取り込みを阻害し、ドーパミンを増やします。

では、コンサータ(または同成分のリタリン)を使って、注意力散漫で時間感覚が遅いADHDの人の脳を刺激すると、時間感覚の異常は正常に近づくのでしょうか。

先ほど登場したカチャ・ルビアの実験結果は、そのとおりであることを示しています。

彼女はすでに、リタリン(ADHDの症状を抑えるのによく使われる薬)が、時間知覚とミリ秒単位の判断を向上させることを実証した。

待つことを学べば、子供たちは時間の長さをもっと正確に判断することを学ぶ機会も得るだろう。(p39)

ADHDの人が、せっかちで辛抱できなかったり、ぐずぐずして遅刻したりするのは、ある点では脳のドーパミン異常による時間感覚の異常と関わっている可能性があるのです。

発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学にもこう述べられています。

またADHDの治療薬として使われるメチルフェニデートは、ドーパミン(脳における神経伝達物質の一つ)の不足を補う物質だが、それらが作用するのは前頭前野・小脳・線条体といった時間知覚とも関連が深い領域である(Rubia et al 2009)。

これらを総合的に考えると、ADHDと時間知覚には何らかの関係がある可能性が高い。

もちろんADHDには他の症状(不注意や多動など)もあるので早合点は禁物だが、知覚と発達障害を結ぶ新しい研究分野として、今後の進展が期待される。(P113)

このようにADHDの薬は、時間知覚を正常にすることによって、ADHDの不注意や、衝動性、活動過多などの症状を和らげている可能性があります。

音楽療法で内蔵クロックを同期する

では、時間知覚を正常にするには、どうしても薬物療法が必要なのか、というと、決してそうではないようです。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線には、サウンドセラピーやニューロフィードバックによって、時間感覚を改善し、ADHDの症状を改善できることが示されています。

ニューロフィードバックは、脳のリズムが乱れた人を、それをコントロールできるよう訓練する。それは、注意力や睡眠に障害を持つ人や、ノイズに満ちた脳を抱える人には非常に効果的てである。

…直接リズムに働きかけるサウンドセラピーに、インタラクティブ・メトロノームと呼ばれるセラピーがある。

…音に聴き入って反応することを学び、本人が「ビートに合わせられる」よう内蔵クロックを鍛錬すれば、これらの症状を抱えた子どもを変えることができるだろう。(p524)

時間知覚の問題を薬物療法で修正するのも一つのやり方ですが、本人がその問題に気づき、フィードバックを得ながら訓練することで、時間知覚を修正していくこともできる、ということがわかります。

ADHDの脳の問題は、必ずしも薬によって補う必要のある欠陥のようなものではなく、適切な訓練によって改善していける柔軟なものでもあるのです。

サウンドセラピーが効果を示す理由については、先ほどから出ている、時間知覚に関する脳の神経伝達物質ドーパミンにも影響を与えることが関係しているのでしょう。

ダニエル・レヴィティンとヴィノッド・メノンが示すように、音楽は脳の報酬中枢に働きかけ、それによってドーパミンの生産が増大し、快感情やモチベーションが向上する。(p525)

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々でも、先ほど引用した、パーキンソン病で時間感覚の異常が見られるという文脈の続きに、こう書かれています。

しかし音楽があれば、そのテンポとスピードがパーキンソン病に勝り、音楽が続いているあいだ、患者の動きは発病前に本人にとって自然だった速度に戻る。(p340)

音楽は、のちにLドーパ[※ドーパミンを増加させる薬]がやったのと同じこと、それ以上のことをやっていた―が、その持続時間は音楽が奏でられている短い時間と、そのあとの二、三分程度だけである。

比喩的に言えば、音楽は聴覚のドーパミンのようなもの、損なわれた大脳基底核を補う「人工器官」のようなものだ。(p352)

時間感覚に関わる脳の部位は、わたしたちに備わる内蔵クロックとして、まわりに何も手がかりがなくても、時間を把握できるよう助けてくれます。

パーキンソン病などの病気では、その内蔵クロックが損なわれてしまっていますが、音楽やリズムといった、時間を刻む外部の手がかりがあれば、そこに同調することで、一時的に時間感覚を取り戻すことができるのです。

過去と未来についての時間感覚

ここまでは、ADHDの人の脳において、現在の時間感覚の歪みについて扱ってきました。

ではもう少し範囲を広げて、過去や未来はどうなのでしょうか。ADHDの人は過去や未来についての知覚もゆがんでいるのでしょうか。

自分の過去と未来を考えることができる能力をクロネスシージアといいます。そのうち、過去の自分を考える能力は自伝的記憶と呼ばれ、未来の自分を想像する能力は将来思考と名づけられています。(p128,192)

ADHDの人のクロネスシージアについて、この本は何も述べていませんが、興味深い話が載せられています。

1.将来思考―未来を思い描く

皆さんは有名なマシュマロ・テストをご存じでしょうか。衝動性と自制心に関する非常に有名な心理学の実験で、さきごろその実験をまる一冊のタイトルに冠した本マシュマロ・テスト 成功する子、しない子 (早川書房)が邦訳されたほどです。

この実験を簡単に説明すると、4歳の子どもの前にマシュマロを一つおいて、10分我慢できれば2個あげるというものです。

追跡調査によると我慢できて2個もらった子どもは大学で良い成績を取りやすく、我慢できなかった子どもはドラッグに走る可能性が高くなっていました。

さて、この実験は衝動性に関するテストだと思われていましたが、実はもっと別の要因が関わっていました。

マシュマロ実験は衝動性のテストと見なされがちだが、子供がどの程度、将来のことを考えているか、いわゆる未来志向性を計るにも使えるのだ。

…もっと最近になって、ティーンエージャーに今すぐ少額のお金をもらうか、あとになってもっと多額のお金をもらうかを選ばせるという実験が行われ、性格診断テストの結果、答えを予測する材料となるのは被験者の衝動性ではなく、どのくらいその子が未来を考えているかであることが示された。(p229-230)

目先の誘惑にかられて自制できない、という現象は単なる衝動性の問題ではありませんでした。それは時間感覚の問題だったのです。

これはどういうわけでしょうか。

目先の一つのマシュマロを食べるのを自制できる子どもは、言い換えると、10分後の二つのマシュマロをはっきり想像できる子どもです。未来の報酬をありありと思い描けるので、目の前の誘惑に屈さずにすむのです。

さらに別の言い方をすると、計画性を持って行動できる子どもです。どのように行動したら自制できるのか、対処法を考えられます。さらにそれを達成できたとき、自分はどんな気持ちになるか、といった未来の自分を思い描けるので我慢できるのです。

ではADHDの子どもはどうでしょうか。もしADHDの子どもにマシュマロ・テストをやらせたら、きっと衝動にまかせて一つのマシュマロを食べるほうを選びやすいでしょう。

というのは、ADHDの人の報酬遅延勾配は普通の人より急であり、目先の報酬はより大きく見える代わりに、将来の報酬はより小さく見えることが知られているからです。

大人のADHDと「報酬遅延勾配」の話 - 上手に悩むとラクになる - アピタル(医療・健康) はてなブックマーク - 大人のADHDと「報酬遅延勾配」の話 - 上手に悩むとラクになる - アピタル(医療・健康)

ADHDの子どもにとって目先の一つのマシュマロは、10分後の2つのマシュマロより美味しく見えます。

これは明らかに未来のイメージがゆがんでいることを示しています。未来の2つのマシュマロの価値を正しく思い描くことができないのです。それらに正当な魅力が感じられず、わざわざそのために自制心を発揮したいという気持ちが生じません。

ADHDの人が、大人になっても、依存症に陥りやすい理由はここにあるといえます。喫煙、薬物、見境のない性交渉などの依存症の誘惑に屈したとき、自分がいかにみじめな状態になるか想像できず、目先の快楽に浸ってしまうのです。

2.自伝的記憶―過去を思い出す

このように、衝動性と未来を思い描く能力の弱さは密接に関係しています。では過去を思い出す能力はどうでしょうか。もし過去を思い描けないなら、経験から学びにくく、同じ失敗を繰り返すでしょう。

これはそのまま未来を思い描く能力の程度を反映しているそうです。

人間の脳の機能からいうと、未来を思い描くことと、過去を思い出すことは同じ機能を用いていると言われています。

実を言えば、過去を思い出すときに使われる脳の部分の大半は、将来を想像するのに使われる部分と重複している。

…過去を思い出しているときと将来を想像しているときの、神経の特徴は驚くほどよく似ている(p195)

ですから、記憶に関わる脳の部位に損傷を受けた人は、将来も想像できなくなるといいます。

しかし健忘症にはもう一つ別の面があるのだが、そちらはあまり知られていない。それは将来を想像する能力も失うということだ。

ヘンリーはまさにこの二つの症状を示していた。事故のあと過去の感覚を失い、さらに未来についての感覚も失っていた。(p190)

過去を思い出すのと、将来を思い描くのは、基本的には同じものだといいます。どちらも記憶に保存されている材料を用いて、未来の自分、または過去の自分の姿を作り上げるという作業だからです。

過去と未来を想像するときは、脳の三つの部位、前頭葉、頭頂葉、内側側頭葉(海馬)が関わっているそうです。

このうち、前頭葉はワーキングメモリー(作業記憶)を担当しています。すでに述べた時間を計測する脳の4つの部位のうち、ひとつが前頭葉のワーキングメモリーだったことを思い出してください。

ADHDの人は、すぐにいろいろなことを忘れる健忘症がありますが、それはワーキングメモリーの不全だと言われています。

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集中できないときと没頭しすぎるときの落差が激しい、計画を立てられない、いつも先延ばしににして期限に間に合わない…。この記事では大人のADHDの10の特徴をチェックポイントとしてまと

ワーキングメモリーの容量が少ないため、記憶を参照して、過去や未来を想像することも苦手なのかもしれません。

つまり、自伝的記憶が苦手な人は将来思考も苦手であり、その逆もしかりです。ADHDの人は、過去と未来を想像する能力(クロネスシージア)もまたゆがんでいて、そのため健忘症や計画性のなさに悩んでいるのです。

とはいえ、悪いところばかりではありません。この本では何かに没頭した状態、つまりフロー状態について、過去と未来に行く脳の能力を制限して、現在に集中している状態であるとも説明されています。(p268)

普通の人はフロー状態になるのはなかなか難しいそうですが、ADHDの人がたやすく過集中できるのは、もしかすると、過去や未来を想像する能力が乏しく、それらに気を取られにくいことから来ているのかもしれません。

体内時計の調節力の弱さも

また、このブログのテーマの一つである概日リズム睡眠障害に関して、兵庫県立リハビリテーション病院 子どもの睡眠と発達センターの三池輝久先生は、背景としてADHDが多いと述べていたそうです。

概日リズム睡眠障害は、体内時計が狂ってしまい、眠るべき時間に眠ったり、起きるべき時間に起きたりできず、社会生活が不可能になる重い病気です。ADHDの人は体内時計を調節する能力の弱さも抱えているのかもしれません。

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朝どうしても起きられない、夜なかなか寝つけない、一度眠ると10時間以上目が覚めない…そうした悩みは症状は睡眠相後退症候群(DSPS)の症状の可能性があります。一連のエントリの最初で

あなたと時間感覚

さて、あなたは、最初の時計ないしはストップウォッチを使った実験で、どれほど正確に一分を計れたでしょうか。この実験について著者はこう述べます。

たいていの人はかなり近いところで止められるだろう。しかし個人差があるし、年をとるとこのスキルは衰えていく。(p51)

もしあなたが若いころから、かなり誤差が生じているとしたら、それは明らかに時間感覚がおかしい、ということを意味しています。

生活上のさまざまな困りごとの原因は、そこにある可能性があります。

さらにいえば、その大元は、脳の前頭葉のワーキングメモリーの弱さや、大脳基底核のドーパミンの異常と関係している可能性があります。

わたしの場合は、試しに測ってみるとなんと40秒もずれていました。どうりで遅刻の常習犯なわけです。またIQテストで作業記憶が弱い傾向もわかっています。うちの親も30秒ずれていましたから親子共々、時間感覚が弱いのでしょう。

今回は、ADHDの時間感覚について扱いましたが、すでに述べたように、それはこの脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかという本のたった3ページ分に書かれていることに基づいて、話を広げただけにすぎません。

この本からは、時間感覚について、もっと多くのことが学べます。

うつ病や統合失調症、識字障害(ディスレクシア)の時間感覚のゆがみ、頭の中に時間の地図がある共感覚などの話を読むと、わたしたちの思う以上に、時間感覚は生活全般に影響を及ぼしていることがわかります。

時間感覚の歪みがあるとしたら、どのようにそれに対応していけばよいか、というアドバイスも載せられています。時間の流れ方を変えるにはどうすればいいのか、という訓練法です。

時間という未開拓の分野に関する興味深い発見や実験について知りたい方にはぜひ一読をおすすめしたい、とてもおもしろい本です。わたしのように時間を忘れて読んでしまうことうけあいです。

▼ディスレクシアの時間感覚
ADHDと同じく、時間感覚の障害としての側面がある識字障害(ディスレクシア)についてはこちら。

時間知覚の問題としてのディスレクシア―脳のタイミング処理と読み書きの意外なつながり
ディスレクシア(読み書き困難)は、単に読んだり書いたりすることが難しいだけではなく、身体の動きや生活リズムにも関係する脳の時間知覚の障害である、という節を紹介しています。

▼アスペルガーの時間感覚
ADHDと比較されることの多い発達障害である自閉症、アスペルガー症候群の時間感覚についてはこの本には何も書かれていませんでした。アスペルガーについては以前の記事の内容を参照してください。

アスペルガーとADHDの時間感覚の違い―過去と現在と未来
「身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 」という本から、過去・現在・未来へのとらわれを分類し、アスペルガーとADHDの時間感覚の違いを説明しています。
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ADHD(注意欠如多動症) / 自己コントロール