アスペルガーのミュージシャンに役立つ「少数派」という才能の活かし方―ゲイリー・ニューマンやスーザン・ボイルから学ぶ

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■インタビューで記者のレコーダーを壊そうとした上、浴室に90分も閉じこもった、クレイグ・ニコルズ

■ステージを降りると、突然どう喋っていいのかわからなくなり、無愛想でよそよそしくなるゲイリー・ニューマン

■ちょっとした刺激で、気分が激しく変動して、パニックになってしまうスーザン・ボイル

れら三人はいずれも飛び抜けて優れたミュージシャンですが、同時に「わがまま」「自分勝手」「気分屋」とみなされてしまうような言動も見せてきた独特な人たちです。

古今東西、アーティストの奇妙な振る舞いについてのエピソードは数知れず、彼らは独特で理解不能な人たちなのだ、と溜め息混じりに語られることもしばしばでした。

しかし近年、こうした奇妙に思える振る舞いの背後には正当な理由があることがわかってきました。ここに挙げた三人は、いずれも、自身が「アスペルガー症候群」であることを公表したのです。

「アスペルガー症候群」はいわゆる発達障害の一つですが、音楽業界には、彼ら3人以外にも、同じような特性を抱えている人は意外に多いそうです。

そうした人の中には、自分が抱える生きづらさや周りとのすれ違いの原因がわからず、まわりから理解されず、せっかくの才能が埋もれてしまっている人もいます。周りのマネージャーやバンド仲間、プロデューサーのほうも、その独特すぎる個性を扱いにくく感じているかもしれません。

今回紹介するなぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方は、そんな生きづらさを感じている当事者と、頭を抱えている周りの人たち両方にとって、お互いを理解するのに役立つ一冊です。

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これはどんな本?

この本は、音楽専門学校の新人開発室室長の手島将彦さん(@masa_hiko_t)と、発達障害に詳しい信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 本田秀夫先生による、ミュージシャンの抱える生きづらさの原因や対処法についての対談がまとめられた本です。

かたや、音楽業界の現場で、飛び抜けた個性を持つミュージシャンの生活を見てきた手島さんと、かたや医学の分野から個性と多様性を研究してきて、自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える「生きづらさ」の正体 (SB新書)など評価の高い著書もある本田先生。

この本では、それぞれの観点からの意見と洞察がかっちり噛み合い、ミュージシャンと発達障害の関連性という、これまであまり公に議論されてこなかった話題がじっくり掘り下げられています。

この本の中で、 ミュージシャンの生きづらさと独特の個性の原因として取り上げられているのは、自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群を含む)、ADHD、LD、双極性障害、自己愛など多岐にわたりますが、ほとんどの部分がアスペルガー症候群の解説に割かれています。

それで、あくまでこの本の主旨は、「アスペルガー症候群のミュージシャンのための本」と考えるとわかりやすそうです。

大部分が対談形式で書かれているため、フランクで読みやすい反面、話題のまとまりには少々欠けている印象があります。

しかし、発達障害とミュージシャンという、まだ全容が十分見えていない新しい分野を扱っているわけですから、断定的できっちりした書き方より、気軽な対談形式のほうがふさわしいともいえるでしょう。

なぜ「発達障害」という概念を知るべきなのか

発達障害とミュージシャンの接点について考える前に、まず考えておきたいのは、なぜわざわざ「発達障害」という概念を持ち出す必要があるのか、という点です。

「発達障害」とは、生まれつき脳の働き方に偏りがあるせいで、普通とは異なる感覚や行動を示すようになり、ときに社会的な不適応につながることもあるとされる医学的な問題です。

「発達障害」という概念は、ここ数十年で急速に社会に知られるようになりましたが、不快感を示す人も、いまだ少なくありません。

「これまで個性の範疇とみなされてきたものに、医学的なレッテルを貼るのはどうなのか」「なんでもかんでも病気にする」「障害扱いして差別する」といった反対意見は、今でも根強いものです。

確かに、これまで発達障害、特にADHDやアスペルガー症候群という診断名が、そうしたレッテルのように用いられ、過剰診断されてきたのは事実です。個性が「障害」や「異常」とみなされてしまうとしたら、才能の芽は摘み取られてしまうでしょう。

しかし、近年、発達障害の理解は、当事者による研究なども活発に行われ、一昔前よりも理解が増し加わっています。

その結果、ADHDや自閉スペクトラム症(アスペルガー症候群を含む)などは、「障害」や「欠点」ではなく、社会的な多数派とは別の特徴や個性をもった少数派である、という見方が強くなっています。

詳しくは以下の記事を見ていただければと思いますが、ADHDや自閉スペクトラム症は、本人に問題があるというよりも、多数派である一般の人たちが中心になって作り上げた社会で生活しなければならないので、不適応を起こしたり、生きづらさを感じたりしてしまう、ということです。

熊谷晋一郎先生による自閉スペクトラム症(ASD)の論考―社会的な少数派が「障害」と見なされている
当事者研究の熊谷晋一郎先生が、ASDは障害ではなく少数派であるという考察をしていました。

 この本は、そうした最新の見解の上に成り立っています。

つまり、この本で、あるミュージシャンが「アスペルガー症候群」の特徴を持っている、と考えるとしても、彼らに「障害」や「欠点」があるという意味ではありません。

むしろ、彼らはあたかも「別の種族」のように、社会の大多数とは異なる考え方や行動の特徴を持っているので、それを理解することで、お互いに配慮したり、ちょうど異文化交流のようにわかりあえたりするのだ、ということなのです。

本田さんはよく「種族」という言い方をされていますが、例えば「自閉症スペクトラムという生まれながらの人種があるのだ」ということがわかる・わからないというだけで、たぶん対応は変わってくるんじゃないかなと思うんです。(p147)

こうした、発達障害は、「障害」ではなく「異文化」「別の種族」である、という最新の考え方は、先ほど述べた不快感を示す人たちが危惧するような、レッテルや決め付けによって個性や才能を摘みとってしまうようなものではありません。

むしろ、今まで理解しにくかった個性的なアーティストの奇妙な言動の背後にある正当な理由を知るのに役立つものです。

たとえば、最初に挙げたクレイグ・ニコルズや、ゲイリー・ニューマン、スーザン・ボイルのように、これまで単に「わがまま」「自分勝手」「気分屋」のように思えて眉をひそめられていた行動が、実は当人にとっては十分に意味のある行動だったのだ、と理解する助けになるのです。

著者の手島さんも、音楽学校の室長として指導に当たっている中で、そうした扱いづらいミュージシャンたちに悩まされていました。

しかし、「発達障害」という概念を知って、問題を別の観点から見ることができるようになり、理解不能と思えていた人たちに配慮できるようになったといいます。

そしてあるとき、僕は、幼児教育の現場に従事している妻を通して「発達障害」というものの存在を知ります。

僕はこれまでに体験してきた、いくつもの「わがまま」や「強いこだわり」「個性的なふるまい」の中には、それで説明できるものもあるのではないかと思いました。

そして発達障害に限らず、「人には生まれながらにして多様な個性がある」という当たり前のことを前提として考えることが、アーティスト育成や教育の現場では重要なのに、ついつい忘れてしまっているのではないだろうか、と考えるようになりました。(p110-111)

こうした前提について知っておくと、なぜ、「発達障害」という医学的な概念を、生きづらいミュージシャンのためにわざわざ持ち出す必要があるのか、ということが少しはわかるのではないかと思います。

カギとなるのは、個性の強いアーティストが抱える生きづらさや周囲との軋轢の原因は、本人の人格が歪んでいるとか、欠点があるということにあるではなく、社会の多数派とは生まれつきの脳の働き方が違う、という点にある、ということなのです。

「アスペルガー症候群」のミュージシャンたち

このように、発達障害とは、脳の働き方が社会の大多数とは良くも悪くも異なっているという、生まれながらに違う文化を持つ「別の種族」ともいえる人たちを指す言葉です。

発達障害の中には、主に、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、限局性学習症(SLD、LD)などが含まれていますが、この本で特に詳しく扱われているのは、アスペルガー症候群を含む自閉スペクトラム症です。

自閉スペクトラム症の「スペクトラム」とは、虹のスペクトルのように境目がはっきりせずつながっているということを意味しています。

わたしたちのだれもが程度の濃さはあれ、自閉症傾向は持っていますが、特にそれが強い人が、これまで自閉症やアスペルガー症候群と診断されてきました。

塩水と富士山のたとえ

この点をわかりやすく説明するのに、この本では2つの興味深いたとえが紹介されています。

一つ目は、塩水のたとえ。コップの水に塩を入れると塩水になりますが、少量の塩ではほとんど気づきません。でも塩の量が多いと、しょっぱさを感じてむせてしまうかもしれません。

わたしたちの場合、この塩にあたるのが自閉傾向です。わたしたちのだれもが、自閉傾向はある程度持っていますが、ほとんどの人はごく少量なので問題になりません。

しかしアスペルガー症候群などの人は、自閉傾向という塩の量が大半の人より濃いため、具体的な特徴が生活に現れ、しょっぱい塩水のようにはっきりとした違いが感じ取れるのです。(p34)

もう一つは富士山のたとえ。富士山の裾野を見ると、いったいどこからが富士山の一部なのかよくわかりません。すべて地続きになっているからです。

同様に社会の大多数を占める普通の人と、アスペルガー症候群や自閉症の人は地続きになっていて、どこからが自閉症と明確に区別することはできません。

でも、富士山頂のように、明らかに山だとわかる部分は存在していて、そうした飛び抜けた特徴を持つ人たちがアスペルガー症候群や自閉症と診断されているわけです。(p121)

アスペルガー症候群を公表したミュージシャンたち

そのようなわけで、音楽業界にいるミュージシャンのうち、だれが普通の人で、だれがアスペルガー症候群で…とはっきりわけることに意味はありません。だれでも多少なりともわたしもアスペルガー症候群?と思う場面はあるでしょう。

しかし冒頭に挙げたような、さまざまな生きづらさを抱えて周囲とのギャップに苦しめられていたミュージシャンたちは、ひときわその要素が強かったといえます。

この本では クレイグ・ニコルズ、ゲイリー・ニューマン、 スーザン・ボイルのほか、レディ・ホーク、ジェームズ・ダービン、 ジョニー・ディーン、デヴィッド・バーン、 GOMESSなどが、アスペルガー症候群や自閉スペクトラム症を公表しているミュージシャンとして、名前が挙げられていました。(p2.7.9.15)

これらの人たちは、アスペルガー症候群という原因について知ったことで、自分自身のコントロールできなかった問題の理由をよく理解し、周りの人にも説明できるようになり、自分の特性と折り合いをつけてミュージシャン活動に打ち込めるようになりました。

アスペルガー症候群のミュージシャンたちの特徴

さて、この本の本題は、そうしたアスペルガー症候群を抱えるミュージシャンたちが、具体的にどんな問題を日常生活や音楽業界での活動のときにかかえているか、という点です。

もちろん、すでに考えたとおり、要素の濃さは人それぞれなので、この本に列挙されている特徴が、すべて当てはまる人もいれば、一部だけ当てはまる人もいるでしょう。

また自閉スペクトラム症は「種族」だと言われていましたが、「日本人」という民族に全体としての傾向はみられても、各人の個性はさまざまなのと同様、同じアスペルガーのアーティストでも、人によって個性にはバラつきがあることも覚えておく必要があります。

その上で、本書で議論されているアスペルガー症候群のミュージシャンの特徴をシンプルに箇条書きにすると、次のようなリストになります。

アスペルガー症候群のミュージシャンの特徴

■こだわりが強く、信念を大事にする。一方で融通がきかず、想定外のことが起こるとイライラしたりパニックになったりする。(p35)

■新しいことが苦手で、環境の変化や、定期的なルールの見直し、時代の流行に対処しにくい。(p96)

■練習にのめりこみ、寝食を忘れて人の何倍も打ち込んで上達する(p71)

■オリジナリティを発揮するのは不得手だが、膨大な知識と練習量による引き出しの豊富さから、独自の組み合わせを考案したり、即興を演奏したりできる。(p72 125)

■時間感覚が弱い場合があり、具体的な時刻ではなく、キリのよさで動いてしまう。(p81,84)

■ 朝起きるのが苦手で、遅刻が多い。大事な場面では早起きできることもあるが、毎日は続けられない(p41,88,150)

■空気を読んでそつなく振る舞うのが苦手で、twitterやFacebookで情報発信するとき、公私混同したり、過激な発現をしたり、言ってはいけないことを言ったりしてしまう。(p105)

■ロックなどより、テクノ以降の音楽やDTM、アニソンなどと親和性の高い人が多い(p108)

実際には、もっと多くのことが、さまざまな角度から話し合われているのですが、詳しくはぜひ本書を実際に読んで考えてほしいので、ここで紹介するのはこの程度にとどめておきます。

理由がわかれば対処もできる

ここにリストアップした幾つかの点を見ると、なぜ、アスペルガー症候群のミュージシャンが生きづらさを感じたり、周囲と摩擦を起こしたりしやすいのかが、なんとなく見えてきます。

たとえば、強い信念を持っていてこだわりが強い、という特徴は、バンドのリーダーや、企業としてPRしていきたいマネージャーなどの意見とぶつかりやすいはずです。周りに合わせてどんな仕事でも柔軟に取り組むことが苦手だと、「自分勝手」とみなされやすいでしょう。

こだわり強さの裏返しである変化が苦手、という特徴もまた、時代の流れに合わせた要求に答えられなかったり、ライブツアーなどで馴染みのない環境に行くことがストレスになったりする原因です。冒頭のクレイグ・ニコルズが度々問題を起こした原因はそこにあったそうです。

しかし一方で、強いこだわりをもって、自分の信念を貫いて、徹底的に練習する姿勢は、うまくはまればプロ意識として高く評価されることも多いでしょう。残念なことに、そこに至るまでに才能を潰されてしまう人が多いわけですが、アスペルガー症候群に対する理解が普及すれば、そうした悲劇も少なくなるかもしれません。

興味深いことに、ここに挙げられているアスペルガー症候群のミュージシャンの特徴のうちの幾つかは、このブログで過去に詳しく取り上げたものです。

たとえば、朝起きるのが苦手で遅刻しやすい、という点について、近年、自閉スペクトラム症を抱える子どもが「概日リズム睡眠障害」のために不登校になりやすいことがわかってきています。原因がわかれば、医学的な治療によって問題を軽減することもできるでしょう。

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オリジナリティを発揮するのが苦手で、膨大な引き出しのよせ集めによるコラージュ的な創作になりやすいことは、ミュージシャンの場合だけでなく、アスペルガー症候群の作家におしなべてみられる特徴であることは以前に扱いました。

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しかしルイス・キャロルをはじめ、そうした作風で成功したアスペルガー症候群の作家は大勢いますし、この本でも、ジャズの名手として即興演奏に秀でるタイプの人がいることが書かれています。

アスペルガー症候群のミュージシャンの中には、ともすれば、自分はオリジナルを作るのが苦手だと思い悩む人がいるかもしれません。

しかし、こうした過去の成功例をかんがみるなら、むしろ自分の長所は膨大な知識や経験を活かしたオマージュ的作風やアドリブなのだ、ということが理解でき、自分の才能を遺憾なく発揮する方向性が見えてくるはずです。

自分の生まれつきの脳を理解する

このように、アスペルガー症候群のミュージシャンが才能を発揮するために大切な要素の一つは、本人が、自分の生まれ持った脳の特性をよく把握することです。

自分がどういう特性を持った人間なのかを知らないなら、的外れの方向に努力したり、周囲に促されるままに欠点を克服しようとしたりして、結局うまくいかず自信を喪失してしまうことにもなりかねません。

この本で繰り返し注意されているのは、苦手なことはさんざん頑張ってもな苦手なままであることが多い、ということです。

特に発達障害の人の場合、生まれつきの脳のせいで向いていないのであれば、ひたすら努力して苦手を克服しようとしても、「すべてにおいてぱッとしない人になってしまう」だけだと言われています。(p50-54)

ショベルカーが公道で他の車と同じように走ったり、ましてやカーレースに出たりしたところで、果たしてうまくいくでしょうか。もともとの脳の構造に合わないことを努力するというのはそういうことです。しかしショベルカーは工事現場でなら、他のどんな車より活躍できるのです。生まれ持った特性に合った努力をするというのは大切です。

まわりの人は良かれと思って苦手を克服するよう勧めてきますから、自分自身の特徴について何も知らなければ、周囲が勧めるままに、自分にまったく合わない「多数派」のやり方にそって生活し、生きづらさを抱えることになりかねません。

しかし、自分が「少数派」であり、どんな脳の特徴を持っているのかということをよく知っていれば、周りの人の提案に感謝しつつも、理解や配慮を求めて話し合い、お互いに納得のいくやり方へと歩み寄ることができるのではないでしょうか。

クリエイティブな組織に必要な「多様性に対する感度」

もちろん、アスペルガー症候群のミュージシャンにとって大切なのは、本人が自分の特徴を理解することだけではありません。

本人が自分の発達障害傾向をしっかり自覚して、それを周りに伝えた上で、周囲の人やバンド仲間、音楽業界の同僚や上司が理解を示してくれるかどうか、という点も、大きく関係してきます。

この本には、理解や配慮を得るため一つの提案として、周りの人にこの本を読んでもらうといいのではないか、と書かれていました。

アスペルガー症候群の人はコミュニケーションが一般的にいって苦手なので、自分のことを本に代わりに語ってもらうというのは、とても賢い選択肢だと思います。

また、この本の最後の方では、企業体質や音楽業界そのものの問題についても切り込まれていました。

音楽業界は、発達障害傾向を持つ人が比較的多いところだとはいえ、それでも多数派による古いシステムと、少数派に対する圧力とが存在している、ということが嘆かれていました。

おそらく音楽業界は多少、発達障害的な特性のある人は多いとは思いますが、細かく見るとその業界の中にも多数派と少数派がどうしても存在するんですよ。

そうすると、先に音楽業界に入ってきた人たちの中で、ある種の文化とかシステムが作られた時に、一般の人から見たら発達障害的な文化なんだけど、その社会の中では多数派になっていて、そこに同じ傾向とはいえ若干違う特性の人が入ってきたときに排除されてしまうということも起こり得るんだと思います。(p147)

その結果、発達障害的な個性的な人たちが大勢在籍しているにもかかわらず、多様性が抑圧され、アスペルガー症候群のミュージシャンが生きづらさを感じる閉塞的な環境が生じてしまっていると言われていました。

これまでの成功パターンという定石にこだわり、新しい若手のミュージシャンたちをもそのパターンに当てはめようとしてしまうため、結果的に同じような個性の作品ばかりが生み出されてしまっているのが現状ではないか、と懸念されています。

しかも、論理的にそれをした方が良いという話ではなく、産業が成熟していく中で積み重なった成功体験をただ繰り返しているだけ。

…大げさに言えば、それが音楽業界不振の根本にあるんじゃないかなって思います(笑)。

よく、「最近のオリコンチャートを見てもつまらない」って皆さんおっしゃるわけです。「同じようなものばっかりだ」って。(p153)

とはいえ、音楽業界が全体として、そうした閉塞的傾向に陥っているとしても、すべての人が一様に多様性に背を向けているというわけではありません。

めまぐるしく変動する現代社会において、優れたアーティストを生み出す組織に必要なのは「多様性に対する感度」だといいます。

コミュニケーションコストがかかることを恐れて、多様性を否定していくと、結局のところは生き残れない。

これだけ環境が変化して、いろんなものが動いている中で、多様性に対する感度が低い組織は、当然対応していけない。(p155-156)

結局のところ、いくら組織が旧態依然に凝り固まっていて、過去の成功体験を模倣しつづけているとしても、時代の流れは確実に変動していきます。

時代の多様性についていけない組織はいつの間にか取り残されて衰亡し、「多様性に対する感度」を意識している組織が台頭し、時代の潮流に乗ることになるでしょう。

アスペルガー症候群のミュージシャンは、そうした「多様性に対する感度」に目ざとくあって、自分の強い個性を受け入れてくれるような人たちを探すことも必要かもしれません。

もっと言えば、今いる環境が、自分の飛び抜けた個性を理解してくれず、いくら努力しても配慮してくれないようなら、そこを見限って自分に合った居場所を探すのは、実はわがままではなく、本当に時代の流れを理解している組織を見極めることにつながるのかもしれません。

以前紹介した研究によると、自閉スペクトラム症の人の脳は、定型発達者の脳より多様性に富んでいることが科学的に明らかにされているのは興味深いところです。

「自閉症という謎に迫る 研究最前線報告」の5つのポイント
「自閉症という謎に迫る 研究最前線報告 (小学館新書)」という本を読みました。金沢大学子どものこころの発達研究センターという公的機関に所属する幾人もの研究者によって書かれています。

自閉スペクトラム症の人たちが確かに多様性を持っていることがわかっている以上、そうしたアーティストを受け入れて柔軟に対応できるかどうかが、時代の多様性に適応していける組織であるかどうかを示す尺度となっていると言っても過言ではないのです。

アーティストは少数派だからこそアーティスト

この記事で考えたように、アスペルガー症候群のアーティストが抱える問題は、まず少数派としての自分の特徴を理解すること、そして少数派に配慮を示し、才能を伸ばしてくれる人たちを探すことによって、解決していくことができます。

興味深いことに、この本には、こんな意見が書かれていました。

このような、言わば「個性が強すぎる人」とその周囲の人とで、どうしてもうまくいかない、相容れない、ということもあるでしょう。

しかし、元々「アーティスト」とは世界で少数派である個性や能力を持っているからこそ「アーティスト」であるわけです。

だから、多数派にとって便利であるようにつくられてしまいがちな社会では、少数派の彼らは最初から不自由を感じてしまうことが多いのかもしれません。(p114)

つまるところ、アーティストは少数派だからこそアーティストなのです。

少数派が持つ多様な個性を尊重できてはじめて、、アーティストとしての才能を伸ばすことにつながるのだといえるでしょう。

このブログでは、様々な少数派に属する人たちの発揮する創造性について扱ってきました。

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 ADHDについてはこの本の中でも時折触れられています。(p45ほか)

愛着障害については、自己愛についての項目で、とらわれ型のアタッチメントスタイルと関連していると思われる記述が少し出てきます(p63)

今回紹介したなぜアーティストは生きづらいのか? 個性的すぎる才能の活かし方は、あくまで、おもにアスペルガー症候群の観点から少数派と多数派、多様性がもたらす創造性の問題に切り込んだ本ですが、同じ考え方はこれら他の少数派のアーティストたちにとっても役立つと思います。

この記事では全体を概観することに努めて、具体的なことはあまり書いていませんが、本書には、さまざまな提案やアドバイスも載せられていて、実践的な場面でも参考になると思います。

生きづらさを感じているミュージシャン、発達障害を自覚しているアーティスト、そしてその周りにいて、時には彼ら・彼女らに手を焼き、時には大きな可能性を感じているような人たちには、ぜひ読んで欲しい一冊です。

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