このブログについて

Profile-YuKi

 

名称: いつも空が見えるから

管理者: yuki

URL: https://susumu-akashi.com 

目次 (お好きなところから読めます)

プロフィール

学生時代に慢性疲労状態になりました。あまりに奇妙で不可解な症状が数多く表れ、ネット上の医学情報や医者の説明にはまったく納得できなかったので、自分で原因や治療法を探し続けました。

やがて、わたしの抱えていた奇怪な症状の数々は、ほんとうはありふれたものなのに、これまでほとんど注目されていなかった領域の問題だと知り、わかったことをまとめるためにブログを書き始めました。

このブログは客観的な書き方をしてはいますが、基本的には、ほとんど当事者研究とその周辺の話題です。

特定の分野にとらわれず、広い範囲の情報を集めることにしたので、コンテンツの内容はその時々によって変化しています。

もともと自分の体調の分析から始めたせいで、医学的な記事が多いですが、しだいに医学の視点に疑問を持ち始め、オリヴァー・サックスの著書などを通して、もっと多様な視点が必要な理由がよくわかりました。

参考

左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)

ようやくそのとき、外科医に言われたあの恐ろしいことば、「君は変わってる、特別だ」ということばを追いはらうことができた。仲間たちと自由に話をしてみて、はじめて、自分の経験が、「症例が」すこしも特別ではないことがわかったのである。

…私とおなじような経験をした者がおおぜいいるのは明らかだった。しかし、だれひとりそれをうまく外科医につたえることはできなかった。

外科医に話そうとしても、私とおなじく一笑にふされたという。ほとんどの人は沈黙を守っていた。なんとか理解してもらえた者は一人もいない。

…たとえ私がほんとうに「特別の変わり者」だったとしても、特別だったのは経験そのものではなく、それを始終考えつづけたことだ。―その経験は私にとって、「理性に対する冒涜」であり、根本的に重要なことだったからである。(p197-198)

心と身体をつなぐトラウマ・セラピー

症状を軽減させる唯一の方法は生涯にわたる薬物療法や心理療法しかないという誤ったアドバイスには絶望感や無力感がともないます。

あなたが経験している症状はあまりにも奇妙なので、あなたは他に誰一人同じ体験をしている人はいないと確信しており、そのため他人に自分の症状を話すことを考えただけで疎外感や恐怖を味わうのです。

あなたはまた、仮に話したところで誰も信じてくれないし、おそらく自分が狂っているのではないかと思っています。

さらなるストレスは、何度も何度も検査や治療を受け、あちこちをたらい回しにされ、不可解な痛みの原因を突き止めるために試験開腹を行ったりすることで請求書がふくれあがることです。

何の医学的根拠も見つからないため、あなたは医師たちの心気症という診断に甘んじるしかないのです。(p57)

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法

こうした患者たちは、精神医療を受けている間に、互いに関連のない診断を五つか六つ受けるのが普通だ。

…これらの診断のどれ一つとして、完全に的外れではないが、どれもみな、これらの患者が何者か、何を患っているのかを有意義なかたちで説明する端緒さえつかめていない。(p226-227)

これらの診断のうち、私たちの患者の多くが生き延びるために発達させる並外れた才能や、奮い起こした創造的なエネルギーを考慮に入れているものは一つもない。(p228)

腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか

私は、一見すると原因がはっきりしない複雑な症状を抱える患者を何年も診てきたが、そこで学んだもっとも重要な教訓の一つは、

「いかに奇怪に聞こえようが、いかに現行の科学の知見に合わなかろうが、先入観を持たずに彼らの話に耳を傾けるべきである」というものだ。(p89)

レナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

私たちの目に始めから終わりまではっきりと映り続けるのは、機械的な医学そして機械的に世の中を推し量ることがいかに不適切であるかということだ。

患者たちは機械的な医学が正しくないことの生きた証であるとともに、生物学的な考え方の生きた手本である。

…患者たちは、これまで私たちが機械的な技術を発展させすぎたこと、反対に生物学的な知識や洞察力、直観を欠いてきたことを思い出させてくれる。

それこそ、私たちが最初に取り戻さなければならないものであり、医学のみならずあらゆる科学において必要なことである。(p465-466)

誤字脱字は見つけ次第修正していますが、どうしても見落としてしまうようです。

長くて読みにくい記事も多いかと思いますが、読み物というより、物忘れがひどい自分のための備忘録として書いているので申し訳ありません。

各記事冒頭の「目次」や、右下の「上へ戻る」ボタンを有効にご活用ください。

ちなみにURLのsusumu-akashiとは何なのか よく訊かれますが、学生のとき書いていた推理小説の人物(ワトソン役)の名前です。ドメインを取得するとき特に意味もないまま使ってしまい今に至っています。こんなに長く使うとは思っていなかったもので…(笑)

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引用文中の三点リーダー(…)は省略・中略を示し、角括弧( [ ] )でくくっている箇所は、文脈を理解しやすいよう、わたしが補った挿入句です。

またWeb上の画面でも読みやすくするため、引用元では改行されていない場所でも、一文ごとに改行を追加している場合があります。

責任の所在:
このブログでは特定の書籍、治療法、製品を紹介することがあります。しかし、それらは情報として参照しているに過ぎません。

情報に基いて行動し、損害を負われた場合における責任は一切負いかねます。何を用い、また用いないかという決定は、読者の皆様ご自身の責任のもとに行うようになさってください。

いち個人が趣味で運営しているブログであり、各研究機関や患者会、支援団体とは一切関係ありません。わたしはいずれにも所属していません。

個人ブログである都合上、もし不慮の出来事がわたしの身に生じるなどした場合、サーバーの契約期限が切れた時点で、ブログ内容もすべて消えることになることをご承知おきください。

正確さ:
情報は正確を期すよう努力しますが、わたしは当事者であって専門家ではありません。単なる素人がネット上で書いている備忘録にすぎないことをご理解ください。各記事にはできる限り出典を載せているので、読者の皆様ご自身でも、複数のソースを直接ご確認になるようお勧めします。

信憑性については半信半疑の気持ちで読んでいただくのが最善と思います。わたしの理解が誤っている可能性がありますし、引用元の書籍や専門家の見解そのものが間違っている可能性も十分にあるからです。良かれと思って発展した研究が後々覆されることはよくあります。

参考

知ってるつもり――無知の科学

おそらくなにより重要なのは、個人の知識は驚くほど浅く、この真に複雑な世界の表面をかすったぐらいであるにもかかわらず、たいていは自分がどれほどわかっていないかを認識していない、ということだ。

その結果、私たちは往々にして自信過剰で、ほとんど知らないことについて自分の意見が正しいと確信している。(p12)

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

限られた手元情報に基づいて結論に飛びつく傾向は、直感思考を理解するうえで非常に重要であり、これから本書に何度も登場する。

この傾向は、自分の見たものがすべてだと決めてかかり、見えないものは存在しないとばかり、探そうともしないことに由来する。

…この「自分の見たものがすべて(what you see id all there is)」は、英語の頭文字をとってWYSIATIという長たらしい略語が作られている。

…自信を裏付けるのは、筋の通った説明がつくかどうかであり、ほとんど何も見ていなくても、もっともらしい説明ができれば、人々は自信たっぷりになる。こうしたわけで、判断に必須の情報が欠けていても、それに気づかない例が後を絶たない。(p129-131)

ピクサー流 創造するちから―小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

方向転換を意志の弱さの表れ、自分を見失ったと認めるのと同じだと考える人は多い。私にはそれが信じられない。

個人的に、自分の考えを改められない人は危険だと思う。スティーブ・ジョブズは、新事実が明るみになるたびにコロコロ変わることで有名だったが、彼のことを弱い人間だと言う人を見たことがない。(p208)

ダーウィン自伝 (ちくま学芸文庫)

私はどんな仮説でも、たとえそれがとても気にいったものでも(しかも私はどんな問題についても仮説を作らずにはいられないのである)、事実がそれに反するということが証明されればすぐにそれを放棄するために、いつでも変わらず自分の心を自由にしておくようにつとめてきた。(p175)

わたしの考えとしては、個々の当事者はそれぞれ異なる問題に直面している以上、医師などの専門家、特定の書籍やウェブサイト、さらには仲間の当事者からのアドバイスや情報を鵜呑みにせず、それぞれが自分で調べて結論にたどりつく必要があると思っています。万人に当てはまる説明や治療法などどこにもなく、一人として同じ人間は存在しません。

当然ながら、詳しく調査するにつれ、以前とは理解が変わっていく部分も少なからずあります。過去の記事の誤りに気づいた場合には修正や追記を行っていますが、すべての記事に反映させることはできません。

できるだけ新しい記事から読んでいただくほうが、より考察を深めた理解に近いと思いますが、その内容もまた、そのうち新しい理解に取って代わられる可能性があります。いずれにしても正確さの点で、完璧を期すことは不可能であることをご承知おきください。

記事には、わたし個人の浅い知識に基づいた考察を含めている場合が多々あります。その場合は、チャールズ・ダーウィンが人間の由来(下) (講談社学術文庫)の中で述べている次の言葉を念頭に置いて読んでいただければ幸いです。

間違って認識された事実はしばしば長く持ちこたえるので、科学の進歩に大きな害を及ぼす。しかし、間違った考えは、それが何らかの証拠に支えられていたとしても、それほどの害は及ぼさない。

なぜなら、誰もがその間違いを証明することに健全な喜びを感じるからであり、それがなされたときには、誤りへと続く道が一つ閉ざされると同時に、真実への道が開かれるからである。(p470)

※別の翻訳
このダーウィンの言葉は、脳のなかの天使では以下のようなニュアンスで訳されている。(p344)

誤って事実とされたことは、長くそのままになりがちなので、科学の進歩にとってきわめて有害である。

しかし誤った見解は、たとえなんらかの証拠によって支持されていようと、ほとんど害をなさない。誤りを立証するという有益な楽しみをだれもが実行したがるからだ。

そして誤りが立証されれば、まちがいに向かう一つの道が閉ざされて、真実に至る道がしばしば同時に開かれる。

またサックス博士の片頭痛大全で載せられていたアルゼンチンの作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの次の言葉も付け加えておく。

あなたは、こう応えるだろう。現実が面白いものである必要はないのだと。そうしたら、私はこう言うことにする。現実はそうかもしれない。だが、仮説は面白いことだらけなのだと。(p357)

表記について:
複数の表記がある概念については、記事の内容やテーマに応じて、おおむね読み手によってわかりやすいものを用いるようにしています。表記ゆれがあるのは、その時々の状況に合わせているからです。

例 : 「障害」「障がい」の表記について
近年、発達障害などの「障害」という漢字表記が望ましくない印象を与えるとして「障がい」や「障碍」といった表記を用いるケースがあります。そうした意見があることは承知していますが、当ブログでは引用している書籍でそれらの表記が使われているのでない限り「障害」に統一しています。

その理由は、障害のある子が「親なきあと」にお金で困らない本の著者が書いている内容と同じです。まず、表記を変えたくらいで人の意識を変えられるわけではないこと。また、近年、障害は「社会モデル」(個人ではなく社会における多数派、少数派から生じる)によって解釈されてきており、ハンディのある人たちが社会のせいで「障害」を被っているのは事実であるということです。(p82-84)

同様の点は目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)(p204,211)や 閉じこめられた僕 難病ALSが教えてくれた生きる勇気(p163)でも指摘されており、「障害」を「障がい」と書き換えるなら、障害はあくまでその人自身の問題であるという旧来の「個人モデル」に注目させてしまいます。表記を変えて問題を先送りするより、「社会モデル」の概念を知ってもらうほうが長期的に見て益になると考えます。

わたしの「障害」に対する見方は、ダーウィンが提唱した適応進化の概念にのっとっています。ダーウィンは生物は、自分が置かれた環境に適応して、ある能力は発達させ、ある能力は退化させると考えました。

人間において、正常や障害とみなされているものは、これと同じものであり、それぞれが、各々置かれた環境に適応しているにすぎません。虐待された子どもの愛着障害でさえ、過酷な環境を生き抜くために脳を最適化した適応だと言われています。

これはつまり、どんな「障害」を負う人も、ある能力が退化している反面、置かれた環境で生き抜くための能力には特化していることを示唆しています。健常者に対して障害者が劣っていることなどありえず、ただ多様性があるだけだということです。

例 : 改定された呼称について
またDSM-IVからDSM-5に移行するにあたり、「自閉症スペクトラム障害」が「自閉スペクトラム症」になるなど、呼称が変わったものについては、新しいほうを用いることがあります。

しかし、新しい呼称がまだあまり普及しておらず、専門家も積極的に用いていないために一般的でない場合(たとえば「発達障害」→「神経発達症」、「解離性障害」→「解離症」など)は、かえってわかりにくくなるので旧来の名称を用いています。もちろん、今後 普及するようなら、過去記事の用語を一括で置換する可能性があります。

その他の事項

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