現実感がない「離人症状」とは何か―世界が遠い,薄っぺらい,生きている心地がしない原因


離人症の人の目には、周りの世界は、異様で、奇妙で、なじみがなく、夢のように映る。

物はときおり不思議なほど小さく見え、平たくなることもある。音は遠くから聞こえるように思える。

…情動もやはり、著しく変化する。患者たちは、苦痛も快感も経験できないと苦情を言う。…彼らは自分自身に不案内になってしまったのだ。(p168)

れは身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法という本に載せられている、ベルリンの医師ポール・シルダーが1928年に書いた「離人症」「離人感」(depersonalization)の特徴です。

100年近く前に書かれたこの同じ離人症を経験する人は、今の時代にも大勢います。現実感のない感覚。それはとても気持ちが悪く、不安を誘うものです。

生きている実感がなく、自分が空っぽに感じられ、世界が遠くに薄っぺらく色あせて見え、自分の体が抜け殻のように、また自分ではない人形のように思えるとしたら、生きることに喜びや幸せを感じられなくなるでしょう。

この記事では、いくつかの本をもとに、離人症にはどのような症状が含まれるのか、なぜ現実感がなくなるのか、どうすれば治療できるのか、という点を紹介したいと思います。

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これはどんな本?

今回、おもに参考にしたのは以下の三冊です。

「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相は、さまざまな精神病理学者の2010年の発表原稿をまとめたものです。この記事では、解離に詳しい柴山雅俊先生による「解離における離隔の諸相―離脱・融合・拡散」という章を参考にしています。(p176-208)

冒頭で引用した、トラウマ研究の専門家、ボストン大学のベッセル・ヴァン・デア・コーク先生による身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法も離人症の脳科学的なメカニズムや治療法を知るにあたり参考にしました。

ジャーナリストアニル・アナン・サスワーミーによる私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳では、離人症をはじめ、自己のアイデンティティが侵食される様々な病気が取り上げられていて、自己を生みだす脳のメカニズムが解説されています。

離人症の二つのタイプ

まず、知っておく必要があるのは、「現実感がない」という離人症状にも、少なくとも2つのタイプがあるということです。最初に自分がどちらのタイプなのかを知らなければ、原因や治療法を選択することができません。

まず1つ目は、うつ病などの精神疾患、脳神経疾患、身体病などに合併して見られる離人症です。

こちらの離人症は、頭が働かない、思考がまとまらない、霧がかかっているといった感覚を伴います。うつ病や慢性疲労症候群などのため、純粋に思考力が低下した結果として現れる「脳の霧」(ブレイン・フォグ)と呼ばれる症状です。

「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相では、このタイプの離人症では、次のように感じると書かれています。

いまの自分がかつての自分とは違って、まったく異質な状態になってしまった。それがずっと持続している。

このような状態が改善されないと日常生活をまっとうに送ることができない。(p178)

続解離性障害の中で解離や摂食障害に詳しい野間俊一先生は、この種の離人症について、こう述べています。

20世紀半ばに内因性精神病との関連で議論された離人症は慢性的に実感を失っている状態で、解離性の離人症のような不安定さはありません。(p218)

このような離人感の場合は、おそらく二次的な脳機能の低下によるものなので、原因となっている精神・身体疾患を治療すれば、おのずと現実感も戻ってくるでしょう。

以前の記事で書いたように、うつ病の治療で改善するケースもあれば、栄養指導などで良くなるケースもあるようです。

思考に霧がかかった状態「ブレイン・フォグ」にどう対処するか
慢性疲労症候群(CFS)の主要な症状のひとつに「ブレインフォッグ」というものがあります。「思考に霧がかかったような」と表現され、記憶や会話や読み書きが困難になることが特徴です。この

これに対して、2つ目のタイプは、「解離」という脳のメカニズムが深く関わっています。こちらがこの記事で扱う、本来の意味での離人症です。

 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相によると、解離性の離人症では、次のような具体的な訴えが見られるそうです。

ビデオカメラを覗くように、限定された枠の中に世界が現われ、視野全体が狭くなる。

世界の奥行き感がなく、対象との距離が遠くなったり近くなったりして、はっきりと定まらない。

どこか地に足が着いていないようで、自分が浮き上がっているようで、自分が「いま・ここ」にいるという実感がなくなる。

まるで夢の中のようで、夢か現実かわからない感じがする。(p178)

この記事で取り上げるのは、こちらの「解離が関係している離人症」についてです。こうした離人症が起こる病気は「解離性障害」と呼ばれています。

解離性障害というと、多重人格(解離性同一性障害)や記憶喪失(解離性健忘)などが有名ですが、実際には、そうした典型的ともいえる症状は少ないそうです。むしろこう書かれています。

そういった解離性障害の八割から九割に離人症がみられる。

従来、「実感がない」「現実感がない」と訴える離人症は統合失調症との関係で取り上げられることが多かったが、今日では解離性の離人症が目立って増加している。(p176)

離人症とは何か?

 私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、離人症という概念は、19世紀末フランスの心理学者ルドウィック・デュガによって生み出されました。

離人症という用語は1890年代、フランスの心理学者ルドウィック・デュガが「精神活動に付随するはずの感情や感覚が不在の状態」を表すのに初めて使った。

デュガがこの言葉を知ったのは、スイスの哲学者アンリ=フレデリック・アミエルの没後に出版された『日記(Journal Intime)』だった。

「存在は墓の向こう側、もうひとつの世界にあるようなものだと思っている。あらゆるものが私には異質だ。

言ってみれば、私は自分の身体と個性の外側にいる。切りはなされ、分離した離人状態だ。これは狂気なのだろうか?」(p164)

この離人症についての最初の洞察、哲学者アンリ=フレデリック・アミエルの言葉には、離人症とは何かという概念が見事に言い表されています。

離人症とは、自分の肉体から「切りはなされ」「分離し」たような感覚、あたかも「もうひとつの世界」に存在しているかのような奇妙な違和感、不快感のことです。

彼が述べている「これは狂気なのだろうか?」という一言もまた、離人症の本質を物語っています。

離人症に陥った人は、世界の奇妙な変容を感じますが、統合失調症のように妄想的になることはありません。冷静に違和感を自覚し、自分はおかしくなってしまったのだろうか、と思い悩みます。

何度も離人症を体験してきた当事者であるジェフ・エイブゲルは、自分の身体の違和感を強烈に自覚し、ひたすら何が起こっているのか考えつづけることが、離人症の特徴のひとつだと述べました。

離人症性障害に関する著作を二冊出版しているジェフ・エイブゲルは、私にニコラスを紹介してくれた人でもあり、自己反芻のこともよく知っている。

10代後半から一過的な離人症を何度も経験してきたエイブゲルは、「自分の人生を構成する精神的な要素が、ほぼすべて消えたように感じる」と言った。

「あとに残るのは、自分の何がおかしいのか答えを見つけようとするノンストップの衝動だけです。いったいどうした? なんでこんな感覚なのか? 何が起こっている? そんなことを全身全霊で考えているんです」(p180-181)

プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たちによると、子ども時代の度重なる逆境体験によって、生涯にわたって苦悩を抱えることになった作家ヴァージニア・ウルフもまた、離人症に苦しめられ、同じように自己観察を繰り返しました。

医師たちに無理やりベッドに寝かされた彼女は、天井をじっと見つめ、自分の脳を仔細に観察して時間を過ごした。

彼女は自分が「1つの状態でない」ことを発見した。「病気であることが、人を別々の人に分裂させるなんて、じつに妙だ」と彼女は述べている。

どの瞬間にも、彼女は狂人状態であると動じに意識清明でもあり、また頭が冴えていると同時に精神異常でもあった。(p254)

離人症を抱える人たちは、自分の状態が明らかにおかしいことを感じ取っていて、客観的に自覚しています。自己が「分裂」し「切り離され」ているからこそ、客観的な目と思考で自分を観察しつづけます。

作家アルベール・カミュもまた、離人症を伴ううつ状態に悩まされた一人かもしれません。彼は小説「異邦人」の中で、自身を投影したと思われる主人公ムルソーの宇宙的な孤独を描きました。

カミュは、シーシュポスの神話 (新潮文庫)に自分自身について、こう書き残しています。

みずから確信しているこの自我をぼくが捉えようと試みると、この自我を限定し要約しようと試みると、それはもはや、指のあいだをこぼれ落ちていく水でしかない。

…自分がたしかに存在しているということについての確実さと、この確信にぼくが与えようと試みる内容、そのあいだの溝は、いつまでたってもけっして埋められることはないだろう。

永久に、ぼくはぼく自身にとって異邦人であるだろう。(p38-39)

離人症の人たちは、世界からも身体からも切り離された自分を、何も馴染みのない永遠の異邦人であるかのように、当事者ではなく傍観者として外側から眺めているのです。

解離性の離人感の7つの特徴

解離性の離人症を抱える人は、自分の体験に対して敏感なので、さまざまな具体的な違和感を感じ取ります。ここでは離人症によくある訴えを7つ調べてみましょう。

以下の症状は、離人症状としては、かなり程度が進んだ重いものも含まれるので、離人症だからといって、必ずしもすべてを経験するわけではありません。

1.時間と空間の変容

離人症の大きな特徴は、時間感覚と空間感覚が歪むことです。解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、感覚の歪みの例としては、以下のようなものがあります。

時間感覚の歪み
■いったい今がいつなのかわからない
■過去と現在が重なっている感じ

空間感覚の歪み
■実際に起きていることなのか夢で見たことなのかわからない
■生きている感じがしない
■自分の体に実感がない
■宙に浮いているような感覚がある
■ものが遠のいていったり映画のセットみたいに見えたりする
■自分や他人が操り人形のように感じられる
■人や物が大きくなったり小さくなったりする

このような知覚の歪みは、「不思議の国のアリス症候群」としても知られています。

不思議の国のアリス症候群は、偏頭痛発作の前兆として起こることもありますが、離人症の症状のひとつとして生じることもあります。どちらの場合も、神経の信号伝達の乱れが関係しているようです。

たとえば私の中のわたしたち――解離性同一性障害を生きのびての中で、父親から性的虐待を受けたときに解離状態になり、離人症を発症したオルガ・トゥルヒーヨは、次のように書いていました。

私は精神がしだいにぼんやりしてきて、部屋のものすべてが遠くに見えた。抵抗をやめ、静かになった。

父やほかのものもよく見えなかった。父のことばもはっきり聞こえなかった。私の中の深層で、まるで甲羅の中の亀のように、私はどんどん小さくなり、陥ったパニックもどうにかおさまった。

息もおだやかになり、私は自分の体を離した。押しつけられていた床から起き上がるのを感じた。

二人の幼い女の子に分離したかのような不思議な感覚だった。両手に違和感があり、指が多いのに気づいた。手が二つに割れて別々の手になった。(p33)

このとき、オルガは、ひどい虐待を受けて、身体の苦痛を解離によって切り離しました。感覚を遮断したことで、自分の身体が他人のように思えただけでなく、まわりの空間や大きさ、時間の感覚が変容し、二人の自分に分離したかのように感じられました。

2.私の二重化

二番目の点は、自分が二重化して感じられることです。「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相にはこう書かれています。

世界が、奥行きがなく平面で、質感も重さもなく、物が空間にばらばらに浮かんでいる状態になることがある。

…そうした時に後ろにずれると、世界がまとまって見えるようになる。

…後ろの離れたところから自分を操る感じです。そういったときは視野が狭くなる。(p189)

この例では、自分が後ろにずれるという感覚を伴っています。解離性障害の離人症では、自分が二重化して、後ろから傍観している冷めた自分と、空っぽになって魂が抜け出たような自分を両方感じていることがあります。

後ろにずれる、という感覚は、別の記事で書いたように、脳が作り出している身体イメージ(バーチャルボディ)の位置が実際の場所からずれることで起こる現象です。

実際の手足がなくなった後に、まだ手足があるかのように感じる「幻肢」と呼ばれる現象があります。このことからわかるのは、脳は幻の身体、つまり仮想の身体イメージを作って身体の位置を認識しているということです。

その仮想の身体イメージの位置情報が、本来の肉体のあるべき位置からずれることで、現実感が薄れる離人症や、体外離脱といった解離現象が起こるのです。

鏡が怖い,映っているのが自分とは思えない―解離や幻肢は「バーチャルボディ」の障害だった
わたしたちの脳は「バーチャルボディー」と呼ばれる内なる地図を作り出しているという脳科学の発見から、解離性障害、幻肢痛、拒食症、慢性疼痛、体外離脱などの奇妙な症状を「身体イメージ障害

3.離隔

三番目は、世界が遠のく「離隔」です。 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相にはこう書かれています。

自分が置かれた状況をドラマや他人事のように見ている。ただ見ているだけというか、映画を見ている感じがする。

見え方が違う。立体を直に見ているのではなく、平面に立体が映っている。(p180)

離隔とは、漢字のとおり、「離れて隔てられている」ように感じることです。周囲の世界と自分との間に膜があるように感じ、現実感がありません。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、19世紀のフランスの精神科医ジャン=エフィエンヌ・ドミニク・エスキロールは、離人症という概念が生まれるより前から、こうした離隔を訴える人たちの感覚に注目していました。

エスキロールはこうした患者をほかにも見たことがあった。

「外の世界のこと、つまり自分が聞いたり、見たり、触れたりすることが、深淵で隔てられているようだと彼らは言う……昔の自分とは別の人間だと。

物が実在するものとして感じられず、自分が現実の自分と重ならない。ぶあつい雲やベールがあいだにはさまって、物事の特徴や状態がちがって見えてしまう」

これが「離人症」と呼ばれるものだ。(p164)

「深淵で隔てられているようだ」「ぶあつい雲やベールがあいだにはさまって」いる。こうした感覚こそが離人症の離隔です。

 私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、自身も離人症に苦しめられたヴァージニア・ウルフは、次のような言葉を残しています。

私たちは深い地下のどこから感情の色を取ってくるのか。つまり感情の迫真性とは何なのか。(p158)

離隔に陥ると、世界から色が失われ、感情の迫真性を感じられず、身の回りのものがハリボテや作り物、模造品に思えたりします。

4.過敏

四番目は、世界が近くなる「過敏」です。 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相にはこう書かれています。

自分のすぐ後ろに誰かがいる感じがする。私が手紙を書いているときに、それをじっと見ている人を感じる。右肩のところに誰かがいる感じがする。(p180)

解離によって過敏になった人は、他者の気配に過敏なため、閉じ込められることが怖く、トイレやお風呂のドアを少し開けておくこともあります。(p190)

また人混みに行くと、周りに圧倒され「人混みが怖い」「周囲が迫ってくる」と感じることもあります。(p179)

離人症は現実感がなくなる「離隔」を伴うので、「過敏」になるというのはあたかも逆のように思えます。

しかし、解離性の離人症は、後で書くように、何らかの強い感覚刺激(トラウマ)に対する防衛として生じています。わたしたちは、あまりに強い感覚刺激にさらされると、感覚を遮断することで身を守ろうとします。これが「解離」です。

1番目のところで、離人症では、世界が大きく感じたり小さく感じたり、時間が長く感じたり短く感じたりといった空間や時間の変容(いわゆる不思議の国のアリス症候群)がみられることを書きました。

このような感覚の変容は、解離によって感覚の伝達が妨げられ、物事の実際のありようがつかめなくなることから生じています。

わたしたちは、全身から入ってくる感覚の情報を通して、自分がいまどこにいるのか、安全か危険か、といったことを判別しています。

しかし、その情報が十分でなければ、安全か危険かを判断できなくなります。ちょうどそれは、飛行機で飛んでいるとき、電波状態が悪くなって管制塔からのナビゲーションを受け取りにくくなるのに似ています。

分厚い雲の中を飛んでいるとき、管制塔からの通信が途切れてしまったら、自分の位置情報がわからなくなる「離隔」が生じるだけでなく、位置情報がわからないことからくる不安から「過敏」にもなるでしょう。

 トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際によれば、解離を起こした人たちは、ささいな刺激に対しては敏感になる一方、大きな刺激に対しては鈍感になりやすいと言われています。

すぐ近くにある通常以上の大きな音にほとんど反応しない人がいる一方で、遠くの車の音にもおびえ圧倒される人がいるかもしれません。(p46)

こうした鈍感さと敏感さは、どちらも、身の回りの情報を感覚刺激として適切に読み取れないことから来ています。あたかも目の見えない人が、目の前にそびえる巨大なビルに気づかず、足元の小さなでっぱりを警戒して歩くようなものともいえます。

5.リアルな夢

五番目の点は、日常生活で現実感がなくなっているのとは対象的に、夢の中ではリアルすぎる世界を体験することです。

たとえば空をとぶ夢、飛び降りる夢、追いかけられる夢などが多く、感覚もとてもリアルで、夢のなかでもはっきりと意識を保っている、いわゆる「明晰夢」を見ることも多いようです。

解離しやすい人の変な夢ー夢の中で夢を見る,リアルな夢,金縛り,体外離脱,悪夢の治療法など
「解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病」など、さまざまな本を参考に、解離しやすい人が見る変な夢についてまとめました。夢の中で夢を見る、夢の中に自分がいる、リアルな夢

わたしたちの脳は、五感を使って外部から受け取る情報のほかに、いわゆる第六の感覚とされる内受容感覚を使って身体の内部から受けとる情報も処理しています。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳 に書かれているように、リエージュ大学の神経学者スティーヴン・ローレイズによれば、外部からの感覚と、内部からの感覚は、互いにシーソーのような競合関係にあって、どちらかが増加するとどちらかが低下します。

意識的な自覚には二つの次元があるとローレイズは説明してくれた。

ひとつは外の世界に対する自覚で、視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚を通じて知覚されるものすべてだ。

もうひとつは内的な自覚で、自分の身体への知覚や、外的刺激とは無関係に生まれる思考、心象、白昼夢など、自己参照的な知覚だ。

…健康な人で調べると、二つの次元の自覚は逆相関になっていることがわかる。外部に注意が向いているときは、外的自覚のネットワークが活発になり、内的自覚のネットワークはおとなしくなるのだ。もちろんその逆もある。(p27-28)

外的感覚と内的感覚は互いに逆相関にありますが、ここで書いてあったように「外的刺激とは無関係に生まれる思考、心象、白昼夢など」はすべて内受容感覚から生まれています。

睡眠中の夢もまた、外部の感覚が遮断されたレム睡眠中に起こるものであり、やはり主に内受容感覚から生み出されています。

そして、離人症では、外部からの五感が遮断される反作用として、シーソーのように内部からの感覚が優勢になり、内受容感覚に対して敏感になっていると考えられています。

離人症性障害になると、情動が抑え込まれ、身体感覚や現実感覚が変質する。これはまちがいない。脳が身体の状態を感じとる仕組みがどこかでおかしくなっているのだ。

また自己反芻(self-rumination)にも陥りやすいー変質した状態にばかり思考が向かい、外界への注意が極端に減るのだ

(外的自覚と内的自覚にはそれぞれネットワークがあって、逆相関になっているというスティーヴン・ローレイズの説を思いだしてほしい)。(p180)

離人症では、外的感覚が減少して「身体感覚や現実感覚が変質」している一方、シーソーのように内的感覚が優勢になり、身体の内側からさまざまな情報が過剰に送られている状態にあります。

そのため、5番目に書いたような、外部の世界に対しては鈍感になる「離隔」が生じる一方で、自分の内側に対しては「過敏」になる、という逆相関が生まれます。

前述のとおり、「外的刺激とは無関係に生まれる思考、心象、白昼夢など」は、この過剰になった内受容感覚から生み出されるので、離人症に陥った人は空想世界が豊かになったり、非常にリアルな夢を見たりします。

外的感覚と内的感覚が逆相関になっているということは、言い換えれば、外の世界のリアルさと、内なる世界のリアルさが逆相関になっているという意味でもあるのです。

この外的感覚と内的感覚のバランスは、脳の「島皮質」と呼ばれる場所で調節されていることがわかっています。別の記事で書きましたが、島皮質の活動が低下すると、内受容感覚が優勢になります。

離人症では、島皮質の活動が低下していることが確かめられています。

メドフォードらの実験では、嫌悪感をかきたてる写真を見たとき、離人症性障害の患者は左前島皮質の活動が明らかに落ちていた。

「何らかの理由で情動回路、情動反応のスイッチが切られているようです」とメドフォードは私に話してくれた。

…左前島皮質は、身体の内側(内受容性)と外側(外受容性)から入ってくる刺激を統合する。(p182)

この島皮質の活動低下が、内部の感覚の優勢さをもたらし、リアルな夢や白昼夢を引き起こしているのでしょう。

解離の当事者が幻覚を経験しやすいのも外部の感覚が減少した分を内部の感覚が補おうとするせいです。

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内受容感覚は「外的刺激とは無関係に生まれる思考」に関わっているとも書かれていました。

離人状態という言葉を最初に用いた哲学者アンリ=フレデリック・アミエルをはじめ、作家のヴァージニア・ウルフなど、離人症の当事者は、自分の感覚の奇妙さについて全身全霊で考え続けてしまう人が多いことはすでに見たとおりです。

離人症では、島皮質の活動が低下しているだけでなく、理性的な思考をつかさどる前頭前皮質の活動が上昇していることも確かめられています。

離人症性障害との関わりがよく指摘される領域に、背外側前頭前皮質(VLPFC)があるー情動をトップダウンで制御するところだ。

メドフォードらの研究(離人症性障害の患者14人を対象とした大規模なものだ)では、患者は健康な人とくらべてこのVLFPCが過活動になっていた。どうやらそれが情動反応を抑制しているらしい。(p182)

つまり、脳科学的に言えば、島皮質の活動が低下して奇妙な内的体験が増加するだけでなく、理性的思考をさつかさどる前頭前皮質の活動が増加して、その奇妙さをひたすら考えつづけてしまうのが、離人症の脳だということになります。

6.同化

六番目の点は、世界が遠のくのとは対照的に、他人や物に対して引き寄せられ、同化してしまうことです。「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相にはこう書かれています。

相手が話していても、自分の中からその言葉が出ている感じがする。そういう時はフワッと浮いている感じ。夢みたいで現実感がない。

…相手がこういうことを言うという感じがわかるので、あらかじめこちらから相手が希望する言葉を発することがある。(p192)

解離が進むと、自分自身の実感がない代わりに、目の前の対象に同調したり、同化したりする現象が生じるようになります。

対人関係において、相手の感情を汲み取りすぎるあまり、自分と他者の区別が難しくなったり、目の前の動物や植物、ものに没入して一体化してしまったりします。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳 によると、先ほど見た脳の島皮質は、さまざまな感覚を「自己」か「非自己」かに分類する役割も担っているようです。

脳が予測したモデルが正確で、実際の内受容信号と一致していれば、身体化ができている。つまり自分の身体と情動がちゃんと自分に属していると感じられる。

予測と実際の一致が、身体とそれに関連する情動に「自己」のタグをつけ、不一致が「非自己」のタグをつけるのだ。

…予測コーディングや内受容推定モデルの鍵となる島皮質は、離人症性障害に関わる脳の領域のひとつでもある。(p193)

脳の島皮質は、身体の感覚や感情に「自己」か「非自己」かのタグをつける役割を担っています。ここの活動がしっかりしていれば、自分の身体は自分のものだと実感でき、他人の感覚は他人のものだと線引きできます。

しかし、離人症のように島皮質の活動が低下し、「自己」と「非自己」のタグわけが十分に機能していなければ、自分の身体が「自己」のものだと思えないだけでなく、他人に属する「非自己」だと感じられることもあります。

サセックス大学サックラー意識科学センターのアニル・セスによると、この「自己」が「非自己」に置き換わって、自分の身体や感覚の所有感がなくなり、他人のものであるかのように感じられてしまうのが、離人症や解離の本質なのかもしれません。

あくまで推測だと前置きしたうえで、セスはこうしたエラーが、解離を引き起こすのではないかと言う。

自分の身体と情動に現実感が失われ、身体が分離したり、自分自身が他人みたいな感覚に襲われるのだ。

エラーに見舞われている脳が、それでもがんばって予測を行なった結果、内受容信号の発信源は自己ではなく非自己だと仮定するのだろうか。(p193)

解離、そして離人症とは、つきつめれば、自己の感覚が「非自己」になってしまう障害なのです。

相手に過剰に同化、同調してしまうのは、自分が透明になってあたかも相手の一部であるかのようになってしまうということです。

解離の当事者は、過去の苛酷な体験のせいで、自分自身を透明にして相手に同調することで自分の居場所を確保し、傷つけられないように振る舞うという過剰同調性を身に着けていることがよくあります。

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解離や離人症の当事者が同調・同化に陥りがちなのとは対照的に、解離とは正反対の脳の反応とも言われるPTSDでは、島皮質が過剰に活性化していることがわかっています。

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一種のPTSDとみなせる境界性パーソナリティ障害(BPD)の人たちは、相手の意図を独断的に決めつけてしまい、相手に同調や同化するのではなく敵対的に応じてしまう傾向がありますが、これは他人の考えまで「自己」の一部とみなし、すべてわかっているかのように思ってしまうせいかもしれません。

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7.拡散

七番目の点は、生きている実感がなくなって、大気中に溶け出して拡散しているように感じられることです。「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相にはこう説明されています。

意識や肉体が感情から分離して、別の次元にあるような気がする。自分が意識だけになっている。意識は虚無と一体化して、拡散する。

空気になっている感じがする。実感はない。記憶としては憶えているが、ただ映像として流れている。

テレビや映画を眺めているようで、その場にいない感じがする。(p202)

現実感が薄れて希薄になっていくと、まるで空気中に自分が溶け込んで拡散してしまっているようだ、と感じる人さえいます。現実感がなくなった状態の最たるものといえるでしょう。

この拡散現象は、いわば脳が作り出す「自己」という感覚が根元までなくなってしまい、ほとんど無になって「非自己」に溶け込んでしまったものとみなせます。

そこまで自己意識が希薄になってしまう症状は、単なる解離や離人症だけでは説明がつかず、自己というアイデンティティを作り出す脳機能の基盤の弱さを考慮する必要があるかもしれません。

解離性同一性障害の研究の草分け的存在であるラルフ・アリソンは、おおよそ7歳以前に重大なトラウマを受けた場合、まだ自己の核が確立されていないがために、アイデンティティの空白が生じると述べていました。

かなり幼少期に離人症の発症の原因となったトラウマを経験していた場合、自己の基盤が確立する前に解離が起こってしまい、アイデンティティの拡散が起こりやすくなるかもしれません。

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後述しますが、アスペルガー症候群を含む自閉スペクトラム症(特に女性)では、生まれつきの強烈な感覚過敏のせいで、ただ日常生活を送るというだけで、解離や離人症が起こる可能性があります。

生まれつきの感覚過敏が原因で離人症になる場合、それは幼少期から慢性的なトラウマにさらされて成長してきたに等しいので、やはり自己の核が十分に発達せず、拡散体験のような極端な離人症状が起こりやすくなるのかもしれません。

現実と夢が反転する3つの段階

ここまで離人症の7つの特徴を考えてきました。一言で言えば、これらの離人症状とは、「現実と想像の境目があいまいになった状態」です。

離人症は、島皮質の活動低下などによる、外的世界と内的世界のリアルさの反転とみなすことができます。

柴山先生は「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相こう述べていました。

解離性の意識変容では現実の世界が想像の世界のように、そして想像の世界が現実の世界の如く体験される。(p185)

わたしたちは普通、奥行きがあり、どこまでも広がる「現実の世界」に生きており、テレビや映画、夢の中などのような「想像の世界」はあくまで作り物だと区別しています。

しかし 離人感を伴う解離性障害の人は、この境目があいまいになり、「現実の世界」にあるべき奥行きや厚みがなくなって、あたかも枠で区切られた「想像の世界」に生きているかのように感じ、さまざまな離人症状が生じるのです。

この「外的世界」(現実の世界)と「内的世界」(想像の世界)という観点からすると、離人症は、自覚症状によって、次のような3つの段階に分けることができます。

以下の説明は解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)などを参考にしています。(p39)

1.軽度の離人症

「現実の世界」に「想像の世界」が割り込んできている状態。

自分が今ここにいる実感がないように思ったり、遠くから自分を見ているように感じたりするが、自分が今ここにいることはわかっている。

現実の世界を見ているのに、まるで映画やテレビのスクリーンを見ているかのように、奥行きがなく平面的に感じる。

2.中程度の離人症

「現実の世界」と「想像の世界」があいまいになっている状態。

「私の二重化」が生じ、自分の後ろからヴェールのような膜を通して世界を見ている。世界から遠ざかって現実感がない「眼差しとしての自分」と、世界に異常接近して、過敏症状に悩まされる「存在者としての私」に分かれてしまう。

周りの状況があたかもスクリーンの中の映像のように見えるので、疎外感があり、現実感がない。ちょうどテレビを見ていても、その場面の中に自分がいるとは考えないのと同じ。

3.重度の離人症

「現実の世界」より「想像の世界」のほうがリアルになっている状態。

体外離脱体験が生じたり、空想世界に没頭したりして、現実よりも想像の世界のほうがリアルに感じるようになる。常に夢の中で生きているかのような、あやふやで幻想的な状態になる。

自分が思い描いた世界に没入でき、そこに降り立って、ありありと眺め、聞き、触れることができる。夢がとてもリアルになる。

詳細な設定を伴う空想の世界(パラコズム)に浸り、空想の友人(イマジナリーコンパニオン)がいることもある。

離人症に関係するさまざまな症状は、この3つの段階に沿って生じる「現実の世界」に「想像の世界」が反転していく現象だと解釈することができます。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に出てくるニコラスは、一時期もっとも重度の離人症に陥りましたが、そのときの感覚をこう語っていました。

「…そのときすべてが変わった。目が覚めている状態から、とつぜん夢を見ているようになったんだ。すべてにもやがかかって、場違いというか見慣れない感じがした」

それから四年間は霧のなかだった。自分自身はもちろん、自分の身体や、まわりのものまで、すべてが現実でない感じがする。悪い夢がずっと続いているようだった。(p1162-163)

現実がまるで夢の世界のように感じられるのは、すでに見た島皮質の活動低下以外にも、脳の側頭葉と頭頂葉の接合部の機能異常が関わっているようです。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法にはこう説明されています。

私はジュネーヴ大学の神経科学者たちのグループが、脳の特定の箇所(側頭頭頂接合部)に微弱電流を流して、離人症に似た体外離脱体験を引き起こしたことを知って、おおいに興味をそそられた。

…同様に、レイニアルとフルーエン、さらにはオランダのフローニンゲン大学の研究者グループも、自分の恐怖を解離させた人々の脳をスキャンし、その恐怖を引き起こした出来事を彼らが想起するときに、脳の恐怖中枢があっさりと機能停止に陥ることを発見した。(p168)

脳の側頭頭頂接合部は、さまざまな感覚情報を統合するところで、その機能がおかしくなると、だれもいないのに気配を感じたり、体外離脱のような体の実際の位置と身体イメージのズレが生じたりするようです。

なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか 記憶と時間の心理学によると、1994年、パリのサンタンヌ病院で、てんかん患者を対象に脳に電気刺激を与え、てんかん発作前に起こる「夢幻状態」の原因を探る研究がなされました。

てんかん患者の「夢幻状態」は、発作の直前に起こる意識の変容ですが、現在起きていることが夢のように感じられ、既視感(デジャヴ)や幻覚が生じるなど、解離性障害の離人症とよく似た症状を伴います。

実験の結果、「夢幻状態」は、脳の大脳辺縁系に位置する3つの部分、すなわち小脳側頭、海馬、側頭葉と関連していることがわかったそうです。(p219)

これらは脳の深いところに位置し、脳幹に近く、覚醒や感情をコントロールする部分に直接つながっています。小脳側頭は不安感、海馬は記憶、そして側頭葉は先ほども触れた島皮質などの感覚統合に関わっています。

このあたりの活動が乱れ、バランスが変わることで、現実が夢のように感じられたり、感覚の統合がおかしくなったり、過去の記憶との照合がうまくいかず なじみ感が薄れたり、不安に包まれたりする離人症の症状が生じるのでしょう。

離人症が起こる原因

では、解離による離人症を発症する原因は何なのでしょうか。それには、さまざまな理由が考えられます。

まず、前述のように、解離による離人症でない場合は、うつ病など別の病気がもたらす脳機能の低下によって起こると思われます。もちろん、他の疾患と解離とが混在している場合もあります。

しかし解離が直接の原因となっている場合には、解離を引き起こすきっかけとして、次のような要素が関係しているようです。

(1)回避型・無秩序型の愛着スタイル

離人症を含め、さまざまな解離症状の根底にあるのは、幼少期に培われた愛着パターンだと考えられています。

愛着とは、生後数年間の時期に経験する養育環境によって育まれる脳の反応パターンのことで、その後の人生の対人関係や、ストレス反応の土台となると言われています。

愛着には4種類のタイプがあって、パランスのとれた養育を受けると「安定型」に、過干渉されると「抵抗型」(不安型)に、あまり関心を示されないと「回避型」に、劣悪な混乱した環境だと「無秩序型」と呼ばれるタイプに発展していきます。

そのうち、離人症などの解離症状と関係しているのは、「回避型」「無秩序型」と呼ばれるタイプです。

回避型の愛着を持つ人たちは、幼いころからネグレクトされたり、十分な関心を示されなかったり、ストレスの多い家庭環境、親の不仲など、「安心できる居場所の喪失」を経験したりしていることが多いようです。

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その結果、回避型の愛着スタイルの人は、だれかに愛情を求めて頼ることをあきらめ、感情に無頓着で、クールでさばさばした性格になりがちです。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、回避型の愛着タイプを持つ人は、表面的にはストレスを気にしていないように見えながら、身体的には強い反応が生じていることがわかっています。

「回避型愛着」と呼ばれるパターンでは、赤ん坊は何もたいして気にしていないように見える。母親が去っても泣かないし、戻ってきても無視する。

とはいえ、これは彼らが何の影響も受けていないということではない。じつは、彼らは心拍数が慢性的に高く、常に過覚醒状態にあることがわかる。

私と研究仲間は、このパターンを「感じることのない対処」と呼んでいる。(p191)

回避型の子どもまた大人は、本当は体が強く反応し、悲しさや苦しさを感じているときでさえ、何も感じていないかのようにクールに振る舞って乗り切る生き方を身に着けていきます。

無秩序型の愛着の場合は、もっと混乱した振る舞いを見せ、人と親密になりたいのに恐れて遠ざかるという悩ましい振る舞いを見せます。

無秩序型の愛着は、離人症のみならず、解離性同一性障害(多重人格)などを含む、より重い解離症状と深い関連があることがわかっています。

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(2)強すぎる感覚刺激からの防衛反応

回避型の愛着スタイルを持つ人たちは、成長するにつれ、過酷な状況で心を守るために、失感情症(アレキシサイミア)という状態に陥りがちです。

これは、感情を感じないように抑圧している状態で、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法にはこう説明されています。

精神科医はこの現象を「アレキシサイミア(失感情症)」と呼ぶ。感情を表す言葉を持たないことを意味するギリシア語だ。

トラウマを負った子供や大人の多くは、感じていることをまったく表現できない。自分の身体的感覚が何を意味するか、突き止められないからだ。

彼らは激怒しているように見えても、腹を立てていることを否定する。恐れおののいているように見えても、大丈夫だと言う。

彼らは体の内部で起こっていることを認識できないので、自分の欲求を把握できず、適切な時間に適切な量を食べたり、必要とする睡眠をとったりするなど、自分の面倒を見るのに苦労する。(p165)

失感情症の状態にある人は、自分の感情を適切に感じ取ることができません。回避型の愛着タイプの人は、いつもクールでさばさばしていますが、それがさらに強くなって、必要な感情さえ感じ取れなくなったのが失感情症です。

失感情症の人は、感情の問題を身体的問題として認知する傾向があり、本当は悲しさ、辛さ、憂うつ、怒りなどの感情を感じているのに、慢性疲労や痛み、胃腸の不調など原因不明の身体症状として認識しがちです。

彼らは情動を、注意を払ってしかるべき信号としてではなく、身体的問題として認識する傾向にある。

腹立たしさや悲しさを感じる代わりに、原因不明の筋肉の痛みや、腸の不調、その他の症状を経験する。(p165)

さらに、この本によると、失感情症から「自己忘却への階段をもう一段下がったところにあるのが離人症で、自己感覚の喪失」だとされています。(p167)

つまり、回避型の愛着→失感情症→離人症という順番で、より感情や感覚の解離が強くなっていくということです。

幼少時のからのストレスや、家庭の混乱、いじめ、虐待、性的被害などのトラウマに直面したとき、人はまず自分の感情を抑え込むことで対処します。それが失感情症です。

わたしたちの脳は大きくわけると、感情を感じる「情動脳」(大脳辺縁系と脳幹)と、認知をつかさどる「理性脳」(大脳新皮質)とにわけられます。

回避型の愛着や、失感情症の人は、これらの働きのバランスが悪く、「情動脳」が泣きわめいているときでさえ、「理性脳」が無理やり抑えつけている状態にあります。

前述のように前頭前皮質の活動が過剰で、島皮質や扁桃体の活動が低下している脳の状態は、理性脳が優勢で情動脳が低下しているとみなすことができます。

しかし、それでも十分でない場合、過剰すぎる感覚刺激に圧倒されてしまった場合は、感覚を切り離すことによって、さまざまなストレスやトラウマから心を守ろうとする防衛反応である解離が生じます。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳 に書かれているように、解離と離人症は、そもそもは強すぎる感覚刺激から脳を守ろうとする防衛反応として生じているものなのです。

1970年代半ば、アイオワ大学医学部のラッセル・ノイエス・ジュニアとロイ・クレッティは、学生新聞に「生命の危機に直面した体験談募集」の広告を出し、集まった61人にインタビューを行なった。

…こうしたインタビューから、ノイエスとクレッティは次のように結論づけた。

「離人症は極度の危険とそれにともなう不安からの防衛作用という解釈は避けられないと思われる……生命が脅かされたとき、人間は起きている状況を観察して、確実に危険を取りのぞこうとする。

解離は重要な適応機制だが、そのことを際立たせるのが離人症なのだ」(p165)

さまざまな慢性ストレスにさらされたり、ショッキングな体験をしたりしたとき、脳は現実の世界からの刺激を危険なものとみなし、身の危険を守るための「適応」として、解離を用いて外からの刺激を遮断するのです。

そうすると、外からの刺激よりも内からの刺激、すなわち「現実の世界」よりも「想像の世界」の感覚刺激のほうが優勢になり、離人感が生じます。

このような離人症を引き起こす「極度の危険とそれにともなう不安」は、子ども時代の虐待や家庭の問題などだけではありません。

たとえば、小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)に出てくる13歳のミシェルの例のように、身体疾患による激痛や、医療上のトラウマが原因で、解離を起こす人たちもいます。

ミシェルの容態は火傷に似ていたため、火事から救出された患者と同じ処置が行われた。

「体じゅうの皮膚が剥がされるようでした」自分が体から分離するような感覚だったという。

「あのとき、私と体は完全に分かれました。意思の疎通をやめたんです。あまりの痛みに耐えられなくて」。

…ミシェルが子ども時代に経験した逆境は、家庭とは無関係だった。それでもストレスは計り知れず、そのストレスが発達段階の免疫システムや細胞に与えた影響も深刻なものだった。(p61-62)

また、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中でオリヴァー・サックスは、左足に大怪我を負ったとき、足が自分のものではない模造品のように思えるという局所的な離人症、さらには足の大きさが様々に変わるかのような不思議の国のアリス症候群を経験したと書いています。

それは足だった。というより、例の「物体」、左足の役目をしている、のっぺりしたチョークのような円柱だったのである。チョークのように白い足の模造品。

それは300メートルもあったかと思うと、つぎの瞬間、わずか2ミリになったり、太くなったり、細くなったりした。

こちらに傾いているかと思えば、向こうに傾く。大きさや形、位置や角度がたえず変わった。一秒間に四、五回も変化した。その変わりようは想像を絶するものだった。(p169)

彼の場合は、事故が原因で大怪我を負った足にだけ離人症が出ましたが、原因や程度は異なるとはいえ、症状は似ていました。客観的に冷静に他人事のように観察しているところも同じでした。

解離が起こる原因はさまざまです。本人の神経系が耐えられなくなってしまうような体験であれば、家庭であれ、医療や事故やそのほかの何かであれ、原因が何であるかは関係ありません。

ほかにも、解離性の薬物を使うことで、外からの感覚が遮断されると、脳は外からの刺激の代わりに記憶から刺激を再生するようになり、幻覚が生じることも知られています。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳には、海外でADHDの治療に用いられているアンフェタミンの副作用で、一時的に離人症に陥った女性のエピソードがありました。(p166)

(3)解離しやすい生まれつきの性質

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、重大なトラウマに関わらず、生まれつき解離しやすい傾向を持っている人もいます。

離人症が進化による適応であり、神経生物学的な仕組みとして存在するのだとすれば、そうなる可能性はすべての人に潜んでいることになる。

また離人症にかかりやすい人、そうでない人がいるのも納得できる。その傾向のことを素因と呼ぼう。「生まれか育ちか」の生まれのほうだ。

もちろん環境(育ち)が果たす役割も大きい。ニコラスのように、虐待によるトラウマが離人症を引き起こすこともあるし、薬物が関わることもある。(p166)]

ここで注目したいのは「素因」です。

虐待のような重大なトラウマが関わらずとも、生まれつきの素因があれば、他の大多数の人にとっては耐えやすいレベルのストレス、つまり日常にありふれているような原因でも、解離や離人症が生じえます。

たとえば、ひといちばい敏感な性質を持つ子どもは、人より強く刺激を感じやすいため、子どものころから安全な避難場所を求めて、空想の世界に生きていることがあります。

そのような傾向を持っている人は、他の人が解離しないようなレベルの生活上のストレスでも、解離症状が引き起こされることがあるかもしれません。

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また、 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相によると、アスペルガー症候群をはじめとする自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害の人も、生まれつき解離症状が生じやすいと言われています。

たとえば、「人と違う(anders sein)」という感覚について、解離性障害だけでなく発達障害や重度対人恐怖でも見られると書かれています。(p183)

前述のように、自閉スペクトラム症では、離人症の中でも、特に、途中で取り上げた拡散体験が比較的見られやすいと言われています。

自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Diorder:ASD)の患者もまたこの世での生きにくさを感じている。

臨床経験からすると、彼ら/彼女らは解離症状を呈することが多いように思われる。

離脱はASD者でも定型発達者でも共通してみられるが、ASD者では同化と拡散が比較的多い印象がある。

ASD者は幼少時から特有の「感覚対象との一体化」に馴染んでいる。(p208)

もちろん人口割合からすると、解離症状を示す人の大部分は定型発達者ですが、中には、アスペルガー症候群の独特な脳機能によって、解離が生じている人もいるようです。

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離人症の治療法

離人症の治療法については、離人症単独というより、解離性障害としての治療が必要となるでしょう。

解離に詳しい医師やセラピストを受診する

別の病気による離人症の場合はそちらの治療を優先することによって、症状のひとつである離人症もよくなると考えられます。

例えば、以下のニュースでは、子どものころから悩まされていた「かすみがかったような頭の中」が脳脊髄液減少症によるもので、ブラッドパッチによって改善された例が紹介されていました。

神戸新聞NEXT|神戸|「医者になる」 難病と闘い、夢を追う18歳少年

「一時は自殺まで考えた」。起き上がれないほどの慢性疲労、かすみがかったような頭の中、意識障害、吐き気に腹痛…。

小学生の頃から幾重にも襲いかかる原因不明の体調不良に苦しんできた少年が、ようやく病名を突き止め、治療を続けながら、「医者になる」という夢に向かって歩き出した。

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他方、解離が関係している離人症の場合は、解離性障害に詳しい医師やセラピストの診察を受けることが不可欠です。

詳しくない専門家を受診すると、統合失調症などと混同されて不適切な薬物療法を受けて悪化したり、そもそも症状の訴えを理解してもらえず傷つけられたり、ひどい場合は自演や詐病のようにみなされたりすることもあるようです。

別の記事で触れましたが、現在トラウマの治療と称して一般的な医療機関で広く行なわれている暴露療法や認知行動療法は、最新の研究では かえって解離症状を悪化させる危険が指摘されているため注意が必要です。

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フロー体験で「今、ここ」を感じる

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、離人症の当事者たちは、我を忘れるほどに何かに没頭しているときは、その場限定で離人症の症状が薄れ、現実感を取り戻すことができます。

私はニック・メドフォードから聞いたある男性患者の話を思い出した。彼はロンドン在住で、アマチュアながらテニスの腕は相当なものだったが、離人症性障害のせいで競技から離れていた。

「私はもう一度テニスをやるよう説得しました。それは、病気への対応策で唯一効果があるものでした」とメドフォードは振りかえる。

「コートを走りまわり、ゲームの流れに没頭しているあいだは[離人症が]出ないんです。テニスをやめれば元どおりなんですが、それでも本人には大発見でした。病気が絶対普遍ではなく変えられるものだとわかったからです」

ニコラスもドラムを叩いているあいだは症状が和らぐが、それも一時的でしかないという。気分がいいと思った瞬間、病気が戻ってくるのだ。

「矛盾してるよ。気分がよくなったと気づいたら症状が出てくるんだ」(p188-189)

このように、一時的ではあるにせよ、とりわけ身体感覚に注意を向ける活動に没頭している間は、離人症は感じられなくなり、現実感や生きた心地が戻ります。

慢性的な解離を抱える人の中には、この効果を切望するあまり、仕事や趣味、ゲーム、さらにはスリルのあるスポーツやセックスなどの依存症になる人がいます。そうした活動に没頭しているときだけ、生きている実感が得られるので病みつきになってしまうのです。

この我を忘れるほど没頭し集中しきった状態は、心理学者ミハイ・チクセントミハイによって、「フロー体験」と名づけられています。

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「ゾーンに入った」「エクスタシー」「過集中」…。時間を忘れて何かに没頭した極度の集中状態は、古今東西、いろいろな言葉で表現されてきました。学問的には、特に「フロー体験」として、ミハ

フロー状態のときに離人症が和らぐのは気のせいではありません。私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳によると、フロー体験には、てんかんの恍惚発作との類似点が多く、脳の島皮質が強く活性化しています。

島皮質が活性化するということは、外受容性の刺激に集中しているということです。外から来る刺激に完全に没頭しているため、内受容性の刺激がもたらす離人症の違和感を感じないでいられるのかもしれません。

島皮質が過剰に活性化しすぎる てんかんの恍惚発作では、症状もまた離人症とは正反対のことが起こります。

それと正反対のことが起きているのが恍惚発作かもしれないとピカールは考える。

前部島皮質に電気の嵐が発生して誤作動を起こし、予測エラーがほとんど、あるいはまったく出なくなった状態だ。

そのため世界に問題は何ひとつなく、すべてが理解できるという絶対的な確信感が生じるのである。(p292)

離人症になった人は、自分の身体もふくめ、世界のあらゆるものから自分が阻害されているように感じていました。生きている実感がなく、あらゆることが不確かなので、その意味を知ろうとして、全身全霊で考え続けます。

対照的に、てんかんの恍惚発作では、「世界に問題は何ひとつなく、すべてが理解できるという絶対的な確信感」が生じます。離人症が世界から阻害された感覚なら、恍惚発作は世界と一体化した感覚だと言えます。

これは、脳の島皮質が関わっている、前述の「自己」と「非自己」のタグづけ機能によると思われます。離人症の場合は自己を含めてすべてのものに「非自己」のタグがつけられますが、てんかん発作ではすべてのものに「自己」のタグがつけられます。

好きなことに没頭して集中するフロー状態や、スポーツ選手がプレーに没頭したときに経験するゾーンと呼ばれる状態では、てんかんの恍惚発作ほど極端ではないにしても、島皮質の活動が活発になり、感覚のタグ付けが「自己」に偏るようです。

そのため、フローやゾーンに入った人たちは、流れのままに、自分の思考や身体の動きなどを自在にコントロールしている気分になります。これは自分の体がロボットやゾンビのように感じられる離人症とは正反対です。

しかしながら、ニコラスが述べていたようにフロー状態は一時的なものです。フロー状態で一時的に外部感覚に集中できても、内部の体験が変化したり、トラウマ記憶が変化したりはしません。

フロー状態によって「今、ここ」を感じとるというのは、ある意味、外的刺激を与えることで、変質した内的刺激から一時的に注意をそらしているにすぎないのです。

必要なのは、そうした過剰な外的刺激に頼らなくても、「今、ここ」に生きているという現実感を感じられるようになることです。そうした感覚を少しずつ強化していく地道な訓練が、マインドフルネスをはじめとした様々なボディワークです。

さまざまなボディワーク

離人症や失感情症には、言葉のやりとりで心を整理しようとする、通常のカウンセリングはあまり役に立たないことが少なくありません。

すでに見たように、離人症の当事者の多くは、ふつう以上に内省的で、すでに自分で考えを整理していることもあります。多くは失感情症にも陥っているため、困っているのは感情の整理がつかないことではなく、奇妙な感覚のほうでしょう。

このような場合に効果があるのは、通常の心理カウンセリングではなく、ボディワークと呼ばれる分野のセラピーです。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法では、失感情症や離人症の状態にある人たちは、情動の土台となる身体的感覚も希薄なため、マインドフルネスやヨーガなどを通して、まずは自分のありのままの感覚を感じとる訓練が必要だとされています。

人は体の芯から安全だと感じなければ、完全に回復することはできない。

したがって私は、治療的(セラピューティック)マッサージ、フェルデンクライス・メソッド、頭蓋仙骨療法といった、何らかのボディワーク(手技や体操、運動などを通して体から意識に働きかける手法)を受けるように、すべての患者に勧めている。(p352)

幼少期に深刻なトラウマ体験をした六人の女性を対象とする、私たちの最新のヨーガ研究でも、ヨーガを20週間実習すると、基本的な自己システムである島と内側前頭前皮質の活動が増すことを、初めて示す結果が出た。(p452)

ヨーガやマインドフルネスをはじめ、ソマティック・エクスペリエンス(SE)、ハコミセラピー、フェルデンクライス・メソッドなどは、いずれも、身体の感覚を取り戻すことで心も整えていく、というアプローチをとります。

失感情症の人は、身体的な不快感を抱きがちだが、何が問題なのかをはっきりと説明できない。その結果、曖昧な身体的苦痛をあれこれ訴えるのだが、医師は診断名をつけられない。

さらに彼らは、どのような状況に置かれても、自分が本当はどう感じているのかや、なぜ気分が良くなったり悪くなったりするのかがわからない。これは、体の通常の要求を、穏やかに、注意深く予期したり、それに応えたりできなくさせる、麻痺の結果だ。

同時にこの麻痺のせいで、日々の感覚的な喜びが鈍る。人生に価値を与えてくれる音楽や触感や明るさなどを経験しても、前ほど喜びが得られないのだ。

内部の世界との関係を(再度)築き、それとともに、自己との思いやりにあふれた、身体的感覚を伴う関係を復活させるには、ヨーガは素晴らしい方法であることがわかった。(p449-450)

こうしたボディワークでは、自分の内部の感覚を観察し、少しずつ徐々に体験していきます。

この「少しずつ」という点は極めて大事です。そもそも解離は適応として起こっているのであり、強烈な感覚に耐えられないからこそ「今、ここ」という感覚を感じないよう脳が防衛しているからです。

それでもやはり、内受容感覚を取り戻すと気が動転しないともかぎらない。新たにアクセスできた胸の中の感覚が、憤激や恐れや不安として経験されると、どうなるだろう。

私たちが最初に行なったヨーガの研究では、半数の人が脱落した。これまでの研究のなかでも、最も高い割合だった。脱落した患者に尋ねたところ、彼らにとってプログラムがつら過ぎたことがわかった。

骨盤がかかわるポーズはどれも、強烈なパニックや、性的暴行のフラッシュバックさえ突然に引き起こしかねなかった。感覚を麻痺させて注意を向けないようにし、苦心して抑え込んできた過去の悪魔たちを、強烈な身体感覚が解き放ってしまったのだ。

私たちはここから、多くの場合カタツムリのようなペースで進むことを学んだ。この取り組み方はうまくいった。最新の研究では、最後まで続けられなかったのは、34人の参加者中1人だけだった。(p452)

ボディワークのセラピーは、いずれも時間がかかります。魔法の治療法など存在しません。

一時的なフロー体験のように内部の刺激から注意をそらして外的刺激に集中するのではなく、少しずつ無理のない範囲で内部の変質した刺激に身を委ね、「自分の体に安心して収まっていられるように」なることを目指します。(p454)

特にトラウマ治療のために組織されたボディワークでは、細心の注意を払って、少しずつ前進することが定められています。

たとえば身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアの中で、その過程は「タイトレーション」と表現されています。

タイトレーションとは、混ぜ合わせると爆発するような反応性の高い薬物を、交互に一滴ずつ混ぜていって中和させるという科学実験の言葉です。(p102)

体を使った注意深い活動を通して、少しずつ内部の経験を変化させていくことで、大きな外的刺激に頼らなくても「今・ここ」に存在して生きている、という感覚を抱けるように訓練していくのです。

ソマティック・エクスペリエンス(SE)を知る10ステップ―「凍りつき」を溶かすトラウマセラピー
近年注目されているトラウマの治療法「ソマティック・エクスペリエンシング」(SE)についてまとめました。

むろん、通常の言葉のやりとりからなるカウンセリングも無意味なわけではありません。

カウンセリングは、解離性障害の人が見失っている信頼関係や安心できる居場所をもたらすことで、「孤立の解消」に役立ちます。また、過去の体験などを吐き出して、あいまいな世界を整理してけじめをつけることにも寄与します。

大自然のただ中で感じる畏敬の念

興味深いことに、こうした「今、ここ」にいるという感覚は、「畏怖の念」を感じることで強化されるという研究があります。

「畏怖の念」とは、雄大な自然を全身で感じ取ったり、言葉では言い表せないような、鳥肌が立つほどの体験をしたときに感じる崇敬や恐れの気持ちのことです。

古くは宗教的な体験からくるスピリチュアルな感覚として知られていましたが、近年、科学的に研究が進められており、宗教体験以外でも、言い尽くし得ぬ感動に打ち震えるようなときに生じることがわかっています。

私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳に出てくるニコラスは、幼少期の虐待やネグレクトのため、ひどい離人症や失感情症に悩まされていましたが、自分の子どもが生まれたときだけは、はっきりと感情を実感したそうです。

ニコラスは出産に立ちあって、わが子がこの世界にやってくるのを見守っていた。

「このときを心待ちにしていた。人生の大事件だ。娘が生まれたとき、そのことを心から感じてぼくは泣いた。気持ちが湧きおこってきたんだ。一回きりでも、そういう経験ができてうれしかった。

それから娘を育てるなかでいろんなことが起きたし、友人の死もあったけど、どれも気持ちが高まらないままだった。だけど娘の誕生だけは、なぜか例外だった」(p179)

我が子の誕生は、わたしたち人間が経験する出来事のうちでも、とりわけ畏敬の念を感じやすい体験のひとつでしょう。

トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復によれば、畏敬の念を感じる体験は、離人症で活動が低下している島皮質や前中帯状皮質(aMCC)といった脳領域を活性化させます。(p107)

解離や離人症で感覚の麻痺を引き起こすのは、全身の内臓を生き巡っている背側迷走神経という原始的な神経系だとされていますが、畏怖の念が働きかけるのもまた、同じ迷走神経系だと言われています。

離人症の人は、強すぎる刺激から身を守るために、いわば無意識のうちに迷走神経を凍りつかせているようなものですが。畏敬の念を引き起こすような圧倒される体験は、凍りついた迷走神経に揺さぶりをかけ、意識を「今、ここ」へと引き戻します。

NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方によると、大自然のただ中で行われたフィールドワークに参加したある学生は、次のような実感を語っていました。

ある日、朝の三時にトレイルを歩きはじめると、アメリカワシミミズクに遭遇した。トレイル沿いの岩礁にとまったまま、彫像のように身じろぎもしない。

金髪で、いかにも派手な女子学生のグループに交じっていそうなアメリアが、「生まれて初めて見た!」と歓声をあげた。

その前に、アメリアは同じテントに寝泊まりしている仲間に、携帯電話が欲しいと愚痴をこぼしていた。気になっている男の子からメールがくるかもしれないからだ。でもいまは、目の前の光景に夢中になっている。

「なんだか生まれ変わった気分! あたし、いままで半分死んでたのかも」(p255)

詳しくは以下の記事で触れましたが、アメリカでは、極度のトラウマで無感覚になった退役軍人を対象にし、こうした大自然の中で感じる畏敬の念の効果を利用した激流下りセラピーなどが実施されています。

とはいえ、短期間の体験であれば、前述のフロー体験のように強い外的刺激によって一時的に注意をそらしているのと変わらないでしょう。ボディワークのセラピーのように、体の経験を変えるには時間がかかります。

たとえばスウェーデン政府が助成金を出しているセラピー・プログラムでは、参加者は12週間にわたって、一回につき3時間、週に4回、自然の中で過ごすことになっているそうです。

自然の中でじっくりと感覚を感じとることは、ヨーガなどのボディワークで自分の感覚をじっくり観察し、なじませていくのと同じ働きをしているものと思われます。

感受性が強いあなたに自然が必要な5つの科学的根拠―都市や学校の過剰なストレスを癒やすには?
わたしたちがごく当たり前だと感じている都市生活が、脳に慢性的な負荷をかけているといえる5つの理由を紹介し、大自然との触れ合いがストレスを癒やし、トラウマを回復させる理由を考察しまし

少量の薬物療法

離人症は、感覚過敏に対する防衛反応として生じているので、神経が緊張状態にある場合には薬物療法もある程度有効だとされています。

しかし統合失調症などの場合と異なり、少量、短期間の処方が大切なので注意が必要です。

解離について詳しくない医師にかかると薬漬けになって悪化することもあるかもしれません。睡眠薬も長期間使用すると症状が悪化することがあるそうです。

精神科の薬は、量を増やせばよく効くわけではなく、少量処方と大量処方では異なる効果が出る、という点については解離の薬物療法についても書かれている 発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方という本を参考にしてください。

精神科の薬の大量処方・薬漬けで悪化しないために知っておきたい誤診例&少量処方の大切さ
杉山登志郎先生の「発達障害の薬物療法」に基づき、統合失調症・うつ病・双極性障害と誤診されやすい発達障害とトラウマ関連障害の治療と少量処方の意義についてまとめています。

いずれにしても、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中でヴァン・デア・コークが述べているように、薬物療法は何ら根本的な解決策にはならず、あくまで一時しのぎにすぎません。

私はPTSDのための薬の研究を非常に多く行なったあと、精神科の薬には重大な欠点があることに気づくに至った。

こうした薬は、根底にある肝心な問題への対処から注意を逸らしかねないのだ。

精神的な問題を脳の疾患と捉える脳疾患モデルは、人々の運命の主導権を本人の手から奪い去り、彼らの問題の解決を医師と保険会社に委ねる。(p69)

この記事で見たとおり、離人症は、単なる脳の誤作動のようなものではなく、何かしらの過剰な刺激という明確な理由があって、脳が防衛している状態です。

薬物療法のみに頼りすぎるなら、脳が感じている何らかの強烈なストレスを見過ごし、原因の解決から目を逸らすことになってしまいます。

必要なのは、薬物療法を補助的に活用しつつも、脳と体が「今、ここ」にとどまっても安全だと感じられるよう、自分の感覚をうまくコントロールできる能力を身に着けていくことなのです。

現実感のある世界を取り戻す

「現実感がない」という訴えを中核とする離人症は、さまざまな原因が関係している複雑なものです。

特に解離が関係している場合には、薬物療法だけで治るようなものではなく、長期間にわたるセラピーや、安心できる信頼関係の構築など、いろいろな対応が求められます。

とはいえ、現実感を取り戻し、地に足をつけた生活を再び送るのは、確かに可能です。

現実感のない虚構の世界は、まるで手探りで進むしかない霧の立ち込めた森のようなところかもしれません。しかし歩き続けるなら、いつか霧が晴れて、出口へとつながる道が見えてくるのです。

どんな悪夢でも、醒めない夢はありません。たとえ目が覚めたまま夢の世界に迷い込んだのだとしても、やはりいつかは必ず夢から覚めるものです。

▼離人症に関連する情報
離人症をはじめ、自己のアイデンティティが侵食される障害については、こちらの記事でも詳しく扱っています。

自分の身体が感じられない生ける屍になった人たちー感覚鈍麻とアイデンティティ喪失の神経科学
感覚過敏に比べて、あまり注目されず、深刻さが理解されにくい、感覚の鈍麻や麻痺、解離が引き起こすアイデンティティの障害について考察しました。

また解離について詳しくはこちらの記事で解説しています。

解離が学べる絵本「私の中のすべての色たち」―逆境を生き抜く勇敢で創造的な子どもたち
解離につい学べる絵本「私の中のすべての色たち」から、解離した子どもたちが勇敢で強いといえるのはなぜか、解離と創造性はどうつながっているのか考えました。
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ASD(自閉スペクトラム症) / HSP / 解離