発達性トラウマ障害(DTD)の10の特徴―難治性で多重診断される発達障害,睡眠障害,慢性疲労,双極II型などの正体


ストレスは身体的トラウマ(フィジカル・アビュース)・心理的トラウマ(ネグレクトや心理的虐待)・性的トラウマ(セクシャル・アビュース)の形をとることもあれば、戦争や飢餓、自然災害がストレスとなることもある。

…このときにホルモンの量がごくわずかに変化し、子どもの脳神経の配線を“適応”という形で永久に変えてしまう。(p127)

較的若い10代の時期までにさまざまな精神疾患や心身症を発症する、それも一つだけでなく複数の症状が出て、さまざまな病名で多重診断される、年齢とともに診断名が変わっていく、そして治療がうまくいかず、難治性で延々と苦しむ…。

このような複雑な闘病生活を送っている人たちの存在は、これまで多くの医師を悩ませてきました。ある病気のようでありながら別の病気のような症状も示し、ありとあらゆる身体症状も訴えるという不可解な患者たちです。

診断名をつけようとすれば、うつ病、双極性障害、統合失調症をはじめ、境界性パーソナリティ障害、解離性障害、摂食障害、依存症、慢性疲労、慢性疼痛などさまざまで、近年ではADHDや自閉スペクトラム症などの発達障害も加わって、診る医師ごとに診断名が変わることさえあります。

これまで主流とされていた薬物療法に抵抗性があって、やたらと副作用が出たり、逆にほとんど反応しなかったりして効果がありません。そうなると、医師もお手上げ状態で、患者は、若い時期から何十年も複雑な症状に苦しめられ続けます。

近年、そのような不可思議な病気の原因がようやく明らかになりつつあります。2005年、ボストン大学医学部のベッセル・A・ヴァン・デア・コーク教授が、発達性トラウマ障害(DTD)という新たな疾患概念を発表したのです。

DTDとは、子ども時代のさまざまな逆境による強いストレス(トラウマ体験)が、子どもの脳の正常な発達を妨げ、これまで知られていた発達障害よりもさらに強烈な傷を脳に刻みつけてしまうという衝撃的な概念です。

この記事では冒頭に引用した友田明美先生のいやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳および、子どものPTSD 診断と治療や、ヴァン・デア・コーク先生の身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法のなどを参考に、発達性トラウマ障害がなぜADHDや自閉スペクトラム症、双極性障害2型などと似ているのか、どのような身体症状を伴うのか、どう対処していくことができるか、といったことをまとめてみました。

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これはどんな本?

今回主に参考にした本は、友田明美先生によるいやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳、また友田先生と杉山登志郎先生、谷池雅子先生らによる 子どものPTSD 診断と治療です。

この三人の先生方は、今ではみなトラウマ障害の治療に関わっていますが、もともとの研究分野は異なっていました。友田先生は不登校、杉山先生は発達障害、谷池先生は睡眠障害などを専門としてこられた方です。

しかしそうした様々な心身症状の背後に、子ども時代のトラウマ経験が潜んでいる場合があり、難治性になったり、症状が複雑化したりしていることがわかってきました。

この本は、この三人の先生方の編纂のもと、子どものトラウマについて研究している多くの先生方による多方面からの研究がまとめられていて、タイトルの子どものPTSDのみならず、生涯にわたって影響を及ぼしかねない「発達性トラウマ障害」(DTD)の実態を把握するのに役立ちます。

またこの記事執筆後に発売された、発達性トラウマ障害の提唱者、ヴァン・デア・コーク博士による最新の本、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の情報も追加していっています。

原著The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Traumaは、米国のAmazonストアで、2016年末時点でおよそ1000件ものレビューがつき、しかも90%のレビュアーが五つ星をつけ、平均して☆4.8という、信じられないほど高い評価を得ています。

この本の内容のうち、ベッセル・ヴァン・デア・コークが発達性トラウマ障害を提唱するに至った経緯については別の記事でまとめていますので、あわせてご覧ください。

身体に刻まれた「発達性トラウマ」―幾多の診断名に覆い隠された真実を暴く
世界的なトラウマ研究の第一人者ベッセル・ヴァン・デア・コークによる「身体はトラウマを記録する」から、著者の人柄にも思いを馳せつつ、いかにして「発達性トラウマ」が発見されたのかという

発達性トラウマ障害(DTD)とは?

今回取り上げる、発達性トラウマ障害(DTD)とはどんなものなのでしょうか。

これは、ボストン大学医学部のベッセル・A・ヴァン・デア・コーク教授が提唱した概念ですが、友田先生による若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会第7回ヒアリング及び意見交換では、次のように簡潔に要約されています。

発達性トラウマ障害
(Developmental trauma disorder,van drr Kolk 2005)

■幼児期に普遍的な愛着障害を呈する
■学童期にADHD様の多動と破壊的行動障害が前面に表れる
■思春期にPTSDと解離症状の明確化
■青年期には解離性障害および素行障害へ展開
■成人期に一部は複雑性PTSDに進展

この要約からわかるとおり、発達性トラウマ障害は「発達性」、つまり成長に伴い、症状が次々に変化して発展していくという特徴を持っています。

その後、ヴァン・デア・コーク博士とロバート・S.パイヌース博士が率いる、国立子供トラウマティックストレス・ネットワークの作業グループが2009年2月に「発達性トラウマ障害のための、合意に基づいて提案された基準」を作成しました。

その詳しい診断基準についてはいやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法に載せられていました。それぞれ同じ内容ですが、翻訳によって若干ニュアンスの違いが感じられます。

一般的な概念ではないので、医療機関でこの病名で診断されることはまずないと思いますが、参考までに以下に折りたたんで載せておきます。

発達性トラウマ障害の診断規準 (「いやされない傷」より)
発達性トラウマ障害の診断規準 (「身体はトラウマを記録する」より)

発達精神病理学から生まれた概念

さきほどの要約に挙げられていた愛着障害、ADHD様多動症状、PTSD、解離性障害などの病気は、これまで伝統的なカテゴリー診断によって別々に診断されていました。

しかし、それによって、一人の子どもの診断名がどんどん増えていって多重診断に陥るという問題が生じていました。

発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方では、その点が杉山登志郎先生によってこう説明されています。

子どもにカテゴリー診断学を当てはめたときに、しばしば生じるのが異型連続性(heterotypic continuity)と呼ばれる現象である。

一人の子どもが、診断カテゴリーを渡り歩く、あるいはいくつもの診断基準を満たすという現象である。(p27)

この「異型連続性」の中でも特に有名なのは、齊藤万比古先生が提唱した「DBDマーチ」です。

「DBDマーチ」は、学校に行き始めるとADHDと診断されて、その後反抗挑戦性障害、つまり非行に発展し、行為障害や反社会性パーソナリティ障害に進展していくという概念です。

杉山登志郎先生自身も、子ども虐待の結果、ADHDに似た症状を伴う反応性愛着障害を発症し、年齢とともに解離性障害や複雑性PTSDへと発展していく子どもたちがいることに気づき、長らく「第四の発達障害」を提唱していました。

本当に脳を変えてしまう「子ども虐待という第四の発達障害」
杉山登志郎先生の本「子ども虐待という第四の発達障害」のまとめです。虐待の影響は発達障害とどう似ているのか、また独特な問題である解離とは何なのかをまとめています。

そうした様々な専門家が気づいていた概念をより整理してまとめたものが「発達性トラウマ障害」(DTD)であり、 いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳の推薦の辞の中で、杉山登志郎先生はこう書いています。

多くの症例を経験するうちに、発達障害が基盤ではない症例においても、子ども虐待の症例が、兄弟のように類似した臨床像を呈し、それが加齢とともに同じ変化をし、一つの発達障害症候群と言わざるを得ない状況に展開していくことに気付いた。

世界的な子ども虐待の権威van der Kolkが、この問題について発達性トラウマ障害という呼称を既に提示していることを後に知った。

発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方によると、発達性トラウマ障害(DTD)という概念のもとになっているのは発達精神病理学という学問です。(p26)

従来のカテゴリー診断学では、そのときどきに表に現れている症状に注目するだけで、背後にある原因はあまり重視されていませんでした。

しかし発達精神病理学では、表に現れている症状だけでなく、発達にともなってさまざまに変化する症状の関連性や、おおもとの原因に注目して全体像を見ようと努めます。

その結果、これまで多種多様な診断名をつけられていた問題のおおもととして、幼少期の「トラウマ」が浮かび上がってきたのです。

「トラウマ」とは何か

これまで、杉山登志郎先生らの「第四の発達障害」のような概念では、こうした成長とともに発展する重篤な心身の問題の原因として「子ども虐待」が挙げられていました。

しかし「トラウマ」には、虐待だけでなく、さまざまな心的外傷が含まれています。

たとえば、虐待というと、多くの人は、暴力や性的虐待、育児放棄(ネグレクト)などを思い浮かべるでしょうが、近年、さらに多様な問題が、典型的な虐待と同様のストレスを子どもに与えることがわかってきています。

たとえば、以前の記事で取り上げたように、言葉による暴力精神的な虐待(バーバル・アビュース)、過度に厳格な教育と称して与えられる体罰も、脳の発達に影響を及ぼし、癒やされない傷を刻み込んでいることが明らかになってきました。

だれも知らなかった「いやされない傷 児童虐待と傷ついていく脳」(2011年新版)
子どもの虐待は、近年注目を浴びるようになって来ました。しかし、虐待が脳という“器質”にいやされない傷を残すことを知っている人はどれだけいるでしょうか。友田明美先生の著書「いやされな

成長し衰退する脳 (社会脳シリーズ)の中で友田先生はこう書いています。

今回の研究で、DVに曝されて育った小児期のトラウマが視覚野の発達に影響を及ぼしていることが示唆された。

また、両親間の身体的な暴力を目にしたときよりも、両親間の言葉の暴力に接したときの方が脳へのダメージは約6倍になるという意外な結果も得られた。

DV暴露による悪影響が視覚野に一番出やすい時期は、11-13歳であることがわかった。(p239-240)

ここで挙げられているのは、家庭内暴力(DV)の目撃です。DVは子どもには直接暴力が向けられない場合もあります。その場合、子どもは機能不全家庭に育ったとは思っていても虐待されたとは感じていないかもしれません。

しかし、直接の暴力にさらされず、ただ両親の間のDVを頻繁に目撃していただけでも、虐待の場合のように、脳の発達にダメージが生じていることが明らかになりました。

それだけでなく、両親の間の身体的暴力によるDVを目撃したときより、言葉によるDVに接したときのほうが、脳へのダメージが6倍にもなるという驚くべき結果も出たとのことです。

しばしば直接殴られるより心をえぐる言葉のほうが傷跡が残ると言われますが、両親の間で飛び交う言葉の暴力は、それを聞いている子どもの脳の発達に痛々しい傷跡を残すことになります。

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、近年特に注目されているのは、性的トラウマや犯罪被害などの衝撃的な体験だけではなく、こうした家庭内での幼いころの不適切な養育経験、すなわち「愛着トラウマ」のもたらすダメージが意外なほど大きいということです。(p15)

「愛着トラウマ」は何も、異常な親のもとで育った子どもだけのものではありません。

親が最善を尽くしていても、たまたま生後半年から一歳半ごろの、愛着の形成のもっとも重要な時期にやむを得ない事情が生じ、育児が混乱した状況に巻き込まれ、愛着トラウマが残る場合もあります。

一方エレイン・アーロンのでささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)などの本が説明するとおり、子どもの側にHSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる生まれつきの過敏性があると、養育環境の良い面にも悪い面にも敏感に反応しやすいでしょう。

生まれつき敏感な子ども「HSP」とは? 繊細で疲れやすく創造性豊かな人たち
エレイン・N・アーロン博士が提唱した生まれつき「人一倍敏感な人」(HSP)の四つの特徴について説明しています。アスペルガー症候群やADHDと何が違うか、また慢性疲労症候群などの体調

HSPの原因はセロトニン・トランスポーター遺伝子など、感受性に関わる遺伝子の多型であると言われていますが、ヴァン・デア・コーク博士は、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、それがある程度発達性トラウマのリスクになりうることを指摘しています。(p258)

さらに、「トラウマ」には家庭内のこうした問題のみならず、子どものときに恐ろしい事故に巻き込まれること、大規模な災害や戦争体験にさらされること、凶悪犯罪の被害に遭うこと、いじめられることなども含まれます。

ですから、幼少期のトラウマは、親や家族の問題が反映されるだけではなく、遺伝や環境、やむを得ない事情などが様々な重なった不幸な結果として、脳に刻み込まれてしまう場合もあるのです。

幼少期のトラウマと成人後のトラウマは全く違う

「発達性トラウマ障害」は、読んで字のごとく、ただの「トラウマ障害」とは似て非なるものです。

「発達性トラウマ障害」は脳が発達している期間、つまり幼少期から少年期に生じるトラウマによる障害で、発達の異常を伴います。これは、大人になって脳が成熟してから受けたトラウマ被害にはない特徴です。

どちらのトラウマも深刻なものには違いありませんが、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法では、幼少期のトラウマと成人してからのトラウマの違いについてこう書かれていました。

患者たちは三つの集団に分類できた。子供時代に養育者によって身体的虐待あるいは性的虐待を受けた人々、最近家庭内暴力の犠牲になった人々、最近自然災害を経験した人々の三つだ。

これらの集団の間には明確な違いがあり、とくに児童虐待の犠牲者と、自然災害を生き延びた大人という、両極端の違いが著しかった。

子供のころに虐待された大人は、集中するのに苦労し、絶えず緊張していると不平を言い、自己嫌悪の念に満ちていた。

彼らは親密な人間関係を築いて維持するのが非常に苦手で、見境がなくて危険が大きく不満足な性的関係から、性的活動の完全な停止へと転じることが多かった。

また、記憶に大きな欠落があり、頻繁に自己破壊的行動をとり、多数の医学的問題を抱えていた。

これらの症状は、自然災害のサバイバーには比較的稀だった。(p238)

虐待を受けた人々、つまり幼少期にトラウマを受けた人たちと、成人してから災害などの被害に遭ってトラウマを抱えた人たちとには大きな違いがありました。

この症状の違いは、あとで触れますが、「解離」という幼少期のトラウマに特有の脳の反応が関係しているようです。

何より、幼少期のトラウマは、すでに脳が成熟してからのトラウマとは異なり、成長期の脳の発達に影響を及ぼし、従来の発達障害よりさらに深刻な問題を生じさせます。

発達障害より深刻な発達性トラウマ障害

杉山登志郎先生が提唱していた「第四の発達障害」は、しばしば、注意欠如多動症(ADHD)や自閉スペクトラム症と症状がよく似ていて、鑑別が難しいことが指摘されていました。

区別しにくいだけでなく、そもそも発達障害が基盤にある子どもが、トラウマ経験に巻き込まれやすく、さまざまな二次症状を抱えやすいとも言われていて、問題を複雑化させています。

衝撃的なのは、発達性トラウマ障害による脳の発達へのダメージが、従来知られていた発達障害よりも、さらに大きくなる場合があることです。

発達障害の素顔 脳の発達と視覚形成からのアプローチ (ブルーバックス)の中で、発達障害の認知心理学に詳しい山口真美先生はこう書いています。

一方でまた、生まれたときには問題はないものの、その後の劣悪な環境や経験により、脳は不可逆な変化を受けることもある。

親からの虐待や友人からのいじめはむしろ、もって生まれた障害よりも大きな衝撃を脳に与える可能性がある。(p45)

発達性トラウマ障害において、従来の発達障害より、さらに重い症状が見られる場合があることは、発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方でも説明されていました。

身体的虐待および性的虐待の既往のある児童の実に72%に脳波異常が認められたのである。

ASDにおけるてんかんの併存がせいぜい15%、脳波異常の合併が30%程度であることと比較をしてみると、この値の異常さが浮かびあがる。

つまり一般の発達障害よりも子ども虐待の方が、脳の器質的、機能的な変化は遥かに大きいのである。

これはおそらく、先に触れたエピジェネティクスが子ども虐待においても生じているのではないかと思う。またそう考えなくては、子ども虐待をめぐるこの激烈な臨床像の説明がつかない。(p38)

ここで言及されているエピジェネティクスとは、後天的な環境要因によって、眠っていた遺伝子がオンになり、影響が現れることを言います。

ある病気に関係する遺伝子を持っていても、それをオンにする環境要因にさらされなければ、一生その病気を発症せずに過ごせる場合があります。

一方で、幼少期の劣悪な環境は、本来眠っていたはずの遺伝子を呼び起こし、子どもの脳の発達に影響して、脳の構造を変えてしまうことがあるのです。

そのことを物語るのは、成長し衰退する脳 (社会脳シリーズ)に載せられている、子ども時代の虐待が、さまざまな精神疾患の発症に深く関わっていることを示す疫学調査です。

7万人以上を対象とした疫学調査で、精神疾患の多くは児童虐待に起因することがわかり、児童虐待をなくすと、薬物乱用を50%、うつ病54%、アルコール依存症65%、自殺企図67%、静脈注射薬物乱用を78%減らすことができるという結果が出た。(p231)

多くの人は精神疾患のリスクとなる遺伝子を持ってはいても、普通の環境で育ったおかげで、遺伝子は眠ったままにされ、発症につながらないかもしれません。

しかし虐待などの劣悪な環境で育つと、さまざまなエピジェネティクスな変化が生じ、うつや依存症をはじめとする精神疾患のリスクが急激に高まってしまうのです。

近年、発達障害は「障害」なのか「個性」なのかという議論が活発に行われていて、おおむね「個性」とみなす考え方が市民権を得てきたように思います。

このブログでも、自閉スペクトラム症(ASD)が「障害」とみなされるのは、社会において少数派であるからだとする見方を支持してきました。

熊谷晋一郎先生による自閉スペクトラム症(ASD)の論考―社会的な少数派が「障害」と見なされている
当事者研究の熊谷晋一郎先生が、ASDは障害ではなく少数派であるという考察をしていました。

しかしながら、明らかに「個性」ではすまされないほど苦しんでいるために、そうした考え方を受け入れにくく感じる発達障害の人たちも存在しています。

おそらくは、「個性」として受け入れられる発達障害は、生来のASDやADHDが多いのに対し、どうしても「個性」とは思えないほど苦しんでいる人の中には、少なからず、発達性トラウマ障害(DTD)の患者が含まれているのではないか、とわたしは思います。

それほどまでに深刻で、単なる発達障害とは比較にならないほど、人生に破壊的な影響を及ぼすものが、発達性トラウマ障害(DTD)なのです。

発達性トラウマ障害(DTD)の10の特徴

ではこれから、発達性トラウマ障害に伴う10の特徴を見ていきましょう。

ここまで考えたとおり、発達性トラウマ障害は、成長とともに姿を変えていくので、以下の特徴が同時にすべて現れるとは限りません。

また、マーチン・タイチャーらの研究によると、虐待の時期や種類などによって、脳の発達にダメージが及ぶ箇所が異なることが明らかになっています。

つまり、トラウマがもたらす障害の特徴を大まかにくくることはできても、一人として同じ症状を示すことはなく、千差万別、多種多様な症状が現れうるということです。

ヴァン・デア・コークは身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、それを「慢性的なトラウマを抱えた子供や大人の変幻自在の症状」と表現しています。(p278)

この多様さのために、多重診断に陥ったり、治療が泥沼化したりするというのが「発達性トラウマ障害」の特徴でもある、ということを銘記した上で、以下の10の特徴を読んでいただければ幸いです。

1.根底に存在する「無秩序型の愛着」

最初の特徴として取り上げるのは、発達性トラウマ障害の根底にある、おおもとの要素、つまり愛着障害(アタッチメント障害)です。

愛着(アタッチメント)とはイギリスの精神科医ジョン・ボウルビィが提唱した概念で、幼少期(だいたい生後半年から1歳半ないしは3歳ごろ)までに育まれる親との結びつきのことをいいます。

この絆がうまく育まれないと、その後の発達に影響が及んだり、対人関係で困難を抱えたりすると言われています。

子どもが示す愛着のパターンにはA,B,C,Dの四種類がありますが、特に虐待された子どもや、精神疾患を持つ不安定な親のもとで育った子どもなどに見られるのは、4番目のD型アタッチメントです。

D型は、無秩序型、未組織型、混乱型などと呼ばれており、保護者である親に頼りたいのに、危険を感じて警戒している混乱した振る舞いをみせます。

発達性トラウマ障害の提唱者ヴァン・デア・コーク博士による身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法では、この「無秩序型の愛着」(D型アタッチメント)が問題の根であるとして、紙幅を割いて第七章で詳しく説明されています。

だが、もっと不安定なかたちで適応している子供たちもおり、彼らは私たちが治療する子供の大半と、精神科クリニックの診察を受ける成人のかなりの割合を占める。

20年ほど前、メアリー・メインとバークリーの同僚たちは、養育者とどうかかわっていいかわからないように見える子供たち(彼女らの研究対象の約15パーセント)の存在に気づき始めた。(p192)

彼らは誰が安全かも、自分が誰に帰属するのかもわからないので、見知らぬ人に対して強烈な親愛の情を見せたり、逆に誰も信用しなかったりしかねない。

メインはこのパターンを「無秩序型の愛着」と呼んでいる。無秩序型の愛着は、「解消のしようがない恐怖」だ。(p193)

発達性トラウマ障害の根が「無秩序型の愛着」(D型アタッチメント)にあるということは、言い換えれば、おおもとの原因は生後半年から3歳くらいの幼少期に端を発する、ということにほかなりません。

後に述べるように、この愛着が育まれる時期というのは、生物学的に言えば、脳の左半球の発達の時期と重なっていて、トラウマ経験は、左右の脳の統合を妨げるようです。

この「無秩序型の愛着」(D型アタッチメント)が、いかにして形作られ、その後の人生にどんな影響を及ぼすか、ということは、以下の記事で詳しく説明しています。ちょうど今回の記事と同じ問題を別の角度から説明した記事となっています。

人への恐怖と過敏な気遣い,ありとあらゆる不定愁訴に呪われた「無秩序型愛着」を抱えた人たち
見知らぬ人に対して親しげに振る舞いながらも、心の中では凍てつくような恐怖と不信感が渦巻いている。そうした混乱した振る舞いをみせる無秩序型、未解決型と呼ばれる愛着スタイルとは何か、人

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、「無秩序型の愛着」(D型アタッチメント)をもたらすような養育環境は、なにも身体的虐待、性的虐待のような壮絶な環境ばかりではありません。

すでに挙げたような、親の不仲や不在、精神疾患などのせいで、子どもが慢性的に居場所のなさを感じるような場合でも、「愛着トラウマ」の結果として、D型アタッチメントが生じることがあります。(p15,146)

そして「無秩序型の愛着」(D型アタッチメント)の特に程度の重いものが「愛着障害」(アタッチメント障害)であり、発達性トラウマ障害の基盤となっています。

2.ADHDに似た覚醒異常

愛着障害は、しばしば発達障害と類似した特徴を見せますが、注意欠如多動症(ADHD)と極めて類似していて、専門家でさえ区別が難しいと言われています。

よく似ているADHDと愛着障害の違い―スティーブ・ジョブズはどちらだったのか
アップルの故スティーブ・ジョブズはADHDとも愛着障害とも言われています。両者はよく似ていて見分けがつきにくいとされますが、この記事では(1)社会福祉学の観点(2)臨床の観点(3)

たとえば先ほど紹介した「DBDマーチ」では、ADHDの子どもが非行へと発展していく様子が説明されていましたが、ADHDとみなされていた子どもの多くは愛着障害だったと考えられます。

なぜ愛着障害はADHDと非常に似通っているのでしょうか。

講座 子ども虐待への新たなケア (ヒューマンケアブックス)では、愛着が持つ生物学的な機能について、こう説明されています。

子どもが発達の早期にあるほど、アタッチメント行動や表象は普段の生活のなかで生存のための切実な意味をもっている。

これは、アタッチメント行動が生命活動の根幹にある覚醒水準の制御にかかわっているからだと思われる。(p178)

ここでは、愛着という機能は、脳の覚醒度をコントロールするものである、とされています。どういう意味でしょうか。

赤ちゃんが、親との愛着を育むのは、安心してまどろんでもよい場所を識別するためだと考えられます。

外の世界で身を休めるのは危険ですが、親の腕の中であれば、警戒を解いて休んでも良い、ということを学び、その安心できる場所、つまり親を見分けるために愛着という絆が作られるのです。

そして、愛着が育まれた結果として、脳を覚醒させるために分泌されるものこそが、ADHDと深く関係するドーパミンであるということについて成長し衰退する脳 (社会脳シリーズ)にはこう書かれていました。

さらにショアは、母親が乳児の覚醒水準を上げることにより、乳児の脳の覚醒をもたらすドーパミンの分泌が促され、前頭前野領域の代謝が促進されると述べている。(p195)

ではその愛着がなければどうなるでしょうか。それは自分の命を委ねて安心してまどろめる場所がないということを意味します。すると、常に周囲に警戒する状態が続くため、脳が過覚醒の状態に成長していきます。

子どものころの養育環境だけでなく、犯罪や災害といったトラウマ経験によるPTSDに晒された場合もまた、周囲を過度に警戒しつづける過覚醒傾向が生じます。過覚醒はPTSDの三大症状の一つです。

ADHDの場合は、もともと生まれつきこの覚醒度のコントロールが弱いために、注意を制御するのが難しいと言われていますが、トラウマ障害では、環境に適応するために過覚醒を保つ必要が生じ、覚醒度のコントロールがしにくい脳へと成長していくのです。

 子どものPTSD 診断と治療の中で滝口慎一郎先生と八ツ賀千穂先生がこう書いていました。

トラウマ障害の過覚醒は子どもの命を守るために脳が後天的に身につけた手法のようなものであり、ADHDにおいては、記憶にとらわれない覚醒過剰持続が存在しているといえよう。(p117)

精神科医の岡野憲一郎先生によると、愛着に深く関わるホルモンであるオキシトシンと、ADHDに深く関わる神経伝達物質ドーパミンは、深い相互関係を持っていて、「両者は切っても切れない仲で、互いに片方がなければ十分に作用を発揮できない」のだそうです。

簡単にいえば、脳を興奮させ熱中させるのがドーパミンであり、興奮をほぐし安心感を与えるのがオキシトシンです。この二つが適切に働いて初めて、わたしたちは覚醒度をコントロールすることができます。

D型アタッチメントのような、オキシトシンが不安定な脳では、当然のごとく、ドーパミンも不安定になり、覚醒度のコントロール異常がもたらされるのだといえます。

このように原因は異なれど、ADHDとトラウマ障害はともに覚醒度のコントロール異常という同じような脳の異常が生じています。脳画像の分析でもほぼ同じ結果が得られているそうです。

そうすると、おおもとの原因ではなく、表に現れている症状に注目する従来のカテゴリー診断学では区別がつかないのも当然で、これまでADHDとみなされてきた人の中に発達性トラウマ障害の子どもが多数まぎれていたのは間違いないでしょう。

しかしながら、ADHDかトラウマ障害か、という二者択一ではなく、どちらも併せ持っていて、先天的な素因と後天的な環境要因とが複雑に絡み合っている例のほうが多いのかもしれません。

先ほど、子どもの側に生まれつきの過敏性があると、愛着トラウマを抱えやすいと書きましたが、以前の記事で扱ったとおり、そうした遺伝子を持つ子どもは、ADHDになりやすく、同時に愛着トラウマも抱えやすいことがわかっています。

発達障害と似て非なる「愛着崩壊 子どもを愛せない大人たち」
急増する、ADHDや自閉症スペクトラム、境界性パーソナリティ障害などを結びつける鍵は“愛着”である。「愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)」をもとに、愛着障害とは何か、発

ところで、ADHDには3タイプあると言われています。それは、激しい動きや落ち着きのなさが特徴の、多動性・衝動性優位型、その反対にぼーっとして心ここにあらずの不注意優勢型、そしてその両方を併せ持つ、混合型です。

注目すべきことに、子どものPTSD 診断と治療の続く部分の説明を見ると、トラウマ障害では、その両方の特徴が生じうることが、こう説明されています。

ADHDとトラウマ障害は、行動面や認知も近似しているため、しばしば誤診されかねない。しかし、根底にあるものは異なるため、異なった対処法が必要とされる。

落ち着きがない、着席できないなどの多動症状をや反抗性を示し、一見するとADHDと思われる子どもの中には、過覚醒や回避などのPTSD症状が潜んでいる可能性もある。

心ここにあらずで注意が散漫な不注意優勢型のADDと思われていた症状は、トラウマ障害の解離であるかもしれない。(p117)

この引用文の中では、多動・衝動性優勢型のADHDと思える子どもはPTSDかもしれず、不注意優勢型のADDと思える子どもは解離かもしれないと推測されています。

トラウマに直面したとき、わたしたちは二通りの反応を見せます。それはトラウマにとらわれて過覚醒状態になるPTSDか、トラウマから逃避して心を切り離す解離か、の正反対の反応です。

そして同じ発達性トラウマ障害でも、PTSD症状が強いか、解離症状が強いかで、表に現れるADHD様症状が大きく異なってくることが読み取れます。

発達性トラウマ障害において、PTSDと解離という対照的な反応が、ADHD様症状のタイプの違いにつながるという点は、こころのりんしょうa・la・carte 第28巻2号〈特集〉解離性障害でも白川美也子先生がこう書いていました。

先に述べたDTD概念を用いれば、なんらかのトリガーで行動状態がハイパーになれば多動と見られ(行動的にハイポな「動けなくなる」状態は臨床的によくみのがされている)、かつ解離により適切な注意集中ができなかったり、一度得た情報が状態の切り替えによって健忘されたりすれば注意欠陥と判断され、まさにADHDの症状と見分けがつかない。(p102)

つまり、なんらかのトリガーによって引き起こされるPTSDによる過覚醒、再体験、回避行動のために多動なADHDのようになっている子どもがいる一方で、解離のせいで心ここにあらずの状態になり、記憶をどんどん切り離して物忘れが激しくなって不注意なADDのようになっている子どももいる、ということになります。

両方の傾向を併せ持っている子どもでも、どちらの傾向が強いかは人それぞれなので、単純に発達性トラウマ障害といっても、子どもによって違った特徴が生じてくる理由がここからも読み取れます。

PTSD傾向が強く、多動で衝動的な子どもは、過去の傷つき体験に敏感になっているせいで、激しい反応を見せるのかもしれません。そうすると、将来、境界性パーソナリティ障害に発展する可能性が高くなります。

解離傾向が強く、不注意が目立つ子どもは、恐ろしい現実から感覚を切り離して遮断しているのかもしれません。そうすると、こちらは将来、解離性障害に発展する可能性が高いといえます。

トラウマによるPTSDと解離は同時に生じることも多いですが、どちらが優位かという違いが、その後の人生で現れる症状の傾向にも影響してくるのだと思われます。

このあたりの詳しい説明は、こちらの記事でまとめてあります。

PTSDと解離の11の違い―実は脳科学的には正反対のトラウマ反応だった
脳科学的には正反対の反応とされるPTSDと解離。両者の違いと共通点を「愛着」という観点から考え、ADHDや境界性パーソナリティ障害とも密接に関連する解離やPTSDの正体を明らかにし

3.慢性的な睡眠障害が発達異常の原因?

こうした脳の覚醒度のコントロールの異常から生じる次なる問題は、睡眠障害です。

以前の記事で取り上げたように、ADHDの場合、脳の覚醒度のコントロールが難しいため、夜寝つくのが難しく、朝起きるのが難しいという概日リズム睡眠障害になりやすいと考えられています。

なぜADHDの人は寝つきが悪いのか―夜疲れていても眠れない概日リズム睡眠障害になるわけ
ADHD(注意欠如多動症)の人は、疲れているのに夜寝つけない、ついつい夜更かししてしまうなどの睡眠リズム異常を抱えやすいといわれています。その原因が意志の弱さではなく、脳の前頭葉な

ADHDと脳の傾向が似ているトラウマ障害でも、同様の覚醒度のコントロール異常が生じているわけなので、当然、眠りたい時に眠れなかったり、朝起きるのが難しかったりする、という覚醒モードの切り替え問題が生じます。

もともと幼いころから安心してまどろめる場所を見いだせないために愛着障害が生じたわけですが、常に警戒状態の過覚醒が当たり前となって、それが体質に変わってしまい、リラックスして体を休めることができなくなっているのです。

発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方ではこう説明されています。

時間感覚がずれるのはおそらく戦闘モードが続いているからであろう。眠気がない人がたくさんいる。

そこで睡眠薬をたくさん飲んで死んだように眠り、薬が残るので昼寝を長時間し、眠気がなく夜更かしをして眠剤を飲んで眠るという悪循環の生活になる。(p42)

周囲への警戒からくる過覚醒のために夜になっても眠気が生じず、そのため夜更かしして、ようやく疲れ果ててから眠るので、朝起きられない、という悪循環が生じ、概日リズム睡眠障害につながってしまう可能性があります。

不適切な養育(マルトリートメント)を受け、不安定な環境にいる子どもたちに関する研究によれば、朝にストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量が多く、夜に安心して寝つくためのオキシトシンの分泌量が低いことがわかっています。

不適切な養育を受けた子どものその後の環境が唾液中のオキシトシンとコルチゾール分泌に与える影響│大阪大学

しばしば、非行に走る子どもは、不登校になったり、夜遊びに興じたりしますが、それは好きでそうしているのではなく、愛着障害に関係したこうした理由のせいで、夜眠れず朝起きられなくなり、結果として社会から逸脱していくのだ、という見方もできるでしょう。

実際、不登校と睡眠障害は密接に関係していて、子どもの睡眠と発達医療センターによると、不登校児の80%に概日リズム睡眠障害がみられることがわかっています。

 子どものPTSD 診断と治療によると、谷池雅子先生も、子どもの睡眠障害の背後には、慢性の強い心理ストレスが存在している場合が多いことを認めています。

筆者の「小児睡眠」専門外来を「リフレッシュされない睡眠」や「昼間の眠気」、悪夢を主訴として受診する子どもの中には、慢性の強い心理的ストレス下にあることが疑われる子どもが多い。(p129)

トラウマ障害による過覚醒が睡眠障害をまねき、その結果として不登校や非行につながるケースも少なくないのではないでしょうか。

また睡眠障害とトラウマ障害は密接な関連がありますが、単にトラウマ障害のために睡眠障害が生じる、という単純な因果関係にあるわけではないようです。谷池雅子先生は同じ本の中で次のように述べています。

PTSDにおいては不眠や悪夢のような睡眠障害が認められるのみならず、睡眠障害はPTSDの発症に先行し、その重症度を予測させることが示唆されている。(p123)

この記述から明らかなのは、トラウマ障害のために睡眠障害になることがある一方で、もともと睡眠障害があることでPTSDになりやすくなる場合もあるということです。

そもそも睡眠は記憶のラベル分けや定着などに関係していますが、睡眠の質が悪いと、記憶の処理がうまくいかなくなります。

そんな状況でトラウマ経験に出くわすと、トラウマ記憶をうまく処理できず、結果としてPTSDのフラッシュバックや解離による健忘や記憶喪失などが生じてしまうのかもしれません。

REM睡眠の障害は、感情的な記憶の適切な処理をゆがめ、PTSDの発症に関係することが示唆されている。(p125)

さらにいえば、子どもの睡眠と発達医療センターの三池輝久先生は、乳幼児期の睡眠障害が、ADHDや自閉スペクトラム症の発症を促すとも推測していますから、これらすべてのおおもととして睡眠障害をとらえるという見方も可能かもしれません。

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発達障害の原因は、赤ちゃんのときの睡眠障害にある…。最新の研究に基づいて、乳幼児期のねむりの大切さを説明している書籍「子どもとねむり」から、あまり知られていないねむりの役割を紹介し

あくまで推測ですが、生まれつき睡眠障害の傾向を持つ子どもが、ADHDや自閉スペクトラム症になりやすく、周囲の環境に敏感で愛着障害も抱えやすく、覚醒度のコントロール異常が悪化した結果、記憶の処理が困難になり、PTSDや解離性障害に発展する、という連鎖が生じている可能性もありそうです。

生まれつき睡眠障害の傾向を持つ子どもとは、さらに原因を推測すれば、すでに触れた、生まれつき敏感な子ども(HSP)、あるいは自閉症と関係するような感覚処理障害(SPD)を持つ子どもなのかもしれません。感覚がもともと敏感なので睡眠が乱されるということです。

谷池雅子先生によると、このようなPTSDを治療するには、プラゾシン(ミニプレス)、クロニジン(カタプレス)、グアンファシンといった薬を用いて睡眠障害を治療することが有効だとされています。

これらはいずれも、交感神経の緊張を和らげる効果を持ち、もともと高血圧の薬として使われてきた薬ですが、いずれも脳の過覚醒を抑制するのに威力を発揮します。ミニプレスは、REM睡眠の質を正常化させることにより、PTSDの悪夢に効果があるとされています。

またトラウマ治療に用いられるEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)も、いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によると「記憶を整理する浅い眠りであるレム睡眠の状態に脳を近づけ」ることで記憶の処理を促す仕組みです。(p122)

こうした事実を考えると、「発達性トラウマ障害」は、単なる心的外傷による精神的な問題ではなく、むしろ過覚醒によって引き起こされる慢性的な睡眠障害による脳の発達異常と考えることもできそうです。

4.ASDに似た感覚過敏と感覚鈍麻

続いて取り上げるのは、さまざまな感覚異常です。

一般に、感覚過敏や感覚鈍麻といった、感覚の異常は、自閉スペクトラム症(ASD)や、その中の一種であるアスペルガー症候群と関係するものとして取り上げられることが多い症状です。

「発達性トラウマ障害」は、ADHDと似ている特徴が多いため、専門家たちが主にADHDとの区別に苦慮している、ということはすでに述べたとおりですが、同時に自閉スペクトラム症と見分けにくい場合も少なくありません。

 いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳にもこう書かれています。

被虐待による愛着障害患児の症状は、広汎性発達障害(PDD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)と症状が非常に酷似しており、鑑別診断は容易ではない。(p116)

子どものPTSD 診断と治療によると、トラウマの後遺症は自閉症とも類似しているとして、外傷後自閉性発達障害(APTDD)という概念が提唱されています。

トラウマ性の体験と発達障害との関連については、上述のトラウマ障害などのトラウマ臨床の立場からのみならず、自閉症を専門とする臨床家や研究者の側からも提起されている。

たとえば、Reidは、タピストック研究所でのワークショップにおける論議をもとに、「外傷後自閉性発達障害」(autistic posttraumatic developmental disorder : APTDD)という診断概念を提唱している。

彼女は、自閉症の子どもの症状と子どものPTSDの症状の類似性(反復的プレイと反復的行為・発語、回避・解離症状と自己刺激による身体感覚への没入、過覚醒・過活動と情緒的過敏性・反応鈍麻の複合)に着目し、生来的な脆弱性(過敏性と完璧性)をもった乳幼児が、生後2年の間にトラウマ性の出来事を体験した場合、その一部が自閉性障害を生じるとして、APTDDという診断分類の提案に至ったわけである。(p44)

少し難しい内容ですが、要するに、生まれつき敏感な子(おそらくはHSPの傾向を持つ子ども)が、生後2年ほどの愛着形成に重要な時期にトラウマを経験すると、あたかも自閉症のような症状を見せる、ということです。

そして、その特徴的な症状は、解離症状をはじめ、感覚過敏や感覚鈍麻だとされています。

自閉スペクトラム症の人たちが抱える感覚過敏は、たとえば、光がまぶしい、匂いに敏感、電車や自動車の騒音が耐えられずパニックになる、皮膚が敏感すぎてタイトな服が着れないなど様々です。

その逆に、感覚鈍麻の問題もあり、疲れているのに気づけない、眠さを感じない、喜びや達成感がわかない、といった心身の感受性の低下も見られます。これらは失感情症(アレキシサイミア)や失体感症(アレキシソミア)とも呼ばれています。

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こうした自閉スペクトラム症に似た感覚過敏や感覚鈍麻は、「発達性トラウマ障害」にもみられ、最初に載せた診断基準において次のような項目がありました。

2.身体機能の制御困難(睡眠、接触、排泄面における問題 ; 接触や音への過敏、鈍感 ; 日常における切り替え困難)

3.感覚、感情、体調への気づきの低下、解離

4.感情や体調についての表現力低下

感覚過敏や感覚鈍麻が、症状の一部に含まれていることがわかります。

ここまで考えてきたことからすると、「発達性トラウマ障害」の感覚過敏や感覚鈍麻は、まず先天的なHSPである可能性を考慮する必要があります。

エレイン・アーロンのささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (SB文庫)で示されているとおり、もともと存在する生まれつきの過敏性によって、愛着トラウマなどを抱えやすくなるからです。

同時に、発達性トラウマ障害の人の感覚過敏が、すべて先天的なものであるかというとそうではなく、トラウマ経験に対する防衛反応として増幅されているところもあるかもしれません。

たとえば、常に周りに警戒して神経をとがらせ過敏な状態を保ってきたことが、身に危険が迫ればすぐに察知できるよう、必要以上に鋭敏な感覚を発達させ、感覚過敏の体質になるのではないか、と推測できます。

逆に、慢性的なトラウマにさらされ、周囲の刺激から感覚を遮断し、苦痛に満ちた心を解離させることで対処してきた場合は、苦痛に対して鈍感になり、自分の感情や、心身の疲れや痛みといったアラームを感知できなくなるかもしれません。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法にはこう書かれています。

だが、トラウマを負った人々は、自分の体の内部で絶えず危険に感じている。過去が、心を苦しめる内部の不快感として生き続けているからだ。

彼らの体は、内蔵の危険信号をひっきりなしに浴びせかけられ、それを制御しようとするうちに、腹の底で感じるものを無視し、内部で起こっていることの自覚を麻痺させるのが得意になってしまう場合が多い。

彼らは自己から隠れることを学ぶのだ。(p161)

自閉スペクトラム症では、生まれつきの感覚過敏のため、おのずと周囲の世界が苦痛に満ちたものとなるため、自然に解離を用いて対処するようになり、感覚過敏と同時に失体感症などが生じやすいようです。

またADHDでもすでに取り上げたように、特定の遺伝子多型による感受性の強さのせいで、周囲の変化に過敏に反応しすぎて、多動になったり注意がさまよったりするようです。

しかしトラウマ障害では、生まれつき過敏さがあったかどうかにかかわらず、子どものころの劣悪な環境や衝撃的な体験のせいで、PTSD的な「闘争」や解離的な「麻痺」といったストレス反応が刺激され、結果として感覚過敏や感覚鈍麻の体質が刻み込まれてしまうのでしょう。

考えさせられる点として、愛着崩壊子どもを愛せない大人たち (角川選書)という本では、自閉スペクトラム症と愛着障害において、どちらも人の顔を見分けることが苦手、という症状が共通して出やすいことが紹介されています。これは「相貌失認」と呼ばれます。

しかし、自閉スペクトラム症の人たちが、細部に注目しすぎる感覚過敏のために顔の全体像を認識しにくいのに対し、愛着障害の場合は、現実の細部から目をそらすように適応した結果、視覚に感覚鈍麻が生じ、顔の印象が残らなくなってしまう場合があるようです。

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 いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳では、子どものころ虐待を経験した大人の脳にどんな異常が生じていたかが数々の脳画像を用いた研究によって調査されています。

それらの研究によると、被害者の脳にはさまざまな異常が生じていますが、その意味するところは虐待という異常な環境で生き延びるために脳が選んだ“適応”ではないかと推測されています。

Teicherは、幼い頃に激しいストレスにあうと、脳に分子的・神経生物学的な変化が生じ、おそらく(非適応的なダメージが与えられてしまうと考えるより)神経の発達をより適応的な方向に導いたのではないだろうかと推測している。

たとえそれが過剰適応になったとしても、危険に満ちた過酷な世界の中で生き残り、かつ、子孫をたくさん残せるように、脳を適応させていったのではないだろうか。つまり虐待による脳の変化は、冷酷な世界を生き抜く、“適応”ではないのだろうか。(p127)

幼いころにトラウマを経験した人にとって、この世界はいつなんどき危害を加えられるかもしれない危険な世界であるという印象が刻み込まれます。

すると、命を守るために、危険に気づけるよう感覚が過敏に発達したり、逆に苦痛があまりに耐え難いものであれば、そのもとでも生き抜けるよう、感覚を遮断して鈍感になったりするのでしょう。

その結果として発達したのが、「発達性トラウマ障害」の人たちが抱える、感覚過敏や感覚鈍麻の正体ではないでしょうか。

もちろん、この場合も生まれつきの感覚過敏と、その後の適応によるさらなる過敏性や感覚鈍麻を完全に区別できるわけではなく、両方は複雑に絡み合っているのでしょう。

とはいえ、異なる原因が絡んでいるわけなので、発達障害なのか、発達性トラウマ障害なのか、その合併なのかで対処法は変わってくるのではないかと思います。

なお、友田明美先生の福井大学 子どものこころの発達研究センターでは「発達性トラウマ障害と自閉症スペクトラム障害の鑑別に関する研究」が進められているそうです。

5.依存症、自傷行為で覚醒度をコントロールする

こうしたADHDに似た覚醒度のコントロール異常、そして自閉スペクトラム症に似た感覚異常は、ともに別の問題にも波及します。

覚醒度が常に高く、自分でコントロールしてリラックスすることができない張り詰めた状態、あるいは、覚醒度が低くてぼんやりしていて現実感がない状態は、どちらも苦痛を伴います。

自分の意志で自由に覚醒度をコントロールすることが難しいため、興奮を鎮めたり、意識をはっきりさせたりして気分を楽にするには、普通とは異なる手段が必要になります。

その手段が、依存症や自傷行為です。

再び先ほどの診断基準に戻って、次のような項目に注目してみましょう。

2.自己防衛能力低下(自暴自棄、スリル探求)

3.自己慰撫を目的とした不適応な企図(身体を揺する等の律動的動き、強迫的自慰)

4.習慣性(故意または無意識)あるいは反射的自傷

ここではまず、極端に危険な状況に身をおいてスリルを求める自暴自棄な行為が挙げられています。たとえば、命の危険を伴うスポーツや暴力、犯罪行為に熱中したり、不特定多数の人と性関係を見境なく持つという危険に身を落とすことなどが含まれます。

ついで、自分を慰める行為に依存する傾向があります。ここでは自閉症にみられるような体を揺する行動(ロッキング)や、強迫的なマスターベーションが挙げられています。

もう少し範囲を広げれば、一時的な安らぎを得ようとはまりこむ、さまざまな依存症もここに関係していると考えてよいでしょう。それにはストレスから逃れるためのアルコール依存や、薬物依存、さらには摂食障害なども含まれるかもしれません。

そして最後に習慣的に行われる自傷行為が挙げられています。たとえばリストカットや抜毛症(トリコチロマニア)、大量服薬(オーバードーズ)などが思い当たります。

こうしたさまざまな依存症や衝動的な自傷行為は、形はさまざまに違えど、特にトラウマ障害に伴う場合には、共通する目的を持っていると考えられます。

子どものPTSD 診断と治療の中で、摂食障害の専門家の中里道子先生はこう述べています。

小児期に、虐待を経験することは、非常に強烈な、否定的情動体験の耐性へのチャレンジであり、様々な感情のダウンレギュレーションの様式を促す。

堪えがたく辛く痛ましい体験をやわらげ、不快な気分、緊張感を緩和するような、対処行動として、自傷行為、自殺企図、強迫的な性的逸脱行動の他、過食や排出行動といった、摂食障害の症状が発展することがある。(p137)

ここでは、これらの自傷行為の原因として、不快な気分や緊張感を和らげる目的がある、とされています。

ヴァン・デア・コーク博士も、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の発達性トラウマ障害に関わる文脈の中で、こう書いています。

現実の脅威あるいは想像上の脅威に対処するためにストレスホルモンを分泌し続ける生物学的システムを持っていると、睡眠障害や頭痛、原因不明の痛み、接触や音に対する過敏といった身体的な問題につながる。

興奮しすぎたり、機能停止に陥ったりすると、注意力や集中力を維持できなくなる。彼らは緊張を解くために、自慰や、身体を揺り動かすこと(ロッキング)、自傷行為(自分の体に噛みついたり、切り傷や火傷を負わせたり、自分を叩いたり、髪を引き抜いたり、血が出るまで皮膚を引っ掻いたり剥がしたりすること)に慢性的に耽る。(p264)

さきほど考えたとおり、常に過覚醒状態にあって心も体も休まらない場合、張り詰めた緊張を和らげるには、外から何かのきっかけを与えてスイッチを切り替えてやらなければなりません。そのスイッチにあたるのが自傷行為といえるでしょう。

たとえば自傷行為による痛みがきっかけとなって一瞬意識が飛んで解離が生じるので、緊張が和らぐかもしれません。

逆に、低覚醒状態にあって、ぼんやりして現実感がない状態の場合は、常に解離状態にあるので、何かに目を覚ますようなもので覚醒度を高めるスイッチが必要です。

この場合も自傷行為がスイッチとなり、痛みによって現実に引き戻されるかもしれません。

どちらの目的で用いるかは人によって違いますが、以前の記事で考えたとおり、張り詰めた意識を解離させるための自傷行為と、解離から意識を呼び戻すための自傷行為があるようです。

なぜ無意識のうちに自傷をやってしまうのか―リスカや抜毛の背後にある解離・ADHD・自閉症
リストカット、抜毛、頭を壁にぶつけるなどの自傷行為、また自己破壊的な依存症の原因はどこにあるのでしょうか。それらが注目を集めるための演技ではなく、解離という心の働きや、脳の構造と関

さまざまな依存症の場合もまた、こうした覚醒度をコントロールする役割をもっています。依存によって得られる快感は脳の覚醒度を高め、意識をはっきりさせるので、その心地よさを求めて、スリルや危険や自己破壊的な習慣がやめられないのです。

最初のほうに挙げた疫学調査では、薬物乱用の50%、うつ病の54%、アルコール依存症の65%、自殺企図の67%、静脈注射薬物乱用の78%が児童虐待に起因するということでした。

これらは依存や自傷を伴うものの代表例といえますが、依存症や自傷行為の中には、「発達性トラウマ障害」による脳の覚醒度のコントロール異常がおおもととなって生じているものが、かなり多く含まれている可能性がありそうです。

依存症や自傷行為は、無関係な人たちから見れば、なぜ有害なことにあれほど執着するのか理解できず、周囲はすぐにでもやめさせようと無理強いしたり、それらが危険であることをこんこんと諭したりするものです。

しかし問題となっているのは、危険性を意識できていないことではなく、自分で自分の覚醒度をコントロールできず、張り詰めた神経を休める手段がほかにないこと、あるいは、現実感が薄れた苦痛の多い日常で意識をはっきりさせる手段がそれ以外にないことにあるのかもしれません。

ヴァン・デア・コーク博士は、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、そうした依存症や自傷行為が、短期的に見れば症状の解決策として働いているのでやめることができないとする研究チームの意見を引用しています。

ACE研究グループは、こう結論した。

「[喫煙、飲酒、薬物摂取、肥満といった]適応のそれぞれは、健康に有害であると広く理解されているものの、やめるのがはなはだ難しい。だが、長期的な健康への危険の多くが、短期的には個人的に有益であるかもしれないことは、ほとんど考慮されていない。

私たちは患者から、これらの『健康への危険』の恩恵を、繰り返し聞かされる。問題が解決策になっているというと、多くの人が不審に感じるのはもっともだが、生物学的システムの中には相反する力が頻繁に共存するという事実と、間違いなく一致している」。(o247)

「問題が解決策になっている」、つまり自傷や依存といった問題は根底にある別の原因に対する解決策として行われているという観点を持つなら、ただ害になるものとみなしてやめさせようとするより、まったく別のアプローチを講じる必要があることに気づけます。

実際に、発達性トラウマ障害の人が抱える依存症の中には、一見、社会生活にプラスに働いているように思えるものもあります。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で書かれているように、ある人たちは、過集中して仕事や学業などに我が身を顧みず没頭することで、心身のトラウマ反応を解離させ、命を削りながら優れた業績を挙げることがあります。

私のトラウマ患者の何人かと同じように、キャシーは学業に没頭することができていた。本を読んだり研究論文を書いたりするときには、人生の他のすべてのことを頭から締め出すことができた。

そのおかげで有能な学生でいられたのだが、親しいパートナーとは言うまでもなく、自分自身とも、どうやって愛情深い関係を築いていいのかまったくわからなかった。(p423)

トラウマ患者は、たとえ教育やビジネスや医学や芸術におおいに貢献していたり、子供をりっぱに育てたりしていても、通常の人と比べて日々の生活の課題にはるかに多くのエネルギーを費やす。(p404)

以前の記事でも書いたとおり、過去の偉人たちを含め、飛び抜けた業績を残す人の中には幼少期のトラウマを抱えていた人が少なくないと言われています。

文学や芸術を創造する「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」
辛い子ども時代を過ごした人の中に、文芸や芸術などの分野で、豊かな想像力を発揮する人が意外なほど多いといいます。「愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)」という本に基づい

彼らが人並み外れた集中力で、何かの活動に発頭できたのは、裏を返せば、何かに没頭していない限り、トラウマの支配から逃れられなかったからなのでしょう。仕事に依存することで、苦痛を和らげているのです。

薬物やアルコールに依存することも、仕事に没頭しすぎることも、トラウマの苦痛を解離させたり、自分で自由にコントロールできない覚醒度をスイッチしたりするための、一種の自己投薬(セルフメディケーション)のようなものです。

必要なのは、そうした行為を無理やりやめさせることではなく、そうした行為に没頭しないと生きていけないように彼らを追い詰めている、根底にあるトラウマへの対処なのです。

6.双極性障害II型に似た気分変動

続いて考えるのは、気分変動の問題です。

「発達性トラウマ障害」の患者は、自尊心のなさによる憂うつな気分のせいで「うつ病」と誤診されたり、解離性障害による幻聴などの症状から「統合失調症」と誤診されたりすることがあるようです。

しかし、三大精神病の中でも、特に「発達性トラウマ障害」と関連が深いのは、双極性障害、いわゆる躁うつ病だと言われています。

解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)は、成人の解離性障害の専門家である柴山雅俊先生による本ですが、解離性障害と双極性障害が見分けにくいことについてこう書いています。

さらに軽躁とまではいかないまでも、自分でも妙にはしゃいだり気分がハイになったりすることは患者の約半数が経験している。

…衝動性は一般に高い。これらのことは解離の病態が、「躁」と「うつ」の双極的な気分変動に親和性があることを示唆している。(p146)

とりわけ解離は先に述べたように双極的な気分変動がみられ、ときに双極II型ないしは双極I型とも思える病態を呈する。その場合、解離性障害と診断するか、双極性障害と診断するかは服薬の内容や治療の継続にからむ重要な問題である。(p147)

この本で説明されている解離性障害とは、つまるところ「発達性トラウマ障害」が大人になったときに発展する症状の一つでもあるので、ここで書かれている内容は「発達性トラウマ障害」の説明とみなして差し支えないでしょう。

そうすると、「発達性トラウマ障害」は、気分の変動を伴いやすく、ふだんはうつっぽい一方で、ときどき軽躁状態になり、気分が一時的にハイになる現象が見られることがわかります。

その気分変動は双極性障害、特に双極性障害2型とよく似ています。双極性障害1型がジェットコースターのような過激な気分変動を伴うのに対し、双極性障害2型は、基本的にはうつの状態が長く、ときどき軽くハイな状態になるという違いがあります。

この点は、子どものPTSD 診断と治療の中で杉山登志郎先生も指摘しています。

さらに双極性障害と診断をされても、一般的な気分調整役の服用による治療のみでは気分変動を止めることが非常に困難である。そのような非定型的で難治性の気分変動が多い。

この起源を辿ってみると、学齢児の被虐待児に認められる激しい気分の上下である。

これは抑うつの基盤にハイテンション(一般に午後になると)が認められるという被虐待児特有の気分変動である。(p200)

文脈を見ると、これは外来を受診した子ども本人ではなく、その親のほうに見られる気分障害について説明している部分ですが、親の側の気分障害は「双極II型がほとんど」とみなせるそうです。

そしてその「双極II型」は、親自身が子どものころ受けた虐待による症状であり、そのせいでフラッシュバックや子育ての問題が生じ、結果として子どもが体調を崩して外来を受診しているケースがあるのだそうです。

杉山先生は、 臨床家のためのDSM-5 虎の巻の中でも、愛着障害に双極性障害2型のような気分変動が伴うことを説明しています。

さらにこの愛着障害を基盤にした気分調整不全は、成人にいたった時に、双極性障害II型類似の、気分変動に展開していくという発達精神病理学的な出世魚現象が認められるのである。(p48)

子どものころの愛着障害は、午前中不機嫌で、午後になるとハイテンションになるといった気分変動を伴いますが、それが大人になると双極性障害II型にきわめてよく似た気分障害に発展するのです。

アジア太平洋人精神保健センターの所長ヘネシー・澄子先生による子を愛せない母 母を拒否する子には、「愛着障がいの見分け方」という表がありますが、そこでは愛着障害と見分けにくい疾患としてADHDと双極性障害が挙げられて丹念に比較されています。(p136-141)

こうした様々な専門家の意見を考慮すると、双極性障害、特に2型と診断されている場合、本当に双極性障害なのか、一度自分の生活史を振り返ってみて、「発達性トラウマ障害」として発展してきた形跡がないかどうか調べてみる必要があるように思います。

またこの点に関しても、もともと生まれつき感受性が強いHSPなどの下地があるせいで、気分の浮き沈みが生じやすい可能性もありうるでしょう。

7.基本的信頼感の欠如による対人関係の混乱

ここまで考えてきたのは、主に自身の体調面に生じる問題でしたが、次に取り上げるのは周囲の人とに関係性に現れるコミュニケーションの問題です。

1番目の項目で取り上げた愛着障害は、もとはといえば、親との関係性に関する問題でした。

その中でも、虐待などの逆境体験のもとで生じる愛着のタイプ、つまりD型アタッチメントは、無秩序型とか混乱型といった呼び名がつけられていることに触れました。

 いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳では、この混乱した愛着の絆がもたらす、その後の人間関係の混乱について、次のように説明されています。

この“歪んだ形”での愛着形成により、子どもは加害者を絶対的に正しいものと思い込んだり、逆に自分こそが悪いのだと考えたりするようになる。

いうまでもなく、これは一種の適応であり、精神分析的な用語を用いるなら防衛機制である。

このような歪んだ形の愛着は、それを基礎として親以外との人間関係にも適用される。

無条件に相手の言うことに従ったり、自分の意見を押し殺して相手に言わなかったりして、できるだけ他者との間に問題を起こそうとしない。

それはしかし、相手に対する不信や、相手との関係を絶って孤立することにもつながりやすい。(p113)

劣悪な環境で育った子どもが見せる混乱した態度は、「拒絶されることへの恐れ」「見捨てられることへの不安」の重ねあわせです。

保護者である親を求めたいのに、傷つけられるかもしれない、と感じておびえてしまいます。

「発達性トラウマ障害」の診断基準には、これらに伴う、さまざまな混乱した人間関係のタイプが書かれていました。

まずは自尊心の低さ。

2.自責感、無力感、無価値観、無能感、欠陥があるという感覚など、否定的自己が継続

決して親に認めてもらえず、愛されてこなかったことで、自分は無価値だ、無力だ、という思いにさいなまれます。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、このような自分のアイデンティティを感じる力の弱さは、単なる感情的な問題ではありません。

幼少期(本書ではおおむね「0~六歳」の時期を指す)の深刻なトラウマを抱える慢性的なPTSD患者18人のスキャン画像との著しい違いには驚かされる。

脳のこれらの自己感知領域のどれにも、ほとんど活性化が見られなかったのだ。

内側前頭皮質、前帯状皮質、頭頂皮質、島は、まったく活性化しなかった。唯一、後帯状皮質がかすかな活性化を見せた。これは、基本的な空間定位を司る部位だ。

このような結果の説明は一つしかありえない。これらの患者は、トラウマ自体への反応として、また、ずっとあとまで残っていた恐怖に対処する中で、特定の脳領域の機能を停止することを学んだのだ。

…まさにそれらの領域が、私たちの自己認識、すなわち自分は誰なのかという感覚の土台を形作るいっさいの情動と感覚の認識を司っている。(p152)

幼少期にトラウマを抱えた発達性トラウマ障害の人たちは、自分はだれなのか認識するのが難しく、一生涯をかけてアイデンティティの探索に取り組むことも少なくありません。

幼少期にトラウマを負った人は他者に対する認識もまた損なわれています。

診断基準に戻って、次の項目を見ると、根底に存在する、あらゆる人に対する不信感が挙げられています。

3.大人や仲間との親しい関係のなかで、極端な不信感や反抗が続く、あるいは相互交流を欠く

生まれたばかりの赤ちゃんを世話する親という、最後の砦ともいえる存在にさえ裏切られたのであれば、どうして他の人たちを信じられるでしょうか。

そのような経験をした人たちが抱える人への恐怖や根深い不信感、自分は無価値だという自尊心の欠如については、以前の記事でも説明しました。

他人が怖い,信頼できない,人といると疲れるなどの理由―解離と対人過敏
人が怖い、だれにも気持ちを打ち明けられない、だれも信じられない…そう感じるのは、子どものころの「安心できる居場所の喪失」が影響しているのかもしれまらせん。「解離の構造」ほか7冊の本
誰も信じられない、安心できる居場所がない「基本的信頼感」を得られなかった人たち
だれも心から信じられない、傷つくのが怖い、安心できる居場所がない。そうした苦悩の根底にある「基本的信頼感」の欠如とは何か、どう対処できるのか、という点を「母という病」という本を参考

こうした不信感の結果、自分が傷つけられないために、過度に他の人の意思に合わせ、自分の意思を押し殺して生きるようになる場合があることは、こちらの記事で説明しています。

空気を読みすぎて疲れ果てる人たち「過剰同調性」とは何か
空気を読みすぎる、気を遣いすぎる、周囲に自分を合わせすぎる、そのような「過剰同調性」のため疲れ果ててしまう人がいます。「よい子」の生活は慢性疲労症候群や線維筋痛症の素因にもなると言

また、他の人を心から信頼できないため、誰も心から頼れる人が存在せず、すべて自分の力に頼って、一人孤独に奮闘していかなければならないと感じる人もいます。

赤ちゃんのとき、安心してまどろむことができる親を見いだせなかったように、大人になってからも、安心して休める居場所がなく、疲れ果ててぼろぼろになってなお、認められるために、見捨てられないために、自分の身を守るために頑張り続けなければならないと感じてしまうのです。

いつも頑張っていないと自分には価値がないと感じてしまう人へ―原因は「完璧主義」「まじめさ」ではない
全力を尽くしていないと自分には価値が無いと思ってしまう。休んだり、遊んだりすることに罪悪感を抱いてしまう。そのように感じてしまう人は、自分の限界を超えてやりすぎてしまいます。その原

さらに、それとは逆の方法で、人への不信感を露わにする人もいます。診断基準の続く項目には、暴力を振るうケースについて書かれています。

4.仲間、養育者、その他の大人への反射的な身体的暴力、言葉の暴力

ある人たちは人の善意を信じられないがゆえに、高圧的な態度に出て相手を力づくでコントロールするしかないと考えるようになる場合があります。そのようにして配偶者や子どもを支配する暴力的な親を見て育ったのかもしれません。

また親密な接触を求めて必要以上に人に頼り過ぎる人がいるとも書かれています。

5.親密な接触(性的あるいは肉体的親密さに限定しない)を持とうとする不適切な(過剰、あるいは見境のない)意図。または安全や保証を求めて仲間や大人に頼りすぎ

この場合は、他の人とつながっていたいという気持ちはあるものの、他人の愛情を心から信頼できないために、見捨てられることへの不安が強く、執拗に関わりを求めるのでしょう。

さらに、診断基準の続きには次のような項目もありました。

6.共感の気遣いを制御する能力のないことが以下で証拠づけられる。他者の苦痛の表現に対して共感しなかったり、耐えられなかったり、過剰反応を起こす

すでに考えた「発達性トラウマ障害」に伴う、自閉スペクトラム症に似た感覚過敏と感覚鈍麻には、他の人の気持ちへの過敏さと鈍感さも含まれると考えられます。

たとえば緊張した家庭で育ったため、常に家族や周囲の人の顔色を伺って育ち、傷つけられないよう空気を読んで振る舞おうとしてきた場合は、過剰な共感という、他人の気持ちに対する感覚過敏が発達するかもしれません。

それは先ほど触れた、空気を読み過ぎる「過剰同調性」をもつ人たちに相当します。

一方で、相手に合わせるストレスに耐えられず、共感することが苦痛で耐えられない場合には、共感することをやめて、一切空気を読まなくなり、他人への気遣いを示さなくなるかもしれません。

たとえばあらゆることに口出しして過干渉し、子どもを支配しようとする親に耐えられなくなり、反発して一切言うことを聞かなくなり、非行に走る子どもがいます。

すると、その結果として、他の人の気持ちに配慮しない、暴力的になったり、見境なく人間関係を求めたりするタイプに発展するかもしれません。

こうした人たちは、一見すると、空気が読めず、他の人の気持ちや立場に配慮できない人、共感しようとしない人に見えるため、アスペルガー症候群とみなされている場合がありそうです。

さらに極端な場合は、共感する能力そのものは存在するのに、だれにも共感しようとしない人格に成長した結果、他人の苦しみを気にかけない反社会性パーソナリティ障害や自己愛性パーソナリティ障害といった、サイコパスにも似た人格に発展することもあるでしょう。

なぜアスペルガーの人は尊大で怒りやすく見えるのか―人格障害との違い
精神科医の岡野憲一郎のブログで、アスペルガーの自己愛傾向や、さまざまなパーソナリティ障害との違いが説明されていました。

8.慢性疲労、慢性疼痛など多様な身体症状

ここまで列挙してきた「発達性トラウマ障害」の症状は、おもに精神・心理面での症状がほとんどでした。

しかしすでに考えたとおり、「発達性トラウマ障害」は決して心の傷、心理的な問題ではなく、脳の発達に影響を及ぼし、脳の構造を組み替えてしまうほどに身体的な影響を及ぼす病気です。

当然ながら、「発達性トラウマ障害」にはさまざまな身体面での症状が伴います。それらは人によって千差万別ですが、たとえばひどく疲れやすい慢性疲労や、体のさまざまなところが痛む慢性疼痛、胃腸症状などがあります。

 いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によると、トラウマなどのストレスから生じることもある子どものうつ病では、次のような身体症状が目立ちやすいそうです。

子どもはうつ病という事態に陥っても、大人のように抑うつ気分や抑制症状を自覚したり認識しないため、なかなか言葉で表現することは難しいといわれる。

はじめは身体症状(身体のだるさ、食欲不振、腹痛、頭痛など)が前面に出やすい。

大人のうつ病症状と共通する点もあるが、食欲の変化、睡眠の乱れ、からだのだるさを訴えることが子どもの場合多い。

また「集中力がなくなった」、「頭が働かない」、「気力が出ない」、「疲れやすい」、「食欲がない」、「途中で目が覚める」、「朝早く目が覚める」、「頭が痛い」、「お腹が痛い」、などの症状がいくつか断片的に生じるために、小児慢性疲労症候群との鑑別がなかなか難しいこともある。(p17)

ここに含まれているものの中には、疲れやすい慢性疲労、頭やお腹が痛い慢性疼痛、食欲がない胃腸症状などが含まれています。

小児慢性疲労症候群との区別が難しいとの記述からは、特に慢性的な疲労感の訴えが強いこともうかがえます。

これは子どもの例ですが、先ほども引用した大人の解離性障害の専門家である柴山雅俊先生の解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理 (ちくま新書)を見ると、成人後の「発達性トラウマ障害」の症状を垣間見ることができます。

解離性障害の患者の多くがうつ状態を呈する。疲れやすい、だるい、憂鬱で死にたいなどという気分については、程度の差こそあれ、患者のほぼ90%以上が肯定する。(p146)

ここでも、疲れやすい、だるいといった慢性疲労症状がほとんど全員に見られるとまで書かれています。

また発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方の中で、杉山登志郎先生もトラウマ障害の身体症状の特徴について説明しています。

生理的症状と心理的症状の相互混乱は極めて深刻な問題である。症状としては「頭が痛い」「腰が痛い」など慢性疼痛の形をとり、やけやたら痛み止めを用いるが効かず、心理的な問題として扱うと初めて軽減する。

一方で眠い、空腹、のどが乾いたなどの生理的な体の訴えが認識できず、一方的な不機嫌や怒りの噴出、抑うつなどとして現れる。(p43)

こちらの記述からは、頭が痛い、腰が痛いなどの慢性疼痛の症状が現れる場合があることがわかります。しかも一般的な痛みではないので、痛み止めでは効果がありません。

なぜ、これほど多様な身体症状が、「発達性トラウマ障害」の人に生じるのでしょうか。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、わたしたちの脳は、おおまかにわけると三層構造になっていて、内側の大脳辺縁系と脳幹は「情動脳」、外側の大脳新皮質は「理性脳」と呼ばれています。

「情動脳」と「理性脳」は、通常の人ではバランスよく働いていますが、トラウマを負った人の場合、片方がもう片方を押さえつけるようになります。(p100)

感情を表現する情動脳を、理性脳によって押さえつけると、不安や悲しみ、寂しさなど、感情的な症状を抑圧して失感情症(アレキシサイミア)が生じます。すると、意識されない感情的苦痛は、身体症状として認識されます。

これは、感情を切り離し、抑えつけてしまっている「解離」的な反応といえます。

逆に、情動脳が興奮しすぎて理性脳が働かないと、ほんとうは体が疲れていたり、空腹だったりするのに、失体感症(アレキシソミア)によって体のアラームが認識できなくなります。すると、身体的な苦痛が、心の空虚感や、死にたいという気持ちになって現れます。

こちらは、感情が暴走して、理性が利かなくなっている「PTSD」的な反応です。

こうして脳の働きのバランスが損なわれた結果、トラウマ障害の人では、精神的なストレスは、身体症状として表面化し、逆に身体的なストレスは、精神症状として噴出する「生理的症状と心理的症状の相互混乱」がみられる場合があるのです。

これらの記述では、慢性疲労と慢性疼痛がそれぞれ言及されていましたが、ここから思い出されるのは、慢性疲労症候群(CFS)、および線維筋痛症(FM)という原因不明の病気です。

慢性疲労症候群は日常生活が不可能になる重篤な疲労感が特徴で、線維筋痛症は耐え難い慢性的な激痛がおもな症状ですが、両者は合併することもあり、しかも睡眠障害や胃腸症状を含め、多種多様な症状を併発することがあります。

慢性疲労症候群や線維筋痛症の原因はさまざまであり、人によって異なる原因が関係している多因子疾患だと思われますが、中には「発達性トラウマ障害」が原因となっている人がいると考えられます。

ヴァン・デア・コーク博士は、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中でこう述べます。

トラウマを負ったあとは、周りの世界は異なる神経系で経験される。

今やサバイバーのエネルギーは、人生における自発的なかかわりを犠牲にして、内部の混乱を鎮めることに注がれるようになる。

耐え難い生理的反応に対する主導権を維持しようとすると、線維筋痛症や慢性疲労、その他の自己免疫疾患など、多種多様な身体的症状を引き起こしうる。

トラウマの治療では、体、心、脳という、生体全体を対象とするのが重要である理由も、これで説明できる。(p91)

明確な原因が見当たらない身体的症状は、トラウマを負った子供にも大人にも広く見られる。

腰や首筋の慢性的な痛み、線維筋痛症、偏頭痛、消化不良、痙攣性結腸/過敏性腸症候群、慢性疲労、喘息などが起こりうる。(p164)

実際に、子ども時代の虐待が、慢性疲労症候群や線維筋痛症の発症リスクとなることが報告されており、その場合は、「発達性トラウマ障害」による脳の働きの異常から、慢性疲労や慢性疼痛、その他のさまざまな症状に発展しているとみなせるかもしれません。

幼少期の虐待経験が慢性疲労症候群の原因に、米大学研究報告 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News はてなブックマーク - 幼少期の虐待経験が慢性疲労症候群の原因に、米大学研究報告 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 

また、発達性トラウマ障害の人が抱える身体面での問題は、さらに根深いところまで及んでいます。

すでに脳に傷が及んでいることを示しましたから、それだけでも相当根深いものですが、事実はあまりにも悲惨です。

成長し衰退する脳 (社会脳シリーズ)には次のような記述がありました。

さらに、被虐待経験者は老化のマーカーであるテロメアの侵食が見られ、寿命も平均に比べ20年も短いなど、医学的な影響も見られている。(p232)

トラウマ障害では、通常の人より、20年も平均寿命が短いそうです。

これだけなら、病気になりやすいとか、自殺してしまう人が多いなどの理由で平均寿命が下がっているのではないか、と考えることもできます。実際、虐待された子どもはがんになるリスクが高いことがわかっています。

児童虐待が癌の発症リスクに関連 | 海外癌医療情報リファレンス はてなブックマーク - 児童虐待が癌の発症リスクに関連 | 海外癌医療情報リファレンス

・年齢、人種、性別、児童期のストレス因子や、成人期の健康行動および家計所得といった要素を考慮しても、児童期に身体的虐待を受けた人は、虐待を受けなった人よりも癌を発症する可能性が47%高かった。

しかしそうした理由のみで平均寿命が短いわけでなく、記述されていたとおり別の研究では、老化のマーカーであるテロメアが侵食されていることまで示されているのです。

悲惨な家庭環境で育った子どものテロメアは約40%も短い
劣悪な環境で育った9歳の子どものテロメアは通常より短かったそうです。

激しいトラウマ経験は、人生のはじまりに脳に傷をもたらし、発達を阻害するだけでなく、テロメアまで侵食して、人生の終わりをさえ早め、一生全体を支配してしまうほど深刻な問題なのです。

9.多重診断になりやすく難治性

以上の点からわかるとおり、発達性トラウマ障害は、脳の発達を左右し、しかも体の奥深くにまで傷を刻みこんでしまうわけですから、多種多様でありとあらゆる症状が生じうるのも当然です。

これまで見てきたとおり、子どものころにはADHD自閉スペクトラム症のような発達障害と診断されやすく、非行や不登校に発展することもあるでしょう。

夜眠れず朝起きられない生活パターンが固定すると概日リズム睡眠障害と診断されます。

そして思春期ごろになって、精神面での不安定さがひどくなると、摂食障害や境界性パーソナリティ障害と診断されやすくなります。何も頼れるものがない心細さは全般性不安障害とみなされているかもしれません。

大人になると、精神的な変動に注目した結果、うつ病、双極性障害1型、双極性障害2型、そして統合失調症と診断されて、悪い場合には薬漬けの治療を施され、泥沼化してしまうかもしれません。

心身の苦痛から、依存症などにつながり、アルコール依存症薬物中毒として治療を受けることになる人もいるでしょう。犯罪に関わり、刑務所に入る人も少なくないと思われます。

あるいは、心身症として身体面での症状が強く現れてしまい、慢性疲労症候群線維筋痛症、過敏性腸症候群などの診断を受けることもあるでしょう。

ある程度知識のある医者にかかれば解離性障害PTSDといったトラウマとの関係に注目した診断名がつくかもしれませんが、全体を貫く「発達性トラウマ障害」という診断名に気づかれることは少ないはずです。

こうした、若い時期から、ありとあらゆる診断名がつき、ありとあらゆる治療を施されるのに治らない、という極めて嘆かわしい状態こそ、発達性トラウマ障害の悲劇的な特徴なのです。

ヴァン・デア・コーク博士は、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ヴァージニアという名のある少女を一例として挙げています。

彼女のカルテには、双極性障害、間欠性爆発性障害、反応性愛着障害、注意欠如障害(ADD)多動型、反抗挑戦性障害、物質使用障害という診断が並んでいた。

だが、ヴァージニアとは本当は何者なのか。どのように手助けすれば、彼女に人生を楽しんでもらえるようになるのか。(p252)

こうした多種多様で混乱した診断名の羅列を解消し、問題の本質を明らかにするただひとつの診断名として導き出されたのが「発達性トラウマ障害」でした。

私たちはこうした研究成果について最初の論文を発表し、実効性を確認しながら評価尺度を開発し、この発達性トラウマ障害という診断名が、これらの子供たちの抱える問題を網羅していることを立証するために、約350人の子供とその親あるいは里親についてのデータを集めた。

これで私たちは、複数のレッテルではなく単一の診断名を与えることができ、彼らの問題の由来が、トラウマと愛着の不足の組み合わせであることを特定できるはずだった。(p264)

子どものPTSD 診断と治療によると、子ども虐待が脳に及ぼす影響を調べ、発達性トラウマ障害の診断基準作成にも協力したマーチン・タイチャー博士は、幼少期のトラウマが、多種多様な難治性の診断名の羅列につながってしまう、という点を考慮して、臨床の場では、あらかじめ「生態的表現型」として区別するよう提唱しています。

最近では、被虐待経験者にみられる疾患は「生態的表現型(ecophenoytpe)」と呼ばれている。

発症年齢の低さ、経過の悪さ、多重診断数の多さ、そして、初期治療への反応の鈍さがみられる。(p100)

ここでは紹介されている「生態的表現型」という概念は、虐待や劣悪な子ども時代などの背景がある場合は、そうでない場合の通常の患者とは明らかに違いが見られるので、はじめにグループ分けをしてから診断や治療に臨んだほうがよい、という考え方です。

引用した文中に書かれている通り、子ども時代、劣悪な環境で育った人たちは、「発達性トラウマ障害」の特徴に表れているように、比較的若くして病気になり、しかも経過が悪く、治療への反応が鈍く、さまざまな症状が出て典型的な症状に収まらないため、どんどん診断名が増えていくのです。

この「生態的表現型」という考え方、あるいは、「発達性トラウマ障害」という連続性をもって変化していく疾患の存在は、これからの医師がよく知っておくべき概念であると同時に、患者の側もしっかり周知しておくべき概念だと思います。

今の日本の医療機関で「発達性トラウマ障害」と診断されることはまずないと思いますが、この概念を知らなければ、表面的な症状を対象とした実りのない治療を受け続け、あまりに治らないので怪しげな民間療法にまで手を出して資産を浪費していく、という最悪のスパイラルに落ち込んでしまうからです。

10.薬への過敏あるいは鈍感

「発達性トラウマ障害」という病気があることを知るべき最大の理由は、表面的な診断名に振り回されて、無意味な治療に時間やお金を浪費することなく、本当に効果のある治療を見極めるのに役立つ、ということです。

「発達性トラウマ障害」の治療法の研究はまだ始まったばかりであり、完全に治る方法が確立されているわけではありません。脳の構造に異常が及んでいる場合もあることを思えば、完治を目指すのは難しいかもしれません。

しかしそれでも、国内外の多くの医師たちの尽力によって、効果的な治療法が徐々に探り出されてきていて、症状を緩和していくことには役立つと思われます。

トラウマ障害の治療を考える上で、特に大切なのは、意外にも薬の少量処方である、ということが、子どものPTSD 診断と治療に書かれています。

一般に精神科医療において、薬物治療の効果が不十分なときに、精神科医は薬の増量を行なう。

あるいはほかの薬物を加えてゆく。その結果、多剤、多量処方という状況が生まれていく。(p205)

「発達性トラウマ障害」の人は、たいてい、多重診断を受け、症状も重く、難治性で長年闘病を続けているため、多剤処方を受けたり、複数の医療機関にかかっていたりして、びっくりするような量の薬を服用していることがあります。

しかし、重い症状だから薬を多くするべきである、というのは必ずしも正しくなく、次のような意外な指示が載せられています。

発達障害過敏、トラウマ基盤ともに著効が得られない場合に行うべきは薬剤の減量である。(p205)

そもそも、薬を多くしても効果がなく、治らない、というのは、薬が足りないわけではなく、使い方が間違っている、と考えるほうが自然です。もともとの診断名が間違っていて、効果のない薬を処方しているために、多くしても副作用しか出ないのです。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、同じうつ症状でも、通常のうつ病と、発達性トラウマ障害のうつ症状とでは、薬物治療に対する反応が全然違うことが書かれています。

皮肉にも、虐待されたりネグレクトとれたりしたことのないうつ病患者は、そのような背景を持つ患者よりも、抗うつ薬がはるかによく効くことが研究で示されている (p244)

さらに、トラウマ障害の場合、過敏性があって、薬は意外なほど少量のときによく効いて、量を増やすとかえって効かなくなるという不思議な現象もみられるそうです。その点は、以前の記事で書きました。

 子どものPTSD 診断と治療の中でも、山村淳一先生がこう書いています。

また原則として、思春期症例においても同じ少量処方で十分有効である。

なぜなら、PTSDはうつ病でもてんかんでも統合失調症でもないから、通常の使用量は必要ないのである。

むしろ少量処方では全く不十分という場合、もともとの問題を抱えているか、非常に深刻な喪失などの重度のPTSDに陥っている可能性が高く、一般の内科小児科医では対応が困難で専門の精神科医を受診することが必要である。(p255)

 子どものPTSD 診断と治療のp254-261や、杉山登志郎先生による発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方では、トラウマ障害に効果のみられる処方薬の一覧や解説が載せられています。

また、トラウマ障害は、ADHDととてもよく似ていて、脳の働き方も類似しているという研究について触れましたが、かといって同じような薬を用いてよいとは限らないようです。子どものPTSD 診断と治療にはこう書かれています。

薬物療法を行う際、ADHDに使用される中枢神経薬は時としてトラウマ障害の症状増悪をもたらす可能性も示唆されている。

ドパミンを上昇させるメチルフェニデートではなく、むしろニューロトランスミッターを抑制するクロニジンのほうが望ましいとされている。(p118)

一般に、ADHDにはコンサータ(メチルフェニデート)が用いられることが多いですが、トラウマ障害の場合はむしろ過覚醒の抑制に役立つカタプレス(クロニジン)のほうが望ましいのかもしれません。

しかしながら、ベッセル・ヴァン・デア・コークは、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、さまざまな薬が発達性トラウマ障害の多種多様な症状を和らげることはあるものの、それによって、本当に大事なことが見過ごされかねないと警鐘を鳴らしています。

だが、薬はトラウマを「治す」ことはできない。乱れた生理機能の表れを抑えることができるだけだ。

また、自己調節を可能にする効果が永続するような教訓を与えてはくれない。

感情と行動を制御するのを助けることはできるが、それには常に代償が伴う―なぜなら薬は、関与、モチベーション、痛み、喜びを調節する化学システムを抑え込むことによって作用するからだ。(p368)

薬はあくまで、トラウマ治療の助け、補助として用いた場合にのみ効果が期待できます。あまりに消耗しきって何の気力もなかった人が、薬の助けによって、トラウマ治療に向き合う力を取り戻せる場合があります。

しかし、薬の服用だけで多種多様な症状に対処しようとする考え方は、薬への依存や、副作用、さらには、自分で自分の人生を取り戻していこうとする主体性を奪うという、より大きな問題を引き起こし、人を症状と薬の奴隷にしてしまいます。

私はPTSDのための薬の研究を非常に多く行なったあと、精神科の薬には重大な欠点があることに気づくに至った。

こうした薬は、根底にある肝心な問題への対処から注意を逸らしかねないのだ。

精神的な問題を脳の疾患と捉える脳疾患モデルは、人々の運命の主導権を本人の手から奪い去り、彼らの問題の解決を医師と保険会社に委ねる。(p69)

今日、さまざまな精神疾患が「脳の疾患」とみなされ、ADHDや自閉症のような発達障害は「脳の病気」であり、だれのせいでもない、という考え方が流布しています。

それらの疾患に脳の機能異常が関わっていることは確かですが、ここまで見てきたとおり、脳の機能は、環境や発達によって大きな影響を受けます。脳は壊れたら修復できない精密機械のようなものではなく、働きかけによってさまざまに変化するものです。

「脳の疾患」だから、考え方や気の持ちようで治ったりせず、薬で化学的に対処するしかない、という考え方は、脳、心、身体は互いにつながっていて、わたしたちは自分を変えていくことのできる可塑性を持っているという科学的事実から目を逸らしてしまいます。(p72)

「発達性トラウマ障害」が幼いころの異常な環境に脳が適応して変わってしまった結果であるとするなら、本当の治療法は、薬で補うことではなく、安心できる現在という新しい環境に脳を再び適応させ、変えていくことなのです。

「発達性トラウマ障害」を克服するには?

以上が、「発達性トラウマ障害」(DTD)の10の特徴に関する説明です。

壮絶な内容なので、読んでいるうちに辛くなってしまった人もいるかもしれません。もし自分や家族、あるいは親しい知人が「発達性トラウマ障害」を抱えていることがわかったなら、どのようにして対処していけばよいのでしょうか。

自分の体を取り戻す

ヴァン・デア・コーク博士は、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、トラウマを治療するための方法は3種類ある述べています。

今や私たちは、脳そのものが本来備えている神経可塑性を利用する手法を開発したり体験を考案したりしてサバイバーを助け、彼らが今このときに思う存分生きていると感じ、自分の人生を歩んでいけるようにすることができる。

それには基本的に三つの方法がある。

(1)他者と話し、(再び)つながり、トラウマの記憶を処理しながら、自分に何が起こっているのかを知って理解するというトップダウンの方法。

(2)不適切な警告反応を抑制する薬を服用したり、脳が情報をまとめる方法を変えるような他の技術を利用したりする方法。

(3)トラウマに起因する無力感や憤激、虚脱状態とは相容れないと体の芯から感じられる体験をすることによるボトムアップの方法。

個々のサバイバーにこのうちどれが最適かは、実際にやってみないとわからない。私が治療した人の大半は、一つの方法だけではうまくいかなかった。(p14)

トラウマの治療というと、たいていの人は、(1)のもの、つまりカウンセリングなどの心理療法を思い浮かべるかもしれません。これらは理性を働かせてトラウマ記憶を処理していくという、トップダウンの方法です。

しかし、確かに心理療法は大切ですが、重いトラウマを抱えて生きてきた人は、そもそも、心理療法に取り組むためのエネルギーさえなかったり、物事を落ち着いて考えることがでくなかったり、自分の心身の感覚を認識することさえ難しかったりします。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法には、心理療法の限界について、こう書かれています。

100年以上にわたって、心理学と精神医学の教科書はどれも、悩ましい感情について語る何らかの手法を使えば、そうした感情を解消しうるとしてきた。

ところが、すでに見たように、トラウマ体験そのものが邪魔してそれができない。

…言語に絶する体験をした人にとって、その体験の本質を伝えるのがどれほど困難かを、私は頻繁に痛感する。

彼らにとっては、自分についてなされたことについて話す―被害と復讐の物語を語る―ほうが、自分の内的経験の真のありように気づき、それを感じ、言葉に表すよりも、はるかに楽なのだ。(p86)

トラウマ経験と向き合うことができなかったり、解離されていたりするために語ることができない場合、まずは、自分の体を取り戻し、トラウマと向き合うことのできる状態を整える必要があります。心理療法に取り組む以前の問題なのです。

そのための手段として、(2)の方法、つまり、ある種の薬を使用することで、過覚醒を抑えたり、低覚醒を和らげたりして、トラウマと向き合うエネルギーを確保できる場合があります。

しかし先程考えたとおり、これはあくまでも、心理療法と併用することが前提です。

別の記事で書いたように、たとえば米国では、これまで禁止薬物とされていたエクスタシー(MDMA)の臨床試験が進められていて、MDMAを適切に服用して精神療法のセッションを受けることで、治療できる率が大幅に上昇したと言われていました。

PTSDは「心の傷」ではなく脳の炎症を伴う病気―トラウマ記憶の治療法をめぐる最近の研究
PTSDに脳の炎症が発見され薬物療法の臨床試験が計画されていることなど、最近のPTSDやトラウマ記憶の治療についてのニュースをまとめました。

最後に、心理療法や薬物療法ではどうにもならない問題、つまり身体そのものに染み付いている恐怖や、自律神経の異常、慢性疼痛などの症状に対処するには、(3)のボトムアップの方法が必要です。

これは、ヨーガやマインドフルネス、呼吸法などを通して、まず自分の身体のありのままの感覚を感じ取れるようになる訓練が含まれます。

さまざまな心身の症状の原因は、理性脳と情動脳のバランスが悪くなって、失感情症や失体感症が生じていることが原因でした。心と身体それぞれのメッセージをそのまま感じ取れるようになることが、治療への第一歩です。

こうしたリラックスするための技法や薬物療法は、過覚醒を抑制したり、フラッシュバックを軽減したり、睡眠の質を向上させたりと、症状を軽減する助けになります。

トラウマ記憶を物語へと変える

いずれのアプローチを用いるにしても、最終的にはトラウマそのものと向き合うことが不可欠です。

「発達性トラウマ障害」は愛着障害から始まり、ADHD様症状や解離性障害など、さまざまな症状に発展していく、という成り立ちから明らかな通り、心身両面の問題が複雑に絡み合っている病気です。

たとえば、インシュリンの投与で症状を抑えられる糖尿病のような身体面の問題ではなく、身体面のストレスが精神症状として、心理面でのストレスが身体症状として現れることがあるほど、心身両面がクロスオーバーしています。

そのため「発達性トラウマ障害」の治療には、さまざまな心理療法が用いられ、その中にはポストトラウマティック・プレイセラピー、トラウマフォーカスト認知行動療法、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、自我状態療法などが含まれます。

体の感覚を取り戻すボトムアップの治療も、心の問題に取り組むトップダウンの治療も、両方を組み合わせることで車の両輪のように前進していきます。

こうした療法はいずれも、アプローチはさまざまですが、目標とするものは同じです。いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳にはこう書かれていました。

虐待は起こらないに越したことはないが、一度起きてしまったものをなきものにすることはできない。過去の事実を変えることはできないのだ。

しかし、過去の事実に対する「見方」を変更することは十分可能である。それこそが、トラウマに対する心理療法の目指す最終的な目標である。

…このような解釈の変更を、西澤は「『体験の意味づけ』を変化させる」と表現している。(p111)

心理療法の目的は、どうしても受け入れられなかったトラウマの記憶から目を背けるのをやめ、意図的な解釈を加えることによって、意味づけを変化させることです。

もとをたどれば、トラウマ記憶に対して「闘争か逃走か」「固まりか麻痺か」という生理的反応によって対処して、戦闘モードを保ったり、解離して逃避したりしていたことが、ここに至るまでの問題の発端でした。

当時は無力な子どもにすぎず、圧倒的なトラウマ経験に対して、そのように反応する以外の術を持っていなかったのです。

しかし、成長した今は違います。思考力を働かせて解釈する理性的な能力が成長しているので、たとえ過去と同じ場面に再び直面したとしても、、第三の選択肢を選べるようになっているはずです。

その第三の選択肢は、自分で見つけ出す必要があり、それを選びとることも簡単ではありませんが、それを成し遂げるとき、トラウマ記憶は、もはやトラウマではなく、トラウマを乗り越えた物語へと変化します。

現在という時点から過去を振り返る形での虐待の「再」体験は、ただひたすら逃げたかった記憶を、現在の自分と関係付けてとらえる作業であり、それは記憶の整理へとつながる。

西澤はこの作業を「トラウマ記憶を物語記憶へ変える」と表現している。(p110)

過去のトラウマ記憶は、子どものころの小さな自分には、とても立ち向かえない巨大なモンスターのようなものでした。巨大なモンスターは道を塞いでいて、子どものころのあなたは無力であり、ただそこから逃げるしかありませんでした。

しかし、今、成長した自分の足で、もう一度そこを訪れてみると何がわかるでしょうか。あのときの恐ろしいモンスターの顔が思い浮かんで、手が震え足がすくむかもしれません。それでも、勇気を奮い起こして、もう一度あの場所へと行ってみたら?

あの時から長い月日が経過しました。あなたは背の高さも、思考力も大きく成長しています。そして、あの時の場所に着いたあなたは、恐ろしいモンスターが依然として道を塞いでいることに気づくでしょう。

しかし、恐れずにじっくり相対するとき、意外なことに気づくかもしれません。子どものときには決して見れなかった高さから、子どものときには決して持っていなかった冷静な目で見るとき、思わぬ発見があります。

あれほど巨大に見えていたモンスターが意外に小さいことに気づくかもしれません。あるいは、あの恐ろしげな表情に感じられたモンスターが、実は悲しげな表情をしていたことに気づくかもしれません。そもそも、モンスターではなかったことがわかるかもしれません。

成長したあなたの目で過去のモンスターに相対するとき、子どものころとは違う「意味づけ」や「解釈」が生まれていきます。臨床心理士はその過程をサポートしてくれるでしょう。

そして、あなたはその恐ろしいモンスターを乗り越えて、子どものころには進めなかった、その先にある道、モンスターが塞いでいた道へと進んでいくことができます。もはやトラウマ記憶を抑圧する必要はなくなるのです。

「意識していない幼少期のトラウマ」を探りだすべきか

具体的なトラウマ記憶があり、解離性障害や、PTSDのフラッシュバックなどが生じている場合、トラウマそのものの治療をする必要があるのは確かです。

しかし、発達性トラウマ障害の患者では、解離が働いているために、過去のトラウマ経験を意識の上では忘却して、ただ身体症状や行動にだけ痕跡が現れていることがあります。

さまざまな症状が存在して、子ども時代の劣悪な環境も明らかであるにもかわらず、おおもととなる幼少期のトラウマ記憶が思い当たらない場合、抑圧された衝撃的な体験を探り出さなければならない、と結論すべきでしょうか。

これまでの精神医学では、トラウマの治療法として、トラウマ体験をすべて語り尽くし、それに耐えられるようにする暴露療法が主流でしたが、ヴァン・デア・コーク先生の身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、最近の研究はその効果に否定的です。

1893年のブロイアーとフロイトの主張とは裏腹に、トラウマを、それと結びついた感情のいっさいとともに思い出しても、必ずしもトラウマは解消しないのだ。

…認知行動療法の柱である現代の暴露療法の研究からも、同様のがっかりするような結果が出ている。

この手法で治療を受けた患者の大多数が、治療の終了後3ヶ月の時点で、相変わらず深刻なPTSDの症状を見せるのだ。(p321)

かつての古い医学によるトラウマの治療法は、必ずしも効果があるとは限りません。単にトラウマをただ思い出せばトラウマから解放される、などという甘い話ではないのです。

過去のトラウマ記憶が思い当たらない場合、怪しげな方法に頼って本当かどうかもわからない記憶を掘り出そうとする必要はなく、むしろ「今・ここ」に焦点を合わせたマインドフルネスやヨーガなどで身体と心のつながりの修復に取り組むほうが効果的な場合があります。

マシュマロ・テスト:成功する子・しない子の中では、「本人が意識していない幼少期のトラウマ」を長期間の分析で明らかにしなければならない、といった考えは古い医学モデルであり、トリガーとなる刺激とそれに反応してしまう行動の結びつきを修正する「直接的な行動修正」のほうが役立つ場合もあると書かれています。(p233)

あるいは、解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、『トラウマ記憶が多くは「扱われ」ずにいてもいい、あるいは場合によっては「扱われ」るべきではない』という根拠が説明されています。(p132)

トラウマ記憶は取り扱い注意であり、入院環境下など安全に十分配慮できる状況が整っているなら処理することもできますが、そうでない場合はリスクを冒してまで掘り起こす必要はなく、むしろ日常生活の安定に努めることのほうがよいとされています。

発達性トラウマ障害において、解離された過去のトラウマ記憶が、身体症状や行動に現れている、という考えについては、ヴァン・デア・コーク先生の身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法に関するこちらの記事で扱っています。

身体に刻まれた「発達性トラウマ」―幾多の診断名に覆い隠された真実を暴く
世界的なトラウマ研究の第一人者ベッセル・ヴァン・デア・コークによる「身体はトラウマを記録する」から、著者の人柄にも思いを馳せつつ、いかにして「発達性トラウマ」が発見されたのかという

心的外傷後成長(PTG)

たとえ心理的なトラウマ記憶の抑圧を解決できたとしても、それですべての症状がなくなるわけではありません。

子どものころから、「闘争か逃走か」に徹した結果、身について体質となってしまった過覚醒をはじめ、さまざまな脳の発達異常からくる問題は消えないかもしれません。

適切な薬物療法や、心理療法による見方の変化は、症状を和らげてはくれますが、根本の問題は、もはや取り返しがつかず、対処してつきあっていくしかないかもしれません。

それでも、過去と向き合い、それを乗り越えていくことには大きな意味があります。

以前取り上げた概念の中に、心的外傷後成長(ポストトラウマティック・グロース:PTG)というものがありました。逆境を乗り越えて、傷だらけになりながらも、より人間的に成熟して、芯の強い魅力的な存在へと成長する人たちを指す言葉です。

心的外傷後成長(PTG)とは―逆境で人間的に深みを増す人たちの5つの特徴
トラウマ経験をきっかけに人間として成長する人たちは、「心的外傷後成長」(PTG)という概念として知られています。PTGはどのような状況で生じるのか、心的外傷後ストレス障害(PTSD

PTGを経験する人の中には、子ども虐待を含め、大災害や戦争体験、強制収容所や拷問など、想像を絶するような逆境をくぐり抜けた人もいます。

そうした人たちは、トラウマとなるような経験によって、確かにPTSDに苦しめられます。しかし、PTSDによる侵入的な思考、フラッシュバックのような苦痛に対し、意図的な思考によって対抗し、PTSDをPTGで抑えこんでいくのです。

PTGが生じる過程に必須のものとされる、侵入的な思考を意図的な思考で抑えこむ、というプロセスは、先ほど心理療法の目的として考えたトラウマ記憶を新しい見方で意図的に解釈して、物語記憶に作り変えていくことと同じです。

自分ではコントロールできないトラウマ記憶の脅威あるいはフラッシュバックとして現れる消極的な感情を、ひたすら解釈して意味づけし、修正していくのです。

興味深いことに、いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によると、虐待の被害者の脳画像を研究したところ、脳の左半球の発達が遅れていることがわかったそうです。

一連の結果は、“虐待と左右半球の発達の間に関係がある”というTeicherの仮説を裏付けていた。大脳の左半球は言語を理解したり表現するのに使われる。

一方、右半球は空間情報の処理や情動、とくに否定的な情動の処理や表現を主にしている。虐待を受けた子どもたちは、そのつらい思い出を右半球に記憶しており、それを思い出すことで右半球を活性化しているのではないかとTeicherは考えた。

…興味深いことに小児期に虐待を受けた経験のある人たちは、中立記憶を考えているときには圧倒的に左半球を使っており、つらくていやな記憶を思い出すときには、右半球を使っていた。(p64)

一般に、脳は左半球と右半球が協同して働いていますが、特に言語や意味の能力は左半球にほぼ特化していることが知られています。

トラウマ記憶を思い出すときには右半球を使っている、ということから、トラウマ記憶は左半球による意味づけや解釈ができていない、未処理の記憶であるとみなせるかもしれません。

重度のトラウマ記憶を抱える人は、左半球の発達が遅れているようなので、体験を言語化して解釈したり意味づけしたりするのが苦手な傾向があります。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ヴァン・デア・コークも、同様の点をこう指摘しています。

私たちのスキャン画像は、過去のトラウマが脳の右半球を活性化させ、左半球を不活発にさせることをはっきり示していた。

…左半球を不活発にさせると、経験を論理的な順序にまとめたり、刻々と変わる感情や知覚を言葉に表したりする能力に、たちまち支障が出る(フラッシュバックの間、機能を停止するブローカ野は、左側にある)。

物事を順序立てられなければ、因果関係を突き止めたり、自分の行動の長期的影響を把握したり、未来のための首尾一貫した計画を立案したりできない。(p81-83)

左半球が働かないということは、トラウマ記憶の檻に閉じ込められてしまうことを意味しています。

未来を思い描き、過去を過去として解釈する機能が働かないために、凍てついた時の牢獄から抜け出すことができず、過ぎ去った苦しみの日の経験を、あたかも今まさに起こっていることであるかのように感じるフラッシュバックが生じます。

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、アラン・ショア博士の説明では、右半球の優位性は、左半球の機能不全というよりも、子どものころから右脳が異常な働きをみせていることの結果であり、原因は幼いころの愛着障害にあるとも言われています。

逆に愛着の失敗やトラウマ等で同調不全が生じた場合は、それが解離の病理にもつながっていく。つまりトラウマや解離反応において生じているのは、一種の右脳の機能不全というわけである。

ショアがこれを強調するのには、それなりの根拠がある。というのも人間の発達段階において、特に生後の1年でまず機能を発揮し始めるのは右脳だからだ。

…赤ん坊は何も記憶ができない状態でも、すでに生理学的な存在として、その脳はさまざまなストレスに対する対応のパターンを形成していく。

そしてそれは右脳を主座として生じる。そこで誤ったパターンが形成された場合は、その後の人生で大きな影響を被ることになる。(p19)

わたしたちが生まれる前、子宮の中で先に発達するのは右半球で、生まれて言葉を話し始めた後になって、左半球が遅れて発達していきます。

最初のほうで、生後半年から3歳ごろの幼少期の愛着障害が、発達性トラウマ障害の土台になる、ということを述べましたが、その理由がここにあります。

つまり、生まれてすぐの幼児期に受けた愛着トラウマは、すでに存在している右半球の無意識の記憶として刻み込まれるとともに、遅れて成長する左半球の発達に影響を及ぼすのです、

また、さらに別の観点からいえば、これは左右の脳の連携が不十分な結果生じると考えることもできます。

先ほどの、いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳の研究では、健康な人は、左右両方の半球を使って記憶を想起するのに対し、トラウマ障害の人は中立記憶は左半球、いやな記憶は右半球を主に用いていることがわかったそうです。

つまり、思い出す記憶の種類によって、左半球あるいは右半球ばかり使うという偏りがみられ、左右の脳をつなぐ脳梁の働きに問題があるせいで左右の半球の活動を連携することが難しいのではないか、とも推測されていました。

それで、PTSDをPTGに変えていくのは、今までただ右半球で再生していた未加工の記憶に、脳の左半球による解釈や意味づけを加えるよう訓練し、脳の左右の活動を統合し連携することで、記憶を自分なりに作り変えていく過程といえるでしょう。

心理療法は左半球を活性化させる

興味深いことに、脳の右半球の活動がネガテイブな感情と、左半球の活動がポジティブな感情と関わっているという点は、別の研究によっても実証されています。

脳科学者エレーヌ・フォックスによる脳科学は人格を変えられるか?によると、脳に電極をとりつけてシナプスの活動をはかる実験で、次のようなことがわかっているそうです。

安静にした状態でも、楽観的な人の脳の左半分は右半分よりもかなり活発にはたらいているが、悲観的な人の脳の左半分の活動度は楽観的な人に比べてずっと低いのだ。

…また、脳の左側への偏りが大きい人は、右側への偏りが大きい人に比べ、おしなべて幸福度や楽観性が高いこともあきらかになっている。(p78)

この実験が明らかにしているのは、楽観的な人の脳の活動は左半球に偏っていて、悲観的な人の脳の活動は右半球に偏っている、ということです。

ここまで考えたような、左半球の発達の遅れや、右半球に刻まれた愛着トラウマの活性化などが関係しているのかもしれませんし、もっと様々なメカニズムが絡み合っているのかもしれません。

では、このような脳の活動の偏りを修正して、悲観的で憂うつな気分に悩んでいる人が、楽観的になることは可能なのでしょうか。

エレーヌ・フォックスは、物事の見方を変化させる認知バイアス修正トレーニングの結果についてこう説明しています。

ポジティブな方向に認知バイアスを修正された被験者の場合、脳内活動は左寄りに変化しており、ネガティブな方向に修正された被験者は皮質上の活動が脳の右側に大きく振れるという結果が出た。(p267)

認知バイアス修正トレーニングは、意図的に視線をポジティブな写真に誘導するものですが、この結果、脳の活動の偏りが修正されることがわかりました。

効果を持続させるにはくり返しトレーニングが必要かもしれませんが、脳の左半球を活性化させ、脳の傾向を変化させることは可能だということがわかります。

また、近年、Googleなどの会社が取り入れていることで話題になっていて、先日の友田先生の研究が一部紹介されたNHKスペシャル「キラーストレス」でも取り上げられていたマインドフルネス療法も、脳の活動への効果がみられたそうです。

標準的な八週間のプログラム終了後に測定を行うと、マインドフルネス法の瞑想を実践した被験者には、脳の活動にも免疫機能にもプラスの変化が認められた。

脳の活動の左右の偏りについては、頭につけられたすべての電極にではないが、すくなくともいくつかの電極に、右から左への活動の移行が見てとれた。(p276)

最近のニュースでも、トラウマ由来の慢性疼痛にマインドフルネスが効果的であることが報道されていました。

その痛み、「考え方」変え改善 検査では異常なし…でも消えない:朝日新聞デジタル はてなブックマーク - その痛み、「考え方」変え改善 検査では異常なし…でも消えない:朝日新聞デジタル

九州大の細井昌子講師(心療内科)によると、重い慢性疼痛の人では両親の不仲やいじめなど、つらい過去を抱えていることが少なくなく、「一般的な認知行動療法では効果が出にくいことがある」という。

 そんな人たちへの治療の一つとして、細井さんらは瞑想(めいそう)の手法を骨格とした「マインドフルネス」を導入している。仰向けの状態で、つま先から頭の先まで意識を向けていく、といった内容だ。新世代の認知行動療法とも呼ばれ、効果を示す研究も出てきた。

すでに触れたとおり、ヴァン・デア・コークもマインドフルネスやニューロフィードバックがトラウマ治療に効果を示すことを述べていました。

こうした結果を見ると、さまざまな心理療法は、単に心の傷を癒やすようなものではなく、脳のバランスのとれた活動を刺激して、PTSDやトラウマ記憶を克服するよう働きかける訓練になるものだと考えられます。

成長し衰退する脳 (社会脳シリーズ)には虐待された子どもの心のケアについて、こう書かれていました。

彼らへの愛着の形成とその援助やフラッシュバックへの対応とコントロール、解離に対する心理的治療などが必要となってくる。

そうすれば、左右両半球の統合もうまくいき、子どもは攻撃的にならずに情緒的に安定していき、他人に同情・共感する社会的な能力も備わった大人になるだろう。(p241-242)

トラウマ記憶の侵入的な思考に対し、意図的な思考を働かせて見方を変えたり、新たな解釈を加えたりすることで、脳の働きの傾向を変えていくことができるのです。

芸術の創造性がもたらすもの

最後に、しばしばトラウマに対する心理療法のひとつとして取り入れられることもある芸術について考えましょう。

芸術は不思議とトラウマとの関わりが強い分野です。絵画療法や音楽療法としてセラピーに用いられるだけでなく、子ども時代にトラウマ経験した人が、本格的なアーティストとして才能を開花させることもあります。

文学や芸術を創造する「愛着障害 子ども時代を引きずる人々」
辛い子ども時代を過ごした人の中に、文芸や芸術などの分野で、豊かな想像力を発揮する人が意外なほど多いといいます。「愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)」という本に基づい

子どものPTSD 診断と治療にもこう書かれています。

有名なアーティストや文学者などを見てみると、そういう人たちの多くが、自分の傷つきをクリエイティブなかたちで発信していることがよくわかります。

子どもがトラウマティックな経験をすると、一生癒えない傷を負ったことになるのではないか、その子はちゃんと育たないのではないかと大人は心配してしまいますが、トラウマにはポジティブな側面もあるし、トラウマをいかすこともできるという視点が重要です。(p68)

先ほど、トラウマに対する心理療法は、単に心の傷を癒やすだけでなく、脳の働きをさえ変化させる可能性がある、ということを考えましたが、芸術にもそのような力があるのでしょうか。

確かなことは言えませんが、芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察という本に、その可能性を示唆する興味深い情報がありました。

この本では、特異な能力を示す自閉症・サヴァン症候群の芸術家の能力の秘密を分析しています。

サヴァン症候群の画家は、見たものを正確に記憶し、写真のような絵を描くことができますが、オリジナリティのある表現はほとんどできません。

その理由は、おそらく、サヴァン症候群の画家が脳の左半球の働きに問題を抱えているからではないかと推測されています。

彼らの脳では、右半球の働きによって見たもののありのままの映像を記憶している一方、左半球に存在する解釈や意味づけを行う「意味システム」が機能していないので、見たとおりには描けても自分なりの解釈を加えることはできないというわけです。(p97-98)

これは先ほど考えた、トラウマ障害の人の脳の状態とよく似ています。右半球によって、生々しいトラウマ記憶を保持していますが、左半球の働きが弱いため、それを解釈することができません。

心理療法では、その解釈や意味づけを助けるために左半球の意図的な思考を強化して、脳の左右の統合を促していたわけですが、同じことが、意味づけや解釈を含めたオリジナリティのある芸術的創作によっても生じるのではないでしょうか。

芸術は、単に心の中にものをそのまま吐き出すわけではなく、形にならないものを自分なりに解釈し、意味づけして、紙の上に形を整えていくことで作品を生み出すプロセスです。

この本では、芸術家の創造性は、一般に思われているのとは逆に、脳の左半球に依存していると言われていて、創造的な芸術を楽しむことは、左半球の活性化につながる可能性があります。

このように考えてくると、こうした非典型的な芸術家の作品から、健常者の左半球は既存の概念を再構成する能力が高く、右半球よりも独創性と革新を生み出す力が強いといえるのである。(p257)

もちろん、芸術の創造性は、左半球のみ、あるいは右半球のみを用いるものではなく、脳全体が協同して初めて生じるものだとされています。こうした脳全体を用いて解釈する作業こそ、トラウマ障害の人の脳活動に欠けているものでした。

だからこそ、辛いトラウマ経験を抱えた人の中には、一種の自己投薬のようにして芸術に打ち込み、アーティストとしての創造性を開花させる人が大勢いるのでしょう。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ヴァン・デア・コークは、芸術療法は「恐れに口が利けなくなった状態でも行なえる」という特徴に触れています。つまり、言葉にできない感情をさえ、表出できるということです。(p398)

芸術に打ち込むことは、心理療法ほど直接問題と向かい合うわけではないかもしれませんが、創作を通して気づきを得て、自分の過去を解釈し、意味づけし、新しい作品へと作りなおしていくことにつながるのです。

まさに、「トラウマ記憶を物語記憶に変える」心理療法の目的と同じ結果をもたらしているのではないでしょうか。芸術は「トラウマ記憶を作品に変える」のです。

傷だらけになりながらも前に進むなら

この記事では「発達性トラウマ障害」がいかに深刻で破滅的なものかを具体的に考えてきました。さまざまな病名で多重診断され、難治性で深刻な症状の原因は、トラウマによる脳そのものの発達異常にありました。

脳に刻み込まれた傷そのものを癒やすことはもはや不可能かもしれません。過去に経験したトラウマという事実を変えることができないように、刻み込まれた傷跡そのものを消し去ることは困難でしょう。

しかし傷跡を消し去れず、PTSDのような記憶に苦しめられるとしても、打つ手がないわけではない、ということを最後に考えました。トップダウンの方法やボトムアップの方法を駆使することで脳の傾向を変化させ、傷跡を覆うことができるのです。

ヴァン・デア・コークが身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法で提案されていることの中には、ヨーガ、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)、演劇、脳波をコントロールする訓練を積むニューロフィードバック、内的家族システム療法(自我状態療法)、PBSP(ペッソ・ボイデン・システム精神運動療法)など多岐にわたる治療法が含まれています。

残念ながら、現状、日本ではこれらすべてを利用することはできませんが、発達性トラウマ障害の治療に関心のある人は、ぜひこの分厚いながらも示唆に富む、この本を読んで理解を深めることをお勧めします。

一部の治療法についてはこちらの記事でも取り上げています。

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子ども時代の慢性的なトラウマが、統合失調症や双極性障害と見分けにくい様々な問題をもたらすことや、その治療法としてトラウマフォーカスト認知行動療法、自我状態療法などが注目されている点
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もちろん、PTSDを抑えこみ、心的外傷後成長(PTG)で上書きしていく道のりは決してたやすくありません。

PTG 心的外傷後成長―トラウマを超えてによると、トラウマ記憶は一度限り乗り越えればよいものではなく、PTSDとPTGのせめぎあいは生きている限りずっと続くとも言われています。

もがき苦しみながら、行きつもどりつし、揺れ動きながら、PTSDとPTGが併存するような形で進んでいくことも多い。(pii)

トラウマを抱えた人の生きざまは「サバイバー」と表現されますが、それも不思議ではありません。その人たちにとっては、一刻一刻がサバイバルであり、一日一日を生き抜くことが闘いなのです。

しかしそれでも、トラウマ記憶を乗り越え、傷だらけになりながらも前へ進んでいくことには価値があります。結びにひとつの物語を紹介して締めくくることにしましょう。

日本臨牀 2007年 06月号 では、歴史上最も古い慢性疲労症候群(CFS)と思われる病態と、それに用いられた薬についての記述が紹介されています。

そうしたなかで、‘英国のヒポクラテス’といわれたThomas Sydenham(1624-89)は、後世の英国で好んで用いられるようになったMEと考えられる病態について記載している。

彼は元来治療を重視した臨床医であったから、この病気の疼痛にBalm of Gilead(パレスチナ地方でとれるバルサム)を用いた記録が残っている。(p976-977)

この記録の上で最も古い慢性疲労症候群の症例に、名医トーマス・シデナムが処方したのは、当時の社会で重宝されていた、パレスチナのギレアデ地方のバルサムという樹脂でした。

この樹脂は、じつは傷ついた樹木からとれるもので、樹木が傷だらけになった幹を癒やそうとして分泌したものだったのです。それは本来樹木が自分のために作り出したものでしたが、強力な治療効果と芳しい香りを持つことから、多くの人に重宝されました。

「発達性トラウマ障害」によって傷だらけになった人が、自分を癒やすために取り組む不屈の努力もこれと似ています。それは元は自分の苦しみを癒やすための苦闘かもしれません。

しかし悲痛なトラウマを乗り越えようと不屈の努力を傾けるサバイバーの姿は、ほかのサバイバーたちを勇気づけます。トラウマとの葛藤の中で生み出された芸術は、今なお打ちひしがれる他のサバイバーたちを癒やし、力を与えます。

そしてPTSDに屈することなく、心的外傷後成長(PTG)を目指して決してあきらめない人の生きざまは、香り高い樹脂にもまして、逆境のもとで苦闘する多く人たちから重宝されます。トラウマの影響は次の世代に連鎖するどころか逆転することも可能なのです。

「発達性トラウマ障害」という極めて困難な逆境のもとで、日々苦闘を続けている人たちとその家族や友人の方たちに、この記事や、この記事で紹介した数々の資料が役に立つことを願ってやみません。

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ADHD(注意欠如多動症) / ASD(自閉スペクトラム症) / PTSD / 境界性パーソナリティ障害 / 愛着障害 / 慢性疲労症候群 / 解離性障害