子ども時代の慢性的なトラウマ経験がもたらす5つの後遺症と5つの治療法


サクラの生育歴は、子ども虐待の臨床に従事した経験がある者なら、これだけで直ちに性的虐待の既往と重度の解離性障害を強く疑う所見に満ちている。

今日、このような症例が子どもも大人も「統合失調症」「双極性障害」「境界性人格障害」などと誤診をされ、延々と精神科の治療を受けているという場面にしばしば出会う。(p124)

しい気分の浮き沈みや慢性的なうつ状態、幻覚、対人関係の不安定さや依存症。

こうした症状は、精神科では、双極性障害や統合失調症、パーソナリティ障害と診断され、大量の薬物治療につながることがしばしばです。

しかし、何度薬を変えても、いくら薬の量を増やしてもよくならず、むしろ悪くなるばかりで、より悲惨な状態になってしまうことがあります。

近年の研究では、こうしたケースは、一見、統合失調症や双極性障害のような有名な精神疾患に思えるかもしれませんが、実際には似て非なるもの、つまり発達障害やトラウマと関係していると考えられるようになっています。

発達障害はなぜトラウマを抱えやすいのか、双極性障害や統合失調症と間違われやすいどんな5つの後遺症が生じるか、どんな5つの治療法が役立つか、という点を、講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)という本を参考にまとめてみました。

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これはどんな本? 

講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)は、虐待など、子ども時代の慢性的なトラウマ経験を抱えた子どもたちを治療してきた専門家10人による、トラウマの影響や治療についての解説書です。

まだあまり馴染みのない、アタッチメント障害や解離性障害の病態や、その精神療法について、具体的に書かれています。

発達障害はトラウマにつながりやすい

子ども時代に慢性的なトラウマを抱えるきっかけは人それぞれであり、どんな子どもでもリスクはあります。しかし特にトラウマを抱えやすいのは発達障害の子どもたちだと言われています。

発達障害の子どもがトラウマを抱えやすいのはどうしてでしょうか。

子もに発達障害があり、しかも親がそれに気づいていないとき、子どもは「手のかかる子」とみなされる場合が少なくありません。

親にとって育てにくいだけでなく、親族や教育者から、しつけがなっていないと批判されると、家庭内で、厳しい言葉や体罰が飛び交うようになってしまう場合があります。極端な場合は、それがエスカレートして虐待の域になってしまうこともあるでしょう。

虐待された子どもの統計によると、その3割近くが発達障害の自閉スペクトラム症(ASD)を持っています。これは、ASDが虐待を引き起こすリスク要因になりやすいことを示しています。

実に3割近くの被虐待児がASDを基盤にしている。これらの子どものうち9割までが知的な障害を伴わない高機能群であった。(p10)

ASDは、ほとんど言葉でコミュニケーションができない自閉症から、知的能力が高く、コミュニケーションの問題も軽いものまで様々です。後者は、以前、高機能自閉症アスペルガー症候群と呼ばれていたグループです。

虐待につながるリスクが高いのは、意外にも、この高機能なタイプのほうだと言われています、なぜなら、一見ほかの子と変わらないので、発達障害だとわかりにくく、しつけの問題などと誤解されやすいからです。

ASDの子どもは、知覚過敏性があるため、特定の音や身体のふれあいを嫌がったりして、手のかかる子、育てにくい子、わがままな子とみなされがちです。

また他の人の感情を理解したり、共感したりするのが苦手なため、ごく当たり前と思われることがわからなかったり、できなかったりします。

学校でもいじめの対象になりやすく、生活のさまざまな場でトラウマを抱え込む危険があります。

さらに、親もまたASDだったり、ASDだと親子の絆の愛着(アタッチメント)の形成が遅れたりすることも、リスクを増す一因となっています。

またもう一つの発達障害であるADHDの場合も、落ち着きがなくじっとしていられない、集中できない、自制心がないといった傾向から同様の問題につながりがちです。

ADHDの場合、ADHDの問題行動の結果として厳しく扱われることもあれば、逆に虐待の結果として多動になることもあり、両者が複雑にからみあっていることもあります。

虐待を受けた子どもも多動性行動障害を示すことが多く、虐待による多動なのか、もともとのADHDなのかという鑑別は非常に困難で、両者がかけ算になっていると考えられるケースも多い。(p11)

また、ASDとADHDを両方持っている子ども(たとえばASDの積極奇異タイプ)もいて、その場合はコミュニケーション障害がある上に多動なので、対人関係のトラブルが絶えません。

さまざまな形のトラウマ経験がある

また、トラウマ経験というのは、児童虐待や機能不全家庭における対人間の問題だけではありません。

幼少期のトラウマ経験の本質は、安心していられる場所の喪失を経験すること、自分の存在は望まれていないというメッセージを感じ取ること、また、どこにも逃げ場がない状況で、繰り返し辛い仕打ちを受けることなどです。

そうした状況は、虐待のようなセンセーショナルな体験以外でも生じえます。たとえば、以下のような場面は、いずれも子どもが慢性的な強い苦悩を感じ取る可能性があるものです。

■きょうだいの誰かが病気になって家族がそちらにかかりっきりになってしまうこと
■特殊な病気や障害のため、頻繁に入院したり苦痛の伴う手術を受けたりすること
■大きな事故に巻き込まれ、拘束された状態で移送、手術を受けること
■両親の不仲やステップファミリーにより、家庭内に居場所がなくなること
■親がアルコール依存症や精神疾患などを抱えていて、家庭内が緊張していること

こうした体験は、大人からすれば、もっともな理由があることだったとしても、子どもからすれば、理不尽な環境であることに変わりありません。

たとえば、本当は命を救うために体を拘束されて痛みの伴う手術を受けさせられたのだとしても、子どもからすれば、理由もわからず無理やり辛い目に合わされるという、虐待にも似た辛い経験に思えるかもしれません。

身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアにはこうあります。

整形外科治療の多くは、恐ろしい事故の後、拘束されたままストレスを伴う救急車での移動に耐え、非人間的な救急救命室に運ばれた後に行われる。

さらにこうした患者の多くは、しばしば興奮状態の中で緊急手術を受ける。

…「軽い」整形外科手術を受けた子どもについての最近の研究を引用すると次の通りである。

「(研究対象となったすべての子どものうち33%以上で)高レベルのPTSDの症状が、小児の整形外科外傷の回復期に共通して見られた。

これは外傷が比較的軽度の患者にも見られた。外傷の後、入院した子どもたちはこのような外傷を発症するリスクが高い」(p78)

自分ではどうすることもできない状況で、どこらも居場所がないのに、逃げ出すことができない。そんな経験は「逃避不能ショック」と呼ばれていて、子どもの心身に簡単には消えない痕跡を残す場合があります。

子ども時代の辛い経験がもたらす5つの後遺症

残念ながら、小さな頃にトラウマ体験を抱えてしまった場合、どんな症状が現われるのでしょうか。ここでは特に5つの点を考えてみたいと思います。

1.アタッチメント障害(愛着障害)

子ども時代の辛い体験が一番最初に引き起こす問題、それは「アタッチメント障害」です。アタッチメントとは「愛着」を意味する言葉です。(p24)

愛着、すなわち子どもと親の絆が正しく育まれれば、子どもはいつでも温かい親のイメージを思い浮かべられるようになり、自尊心や感情のコントール、対人関係のコミュニケーションなどの点で安定した成長を遂げます。

しかし不安定な愛情や歪んだ愛情を注がれると、子どもは支え保護してくれる親のイメージを感じられず、いつも不安を抱え、他人を警戒し、心身のさまざまな不安定さを示すようになります。これが「アタッチメント障害」です。

特に、愛着が育まれる感受性期は生後半年から一歳半ないしは三歳ごろまでとされていて、その限られた期間にどのような養育を受けたかが、その後の人生に大きく影響してくると言われています。

こうした幼い時期の養育環境の混乱は、記憶の上には残っていないかもしれませんが、その後の人間関係や思考の型に大きな影響を及ぼすため、解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合によると、近年では「愛着トラウマ」と呼ばれているそうです。(p15,16)

講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)によると、アタッチメント(愛着)がどの程度しっかり機能しているかは、ボリス(Boris)とジーナ(Zeanah)は5つの段階に分類しています。(解説は要約しています)(p30,180)

アタッチメントの適応レベル

レベル1【安定型】親との健全な絆を育んだ子ども
レベル2【不安定型】親に対してよそよそしい(回避型)、あるいは依存的(抵抗・両価型)
レベル3【不安定型】親に対しての態度が一貫性がなく混乱している(無秩序型)
レベル4【安全基地の歪み】親を突然失った状態。極度に不安定
レベル5【反応性愛着障害】虐待・ネグレクトによる重篤な心身の障害

愛着の不安定さは、過度の警戒や交感神経の緊張を引き起こすため、身体的には眠りが妨げられたり、多動になったりして、すでに述べたように、ADHDと区別しにくくなります。

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また心理的には、親との安定した絆が育めなかったため、他の人との安定したコミュニケーションが苦手で、自尊心がなく、慢性的な不安やうつが生じます。

気分の浮き沈みも伴い、双極性障害と間違われることもあります。

2.反抗挑戦性障害と行為障害

子ども時代の辛い経験は、アタッチメント障害による対人関係の不安定の結果、大人にわざと逆らったり、周囲をわざといらただせたりする行動を繰り返す反抗的な態度につながる場合があります。

そのように権威に反抗し、トラブルを繰り返す状態は反抗挑戦性障害と呼ばれます。

また年齢が上がると、高確率で非行を繰り返す行為障害にもつながります。

反抗挑戦性障害と行為障害は虐待児の46%にも上ると言われています。(p17)

3.解離性障害

子ども時代のトラウマは、幻聴など統合失調症に似た症状を引き起こすことがあり、これは解離性障害として知られています。

解離とは、耐えがたい苦痛のもとで心を切り離す働きのことです。意識を切り離したり、記憶を切り離して封印したりします。

“解離”とは、心身の統一がバラバラになる現象である。

非常に苦痛を伴う体験をしたとき、心のサーキットブレーカーが落ちてしまうかのように、意識を身体から切り離す安全装置が働くことがもともとの基盤になっている。(p15)

たとえば、厳しく怒られているとき、意識が離れて、天井から、まるで傍観者のように自分を眺めていた、という体外離脱体験が生じることがあります。意識を体から切り離して苦痛を遠ざけているのです。

また辛い記憶が失われて封印されると、健忘が生じたり、それがフラッシュバックの形で突然再生される幻聴などの幻覚が生じたりします。

さらには人格を切り離して多重人格になることもあります。突然キレる現象や、キレたときの記憶が飛んでしまう状態は、多重人格としての人格交代が生じていると考えられます。

こうした状態は、表面的な症状だけみると、統合失調症と誤診されがちですが、実際には異なる原因によるものであり、治療法も違うので注意が必要です。

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4.複雑性PTSD

子ども時代に慢性的に辛い状況に置かれると、トラウマの後遺症として、心的外傷後ストレス障害(PTSD)にも悩まされます。しかもそれは単なるPTSDではなく複雑性PTSDです。

ここで言うトラウマは、犯罪被害や震災被害のような一回だけのトラウマではなく、反復してトラウマに曝されるという複雑性トラウマである。

トラウマを心の骨折にたとえることがある。その言い方を用いれば、心の複雑骨折である。(p12)

PTSDでは、トラウマの影響で、過覚醒や頻脈など生理的な不安定さが生じます。またフラッシュバックが絶えず生じ、トラウマを思い出させる場所や状況を避けるようになります。

アタッチメント障害や解離性障害、PTSDは互いに重なり合う部分がありますが、PTSDは現在トラウマにさらされている状態ではなく、安全な環境に移されてから生じるという特徴があります。あとになって苦しむのです。(p16)

5.脳の変化

ここまで考えてきたアタッチメント障害、反抗挑戦性障害、解離性障害、複雑性PTSDは、単なる傷ついた心の問題なのでしょぅか。

決してそうではありません。近年の画像によって脳を調べる研究では、性的虐待や暴言、厳格な体罰、DVの目撃などよって、脳の容積が変化することがわかっています。

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たとえば性的虐待の被害者の大学生は、健康な人に比べて左の視覚野が8%、右の視覚野が5%も減少していました。(p42)

小児期に激しい虐待を受けると、脳の一部がうまく発達できなくなってしまう。

そうして脳に傷を負ってしまった子どもたちは、成人になってからも精神的なトラブルで悲惨な人生を背負うことになる。(p42)

ここまで挙げたさまざまな後遺症は、別個に生じるものではなく、一人の子どもに連続して生じます。

たとえば、子どものころはアタッチメント障害と診断されたのが、学童期には反抗挑戦性障害、青年期には解離性障害や複雑性PTSD、そしてうつ病や薬物依存などに発展することがあります。

一人の子どもの診断名が、あたかも出世魚のように成長とともに変わっていくことは、正式には「異型連続性」と呼ばれます。

これは脳にダメージが蓄積していくことで、発達がさまたげられ、成長とともに様々な問題が生じる結果です。

このように、子ども時代の慢性的なトラウマ経験は一般的な発達障害以上に脳の発達に甚大な影響を及ぼすことから、杉山登志郎先生によって「第四の発達障害」とも呼ばれています。(p18)

近年では、ここまで考えてきた5つの後遺症はすべて、子ども虐待研究の権威である、ヴァン・デァ・コーク先生が提唱した「発達性トラウマ障害」(DTD)という概念のもとに整理されつつあるようです。

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子ども時代のトラウマを治療するには

子ども時代の慢性的なトラウマ経験による後遺症は、脳に器質的な変化をもたらすほど重大なものなので、治療には困難を極めます。

短い期間で克服できるようなものではなく、長い期間をかけて、多くの人との関わりによって、少しずつ回復していく以外に方法はありません。

子ども時代に刻まれたトラウマ経験の治療は戦争からの復興のようなものであり、生々しい爪あとを完全に除き去ることはできません。しかしその経験を受け入れて未来へと進んでいくことは、困難とはいえ不可能ではありません。

治療にはさまざまな方法が用いられますが、ここではそのうち5つを簡単にまとめてみました。

1.発達障害のペアレントトレーニング(PT)

まず最初に、家庭内の現在進行形のトラウマを防ぐ方法として、親が発達障害について学び、子どもの特性に配慮した接し方を知るペアレントトレーニング(PT)が重要だと言われています。(p77)

ペアレントトレーニングは応用行動分析学(ABA)の手法を取り入れた環境と個人の相互作用を重視した行動療法だとされています。

ASDやADHDなどの発達障害は、遺伝的要素が大きい先天的な脳機能の問題であり、しつけの問題ではありません。

しつけだと思って、厳しく叱りつけたり、体罰を与えたりしても、生まれつきの脳の機能に偏りがあるのであれば、子どもはなかなか親の言う通りにできません。そうするとさらにしつけが厳しくなり、虐待の域にエスカレートすることもあります。

さらに、同じ問題行動でも、ASDが原因の場合と、ADHDが原因の場合では対処法が異なるという点にも注意が必要です。

たとえばADHDの子どもは冷静になればわかるのに、つい衝動的に不適切な行動をしてしまいます。対するASDでは、そもそも社会的な場面でどう行動すればよいのか対処法を思いつくことが困難です。

ADHDの子どもに適した方法が、ASDの子どもではまったく逆の結果をまねくこともあるため、専門家の指示をあおぎ、子どものタイプを見極めることは大切です。

また、ASDやADHDの子どもは、親子の愛着(アタッチメント)の絆を築くのが難しい場合もあるので、親が言葉や行動で愛情をしっかり伝えられるよう、子どもへの接し方を見なおす必要があります。

子どもが発達障害の場合、親も同様の特徴を抱えていることもあるので、発達障害について理解するペアレントトレーニングは、親自身のためにもなります。

興味深いことに、愛着障害による境界性パーソナリティ障害について解説した(086)絆の病: 境界性パーソナリティ障害の克服 (ポプラ新書)という本の中で、岡田尊司先生は、こんなことを述べていました。

岡田 実はね、本人を直接診るのと、家族だけを診るのとで、治療成績をくらべると、ほとんど変わらない。

むしろ家族だけを診たほうが、うまくいく場合すらあるんですね。(p84)

いままで心の病気というと、何かその人の問題ってとらえられていたんですけど、「絆の病」ということでいうとね、それはその人個人の問題というよりも、つながり方の問題なんですね。

つながりですから、その人だけを切り離して、いくら治療しても、薬を飲んでもらっても、何も変わらないということになりかねない。

それこそ病人の役割をひとりに背負わせることになってしまう。(p85)

この説明からしても、「絆の病」である愛着障害、およびそこから派生したさまざまな問題を治療するとき、親や家族の側の問題が反映され、凝縮されて患者当人に現れている可能性を考慮する必要があるかもしれません。

2.「自分の物語」を作るTF-CBT

すでにトラウマ記憶が存在していて、さまざまな症状が現れている場合、アメリカで主流な治療法とされているのは、トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)です。

TF-CBTは、成人のPTSDの治療法である認知行動療法と持続エクスポージャーをもとに開発された、トラウマと向き合い、それを乗り越えていくための精神療法です。

これまで、トラウマを抱えている人に対しては、過去を捨てて、新しい自分として生きていこう、といった励ましが行われることが少なくありませんでした。

しかし、それでは過去の辛い経験に蓋をしてしまってより重い解離症状につながりかねません。

講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)によると、近年の研究では、回復するにはむしろ、過去に受けた不適切な養育やトラウマと向き合い、それを乗り越えていくことが必要だとされています。

しかしながら、子どもにとってみれば、親のことが大切であると同時に、自分の過去はとても大切なものである。

誰しも、過去のさまざまな体験を抜きには、現在の自分を語ることはできないであろう。現在の自分は過去の蓄積である、とも言えよう。

であるにもかかわらず、「キミは大切な存在」という一方で、「キミの過去は忘れなさい」では、ダブルメッセージになってしまい、子どもは混乱するしかないだろう。(p60-61)

トラウマフォーカスト認知行動療法では、自分の過去と向き合い、虐待などのトラウマ経験も含めて、「自分の物語」として捉え直し、新たな視点を見つけることが重要視されています。

まずリラックスや感情のコントロールについて学んでから、セラピストの問いかけにしたがって辛い経験を思い出し、それを絵や文章で「自分の物語」としてまとめていきます。

自分の過去のトラウマ記憶の物語が完成したら、それよりも過去のできごとや、今の自分ともつなげていき、すべてをひとつながりの物語としてとらえなおし、最後に同じような経験をした人が元気づけられるようなメッセージを添えます。

そのようにしてバラバラになっていた自分の記憶を再編集し、封印していた過去とも客観的に向き合い、未来につながる自分の一部として受け入れていくことがTF-CBTの目的です。

しかしながら、あくまで認知行動療法は、言葉と文脈を用いた治療法なので、解離されて記憶から抜け落ちていたり、混乱した状態になったりしているトラウマ記憶に対しては、別のアプローチが必要かもしれません。

TF-CBTは、日本では、兵庫県こころのケアセンターや東京女子医科大学女性生涯健康センターを中心にTF-CBTが実施されてきたそうです。  

TF-CBTの8つのステップ「PRACTICE」

P…心理教育とペアレンティングスキル(Psychoeducation、Parenting Skill)
親と子どもに症状や対処法などの知識を教え、回復できるという励ましを与える

R…リラクセーション(Relaxation)
呼吸法やマインドフルネス、グラウンディングなど、リラックスするためのトレーニングを行う

A…情動表現と調整(Affect Expression and Regulation)
感情を感じ取る方法や、ネガティブな感情のコントロール法を教える

C…認知のコーピングと修正(Cognitive Coping and Processing)
感情と思考、行動につながりがあることを教える。

T…トラウマの物語を創る(Trauma Narrative)
トラウマ記憶に向き合い、それを自分の物語の一部として、新しい見方ができるよう助ける

I…現実生活におけるトラウマリマインダーの克服(In Vivo Mastery of Trauma Reminders)
日常生活の中でトラウマを思い出させる状況を克服できるよう段階的に訓練する

C…親子合同セッション(Conjoint Parent-Child Session)
親子の関係を強化し、お互いにどう対応するとよいか教育する

E…将来の安全と発達の強化(Enhance Future Safety and Development)
将来にわたり安全な環境を維持できるよう必要なスキルを身につける

3.EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)

トラウマ記憶を処理するためにテクニックとして、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法 : Eye-Movement Desensitization and Reprocessing)があります。

EMDRは1989年にフランシーヌ・シャピロによって考案された比較的新しい心理療法で、眼球を左右に動かすことで、意識をレム睡眠の状態に近づけ、トラウマ記憶の処理を助けます。

レム睡眠のREMはRapid Eye Movingの略、つまり高速眼球運動のことで、レム睡眠中には記憶や感情の整理がされることがわかっています。

子ども虐待の専門家である友田明美先生のいやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳ではこう説明されています。

左右に振られるセラピストの指を目で追うことで記憶を整理する浅い眠りであるレム睡眠の状態に近づけておき、過去の外傷体験を想起させた際の激しい恐怖と結びついたトラウマの記憶を、遠い過去のことのように感じさせ、さまざまなできごとに対処できる前向きな自分を意識できるようにすることが、この治療の狙いとされている。(p111-112)

脳は奇跡を起こすによると、レム睡眠は、突飛な夢を見ることからわかるように、前頭前野の抑制がゆるみ、潜在的な記憶、つまり解離されて意識上には上らなくなっている記憶が活性化されます。

夢を見ている状態は、可塑的変化を容易にするようだ。

睡眠にはふたつの種類があり、夢を見るのはたいていREM睡眠のときである。

幼児期は、おとなよりもずっとREM睡眠の時間が長いが、この幼児期に神経可塑性の変化が急速に起こるのだ。(p284)

EMDRは、理性による抑制を解くことで、トラウマ記憶に一時的にアクセスしやすくし、セラピストのサポートによってトラウマ記憶を組み替えていくことで効果を発揮します。

しかし、EMDRは解離性障害や解離性同一性障害(DID)を伴っている場合は、解離によって分断されていた記憶の壁が緩むため、専門家の助けなしで行うのは危険です。

その点についてこころのりんしょうa・la・carte 第28巻2号〈特集〉解離性障害では次のようにに警告されていました。

EMDRは解離性障害の治療にも有効と考えることはできると思います。しかし、その適用には細心の注意が必要です。

眼球運動による連想の活性化は解離障壁を乗り越えて、解離されていた記憶が拡散する危険性があると考えられています。(p42)

EMDRはトラウマ処理が早いため、DIDの解離障壁が一気に低くなります。そのため特定の人格が持っていた外傷記憶が、他の人格に拡散するのを催眠でコントロールしたり、限られた複数の人格にEMDRを行ったりするのを助けます。(p43)

解離という働きは、もともと、自分では処理しきれないトラウマ記憶を隔離しているものなので、専門家によるサポートのない環境で安易にそれを解除してしまうなら、症状がより悪化する危険があります。

ここに挙げた他の治療法にも言えることですが、熟達した専門家のもとで、安全な環境を用意した上で行うことが不可欠です。

また、EMDRを応用した方法として、タッピングDRバタフライハグと呼ばれるものがあります。

まずタッピングDRとは、その名の通り、EMDRのEM(Eye-Moving)の部分をタッピングに変えた、「タッピングによる脱感作と再処理法」です。

子ども虐待という第四の発達障害 (ヒューマンケアブックス)の中で、杉山登志郎先生は、タッピングDRについてこう説明しています。

子どもにはタッピングDRの有用性が高い。これは治療者が両手を差しだし、外傷記憶の想起と同時に患者に左右の手で交互に治療者の手をたたいてもらう(タッピング)という交互刺激を用いた再処理法である。(p145)

レム睡眠において記憶の整理に必要なのは、どうやら眼球運動そのものではなく、左右の交互刺激だと思われます。寝ている間に手を左右交互に動かすわけにもいかないので、眼球運動によって記憶が整理されるようになっているのでしょう。

本来の眼球運動よりは効果は劣るかもしれませんが、タッピングの左右の交互刺激でも、脳の左右両半球の連携を促して、記憶や感情の処理を助ける効果があるのかもしれません。

左右交互刺激の方法には、さらに色々なタイプがあることが、発達障害の薬物療法-ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方にこう書かれています。

眼球運動だけでなく、左右交互刺激であればどのようなものでもそれなりの効果があることが確かめられている。

例えば児童の場合には、治療者の左右の手を対面する患児の右左の手のひらで交互に叩かせるというタッピングや、ものを叩かせるドラミング、患児に胸の前で手を交差させ、患児の左右の手のひらで、自分の反対側の腕の付け根をぱたぱたと交互に叩かせるバタフライハグと呼ばれる技法も効果を示す。

われわれがよく行っているのは、パルサーという左右交互に振動を作る機械(図11)を両手に握らせて、左右交互の振動の感覚を用いる方法である。

最も効果が高く、また確実なのはやはり左右の眼球運動であると言われている。(p102)

このうち一人でも好きなときにできるバタフライハグについては、友田先生も、いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳のEMDRの説明のすぐ後でこう説明していました。

EMDRでは、暴露療法と比べ、つらい記憶を詳細に語る必要がないため、患者さんの心の負担が少ないとされている。

これを子どものトラウマに対する心理療法に応用したものがバタフライハグという方法で、言葉のとおり、自分を抱きしめてあげるというものである。

両手で自分を抱きしめ、軽くたたきながら、「大丈夫だよ」、「怖くないよ」、「一人じゃないよ」などと、自分で心に声をかけてあげることを指導する。

時間をかけてそうすることで、過去の体験を穏やかに振り返ることも可能になってくる。(p112)

バタフライハグの場合は、自分で自分を抱きしめて、左右交互に軽くたたくことで、心身の緊張を緩め、EMDRと似た穏やかな状態を作り出します。

トラウマ記憶の想起を伴う心理療法としてのEMDRは専門家の指導のもとに行わないと危険を伴いますが、自分を落ち着かせることを目的としたバタフライハグは、個人的に習得しておいてもいいのかもしれません。

4.自分の中のパーツと対話する「自我状態療法」

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、EMDRは成人後のトラウマ体験の治療に効果的ですが、子ども時代の慢性的なトラウマに対しては、効果が限られているようです。

児童期にトラウマを経験した人は、大人になってトラウマを負った人々とは、EMDRに対して非常に異なる反応を示したのだ。

八週間のセラピーの終わりに、EMDRを受けた人のうち成人後にトラウマ体験をしたグループのほぼ半数は、完全な回復を示す評価得点を得たのに対し、児童虐待を受けたグループでそうした顕著な改善を示したのはたった9パーセントだった。

八ヶ月後には、成人後のトラウマ体験グループの回復の割合は73パーセントで、児童虐待の被害者は25パーセントだった。

児童虐待のグループには、ブロザックがわずかではあるが一環して効果を挙げた。

こうした結果は、第9章で述べた発見を裏づけている。

すなわち、長年にわたる児童虐待は、成人期にトラウマを負わせる個々の出来事とはまったく異なる精神的適応や生物学的適応を引き起こすのだ。

EMDRは、頑固なトラウマ記憶に対する治療法としては有効だが、児童期の身体的虐待あるいは性的虐待に伴う裏切りや遺棄の影響を必ずしも取り除くわけではない。(p420)

この研究によると、EMDRは、子ども時代の慢性的なトラウマには、かなり限られた効果しか示しませんでした。

講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)によると、子ども時代のトラウマの場合、症状が進み、トラウマ記憶が重い解離症状を引き起こしていることがあるため、EMDRだけでなく、自我状態療法という治療法が併用されることがあります。(p113-132)

トラウマのフラッシュバックや人格交代により、普通に治療では歯がたたない、極度に解離が強い症例に有効であるとされ、バラバラになった各人格を交流させることで、心身の統一を目指します。

これまでの精神外来では、多重人格を無視したり、まともに取り合わなかったりする場合が少なくありませんでした。しかし、自我状態療法では、すべての人格を正面から扱い、一人の人間としてコミュニケーションします。

一般の精神科診療のなかで、多重人格には「取り合わない」というのが主流になっているように感じる。

…しかしこれは、すべての葛藤を切り離して処理をするという病理的防衛が身についているからに他ならない。

「見て、見て」と観客を求めているのではなく、「傷ついた私を何とかして」という悲鳴である。

…子ども虐待を生き延びるために身につけたこの病理に対し、治療者がそれに向き合うのを避けることによって、次の世代に病理の連鎖を送り込む役割を「治療者」自身が担うことになってもよいのだろうか?(p132)

自我状態療法では、まず安全な場所のイメージをふくらませて、トラウマが噴出したときのための避難場所を確保します。

次に、空想上の一つの部屋に各人格(パーツ)が集まるところをイメージしてもらい、それぞれのパーツ同士で話し合いをし、わだかまりを解決していきます。

いわばグループセッションを一人の頭のなかでするようなもので、それぞれのパーツが抱えているトラウマ、パーツ同士のいざこざなどを処理し、すべてのパーツが自然にコミュニケーションし合えるようになることを目指します。

最終的には、「産まれる必要があったから生まれたのであって、いらないパーツは一人もなく、みんな大切な仲間」として、すべての人格が互いを受け入れられるようになれば、記憶の断裂などのさまざまな症状が収まります。詳しくはこちらをご覧ください。

トラウマを治療する「自我状態療法」とは? 複数の自己と対話する会議室テクニック
「図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療―EMDRを活用した新しい自我状態療法」という本から、トラウマを治療するのに使われる自我状態療法として、解離のテーブルテクニック・会議室テ

 

5.少量処方による薬物治療

そのほか、症状に応じて、薬物治療が行われることもありますが、統合失調症や双極性障害で用いられる大量の薬物はかえって症状を悪化させるといわれています。

発達障害や解離性障害では、薬への過敏性があるので、ごく少量の処方が原則であり、場合によっては漢方薬が効果を示すこともあるそうです。

しずれにしても、薬ではトラウマ記憶の処理はできないので、薬物治療だけでさまざまな症状を抑えこむことはできません。講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)にはこう書かれていました。

精神科医はすぐに比較的大量の抗精神病薬を多用するが、副作用ばかりで有効性は乏しい。また、抗不安薬は抑制を外すだけで、禁忌と言ってよい。

トラウマは、統合失調症でも単なるうつ病でもないことを認識してほしい。(p131)

発達障害や解離性障害の薬物治療についてはこちらもご覧ください。

精神科の薬の大量処方・薬漬けで悪化しないために知っておきたい誤診例&少量処方の大切さ
杉山登志郎先生の「発達障害の薬物療法」に基づき、統合失調症・うつ病・双極性障害と誤診されやすい発達障害とトラウマ関連障害の治療と少量処方の意義についてまとめています。

トラウマ記憶を乗り越える

この記事で考えてきたことをまとめると、うつ病や統合失調症、双極性障害と診断され、長い間薬物治療をしてもよくならないとしたら、次の点を分析してみる必要があります。

■発達障害が関わっていないかどうか
■精神病ではなくトラウマが関与している症状ではないか
■トラウマや解離を専門とする精神療法や薬物治療を試したほうがよいかどうか

もちろん、さまざまな精神症状の原因は人それぞれであり、ここで考えたトラウマとはさらに別の原因がひそんでいる場合もあるでしょう。

しかし一つの可能性として、子ども時代のトラウマがうつ病や統合失調症、双極性障害、その他のさまざまな疾患と似た症状を引き起こすことを知っておくなら、適切な治療法を選ぶ助けになると思います。

今回参考にした講座 子ども虐待への新たなケア (学研のヒューマンケアブックス)には、アタッチメント障害(愛着障害)などのもっと詳しい説明や、自我状態療法やトラウマフォーカスト認知行動療法といった特殊な治療法の具体例なども載せられているので、関心のある人は読んでみてください。

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ADHD(注意欠如多動症) / ASD(自閉スペクトラム症) / PTSD / 愛着 / 解離