解離とは神経学的に身体がバラバラに切り離されること―古代インドとエジプトの物語から学ぶ

「身体の一部が消えてしまったように無感覚で麻痺している」「手足の存在が感じられない」「身体や手足の一部が死体や異物のように感じられる」「身体がバラバラに切り離されている」

戦争や事故、虐待、痛みや恐怖を伴う医学措置など、さまざまなトラウマによって解離を起こした人たちは、そうした感覚を経験することがあります。

たとえば、サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)には、次のような表現がありました。

頭がすっかり混乱してしまい、体に不思議なことが起きている気がします。

体がいくつもの部分に分かれ、目や手、脚が切り離されているのです。

なにか絶対に必要なものが消えている。しかも跡形もなく消えている。それが一度あった「場所」ごと消えてしまっているのです。それは、どこにもなにもないという恐怖なのです。(p194)

これは、神経伝達の乱れから起こる一時的な解離現象についての記述ですが、注目したいのは、「体がいくつもの部分に分かれ、目や手、脚が切り離されている」という部分です。

慢性的なトラウマのサバイバーでは、このような解離状態が、一時的にではなく、慢性的にずっと、何年も何十年も続くからです。

この「バラバラに切り離されている」、という感覚は、比喩的なたとえだと思われがちですが、現代の神経科学から解離という現象を考察してみると、単なる比喩以上のものだとわかります。

トラウマの解離とは、脅かされた部分を切り離してしまう、いわば“トカゲの尻尾切り”に似た防衛反応です。さまざまなトラウマを経験して、繰り返し脅かされた人は、全身のいたるところの感覚が切り離されてしまいます。

たとえば手足を痛めつけられた人は手足の感覚が麻痺してしまい、性的虐待を受けた人は骨盤のあたりが無存在になってしまい、繰り返し存在自体を脅かされた人は、内臓の感覚が遮断されて、生きているという実感が希薄になってしまいます。

この記事では、解離とは全身の感覚が切り離されてバラバラになることであり、解離の治療とは切り離された感覚を再び感じられるようにしてつなぎあわせることである、ということを示す、いくつかのエピソードや物語に注目したいと思います。

なお、今回の記事は、単独記事としても読めますが、以前の3つの記事の内容が土台になっているので、そちらと合わせて読んでいただくほうが意味がわかりやすいと思います。

自分の身体が感じられない生ける屍になった人たちー感覚鈍麻とアイデンティティ喪失の神経科学
感覚過敏に比べて、あまり注目されず、深刻さが理解されにくい、感覚の鈍麻や麻痺、解離が引き起こすアイデンティティの障害について考察しました。
自分が「空っぽ」に感じるのはなぜか―実存の空虚という恐怖を神経科学から説明する
自分の身体が存在していない、内面が空虚である、といった「空っぽ」の感覚が生じる理由について、自己のアイデンティティは体性感覚から作られているというダマシオやサックスの研究から考えて