発達障害やトラウマの過敏性,不眠,凍りつきなどに降圧薬(インデラルやカタプレス)が効くのはなぜなのか


ラウマ性疾患や発達障害の過覚醒などによく使われる薬の中に、交感神経遮断薬」として分類される、一群の降圧薬があります。

たとえば、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法には、こうあります。

プロプラノロール(インデラル)やクロニジン(カタプレス)のように自律神経系に働きかける薬は、過覚醒やストレスへの反応を抑える助けになりうる。(p369)

これには、α1受容体拮抗薬プラゾシン(ミニプレス)、α2受容体拮抗薬クロニジン、β受容体拮抗薬プロプラノロールなどがある。(p637)

このタイプの薬は、全身のアドレナリン受容体に作用して、交感神経を抑制したり、血圧上昇を抑えたりします。

発達障害やトラウマの場合、交感神経の過剰な活性化によって、過覚醒、過敏、不眠、凍りつき(フリーズ)などが起こるため、しばしばこれらの降圧薬が処方されます。

この記事では、これらの薬は具体的にどのような作用があるのか、さまざまな資料からの情報をまとめてみました。また、これらの薬の代わりになる、非薬物療法についても考えています。

ご注意いただきたい点として、わたしは専門家ではありません。どんな治療を選ぶかは専門医の判断をあおぎ、この記事で紹介する資料はあくまで参考程度にご覧ください。

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よく使われる交感神経遮断薬

まず、交感神経遮断薬のうち、ここ日本でも比較的よく使われるのは以下の4つでしょう。

アドレナリン受容体には幾つかの種類(α1,α2,β1,β2,β3)があり、薬ごとに対象が違っていて、効き方もいくらか異なります。

■ β受容体遮断薬プロプラノロール(インデラル)…別名βブロッカー。トラウマの過覚醒の治療に用いられる降圧薬のうち、最も広く使用されている薬。喘息がある場合は使えない。

■ α1受容体遮断薬プラゾシン(ミニプレス)…悪夢に対する効果が実証されている。

■ α2受容体作動薬クロニジン(カタプレス)…過覚醒を和らげるだけでなく、眠気が伴うので、交感神経を下げて入眠しやすくするために用いられることがある。

■ α2受容体作動薬グアンファシン(インチュニブ)…ADHDの過覚醒に対して使われる。現時点では子どものADHDを対象に認可されていて、大人のADHDに対しては臨床試験中

わたしが読んできた文献では、βブロッカーであるプロプラノロール(インデラル)が最も頻繁に名前を挙げられていますが、他の薬も並べて名前を挙げられていることがしばしばです。

交感神経遮断薬にはどんな効果があるか

ここからは、さまざまな資料を参考に、これらの薬が役立つ場面を項目別に見ていきますが、単に「交感神経の過緊張を和らげると楽になる」というごく簡単なことを、あれこれと説明しているにすぎません。

1.情動を減らすことで感情を安定させる

交感神経遮断薬は、発達障害の治療にも、トラウマの治療にも用いられる薬です。

たとえば、トラウマによる愛着障害について解説された子を愛せない母 母を拒否する子には、ADHDとトラウマ障害(愛着障害)の類似点や違いについて書かれていますが、どちらにも役立つ薬として、クロニジンとグアンファシンが挙げられていました。(p140-141)

また、子どものPTSD 診断と治療によると、ADHDで用いられる中枢神経刺激薬(メチルフェニデート)はトラウマ障害の場合は症状を悪化させる危険があるのに対し、降圧薬であるクロニジンは、トラウマ障害の場合でも効果的だとされていました。

ADHDとトラウマ障害は、行動面や認知も近似しているため、しばしば誤診されかねない。しかし、根底にあるものは異なるため、異なった対処法が必要とされる。

…薬物療法を行う際、ADHDに使用される中枢神経薬は時としてトラウマ障害の症状増悪をもたらす可能性も示唆されている。

ドパミンを上昇させるメチルフェニデートではなく、むしろニューロトランスミッターを抑制するクロニジンのほうが望ましいとされている。(p117-118)

交感神経遮断薬が、発達障害やトラウマに用いられるのは、刺激に対して過敏に反応してしまうことから起こる苦痛を和らげることができるからです。

これらの薬は降圧薬、つまり高血圧の薬であることからわかるとおり、心の状態に直接作用するとされるタイプの薬(抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬など)ではありません。

それにも関わらず、トラウマに伴うような苦痛を和らげることができるのは、先日紹介した神経学者アントニオ・ダマシオの理論と関係しています。

心は脳だけでなく身体全体から作られる―神経学者ダマシオの自己意識の研究を読み解く
心は身体を土台として生まれるという神経学者アントニオ・ダマシオのソマティック・マーカー仮説について、「意識と自己」という本から整理してまとめてみました。

ダマシオの理論によれば、わたしたちの感情は身体の反応から生まれています。それは次のような順序で起こります。

(1)身体が何かの刺激を感じる
  ↓
(2)身体の「情動」が誘発される
       ↓
(
3)心の中で「感情」が誘発される

「情動」と「感情」という区別はあまり耳慣れないかもしれませんが、私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳では次のように説明されています。

現代の神経科学では、情動と感情は次のように定義されている。

まず情動とは、刺激に反応して起きる身体の生理学的状態だ。心拍数や血圧、身体の動き(脅威に反応して凍りつく、逃げだす)、さらにはそのときの認知(思考が冴えているか、鈍っているか)まで含まれる。

対して感情は、脳と身体をひっくるめて起きている情動の主観的知覚だ。

…先に情動が出現して、あとからそれを感じるのだ。(p184)

わたしたちは普段あまり気に留めていませんが、わたしたちが何かの感情を感じるとき、それに先立って、必ず身体の反応(情動)が無意識のうちに起こっています。情動には「心拍数や血圧」が含まれていることに注目してください。

精神状態に作用する薬は、一番最後の(3)という心の「感情」を直接変えようとしますが、降圧薬は、それに先立つ(2)の身体の生理的反応である「情動」を減らすことで、結果として(3)の「感情」も和らげる効果があります。

たとえば、発達障害やトラウマを抱える人は、先ほどの順序に当てはめると、次のような順番で症状が誘発されています。

(1)光や音など強すぎる刺激、またトラウマを想起させるトリガーになるような強い刺激を受ける
  ↓
(2)胸がドキドキする、内臓が収縮する、手足が緊張するなどの身体の生理的な「情動」が引き起こされる
  ↓
(3)それによって怒りやバニック、不安、恐怖、イライラ、落ち込みなどの「感情」が誘発される。

多くの場合、(1)や(2)はほとんど無意識下で起こっています。(3)の感情にしてもすべてが意識されているわけではなく、症状として認知されているのは氷山の一角です。

しかし、最終的に認知されている症状そのものを治療しなくても、それに先立つ無意識下の身体の過敏な反応(情動)を減らすことができれば、精神状態も落ち着くということになります。たとえば、降圧薬のうち、βブロッカーの効果について、次のように書かれていました。

全身のベータ受容体に干渉して、エピネフリン(アドレナリン)の影響を打ちけすベータ遮断薬を使った実験からも、興味深い知見が得られている。

ベータ遮断薬は、身体の喚起状態の情報が中枢神経系に届くのを阻止するため、不安がやわらぐ。

「喚起状態の合図がなくなったせいで、情動経験の強度が下がるのだ」心理学者ジェイムズ・レアードは著書『フィーリングズー自己の知覚で書いている』(p186)

βブロッカーは「身体の喚起状態の情報が中枢神経系に届くのを阻止」することによって、「不安がやわら」げます。要するに、身体の過敏な反応を減らすことで、不安のような心の状態が改善されます。

交感神経遮断薬が、身体の生理的な部分に作用する薬なのに、心の苦痛を和らげることができるのは、心の感情は身体の情動から生み出されているからなのです。

2.刺激そのものではなく情動を減らす

βブロッカーは過敏性を和らげますが、感覚刺激そのものを減らすのではなく、感覚が誘発する情動を減らすことで作用しています。

もう一度、先ほどの順序の説明を見てみましょう。

(1)身体が何かの刺激を感じる
  ↓
(2)身体の「情動」が誘発される
       ↓
(
3)心の「感情」が誘発される

過敏な人は、(1)の感覚そのものが多すぎると思いがちです。たとえば、光に敏感な人はサングラスをかけることによって、音に敏感な人は耳栓をつけることによって、(1)の刺激の大きさそのものを減らそうとします。

確かに生まれつきの発達障害などのため、感覚刺激そのものが大きく、そのせいで苦痛が強い人もいます。

それでも、刺激そのものと、その刺激に対して感じる苦痛は別物です。たとえサングラスや耳栓によって(1)の刺激の大きさそのものを変えなくても、(2)の情動反応を減らすことができれば、苦痛は和らぐということになります。

ダマシオは、意識と自己 (講談社学術文庫)の中で、βブロッカーは、(1)の感覚の大きさは変えないものの、(2)の情動を減らすので、苦痛が減る、と説明しています。

もし読者が不整脈治療のためにβ-ブロッカーを飲んだり、ベイリウムのような精神安定剤を飲んだりしたことがあれば、たぶん私がここで言っていることを直接経験しているのではないかと思う。

そういった薬剤療法は情動作用を減じるから、たとえそのとき痛みはあっても、痛みによって引き起こされる情動は減じられる。

…たとえば、組織損傷によって引き起こされるはずの情動を、ベイリウムやβ-ブロッカーなどの特定の薬剤により、あるいは選択的な手術により、減じることができる。

組織損傷の感覚は残るものの、情動の鈍化によって、それに伴う苦しみは除去される。(p105)

βブロッカーは「痛みはあっても、痛みによって引き起こされる情動は減じ」ることで苦痛を減らします。

特定の感覚だけを減らすサングラスや耳栓のような対処法ももちろん有用ですが、βブロッカーは、感覚そのものではなく、感覚によって引き起こされる情動を鈍らせているので、あらゆる感覚がもたらす苦痛を和らげます。

では、刺激に対する情動を減らすには、βブロッカーのような薬に頼るしかないのでしょうか。

いいえ、トラウマ専門医のヴァン・デア・コークは、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、マインドフルネスやヨーガの訓練には、これらの薬と同じ効果がある、と書いています。

プロプラノロール(インデラル)やクロニジン(カタプレス)のように自律神経系に働きかける薬は、過覚醒やストレスへの反応を抑える助けになりうる。

このグループの薬は、覚醒を促進するアドレナリンの、体への影響を抑え込むことによって作用して、悪夢や不眠や、トラウマのトリガーに対する反応を軽減する。

アドレナリンを抑え込むと、理性脳が稼働し続けるので、「これは本当に私がやりたいことなのだろうか」という問いに基づいた選択が可能になる。

私は、マインドフルネスとヨーガを治療に取り入れ始めてから、患者が安眠できるようにときおり処方する場合を除いて、こうした薬に頼ることが少なくなっている。(p369)

クロニジン(カタプレス)、プロプラノロール(インデラル)などの交感神経遮断薬は、ここまで見てきたように、「過覚醒やストレスへの反応を抑え」「トラウマのトリガーに対する反応を軽減」します。

サングラスや耳栓のように感覚刺激そのものを減らすわけではありませんが、それに対する生理的な情動という「反応」を減らすことで苦痛を和らげています。

しかしこの効果は、マインドフルネスやヨーガの訓練によって代用することができます。これらの技法を身に着けた人は、心を常に平静に保ち、安定させることができますが、それは刺激に対する過敏な情動反応を抑えられるからです。

マインドフルネスの訓練では、周囲の刺激に気づいても、ただ気づくだけで過敏に反応せず、注意を引き戻すことを繰り返します。

そうしたトレーニングを続けることによって、以前なら過敏に反応していたような刺激にさらされても、交感神経が過剰に活性化するのを防げるようになります。

※マインドフルネスはトラウマ治療にも有用ですが、トラウマセラピーとして最適化された方法で取り組む必要があります。たとえば、一般的なマインドフルネスでは呼吸に意識を集中しますが、トラウマ当事者の場合、呼吸に注意を向けると急速に不安定になりがちです。

また、ヨーガについても、ここで言及されているのは、一般的にエクササイズ教室で行われるヨーガではなく、トラウマ治療用に最適化されたトラウマ・センシティブ・ヨーガ(トラウマに対する感受性を備えたヨーガ)です。

ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由
ベッセル・ヴァン・デア・コークらのトラウマ・センターで実践されている、トラウマの身体症状に対するヨーガ・プログラムを参考にして、身体的な気づきを促すボディワークがなぜ原因不明の身体

3.過覚醒による睡眠障害を改善する

ヴァン・デア・コークは、クロニジンやプロプラノロールの効果は、マインドフルネスやヨーガの訓練で代用できるとはいえ、安眠を確保するために処方することはある、と述べていました。

私は、マインドフルネスとヨーガを治療に取り入れ始めてから、患者が安眠できるようにときおり処方する場合を除いて、こうした薬に頼ることが少なくなっている。(p369)

交感神経遮断薬は一般に「睡眠薬」として知られているタイプの薬ではありません。睡眠障害の専門家の本を読んでも、これらの薬について言及されていることはめったにありません。

しかし、通常の不眠症ではなく、発達障害やトラウマの過敏性のため、脳が過剰に興奮して眠れなかったり悪夢を見たりするようなタイプの人には、これらの交感神経遮断薬が高い効果を見せるようです。

たとえば、不登校の子どもが抱える睡眠障害には、このタイプが多いようです。不登校は、発達障害による不適応や、いじめなどのトラウマをきっかけに生じることが多く、脳が過剰な興奮状態にあるからです。

不登校と、それに伴う概日リズム睡眠障害や慢性疲労症候群の専門書である不登校外来―眠育から不登校病態を理解するには、不登校の睡眠障害には、クロニジン(カタプレス)やプロプラノロール(インデラル)が効果があると書かれていました。

入眠に関してはできればメラトニンと降圧薬(クロニジン)を試み、血圧の問題がある場合、あるいは効果が得られない場合に睡眠薬を用いる。

…プロプラノロール(β遮断薬 : 1~2錠)は、脈拍数が多く喘息の既往がない例(喘息をもつ症例では使用できない)には睡眠質を向上させる意味で有効性が高いように思われる。(p87)

不登校の睡眠障害に対しては、通常の睡眠薬より、クロニジンやプロプラノロールを優先して用いていることがわかります。

また、睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッドによると、別の交感神経遮断薬であるプラゾシン(ミニプレス)は、睡眠障害のなかでも、とりわけPTSDに伴う悪夢への効果が実証されています。

PTSDの悪夢の治療に使われる薬剤が何種類かあります。セロクエルという新型の非定型抗精神病薬を使用すれば、ある程度快方に向かいます。

けれども、いちばん効き目があったのは、プラゾシンというやや古い降圧薬でした。(p289)

子どものPTSD 診断と治療によると、アメリカ睡眠学会は、PTSDに関連する悪夢に対する第一選択薬としてプラゾシンを推奨しているそうです。

特異的α1アドレナリン受容体拮抗薬のプラゾシン(ミニプレス)は、2003年に少数の退役軍人を用いたcontrol studyにおいて、悪夢を含むPTSDの睡眠障害に有効であることが示され、大規模な研究により、睡眠の質が改善し、悪夢が減少することが確かめられている。

…アメリカ睡眠学会は、PTSDに関連する悪夢に対する第一選択薬としてプラゾシンをあげており、VA/DODCPGでもプラゾシンをSSRIやSNRIに不応の重度の悪夢に対する追加療法として推奨している。(p126-127)

プラゾシンは、交感神経の興奮を和らげることによって、レム睡眠を正常化させ、悪夢を減らす効果があるとされています。

プラゾシンが悪夢を軽減するメカニズムについて、Raskindは、以下のような仮説を提唱している。

1)PTSDの悪夢は浅睡眠時に認められ、REM睡眠を阻害する。
2)浅睡眠は、中枢神経系におけるα1受容体の刺激によって増加する。
3)プラゾシンのα1受容体拮抗作用は、浅睡眠を減少させ、REM睡眠を正常化させる。

実際にRCTにて、プラゾシンは睡眠の質を向上させ、悪夢の頻度と程度を改善させたと同時に、平均のREM持続時間と総REM持続時間を睡眠時間を増加させた。(p126-127)

プラゾシンはα1アドレナリン受容体に作用しますが、続く文脈によると、α2アドレナリン受容体に作用するカタプレス(クロニジン)とグアンファシン(インチュニブ)も、同じように睡眠の質を改善することがわかっています。

PTSD症状を呈した子どもに対して、プラゾシンや、クロニジン(カタプレス)、グアンファシンを使用した報告では、睡眠障害に対して中等度の効果があり、その効果のほとんどが悪夢を減少させることであった。(p127)

これらの薬は、日中、刺激に対する過敏な反応を減らす効果があるだけでなく、睡眠中も過敏性を和らげることによって、浅い睡眠を減らし、睡眠の質を改善する効果があるといえます。

4.トラウマ直後の記憶の定着を防ぐ?

βブロッカーは交感神経遮断薬として過緊張状態を和らげる効果がありますが、人が最も過緊張状態になるのは、事件や事故に巻き込まれてショッキングな経験をした直後でしょう。

トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復の中で、神経生理学者ピーター・ラヴィーンは、βブロッカーは、事故やレイプなど恐ろしい経験に遭遇した直後の苦痛を和らげるために使われていると書いています。

記憶を消そうとするよりも、血圧を下げる薬品で急性のストレスを軽減しようとする薬理学的な方法がある (Pitman et al.,“Effect of Acute Post-Trauma Propranolol on PTSD Outcome and Physiological Responses During Script-Driven Imagery”,CNS Neuroscience and Therapeutics 18,no. 1(January 2012):21-27.を参照)。

これらの薬剤の効果は限られているが、事故やレイプで救急治療室(ER)へ運ばれた人々に使用されている。(p221)

参照されている資料のタイトルにあるように、ここで言及されている薬はβブロッカーのPropranolol(プロプラノロール)です。

解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合でも同じピットマンの研究に言及されていて、こうした恐ろしい体験の直後にβブロッカーを服用することは、トラウマ記憶が脳に定着するのを防ぎ、結果として後々の症状を軽くする効果があるかもしれない、と解説されています。

その発端となった米国マサチューセッツ総合病院のロジャー・ピットマン医師は、トラウマの体験を持った患者にある薬物を投与することで、そのトラウマ記憶が定着するのを抑制することができた、と発表した。2002年のことである(Pitman,2002)

ピットマン医師が使ったのは、内科では日常的に処方されている薬、いわゆるβ(ベータ)ブロッカーである。高血圧や頻脈にとてもよく用いられる薬だ。彼はトラウマを経験した人にこの薬を用いることで、その後のPTSDの発症を防ごうと試みたのだ。

私たちの脳は、感情的な高まりを伴うような体験はそれだけ強く覚えこむという性質がある。…トラウマ記憶が生じる場合には、この興奮が強すぎ、記憶が過剰に固定されてしまうという現象が起きている。

そこでトラウマが起きた直後にこれらのストレスホルモンを抑える薬であるβブロッカー、たとえばインデラールを投与すると、それが記憶の過剰固定を抑えるというわけである。(p25)

今日では、トラウマとはかつて考えられていた心の病ではなく、パブロフの犬の実験で有名な、生物学的な条件付け反応によって起こる記憶の結びつきであることがわかっています。

ダマシオが意識と自己 (講談社学術文庫)で書いているように、わたしたちは特定の刺激と、特定の情動反応とを、条件付けによって結びつけます。

いわゆる条件付けという学習形態は、この関連づけを実現する一つの方法である。

幸せな幼年時代を過ごした家とよく似た形の新しい家は、たとえそこで何か特別よいことが起きていないとしても、住む者の気分をよくしてくれる。

同様に、はじめて見るすばらしい人物の顔が、ある恐ろしい出来事と関係する別の人物の顔とひじょうに似ていると、不快になったりいらいらしたりする。

…潜在的に情動を誘発しうる刺激の範囲は事実上、無限になる。(p80-81)

改めてダマシオが説明していた、わたしたちの反応の順番を思い出してみましょう。

(1)身体が何かの刺激を感じる
  ↓
(2)身体の「情動」が誘発される
       ↓
(3)心の「感情」が誘発される

(1)の何かの刺激によって、(2)の身体の情動が誘発されるわけですが、この結びつきが条件反射です。

パブロフの犬の場合、(1)食事を知らせるベルの音によって(2)よだれがでる情動反応が起こるよう条件付けされました。

トラウマに場合、衝撃的な事件や事故に巻き込まれたとき、(1)事件や事故のときの感覚と(2)パニックやフラッシュバックの情動反応が条件付けされてしまいます。

その結果、少しでも事件や事故を思い出させるような場面に遭遇したら、勝手に強烈な情動反応が誘発されてしまい、自分で自分をコントロールできなくなってしまいます。

原因不明の身体症状に苦しむ人のための「記憶」の科学の10の考察
全身に散らばる原因不明の身体症状の謎を、記憶の科学から読み解きます

トラウマとは条件づけによって起こる現象だ、ということは、裏を返せば、衝撃的事件や事故に遭遇しても、そのときの感覚と情動反応とが条件付けされなければ、トラウマ症状が起こらない、ということになります。

そのようなわけで、恐ろしい体験の直後にβブロッカーを使って興奮を抑えれば、記憶の条件付け学習が起こりにくくなり、トラウマの後遺症を軽減できるのではないか、と考えられたようです。

とはいえ、この本によると、βブロッカーによってトラウマ記憶の条件付けを防ぐ方法は、その後の実験ではあまりめぼしい効果が得られなかったとも書かれています。

ちなみにピットマン先生とそのグループは10年後にはるかに大量のインデラールを用いてこの研究を追試したが、あまりめぼしい結果は得られなかったことが報告されている。(Hogel,et al.,2012)。

βブロッカーは情動反応を減じるとはいえ、「内科で日常的に処方されている薬」であることからもわかるように、効果は限定的なので、トラウマの衝撃を打ち消すほどの効果を期待するのは難しいかもしれません。

近年では、βブロッカーを服用する以外にも、恐ろしい事件や事故に巻き込まれた直後にどうすればいいかが、かなり明らかになってきています。

まず、トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復によると、トラウマ直後に詳細な聞き取りをするCID療法(Critical Incidence Debriefing:デブリーフィング)は、かえってトラウマ症状を強化することがわかっています。

CIDについては多数の研究がなされており、トラウマを引き起こした出来事の直後、まだ被害者の感情が高ぶっている状態でCIDを行うと、トラウマ体験を強化してしまい、苦痛がさらに拡大し、再トラウマ化の危険があると報告されている。(p203)

トラウマ直後の興奮状態のなかで、恐ろしい出来事について詳しく語ったりすると、記憶が繰り返し具体的に想起されてしまい、トラウマ記憶が強く定着してしまうようです。

逆に、衝撃的な事件や事故の直後に、テトリスのようなゲームをすると、トラウマ記憶の定着が和らぐという研究が、近年報告されていました。

CNN.co.jp : 心の傷に起因するPTSD、「テトリス」で予防できる可能性

PTSDは、衝撃的な場面が恐怖と結びついて何度も記憶によみがえり、脳に固定されることによって発症する。

しかしテトリスのように想像力と視覚を使うゲームをすれば、脳が2つのことを同時に処理できず、衝撃的な出来事の記憶が固定されるのを防止できるという。

スウェーデン・カロリンスカ研究所の研究チームは英国で自動車事故に遭って集中治療室に入院した患者71人を被検者として、半分には通常のけがの治療を受けてもらい、残る半数には事故から6時間以内にテトリスの遊び方を教えて自分でプレイしてもらった。

その後1週間の経過を観察して比較したところ、テトリスをしたグループは、事故の記憶がよみがえるフラッシュバック現象が起きる頻度が平均で62%少なかった。「2日たつとほぼゼロに近づいた」と研究者は説明する。

この場合は、トラウマ直後に体験について詳細に思い出すのではなく、テトリスゲームのようなまったく異なる体験に没頭することで、記憶の定着を防ぎます。

恐ろしい事件や事故による感覚運動的な記憶(手続き記憶)を、ゲームによる別の感覚運動的な体験で上書きしてしまう、ということかもしれません。

衝撃的な事件や事故の直後にβブロッカーを服用できる人はほとんどいないでしょうが、テトリスなどのゲームであれば、覚えてさえいればプレイできるはずです。

5.過緊張を和らげてイップスや恐怖症を防ぐ

交感神経遮断薬のうち、とくにβブロッカーが有名なのは、発達障害やトラウマの過敏性だけでなく、もっと広い分野で使用されてきた歴史があるからです。

奇跡の生還を科学する 恐怖に負けない脳とこころによると、プロプラノロールに注目したのは、舞台の上で緊張の伴う演技をするプロの役者たちでした。

完璧な抗不安薬を求める研究はその後も続けられるが、その一方で舞台人たちは、偶然のなりゆきから、驚くほど舞台恐怖に効く薬に出くわすことになった。

1950年代、スコットランドのハジェイムズ・W・ブラックという薬理学者がプロプラノロールという薬を合成した。この物質は、交感神経系の中にある特定の受容体にエピネフリンが作用するのをじゃまするものだった。

具体的に言うと、エピネフリンがβ1とβ2アドレナリン受容体に結合するのを妨げることから、βブロッカーという名前がつけられた。

…βブロッカーはのめばすぐに効き、効き目は長くは残らないこともあって、人前で何かをやれと言われた人なら、どんな層の人にも喜ばれることになった。(p165)

役者たちが直面していた「舞台恐怖」とは、緊張のともなう大舞台で、突然頭が真っ白になったり、演技が崩壊したりしてしまいうというものでした。

恐ろしいのは、この症状は、わたしたちがよく知るあがり症のようなものではなく、「新人よりもベテランの方が舞台恐怖に弱い」ところです。(p160)

舞台恐怖は百戦錬磨のプロの俳優にも起こるので、役者としてのキャリアを続けられなくなってしまうほど深刻です。

舞台恐怖は、かつては心理学的な「非全般性社交不安障害」とみなされていましたが、今日では交感神経の過剰な緊張に伴って起こる生理学的な現象であることがわかっています。

舞台恐怖の威力は、経験のない者にはなかなかぴんとこない。しかし、その生理的覚醒度は、生死のかかった物理的な危険にも匹敵する。

交感神経系が最大まで暴走し、生きるか死ぬかの場面にふさわしい生理的反応をひき起こす。役者たちに言わせると、「頭が真っ白になる」ときの感覚は、高いところからの落下によく似ているという。(p157)

緊張する舞台で交感神経が過剰に活性化しすぎると、「頭が真っ白に」なって、演技が崩壊してしまいます。

端的に言えば、これは、このブログでずっと扱ってきた、「解離」と呼ばれる生物学的な凍りつき反応です。

解離はわたしたちの身体に備わっている急ブレーキのようなものです。

アクセルである交感神経があまりに活性化しすぎて限界に達すると、副交感神経(背側迷走神経)が急ブレーキをかけ、凍りつき(フリーズ)が起こります。すると「頭が真っ白にな」り、演技も何もできなくなってしまいます。

それだけでなく、何度も過緊張状態を繰り返すうちに、舞台に立つことが凍りつき反応と条件付けされてしまいます。すると、舞台に立つたびに勝手に凍りつきが誘発されるので、今まで培ったスキルを利用できなくなってしまいます。

強固な条件反射のせいで、プロとしての専門的スキルすべてが使えなくなってしまうがために、舞台恐怖は単なる素人のあがり症よりもはるかに深刻なのです。

舞台恐怖と同じような現象は、当然ながら、他の職業でも起こります。音楽家やスポーツ選手など、緊張の伴う大舞台でのパフォーマンスが求められる仕事では、だれもが同じ現象に陥る可能性があります。

とりわけスポーツの世界では「イップス」と呼ばれていて、プロのゴルファーが突然大舞台でまともにスイングできなくなってしまう恐ろしい症状として有名です。

これらはいずれも神経学的には同じものであり、トラウマ症状と同じ条件付け学習によって引き起こされています。

「からだの記憶」の治療法―解離や慢性トラウマのための身体志向のトラウマセラピー
解離やPTSDは「からだの記憶」によって引き起こされる「からだ」を土台として生物学的な現象である、という理解にもとづき、身体志向のトラウマ・セラピーについて考察しました。

そのため、現在トラウマ症状への有効性が確認されているβブロッカーが、舞台俳優だけでなく、音楽家やスポーツ選手たちにもすぐさま広まったのも不思議ではありません。

この薬にはおもしろい副作用があることがわかった。震えや冷汗など、交感神経系によるほかの反応も抑えられるのだ。

当然ながら、クラシックの演奏家たちにとって、これは大きな魅力だった。彼らは、高速かつ複雑な身体運動を完璧にこなさなくてはならないのだから。

パフォーマンス不安の治療薬としては承認されていないにもかかわらず、βブロッカーはオーケストラビットや、コンサートホールに、野火のごとく広がった。

「それが不正かどうかはともかく、クラシック業界の小さな秘密は、この種の薬がそこらじゅうにあふれていることだ」と、2004年のニューヨーク・タイムズには書かれている。

…心理学の見地からいえばイップスも舞台恐怖の親類にあたる。それだけに、持久力や筋力よりも精密さや安定性が問われる種目にかぎれば、スポーツ界にもβブロッカーが広まったのは意外なことではない。(p165)

スポーツの場合、アーチェリー、ライフル、シンクロナイズドスイミングなどでは、競技の国際団体がβブロッカーを禁止するまでに至り、2008年のオリンピックではプロプラノロール(インデラル)の使用でメダルを剥奪された選手もいたそうです。

いま書かれていたように、βブロッカーは、「震えや冷汗など」身体の動きに関わる交感神経の反応を抑えますが、この身体の反応は、この記事の前のほうで考えた「情動」のことを指しています。

発達障害やトラウマの当事者の場合、βブロッカーなどの交感神経遮断薬は、刺激に対する情動反応をにぶらせることで、パニックになったり凍りついたりするのを防いでいました。

それとまったく同じ作用によって、プロの役者や演奏家は、緊張感の伴う舞台での情動反応をにぶらせ、パフォーマンスが崩壊するのを防いでいる、ということです。

とはいえ、できることならば薬に頼らずに、パフォーマンスを安定させられるほうが望ましいのは確かです。

トラウマ障害の場合、マインドフルネスやヨーガがこれらの薬の代用になる、とヴァン・デア・コークが述べていましたが、舞台恐怖やイップスの場合も、薬なしで対処する方法が知られています。

たとえば、この本によると、マインドフルネスを組み入れた認知行動療法が効果的かもしれません。

マインドフルネスでは、周囲のさまざまな刺激に注意がそれそうになるたびに意識を引き戻すことで、刺激によって引き起こされる情動反応を減らすことができました。

同じように、舞台に立ったとき、「お客様に何かを贈りたい」「音楽とつながっていたい」といった何らかの心から共感できるイメージに集中し「その瞬間に留まる」ことで、凍りつき反応が誘発されるのを防ぐといいます。(p167)

また音楽家や舞台俳優のなかで知られている手法の一つに、アレクサンダー・テクニークがあります。

身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアによると、19世紀のシェークスピア俳優だったF・マサイアス・アレクサンダーは、ある日ハムレットを演じているときに声が出なくなってしまます。

医師たちの助けを求めても症状は治りませんでしたが、アレクサンダーは自分をよく観察し、症状を細かく分析することで、身体の緊張をコントロールすれば、症状を軽減できることに気づきました。

そして、自分が気づいたことをアレクサンダー・テクニークとして体系化し、今日にいたるまで、大勢の俳優や音楽家、さらには科学者さえもがその恩恵を受けています。

ニコラス・ティンバーゲンは、「動物行動学とストレス疾患」というタイトルのノーベル賞受賞スピーチの中で、アレクサンダー・テクニークと呼ばれる姿勢再教育法の有益な効果について説明し賞賛した。(p397)

素晴らしいバイオリニスト、ユーディ・メニューインも彼の生徒の一人だった。ポール・マッカートニーやスティング、ポール・ニューマンなど、数多くのポップスターや俳優がアレクサンダー・テクニークの教師の治療を受け、それを絶賛している。

しかしながら、今日に至ってもこの方法があまり知られていないままであるのは、厳しく洗練された集中(focus)が必要とされているからだ。(p398)

アレクサンダー・テクニークは、大勢の著名人が効果を実感してきただけでなく、フェルデンクライス・メソッドやロルフィングといったさまざまなボディワーク(身体を用いたセラピーのこと)にも多大な影響を及ぼしてきました。

今日では、ダマシオの理論やマインドフルネスの研究に基づいて、科学的なメカニズムもわかってきています。

にもかかわらず、あまり一般的でないのは、一錠口に含むだけですぐに情動反応を抑えられるβブロッカーのような薬と異なり、決してお手軽ではないからでしょう。

アレクサンダー・テクニークにしろ、他のボディワークにしろ、こうした技法の中心にはマインドフルネスの習得があります。マインドフルネスを身に着け、身体に注意を向けて情動をコントロールできるようになるには、かなりの訓練を要します。

すぐにでも症状を改善したい人たちにとって、数年もの時間とそれに伴う費用のかかるボディワークは、あまりにハードルが高すぎるように感じられます。

しかし、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法に書かれているように、薬による一時しのぎではなく、本当の意味で自分の身体の反応をコントロールできるようになるには、何らかのボディワークに取り組み続けることは不可欠でしょう。

トラウマ治療法の主流は、恐れおののく人が自分の感覚と情動を安全に経験するのを助けることにほとんど注意を払ってこなかった。

セロトニン再取り込み阻害薬、リスペリドン(リスパダール)、クエチアピン(セロクエル)などを使う治療が、人が自分の感覚世界に対処するのを助ける治療に、しだいに取って代わってきた。

だが、私たち人間が苦悩を軽減する最も自然な方法は、触れられて、ハグされて、体を優しく揺り動かされることだ。これは過覚醒の鎮静に効果をもたらす。

…したがって私は、治療的マッサージ、フェルデンクライス・メソッド、頭蓋仙骨療法といった、何らかのボディワーク(手技や体操、運動などを通して体から意識に働きかける方法)を受けるように、すべての患者に勧めている。(p352)

6.凍りつきによる慢性的身体症状を緩和する

イップスや舞台恐怖は、深刻な症状であるとはいえ、おもに大舞台でのみ生じる一過性の問題です。

大舞台に立って、交感神経のアクセルが異常に活性化したときのみ、副交感神経(背側迷走神経)の急ブレーキがかかり、凍りつき(フリーズ)してしまいます。

しかし、発達障害やトラウマのため、常に過敏な状態にある人の場合、フリーズするのは大舞台のような緊張を伴う場面だけではありません。四六時中、過緊張状態にあるので、慢性的に凍りつきを起こすかもしれません。

ずっと交感神経が過緊張状態にあり、その結果、副交感神経(背側迷走神経)の急ブレーキがかかって筋肉や内臓が凍りついたままになっているとしたら、身体はどうなってしまうでしょうか。

身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアにはこう書かれています。

かくして気まぐれな症状へと道筋が定まっていく。首や肩、背中の張りは時間の経過とともに線維筋痛症へと進行する可能性が高い。

また未解決のストレスによる身体的表現としてよく見られるものに片頭痛がある。胃腸のけかつきは、よく見られるような過敏性腸症候群やひどい月経前症候群、またけいれん性結腸のような消化器系の問題へと突然変異的に進行してしまうかもしれない。

こうした状態は苦しんでいる人のエネルギーを枯渇させてしまい、慢性疲労症候群という形に進行する可能性もある。(p219)

ずっと過緊張状態にある筋肉や内臓が、さまざまな消耗性疾患や慢性的な身体症状をもたらすことは目に見えています。

交感神経の過緊張とそれが引き起こす背側迷走神経の凍りつきは、のどや筋肉や内臓に、緊張、こわばり痛み、ひきつり、けいれんなどの形で現れます。身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法にも同様の点についてこう書かれています。

明確な原因が見当たらない身体的症状は、トラウマを負った子供にも大人にも広く見られる。

腰や首筋の慢性的な痛み、線維筋痛症、偏頭痛、消化不良、痙攣性結腸/過敏性腸症候群、慢性疲労、喘息などが起こりうる。

トラウマを負った子供は、そうでない子供よりも、喘息を起こす率が50倍も高い。(p164)

偏頭痛(片頭痛)などの身体症状は、さまざまな遺伝的、環境的要因が重なり合って生じますが、その原因のひとつが、慢性的な交感神経の過緊張状態が引き起こす凍りつきです。

そのことを考えれば、脳神経科医オリヴァー・サックスが、サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)の中で、片頭痛によく効く薬として、プロプラノロール(インデラル)やクロニジン(カタプレス)を挙げているのも不思議ではありません。

最もよく知られる重要な新薬は、1970年代に開発されたプロパノロールである。

プロパノロールはベータ・アドレナリン作動薬で、動脈壁などのベータ2受容体をブロックし(セロトニンの拮抗薬も同じである)、長期投与によって片頭痛の予防にメチセルギドと同じ程度の効果があり、しかもより安全である。

この薬剤は発作時の頭蓋側頭動脈のひどい拡張の予防作用の他に、自律神経一般(血圧、脈拍の数やリズムなど)に対するさまざまな効果がある。

こうした治療効果は高血圧の片頭痛患者にはとりわけ有用である。もっとも、低血圧や気管支痙縮を起こす傾向がある患者では避けなければならない。

クロニジンのようなアルファ・アドレナリン作動薬もまた、1970年代に開発された。英国では、抗片頭痛薬としてクロニジンが広く用いられている。

米国ではあまり受けいられていないが、大きな効果をあげる患者がときどき見られる。(p465)

サックスはプロプラノロールやクロニジンは、長期的に使った場合、片頭痛を予防する効果があると述べています。慢性的な身体の緊張状態を多少なりとも緩和するからでしょう。

サックスは、この本のなかで、片頭痛の原因を多角的に考察していますが、やはり生物学的な凍りつき反応に注目しています。

動物の世界においては、威嚇に対する反応としては急激なものよりも受け身反応のほうが重要であり、そのレパートリーは著しく多彩である。

…スナネズミは筋肉の緊張を突然失ってカタトニーのように硬くなり、オポッサムは失神様無動すなわち「偽死」を装う。

馬は驚愕して「凍りつき」、冷や汗を流す。…また危険にあったカメレオンは凍りつき、体色を環境に似たものに変えるという独特の反応をみせる。

…人間においてもこうした受動的防衛反応のレパートリーはきわめて豊富に備わっているが、…睡眠障害や強硬症、神経機能の「凍りつき」や「妨害」、…片頭痛ももちろんこの範疇に入る。(p381-382)

サックスが説明するように、多くの動物たちが脅威を感じたときにみせる凍りつきや擬態死の反応と、人間に生じる凍りつき反応は同じものであり、片頭痛もそれに含まれます。

動物たちは、脅威にさらされると交感神経が過剰に活性化し、まず闘争/逃走反応が引き起こされます。しかしそれがうまくいかないと、今度は副交感神経(背側迷走神経)が急ブレーキをかけます。その結果起こるのが、凍りつきや擬態死です。

同じことがトラウマにさらされた人や、大舞台で過剰な緊張にさらされた人にも起こります。いわばこれらはすべて「ヘビににらまれたカエル」状態なのです。

片頭痛の反応は、寒冷、高温、疲弊、疼痛、疾病、そして敵といった外的および内的の脅威に対して動物がみせる反応、つまり副交感神経優位の多彩な受動的な防御反応から分化したものだと考えられる。

片頭痛と同様に、こうした原始的反射ではどれも、闘争-逃走反応とは対照的に、後退や活動低下が際立っている。(p410)

もしずっとカエルがヘビににらまれたままならどうなるでしょうか。カエルの全身はフリーズして凍りついたままになり、しまいには痛みだしたり、エネルギーが枯渇したりするでしょう。

ずっとストレスを抱え続け、過緊張状態にある人もこれと同じで、慢性的な緊張が、片頭痛や線維筋痛症、慢性疲労といった身体症状として現れます。

プロプラノロール(インデラル)やクロニジン(カタプレス)といった交感神経遮断薬が、このような慢性的な身体症状にいくらか効果を見せるのはそのためです。

凍りつきによる片頭痛などの身体症状は、副交感神経(背側迷走神経)によるものですが、副交感神経の急ブレーキが作動したのは、もとはといえば、アクセルである交感神経が過剰に活性化したせいでした。

よって、交感神経のアクセルを和らげることができれば、凍りつきの急ブレーキも和らぐはずです。

これらの薬はストレスの原因そのもの(カエルをにらんでいるヘビ)は取り除けませんが、それによって起こる情動反応を減らすので、筋肉や内臓の慢性的な緊張が緩和され、身体症状が和らぎます。

しかし、この場合もやはり、薬は対処療法にすぎないので、根本的に解決したいなら、ストレスの原因そのものを取り除いたり、自分の身体の生理的な反応パターンそのものを変えていく必要があります。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法によると、前述のボディワークは、あまりに慢性的なせいで自分でも気づけなくなってしまった身体の緊張状態に気づき、少しずつ緊張を解消していくのに役立ちます。

私はお気に入りのボディワーク専門家であるリシア・スカイに、トラウマを負った人への治療について尋ねた。…ボディワークは人にとって、どんな役に立つのだろうか。

スカイは答える。「人は水を渇望するように、触れられることを渇望することがあります。

…注意深いタッチや動きによって、…あまりに長い間抱いていたために、もう自覚さえしていないかもしれない緊張を、発見できるようになります。

…情動が体内に縛り付けられていると、体は物理的に制約されます。肩は凝り、顔の筋肉が強張ります。内部の状態をさらしかねないので、涙をこらえたり、声や動きを抑えたりするのら、途方もないエネルギーを費やします。

体の緊張が解き放たれると、感情も解き放つことができます。動くことによって深い呼吸ができるようになり、緊張が解けると、表情豊かな声を出すことができます」。(p352-355)

ボディワークにはさまざまな種類がありますが、どれもマインドフルネスを培って、自分の身体を注意深く観察するトレーニングに重きを置いています。

意識的に自分の身体を注意深く観察することで、これまで気づいていなかった身体の各部の過緊張を自覚できるようになります。

原因不明だと思っていた身体の痛みや慢性的な身体症状、不安定な精神状態などが、何らかの刺激によって誘発されている慢性的な凍りつきによるものであることがわかってきます。

神経系の過緊張の原因がどこにあるかがわかれば、意識して筋肉や内臓の緊張を解き、凍りつきを解除するための方法も身につけていけるでしょう。

実際には、ボディワークのトレーニングは、言葉で説明するほど簡単なものではありませんが、数ヶ月また数年にわたり継続することで、薬では対処しきれないような、幅広い症状に対して効果が現れることが実証されています。

マインドフルネスは、うつ病や慢性疼痛といった、数多くの精神医学的・心身医学的症状や、ストレス関連症状に有効であることが立証されている。

また、免疫反応、血圧、コルチゾール値の改善といった、身体的な健康に幅広い効果がある。

情動調節に関与する脳領域を活性化し、体の認識と恐れに関連する領域に変化をもたらすことも立証されている。

私の研究仲間であるハーヴァード大学のブリッタ・ホルツェルとサラ・ラザーによる研究では、マインドフルネスを練習すると、脳の煙探知機である扁桃体の活性化が抑えられ、トリガーになりそうなものに対して反応しにくくなりさえすることが立証された。(p342-343)

ダマシオによれば、わたしたちの反応は、(1)何らかの刺激→(2)身体の「情動」反応→(3)心の「感情」、という順番で生じていました。

マインドフルネスは、「情動調節に関与する脳領域を活性化し」(2)の体の情動反応をコントロールできるようにするので、様々な身体症状と同時に、(3)の感情にも作用し、心身両面の過緊張を減らすことができるのです。

薬を賢く活用する

この記事では、プロプラノロール(インデラル)、クロニジン(カタプレス)、プラゾシン(ミニプレス)、グアンファシン(インチュニブ)のような交感神経遮断薬が、いかに過緊張による問題を和らげるのかを見てきました。

わたしがこの記事をまとめたのは、自分自身が、このタイプの薬に助けられてきたからです。(おもに中枢に作用するα作動薬は効果があったものの、β遮断薬はあまり効かなかったので個人差がかなりあると思いますが)

わたし自身が効果を実感してきただけでなく、わたしが読む本でも繰り返し名前が出てくるので、いったいどんな効果で作用しているのか、記事に整理しておこうと思いました。

記事にまとめてみて感じたのは、こうした薬は、無意識の身体の反応を軽減できるという点では確かに有用ですが、あくまで対処療法にすぎないということです。

どうしようもない症状に振り回され、落ち着いて理性的に考える余裕さえないときは、さまざまな薬の助けはとても役立ちます。

薬は多くの場所でセラピーに取って代わり、患者が根底にある肝心な問題に取り組まずに症状を抑え込むことを可能にした。

…ヨーガ教室や定期的な運動、あるいはただがむしゃらに頑張ることで、自力で切り抜けようとするのに疲れ果てた人にとって、生き返るほどの救いを医薬品がもたらしうることが多い。(p69)

けれども、ある程度落ち着きを取り戻したなら、ずっと薬に頼り続けるのではなく、薬なしでも自分をコントロールできるようトレーニングしていかなければ、いつまでも次の段階へと進めないこともまた確かです。

だが、薬はトラウマを「治す」ことはできない。乱れた生理機能の表れを抑えることができるだけだ。

また、自己調節を可能にする効果が永続するような教訓を与えてはくれない。(p368)

薬は確かに情動反応を「抑える」ことで苦痛を減らします。けれども、情動を抑えるということは、生々しい苦痛だけでなく、生き生きとした喜ばしい情動も抑えてしまうということを意味しています。

苦痛を減らすことは薬でも可能ですが、人生を生き生きと楽しむという、その次のステップに上がるには、薬だけに頼っていては実現できません。

薬は情動をただ「抑える」のに対し、マインドフルネスを育むボディワークは、「自己調節を可能に」します。ただ苦しい情動を抑えるだけでなく、喜ばしい情動は目一杯味わえるようにもなるということです。

薬は化学的な作用を通じて、わたしたちの脳や身体の反応をある程度変えることができますが、本来、わたしたちの脳には、自ら生理的状態を組み替えていける可塑性が備わっています。

もし何らかの薬の効果を実感しているならなおさら、この記事で考えたように、なぜその薬が自分に効くのか、というメカニズムについてよく調べ、その同じメカニズムを実現できる非薬理学的な方法に関心を向けることが重要だと感じます。

薬がやってのけていることを、自分でできるようになって初めて、「自己調節を可能にする効果が永続するような教訓」を学び、本当の意味で、自分自身をコントロールできるようになるからです。

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