コセンダングサは針で刺されたという「トラウマ」的経験を何らかの方法で保存し、頂芽が切り取られたとき―それが何日もあとのことでも―過去のトラウマを想起するしくみをもっているに違いない、とテリエは考えた。
その後の実験は、コセンダングサの芽はどの葉が損傷したかを憶えている、という彼の推測を確定させた。(p144-145)
フロイトの時代以来、トラウマは「心的外傷」と定義され、精神科医によって研究され、メンタルヘルスの問題として扱われてきました。
しかし近年、トラウマを単なる「心の問題」とみなす治療は十分な成果をあげていないばかりか、そもそもトラウマは心の問題ではないことを示す科学的な証拠が増えてきました。
このブログではこれまで、トラウマという概念の中核にあるのは、人間にしか当てはまらない心理学・精神医学的な現象ではなく、人間以外の動物にも普遍的に観察される、生物学や動物行動学の分野の現象であることを、さまざまな記事で説明してきました。
そんなわたしでも、植物はそこまで知っている (河出文庫)
という本を読んでいて、植物もトラウマを記録する、という研究を目の当たりにしたときは、いささか驚きました。
しかもこれは比喩や誇張ではなく、人間のトラウマと共通するメカニズム(手続き記憶やエピジェネティクス、マイクロバイオームなど)によるものなのです。
しかし、よくよく考えてみれば、これは何ら不思議なことではありませんでした。トラウマとは、逃げられない環境でのストレス(「逃避不能ショック」と呼ばれる)に対処するための生物的な生き残り戦略ですが、土に根を張った植物ほど典型的な「逃げられない」環境で生きる生物はいないからです。
この記事では、脳すら存在しない植物でもトラウマを記録しているという研究から、わたしたち人間が経験するトラウマとはいったい何なのか、改めて探ってみたいと思います。