なぜ耐えがたい恥は人を生ける屍にしてしまうのか―「公開羞恥刑」と解離の深いつながり

なたが今まで「人生でいちばん恥ずかしい」という思いをしたのはいつですか?

そう問われると、思い出したくもない記憶がいくつも頭をよぎって、思わず顔をしかめたり、思考を追い払ったりしてしまう人もいるでしょう。

「恥」という感情は、ひときわ耐えがたいものの一つです。痛みに強く、怒りをコントロールでき、悲しみにも呑み込まれない屈強な人でも、恥ずかしさだけは耐えることができないかもしれません。

恥ずかしさは、わたしたちにとって身近なものですが、度を越えた恥ずかしさは、人を殺すことさえあります。ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)という本で取材された、精神分析学者ジェームズ・ギリガンはこう語ります。

あらゆる暴力は、その被害者から自尊心を奪い、代わりに恥の感情を植えつける。

それは事実上、その人を殺すのと同じだ。(424)

「恥」が人を殺すとはどういうことでしょうか。

「恥」は、これまでに数限りない人を殺してきました。恥が殺すのは、その人の心、また人格です。学校でのいじめや先生によるあげつらいが子どもを不登校に追い詰めたり、虐待や性被害が心を破壊したりするのは、耐えがたいまでの恥にさらされるからです。

特に、公の場で、たとえばクラスメイトたちの前や、大勢の人が見ている会場、そして今日ではあらゆる人がアクセスできるSNS上などで恥をかかされることは、ひときわ強いショックを与え、PTSDに苦しませ、ひどい場合は自殺へと追い込むことさえあります。

なぜならそれは、古代において死刑よりも残酷と言われ、先進国ではあえて廃止されてさえいる刑罰、犯罪者や異国民を辱めるために行われていた「公開羞恥刑」(こうかいしゅうちけい)と同じ構造をしているからです。

現代のいじめなどにも見られる「公開羞恥刑」としての辱めは、どこにも逃げ場がない、安心できる居場所をことごとく奪い去るといったことから、このブログで取り上げてきた「解離」、つまり心のシャットダウンや切り離しと、非常に深いつながりをもっています。

なぜ公の場で恥をかかされる公開羞恥刑のような体験が、死刑よりも恐ろしいとまで言われるほど残酷で、人格を殺害するのか、なぜ恥と解離は本質的に絡み合っているのか、幾つかの本から見てみましょう、

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脳という劇場の不思議な幻視「シャルル・ボネ症候群」とは―レビー小体病や解離性障害と比較する

「病院の点滴スタンドの上に小人さんが見えるのよ」。

そんなことを言われたら、この人は冗談を言っているのだろうか? と頭をひねってしまうのが普通かもしれません。人によっては気は確かなのだろうか、と思うこともあるでしょう。

しかし、わたしの場合は違いました。そう話してくれている人が、とても頭脳明晰なおばあちゃんで、大半の若い人たちよりも頭の回転が鋭く、とても理知的なのを知っていたからです。

話を聞いてみると、その人は目の病気のために視野が欠けていて、その欠けた部分を補うかのように、妖精や小人のような不可思議な幻が見えるのだということでした。

当人は、もちろん見えているものが幻であることを知っていました。その幻はとてもリアルで本物のように動くのですが、そんなものは現実にはいないと知っているし、あまりに場違いなので、幻覚だとはっきりわかるようでした。

この不思議なエピソードは、ずっとわたしの記憶に刻まれていたのですが、数年前、たまたま稀で特異な精神症候群ないし状態像という本を読んでいるとき、まさしくこれだ、という記述を見つけて驚きました。

それはシャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome:CBS)。

目の病気で視野が歪んだり欠けたりする年配の人に現れる幻視で、異国風の楽しい幻覚が多く、それを見ている本人は至って冷静で、幻覚を幻覚だと認識している、とのことでした。

その後、アルツハイマーはなぜアルツハイマーになったのか 病名になった人々の物語など別の幾つかの本にもシャルル・ボネ症候群の話が紹介されていて、この幻覚は決してまれなものではなく、視覚障害を持つ高齢者の少なくとも15%ほどは経験しているのだと知りました。

また、この幻覚は視覚障害のある高齢者のみならず、別の原因、たとえば大脳皮質の不具合などによっても起こることを知りました。つまり、目の病気がなくても、はたまた高齢者でなく若い人であっても、同じような幻覚を見る可能性があるのです。

この記事ではシャルル・ボネ症候群の幻覚の特徴を調べるとともに、レビー小体病や解離性障害の幻覚と比較してみたいと思います。

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当事者研究や統計調査で気をつけたい「基準率錯誤」

たしがこのブログで空想の友だちの記事を書き始めたころに比べると、最近は当事者たちの情報発信が活発になっており、インターネット上で統計調査のアンケートをしている人も見かけます。

当事者研究は、特にアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)などの発達障害の研究で注目されてきました。

近年は、発達障害の人たちによるネット上での情報発信や当事者研究が活発で、社会にあまり馴染めない人たちにとっては、ネット上のコミュニティーが、交流の中心地となっている印象もあります。

他方、このブログでは過去の記事で、解離やイマジナリーコンパニオン(空想の友だち)の当事者研究が必要だと書きました。いまだ実態がよく知られていない少数派が多い分野です。

イマジナリーフレンド(IF)「私の中の他人」をめぐる更なる4つの考察
心の中に別の自分を感じる、空想の友だち現象について、子どものイマジナリーフレンド、青年期のイマジナリーフレンド、そして解離性同一性障害の交代人格にはつながりがあるのか、という点を「

この分野でも、近年は、ネット上の情報交換が活発になってきたように思います。おそらく、わたしの記事など関係なしに、時代の流れとして、当事者研究の活動が活発になってきているのでしょう。

そのようにして、これまであまり知られていなかった現象に光が当たるのは、とても有意義なことです。

しかし同時に、調査結果に対して、「基準率の錯誤」が入りこまないように注意することも必要です。

統計調査をするときにどうしても避けて通れないのが「基準率」(事前確率)の問題です。結果を受け入れる前に、サンプリングのレベルで、バイアスがかかっていないか吟味する必要があります。

この記事では、特に解離のような少数派や私秘性を特色とする文化について考える際、統計を読むときに注意したいことを考えてみました。

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ダニエル・タメットが語る「ぼくと数字のふしぎな世界」―人間の本質は無限の多様性の中にある

10代のころぼくは、この数が大好きなんだ、と同級生に打ち明けたことがある。

…彼女は考えながら答えた。ぼくの質問の意味がよくわからないようだった。「数は数でしょ」と彼女は言った。

たとえば333と14は、君にはなんの違いもない? 違いはなかった。

じゃあπをどう思う? ぼくはなおも訊いた。この不思議な数についてちょうど授業で学んだばかりだった。美しい数字だとは思わない? (p149)

キュメンタリー「ブレインマン」で円周率π(パイ)を2万2514桁も暗唱して一躍有名になったアスペルガーまたサヴァンのダニエル・タメット。

彼は、冒頭に引用したぼくと数字のふしぎな世界の中で、自分が子どものころから抱いてきた数字に対する愛着、とりわけπという円周率に対する愛着について語っています。

「πをどう思う?」と聞かれたら、たいていの人は戸惑ってしまうでしょう。タメットのように、数字に対して、あたかも友だちに抱くかのような親しみを感じる人はなかなかいません。

数字や文字に色があるわたしからしたら、πの3.14という数字の組み合わせは、からりとした夏の屋台でひるがえる かき氷の旗の配色にそっくりなのですが、そんな突拍子もない連想はともかく、タメットは3.14から果てしなく続くπの数列の魅力についてこう熱弁します。

完全な円には、考え得るあらゆる数字の連なりが入っている。

πのどこかに、少数点以下何兆桁かのあたりに、五が100個も連続しているところがあるかもしれない。ゼロと一だけが交互に1000個も続くところがあってもおかしくない。

でたらめに見える数字の泥沼の、思いもよらないほど深いところには、ビックバンが起きてからいままでの時間より長い時間をかけて計算すれば、123456789……の連続が1億2345万6789回立て続けに現れるところが見つかるかもしれない。

…循環もせず、割り切れることのない唯一の数がπなのだ。(p150)

πという数字は、永久に割り切れることなく、循環することもなく無限に続いていきます。そこには特定のパターンはありません。あらゆる可能性が秘められていて、あらゆる多様性が含まれています。

もしも今わたしが書いているこの文章を暗号化して数列に置き換えたとしても、それとぴったり一致する数の並びが、無限に続くπの連なりのどこかに見つかることでしょう。

ぼくと数字のふしぎな世界は、そんな無限の可能性を秘めたπをこよなく愛するダニエル・タメットが、数字という窓を通して、この世界に満ちる無限の多様性をかいまみせてくれるエッセイ集です。

シェイクスピアが数字のゼロに心を奪われたこと、トルストイが微分積分の考え方を歴史に応用したこと、詩や俳句に素数が巧妙に織り込まれていることなど、今まで考えもしなかったような観点から想像力を刺激してくれる このユニークな本の感想を書きたいと思います。

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概日リズム睡眠障害の非24時間型と睡眠相後退型の違いが見つかる―体内時計が真の夜型かどうか

立精神・神経医療研究センター (NCNP)の三島和夫先生らのグループによる、概日リズム睡眠障害の最新の研究成果が発表されました。

概日リズム睡眠障害の患者の体内時計の周期を皮膚細胞から簡単に測定できるようになったほか、睡眠時間が日に日にずれていく非24時間型(non-24)と、宵っ張りの朝寝坊で固定する睡眠相後退型(DSPS)とでは、異なる特徴が見られたとのことです。

この結果は、同じ概日リズム睡眠障害といっても、治療の目指すところはそれぞれ異なっていて、規則正しい生活とは一人ひとり異なるものだ、という点を示唆しているのかもしれません。

皮膚細胞を用いて『概日リズム睡眠-覚醒障害患者』の体内時計周期の異常を同定│プレスリリース詳細 | 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター

概日リズム睡眠-覚醒障害患者の体内時計周期の異常を皮膚細胞から同定-NCNP - QLifePro 医療ニュース

NCNP、皮膚細胞を用いて個人の体内時計の周期を簡便に推定する手法を開発 | マイナビニュース

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