ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由

ヨーガは東洋において数千年前から実践され、その達人たちは多くの身体的、情緒的精神的恩恵を手にしてきた。

しかしながら、つい最近まで、それらの効果が科学的に定量化されることはなかった。

だが、トラウマ治癒におけるヨーガの有効性と明確な生理学的効果に対するベッセル・A・ヴァン・デア・コークの説得力ある研究によって、この永遠の健康増進術のきわめて新しい適用法が示されたのである。

これは、すべてのトラウマに共通する名称が「体からの疎外と断絶」であり、「〈今ここに在る〉ことのできる能力の低下」であることを知るなら、何ら驚くには当たらない。(p10)

経生理学者ピーター・A・リヴァイン(ラヴィーン)は、トラウマをヨーガで克服するに寄せたまえがきでそう書いています。

トラウマ専門医ベッセル・ヴァン・デア・コークは、これまでトラウマ治療の主流とされていたカウンセリング形式のセラピーが、幼少期から慢性的なトラウマを抱える人たち(複雑性PTSD、ないしは発達性トラウマ障害)には効果が薄いことに気づき、有効な治療法を探し求めていました。

そのような人たちが抱える「耐え難い身体感覚によって“たたきつぶされた”という、この永遠に続く感覚」や「煙でいぶしたガラスで隔てられて生きているような感じ」を癒やす方法として、彼がたどり着いたのはヨーガをもとにした治療プログラムでした。(p23,83)

この本で解説されるヨーガは、「トラウマ・センシティブ・ヨーガ」(トラウマに対する感受性を備えたヨーガ)と名づけられたもので、一般的なエクササイズ教室で実践されているヨーガとは、方法も目的も異なっています。

どちらかというと、以前に紹介した、身体感覚への気づきを重視するトラウマ治療法である「ソマティック・エクスペリエンス」にヨーガのポーズを取り入れたものといえます。

ソマティック・エクスペリエンス(SE)を知る10ステップ―「凍りつき」を溶かすトラウマセラピー
近年注目されているトラウマの治療法「ソマティック・エクスペリエンシング」(SE)についてまとめました。

この記事では、トラウマをヨーガで克服するをもとにして、なぜ身体感覚に注意を向けるセラピーが、慢性的なトラウマの苦痛に役立つのか考えたいと思います。

また、このセラピーは“トラウマ”の治療法とされてはいますが、慢性疲労症候群線維筋痛症などの慢性疼痛、オーバートレーニング症候群などの治療に通じる重要なポイントがたくさん含まれています。

慢性疲労症候群や線維筋痛症には、しばしば運動療法が効果があると言われますが、必要なのは「運動」を強いることではなく、身体感覚に対する「気づき」を養うことである、といえる理由についても考えてみます。

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発達障害やトラウマの過敏性,不眠,凍りつきなどに降圧薬(インデラルやカタプレス)が効くのはなぜなのか

ラウマ性疾患や発達障害の過覚醒などによく使われる薬の中に、交感神経遮断薬」として分類される、一群の降圧薬があります。

たとえば、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法には、こうあります。

プロプラノロール(インデラル)やクロニジン(カタプレス)のように自律神経系に働きかける薬は、過覚醒やストレスへの反応を抑える助けになりうる。(p369)

これには、α1受容体拮抗薬プラゾシン(ミニプレス)、α2受容体拮抗薬クロニジン、β受容体拮抗薬プロプラノロールなどがある。(p637)

このタイプの薬は、全身のアドレナリン受容体に作用して、交感神経を抑制したり、血圧上昇を抑えたりします。

発達障害やトラウマの場合、交感神経の過剰な活性化によって、過覚醒、過敏、不眠、凍りつき(フリーズ)などが起こるため、しばしばこれらの降圧薬が処方されます。

この記事では、これらの薬は具体的にどのような作用があるのか、さまざまな資料からの情報をまとめてみました。また、これらの薬の代わりになる、非薬物療法についても考えています。

ご注意いただきたい点として、わたしは専門家ではありません。どんな治療を選ぶかは専門医の判断をあおぎ、この記事で紹介する資料はあくまで参考程度にご覧ください。

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心は脳だけでなく身体全体から作られる―神経学者ダマシオの自己意識の研究を読み解く

ラウマ研究の第一人者であるベッセル・ヴァン・デア・コークは、このブログで頻繁に引用している身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ある本のことを「私にとって最も重要な本」と呼んで紹介しています。

ダマシオは一連の見事な科学論文や書物の中で、体の状態と情動と生存との間の関係を明らかにした。

神経科医として、さまざまな種類の脳の損傷を負った患者を何百人と治療してきたダマシオは、意識や、自分が何を感じているかを知るのに必要な脳領域の確認に強い関心を抱くようになった。

彼は、私たちの「自己」の経験を司るものを精密に記すことに自分の職業人生を捧げた。

彼の著書のうち、『無意識の脳 自己意識の脳ー身体と情動と感情の神秘』は私にとって最も重要な本で、それを読んだときには目を開かれる思いだった。(p155)

アイオワ大学メディカル・センター神経学部のアントニオ・R・ダマシオ博士の数ある著書のうち、ヴァン・デア・コークにとって「最も重要な本」に思えたのは、無意識の脳 自己意識の脳でした。

ダマシオは、意識や自己、人格、アイデンティティといった、これまで神秘に包まれていたテーマを、膨大な神経科学の証拠に基づいて考察したことで知られています。

そのおかげで、従来、心理学や精神医学の領域で扱われていたトラウマのような「こころの問題」を、実体のある神経科学的な「からだの問題」として研究することが可能になりました。

この本が、ヴァン・デア・コークにとって重要な本であるとすれば、このブログで取り上げているトラウマや解離の研究においても、極めて重要な一冊だといえるでしょう

ソマティック心理学のような、身体感覚から心にアプローチするセラピーに携わる人にとっても、このダマシオの研究について知っておくことは大いに役立つはずです。

また、わたしのように、専門家ではなくても、心、意識、人格といった つかみどころのない概念を、スピリチュアルな観点ではなく、現実的な観点から考察したい人にとっても、ダマシオの研究について知っておくのはとても大切です。

前知識がないとかなり難解な本ですが、この記事では、わたしのつたない読解力ながら、できるだけ易しい言葉を用いて、ダマシオの研究を解説してみようと思います。

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無意識に人格が切り替わってしまう「スイッチング」とは?―多重人格をスペクトラムとして考える

その症状は劇的ではあるものの、解離性同一性障害に見受けられる内部分裂や異なる人格の出現は、幅広い精神生活の領域の極端な例にすぎない。

自分の中に相容れない衝動や部分がいくつもあるという感覚は誰しも抱いているが、トラウマを負い、生き延びるために極端な手段に頼らざるを得なかった人々には、とりわけ顕著なのだ。(p457)

離性同一性障害(DID)、いわゆる多重人格は、映画やアニメなどのフィクション作品でセンセーショナルに扱われるせいで、はなはだしく誤解されてきました。

自分のうちに複数の人格がいるという現象は、ときに猟奇的な犯罪や、オカルトと結びつけられがちですし、詐病や演技だとみなす医師さえいます。

多重人格の原因がよくわかる8つのたとえ話と治療法―解離性同一性障害(DID)とは何か
解離性同一性障害(DID)、つまり多重人格について、さまざまな専門家の本から、原因やメカニズムについて理解が深まる8つのたとえ話と治療法についてまとめました。

しかし、身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ベッセル・ヴァン・デア・コークが述べているように、解離性同一性障害(DID)は、「幅広い精神生活の領域の極端な例に」すぎません。

近年の解離の理論からすれば、単一の人格しか持たない大多数の人と、複数の人格を抱え持つDIDの人は、ばっさりと二分して区別できるようなものではなく、グレーゾーンを介して連続してつながっていることがわかっています。

彼はこの本の中で、「解離がスペクトルの上で生じることに気づいた」と述べています。ちょうど虹のスペクトルのように、さまざまな程度また色合いの症状が連続して起こっている、という意味です。(p464)

たとえDIDと診断されるほど典型的ではなくても、自分の内に複数の人格が宿っているように感じている人は大勢います。そのような人たちは、「スイッチング」という軽度の人格の切り替わりを経験します。

たとえば、ついカッとなる傾向があったり、ぼーっとして無活動状態にはまり込んでしまったり、人前での自分と一人でいるときの自分にギャップがあったり、依存症や中毒、自傷行為をやめられなくなったりしている人は、人知れずスイッチングの問題を抱えている可能性があります。

この記事では、スイッチングとはなにか、人格の分裂がわたしたちの日常からそれほどかけ離れているわけではないといえるのはなぜか、そのとき脳科学的にはどのような状態にあるのか、といった点を考察したいと思います。

(※多重人格は解離性同一性障害の古い呼び名であり、あまり適切ではない名称です。しかし現在でも、多重人格という言葉は知っていても、解離性同一性障害という呼び名は知らない人も多いため、この記事では便宜的に この表現を併用しています)

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カウンセリングではトラウマを治療できないのはなぜか―物語ではなく経験が必要な理由

代のトラウマ研究の第一人者である、ベッセル・ヴァン・デア・コークが、身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で書いている次の説明は、いささか衝撃的かもしれません。

セラピストは、話すことにはトラウマを解決する力があると考え、その力に絶対的な信頼を置いている。…残念ながら、事はそれほど単純ではない。(p379)

私たちの研究における最も重要な発見は、次の事実かもしれない。

1893年のブロイアーとフロイトの主張とは裏腹に、トラウマを、それと結びついた感情のいっさいとともに思い出しても、必ずしもトラウマは解消しないのだ。

私たちの研究は、言語が行動の代わりになりうるという考え方を支持しなかった。(p321)

ハーバード大学のジョン・レイティは、GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネスの中で、ヴァン・デア・コークのこの考え方について、もっと歯に衣着せぬ言い方でこう代弁しています。

精神科医のベッセル・ヴァンダーコークは、トラウマの権威として高く評価されている。

…長年にわたって精神科医として患者を診てきたが、トラウマについて学んだことから心理療法をやめたと公言する。

彼に言わせればトークセラピーなど「むだ話」にすぎない。

…数十年に及ぶ試行錯誤の末に、彼は、体を動かすのがいいという結論に至ったのだ。(p248)

専門家も当事者も含め、これまで多くの人は、トラウマとは「心の傷」であり、傾聴によるカウンセリングや、認知行動療法のような、対話を軸とした心理療法(トークセラピー)が役立つと教えられてきました。

しかし、近年のトラウマ医学の進歩からすれば、それは「むだ話」にすぎない、と書かれています。そして、その代わりになるのは「体を動かす」アプローチでした。

いったいこれはどういう意味でしょうか。

確かにカウンセリングを受けると、いくらか気分が楽になるかもしれません。しかし会話を中心としたセラピーには限界があり、ときには症状を悪化させることもあります。

この記事では、なぜ言葉を用いたセラピーではトラウマ症状をうまく治療できず、「トラウマ記憶を物語に変える」という手法では不十分なのか、最近の脳科学の発見に照らして考えたいと思います。

そして、行動や経験を重視する身体志向のセラピーになぜ効果があるのかを、意外な観点から考察してみました。

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