原因不明の「慢性的な息苦しさ」の理由―自律神経系のポリヴェーガル理論から考える

なたは慢性的な息苦しさに悩まされていますか? 

たとえば息が深く吸えない、深呼吸しても奥まで入っていかない、胃腸が張って圧迫されている、といった感覚です。

わたしは慢性疲労症候群で不登校になった学生時代から、ずっと息苦しさや頻繁に出るしゃっくりに悩まされていました。そして、どんな医者に話しても、納得のいく説明も有効な解決策も得られませんでした。

精神科では不安の表れだと言われて抗不安薬を処方され、内科では腹部膨満だと言われて消化管内ガス駆除剤を処方され、漢方では胃腸を整える生薬を調合され、鍼やマッサージも受けましたが改善しませんでした。

インターネットでも詳しく調べましたが、権威のない情報をコピペしたようなサイトがあふれているだけで役に立ちませんでした。

呼吸器科や消化器科で詳しい検査を受けても異常がなく、もう誰にもわかってもらえないのかもしれない、と思っていました。イリノイ大学名誉教授である神経科学者スティーブン(ステファン)・ポージェスの多重迷走神経理論(ポリヴェーガル理論)を知るまでは。

ポージェスは、生理学や解剖学の幅広い知識から、自律神経系の新たな理論を構築した科学者です。

それによって、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」に書かれているように、従来の自律神経のモデルでは説明できなかった、原因不明の慢性疲労や息苦しさ、横隔膜のけいれん、胃腸障害などの症状を説明できるようになりました。

しかし、この単純な「自律神経バランス」の概念では、迷走神経の防衛システムを説明できません。

そこで、三つの段階的な要素を反映できる、自律神経系の再概念化が必要なのです。

…この「太古の」迷走神経系は、脊椎動物にはすべて備わっています。もしこの神経系が哺乳類において防衛システムとして発動した場合、呼吸が抑制され、心拍数が下がり、反射的な排便が促されます。(p233)

この「太古の防衛機制」とは「不動状態」です。…哺乳類も、生命を脅かすようなことが起きた場合には「不動状態」に陥ります。(p40)

ポージェスの研究に協力した神経生理学者ピーター・ラヴィーンは、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアで、この「不動状態」のときには、非常に浅い呼吸になると述べています。

早く浅いかつ/または胸上部の呼吸は交感神経が覚醒している状態を示す。

非常に浅い(知覚不能なほどの)呼吸は、不動状態、シャットダウン、解離を示すことが多い。(p173)

わたしたちの身体は、「身体を動かしても危険から逃れられないと判断すると」、つまり逃げられない生命の危機や、慢性的なストレス下に置かれると、呼吸を抑制し不動状態になるという反応を「自動的に」始動します。

この記事で書く説明は、すでに過去のさまざまな記事の中で説明してきたものの焼き直しであり、特に新しいことは書いていませんが、改めて「息苦しさ」というテーマで整理してみました。

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ADHDは「自然欠乏障害」なのだろうか?ー自然不足が脳,自律神経,愛着,腸内微生物にもたらす影響

自然セラピーがADHDの症状を緩和させることが真実だとすると、その逆も言えるかもしれない。

つまり、ADHDは自然との接触を欠くことで悪化させられた一連の症状なのではないだろうか。

薬物療法の恩恵を受けている子供たちはたしかに少なくないかもしれないが、本当の障害は、子供たちの中にあるというよりは、むしろ人工的な環境で暮らすことを余儀なくされていることにある。(p120)

ャーナリストのリチャード・ルーブは、ベストセラーあなたの子どもには自然が足りないの中で、このように書いて「自然欠乏障害」(自然欠損障害:Nature-Deficit Disorder)という概念を提唱しました。

ADHDのみならず、現代の子どもたちが抱えるさまざまな問題は、自然界から切り離されたことで増えているのではないか、という環境心理学の研究に基づくものです。

リチャード・ルーブは、まずこの概念について、医学的また科学的な専門用語ではないこと、そしてADHDの原因は自然不足だけでもないことをことわっています。

繰り返すが、私は自然欠損障害という言葉を科学用語あるいは臨床用語として使っているわけではない。

もちろんアカデミックな研究者たちは、今のところはまだこんな言葉を使っていないし、ADHDの原因を自然不足だけとは考えていない。(p110)

今日では、「自然」「天然」「ナチュラル」などといった言葉で、あたかも身体によいかのように錯覚させるマーケティング手法や、環境保護団体の過激な主張や活動のせいで、「自然は身体にいい」という主張にうさんくささを感じる人たちも少なくありません。

とはいえ、自然欠乏がADHD症状に関与しているという観点は、複数の分野の研究に支持されているので、はなから退けられるものでもありません。

しかし、これまでに蓄積された科学的な証拠からも、私は自然欠損障害という概念―あるいは仮説―が、多くの子供の注意力不足を高じさせている原因のひとつを表す素人用語として、適切かつ有効であると思うのだ。(p110)

「自然欠乏障害」は、入り組んだ複数の要因を大雑把にひとくくりにしている大枠な概念ですが、コンセプトとしては間違っていないように感じます。

現代人の多くは生まれたときから都市で生活しているせいで自然を過小評価しがちですが、そもそもヒトという動物が都会に生息しはじめたのは最近であることを考えれば、自然環境が失われたことで何かしら影響が現れるという主張は、生物学的にみて説得力があります。

海外の注意回復理論に基づく研究や、国内の疲労研究、さらに、近年めざましく進展している微生物学の研究などは、自然界からの切り離しによって、現代人特有のさまざまな問題が引き起こされていることをはっきり示唆しています。

この記事では、自然との触れ合いの不足が、わたしたちにどのような影響を及ぼしているか、3つの観点から考えてみたいと思います。

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オリヴァー・サックスが左足を取り戻したときの「畏怖の念」およびヨブ記から学べる教訓

の記事は、危機的状況下における凍りつきから回復するときに感じる畏怖の念について考察した以下の記事の補足です。長くなったので別記事として分割しました。

大自然から感じる「畏怖の念」を科学するー凍りついた人を生き返らせる逆PTSD効果
ポリヴェーガル理論など、近年の科学的研究に基づき、畏怖の念とは何か、どんな生物学的機能があるのか、大自然の中で味わう畏怖の念によってどのようにトラウマから回復できるかを考えました。

本文中で書いたように、わたしたちは生物学的な防衛反応として、危機的状況では凍りつき/擬死状態に陥って、あたかも死んだようになります。これが、野生生物にも人間にも見られるトラウマ反応です。

しかし、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアに書かれているように、その死んだような状態から息を吹き返すときには、自発的な「身震い」が生じます。

この身震いとともに、凍りついていた神経系がリセットされ、生命力が復旧し、人はしばしば畏怖の念を覚えます。

地面に横たわっているときと救急車で搬送されているときに私が経験した、からだの震えやおののきは、神経系をリセットし、精神を全体性へと回復させてくれた生得的なプロセスの中心的部分である。

…中央アフリカのマラウィにあるムズズ環境センター所属の生物学者アンドリュー・ブァナリに、私自身のことや何千人ものクライアントがセラピーのセッション中トラウマから回復するときに自発的にブルブル震え、おののき、呼吸をするのだとかつて話したことがある。

アンドリューは興奮気味に頷き、そして急に大声で「そう……そう……そうです! まさしくその通りです。

捕獲した動物たちを野生環境に戻す前に、私たちは動物たちが今あなたがまさに言った通りのことをやり終えたかどうか確認するようにしているのです」と言った。(p19)

トラウマの凍りつき状態から復旧するときに身震いを通して「神経系をリセット」するのは、わたしたち人間を含め、動物たちに備わる生物学的なプロセスです。

脳神経科学者オリヴァー・サックスは、その著書、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で、自身の体験を通して、この死んだような凍りつき状態から息を吹き返すときに起こる現象について述懐しています。

この補足では、オリヴァー・サックスの実体験、および彼が著書で引用している古代の物語「ヨブ記」の記述などを通して、トラウマ状況下における凍りつきからの回復がいかにして起こるのかを、さらに調べてみたいと思います。

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大自然から感じる「畏怖の念」を科学するー凍りついた人を生き返らせる逆PTSD効果

2014年の夏、この峡谷をアメリカの帰還兵の一団が下っていった―こんどは全員が女性で、兵役中に心身に深い傷を負っていた。…彼女たちもまたアメリカの大自然を探検すべく川の旅を始めたのだ。

…畏怖の念にほんとうにPTSDとは反対の効果があるなら、そうした効果をもっとも必要としている人たちの脳にも効能はあるのだろうか? (p272-273)

「畏怖の念」と聞くと、あなたは何を思い浮かべますか? 大自然の中で感じる崇高な気持ちでしょうか? あるいは宗教体験における神に対するスピリチュアルな感情でしょうか?

自然を離れて都会で生きることが多くなった現代人は、今やめったに畏怖の念を感じるような体験をしなくなりました。

畏怖の念は古来から重要な感情とみなされてきたらもかかわらず、どんな仕組みで感じるのか、なぜそのような感情が必要なのか、といった点は、「ごく最近まで、科学的な研究はほとんど行なわれてこなかった」ようです。(p262)

しかし近年、カリフォルニア大学のダチャー・ケルトナーやポール・ピフといった心理学者たちにより、この不思議な感情の効果が注目されています。

畏敬の念が生き方にプラスに作用 - WSJ

最近発表された研究調査結果から、実際に畏敬の念を覚えるような体験をすると、健康状態は良くなり人間関係も改善されるなどさまざまな効用があることが分かった。

NATURE FIX 自然が最高の脳をつくる―最新科学でわかった創造性と幸福感の高め方によれば、「数あるポジティブな感情のなかで、畏怖の念は唯一、IL-6の値を大幅に下げる感情と考えられて」いて、『「逆PTSD効果」があるかもしれない』とする専門家もいます。(p263-264)

興味深いことに、ここ最近のトラウマ医学の著しい進展によって、畏怖の念が持つ生物学的な役割のヒントが得られるようになりました。

もしかすると、ヒトを含めた哺乳類が、はるか昔から恐ろしい捕食者などのトラウマにさらされながらも生き延びてこられたのは、畏怖の念がトラウマ反応をリセットし、「逆PTSD効果」をもたらしてくれていたおかげだったのかもしれません。

この記事では、まず、トラウマ医学の生物学的な観点から、畏怖の念とは何かを調べます。次いで、大自然の中で感じる畏怖の念が、なぜ今のわたしたちに必要なのか考察したいと思います。

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本当は何も知らないことに気づけない―だれもが陥る「知ってるつもり」の認知科学

「自分は何か知っていると思う人がいたら、その人は、知らねばならぬことをまだ知らない」。(新共同訳)

およそ2000年前、新約聖書の筆者はそのように書いたそうです。

この言葉は、知識が飛躍的に進歩した今日でも真実であり、知ってるつもり――無知の科学の著者である認知科学者スティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックは、次のように書いていました。

おそらくなにより重要なのは、個人の知識は驚くほど浅く、この真に複雑な世界の表面をかすったぐらいであるにもかかわらず、たいていは自分がどれほどわかっていないかを認識していない、ということだ。

その結果、私たちは往々にして自信過剰で、ほとんど知らないことについて自分の意見が正しいと確信している。(p12)

2000年前も、現代も、わたしたち人間は、ほんのわずかしか知らないことを「知ってるつもり」になる、という点で何ら変わっていません。

スローマンとファーンバックは、「さまざまな心理学的現象を研究してきたが、知識の錯覚ほど出現率の高いものにはめったにお目にかからない」とさえ述べています。(p33)

自分が本当は物事を知らないということに気づけない、という現象は、もちろんこの記事を書いているわたしも含め、あらゆる人が日常的に経験する普遍的な錯覚であり、人類社会の隅から隅にまで浸透しています。

しかも自分がその錯覚に陥っていると気づくことからして困難です。世の中にみられる極端な思想の対立は、本当はろくに知らないことをよく知っていると思い込み、自信満々に支持してしまうせいで生じていることが多い、と著者たちは述べています。

人はなぜ自らの理解度を過大評価してしまうのでしょうか。どうすれば自分が知識の錯覚に陥っていることに気づけるでしょうか。そもそもどうして人類という生き物は、知識の錯覚を抱くよう発達してきたのでしょうか。

この記事では、わたしたちを謙虚にしてくれる知ってるつもり――無知の科学の研究を紹介したいと思います。

また記事末の補足部分では、「知っていると同時に知らずにいること」と表現される「解離」との関係性についても考えます。

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