当事者が求めているのは芸術的な感性をもつ医者―鈍感な医者はもういらない

近、とある医師が書いたPTSD関係の本を読もうとしました。以前なら興味深く関心しながら読んでいたような本です。

しかし、読んでいるうちに強烈な違和感を感じてしまい、集中できなくなって、読むに堪えないとさえ思いました。

書かれている内容が古すぎる考え方であった、というのもありますが、それよりも著者の患者に対する態度が気になりました。トラウマを負った人は傷ついた病的な存在であり、医者が治療してやらねばならない、そうした「上から目線」の態度が垣間見えました。

以前なら、わたしはこれに違和感を感じませんでした。というより、大半の医者はそんな態度をとることが普通です。医者は高い教育を受けていて、病気である患者を治してやるために存在している、そんな上下関係が世の中で普通に受け入れられています。

けれども、今のわたしが、こうした医者を見て思い出すのは、オリヴァー・サックスが手話の世界へ (サックス・コレクション)で書いていた次のエピソードです。

実際、その根底には、憐憫の情や高所から見くだすような姿勢、ろう者を病人とはいわないまでも「無能力者」とみなす考え方が隠されている。

ギャデロットの事件に関与した医師たちの一部にとりわけ激しい非難の声があびせられたのは、そうした医師たちの場合、ろう者を新しい感覚モードに適応したまったき民族の一員ではなく、たんに耳が悪いだけの人間とみなすことが少なくないように思われたからである。(p248)

ここで書かれているのはろう者についてですが、他のさまざまな病気にしても同じことがいえます。わたしが今回読んだ本は、トラウマ患者は、傷ついた脳を持つかわいそうな存在だ、というメッセージを暗に伝えていました。

さまざまな精神障害や発達障害について語る医者にも似たようなところがあります。それらの患者は「障害」、つまり健常者より劣っていて異常を抱えているのだ、だから治療しなければならない、ということを前提にして話しています。

しかし、オリヴァー・サックスは、ろう者は「無能力者」どころか、「新しい感覚モードに適応したまったき民族の一員」だと述べています。自閉症が障害ではなく異なる文化だと世に紹介したのも彼でした。

精神疾患やトラウマの患者もまた、傷ついた「無能力者」、医者が助けてやらねば何もできない哀れな人たちではありません。

ヴァン・デア・コークが身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法で述べるとおり、そうした見方は、彼らが、想像を絶する逆境を生き抜いてきた創造的な人たちであるという観点を欠いているのです。

だが、これらの診断のうち、私たちの患者の多くが生き延びるために発達させる並外れた才能や、奮い起こした創造的なエネルギーを考慮に入れているものは一つもない。(p228)

この記事では、わたしが最近ひしひしと感じている医療への違和感について書こうと思います。そして、当事者たちが求めているのは、患者をただ障害者とみなすような凡俗で鈍感な医者ではなく、芸術的な感性をもって患者を尊重できる医者である、ということを考えます。

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覚醒維持物質オレキシンがPTSDの「汎化」に関与しているという研究

前の記事で、トラウマ障害には、覚醒に関わる神経ペプチド「オレキシン」が関与しているのではないか、と書きました。

具体的には、PTSDの過覚醒や不眠にはオレキシンの過剰な働きが関係していて、その反対の解離の低覚醒や過眠にはオレキシンの抑制が関係しているのではないか、と考えました。

そのとき脳は自らを眠らせる―解離の謎を睡眠障害から解き明かす
解離とは慢性的な低覚醒状態であるというポリヴェーガル理論の考え方や、ナルコレプシーやADHDとの比較を手がかりにして、解離と睡眠のつながりを探ってみました。

今月11/20に筑波大学から、PTSDの症状に確かにオレキシンが関わっているという研究が発表されました。オレキシンの発見者の櫻井武先生らの研究です。

過剰な恐怖を和らげるしくみ ~ オレキシンによる新たな恐怖調節経路を発見、 PTSD 治療に光明 ~

オレキシンが関与する新たな恐怖調節経路を発見-筑波大ら - QLifePro 医療ニュース

今回の研究により、オレキシンがOX1Rと結合することで恐怖のレベルを調節していることが明らかとなり、オレキシンのOX1Rへの結合を妨げる拮抗薬を用いれば、PTSDに見られるような過剰な恐怖反応やパニック発作を抑制することができる可能性が示唆された。

この研究によれば、PTSDの「汎化」と呼ばれる現象に、オレキシンが関与していることがわかり、オレキシンの働きを抑制する薬によって、症状を緩和できるのではないか、とされています。

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原因不明の身体症状に苦しむ人のための「記憶」の科学の10の考察

これらの症状は、分断され散り散りになった体験の塊なのだ。

それは未完了の身体感覚であり、過去にはその人を圧倒した。

あたかも、惨殺され、切り裂かれたオシリスの身体が、はるかに離れた違なる場所に埋められたように、これらはかい離し、意味不明の状態にある。(p235)

体の全体に散らばった「意味不明な状態にある」さまざまな症状や身体感覚。この生々しいオシリス王の伝説のような、奇妙な身体症状に心当たりがありますか?

全身に散らばる、説明不能で、原因もわからない多種多様な症状を抱える人は、現代の医療では説明がつかないために、医者から詐病のようにみなされたり、思い込みや気のせいだと門前払いされたりすることがよくあります。

たとえばそのような病気には、慢性疲労症候群や線維筋痛症、化学物質過敏症などが含まれるでしょう。

そうした意味不明の症状は、過去の体験の「痕跡」であり、最新の記憶の科学に基づいて説明することができる。そう述べるのは、トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復の著者である神経生理学者ピーター・ラヴィーンです。

彼はトラウマの専門家ですが、今回の記事で扱う「トラウマ」は、わたしたちがよく知っている、心の傷のことではありません。カウンセリングや心理療法で治療するあの「トラウマ」ではありません。

そうではなく、まぎれもなく原因不明の身体症状、冒頭のオシリスの伝説に例えられていたような、バラバラに切り裂かれ、全身に埋め込まれたような意味不明な身体症状のことです。

「私は身体がしんどいのであって、心の問題とみなされるのは心外だ」と感じてきた人ほど、この記事を読んでいただければと思います。

ピーター・A・ラヴィーンや、ヴェッセル・ヴァン・デア・コークといった、トラウマ研究の第一人者たちの発見を知れば、わたしたちが知っている「トラウマ」の概念は根こそぎ覆されることでしょう。

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少年は空想の友だちに支えられて絶望を乗り越え、作家オリヴァー・サックスになった

「大人になる」というのは、子どもの繊細で神秘的な感覚、ワーズワースの言った「輝きと鮮やかさ」を忘れ、それらが次第に日常のなかに埋もれていくことなのだろうか? (p447)

どものころだけに味わう、「繊細で神秘的な感覚」「輝きと鮮やかさ」。そんな不思議な思い出がありますか?

子どもは大人とは見える世界が異なっているとよく言われます。大人にとっては何の変哲もない建物が、子どもの目には見上げるほどにそびえ立つ魔法の王国に見えるかもしれません。

子どものころ瞳に映り込んだ、摩訶不思議で色鮮やかな景色や、町のあちこちに見えていた別世界への扉を覚えていますか。夢の中でふと、あのころの空想の友だちと再会し、懐かしい声を聞くことがありますか。

もしも、そんな不思議な感覚の残り香を、いまだ思い出せる人がいるなら、きっと今回紹介する本タングステンおじさん:化学と過ごした私の少年時代 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は興味深いものに違いありません。

この本は、2015年に亡くなった脳神経科医オリヴァー・サックスが、自身の少年時代を回想した自伝です。

このブログを読んでくださっている人なら、わたしが至るところでサックスの本から引用しているのをご存じかもしれません。サックスの著書はいつも、わたしを脳の不思議な旅路にいざなってくれますが、この本は意外なことに、「化学」についての本です。

サックスは少年時代、専門家顔負けの化学少年で、自宅に実験室を構えて本格的な実験に夢中になっていました。化学というと、学校の授業で習った難しい化学式を思い出して頭が痛くなる人もいるかもしれませんが、不思議なことに、この本はちょっと違います。

化学の教科書に勝るとも劣らないほど本格的に化学の世界に踏み込んでいながら、どこかノスタルジックで、子どものときにだけ味わえる「繊細で神秘的な感覚」に満ち満ちています。

それもそのはず、この本は化学をテーマとしていながら、同時に、子どものときにだけ訪れる不思議な空想世界と、そこで出会った友だちとの思い出をつづった、異色の自伝でもあるからです。

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脳はどこから「もうひとつの世界」を創るのか―創造的な作家たちの内なる他者を探る

「もうひとつの世界に暮らす人の日記のように、小説を書いています」

…「私にとって、小説の登場人物はイマジナリーフレンド(空想上の友人)のようなもので、彼らと一緒に生きている感覚があります」

れは、先日ふと見つけたインタビュー記事、SUNDAY LIBRARY:著者インタビュー 雪舟えま 『パラダイスィー8』 - 毎日新聞に載せられていた、作家 雪舟えまさんの言葉です。

以前このブログでは、子ども時代のありありとした空想の友だち(イマジナリーフレンド)や、それを取り巻く空想の世界が、小説家や画家など、作家の創造性に影響しているらしい、という研究を紹介しました。

小説家の約5割はイマジナリーフレンドを覚えている―文学的創造性と空想世界のつながり
フィクションやファンタジーをを創作する小説家や劇作家の創造性には、子どものころの空想の友だち体験、イマジナリーフレンドが関わっている、という点を「哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノ

雪舟えまさんの言葉は、まさにその一例と言えますが、興味深いのは、創作世界に対する向き合い方です。

創作する人は「作者」であり また「クリエイター」とも呼ばれます。クリエーターとは、言い換えれば「創造者」であり、いわば作品世界にとっての神の立場にいますが、インタビューの言葉は、それとはまったく違った印象を与えます。

たとえば、「もうひとつの世界に暮らす人の日記」という言葉から読み取れるのは、作家は、作品世界の外側にいて すべてを見渡しコントロールできる全知全能の神のような存在ではなく、作品世界の中で登場人物たちと一緒に住んでいる一介の隣人にすぎない、という認識です。

登場人物たちは、作られた存在というより、対等の友人であり、「彼らと一緒に生きている感覚」がある、と述べられています。あたかも登場人物たち一人ひとりが、自由意志を持って生きているかのようです。

じつは、こんなふうに感じている作家は、小説家のみならず、詩人や画家、はては科学者にいたるまで、クリエイティブな分野には大勢いて、古今東西、決して少なくないようです。

想像力豊かな作家が、作品世界やその登場人物を、自分で生み出した被造物というよりは、どこか別の次元にある「もうひとつの世界」であるかのように感じてしまうのはなぜでしょうか。

創造的な作家たちが感じる、ありありとした「内なる他者」の聴覚的イメージ、また「別世界」のような視覚的イメージはどこから来るのでしょうか。

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