子どもが朝、起きられない。目覚めても、顔色が悪く、ぼーっとしている。
起き上がろうとすると、フラフラする。
日中はだるさが続くが、夕方あたりからは元気になる。
「もう、大丈夫。すっかり回復した」と言うのに、また翌朝、体調が悪い。
このような状態が繰り返され、結果、遅刻・欠席が増えていく……。
これは書籍朝起きられない子の意外な病気 - 「起立性調節障害」患者家族の体験から (中公新書ラクレ)の序文からの引用です。
このブログでは以前、朝起きられない深刻な病気として、睡眠相後退症候群(DSPS)を紹介しました。DSPSは、睡眠リズムが発達しきっていない思春期の子どもや若者に発症しやすい、とても厄介な病気です。
しかし、同じく朝起きられない病気として起立性調節障害(OD)を見落とすわけにはいきません。DSPSとODは、それぞれ細部は違うとはいえ、子どもの体調不良や不登校と大いに深い関わりがあります。
このエントリでは、起立性調節障害(OD)とはどんな病気か、よくあるどんな誤解があるか、どうやって対処できるかといった点を考えます。
目次 ( 各項目までジャンプできます)
起立性調節障害(OD)とは?
起立性調節障害(OD)とは、思春期によく見られる自律神経機能の障害です。The autonomic function and child chronic fatigue syndromeによると欧米では起立不耐性(orthostatic intolerance:OI)と呼ばれています。
発症メカニズムははっきりわかっていませんが、循環器系や内分泌系が急激に変化する思春期に、体や心に強いストレスを受けることが原因と考えられています。
起立性調節障害(OD)は心理的ストレスによって悪化する病気ですが、こころの病気ではありません。たとえば専門医の田中英高先生は以下の説明の中で、「起立性調節障害は身体疾患ですから、まず身体面での治療を進めます」とはっきり書いておられます。
2016年3月に改定された慢性疲労症候群(CFS)の診断基準では、ODは強い疲労を伴う身体疾患である、慢性疲労症候群によく併存する症状のひとつとみなされています。
起立性調節障害(OD)の症状
ODは自律神経機能が破綻する病気ですが、自律神経機能は体のさまざまな働きを調節しています。具体的には、以下のような影響が及びます。
◆起き上がったときの言いようのない苦しさ
健康な人では、立ち上がったときに重力によって血液が足にたまらないよう、自律神経が働いて下半身の血管を収縮させ血圧を維持します。
しかし起立性調節障害(OD)ではこのシステムが働かないので、全身に十分な血液が行きわたりません。そのため、起き上がったときに、失神に近い立ちくらみやめまいに襲われ、その後長時間にわたって、重だるさ、頭痛、吐き気などが生じます。
朝起きられない子の意外な病気 にはこの症状について「あの、体調の悪さは、うまく説明できないくらいつらい」とか「ふらふらしながら歩いていたら、バタンと倒れちゃってさ」という子どもたちのコメントが寄せられています。(p44,176)
わたしも軽度ながらODの当事者ですが、悪い条件が重なりあって、最もひどい症状に襲われたときには、その場に倒れこんでしまい、これは大変なことになった、と文字通り血の気が引きました。
単に立ち上がるのが難しい、のではなく、いま立ち上がるなら必ず失神する、もしかしたら死ぬのではないか、と感じるほど異常な感覚なのです。
立ち上がる、というのはだれもが無意識のうちに行っていることですが、自律神経の奇跡的なメカニズムと信じられないほど複雑な働きがあるからこそ、たやすく立ち上がることができるのだ、ということを覚えていてほしいと思います。
◆血流の悪化
血液によって酸素や栄養素が十分運ばれないので、疲労が回復せず、慢性疲労状態になります。脳血流も低下し、思考が思うように働かなくなります。からだが血流を回復しようとして、動悸や息切れが生じることもあります。(p45)
雨や低気圧の日にだるさや頭痛(低気圧頭痛)がひどくなることがあります。(p189,203)
起立性調節障害の症状は体内の水分が減り、血圧が低下しやすい夏場に強く、寒さで血管が収縮する冬場は和らぐという特徴があります。しかし血流が悪いせいで、冬場は冷えに悩まされる子もいます。
◆生活リズムのずれ込み
健康な人は早朝になると交感神経が働いて起きる準備を整え、夜には副交感神経が働いて寝る準備を整えます。(p45)
しかし起立性調節障害では、午前中に交感神経働かず、5〜6時間以上も後ろにずれ込んで起きることができません。いっぽう、深夜になっても副交感神経が働かないので、夜は元気そうになります。
このように宵っ張りの朝寝坊のように見える点は、睡眠相後退症候群(DSPS)と共通しています。しかし、どちらの病気も生体リズムがずれているのであって、本人の夜更かしのせいで睡眠リズムが乱れているわけではありません。
朝起きられずに苦しんでいる娘に - 花のない花屋 - 朝日新聞デジタルには次のような経験談が寄せられています。
今も、朝は自力で起きることができません。さまざまな不快症状のために、体調がよくても登校は3限目くらいから。週4日ほどしか学校へ行けません。
勉強にもついていけず、ついに部活も辞めざるを得なくなりました。それでも娘は笑顔を絶やさず、「今を楽しんでいるよ、学校も楽しいよ」と言います。
娘は昔から感情を表に出すことはめったにありません。端から見ると、調子のいいときは元気なので、ついつい「本当は学校に行きたくないだけじゃないの」と言って傷つけてしまったこともあります。一番つらいのは娘自身なのに……。
決して怠けや自己管理の甘さのために朝起きられないわけではないのです。
これらのODの症状は、なんとか登校できる軽症から、身動きが取れない重症まで、子どもによって程度はさまざまです。
よくある誤解
起立性調節障害(OD)は一昔前に比べるとよく知られるようになって来ました。文部科学省が発行する「教職員のための子どもの健康観察の方法と問題への対応」にも明記されています。
しかし、起立性調節障害(OD)という名前は聞いたことはあっても、その症状について正確な知識がなく、ODの子どもを誤解している医師、教師、親は少なくありません。
以下のニュース記事にも書かれているように、ODの子は先生や友だちから、怠けている、サボっているといったいわれなき誤解をされてしまい、傷つくことが少なくありません。
「朝起きられぬ」病気に理解を 保護者らが冊子 :日本経済新聞
「学校に行きなさい」。親からは叱られ、担任教諭には「休んでばかりじゃ、あかん」と手を引かれて登校したこともあった。
中学校進学時に病院でODと診断され、治療を続ける。
女子生徒は「周囲からサボっていると思われるのがつらかった」と胸の内を明かす。
…ODの子供を持つ親らでつくる団体「起立性調節障害ピアネットAlice」(神戸市)の塩島玲子代表は「病気のことを知らない親や教師は多い」と指摘する。
同団体が昨年、ODの子供ら約130人に実施したアンケートでは家族や教師、友人らに「がんばれ」「気の持ちようだ」「家で何しているの?」などと言われたときの苦悩を訴える声が多かった。
ここでは、おもに朝起きられない子の意外な病気 - 「起立性調節障害」患者家族の体験から (中公新書ラクレ)に基づいて、よくある誤解と正しい理解を列挙してみましょう。
誤解:正常な子どもの発達途上にみられる一時的な生理現象だろう。
正しい理解:正常な子どもは検査で異常は出ません。
誤解:夜は元気そうじゃないか。ただ学校をサボりたいだけだろう? (p154)
正しい理解:夜元気そうなのは、生体リズムがずれ込んでいるためです。ODの子どもたちは学校嫌いではありません。治療が進めば、朝起きられないとしても、定時制や通信制の学校に移って勉強することができます。(p38)
誤解:一日じゅうゴロゴロしている。単なる怠けでは? (p45)
正しい理解:寝転がると全身への血流が回復するので楽になります。(p41)
誤解:朝起きられないのは根性が足りないからだ。(p7)
正しい理解:ODの子どもたちは自律神経の生体リズムがずれているので、頭では起きたいと思っても、身体は深い眠りについているようなものです。立ち上がったまま眠ることができないように、体が眠ったまま立ち上がることはできません。
誤解:そんな病気、本当にあるのか? どうせ仮病だろう。(p169)
正しい理解:厚生労働省小児心身症対策の推進に関する研究班によって研究されたこともあるれっきとした病気です。研究が積極的になされていないように思えるかもしれませんが、それは「死なない」病気だからにすぎません。p64()
親が病気の存在を疑う場合、一緒に診察を受けてもらい『患者自身の血圧記録を示して説明すると説得力がある』と子どもの心身症ガイドブックに書かれています。
誤解:軽いうつ病や心の問題ではないか? 学校で嫌なことでもあったんだろう。(p7)
正しい理解:知識を十分持ち合わせていない医師から「うつ病」「うつ状態」と言われることがあります。しかし起立性調節障害の子どもは、午前中は抑うつ状態になっても、夕方から夜にかけて明るい表情に戻ります。
たとえうつが見られるとしても、うつ病そのものなのか、体の症状が辛くてうつ状態になっているのかを見分ける必要があります。突然ひどい体調不良に悩まされ、学校に行けなくなった場合、落ち込んだとしても当然ではないでしょうか。
また、ODの子どもは抗うつ薬や抗不安薬を服用すると副作用で症状が悪化することがあります。NHKで取り上げられたように、子どもを簡単にうつ病と診断したり、抗精神薬を平気で処方したりする医師には注意深くあるべきです。(p47,51,95)
誤解:遠足などイベントのときは元気に参加するので、病気には見えない
正しい理解:自律神経はアクセルの役割を担う「交感神経」とブレーキの役割を担う副交感神経からなっています。わくわくするようなイベントのときは興奮して交感神経が強く働き、症状が和らぐかもしれません。
これは、どんな子どもにも生じる当たり前のことです。健康な子どもは、普段は問題なく生活できて、イベントのときに普通以上に張り切ってはしゃぎます。
一方、ODの子どもは、普段はかなり体調が悪く、イベントで興奮したときだけ、やっと普通の子どもに少し近づけるというだけです。
イベントを楽しみにしてやる気が出る、というのは、病気であるどころか、うつ病のような深刻な問題を抱えていないことの証拠です。うつ病を発症していると、何にも興味を持てなくなり、いつもふさぎ込んでしまうからです。
健康な子どもは、イベントではしゃいだ後になって疲れが出ることでしょう。ODの子もまた、イベントのときは人並みに楽しめても、決してODが治ったわけではないので、イベント後にその疲れが響いて寝込んでしまうかもしれません。
そんなとき、親から見れば、「遊ぶことばかり一生懸命で、大事なことはやろうとしない」と思えてしまうかもしれません。
しかし、ODの専門医の田中大介先生は、やさしくわかる子どもの起立性調節障害のなかで次のような見方をするよう勧めています。
医師の立場からいうと、備蓄エネルギーを一気に使い果たしてしまうのは、よくないことというべきかもしれません。
しかし、たとえ翌日に響いたとしても、イベントを楽しめたということは本人にとっても喜ばしい経験ですし、気持ちもはずんだはずです。
またこれが、一つの成功体験として次につながる可能性も秘めています。(p121)
ふだん、体調が悪い毎日を過ごしている子どもにとって、学校生活は辛いものです。それでも、同級生と一緒に少しでも楽しむ機会が持てたなら、大人になってから、学生時代は悪いことばかりではなく、良い思い出もあったと振り返ることができるでしょう。
ですから、イベントのときは楽しめるからといって、子どもを責めたり、体調不良を疑ったりするのではなく、子どもらしい時間を過ごせたことを一緒に喜んであげてください。
起立性調節障害(OD)を診断する3ステップ
以上のような、いくつかの誤解や批判が広がった理由については、書籍起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応のp22以降に詳しい経緯が書かれています。
簡単に言えば、かつては起立直後の血圧を測る検査がなく、何の異常も見つからないとされていたのです。異常がないなら、意欲のなさや怠けといった心の問題だ、という短絡的な結論になりがちです。
しかし、近年は、検査によって、ODの子どもは、確かに自律神経が不安定で苦しんでいるのだ、ということが客観的な検査ではっきりわかるようになってきました。
起立性調節障害(OD)の診断は小児心身医学会ガイドライン集に掲載されている小児起立性調節障害診断・治療ガイドラインに基づき、次の3ステップで行われます。
1.よく似た疾患の除外
まず他のよく似た疾患を除外します。
田中大介先生のやさしくわかる子どもの起立性調節障害には、ODとの鑑別を要する病気として、うつ病、鉄欠乏性貧血、子どもの脳脊髄液減少症、甲状腺機能低下症・亢進症、小児慢性疲労症候群などが挙げられています。(p22,92-94)
もし子どもの脳脊髄液減少症の場合は、通常の医療機関では鑑別できないので注意する必要があります。
ODと脳脊髄液減少症は、思春期に発症した場合、症状が見分けにくいことだけでなく、併発することもあるので、両者の特徴をよく知って、注意深く判断することが必要です。
起立性調節障害(OD)と診断されたのに実は脳脊髄液減少症だったという例については高橋浩一先生がブログに掲載してくださっています。
小児の脳脊髄液減少症 - Dr.高橋浩一のブログ
両者の違いは、簡単に言えば、ODは徐々に発症し、日内変動や季節変動があるのに対し、髄液漏出は突然の発症が多く、絶え間ない頭痛が続き、頭痛以外の聴力や視力の症状も出ることが多いことだとされています。
詳しくは以下の記事や、そこで参考にしている小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症という本をご覧ください。
また概日リズム睡眠障害を特徴とする子どもの慢性疲労症候群についてはこちらをご覧ください。
2.新起立試験法
これは従来の起立試験に「起立後血圧回復時間測定」を加えたものです。
ベッドに横になり、10分後に三回血圧を測る
↓
起立した直後に測る
↓
起立したまま1分ごとに測る
この過程により、以下の4つのサブタイプが判明します。これらのサブタイプは、田中英高先生たちのグループが世界に先駆けてまとめたものです。
(1)起立直後性低血圧(INOH)…起立直後に強い血圧低下が起こる
(2)体位性頻脈症候群(POTS)…起立による血圧低下はないが心拍が増加する
(3)神経調節性失神(NMS)…起立中に突然 血圧が低下し、意識低下や消失を起こす
(4)遷延性起立性低血圧(delayed OH)…起立3-10分後に血圧が低下する
加えて、近年、新しいサブタイプが2つ報告されています。
(5)過剰反応(Hyper response)型…起立直後に血圧が著しく高くなる。
(6)脳血流低下型…起立直後の血圧・脈拍は普通だが、脳への血流が低下する。
この2つは、起立性調節障害の15%を占めるとされていますが、新起立試験では見分けることができません。連続血圧を指先だけで測れる連続血圧・血行動態測定装置フィナプレス(Finapres)や近赤外分光計を使う必要があります。
また、(2)の体位性頻脈症候群には、さらに2つのタイプがあり、
■横になっているときでも起立しているときでも頻脈を起す子ども(Su群)
■横になっているときは問題ないが起立した場合に頻脈になる子ども(SI群)
では、それぞれ病態や自律神経機能に違いがあるのではないかと報告されています。
最近の研究では、POTSなどの起立性調節障害の患者の中に、特殊な自己抗体を持っていて、免疫反応として自律神経の不調が生じている人がいることもわかってきたそうです。
▼海外のOD研究
小児・若年者の起立性頭痛と脳脊髄液減少症によると、海外の研究では、日本の起立性調節障害の研究と、分類や枠組みがかなり異なっています。
海外では、ODよりも体位性頻脈症候群(POTS)の研究が盛んで、POTSは病因の違いから、おもに3つに分類されています。
■partial dysautonomic (PD) type…ウイルス感染などに続いて起こる自己免疫性の血管運動障害。neuropathic POTSとも呼ばれる。
■hyperadrenergic type…さまざまな原因でノルアドレナリンの作用が過剰になる病態。ノルアドレナリントランスボーターの障害などのメカニズムが関与。
■deconditioned type…長期間体を動かさないでいたり、宇宙空間の低重力環境で過ごしたことによる、廃用症候群(デコンディショニング)の起立不耐症。
日本におけるODのサブタイプの一つとしての、思春期特有のPOTSは、海外では自己免疫性の自律神経障害であるPDタイプの一種として研究されているようです。
欧米で最も頻度の高いPOTSは、ウイルス感染などに続発するPD typeのPOTSで、hyperadrenergic POTSは少ないとされているのに対し、わが国の起立性頭痛の診療で問題となるPOTSは、起立性調節障害(OD)と言われる、中高生など思春期の若年者を中心に潜行性に発症する起立不耐症がほとんどである。
このようなPOTSは、海外ではPD typeのPOTSのサブタイプの一つと考えられ、developmental POTSと呼ばれて、近年注目されるようになってきている。(p64-65)
ここでは、日本の思春期特有のPOTSはウイルス感染後などの自律神経障害であるPD typeに分類されるとされていますが、かといって、思春期のPOTSが自己免疫性のものである、というわけではありません。
海外におけるdevelopmental POTSや、わが国におけるODの発症は、潜行性に起こって次第に増悪する経過を取るという特徴がある。
…ある日を境に急激に発症するのは、先行ウイルス感染を契機としたPD typeのPOTSに特徴的とされるが、欧米で最も多いこのタイプのPOTSは、わが国ではほとんど報告されておらず、好発年齢も30代前後の女性で、小児・若年者ではないからである。(p67)
欧米で研究されているPD typeのPOTSは、30代前後の女性に多い、ウイルス感染後に突然発症する自律神経障害を指すことが多いのに対し、その一種とみなされてきた思春期特有のdevelopmental POTSは、ゆっくりと発症し悪化していくとされています。
欧米で研究されているPOTSは、病態として、ウイルス感染後タイプの慢性疲労症候群(CFS)と類似していて、実際に、慢性疲労症候群とPOTSの関連性が指摘されています。
しかし中高生に多いPOTSは、ウイルス感染と関係なく発症することの多い、思春期の急激な体格の変化に伴う一時的な循環機能の障害だと思われます。
このように、日本と欧米では同じPOTSという言葉が使われていても、意味合いは幾分異なっています。
3.心身症としてのOD診断チェックリスト
最後に、小児起立性調節障害診断・治療ガイドラインの「心身症としてのOD診断チェックリスト」を用いて心理的な側面を調べます。以下の6つのうち4つに該当すれば、身体的治療に加えて、心のケアも行います。(p50)
■学校を休むと症状が軽減
■身体症状が再発、再燃を繰り返す
■ 気になることを言われると、症状が悪化する
■1日のうちでも身体症状の程度が変化する
■身体的訴えが2つ以上ある
■日によって身体症状が次から次へ変わる
こうした特徴がみられるなら、心理的な問題のサポートも必要かもしれません。
ところで、やさしくわかる子どもの起立性調節障害によると、著者の田中大介先生の臨床経験から感じることとして、ODの子には、細やかな気配りができる子が多い、と書かれています。
私の外来を訪れる起立性調節障害の子どもを見ていると、いわゆる「いい子」が多いと感じます。
周囲の人たちを気遣い、細やかな気配りができる子が多いのです。(p77)
そのような子のなかには、感受性が強く、まわりの人の気持ちによく配慮する、HSP(人一倍敏感な子)と呼ばれる遺伝的気質を持っている子も含まれているかもしれません。
HSP気質のある子の場合、感情的反応が強く、ストレスを抱え込みやすいかもしれませんが、それは決して心の弱さではありません。
田中大介先生も、細やかな気配りのせいで周りに合わせすぎるとしても、それは欠点ではなく、良い特質として活かしていくよう励ましています。
もちろん、「いい子」であることは、決して悪いことではありません。私はその良さを生かす工夫を話し、応援したいと思っています。(p78)
もし子どもに生まれつき敏感な気質があり、集団生活で気を使いすぎたり、ストレスを抱え込みやすかったりするようなら、そうした親子に対する実践的なアドバイスが載せられているひといちばい敏感な子を参考に、生まれつきの気質とうまく付き合っていけるようサポートすることができるでしょう。
ODに対処する親子のための9つのアドバイス
起立性調節障害(OD)は思春期がすぎると回復する割合が高いそうですが、それまでの間、薬物療法を除けば、自身の生活スタイルを見直すことで対処することが必要です。(p203)
ODには心理的ストレスが関係しているとはいえ、多くの場合、必要なのは身体症状への対処です。子どもの心身症ガイドブックにはこう書かれています。
患者への接し方において、主治医が心理・社会的側面に注意を払いつつも、『ODを身体的疾患として治療する』というスタンスを示し、かつ丁寧に患者の身体診察・検査を行い、「きみの身体の辛さを一緒に治そう」というメッセージを伝えることが重要である。
例えば、以下のような工夫が効果的です。
1.楽になる姿勢
下半身に血液が滞るのを防ぐため、以下のような姿勢を取ると楽になります。ODの子どもは、無意識にこのような姿勢をしていることもあります。
◆前かがみになって、床を見たまま立ち上がる
◆30秒以上かけてゆっくりと立ち上がる
◆脚をクロスして立ち、お互いにしぼる
◆屈伸をする
◆片足を椅子に乗せて立つ
◆膝を胸に引き寄せて座る
◆キャンプ用の椅子のような低い椅子に座る
◆足置きを用いる
◆椅子ではなく床に座る
◆膝に手をおいて前屈みで座る
さらに、弾力ストッキングや加圧式腹部バンドなどの下半身圧迫装具を使用することも助けになります。日本では昔から脚絆(ゲートル)を巻いて下肢を圧迫し、足の疲れを予防したり、静脈瘤を防いだりする習慣がありました。
また歯医者などの自動でリクライニングされるイスでは、起き上がるのを自分で調節できないので、事前にゆっくり操作してもらうようお願いしておきます。
2.避けるべき環境
以下の状況を避けます。
◆暑い場所や暑い日
温度が高いと血圧が下がり、心拍数が上がるので、炎天下に長い時間立っていないようにします。
◆長風呂や熱い風呂、サウナ
失神のおそれがあります。ODの子どもは夜の熱い風呂が好きですが良くありません。
◆長時間立ちっぱなしでいる状況
◆起立・座位での頭を使う長時間の作業
脳への血流が低下しているので疲れやすくなります。
◆人ごみ
◆緊張・ストレスの多い状況
3.飲食の工夫
◆食塩を大量に摂取する
ODの子どもは塩辛いものを好みませんが、塩分は浸透圧の関係で水分を保つため、1日10-12㌘程度の食塩摂取が必要です。特に起立直後性低血圧、体位性頻脈症候群に効果があります。
◆水分を十分に摂取する
1日1.5-2㍑を摂取し、血流をよくします。
◆お酒は適量にとどめる(成人の場合)
アルコールは血管を広げ、血圧を下げます。特に飛行機に乗っているなど、気圧が低い場所では酔いが回りやすいので注意します。
4.睡眠とリラックス法
◆自律訓練法
自己暗示によってリラックスし、入眠を助けます。自律訓練法などのリラクゼーションの方法については以下のエントリを参照してください。
◆メラトニンと光療法
睡眠相後退症候群(DSPS)の治療の場合のように、生活のリズムを整えます。詳しくは以下のエントリを参照してください。
子どもの心身症ガイドブックは「規則正しい生活はODの患者にとって困難な場合が多い」としながらも、「昼寝はしない、夕方に散歩する、夜は11時までにベットに入る、欠席した日の日中に身体を横にしない」ことを勧めています。
ゲームやパソコン、携帯電話など、ブルーライトが強い機器を夕方以降に使わない(使うとしても、ブルーライト対策をしっかりする)ことや、朝しっかり日光を浴びることも大切です。
5.定期的な運動
日中はできるかぎり横にならず、可能な範囲で体を動かします。昼間から寝ていると、重力に対する身体の仕組みが弱まるデコンディショニングにより、交感神経の機能が低下します。
6.薬物療法
血圧を下げる薬を中心に、症状に応じて幅広い薬を用います。
起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応のp96以降には、ミドドリン塩酸塩、メシル酸ジヒドロエルゴタミン、メチル硫酸アメジニウム、プロプラノールなど自律神経に影響する薬が紹介されていますが、医師の処方に従うことが大事です。
7.家族が一つになって対処する
どんな子どもの病気にも共通する点ですが、家族で病気について学び、正しい知識を得ることが病気に対処するカギです。“子どもの病気”ではなく“わたしたちの病気”と考えましょう。
田中大介先生によるやさしくわかる子どもの起立性調節障害では、ODの子ども自身だけでなく、ODの子をもつ親が抱える、さまざまな悩みや葛藤にも配慮が必要だとされています。
たとえば、子どものODが判明したとき、母親は無力感を感じたり、自分を責めたりするかもしれませんが、田中大介先生は、そんなお母さんに、次のように言っているそうです。
お母さん、起立性調節障害という病気を知っている人はほとんどいません。
どこかで習わなければならなかったことでもありません。
たまたま、何かで聞いたり、読んだりして初めて知るんです。お母さんが悪いなんてことは全然ありません。一緒に頑張りましょう。(p44)
またこうも述べています。
子どもの体調の変化に気づいても、それが起立性調節障害という病気だとわからず、病院を受診するのに時間がかかったとしても、多くのお母さんが同じような経験をされていますから、「自分だけ見逃してしまった」「手遅れだった」などと悩むこともまったくありません。
いまこうして、病気を理解しようとしていることで充分だと思います。(p173)
子どもの辛さに気づいてあげることができなかった、あのときああすればよかった、と過去を悔やんでばかりいると、子どもも親の葛藤を感じ取って、自分が病気になったことで申し訳なくなり、居心地悪く感じてしまいます。
過去を悔やむ気持ちはあっても、気持ちを切り替えて、できなかったことではなく、これからできることに思いを集中しましょう。
今これから家族一丸となって一緒に頑張っていこう、という前向きな態度でいるなら、子どもも元気づけられることでしょう。
この本では、お母さんが日々「よかったことノート」をつけて、今の生活の悪い面ではなく良い面に目を向ける習慣をもつことが繰り返し勧められています。(p147,175)
この本では、「アタッチメント」(愛着)、「安全基地」、「見えないへその緒」といったキーワードを手がかりに、ODの子どもを持つ母親が、ODの子どもの心理的な支えになるためのアドバイスが豊富に書かれています。(p27,34,144-146,174)
一方で、普段子どもと接する時間が少ない父親は、子どもの体調不良を理解しにくいかもしれませんが、そんなお父さんに対しても、次のようなメッセージが書かれています。
お子さんは、朝起きることができず、学校に行けない自分をよしとしてはいないこと、いまの状況をなんとかしたいと考えていることをお父さんにご理解いただき、小さなことでもいいので、何かできたら是非とも評価してほしいとお願いしています。
とはいえ、いつも子どもと一緒にいないお父さんにとって、我が子の起立性調節障害という病気を理解するのはなかなか難しいことです。
気になることやわからないことがあれば、是非主治医にご相談されることをおすすめします。(p177)
お父さんの立場からすると、ほんとうに子どもは起立性調節障害などという病気なのだろうか、と疑問に感じたり、お母さんや子どもの言い分が受け入れがたく思えたりするかもしれません。
しかし否定したり疑ったりする前に、一度でも病院の診察についてきて、主治医と話してみるようお勧めします。現在は、起立性調節障害は検査で判別できるので、客観的なデータを見せてもらって、子どもの体調不良への理解が深まったという父親も少なくありません。
父親は家族を感情的にサポートできる大切な存在であり、いつも気苦労が絶えないお母さんにねぎらいの言葉をかけたり、たまっているストレスに気づいてあげたりして、家族をまとめる働きができることも書かれています。(p159)
8.学校関係者など、周囲の理解を得る
ODについて学校関係者にも理解してもらうのは、決して簡単なことではありません。教育関係者は「起立性調節障害」という病名は知っていても、ODの子どもや家族への対処法は知らないことが少なくありません。
起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応のp30には、「親にも“学校と闘う”くらいの気持ちが絶対に必要です。学校は、なかなかわかってくれませんから」とあります。
特に、学校環境への対処や、進学の選択方法については、起立性調節障害(OD)の田中英高先生の著書起立性調節障害の子どもの日常生活サポートブックにとても詳しく書かれています。
また、やさしくわかる子どもの起立性調節障害には、学校に行くということに、極端にこだわりすぎず、バランスのとれた見方をするようアドバイスされています。
お父さんやお母さんは、学校に行くことに注意が向きがちです。
しかし、たとえ学校に行けなくても、家庭のなかでこの五つのことができていれば、自分の子どもは日々、しっかり健康に生きているわけですから、それでよしとして、「よかったね」といってあげてほしいのです。(p126)
ここで言われている5つのこととは、食べる、寝る、運動する、学ぶ、笑う、というごく当たり前のことです。
親の世代からすると、学校は行って当たり前のもので、登校拒否などもってのほか、学校に行けなかったら将来どうなってしまうことか、といった不安があることでしょう。
しかし、今は、親の時代とは違って、学校に行くことが難しくても、フリースクールや通信教育、高卒認定試験など、学ぶ場や社会へと出ていく方法が多様化している時代です。
子どもが「不登校」になるなんて恥ずかしい、と感じる親もいますが、そもそも不登校というのは、学校制度が一般的な社会だからこそ存在する言葉です。
さまざまな文化や社会を見回せば、学校に行ける子どももいれば、家の手伝いのためにいけない子どももいますし、そもそも日本のような集団で集まる学校制度のない国もあります。
それでも、どんな文化であれ、子どもたちの成長にとって大切なのは、食べる、寝る、運動する、学ぶ、笑うといったことで、そのためには学校という場にこだわらずとも、もっと子どもの個性に合った別の選択肢を選ぶことも可能です。
たとえば、東京大学のような有数の教育機関でさえ、不登校の子どもに合った環境を用意して、才能を伸ばすことを目的としたプロジェクト「ROCKET」を立ち上げて、学びの多様性を強調しています。
いまの日本社会は、多様な選択肢が増えつつあり、学校の集団生活以外の学び方も、決して珍しいものではなくなってきているのだ、ということを覚えておいてください。
9.気持ちを分かち合える仲間を持つ
起立性調節障害や慢性疲労症候群のような病気では、医師の役割に限界がある以上、親同士の交流や患者同士の交流には単なる情報交換以上の意味があります。
たとえば、さまざまな親の会や患者支援団体は、同じ境遇の親子との貴重な交流の場を提供してくれるかもしれません。
■NPO起立性調節障害ピアネットAlice
■起立性調節障害(OD)家族の会~Snow~
■NPO 起立性調節障害の会 - 患者支援団体
わたくしごとですが、不登校時代のわたしにとって、もっと効果があったのは、薬物治療や医者のサポートよりも、同じ病気の人との家族ぐるみの交流でした。親だけでなく、自分も輪に加われたのがよかったと思っています。
今はネットやSNSやメールといった便利な連絡手段もありますが、実際に顔を合わせる機会はとても大切だと感じます。
治療がうまく行かず、病気が長期化すると、しだいに孤立して交友関係も狭まりがちです。案の定、わたしの学生時代の友だちは数えるほどしか残っていません。
そんなとき、減った交友関係を満たしてくれたのが、同じ境遇の家族との出会いでした。だからこそ、同じ病気を持つ家族と知り合ってみるのは病気と闘う有用な手段だと思っています。
もちろん、学校生活でたまたま同じクラスになった人たちとの偶然の絆もすばらしいものです。クラスメイトが長年の親友になることもあります。
しかし、同じ病気とたたかい、同じように悩んできた人たちとの出会いは、それ以上に貴重です。病気が治って社会に出たあとでさえ、つらい時期に手を取り合って乗り越えた仲間たちとの絆は、生涯にわたって色あせない宝物になることでしょう。
起立性調節障害の予後
起立性調節障害(OD)の多くは、大人になると回復します。時間はかかるものの、1年後の治癒率は50%、2-3年後は70-80%とされています。ただし、ODの症状は完全に消えるとは限らず、20-40%の大人にはいくくらか残ります。
問題は、数年たっても治癒しない残りの子どもたちです。子どもの心身症ガイドブックのp89には「不登校を伴った難治性ODの1年後の復学率は30%であり、不登校状態の改善率は高くない」と書かれています。
そのような場合は、概日リズム睡眠障害や、食物不耐症、低血糖症など、起立性調節障害以外の体調不良を合併している可能性も考えてみる必要があるでしょう。
やさしくわかる子どもの起立性調節障害によると、起立性調節障害が長期にわたる場合、身体的にはほぼ改善していても、心理的に十分治っていない人が多いとも言われていて、心理面でのサポートも重要です。(p114)
最後に起立性調節障害(OD)の治療に役立つサイトや書籍を紹介したいと思います。
付録:ODに役立つ情報
関連サイト
■日本小児心身医学会
…起立性調節障害(OD)の研究の第一人者である大阪医科大学小児科学教室の田中英高先生によるODの説明や、日本小児心身医学会による認定医の一覧が載せられています。
■小児科 || 大阪医科大学附属病院
…田中英高先生は、このエントリを書いた時点では、大阪医科大学附属病院発達小児科で子どもの心身症を診ておられます
■OD低血圧クリニック田中 - OD低血圧クリニック田中
…その後、OD専門クリニックを開業されました。
■小児睡眠・発達障害 | 診療科目 | 兵庫県立リハビリテーション中央病院
小児慢性疲労症候群(CCFS)を診ている子どもの睡眠と発達医療センター|兵庫県立リハビリテーション中央病院でも、起立性調節障害をCCFSの関連症状として扱っているようですが治療のアプローチは異なります。
■起立性調節障害 Support Group
…ODの情報がまとめられていて、専門医の検索もできるサイトです。
このブログのリンク集には、起立性調節障害(OD)や小児慢性疲労症候群(CCFS)、その関連疾患について学べるサイトや、それらの病気を診察できる病院をまとめています。
役立つ書籍
起立性調節障害(OD)の参考書籍はいくつかありますが、ODの第一人者である大阪医科大学小児科学教室の田中英高先生の著書起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応には、よくある誤解についての解説や、Q&Aが掲載されていますのであわせてご覧ください。
ほかにも田中英高先生は起立性調節障害(OD)について、子どもの心身症ガイドブックや、
起立性調節障害の子どもの日常生活サポートブックなど多数の書籍でODについて解説しておられます。
起立性調節障害の子どもの正しい理解と対応 と 起立性調節障害の子どもの日常生活サポートブックは見た目が似ていますが、前者は病気の基礎知識、後者は患者の社会生活への適応という、まったく別の目的のために書かれた本なのでご注意ください。内容はほとんど重複していません。(※2017年に改訂版が発刊されました。この記事末尾にリンクを載せています)
この一連のエントリで参考にしている書籍朝起きられない子の意外な病気 - 「起立性調節障害」患者家族の体験から (中公新書ラクレ)は、起立性調節障害の息子を持ったお母さんによって書かれた、非常に参考になる書籍です。
患者家族の視点から書かれているため、当事者である子どもにとっても、子どもを支える親にとっても、共感でき、病気との付き合い方が学べる良書です。また、このエントリを書いた時点で最新の関連書籍です。
起立性調節障害(OD)とはどんな病気か、という基本的な点から、ODの親と子はそれぞれどのような葛藤に直面するか、学校に行けなくなってもどのような選択肢があるか、という点までしっかり書かれています。
2016年に発売された、田中大介先生によるやさしくわかる子どもの起立性調節障害は、ODの子どもはもちろん、お母さんやお父さんの悩みにも寄り添い、家族みんなが心を通わせていくのに役立つ良書です。
血液の循環(p69)や新起立試験のやり方(p84)、4つのサブタイプの特徴(p88-89)など、ともすれば難しい医学的な内容になりそうな説明が、シンプルでわかりやすい図にまとめられているので、親子が病気を理解して一丸となって対処するのに役立つでしょう。
▼田中英高先生の起立性調節障害の本の2017年改訂版