創造的な人がもつ複雑で多面的な人格の10の特徴―HSPや解離とのつながりを考察する


重要なのは、ただ単にある特定の性格特性を身にまとうだけでは創造性の衣鉢を受け継ぐことはできないということである。

人は僧侶のように生きても、身体を酷使して無理をして生きても、創造的であり得る。

ミケランジェロは女性にそれほど興味を示さなかったが、ピカソは常に女性を求めていた。彼らの性格に共通点はほとんどないが、しかし、両者は絵画の領域を変えたのである。(p64)

造的な人に「ある特定の性格特性」などない。

自信を持って、そう言い切ってしまえるのは、創造性について、豊富な調査と研究を積み重ねてきた第一人者、ミハイ・チクセントミハイをおいてほかにはいないでしょう。

今日、さまざまなメディアで、創造性、クリエティビティについて、ありとあらゆることが取り上げられています。

創造的な人は外向的だとする記事もあれば、内向性人間の時代が来たとする学者もいますし、朝型人間のほうが、あるいは夜型人間のほうがクリエイティブだとか、コーヒーブレイクや瞑想が役立つなど、さまざまな意見が飛び交っています。

そんな中、心理学者ミハイ・チクセントミハイは、創造性とは何か、という研究にあたって学術的なアプローチをとり、フロー理論など、さまざまな革新的な発見を積み重ねてきました。

そして、創造的な人には特有の性格特性や習慣があるどころか、「ただ単にある特定の性格特性を身にまとうだけでは創造性の衣鉢を受け継ぐことはできない」という結論に至りました。

しかしそれは、結局のところ創造的な人に固有の特徴などないのだ、というお手上げ状態を意味する言葉ではありません。

むしろ、チクセントミハイは、メディアで交わされる創造性についての表面的な論議を超えて、創造的な人の深みに共通する、不思議で奇妙な、ひとつの性質へとたどり着きました。

この記事では、チクセントミハイの代表的な著書クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学を通して、創造的な人に見られるある一つの性質の10の側面について考えます。

そして、その性質が、このブログで取り上げてきたHSP(人いちばい敏感な人)という概念や、幼少期の愛着、そして解離という心の機能と、どのように結びついているかに注目したいと思います。

スポンサーリンク

目次 (お好きなところから読めます)

これはどんな本?

クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学は、心理学者ミハイ・チクセントミハイの代表的な著書で、原著Creativity : Flow and the Psychology of Discovery and Inventionは1996年、つまり20年以上前に書かれました。

2016年10月になってようやく翻訳された一冊ですが、科学技術を用いた研究ではなく、過去の偉人たちについての分析や、20世紀の創造的な偉人たち91人へのインタビューに基づく考察が主体なので、今読んでも時代遅れという印象はありません。

むしろ、400ページ以上のボリュームがある非常に濃い内容のつまった一冊で、一般に流布している創造性についての表面的なライフハック情報とは一線を画しています。本書の冒頭で、著書が、こう但し書きしているほどです。

本書に書かれていることは、創造的になるための簡単な方法ではなく、あまり知られていないいくつかのアイデアである。

創造性についての現実的な説明は、過度に主張されてきた楽観的な多くの記述と比べるとわかりにくく馴染みのないものである。(p1)

この本は、創造性は限られた天才だけの特権ではなく、だれもが創造的になりうる、というスタンスをとる一方で、創造的な人たちには固有の性質があり、遺伝的要素や、子ども時代の環境的要素が重要な役割を果たしているともされています。

本書の末尾には、一般読者向けに創造的になるためのアドバイスがまとめられてはいますが、おもなテーマは、ずばぬけた創造性を示す人たちの特徴を探ることであり、そこから浮かび上がった人物像は、とても奇妙で不思議なものでした。

創造的な人に共通するひとつの特徴

冒頭に引用したように、チクセントミハイは、さまざまな歴史上の創造的な偉人たちや、現代の創造性あふれる91人の芸術家・科学者・実業家たちなどの人となりを分析した結果、「彼らの性格に共通点はほとんどない」という結論に達しました。

通説とは違って、創造的な人は内向的だとか、奇抜でエキセントリックだとか、孤高の天才だとかいう、特定の性格特性は見当たらなかったのです。

それもそのはず、たとえば絵画の歴史をひもとくだけでも、創造的な芸術家にはさまざまな性格の人たちが入り混じっていることがわかります。

チクセントミハイは、芸術家にはミケランジェロのように禁欲的な人もいれば、ピカソのように奔放な人もいたことを指摘していますが、絵画にみられる多種多様なスタイルの幅の広さは、それを作り出した芸術家たちの多様さを雄弁に物語っているといえます。

ネット上にあふれかえる、創造的に役立つと吹聴するライフハック情報を見ても、それと同様のカオスが見られます。さまざまな対立するアドバイスからすれば、創造性という答えを導く普遍の公式など、どこにも存在しないかのように思えます。

それでは、創造的な人にはなんの共通項もないのでしょうか。

「一言で言わなければならないとすれば、私は“複雑さ”を挙げる」

チクセントミハイは、短絡的な結論には飛びつきませんでした。それどころか、この混乱した状況そのものに、創造的な人に共通する単一の性質を見いだしました。

では、創造的な人々を特徴づける特性はまったくないのだろうか? 

もし創造的な人々の性格と他の人々の性格を分け隔てるのは何かを一言で言わなければならないとすれば、私は複雑さを挙げるだろう。(p64)

チクセントミハイが見いだした、創造的な人の共通項、それは「複雑さ」でした。

「複雑さ」とは何を意味するのか、チクセントミハイは、続けてこう説明しています。

創造的な人は状況に応じて、同時に積極的かつ協調的であったり、あるいは、あるときには積極的で、あるときには協調的であったりする。

複雑な性格を持つということは、人間の能力の全範囲に潜在的に存在しながらも、通常は、私たちがどちらか一方の極が「良く」、もう一方の極が「悪い」と考えるために退化してしまうような、多様な特性すべてを表現できるということを意味している。(p65)

創造的な人は、競争的でもあると同時に協調的でもあり、内向的であると同時に外向的でもあり、奇抜であると同時に真面目である、といった、「多様な特性すべてを表現できる」複雑な内面を有しているのです。

「状況に応じて一つの極からもう一方の極へと移動する能力」

このように書くと、しばしば生じるのは、「では結局のところ、だれでも、どんな人でも創造的なんじゃないか」という誤解です。

つまるところ、内向的な人でも外向的な人でも、奇抜な人でも真面目な人でも、どんな人でも創造的なのだ、というような、あたかも「何でもあり」という意味合いに受け取られてしまうことがあります。

チクセントミハイは、この「複雑さ」とは、誰にでも当てはまるどころか、それとはまったく正反対である、とはっきり述べています。

心に留めておくべき重要なことは、これらの矛盾する特性―あるいは、矛盾するどのような特性であっても―を、通常、同一人物のなかに見出すことは困難だということである。(p86)

ミハイ・チクセントミハイが言わんとしているのは、外向的な人や、内向的な人のような、互いに相反する性質を持つ人が、どちらも創造的だ、という意味ではありません。だれでもかれでも、高い創造性を発揮しうるという無責任で楽観的な話ではありません。

そうではなく、そのような、通常は相容れないはずの性格特性すべてが、同じ一人の人物の中に存在している。それこそが極めて創造的な人間の特徴だと述べているのです。

それでも、「心の中に互いに矛盾するようなさまざまな特性があるのはごく普通のことではないか」と言う人もいるでしょう。

たとえば、血液型占いのような心理テストは、どれをやっても、なんとなく自分に当てはまるような結果が出るものです。心理学ではこれをバーナム効果といいます。

たいていの人は、自分は積極的だと思うときもあれば、消極的だと感じる瞬間もあり、勇気があるようにも臆病なようにも、計画的なようにも行き当たりばったりなようにも、理性的なようにも感情的なようにも思えるものです。

そう感じるのは、たいていの人は、さまざまな両極端な性質の中間付近に位置していて、時と場合によって、ポジティブになったりネガティブになったり、理性的になったり感情的になったりするものだからです。

しかしチクセントミハイは、そうした平均的な人たちは、極めて創造的な人の特徴である「複雑な性格」には当てはまらないとしています。

複雑な性格とは、中立的な状態、あるいは平均的な状態を意味してはいない。二つの極の中間に存在するある特定の位置ということではないのである。

たとえば、それは、あまり協調的でないといった優柔不断さを意味するものではない。

むしろ、複雑な性格とは、状況に応じて一つの極からもう一方の極へと移動する能力とかかわっている。(p65)

チクセントミハイが述べるように、複雑さとは「中立的な状態」や「平均的な状態」ではありません。

たとえばそれは、「内向的」とも「外向的」とも解釈できる中途半端さではなく、はっきり「内向的」であると同時に、はっきり「外向的」でもあることを意味しています。非常に「協調的」でありながら、非常に「競争的」でもあります。

アスペルガー的でありながらADHD的

この説明そのものが複雑でカオスすぎてピンとこない人も多いでしょうから、もう少し、このブログに馴染み深い表現に言い換えてみましょう。

チクセントミハイは、複雑な人格とは何かを説明するにあたり、複雑な性格には当てはまらない2つの対照的なタイプを挙げています。

ある人々は、統合化されているが、さほど差異化されていない。彼らは限られたアイデア、意見、感情に固執する。彼らは予測可能であり、退屈で表面的で融通が利かないという印象を与える。

その一方で、多くの意見を表明し、気まぐれで、常に何か新しいこと、それまでとは異なることを行おうとするが、中心となるものがなく、継続性を欠き、抑えきれないほどの情熱は持っていないという印象を与える人々もいる。彼らの意識は差異化されているが、適切に統合されてはいない。

そして、これらのどちらの存在様式も、大きな満足をもたらすものではない。(p409)

この二種類の対照的なタイプの性格は、近年、発達障害としてよく知られるようになった人たちによく見られるものです。

まず前者に挙げられているのは、引きこもりがちでコミュニケーションが苦手、冗談があまり通じなくて、融通が利きにくいものの、マニアックな知識が豊富なアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)に典型的な性格です。

大人の発達障害「自閉スペクトラム症/アスペルガー症候群」の5つの特徴と役立つリンク集
最近、大人の発達障害を疑って医療機関を受診する人が増えているといいます。その多くは、子どものときから困難を抱えながらも、なんとか学生生活には適応してきました。しかし社会人になると、

後者は、落ち着きがなく常に動き回り、不注意で見落としが多い、いわゆるそそっかしくておっちょこちょいではあるものの、行動力があって発想に優れたADHD(注意欠如多動症)に典型的な性格です。

よくわかる「大人のADHD」の10の特徴・チェックポイント
集中できないときと没頭しすぎるときの落差が激しい、計画を立てられない、いつも先延ばしににして期限に間に合わない…。この記事では大人のADHDの10の特徴をチェックポイントとしてまと