独特すぎる個性で苦労してきた人の励みになる脳神経科医オリヴァー・サックスの物語


片足、偏頭痛、色がない
火星で、目覚めて、帽子通
オリヴァー・サックス
いまも全力で生きている
泳ぎはイルカを超えている (p407)

ドルネームの「ウルフ」を名乗ってバイクで大陸横断し、ウェイトリフティングでカリフォルニア州の新記録を作り、ダイビングで荒波に飛び込み、ソテツ大好き人間で熱帯の島まで足を伸ばし、何より数々の感受性豊かな医療エッセイを書いた作家、そして脳神経科医。

わたしはそんなオリヴァー・サックスが大好きです。世の中の著名人の中で会ってみたい人を挙げるよう言われたら、必ず名前を挙げると思います。

だれよりも個性的で、だれとも比べようがない人生を送ったオリヴァー・サックスは、昨2015年8月30日、82歳で亡くなりました。

そのサックスが生前最後の本として出版したのが、道程:オリヴァー・サックス自伝です。

これまでサックスの本は色々と読んできましたが、この本を読んで初めて知ったサックスの意外な素顔がたくさんありました。そして今まで以上に、今は亡きオリヴァー・サックスに親しみを感じるようになりました。

この記事では、自伝のさまざまなエピソードを参考に、サックスの人となりを振り返ります。サックス個人の人柄についてまとめたものではあるとはいえ、周囲から浮きがちな独特の個性を持つような人にとっては、大いに共感できるところが沢山あると思います。

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これはどんな本?

道程:オリヴァー・サックス自伝は、これまで語られなかった脳神経科医オリヴァー・サックスの素顔が垣間見え、彼の深い感受性や共感力の源について触れることができるとても貴重な回想録です。

天才たちの日課 知の逆転といった本を見ると、サックスは並み居る偉人たちと肩を並べて名前を挙げられていて、さぞかし子どものころからエリートコースを歩んできだ神童だったのだろうと思えます。

しかし意外なことに、サックスは華々しい青春時代を歩んできた人ではなく、たとえば見てしまう人びと:幻覚の脳科学という本では、30代になっても薬物中毒で悶々と過ごしていたことが書かれています。

今回の自伝では、そうした若いころの失敗や挫折がありのままに述べられていて、オリヴァー・サックスの本当の素顔がかいま見えます。

医者の家庭に生まれたものの、周囲の人たちとあまりに違う個性を持っていたため、そりが合わず、うまくやっていけず、挫折を繰り返し、40歳を目前にして、やっと「レナードの朝」で自分の歩むべき道を見つけた波乱に富む人生こそが、サックスの豊かな感性の源なのです。

雑な造りの連想脳?

オリヴァー・サックスの人柄を知るにあたって、この本でひときわ興味深く感じたのは、サックスが、自分の頭の構造、つまり考え方の特徴について語っている部分でした。

オリヴァー・サックスの知性あふれる文章を読んでいると、さぞ論理的で頭の切れる人なのだろうと思えるのですが、サックス自身は、自分の頭脳についてこう述べています。

私は頭がいいと思われていたが、知力にはあまり自信がなかった。(p35)

私の頭脳は明らかに雑な造りで非論理的だったにもかかわらず、彼は私も頭がいいと思っているようだった。(p43)

サックスは、自分の頭は「雑な造りで非論理的」だと言ってはばかりません。

サックスが進んだ大学では、同級生たちの中に、ものすごく頭がよく、緻密な思考のできる人が大勢いました。サックスは、そうした生徒たちから、「頭がいい」と思われましたが、自分ではそうではないと考えていました。

一見、謙遜してそう言っているかに思えますが、実際に緻密な思考の持ち主であるサックスの友人ジェラルド・エーデルマンは、サックスに「きみは理論家ではないね」とはっきり言いました。(p442)

しかし、サックスは、自分の頭脳が「雑な造り」だから、どうしようもないと言っていたわけではありません。むしろ、自分には、他の人にはない独特な強みがあることを知っていました。

サックスによれば、彼の強みは「とっぴな連想力」です。(p42)

「私はだらしなくていい加減で、妙な連想や思考の回り道ばかりする」(p329)

と書いています。その優れた連想力は、時と場合によっては極めて優秀な強みになりました。

サックスはあるとき、学科の試験でビリを取りながら、同時に非常に難しい奨学金の資格を手にしたときのことをこう振り返っています。

私は事実についての試験や○×問題はひどく苦手だが、小論文では力を発揮できるのだ。(p41)

オリヴァー・サックスは、細かい物事を緻密に扱うのは苦手だったので、正誤テストのような正確な知識を問われる場面では、とても苦労しました。

しかしその反面、人並み外れた視野の広さを持っていたので、東の果てにある事柄を、西の果ての出来事と結びつけるかのような、とっぴな連想や飛躍した発想を生み出すことができたのです。

これは言わば、「木を見て森を見ず」の真反対の特徴といえます。

多くの人は、物事の細部に注目するあまり、全体が見えなくなって苦労するのですが、オリヴァー・サックスは、だれよりも遠くから森全体を眺め、さまざまな知識を結び合わせるのに長けていたのです。

サックスが尊敬してやまないチャールズ・ダーウィンが、 ダーウィン自伝 (ちくま学芸文庫)の中で、自身の頭の構造について、こんな表現をしていたのは、たぶん偶然ではないのでしょう。

私の記憶力はぼんやりしているけれども範囲は広い。

その記憶力は、私が引きだしつつある結論に反する、あるいは逆にそれと一致する何かを、私が観察したり読んだりしたことがあるということを漠然と私に告げることによって、私を用心深くさせるのには たりている。

そしていっときとして、私はふつう、どこに私の出典を探すべきかを思いだすことができるのである。

私の記憶力は、ある意味では非常に貧しく、一つり日付けや一行の詩さえも、数日以上覚えていられたことがなかった。(p173)

サックスと、彼が尊敬するダーウィンとは、似通った脳の構造の持ち主でした。正確な記憶力という意味では「非常に貧しく」「雑な造り」でしたが、類似したものを広い範囲から検索して結びつけるという能力には秀でていました。

サックスのもう一冊の自伝ともいえる、タングステンおじさん:化学と過ごした私の少年時代 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)を見ると、サックスのこの性格は、どうやら、母方の祖父の家系から、一族に脈々と受け継がれていたものだったようです。

その祖父は、「肉体的なものにも精神的なものにも等しく関心をもった人」で、「ヘブライ語の学者で、神秘主義者で、アマチュアの数学者で、発明家」でもあり、あのライト兄弟とも親しい交流がありました。(p18)

18人もの息子と娘がいましたが、それぞれ数学や自然科学、人間科学、生物学や医学、教育など幅広い分野に関心を持つようになり、「一族みんなのなかにあの祖父の血が流れている、と私には思えてならなかった」と書かれています。(p20)

サックスの母も例外ではなく、サックスが尋ねるありとあらゆる質問に対して、いつもしっかりと答えてくれたそうです。

だから、子どものころの私がいくら質問をしても、母はせっかちに答えたり理由もなしに解答を押しつけたりはめったにせず、きちんと考え抜かれた答えで私をとりこにした(私の理解力を越えていたのも多かったが)。

このように私は、しつこく尋ねて物事を知ろうとするように促されながら、生まれ育ったのである。(p19)

わたしの個人的な意見としては、たとえばモーシェ・フェルデンクライスの家系がそうであったように、サックスもまた遺伝的に非常に強いHSP/HSSの家系の出だったのではないかと思います。

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