離人症の人の目には、周りの世界は、異様で、奇妙で、なじみがなく、夢のように映る。
物はときおり不思議なほど小さく見え、平たくなることもある。音は遠くから聞こえるように思える。
…情動もやはり、著しく変化する。患者たちは、苦痛も快感も経験できないと苦情を言う。…彼らは自分自身に不案内になってしまったのだ。(p168)
これは身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法という本に載せられている、ベルリンの医師ポール・シルダーが1928年に書いた「離人症」「離人感」(depersonalization)の特徴です。
100年近く前に書かれたこの同じ離人症を経験する人は、今の時代にも大勢います。現実感ののない感覚。それはとても気持ちが悪く、不安を誘うものです。
生きている実感がなく、自分が空っぽに感じられ、世界が遠くに薄っぺらく色あせて見え、自分の体が抜け殻のように、また自分ではない人形のように思えるとしたら、生きることに喜びや幸せを感じられなくなるでしょう。
この記事では、 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相という本をもとに、離人症にはどのような症状が含まれるのか、なぜ現実感がなくなるのか、どうすれば治療できるのか、という点を紹介したいと思います。
目次 (お好きなところから読めます)
これはどんな本?
今回、おもに紹介する 「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相は、2010年の「河合臨床哲学シンポジウム」の、さまざまな精神病理学者の発表原稿をまとめたものです。
この記事での説明は、解離に詳しい柴山雅俊先生による「解離における離隔の諸相―離脱・融合・拡散」という章に基いています。(p176-208)
また、離人症の脳科学的なメカニズムや治療法を知るにあたり、冒頭で引用した、トラウマ研究の専門家、ボストン大学のベッセル・ヴァン・デア・コーク先生による身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法も参考にしています。
「離人症状」の二つのタイプ
まず、知っておく必要があるのは、「現実感がない」という離人症状にも、少なくとも2つのタイプがあるということです。最初に自分がどちらのタイプなのかを知らなければ、原因や治療法を選択することができません。
その2つとは、以下のようなものです。
解離が関係していない離人症
まずうつ病などの精神疾患、脳神経疾患、身体病などに合併して見られる離人症では、次のような訴えがあります。
いまの自分がかつての自分とは違って、まったく異質な状態になってしまった。それがずっと持続している。
このような状態が改善されないと日常生活をまっとうに送ることができない。(p178)
続解離性障害の中で解離や摂食障害に詳しい野間俊一先生は、この種の離人症について、こう述べています。
20世紀半ばに内因性精神病との関連で議論された離人症は慢性的に実感を失っている状態で、解離性の離人症のような不安定さはありません。(p218)
このような離人感の場合は、原因となっている精神・身体疾患を治療することが重要であり、おおもとの病気が治れば、現実感も戻ってくるでしょう。
解離が関係している離人症
これに対して、「解離」という脳のメカニズムが深く関わる離人症では、次のような具体的な訴えが見られるそうです。
ビデオカメラを覗くように、限定された枠の中に世界が現われ、視野全体が狭くなる。
世界の奥行き感がなく、対象との距離が遠くなったり近くなったりして、はっきりと定まらない。
どこか地に足が着いていないようで、自分が浮き上がっているようで、自分が「いま・ここ」にいるという実感がなくなる。
まるで夢の中のようで、夢か現実かわからない感じがする。(p178)
今回取り上げるのは、後者の「解離が関係している離人症」についてです。こうした離人症が起こる病気は「解離性障害」と呼ばれています。
解離性障害というと、多重人格(つまり解離性同一性障害)や記憶喪失(解離性健忘)などが有名ですが、実際には、そうした「典型的」ともいえる症状は少ないそうです。むしろこう書かれています。
そういった解離性障害の八割から九割に離人症がみられる。
従来、「実感がない」「現実感がない」と訴える離人症は統合失調症との関係で取り上げられることが多かったが、今日では解離性の離人症が目立って増加している。(p176)
解離性の離人感の7つの特徴
解離性の離人症について、もっとよく理解するために、具体的な訴えを7つ調べてみましょう。
以下の症状は、離人症状としては、かなり程度が進んだ重いものも含まれますので、解離性の離人症だからといって、必ずしもすべてを経験するわけではありません。
1.時間と空間の変容
解離性の離人症の大きな特徴は、時間感覚と空間感覚が歪むことです。解離性障害のことがよくわかる本 影の気配におびえる病 (健康ライブラリーイラスト版)によると、感覚の歪みの例としては、以下のようなものがあります。
■いったい今がいつなのかわからない
■過去と現在が重なっている感じ
空間感覚の歪み
■実際に起きていることなのか夢で見たことなのかわからない
■生きている感じがしない
■自分の体に実感がない
■宙に浮いているような感覚がある
■ものが遠のいていったり映画のセットみたいに見えたりする
■自分や他人が操り人形のように感じられる
■人や物が大きくなったり小さくなったりする(不思議の国のアリス症候群)
2.私の二重化
二番目の点は、自分が二重化して感じられることです。「自己」と「他者」―臨床哲学の諸相にはこう書かれています。
世界が、奥行きがなく平面で、質感も重さもなく、物が空間にばらばらに浮かんでいる状態になることがある。
…そうした時に後ろにずれると、世界がまとまって見えるようになる。
…後ろの離れたところから自分を操る感じです。そういったときは視野が狭くなる。(p189)
この例では、自分が後ろにずれるという感覚を伴っています。
解離性障害の離人症では、自分が二重化して、後ろから傍観している冷めた自分と、空っぽになって魂が抜け出たような自分を両方感じていることがあります。
3.離隔
三番目は、世界が遠のく「離隔」です。
自分が置かれた状況をドラマや他人事のように見ている。ただ見ているだけというか、映画を見ている感じがする。
見え方が違う。立体を直に見ているのではなく、平面に立体が映っている。(p180)
離隔とは、漢字のとおり、「離れて隔てられている」ように感じることです。周囲の世界と自分との間に膜があるように感じ、現実感がありません。
4.過敏
四番目は、世界が近くなる「過敏」です。
自分のすぐ後ろに誰かがいる感じがする。私が手紙を書いているときに、それをじっと見ている人を感じる。右肩のところに誰かがいる感じがする。(p180)
離人症は現実感がなくなる「離隔」を伴うので、「過敏」になるというのはあたかも逆のように思えます。
しかし、解離性の離人症は、まず強い過敏状態があり、そこから逃れるために意識を解離させて離人症状が生じるため、一方の私が世界から遠のく「離隔」を感じ、もう一方の私は、かえって世界に異常接近する「過敏」状態になる「私の二重化」が生じてしまうのです。
このあたりのメカニズムについては、原因についての説明の中で詳しく扱います。
解離によって過敏になった人は、他者の気配に過敏なため、閉じ込められることが怖く、トイレやお風呂のドアを少し開けておくこともあります。(p190)
また人混みに行くと、周りに圧倒され「人混みが怖い」「周囲が迫ってくる」と感じることもあります。(p179)
5.リアルな夢
五番目の点は、日常生活で現実感がなくなっているのとは対象的に、夢の中ではリアルすぎる世界を体験することです。
たとえば空をとぶ夢、飛び降りる夢、追いかけられる夢などが多く、感覚もとてもリアルで、夢のなかでもはっきりと意識を保っている、いわゆる「明晰夢」を見ることも多いようです。
詳しくは以下の記事も参照してください。












