多重人格の原因がよくわかる8つのたとえ話と治療法―解離性同一性障害(DID)とは何か


重人格、というとあなたはどんなイメージを持っていますか?

ドラマに出てくるような犯罪者や、オカルトチックな霊的現象を想像するでしょうか。

実際には多重人格はオカルトではなく、解離性同一性障害(DID)と呼ばれている、れっきとした医学的な現象です。

もちろん原因は悪霊ではなく、脳の特定の機能の過剰な働きにあります。そしてDIDで悩んでいるのは、犯罪者や変質者ではなく、むしろもっと純粋な感性を持つ普通の人たちです。

DIDの人には平均8-9人とも言われる複数の人格が宿っている、人格が交代して別人になり、その時のことは記憶にも残らない、といったことを考えると、身近な家族や友人が、DIDに対して戸惑いを覚える気持ちもよくわかります。

どうして多重人格が生じるのでしょうか。一人の人に複数の人格が宿る仕組みを、どのように理解すればよいのでしょうか。具体的な治療法には、どんなものがありますか。

この記事では、 続解離性障害という本や、その他の解離性障害の専門書から、多重人格の原因やメカニズムを理解するのに役立つわかりやすい8つのたとえ話、そして治療法についてまとめてみました。

スポンサーリンク

これはどんな本?

今回おもに参考にしたのは、解離性障害の専門家、岡野憲一郎先生による続解離性障害という本です。解離のメカニズムについて詳しく考察されている、たいへん興味深い本です。

この本は解離の仕組みや歴史を知る上では、とても参考になるのですが、さすがに解離性障害について一から知りたいと思うときには難しすぎるので、当事者やその家族に役立つ本は、この記事の最後で別途 紹介してあります。

まず最初に―DIDは演技・詐病ではない

まずはじめに、はっきりさせておくべきことがあります。それは、解離性障害、特に解離性同一性障害(DID)と呼ばれる多重人格は、どれほど不思議に見えようと、決して演技や詐病ではない、ということです。

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中でも書かれているように、嘆かわしいことに、いまだに解離性同一性障害(DID)のような病気は存在しないとみなす医者もいます。

彼女の真の姿を定かにしてくれる人は誰もいなかった。

「17歳のとき、深刻な精神障害を抱える少年少女のためのグループホームで暮らしていて、空き缶の蓋でひどく自分を傷つけました。

救急処置室に連れていかれましたが、どのように自分を切ったかを医師に話せませんでした。まったく記憶がなかったのです。

救急処置室の先生は、解離性同一性障害は存在しないと確信していました。……メンタルヘルスにかかわる人の多くが、そういう障害は存在しないといいます。

その障害を持つ人がいないのではなく、障害自体が存在しないんです」(p530)

DIDを否定する医師がいるのは、ひとつには、メディアや娯楽などで、オカルトと同列に扱われるせいかもしれません。本当は医学的に十分説明できる病態なのに、よく知らない不勉強な医師からは、超常現象と同列にみなされてしまいます。

また、DIDの人格交代は、知らない人から見ると、演技をしているよう見えることもあります。いつも普通にしゃべっている大人が、突然赤ちゃん口調になって泣き出したり、異性の言葉遣いになって荒っぽくなったりします。

それは一見、わざと物まねをしたり、別の人を演じて気を引こうとしているかのように思えますが、本人は、そのような意図はなく、完全の別の人格になり変わっているのです。続解離性障害の中で岡野先生はこう述べます。

しかし実際には患者は演技をしているわけではない。交代人格はあくまでも別人として現れる。(p164)

それでも、精神科医などの専門家の中には、やはりこれは患者の演技であり、人格交代など認めない、と主張する人もいます。その理由についてこう書かれています。

解離性障害のもう一つの特徴は、その症状のあらわれ方が、時には本人によりかなり意図的にコントロールされているように見受けられることである。

そのために詐病扱いされたり、虚偽性障害(ミュンヒハウゼン症候群)を疑われたりする可能性が高い。(p151)

たとえば、診察室に入ったら別人格が現れて、診察室を出た途端に元に戻る、といった いかにも都合のよい現れ方をする人格交代もあるそうです。そうすると、何も知らない人は間違いなく演技でしかないと思うでしょう。

私がかつて担当したある患者は、診察室を一歩出た際に、それまでの幼児人格から主人格に戻ったことがあった。

…一般に解離性障害の患者は、自分の障害を理解して受容してもらえる人にはさまざまな人格を見せる一方で、それ以外の場面では瞬時にそれらの人格を消してしまうという様子はしばしば観察され、それが上記のような誤解を生むものと考えられる。(p151)

しかし解離性障害の本質を考えてみると、それはいたって自然ともいえる人格の交代です。というのは、後で説明しますが、解離性障害は、「無意識のうちに」空気を読みすぎてしまう病だからです。

この無意識のうちに空気を読むというのは、解離性障害の人たちが幼いころから培ってきた非常に根深い傾向であり、そのせいで人格交代もまた、周りの人の期待に沿うようにして生じることがあります。

解離性同一性障害の当事者オルガ・トゥルヒーヨは、私の中のわたしたち――解離性同一性障害を生きのびての中でそのことをこう語っています。

私の場合のように、虐待が長く続けば、解離は習慣となり、強められ、不可欠なものになる。この効果的手段は生活様式となり、特定の状況から自動的に起こる反応となる。

つまり、特定の状況や出来事が、経験済みのトラウマ的な出来事に似ていると、自動的に解離が起こる。ほかの人には脅威ではない状況や成り行きでも、その人は脅威と不安を感じる。

たとえば私の場合、だれかがあまりにも接近すると、過度の接近から始まる格闘技のように感じてしまう。これが私にとって引き金になり、脅威と感じ、本能的に心を解離させる。(p15)

この無意識のうちに状況に反応して引き起こされる解離は、いわゆるパブロフの犬で有名な条件付け反射によって起こる、制御しえない無意識の身体的反応です。

原因不明の身体症状に苦しむ人のための「記憶」の科学の10の考察
全身に散らばる原因不明の身体症状の謎を、記憶の科学から読み解きます

岡野先生は、解離性同一性障害が演技や詐病であるか、という問題について、ご自身の長い診療経験や知見に基づいて、続解離性障害の中ではっきりとこう断言しています。

もう一人の自分が自分の知らないところに働いているということは、常識では考えられない現象である。

しかしそれにもかかわらず、解離性障害を持つ人々は、おそらく私たちが人生で出会う中でもっとも純粋で、しかも人の痛みに対する感受性の強い人たちでもあるのだ。

だからそれらが意図的に、演技として現れているという可能性は、一部の例外を除いては、まず絶対にないといっていいだろう。

この絶対、という表現は強すぎるように響くかもしれないが、私の確信は、たとえばこの世には統合失調症という障害のために幻聴を体験している人たちは絶対に存在するというのと同じくらいの強さと考えていただきたい。(p36)

解離性障害を持つ人は、演技をして人を欺こうとするどころか、真面目で良心的な人が多いのです。

本来、解離性同一性障害の人は、自分が多重人格であることを人に見せて気を引こうとするどころか、そのまったく逆の振る舞いを見せます。自分の人格が多重化していることに気づいても、人への恐れから、できる限りそれを悟られないよう注意します。

岡野憲一郎先生は別の著書、解離新時代―脳科学,愛着,精神分析との融合の中でこう書いています。

私はおそらく多くの「見事な多重人格」に出会っているが、彼女たちの大半は、症状により自己アピールをする人たちとは程遠いということだ。

彼女たちの多くは解離症状や人格交代について自分でもあまり把握していないことが多い。

…そして多くはそのことを他人にはできるだけ隠そうとするのだ。なぜなら彼女たちは他人から「おかしい」と思われることを非常に恐れるからである。(p5)

問題をややこしくしているのは、本来の多重人格の患者たちではなく、本当は解離性障害ではないのに、ドラマや小説に出てくる多重人格に憧れて、「わたしは多重人格だ」と軽率に触れ回る人たちの存在です。

アニメや映画、小説などで、面白半分に多重人格のキャラクターを登場させるような風潮も、これと同様のものでしょう。統合失調症のような重い精神疾患を娯楽の題材にすることを不謹慎だとみなす人は多いはずですが、残念なことに解離性同一性障害は面白半分に扱われることが少なくありません。

オルガ・トゥルヒーヨの経験について取り上げた最近のNHKのニュースでも、そのことが指摘されていました。

News Up 私の中の、知らない私 | NHKニュース

解離性同一性障害は、これまでもドラマやノンフィクション小説などで紹介され、「多重人格障害」などと言われていたこともありました。

そうした言葉が誤解され、つらい経験の中で自分を守ろうとしてきたということが理解されないことも多いそうです。

本来の解離性同一性障害は、アニメやマンガに登場する単に多面性のあるミステリアスな「多重人格者」ではなく、極めて辛いトラウマ経験をきっかけとして生じ、様々な心身の症状を伴い、普通の社会生活が送れなくなるほど辛いものです。

いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳によると、解離性同一性障害(DID)の患者を対象とした脳画像研究によって、脳の萎縮をはじめとした深刻な異常さえ生じていることが証明されています。

カリフォルニア大学サンディエゴ校のStein(ステイン)は、子ども時代に頻回の性的虐待を受け、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や解離性同一性障害(DID)に陥った21人の成人女性の左側の海馬に異常があることを報告した。

患者群の左側の海馬は対照群と比べて5%小さく、海馬の小ささと解離性同一性障害の症状の程度には明らかな関連があった。つまり症状の程度が重症であればあるほど、左の海馬サイズは小さかった。(p57)

海馬は長期記憶に関係する脳の部位ですが、慢性的な絶え間ないストレスにさらされると進行的に萎縮していくことが知られています。おそらく記憶の断裂などの解離症状とも関係しているのでしょう。

またDIDの特徴である人格の多重化については、このような研究が紹介されています。

解離性同一性障害患者では、つらい記憶を思い出させたときに違った別々の領域が同時に働いていることがわかり、一つの脳に2つ以上の自我が存在することが示唆された。

内側前頭前野とその後方部を中心とした領域に、自我を統合する役割があるらしい。(p40)

この研究が示唆しているように、DIDでみられる人格の多重化は、単なる演技ではなくありませんし、アニメや小説などに出てくる気楽なイメージとはかけ離れた深刻な病態です。

先ほどのNHKのニュースでは、ある医師が語った次のような言葉が紹介されていました。

「解離性同一性障害の症状がある人と接する時、“自分の中に身代わりの人格を立てなければ耐えられないほどつらい体験を生き延びてきた人”として敬意を持って接する」

DIDが生じる原因は何か

では、多重人格、人格交代といった、にわかに信じがたい現象はなぜ生じるのでしょうか。いったいどうして、一人の人の体に、何人もの人格が宿ったりするのでしょうか。

その仕組みやメカニズムを説明する前に、まず解離性同一性障害(DID)が起こるきっかけ・誘因について考えておきましょう。

解離性障害は、さまざまな原因が絡み合って発症するとされています。一般に、以下のような点と関連があると言われています。

どれか単一の原因による、というよりは、複数の要因が絡み合っていることがしばしばです。そもそも、おおもとの原因となったトラウマ記憶が解離されて、本人すら忘却していることもあります。

そのため、続解離性障害では、一人ひとりの患者に対して「何が原因なのか」と特定するのは非常に難しい、と書かれています。(p157)

しかし、一般に、次のような要素が解離性障害の発症に関わっていると思われます。

■遺伝的なリスク・生まれつきの解離傾向の強さ
まず、素因としては、自閉スペクトラム症などの発達障害や、HSPと呼ばれる生まれつきの遺伝的な感受性の強さが関係している場合があるでしょう。

「解離型自閉症スペクトラム障害」の7つの特徴―究極の少数派としての居場所のなさ
解離症状が強く出る解離型自閉症スペクトラム障害(解離型ASD)の人たちの7つの症状と、社会の少数派として生きることから来る安心できる居場所のなさという原因について書いています。