近年、大人になってから、ADHDなどの発達障害ではないかと考え始め、成人後に初めて発達障害の診断を受けようとする人が増えているようです。
しかしの最近行われたさまざまな研究からすると、大人のADHDを疑う人のうち、少なくとも7割近く、あるいはそれより多くの人たちが、実は子ども時代にはADHDらしき症状がなかったことが明らかになっています。
それらの人たちは、確かに不注意や多動、衝動性などの症状に悩まされていますが、子どものころから続く生まれつきの発達障害としてのADHDには当てはまらず、遺伝的要素の可能性は低い、つまり環境要因が大きいと考えられています。
子ども時代にADHDで、大人になってからもADHDの症状に悩まされる人は実は少数派であり、ADHDを疑う大人のほとんどは、実際には別の問題を抱えていると思われます。
この記事では、子どものADHDと大人のADHDの関連をめぐる幾つかの研究を参考にしつつ、「私って大人のADHD」と思ったらまず立ち止まって考えてみたい点をリストアップしてみたいと思います。
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成人ADHDの約7割は子ども時代の症状がなかった
注意欠如多動症(ADHD)は一般的に生まれつきの脳の発達障害とされています。
普通ADHDと診断されるのは、不注意・多動・衝動性などを示す子どもか、子どものころからそうした症状が続いていた成人に限られます。
しかし英国とブラジルの研究チームによる独立した2件の研究論文によると、子どものころに症状はなかったのに、若年成人になってはじめてADHDと診断されるケースが多く存在することが分かりました。
注意欠陥多動性障害、成人期に発症も 研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News 
このニュースによると、英ロンドン大学キングスカレッジなどの研究チームが、2000組以上の双子を分析したところ、ADHDと診断された166人の若年成人(18-19歳)のうち、半数以上を占める68%は子どものころにはADHDの症状がなかったことがわかりました。
成人では、子ども時代から続く「持続性のADHDは少数派」である
と書かれています。
この点は別個の研究であるブラジルの研究チームによっても裏づけられています。
1993年から5000人以上を追跡調査した結果、子どもの時にADHDの症状を示していた成人ADHDの患者はわずか12%、逆にADHDの子どもが成人になってからもADHD症状を示す割合はわずか17%にすぎませんでした。
つまり、成人になってからADHDと診断された人のうち8割以上は、子どものころにはADHDの症状はなかったのです。
日本の友田明美先生も、 法務省の「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」のヒアリング資料でこう述べていました。
小さい時期からずっと,小児脳,ADHD,注意欠如・多動症といいます神経発達障害の一つ,不注意や多動,衝動性に関わる病気,障害,これを,ADHDのお子さんと定型発達のお子さんの脳を,これも100例以上集めてMRIで御覧いただいたのです。
6歳から,脳の成熟が,3歳ぐらい平均して遅れているのです。発達障害がありますと,健康な発達を遂げる子に比べて前頭葉の発達が少し遅くなる,こういうものも脳科学で分かってまいりました。
つまり,発達障害というのは,ずっと問題があると思っていただいたら,ちょっと間違いです。つまり,発達の遅れはあるのです。だって,脳の皮質の成熟が約3年ほど遅れます。ただ,ある時期からキャッチアップするというか,追いつくのです。
ADHDの子どもの脳は確かに発達の遅れがみられますが、たいていの場合は、ある時期から発達が追いつき、大人になるころには症状がみられなくなります。
やはり「子ども時代から続く持続性のADHD」は少数派だといえます。
さらに先ほどの英ロンドン大学キングスカレッジなどのチームが双子のデータを分析したところ、
■成人のADHDは、子どものADHDに比べて遺伝的要因の可能性が低い
■発症率が男女でほぼ等しい
■不安神経症やうつ病、依存症などになりやすい
といったことも判明したそうです。
これは、遺伝的要素が強く、男性に多いとされる従来の子どものADHDと、成人後に診断されるADHDとの間に大きな違いがあることを示しています。
このようなデータから、子どものADHDと成人後のADHDは「発症経路が明確に異なる2つの症候群」ではないかとされています。
子どもの時にADHDと診断されなかったにもかかわらず、若年成人になって初めてADHDと診断されるケースが多いため、遅発型のADHD自体が独自の疾患である可能性があることが示唆される
大人になってから症状が出る「遅発性のADHD」は、従来の発達障害としてのADHDとは別物なのです。
「遅発性ADHD」とはいったい何なのか?
じつは、これと同様のニュースは過去にもあり、そのときもこのブログで扱いました。
そのときの研究は、今回の2つの研究とは別のものであり、ニュージーランドのデューク大学の追跡調査に基づくものでした。
追跡調査によると子どものADHDと大人のADHDはほとんど重ならなかったそうです。
これは有名なダニーディンの子どもたちのコホート研究の一環で行われた調査のようです。
10代前半にADHDと診断された子ども61人のうち、30代の大人になってから再診断されたのはわずか4人、その逆に、30代の大人になってからADHDと診断された31人のうち、子どものころに診断されていた人はわずか4人でした。
つまり、子ども時代あるいは成人後にADHDと診断された約90名のうち、10代から30代まで一貫してADHDの基準を満たしていたのはわずか4人だけだったということです。
大半のADHDは大人になると症状がなくなってしまう一方で、やはり大人になってADHDと診断される人の8割以上は、子どものときにはADHDでなかった人たちでした。
これは今回のニュースで、ADHDの子どもが大人になってからもADHDの特徴を示すのは少数派である、とされていた見解と一致しています。
それではやはり、子どものADHDとは別の、遅発性のADHDという独自の疾患があるかのように思えますが、そもそも遅発性のADHDとは何でしょうか。
不注意優勢型という気づかれにくいタイプ
前回の記事のときに考えたのは、ADHDのうち多動のない不注意優勢型タイプの存在です。これは女性に多いとされています。
ADHDというとわんぱくでやんちゃなイメージがありますが、ADHDの女の子は男の子とは特徴が異なるために気づかれにくいと言われています。ADHDの女性の10の特徴、チェックポイント
不注意優勢型は子どものころから症状はあるものの、問題行動が少ないため見逃されやすく、社会に出てはじめて不適応を起こすことが多いと言われています。
多動性や衝動性が大人になってから治まりやすいのに対し、不注意は大人になってからも持続すると言われています。
そうするとADHDの多動・衝動性優位型、いわゆる「ジャイアン型」は大人になってから症状が和らぐのに対し、不注意優勢型、いわゆる「のび太型」は大人になってから症状に気づき、苦しむことが多いのかもしれません。
「ジャイアン型」と「のび太型」は、確かに細かい遺伝的な要素などを考慮すれば別の疾患ともいえるかもしれません。
また脳の覚醒度が低い「のび太型」タイプは、大人になってから依存症になったり、不注意ミスのために自尊心が低くなって二次障害を抱えたりすることも多いかもしれません。
しかし「のび太型」は気づかれにくいとはいえ子どものころから不注意などの症状はあるので、遅発性のADHDというわけではありません。
それは本当にADHDなのか?
ここまで不注意優勢型ADHDの可能性を考えてきましたが、腑に落ちない点は多くあります。
今回の研究で気になるのは、大人になってから診断されたADHDは、男女で発症率がほぼ同じで、遺伝的要因の可能性が低いとされていた点です。
これは遺伝的な要素が大きく関係し、女性に多いと言われている「のび太型」のADHDの特徴とは一致していません。
ですから、大人になってから診断されるADHDのうち、一部は確かに見過ごされていた不注意優勢型の患者が含まれているかもしれませんが、それですべてを説明することは不可能です。
とすると、大人になってから診断されるADHDの多くは、今回のニュースで想定されている遅発性ADHDという「独自の疾患」か、あるいは別の病気の誤診ということになります。
ADHDに似た症状を引き起こす様々な環境要因
これもまた前回の記事の際に触れた点ですが、ADHDのような多動・衝動・不注意といった症状は、発達障害としての本来のADHD以外のさまざまな原因によっても起こります。
まず、慢性的な睡眠不足になると、注意力が低下し、あたかもADHDのような症状が生じます。
第8回 寝不足の子どもは多動や学習障害状態になる | ナショナルジオグラフィック日本版サイト 
「睡眠不足による精神症状の出方は、年代ごとにちょっと違うだけでずっと大人まで続くんです」と。
例えば──
「小学生は、自分の眠気をうまく表現できないんで、むしろ情緒的な反応を示す、もしくは行動面で示す。落ちつきがなくなったり、多動状態になってくる。中高生になると、今度は、キレやすいといった問題ですね。
子どものころは普通に睡眠がとれていたのに、10代後半になって進学したり、大人になって就職したりすると、睡眠時間が圧迫されたり、さまざまなストレスを抱えたりして、慢性的な睡眠不足を抱える場合があります。
知らず知らずにうちに慢性的な睡眠不足に陥り、それが一見ADHDのような症状として持続している可能性はないでしょうか。
近年の研究では、6時間睡眠を続けた被験者は認知機能が悪化しているにもかかわらず、眠いという自覚がない、つまり睡眠不足を自覚していないということが明らかになっているそうです。
現代人の多くで、自分でも気づいていない「潜在的睡眠不足」(PSD)が身体的健康に慢性的な影響を及ぼし、生活習慣病などの健康リスクをもたらしているという研究が発表されました。
睡眠の教科書――睡眠専門医が教える快眠メソッド
の中でアリゾナ・プレスコットバレー睡眠障害センターのロバート・ローゼンバーグもこう書いていました。
この実験からもわかるように、睡眠不足の子どもたちが示す症状の多くはADHDとよく似ているので、ADHDか睡眠障害かを正確に判定するのはむずかしいのです。(p218)
成人してからの注意欠陥多動性障害(ADHD)という診断は、じつは誤診で、実際は睡眠障害である可能性があります。
ある研究で、ナルコレプシー(神経睡眠障害の1つで夜の睡眠が乱れ、昼間に異常な睡眠パターンが出現する)と、特発性過眠症(日中の過度の眠気を主な症状とする神経障害と考えられている)とADHDの比較で、重複する症状が多いことが分かりました。(p225)
大人になってからADHDと診断された人が、遺伝要因が少なく、依存症など他の精神疾患になりやすいというデータは、生来の発達障害というより、むしろ睡眠不足とをはじめとする環境からくるストレスが蓄積しているのではないかと思わせます。
また、つい最近のニュースでは、スマホの通知がADHDのような症状を引き起こしているとされていました。
スマホの通知は「ADHDに似た症状」を引き起こす:研究結果|WIRED.jp 
例えばベル音やヴァイブレーションによる通知機能をオンにしていると、そうでない時よりも「不注意と多動の症状が多い」と学生たちは回答した。
スマートフォンをサイレントモードにしていない学生は、これまでにそう診断されたことがなくても、ADHDとよく似た症状を多く体験した。
常にスマホの通知などデジタルデバイスの刺激に気を取られていると、ワーキングメモリの一部が慢性的に占領され、ADHDのような不注意や衝動性が生じるのかもしれません。
今回挙げたさまざまな追跡研究の対象となった人々は、子どものときには、ほとんどデジタル機器が普及していませんでした。学生になってデジタル機器を持つようになったり、大人になって、スマートフォンなどの使用が日常的になった結果、ADHDのような症状が出現した可能性は十分考えられます。
デジタルデバイスの使用による、ADHDに類似した症状については、退屈すれば脳はひらめく―7つのステップでスマホを手放すという本に、さまざまな研究が載せられていました。いくつか例を挙げると、以下のようなものがありました。
■電子機器に気を取られて半数が信号無視していたという研究。(p54)
■体験に集中せず、写真を撮ることに熱中していると思い出が残りにくい「写真撮影による記憶の損傷効果」が確認されている。写真を撮ることに気を取られてコミュニケーションがおろそかになる傾向も。(p119,125)
■スマホの通知を気にするあまり45秒ごとに意識が途切れる「自己中断のパターン」。 通知に反応するたびに戻るのに23分15秒もかかる。(p129-140,170)
■通知を気にするあまり、架空の振動を感じるようになる「ファントムガジェットシンドローム」(p104)
■SNSやアプリに熱中しすぎて睡眠時間が削られる。またメールを送信するときに一瞬呼吸が止まって注意深く確認している「電子メール無呼吸症候群」が確認されている。前述のように睡眠不足や無呼吸の問題はADHDとよく似ている。(p105,159)
■紙の本を読む人とKindle利用者とでは本の読み方が異なっていて、Kindle利用者は物語の時系列についての正答率が低かったという傾向。インターネットを習慣的に利用する人は膨大な情報に適応するため、わざと文章を読み飛ばすよう脳が適応しているとのこと。(p71-74)
これらはいずれも、脳の障害でも先天的な異常でもなく、ただの適応です。
デジタル機器中心の世界では、通知にすぐ反応することや、すべての情報に目を通さずあえて読み飛ばすことなどが重要なスキルです。しかし、そうした最適化された脳の反応は、日常生活ではADHDのような不具合を生じさせてしまう、ということなのです。(p93,178)
デジタルデバイスの習慣的な使用がADHD症状を引き起こす理由について調べてみました。
子どものころは親が食事の管理をしてくれていたのに、成人して独立すると食生活が不規則になり、ジャンクフードや加工食品などが増えた結果、大人になってからADHDのような症状が現れる可能性もあります。
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