無意識に人格が切り替わってしまう「スイッチング」とは?―多重人格をスペクトラムとして考える


その症状は劇的ではあるものの、解離性同一性障害に見受けられる内部分裂や異なる人格の出現は、幅広い精神生活の領域の極端な例にすぎない。

自分の中に相容れない衝動や部分がいくつもあるという感覚は誰しも抱いているが、トラウマを負い、生き延びるために極端な手段に頼らざるを得なかった人々には、とりわけ顕著なのだ。(p457)

離性同一性障害(DID)、いわゆる多重人格は、映画やアニメなどのフィクション作品でセンセーショナルに扱われるせいで、はなはだしく誤解されてきました。

自分のうちに複数の人格がいるという現象は、ときに猟奇的な犯罪や、オカルトと結びつけられがちですし、詐病や演技だとみなす医師さえいます。

多重人格の原因がよくわかる8つのたとえ話と治療法―解離性同一性障害(DID)とは何か
解離性同一性障害(DID)、つまり多重人格について、さまざまな専門家の本から、原因やメカニズムについて理解が深まる8つのたとえ話と治療法についてまとめました。

しかし、身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、ベッセル・ヴァン・デア・コークが述べているように、解離性同一性障害(DID)は、「幅広い精神生活の領域の極端な例に」すぎません。

近年の解離の理論からすれば、単一の人格しか持たない大多数の人と、複数の人格を抱え持つDIDの人は、ばっさりと二分して区別できるようなものではなく、グレーゾーンを介して連続してつながっていることがわかっています。

彼はこの本の中で、「解離がスペクトルの上で生じることに気づいた」と述べています。ちょうど虹のスペクトルのように、さまざまな程度また色合いの症状が連続して起こっている、という意味です。(p464)

たとえDIDと診断されるほど典型的ではなくても、自分の内に複数の人格が宿っているように感じている人は大勢います。そのような人たちは、「スイッチング」という軽度の人格の切り替わりを経験します。

たとえば、ついカッとなる傾向があったり、ぼーっとして無活動状態にはまり込んでしまったり、人前での自分と一人でいるときの自分にギャップがあったり、依存症や中毒、自傷行為をやめられなくなったりしている人は、人知れずスイッチングの問題を抱えている可能性があります。

この記事では、スイッチングとはなにか、人格の分裂がわたしたちの日常からそれほどかけ離れているわけではないといえるのはなぜか、そのとき脳科学的にはどのような状態にあるのか、といった点を考察したいと思います。

(※多重人格は解離性同一性障害の古い呼び名であり、あまり適切ではない名称です。しかし現在でも、多重人格という言葉は知っていても、解離性同一性障害という呼び名は知らない人も多いため、この記事では便宜的に この表現を併用しています)

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これはどんな本?

この記事でおもに参考にしたのは以下の二冊です。

身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法は何度も参考にしているトラウマ研究の第一人者ヴァン・デア・コークの本で、トラウマ当事者に多いスイッチングや、分かたれた人格の治療法が載せられています。

臨床心理学博士であるサンドラ・ポールセンによる図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療―EMDRを活用した新しい自我状態療法は、DIDと診断されるほどではなくても、さまざまな程度の人格のスイッチングを見せる人が大勢いることが豊富な事例から解説されています。

「スイッチング」ー人格の分裂はスペクトラム

冒頭で引用したように、解離性同一性障害(DID)のような人格の分裂は「スペクトルの上で」、つまりさまざまな程度の連続性をもって生じます。

図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療―EMDRを活用した新しい自我状態療法によると、この概念は「解離性連続体」として知られています。

人格やアイデンティティが複数にわかれる解離という現象は、解離性連続体という一本のものさしに当てはめた場合、「左端のノーマルな役割や状態から、右へ進むごとに内面の葛藤や未解決のトラウマが増え、健忘をともなう解離性同一性障害に至る」とされています。(p50)

これまで、「多重人格」と呼ばれてきた解離性同一性障害の人たちは、この解離性連続体のスペクトルのものさしで言えば、右端に位置している人たちです。

たとえば、ヴァン・デア・コークは、身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、そのような深刻なDIDを抱えていたリサという女性のエピソードについて書いています。

リサは小さいころに解離した記憶があったが、思春期になると症状が悪化した。

「目が覚めると切り傷があるということが起こり始めたのです。学校の人にいろいろなあだ名で呼ばれていました。

決まったボーイフレンドを持てませんでした。解離したときに別の子とデートしてしまい、しかもそれを覚えていなかったからです。

よく意識を失い、気がつくととんでもない状況になっていることがしばしばでした」。

深刻なトラウマを負った人にはありがちなことだが、リサも鏡の中の自分を認識できなかった。

私は人が、連続した自己感覚を欠くというのはどういうことかをこれほど明瞭に描写するのを聞いたことがなかった。(p529)

彼女の場合、人格が切り替わるごとに記憶や意識のつながりが途切れるので、一人の身体で、複数の人間の人生を送っているような状態にありました。

これほど深刻な解離性同一性障害の例を見ると、人格の分裂は、大半の人の日常からはかけ離れた奇病のように感じられるかもしれません。

しかし、解離性連続体のスペクトルとして考えてみると、ものさしの右端に位置するこのような人たちたちだけが人格の分裂を抱えているわけではないことがわかります。

虹のスペクトルの色合いがなだらかなグラデーションを描くように、解離性連続体の場合も、はっきりDIDと診断される右端の人たちだけでなく、そこに至るまでの中間部分に位置する人たちが大勢います。

国内の解離の専門家の一人である杉山登志郎先生は、子ども虐待という第四の発達障害 (学研のヒューマンケアブックス)のなかで、そうした人たちは「スイッチング」という現象を見せる、と述べています。

このような多重人格が明確に認められない場合においても、スイッチングと呼ばれる人格モードの切り替わりが認められる被虐待児は多い。

つまり、状況依存的な生理的状態や気分とワンセットになった特有の意識状態の間を、スイッチが切りかわるようにして移動するのである。(p92)

子どもの場合、解離性同一性障害の特徴は、部分人格が人間とは限らず、しばしば犬人格や猫人格をもつことである。(p89)

Hさんは、「ぼく」「うち」「あたし」と自己の呼称が状況によって変化していた。(p92)

はっきりDIDと診断されるほどではなくても、人格の分裂が生じているグレーゾーンの現象、それは「スイッチング」と呼ばれます。

杉山登志郎先生が診ている児童虐待のサバイバーの中には、解離性同一性障害と診断されないまでも、それに似た人格の切り替わりを見せる子どもたちが大勢いました。

スイッチングを起こす子どもたちは、先ほどの典型的なDIDのリサほど極端に、記憶や意識の連続性のつながりが失われることはありません。

しかし、「状況依存的」に、つまり場面によって無意識に人格モードが切り替わってしまい、あたかも別人のような性格や振る舞いを見せます。ときには動物のように振る舞ったり、一人称が変わったりします。

そのような子は、場面ごとに人格モードが勝手に切り替わるので、家でいるとき、友だちや先生と話しているとき、一人でいるとき、それぞれ専用の自分がいて、無意識のうちに別人のように振る舞ってしまいます。

こうしたスイッチングは、子どもだけの問題ではなく、大人にもよく見られます。ヴァン・デア・コークも、身体はトラウマを記録するーー脳・心・体のつながりと回復のための手法の中で、こう書いています。

そうした変化は臨床現場では「スイッチング」と呼ばれており、トラウマを負った人にしばしば見られる。

患者は話題が変わるたびに、まったく違う情緒的状態と生理的状態に入る。

スイッチングは声のパターンのはなはだしい変化としてだけでなく、表情や体の動きの変化としても表れる。

臆病な人から強引で攻撃的な人へ、心配症で他人の言いなりになる人からいかにも魅惑的な人へと、人格が変わるようにさえ見える患者もいる。(p396-397)

スイッチングが起こると、DIDの場合と同じく、声や表情、身体の動きのパターンが別人のように変化します。

例えば、テキサス大学オースティン校のジェイムズ・ペネベーカーの研究では、学生たちを対象に、人生で最悪のトラウマ体験についてテープレコーダーに吹き込んでもらう、という実験を行なったとき、スイッチングを起こす人たちが観察されました。

私は、ペネベーカーの研究の別の点にも注意を惹かれた。

参加者が、私的な問題あるいは厄介な問題について話したときは、声の調子と話し方が変わることが多かったのだ。

その違いがあまりにも著しいので、ペネベーカーは自分がテープを取り違えてしまったのかと思ったほどだった。(p396)

ペネベーカーの実験に参加した人たちは、決してDIDと診断されていたわけではありません。しかし、彼らは、トラウマ的な出来事を思い出すと、別人のような声や筆跡に変化するスイッチングを見せました。

たとえばある女性は、その日の計画について子供のような甲高い声で話したが、数分後に、開いたレジの引き出しから100ドル盗んだ話をしたときには、声がずっと低く小さくなったので、別人のように聞こえた。

情動の状態の変化は、参加者の筆跡にも反映されていた。参加者は話題を変えると、筆記体からブロック体へ、そしてまた筆記体へと変わることもあった。文字の傾きと筆圧にも違いがあった。(p396)

この報告は、DIDのような人格の分裂が決してわたしたちの日常からかけ離れているわけではないことを示唆しています。

人格交代をスイッチングという観点から見た場合、DIDは重度のスイッチングにあたりますが、もっと程度の軽いスイッチングを経験している人たちは、わたしたちの身の回りに大勢いるのです。

自分でコントロールできない条件反射

典型的なDIDであれ、スイッチングを起こす子どもや学生であれ、いずれの場合も共通しているのは、演技として「ふり」をしているわけではなく、勝手に人格が別人のように切り替わってしまう、ということです。

「スイッチング」という言葉から思い浮かぶのは、機械のスイッチを操作して、モードを切り替える様子かもしれません。

たとえば、わたしたちは、ドライヤーを使うとき、強い温風、弱い温風、冷風などのモードをスイッチで切り替えるかもしれません。さまざまなモードを使い分けられるのはとても便利です。

ではもし、ドライヤーのスイッチが自分で操作してもいないのに、勝手に切り替わってしまうとしたらどうでしょうか。冬の寒い日に早く髪を乾かしたいのに、勝手に冷風に切り替わってしまってコントロールできなかったら?

これが、スイッチング、そして解離性同一性障害を抱えている人が陥っている状態です。

冒頭でヴァン・デア・コークが述べていたように、「自分の中に相容れない衝動や部分がいくつもあるという感覚は誰しも抱いて」います。つまり、自分の中に複数の異なる人格モードが存在しているのは、とても自然なことです。

ちょうど、ドライヤーに、温風の強弱や冷風など、さまざまなモードが備わっているように、わたしたちの場合も、だれでも複数の人格モードを抱え持っています。

わたしたちが誰でも持っている複数の人格モードは、解離の治療法のひとつである自我状態療法を開発したジョン・G・ワトキンズ博士によって「自我状態」と名づけられました。

図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療―EMDRを活用した新しい自我状態療法に例として載せられているフランクのように、わたしたちはだれでも、日常生活のなかで、多面的な自我状態を自然と使い分けているものです。

フランクは内科医で、普段は自分の患者を診察し治療している。しかし、自宅に帰って愛犬のウェルシュテリアとふれあうときは、赤ちゃん言葉を好んで使っている。

もちろん自分の患者に向かってそんな言葉遣いはしない。つまり、フランクは“愛犬のパパ”としての自我状態と、医師としての自我状態をもっているということだが、当然ながら、自己はこの2つだけで構成されているのではなく、そのほかの自我状態もある。(p31)

医師であるフランクは、職場で患者と接するときと、自宅で愛犬と接するときとでは、言葉づかいや態度がまったく変化します。

言葉づかいや態度が場面によって豹変する、というのは、先ほど見たペネベーカーの実験の参加者たちと同じです。ではフランクはスイッチングを起こしているDID予備軍なのでしょうか。

いいえ、そうではありません。フランクは複数の人格モードを持ってはいますが、自分の意思で、自由にそれを使い分けているからです。

ドライヤーに複数のモードが存在していることがまったく正常で便利であるのと同じく、わたしたちの内面に複数の人格モードが存在していること自体は何ら問題ありません。

むしろ、こうした複数の人格モードが存在しなければ、わたしたちはまともに社会生活を送れなくなるでしょう。

複数の人格モードがなければ、学校の先生に対して友だちに接するかのようにタメ口を利いてしまったり、職場に出勤しながら自宅にいるかのように無思慮にふるまったりしてしまうからです。

ですから、複数の人格モードを持っていることは、わたしたちの正常な精神生活の「多面性」にすぎません。それでは、正常な人格の「多面性」が、スイッチングやDIDになってしまうのはどんなときなのか。

それこそが、ドライヤーのスイッチが勝手に切り替わってしまうようなとき、つまり、自分ではコントロールできないままに、人格モードが独りでに切り替わってしまうときです。

ほとんどの人は、いま出てきたフランクのように、自分で意識的に人格モードを切り替えていますが、スイッチングを起こす人たち、さらにはDIDと診断されるような人たちは、いつの間にか、無意識のうちに人格モードが切り替わってしまいます。

この無意識のうちに、勝手にモードが切り替わってしまうという現象は、パブロフの犬と同じ、「条件付け」と呼ばれる仕組みで生じています。

有名なパブロフの実験に出てくる犬は、ベルがなるとエサが出てくることを学び、しまいには足音を聞いただけでよだれが出るようになりました。このとき犬は、自分でよだれを出そうと意識したわけではなく、無意識に反応していました。

同様に、今日では、トラウマの当事者たちが抱える、様々な制御できない症状は、条件反射として起こっていることがわかっています。

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