「意識しすぎる」脳―HSPや解離の理解に不可欠な島皮質と帯状回についてまとめてみた

「自意識過剰じゃないの?」「意識しすぎてる」「神経質すぎる」「気にしすぎ」。

まじめで感受性の強い人ほど、家族や友達から、こんなことを言われた経験がたくさんあるでしょう。

自分について思い悩みやすい、恥をかくことへの恐れが強い、人の目を気にして過剰に空気を読みやすい。いつも誰がに評価されている、見られていることを意識してしまう。

そんな人たちの特徴は、確かに「意識しすぎる」ことから来ています。

けれども、「意識しすぎる」のは単なる気の持ちようなのでしょうか。周りの人が言うように、もっと気楽に構えれば気にならなくなるような、単なる思い込みにすぎないのでしょうか。

そうではありません。ビアンカ・アセヴェド(Bianca P Acevedo)らによる、敏感な人(HSP : Highly Sensitive Person)の研究によれば、こうした人たちは、「自己意識」を作り出す脳領域の活動が活発だということが確かめられているからです。

The highly sensitive brain: an fMRI study of sensory processing sensitivity and response to others' emotions

Across all conditions, HSP scores were associated with increased brain activation of regions involved in attention and action planning (in the cingulate and premotor area [PMA]).

For happy and sad photo conditions, SPS was associated with activation of brain regions involved in awareness, integration of sensory information, empathy, and action planning (e.g., cingulate, insula, inferior frontal gyrus [IFG], middle temporal gyrus [MTG], and PMA).

敏感性感覚処理(SPS)の数値が高いHSPの人たちは、たとえば、cingulate(帯状回), insula(島)などの脳領域の活性が高く、その部位はawareness(意識)などの機能と関係しているとされています。

意識しすぎるのは、単なる気の持ちようではなく、脳の「意識」に関わる領域の活動レベルの高さからくる性質だったのです。

さらに、興味深いのは、HSPの人たちが慢性的なストレスにさらされたときに陥りやすい「解離」と呼ばれる低覚醒状態では、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアに書かれているように、これらの脳領域の活動が逆に低下する、ということです。

ラニウスとホッパーのfMRI研究を思い出してみよう。解離状態の患者には、身体感覚を制御する脳領域(島および帯状回)の大幅な活動低下が認められた。(p139)

島および帯状回は、体内の受容体からの感覚情報(内受容)を受け取る脳領域であり、ヒトが自らの「固有性」そのものとして感じ理解しているものの基礎を形成する。(p125)

HSPの人たちは、「意識しすぎる」傾向を持っています。しかし、それゆえにトラウマに直面すると圧倒されてしまい、まったく逆の極端、「意識を飛ばす」解離によって対処しがちです。

この記事では、HSPや解離について調べていると頻繁に名前を見かける、「島」と「帯状回」という自己意識に関わる二つの脳の領域について、どんな機能を持っているのか、文献をまとめてみました。

ちょっと難しい内容が多いですが、HSPを科学的に考えたい人にとっては必須の部分ではないかと思います。

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解離とは神経学的に身体がバラバラに切り離されること―古代インドとエジプトの物語から学ぶ

「身体の一部が消えてしまったように無感覚で麻痺している」「手足の存在が感じられない」「身体や手足の一部が死体や異物のように感じられる」「身体がバラバラに切り離されている」

戦争や事故、虐待、痛みや恐怖を伴う医学措置など、さまざまなトラウマによって解離を起こした人たちは、そうした感覚を経験することがあります。

たとえば、サックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)には、次のような表現がありました。

頭がすっかり混乱してしまい、体に不思議なことが起きている気がします。

体がいくつもの部分に分かれ、目や手、脚が切り離されているのです。

なにか絶対に必要なものが消えている。しかも跡形もなく消えている。それが一度あった「場所」ごと消えてしまっているのです。それは、どこにもなにもないという恐怖なのです。(p194)

これは、神経伝達の乱れから起こる一時的な解離現象についての記述ですが、注目したいのは、「体がいくつもの部分に分かれ、目や手、脚が切り離されている」という部分です。

慢性的なトラウマのサバイバーでは、このような解離状態が、一時的にではなく、慢性的にずっと、何年も何十年も続くからです。

この「バラバラに切り離されている」、という感覚は、比喩的なたとえだと思われがちですが、現代の神経科学から解離という現象を考察してみると、単なる比喩以上のものだとわかります。

トラウマの解離とは、脅かされた部分を切り離してしまう、いわば“トカゲの尻尾切り”に似た防衛反応です。さまざまなトラウマを経験して、繰り返し脅かされた人は、全身のいたるところの感覚が切り離されてしまいます。

たとえば手足を痛めつけられた人は手足の感覚が麻痺してしまい、性的虐待を受けた人は骨盤のあたりが無存在になってしまい、繰り返し存在自体を脅かされた人は、内臓の感覚が遮断されて、生きているという実感が希薄になってしまいます。

この記事では、解離とは全身の感覚が切り離されてバラバラになることであり、解離の治療とは切り離された感覚を再び感じられるようにしてつなぎあわせることである、ということを示す、いくつかのエピソードや物語に注目したいと思います。

なお、今回の記事は、単独記事としても読めますが、以前の3つの記事の内容が土台になっているので、そちらと合わせて読んでいただくほうが意味がわかりやすいと思います。

自分の身体が感じられない生ける屍になった人たちー感覚鈍麻とアイデンティティ喪失の神経科学
感覚過敏に比べて、あまり注目されず、深刻さが理解されにくい、感覚の鈍麻や麻痺、解離が引き起こすアイデンティティの障害について考察しました。
自分が「空っぽ」に感じるのはなぜか―実存の空虚という恐怖を神経科学から説明する
自分の身体が存在していない、内面が空虚である、といった「空っぽ」の感覚が生じる理由について、自己のアイデンティティは体性感覚から作られているというダマシオやサックスの研究から考えて
頭や内臓の異物感,手足を虫が這うような不快感の理由ー解離の体感異常についての考察
頭や内臓に異物感や不快感を感じたり、手足など全身の原因不明のむずむず感を感じたりする、解離に伴いやすい体感異常(セネストパチー)についてまとめました。

また、「バラバラに切り離される」というテーマでまとめていることから、いくつか非常に生々しい話を含むので、感受性の強い方はご注意ください。

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自分が「空っぽ」に感じるのはなぜか―実存の空虚という恐怖を神経科学から説明する

ブレーズ・パスカルは、恐ろしい幻想を周期的に見た。ときどき、自分の左側に穴か峡谷がぱっくりと口を開けているように思った。自分を安心させるために、そちら側に家具を置くこともよくあった。

……この周期的な幻想については、同時代の人たちが「パスカルの深淵」として触れている。(p 199)

間は「考える葦」であるというパンセの記述で有名な物理学者ブレーズ・パスカル。

神経科学者オリヴァー・サックスのサックス博士の片頭痛大全 (ハヤカワ文庫NF)によれば、パスカルは恐ろしい幻想を周期的に見ました。

それは、自分の左側に無存在の空虚な穴が広がっているような、いわば「空っぽ」の感覚の恐怖であり、「パスカルの深淵」と呼ばれたそうです。

この「パスカルの深淵」については、これまで心理学的、また哲学的な理由づけがされてきました。しかしサックスは、これが「視野暗点」という生物学的に起こりうる実在の症状であると説明しています。

視野暗点という症状は奇妙すぎて(実際にそれを経験した人でなければ)想像もできない。

そして「幻想」や「狂気」などとみなされ、すでに苦しんでいる患者をさらに苦しめることになるのである。

だが、最近になってようやく、ジェラルド・エーデルマンによって紹介された意識についての新たな生物学的あるいは神経精神学的な概念によって、このような症状が実際に起こり得るものだということが理解されるようになった。(p200)

サックスがこう言い切れるのは、自分も左足に大怪我を負ったとき、このような「空っぽ」の感覚に向き合ったことがあるからです。さらに、サックスの患者の中にも、あたかも身体が失くなったかのような経験をした人たちがいました。

パスカル、サックス、そして彼の患者たちは、身体のさまざまな場所にうつろな「穴」が空いたような、無存在の感覚が現れました。

場所は違えど、それらの共通点は、本来あるべきものがそこになく、空っぽで真空が広がっているような恐怖です。

この「空っぽ」の感覚は、さまざまな原因で起こりうるものですが、たとえば、幼少期に愛着障害を抱えたり、重大なトラウマを経験したりした人たちは、ときに自分の内側が空っぽだと感じる、と述べます。

わたしが知っているある人は、子ども時代を機能不全家庭で育ちましたが、自分の内側には、まるでブラックホールのような空虚さが広がっていて、それに向き合おうとしても恐怖に襲われてしまってできない、と述べていました。

「パスカルの深淵」と同じく、このような自己の核の不在という実存の空虚さもまた、従来は心理学的な心の問題とみなされてきました。

しかし、ジェラルド・エーデルマンや、アントニオ・ダマシオの神経生物学的な研究によって、「アイデンティティ」(自己という感覚)がいかにして作り出されるかが明らかになったので、もはや自己の核の不在を単なるこころの病理とみなすのは不適切です。

なぜ「脳は空より広い」のか―実はコンピュータとは全然違う脳の神経ダーウィニズムの魅力に迫る
ジェラルド・エーデルマンの神経ダーウィニズム(神経細胞群選択説:TNGS)の観点から、脳がコンピュータとまったく異なるといえるのはなぜか、「私」という意識はどこから生じるのか、解離
心は脳だけでなく身体全体から作られる―神経学者ダマシオの自己意識の研究を読み解く
心は身体を土台として生まれるという神経学者アントニオ・ダマシオのソマティック・マーカー仮説について、「意識と自己」という本から整理してまとめてみました。

この記事では、脳や身体の神経生物学的な異常によって、いかにして「自己」を構成するプロセスが阻害され、結果として内面の空虚さのような「空っぽ」の感覚が生じるかを、心理学的にではなく科学的に考えたいと思います。

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原因不明の「慢性的な息苦しさ」の理由―自律神経系のポリヴェーガル理論から考える

なたは慢性的な息苦しさに悩まされていますか? 

たとえば息が深く吸えない、深呼吸しても奥まで入っていかない、胃腸が張って圧迫されている、といった感覚です。

わたしは慢性疲労症候群で不登校になった学生時代から、ずっと息苦しさや頻繁に出るしゃっくりに悩まされていました。そして、どんな医者に話しても、納得のいく説明も有効な解決策も得られませんでした。

精神科では不安の表れだと言われて抗不安薬を処方され、内科では腹部膨満だと言われて消化管内ガス駆除剤を処方され、漢方では胃腸を整える生薬を調合され、鍼やマッサージも受けましたが改善しませんでした。

インターネットでも詳しく調べましたが、権威のない情報をコピペしたようなサイトがあふれているだけで役に立ちませんでした。

呼吸器科や消化器科で詳しい検査を受けても異常がなく、もう誰にもわかってもらえないのかもしれない、と思っていました。イリノイ大学名誉教授である神経科学者スティーブン(ステファン)・ポージェスの多重迷走神経理論(ポリヴェーガル理論)を知るまでは。

ポージェスは、生理学や解剖学の幅広い知識から、自律神経系の新たな理論を構築した科学者です。

それによって、ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」に書かれているように、従来の自律神経のモデルでは説明できなかった、原因不明の慢性疲労や息苦しさ、横隔膜のけいれん、胃腸障害などの症状を説明できるようになりました。

しかし、この単純な「自律神経バランス」の概念では、迷走神経の防衛システムを説明できません。

そこで、三つの段階的な要素を反映できる、自律神経系の再概念化が必要なのです。

…この「太古の」迷走神経系は、脊椎動物にはすべて備わっています。もしこの神経系が哺乳類において防衛システムとして発動した場合、呼吸が抑制され、心拍数が下がり、反射的な排便が促されます。(p233)

この「太古の防衛機制」とは「不動状態」です。…哺乳類も、生命を脅かすようなことが起きた場合には「不動状態」に陥ります。(p40)

ポージェスの研究に協力した神経生理学者ピーター・ラヴィーンは、身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアで、この「不動状態」のときには、非常に浅い呼吸になると述べています。

早く浅いかつ/または胸上部の呼吸は交感神経が覚醒している状態を示す。

非常に浅い(知覚不能なほどの)呼吸は、不動状態、シャットダウン、解離を示すことが多い。(p173)

わたしたちの身体は、「身体を動かしても危険から逃れられないと判断すると」、つまり逃げられない生命の危機や、慢性的なストレス下に置かれると、呼吸を抑制し不動状態になるという反応を「自動的に」始動します。

この記事で書く説明は、すでに過去のさまざまな記事の中で説明してきたものの焼き直しであり、特に新しいことは書いていませんが、改めて「息苦しさ」というテーマで整理してみました。

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ADHDは「自然欠乏障害」なのだろうか?ー自然不足が脳,自律神経,愛着,腸内微生物にもたらす影響

自然セラピーがADHDの症状を緩和させることが真実だとすると、その逆も言えるかもしれない。

つまり、ADHDは自然との接触を欠くことで悪化させられた一連の症状なのではないだろうか。

薬物療法の恩恵を受けている子供たちはたしかに少なくないかもしれないが、本当の障害は、子供たちの中にあるというよりは、むしろ人工的な環境で暮らすことを余儀なくされていることにある。(p120)

ャーナリストのリチャード・ルーブは、ベストセラーあなたの子どもには自然が足りないの中で、このように書いて「自然欠乏障害」(自然欠損障害:Nature-Deficit Disorder)という概念を提唱しました。

ADHDのみならず、現代の子どもたちが抱えるさまざまな問題は、自然界から切り離されたことで増えているのではないか、という環境心理学の研究に基づくものです。

リチャード・ルーブは、まずこの概念について、医学的また科学的な専門用語ではないこと、そしてADHDの原因は自然不足だけでもないことをことわっています。

繰り返すが、私は自然欠損障害という言葉を科学用語あるいは臨床用語として使っているわけではない。

もちろんアカデミックな研究者たちは、今のところはまだこんな言葉を使っていないし、ADHDの原因を自然不足だけとは考えていない。(p110)

今日では、「自然」「天然」「ナチュラル」などといった言葉で、あたかも身体によいかのように錯覚させるマーケティング手法や、環境保護団体の過激な主張や活動のせいで、「自然は身体にいい」という主張にうさんくささを感じる人たちも少なくありません。

とはいえ、自然欠乏がADHD症状に関与しているという観点は、複数の分野の研究に支持されているので、はなから退けられるものでもありません。

しかし、これまでに蓄積された科学的な証拠からも、私は自然欠損障害という概念―あるいは仮説―が、多くの子供の注意力不足を高じさせている原因のひとつを表す素人用語として、適切かつ有効であると思うのだ。(p110)

「自然欠乏障害」は、入り組んだ複数の要因を大雑把にひとくくりにしている大枠な概念ですが、コンセプトとしては間違っていないように感じます。

現代人の多くは生まれたときから都市で生活しているせいで自然を過小評価しがちですが、そもそもヒトという動物が都会に生息しはじめたのは最近であることを考えれば、自然環境が失われたことで何かしら影響が現れるという主張は、生物学的にみて説得力があります。

海外の注意回復理論に基づく研究や、国内の疲労研究、さらに、近年めざましく進展している微生物学の研究などは、自然界からの切り離しによって、現代人特有のさまざまな問題が引き起こされていることをはっきり示唆しています。

この記事では、自然との触れ合いの不足が、わたしたちにどのような影響を及ぼしているか、3つの観点から考えてみたいと思います。

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