本当は何も知らないことに気づけない―だれもが陥る「知ってるつもり」の認知科学

「自分は何か知っていると思う人がいたら、その人は、知らねばならぬことをまだ知らない」。(新共同訳) 

およそ2000年前、新約聖書の筆者はそのように書いたそうです。

この言葉は、知識が飛躍的に進歩した今日でも真実であり、知ってるつもり――無知の科学の著者である認知科学者スティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックは、次のように書いていました。

おそらくなにより重要なのは、個人の知識は驚くほど浅く、この真に複雑な世界の表面をかすったぐらいであるにもかかわらず、たいていは自分がどれほどわかっていないかを認識していない、ということだ。

その結果、私たちは往々にして自信過剰で、ほとんど知らないことについて自分の意見が正しいと確信している。(p12)

2000年前も、現代も、わたしたち人間は、ほんのわずかしか知らないことを「知ってるつもり」になる、という点で何ら変わっていません。

スローマンとファーンバックは、「さまざまな心理学的現象を研究してきたが、知識の錯覚ほど出現率の高いものにはめったにお目にかからない」とさえ述べています。(p33)

自分が本当は物事を知らないということに気づけない、という現象は、もちろんこの記事を書いているわたしも含め、あらゆる人が日常的に経験する普遍的な錯覚であり、人類社会の隅から隅にまで浸透しています。

しかも自分がその錯覚に陥っていると気づくことからして困難です。世の中にみられる極端な思想の対立は、本当はろくに知らないことをよく知っていると思い込み、自信満々に支持してしまうせいで生じていることが多い、と著者たちは述べています。

人はなぜ自らの理解度を過大評価してしまうのでしょうか。どうすれば自分が知識の錯覚に陥っていることに気づけるでしょうか。そもそもどうして人類という生き物は、知識の錯覚を抱くよう発達してきたのでしょうか。

この記事では、わたしたちを謙虚にしてくれる知ってるつもり――無知の科学の研究を紹介したいと思います。

また記事末の補足部分では、「知っていると同時に知らずにいること」と表現される「解離」との関係性についても考えます。

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植物もトラウマを記録する―逃げられない環境ゆえに発達する受動的な生き残り戦略

コセンダングサは針で刺されたという「トラウマ」的経験を何らかの方法で保存し、頂芽が切り取られたとき―それが何日もあとのことでも―過去のトラウマを想起するしくみをもっているに違いない、とテリエは考えた。

その後の実験は、コセンダングサの芽はどの葉が損傷したかを憶えている、という彼の推測を確定させた。(p144-145)

ロイトの時代以来、トラウマは「心的外傷」と定義され、精神科医によって研究され、メンタルヘルスの問題として扱われてきました。

しかし近年、トラウマを単なる「心の問題」とみなす治療は十分な成果をあげていないばかりか、そもそもトラウマは心の問題ではないことを示す科学的な証拠が増えてきました。

カウンセリングではトラウマを治療できないのはなぜか―物語ではなく経験が必要な理由
トラウマの治療において、従来の対話を中心としたセラピーに限界があり、身体志向の方法が必要な理由をさまざまな研究をもとに考察しました。
もはやトラウマは心の病ではなく内臓の微生物群集(マイクロバイオーム)を取り巻く生態系の問題だというパラダイムシフト
エムラン・メイヤーの研究から、トラウマ医学におけるマイクロバイオーム(体内の微生物群集)の重要な役割について考察しました。

このブログではこれまで、トラウマという概念の中核にあるのは、人間にしか当てはまらない心理学・精神医学的な現象ではなく、人間以外の動物にも普遍的に観察される、生物学や動物行動学の分野の現象であることを、さまざまな記事で説明してきました。

そんなわたしでも、植物はそこまで知っている (河出文庫)という本を読んでいて、植物もトラウマを記録する、という研究を目の当たりにしたときは、いささか驚きました。

しかもこれは比喩や誇張ではなく、人間のトラウマと共通するメカニズム(手続き記憶やエピジェネティクス、マイクロバイオームなど)によるものなのです。

しかし、よくよく考えてみれば、これは何ら不思議なことではありませんでした。トラウマとは、逃げられない環境でのストレス(「逃避不能ショック」と呼ばれる)に対処するための生物的な生き残り戦略ですが、土に根を張った植物ほど典型的な「逃げられない」環境で生きる生物はいないからです。

この記事では、脳すら存在しない植物でもトラウマを記録しているという研究から、わたしたち人間が経験するトラウマとはいったい何なのか、改めて探ってみたいと思います。

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もはやトラウマは心の病ではなく内臓の微生物群集(マイクロバイオーム)を取り巻く生態系の問題だというパラダイムシフト

たいていの患者と同じく、ジェニファーは、身体や情動に関する一連の症状が相互に関連している可能性や、幼少期のストレスに満ちた暮らしに結びついている可能性を、まったく考えていなかった。

まして、幼少期の経験が、腸と腸内微生物と脳の関係を不健康な方向にプログラミングしたなどとは、彼女には思いもよらなかった。

だが、最新の科学の目覚しい進展を考慮すれば、この知見を医療に取り入れるべき時はとうに来ている。(p116)

前わたしは、さまざまな証拠からするに、現在「トラウマ」として研究されている問題は、マイクロバイオーム(体内の微生物群集)の問題と深くオーバーラップしているはずだと書きました。

愛着やトラウマをめぐる物語の主役は腸内細菌かもしれないという意外すぎる話
神経寄生生物学の知見から、愛着やトラウマの問題を腸内細菌を中心に読み直してみました。

その証拠としては、まず子ども時代のトラウマによって発症率が跳ね上がる病気の種類と、マイクロバイオームの混乱によって発症率が高まる病気の種類がまったく同じであることが挙げられます。たとえば、喘息、うつ病、自己免疫疾患、消化器系疾患、慢性疲労症候群、線維筋痛症などです。

また、動物実験レベルでは、腸内細菌を入れ替えると性格やトラウマ反応までが入れ替わることも重要な点でした。トラウマに特徴的に闘争/逃走反応や、凍りつき/擬態死反応は、あたかも腸内細菌によってコントロールされているようにさえ見えます。

そして、何より、近年、ヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンのようなトラウマ専門医が、トラウマの“震源地”は内臓であり、迷走神経を通して腸から脳にトラウマ反応が伝えられる、と主張していたことがあります。

これだけの証拠がそろっているのですから、遅かれ早かれ、トラウマの研究にはマイクロバイオームという視点が導入されねばならない、と切実に感じていましたが、わたしが気をもむまでもなく、すでに研究が始まっていました。

今年5/31に発売されたエムラン・メイヤー医師の腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するかはまさにこのテーマに関する本で、トラウマがいかにして脳-腸-マイクロバイオーム相関という三位一体のネットワークで繰り広げられるかを扱っています。

今後のトラウマ研究は、もはやメンタルヘルスの研究であってはならず、脳だけの学問であってもならず、腸脳相関、そして何よりマイクロバイオームという視点が絶対に必要だ、とはっきり感じさせてくれるこの本を紹介したいと思います。

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ヨーガで身体の声を聞く―トラウマや慢性疼痛に身体セラピーが役立つ理由

ヨーガは東洋において数千年前から実践され、その達人たちは多くの身体的、情緒的精神的恩恵を手にしてきた。

しかしながら、つい最近まで、それらの効果が科学的に定量化されることはなかった。

だが、トラウマ治癒におけるヨーガの有効性と明確な生理学的効果に対するベッセル・A・ヴァン・デア・コークの説得力ある研究によって、この永遠の健康増進術のきわめて新しい適用法が示されたのである。

これは、すべてのトラウマに共通する名称が「体からの疎外と断絶」であり、「〈今ここに在る〉ことのできる能力の低下」であることを知るなら、何ら驚くには当たらない。(p10)

経生理学者ピーター・A・リヴァイン(ラヴィーン)は、トラウマをヨーガで克服するに寄せたまえがきでそう書いています。

トラウマ専門医ベッセル・ヴァン・デア・コークは、これまでトラウマ治療の主流とされていたカウンセリング形式のセラピーが、幼少期から慢性的なトラウマを抱える人たち(複雑性PTSD、ないしは発達性トラウマ障害)には効果が薄いことに気づき、有効な治療法を探し求めていました。

そのような人たちが抱える「耐え難い身体感覚によって“たたきつぶされた”という、この永遠に続く感覚」や「煙でいぶしたガラスで隔てられて生きているような感じ」を癒やす方法として、彼がたどり着いたのはヨーガをもとにした治療プログラムでした。(p23,83)

この本で解説されるヨーガは、「トラウマ・センシティブ・ヨーガ」(トラウマに対する感受性を備えたヨーガ)と名づけられたもので、一般的なエクササイズ教室で実践されているヨーガとは、方法も目的も異なっています。

どちらかというと、以前に紹介した、身体感覚への気づきを重視するトラウマ治療法である「ソマティック・エクスペリエンス」にヨーガのポーズを取り入れたものといえます。

ソマティック・エクスペリエンス(SE)を知る10ステップ―「凍りつき」を溶かすトラウマセラピー
近年注目されているトラウマの治療法「ソマティック・エクスペリエンシング」(SE)についてまとめました。

この記事では、トラウマをヨーガで克服するをもとにして、なぜ身体感覚に注意を向けるセラピーが、慢性的なトラウマの苦痛に役立つのか考えたいと思います。

また、このセラピーは“トラウマ”の治療法とされてはいますが、慢性疲労症候群線維筋痛症などの慢性疼痛、オーバートレーニング症候群などの治療に通じる重要なポイントがたくさん含まれています。

慢性疲労症候群や線維筋痛症には、しばしば運動療法が効果があると言われますが、必要なのは「運動」を強いることではなく、身体感覚に対する「気づき」を養うことである、といえる理由についても考えてみます。

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発達障害やトラウマの過敏性,不眠,凍りつきなどに降圧薬(インデラルやカタプレス)が効くのはなぜなのか

ラウマ性疾患や発達障害の過覚醒などによく使われる薬の中に、交感神経遮断薬」として分類される、一群の降圧薬があります。

たとえば、身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法には、こうあります。

プロプラノロール(インデラル)やクロニジン(カタプレス)のように自律神経系に働きかける薬は、過覚醒やストレスへの反応を抑える助けになりうる。(p369)

これには、α1受容体拮抗薬プラゾシン(ミニプレス)、α2受容体拮抗薬クロニジン、β受容体拮抗薬プロプラノロールなどがある。(p637)

このタイプの薬は、全身のアドレナリン受容体に作用して、交感神経を抑制したり、血圧上昇を抑えたりします。

発達障害やトラウマの場合、交感神経の過剰な活性化によって、過覚醒、過敏、不眠、凍りつき(フリーズ)などが起こるため、しばしばこれらの降圧薬が処方されます。

この記事では、これらの薬は具体的にどのような作用があるのか、さまざまな資料からの情報をまとめてみました。また、これらの薬の代わりになる、非薬物療法についても考えています。

ご注意いただきたい点として、わたしは専門家ではありません。どんな治療を選ぶかは専門医の判断をあおぎ、この記事で紹介する資料はあくまで参考程度にご覧ください。

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