原因不明の身体症状に苦しむ人のための「記憶」の科学の10の考察

これらの症状は、分断され散り散りになった体験の塊なのだ。

それは未完了の身体感覚であり、過去にはその人を圧倒した。

あたかも、惨殺され、切り裂かれたオシリスの身体が、はるかに離れた違なる場所に埋められたように、これらはかい離し、意味不明の状態にある。(p235)

体の全体に散らばった「意味不明な状態にある」さまざまな症状や身体感覚。この生々しいオシリス王の伝説のような、奇妙な身体症状に心当たりがありますか?

全身に散らばる、説明不能で、原因もわからない多種多様な症状を抱える人は、現代の医療では説明がつかないために、医者から詐病のようにみなされたり、思い込みや気のせいだと門前払いされたりすることがよくあります。

たとえばそのような病気には、慢性疲労症候群や線維筋痛症、化学物質過敏症などが含まれるでしょう。

そうした意味不明の症状は、過去の体験の「痕跡」であり、最新の記憶の科学に基づいて説明することができる。そう述べるのは、トラウマと記憶: 脳・身体に刻まれた過去からの回復の著者である神経生理学者ピーター・ラヴィーンです。

彼はトラウマの専門家ですが、今回の記事で扱う「トラウマ」は、わたしたちがよく知っている、心の傷のことではありません。カウンセリングや心理療法で治療するあの「トラウマ」ではありません。

そうではなく、まぎれもなく原因不明の身体症状、冒頭のオシリスの伝説に例えられていたような、バラバラに切り裂かれ、全身に埋め込まれたような意味不明な身体症状のことです。

「私は身体がしんどいのであって、心の問題とみなされるのは心外だ」と感じてきた人ほど、この記事を読んでいただければと思います。

ピーター・A・ラヴィーンや、ヴェッセル・ヴァン・デア・コークといった、トラウマ研究の第一人者たちの発見を知れば、わたしたちが知っている「トラウマ」の概念は根こそぎ覆されることでしょう。

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少年は空想の友だちに支えられて絶望を乗り越え、作家オリヴァー・サックスになった

「大人になる」というのは、子どもの繊細で神秘的な感覚、ワーズワースの言った「輝きと鮮やかさ」を忘れ、それらが次第に日常のなかに埋もれていくことなのだろうか? (p447)

どものころだけに味わう、「繊細で神秘的な感覚」「輝きと鮮やかさ」。そんな不思議な思い出がありますか?

子どもは大人とは見える世界が異なっているとよく言われます。大人にとっては何の変哲もない建物が、子どもの目には見上げるほどにそびえ立つ魔法の王国に見えるかもしれません。

子どものころ瞳に映り込んだ、摩訶不思議で色鮮やかな景色や、町のあちこちに見えていた別世界への扉を覚えていますか。夢の中でふと、あのころの空想の友だちと再会し、懐かしい声を聞くことがありますか。

もしも、そんな不思議な感覚の残り香を、いまだ思い出せる人がいるなら、きっと今回紹介する本タングステンおじさん:化学と過ごした私の少年時代 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は興味深いものに違いありません。

この本は、2015年に亡くなった脳神経科医オリヴァー・サックスが、自身の少年時代を回想した自伝です。

このブログを読んでくださっている人なら、わたしが至るところでサックスの本から引用しているのをご存じかもしれません。サックスの著書はいつも、わたしを脳の不思議な旅路にいざなってくれますが、この本は意外なことに、「化学」についての本です。

サックスは少年時代、専門家顔負けの化学少年で、自宅に実験室を構えて本格的な実験に夢中になっていました。化学というと、学校の授業で習った難しい化学式を思い出して頭が痛くなる人もいるかもしれませんが、不思議なことに、この本はちょっと違います。

化学の教科書に勝るとも劣らないほど本格的に化学の世界に踏み込んでいながら、どこかノスタルジックで、子どものときにだけ味わえる「繊細で神秘的な感覚」に満ち満ちています。

それもそのはず、この本は化学をテーマとしていながら、同時に、子どものときにだけ訪れる不思議な空想世界と、そこで出会った友だちとの思い出をつづった、異色の自伝でもあるからです。

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脳はどこから「もうひとつの世界」を創るのか―創造的な作家たちの内なる他者を探る

「もうひとつの世界に暮らす人の日記のように、小説を書いています」

…「私にとって、小説の登場人物はイマジナリーフレンド(空想上の友人)のようなもので、彼らと一緒に生きている感覚があります」

れは、先日ふと見つけたインタビュー記事、SUNDAY LIBRARY:著者インタビュー 雪舟えま 『パラダイスィー8』 - 毎日新聞に載せられていた、作家 雪舟えまさんの言葉です。

以前このブログでは、子ども時代のありありとした空想の友だち(イマジナリーフレンド)や、それを取り巻く空想の世界が、小説家や画家など、作家の創造性に影響しているらしい、という研究を紹介しました。

小説家の約5割はイマジナリーフレンドを覚えている―文学的創造性と空想世界のつながり
フィクションやファンタジーをを創作する小説家や劇作家の創造性には、子どものころの空想の友だち体験、イマジナリーフレンドが関わっている、という点を「哲学する赤ちゃん (亜紀書房翻訳ノ

雪舟えまさんの言葉は、まさにその一例と言えますが、興味深いのは、創作世界に対する向き合い方です。

創作する人は「作者」であり また「クリエイター」とも呼ばれます。クリエーターとは、言い換えれば「創造者」であり、いわば作品世界にとっての神の立場にいますが、インタビューの言葉は、それとはまったく違った印象を与えます。

たとえば、「もうひとつの世界に暮らす人の日記」という言葉から読み取れるのは、作家は、作品世界の外側にいて すべてを見渡しコントロールできる全知全能の神のような存在ではなく、作品世界の中で登場人物たちと一緒に住んでいる一介の隣人にすぎない、という認識です。

登場人物たちは、作られた存在というより、対等の友人であり、「彼らと一緒に生きている感覚」がある、と述べられています。あたかも登場人物たち一人ひとりが、自由意志を持って生きているかのようです。

じつは、こんなふうに感じている作家は、小説家のみならず、詩人や画家、はては科学者にいたるまで、クリエイティブな分野には大勢いて、古今東西、決して少なくないようです。

想像力豊かな作家が、作品世界やその登場人物を、自分で生み出した被造物というよりは、どこか別の次元にある「もうひとつの世界」であるかのように感じてしまうのはなぜでしょうか。

創造的な作家たちが感じる、ありありとした「内なる他者」の聴覚的イメージ、また「別世界」のような視覚的イメージはどこから来るのでしょうか。

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自閉症研究の暗黒時代に埋もれてしまった、知られざるアスペルガーの歴史

アスペルガーは、自分の診ていた人間の創造力が数十年先の科学の発展を先どりしていることに思い至った、おそらく最初の臨床医だったのだろう。

彼らの関心が現実の世界から「かけ離れている」わけではないことにも、すでに気がついていた。(p269)

なたは「アスペルガー」について知っていますか?

そう尋ねると、「聞いたことがある」とか、「わたしも当事者です」と答える方がいるかもしれません。

でも、冒頭に引用した文からわかるように、ここでいう「アスペルガー」とは、医学用語としての「アスペルガー症候群」のことではなく、その名称の由来となった人名、医師ハンス・アスペルガーのことです。

アスペルガー症候群のことはよく知っていても、その由来となったハンス・アスペルガーについは、ほとんど何も知らない、という方も多いのではないでしょうか。

わたしもこれまで、ハンス・アスペルガーの人となりや、彼が研究した事柄について、ほとんど知らなかったのですが、自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実 (ブルーバックス)という本を読んで、とても驚きました。

この本は、英国で最も権威あるノンフィクション賞を受賞し、故オリヴァー・サックスが序文を担当したことで話題になりましたが、自閉症の歴史に関わったさまざまな人物の生き生きとしたエピソードが含まれています。

そこで明らかにされていたのは、ハンス・アスペルガーという稀有な医師が、いかに鋭い先見の明を持って、この21世紀における自閉スペクトラム症の理解を先取りしていたか、そして、なぜ彼の発見が闇に埋もれて、自閉症研究の暗黒時代がもたらされてしまったのか、という知られざる歴史でした。

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光や音の「感覚過敏」を科学する時が来た―線維筋痛症や発達障害,トラウマなどに伴う見えない障害

 弱い光の下でも眼痛、頭痛をはじめ全身の症状が出現するので、二重にサングラスを装用し、帽子を深くかぶり、中には、光を通しにくい布地を顔に何重にも巻いたり、袋を 被 ったりと完全防御の状態でしか通院できない症例もあります。

こうした重度の症例は、私の外来には少なくとも10例は存在し、こうした病態は決して珍しいことではないことがわかったのです。

 その原因はさまざまでも、この状態を「眼球使用困難症」と呼びたいと考えています。

おそらく、大半の症例は、無理やり測れば視力などは正常に記録されるでしょうが、日常生活の上では目を当たり前に使用することは困難ですから、明確な視覚障害者です。

れは、今年2月9日付でヨミドクターに載せられた、井上眼科医院の若倉雅登先生による記事目がいいのに使えない「眼球使用困難症」の方、患者友の会に集合を! : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞) からの引用です。

井上先生は、このコラムの中で、極めて明るさに敏感で、まぶしさに耐えられず、ときに痛みも感じるような人たちの症状を、便宜上「眼球使用困難症候群」と名付けて、該当する人たちからの連絡を募っています。

その後、この9月に入って、歌手のレディー・ガガが線維筋痛症を公表したことをきっかけに、再度記事を挙げておられ、線維筋痛症や慢性疲労症候群、化学物質過敏症などの関係を示唆しておられました。

線維筋痛症と「眩しさ」 : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)

感覚過敏は、検査に異常として出ないため、「心の問題」「気にしすぎ」「仮病」扱いされがちです。

しかし、このブログで取り上げている多種多様な病気や発達障害を理解するには、感覚過敏抜きに考えることはできません。この機会に、感覚過敏とは何なのか、どのように原因不明のさまざまな疾患とつながっているのか、という点を考察してみました。

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